granblue fantasy その手が守るもの   作:水玉模様

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本当に長らく更新出来ず申し訳ないです。
お楽しみください。


メインシナリオ 第62幕

 帝都アガスティアの中枢となるタワー。

 そびえ立つその巨大な塔の中で、グラン達とはまた別に激しい戦いが繰り広げられていた。

 

 

「はぁああ!!」

「あまいですネェ!!」

 

 ぶつかり合う剣と剣。ぶつかり合う気迫と気迫。

 鍔迫り合いの末弾き飛ばされたのは、炎を纏う小剣。

 

「チッ! ドラン――」

 

 声が途切れると同時にその場から小柄な彼女の姿が消える。

 振り抜かれた蹴撃。それがスツルムの腹部を綺麗に捉えており、撃ち出された彼女の身体は、タワー内の壁を一つぶち破り奥へと消えた。

 

「スツルム殿!? ってまっず!!」

 

 相当な痛手を受けたであろうスツルムの安否を気にした瞬間には、ドランクの目の前には投射された斬撃が迫る。

 黒く禍々しいそれは、受ければ先程のスツルム同様に大きく吹き飛ばされて痛手を被るであろう強大な一撃。魔晶によりブーストされたチカラはフリーシアが証明したように七曜の騎士にすら並ぶ。

 すんでのところで回避をするも、顔を上げた先ではドランクに向けて剣が突きつけられていた。

 

「あ~っと……これってもしかしてピンチってやつかなぁ……なんて」

 

「ピンチ? 違います。これでもう……終わりですネェ」

 

 命を刈り取るべく首元へと突き出されたポンメルンの剣。

 だが、ドランクとて簡単にやられる程軟ではない。

 

「何の!」

 

 宝玉より繰り出す水の魔法を剣に当てる事で、軌道を逸らして回避して見せる。

 首を掠めながら通り過ぎる剣。正に首の皮一枚で繋ぎ留めた己の命運に僅かに安堵をしながらも、前のめりになったポンメルンにむけてドランクは反撃へと転じた。

 

「スツルム殿の分もお返しさせてもらうよ!!」

 

 力強い声と共に宝玉より放たれるは幾多の魔法フェアトリックレイド。

 火や水だけに留まらず、純粋な魔力弾まで雨霰と降らせるドランクの攻撃をポンメルンは障壁を展開して受け止める。

 

「むぅ……なかなかしぶといですネェ」

 

「貴様もな!!」

 

「なにっ、がはぁ!?」

 

 ドランクに意識を集中していたところで横合いより叩き込まれる剣戟。

 二本のショートソードに蓄えられた炎のチカラが解放され、紅蓮と共に突撃してきていたスツルムによって今度はポンメルンが障壁ごと吹き飛んだ。

 お返しと言わんばかりに壁へと叩きつけられてポンメルンが苦悶の声を上げる。追撃に入ろうとするスツルムだったが、彼女もまたその顔に苦悶を浮かべて踏み出すのを躊躇してしまった。

 

「くそっ……かなり重い一撃をもらった」

 

「ごめんねスツルム殿。前衛をまかせっきりにしちゃって」

 

「言うな。それより早く回復を頼む」

 

「わかってるよ」

 

 短いやり取りをして、スツルムの周囲をドランクの宝玉が回る。淡い光に包まれ、スツルムの表情が徐々に和らいでいった。

 簡単な回復魔法。と言うよりは、痛みを抑えるための鎮静魔法といった具合のものだ。

 回復魔法を得意としていないドランクでは、今この場で即座に治療と言うのは難しい。時間を掛けなければできなくもないが、状況はそれを待ってはくれないだろう。

 その証拠に、ポンメルンは既に立ち上がっている。

 

「流石は、あの黒騎士の側近といった所ですネェ。簡単には勝たせてもらえませんか」

 

「大尉さんの方も随分と強くなったみたいだね~。まさか僕達二人でかかって互角とはさ……あの団長さん達もそうだけど、世の中強い奴なんてのはたくさんいるもんだからもう……参っちゃうねホント」

 

「言ってる場合じゃないだろう……時間もないんだ、さっさと終わらせるぞ」

 

「はいはい」

 

「時間が無いのはこちらも同じですネェ。早々に決着をつけさせてもらいますよぉ」

 

 仕切り直しと言わんばかりに再びぶつかり合う両者。

 狭いタワー内で場所を移り変えながら、徐々にその戦いは激しさを増していく。

 炎が爆ぜ、魔法が飛び、魔晶のチカラが解放される。

 戦いの余波でタワーの内部を破壊しながら、両者は互いの身を削り終幕の場へと向かって突き進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 どしゃり――と、足元にある物言わぬ体を踏みつけアポロは視線を前へと向ける。

 

「次は貴様だ。覚悟は良いか?」

 

 鈍く光る刀身。闇を纏いしブルトガングを突き付けるアポロ。足元に転がるフェンリルだったものを踏みつける様は、何たる強者の様相だろうか。

 

 

「――やってくれるね。フェンリルをここまで一方的にやるだけでなく、僕の魔法を軽々と打ち砕いてくれるとは……ちょっと過小評価してたかな」

 

 アポロとロキの戦い。激闘になるかと思われた戦いはそれ程時間をかけずに決着がついていた。

 シスによって奪われた片腕を即座に魔法によって再生し、ロキは万全の状態でアポロ迎え撃った。だが、ロキの魔法もフェンリルの氷も……全てを薙ぎ払い、アポロは七曜たるその力をまざまざと見せつける。

 こうしてフェンリルと言う護衛を失った裸の王に向けられるはこの世界でも稀有な、七曜の剣という絶対的な力。

 輝くブルトガングを突き付けられ、余裕であったロキの内心に僅かばかりの焦りが生まれていた。

 

「(これは想定外だったなぁ)」

 

 間の抜けた感想を抱きながら、胸中でロキは状況を打開するべく思考を巡らした。

 召喚は時間が掛かる。星晶獣を呼び出そうとしたところでアポロの剣がロキを打ち砕く方が確実に早いだろう。

 転移魔法で逃げる――これも危うい。先程十天衆のシスが転移先を察知して回り込むと言う離れ業を見せたのだ。魔道に長けたアポロであればシス以上に魔法に対する感知能力が高いだろう。必然、転移先に魔法をぶち込んでくる可能性は高い。そして、距離を大きく跨ぐ転移は当然ながら座標指定に時間がかかり隙を晒す為難しい。

 

「さぁて、どうしたものかな……」

 

「考え事は終わりか? それでは遠慮なく貴様を滅するとしよう」

 

 声音からロキの胸中を悟ったか。アポロは油断なく、だが勝利を確信したかのように一歩前進した。

 既に奥義の準備はできている。後は外すことなくこれをぶち込むだけだ。

 厄介な存在であるロキを消すことができれば戦いにおける不確定要素が一つ消える――その確信があった。

 これ以上目の前の男の気まぐれに振り回されるなど、我慢ならない。

 

 だが、何の因果か……はたまたこれも定めなのか。世界はこのままロキが消されることを良しとすることもなかった。

 

「ちっ!!」

 

 突如何かを察知して舌打ちと共にその場を飛び退くアポロ。次の瞬間には禍々しい黒い魔力がその場に落とし込まれた。

 作為的に過ぎるこの攻撃の正体は、彼方で戦闘中である巨大な龍、バハムートが打ち放った魔力弾の流れ弾。ウーノによって弾かれ、本来向かうべき着弾地点に落ちる事の無かった攻撃の一部が偶然にも彼女の目の前に飛来してきたのだ。

 眼前で解き放たれた禍々しい魔力の奔流に晒され、アポロの身体が飛ばされると同時に、ロキもまた反対の方向へと転移んでいた。先回りの対処ができない隙を狙ったロキの魔法は確実にその効果を発揮し、彼を少し離れた場所まできっちりと送り届ける。

 

「予想外だったけど、この事態には感謝しないとね」

 

 彼らしい、口元の歪んだ笑みが深まっていく。

 追い詰められたと言っても過言ではない状況。それを覆す手立ての無かった所に放り込まれた救いの手は正に天啓。

 優しくないはずの世界が見せた気まぐれに小さく感謝して、倒されたフェンリルのコアを魔法で回収すると、ロキは静かにその場から掻き消えた。

 

 潔いまでに何も言わずに、ロキはその場から撤退を成功させたのだ。

 

 

 

「くそっ、間が悪いにも程がある――――慎重が過ぎたな。一息に攻めたてるべきだった」

 

 静かに反省の言葉を溢して苦々しげにアポロは剣を収める。

 本来はルリア奪還の為に来たので目的は達しているが、できれば消しておきたい相手であった。

 アガスティアで戦い始めてから2度、ロキとは遭遇して足止めを強いられているのだ。

 ここで仕留められなかった事は3度目の邂逅として、切迫したこの状況に重くのしかかってくることだろう。

 

「黒騎士、無事か!」

 

 背後より掛けられる声に、アポロが振り返る。

 そこにはフュンフによる回復魔法で万全の状態へと戻り、ルリアを引き連れたグラン達がいた。

 

「ルリアは、ちゃんと取り戻せたようだな。

 人形、ルリアを介してバハムートの制御は試したか?」

 

「ごめんなさい……私では制御ができなかった」

 

「だろうな。奴の事だ、その位の対策はしているだろう」

 

「でも、今は十天衆の皆が抑えてくれている。僕達は急いでタワーに!」

 

「わかっている。悪いがロキは取り逃がした……この先もう一度相見える事になるだろう――急ぐぞ」

 

 アポロの言葉に、グラン達は気を引き締めなおす。

 先の失態が……むざむざルリアを奪われたつい先程の出来事が彼らの心に重くのしかかった。

 特にカタリナの気の張りつめようは痛々しい。

 

 すぐ傍に居ながらロキにルリアを奪われたことを……守れなかったことを後悔しているのだろう。ルリアへと寄り沿い、周囲の警戒を怠らないその姿は決してやる気や気合いに満ちたものではなく、慎重や臆病を思わせるそれであった。

 

「ルリア、安心しろ。今度こそ私が――」

 

「カタリナ……私はちゃんとここにいるよ」

 

「ルリア?」

 

 そんなカタリナの様子に……守ってもらっているからこそ、ルリアはそっと距離を取った。

 惑うカタリナを見つめて、ルリアは静かに口を開く。

 

「さっきのはカタリナのせいじゃない。気を抜いて、何もできなかったのは私も同じだよ……」

 

 染み付いていた……守ってもらう事が当たり前であった長い時が、ルリアに咄嗟の行動と言うものをさせてくれなかった。

 星晶獣を喚びだし抵抗する事はできたはずなのに。

 闘う事は、できたはずなのに。

 

 そのせいでバハムートを召喚させられてしまった――――仲間達を窮地に追いやってしまい、アダムを破壊し、セルグを殺した。

 カタリナの後悔が大きいのなら、ルリアの後悔とて負けず劣らずの大きなものであろう。

 幾ら守れなかったとカタリナが嘆こうが、事態の引き金を引いたのはカタリナではなくルリアだ。

 バハムートへと命令を下していたのはルリアなのだ。

 

「だから、もう大丈夫」

 

 だが、普段なら落ち込む素振りを見せる状況に、ルリアは顔を上げて前を見つめる。

 後悔は後回し。悔いるくらいならその分を取り戻せ。

 そう言わんばかりの決意の表情にカタリナが戸惑う中、ルリアはその手を翻す。

 

「セルグさんと約束したんです……今度は私が皆を守るって!」

 

 顕現するは星の獣。雨を司る双子の星晶獣マナウィダン。

 召喚主たるルリアの呼びかけに応え、星の獣は彼等の目の前に降り立った。

 

「皆さん、マナウィダンが先行します。立ちはだかる帝国の人達は全部私が薙ぎ払います。

 ――私も一緒に、戦います!」

 

 揺るぎ無い意志と共に己の力を解放するルリアに、グラン達は言葉を失う。

 小さな身体の華奢な肩に乗せられた、大きく重い後悔。

 未だ背後で鳴り響く轟音は、十天衆とバハムートの戦いの証。抵抗できなかった彼女が起こした結果だ。

 己のせいで引き起こされた事態に後悔しながらも、正面から向き合い前を見る姿には、これまで守られるだけだった少女から確かな強さを感じさせるものだった。

 不安、心配、懸念。そんなものはいくらでもあろうが、同時に少女の姿に希望や期待を抱くのもまた事実。

 忌まわしきその力は使い方ひとつで毒にも薬にもなろう。

 

「ルリア――わかった、先陣は君に任せよう。

 ヴィーラ、ルリアの傍に居てあげてくれ。君ならどんな攻撃からも守り切れるはずだ」

 

 だから、そんなルリアの姿に……守り続けてきたからこそ彼女もその手を放して見せる。

 自身の背へと守っていた立ち位置を入れ替える。先を行くのはルリアで、後ろから追うのが彼女。

 その見慣れない構図に、声を掛けられたヴィーラが呆けるも、既に二人は先を行く事に意識を切り替えていた。

 

「お姉さま?」

 

「ふっ、アマルティアでもその力はまざまざと見せつけられているんだ。今更疑問を挟むこともない。

 心配な部分は私達がフォローする――ルリア、君の力で道を切り開いてくれ」

 

 掛けられる言葉。それを発したのは少女を最も大切にしていた彼女から。

 それが一番の信頼に足る言葉である事は言うまでもない。

 仲間達がそこに口を挟むことは無く、ましてやマナウィダンを使役している少女の決意に反対など有りえなかった。

 

「カタリナ、ルリア……わかった。ジータ、ルリアの護衛は任せる!」

 

「了解! そっちはルリアの援護をしっかりね。いくらマナウィダンを使役できるからって全部に対応できるわけじゃないよ!」

 

「ふぉっふぉっふぉ、そこらへんは儂やゼタがおるじゃろうて。老いぼれとて楽ばかりする気はないぞい」

 

 異論無しと戦闘態勢を取った彼等はタワーを見据えて走り出そうとする。

 が、先行こうとする彼らを別の声が遮った。

 

 

「いたぞ、こっちだ!!」

 

 

 聞こえる声に一同が視線を向ける。

 アガスティアのあちこちで星晶獣もどきが暴れまわり、更にはバハムートもいるというのに、与えられた任務を忠実にこなそうとする帝国兵士の姿がそこにあった。

 一様に彼等の行く手を阻まんと、目の前に隊列を作り始めている。

 

「マナウィダン!!」

 

 反射的に下したルリアの命令に応えて、マナウィダンが動く。

 翻された手の動きに合わせて放たれるのは巨大な水の壁。それはリヴァイアサンの様な高圧力の水流カッターではない。圧倒的な勢いで押し潰す水辺の無い場に現れた小さな滝だ。

 

「ぎゃあああ!?」

 

 重なる悲鳴。押し潰されていく兵士達。

 星晶獣を前にして、たかが兵士程度では相手になるはずもない。発見したのも束の間、帝国の兵士達はすぐさま地面に転がる事となる。

 

「今だ、走れ!」

 

 迎撃を終えてルリアが表情を綻ばせるも、その空気を断ち切るようにカタリナが声を上げた。

 間髪入れずに、疾走するグランとアポロ。そこへ続くルリアを守るようにヴィーラとジータが横を守り、他の面々は周囲を警戒しながらその後ろに続いていく。

 

「タワーはもう目の前だ。突っ切るぞ!」

 

 そびえ立つタワーの麓が視界に飛び込んでくる。

 様々な妨害に遭い、なかなか進んでいない様に感じていたタワーも、存外近くまでは来ていたようだ。

 走り出した先に目を向ければ、視界には巨大な防壁のように分厚いタワーの入口。そしてそれを守るように居並ぶ帝国軍による最後の防衛網。

 目指してきた目標地点が見えてきた事で、彼らの気勢は一気に上がる。

 

「小僧、第一陣を薙ぎ払え!」

「ビィ! 魔晶兵士をお願いね!」

 

「わかってる!!」

「任せろってんだ!」

 

 同時に下された指示にグランが飛び出すのと、ビィが飛び立つのもまた同時だった。

 レイジとウェポンバーストの発動。お約束となった七星剣の奥義は、その力を一振りに集約。

 極光の剣を限界まで引き伸ばし、横薙ぎに振り抜いた。

 飛び上がったビィもバハムートを思わせるように、胸に燻る力を口元へと集めた。

 可愛らしい見た目に似つかわしくない雄叫びと共に、ビィはその全てを解き放つ。

 

「北斗大極閃!!」

「いっけぇえええ!!」

 

 戦場となったアガスティアの街を光が彩る。

 同時に放たれたのは金色と赤の閃光。居並ぶ兵士を吹き飛ばす巨大な斬撃と、身構えていた魔晶の兵士を全て無力化していく閃光が兵士達の第一陣を打ち砕いた。

 

「ルリアちゃん……イフリートは召べるかしら?」

 

「え、あっはい!マナウィダンと一緒でもへっちゃらですよ!」

 

「ふふ、頼もしいわね……それじゃ、今から言うとおりにしてくれる?」

 

 走りながらそっと耳打ちされていくロゼッタからの指示をルリアが聞いている間にも、彼らの疾走はまた一つ加速していく。

 

「行くわよアレーティア!」

「負けぬぞ娘っ子!!」

 

 兵士達の陣形が整わぬ内に飛び込むのはゼタとアレーティア。

 グランとビィがこじ開けた隙間を押し広げるべく二人が突撃していく。

 

「アルベスの槍よ……その力を示せぇええ!!」

 

 真紅の穿光が駆け抜ける。

 愛槍アルベスと共に吶喊していくゼタがその炎を広範囲に広げながら兵士の壁をこじ開けていった。

 並み居る兵士達をものともせずに押し進んでいく様は、正に全てを貫く槍の如し。

 

 勢いを衰えさせないまま兵士達の壁を貫き、ゼタが道を切り開くと、追いかけるようにアレーティアが続いていく。

 

 

「我が剣技……とくと見るが良い!」

 

 鞘に納められていた白刃が閃く。

 宝剣アンダリスと共に舞うは剣聖アレーティアの至高の剣舞。

 二振りの剣を縦横無尽に閃かせ、アレーティアは敵陣の只中で舞い踊る。

 寄れば切られ、寄らねば飛刃に討たれる剣の舞に兵士が次々と打ち倒されていった。

 

 ゼタとアレーティア。二人の奮起によって切り開かれたタワーへの一本道を、ルリアは召喚の準備をしながらひた走る。

 射程距離まではもう少しと言った所だろうか。まだ、その歩みが止まる気配は無かった。

 当然行かせまいと動き出す帝国兵だが、続く彼女達がそれを許しはしない。

 

「少しは良い所を見せないとな。行くぞリーシャ!」

「はい! 私達も遅れをとるわけにはいきません」

 

 白翼を掲げる空の守護者達が帝国軍の前に立ち塞がる。

 既に連戦続きであるはずがその気配を微塵も感じさせないモニカと、やる気も元気も満ち溢れているリーシャの二人はそびえ立つタワーを睨み付けながら自身のチカラを高めていた。

 

「悪いが手加減はできないぞ。立ち塞がるなら容赦はしない――ヴィントシュナイデン!」

 

 柔らかな光がモニカを覆う。

 ガンダルヴァのフルスロットルと同様、自身の身体能力を大きく引き上げる強化魔法。その発動と共にモニカは地を這うように疾走した。

 鞘に納めていた愛刀に紫電が纏う。それを抜き放つと同時、加速した動きは兵士達の意識を置き去りにした。

 

 一陣の風が兵士の間を駆け抜けていく。それは視認すら許さぬセルグと同じ閃光の如き剣技。

 

「――旋風紫電裂光斬」

 

 すれ違い様に叩き込まれる剣閃の嵐。駆け抜けたモニカが背後に追いやった兵士達の悉くが倒れていく。

 その早さ故に声を挙げることすら適わぬまま、モニカは数多の兵士を無力化して見せた。

 

「続いて行きます――――モニカさん、そこにいると危ないですよ」

 

 先往くモニカを見送ったリーシャはその背に一応の警告だけ告げて剣を掲げる。

 自身の言葉に慌てふためく先輩の姿を可愛らしい等と思いながら小さく笑みを浮かべるあたり、随分と余裕がありそうだ。

 天高く掲げられたリーシャの剣に集うのは風、風、風………凝縮し、圧縮し、固め切った暴風を剣に宿しリーシャは眼前の敵を見据えた。

 

「いきます――トワイライトソード!!」

 

 弓なりに構えてから突き出された剣が凝縮された暴風を解き放つ。

 渦巻き、荒れ狂い、そうして通った後に何も残さないような暴威の塊。およそ秩序の騎空団に相応しいとは思えない暴力の嵐が、彼女の眼前の敵を全て木の葉の様に散らしていった。

 

「道は開かれました。ルリアさん、行ってください!」

 

「はい!」

 

 目の前に開かれた道。

 仲間達の奮起によってできたタワーへの一本道をルリアがマナウィダンと共に走る。

 その横にはシュヴァリエと共に守りに入るヴィーラと、僅かな動きも見逃さずに兵士達を迎撃するジータが並んでいる。

 止まらない……止まれない。

 決意を宿し、戦う意思を手にした少女は、恐れも迷いもなく全力で駆け抜けていく。

 

 十分な距離を詰めたところでルリアは停止。同時にその手を頭上に翻した。

 

「イフリート!!」

 

 直上に現出する光の環から炎の魔獣が顕現。星晶獣イフリートがタワーへと向けて飛び出していく。

 

「あなたのチカラを……貸してください!」

 

 “ウォオオオオ!!”

 

 ルリアの声に応える様に大きく咆哮すると同時、星晶獣イフリートはその巨大な拳に炎を纏った。

 ルーマシーで魔晶の檻を砕くときにも見せたイフリートの奥義を見舞うのだろう。纏いし炎は見る見るうちに肥大化して巨大な拳を包み込んでいく。

 更に、巨躯を躍動させて疾走するイフリートを見送るルリアの背後からは、撃鉄を起こす音。

 

「精製完了……はい、ラカム。イオちゃん特性火属性全開の魔弾よ!」

 

「サンキュー。こいつでドデカイ風穴空けてやらぁ!」

 

 イオの魔力を込められた弾丸を装填して、さらには自身のチカラをも上乗せしたラカムが、爆炎を構えて立っていた。

 

「ラカムさん、イフリートと一緒に……お願いします!」

 

 口を開くことなく、僅かな頷きで答えてラカムは狙いを定めた。

 タワーの強固な門を全力で殴りつけるイフリートに、タイミングを合わせて狙撃する。

 狙いもそうだがタイミングもシビアな一発に自然と緊張が身を固めるが、それをラカムは強靭な精神力で制して見せる。

 操舵士は常に皆の命を預かり危険な戦いをこなしているのだ。この程度で体が竦んで良いわけが無い。

 視線の先、駆け抜けたイフリートが跳躍し強固な門へと巨大な拳を叩きつける刹那。

 

「ぶち抜けぇ!」

 

 イフリートの咆哮が轟くと同時に。かちりと何かがかみ合ったようなタイミングで発射された業火の魔弾が戦場を奔る。

 それは前線で戦っていた仲間達をも焦がしていくような熱を蓄えながら、イフリートの拳と共にタワーの門へと着弾した。

 

 響き渡るは耳を塞ぎたくなるような爆発音。巨大なエネルギーの解放による熱がタワーの門を焦がす。

 

 

「どうだ!?」

 

 煙が晴れていく先に目を凝らしていくグラン達であったが、その表情は徐々に曇り始める。

 視線の先には大きくひしゃげ融解しているものの、まだ健在と呼べる強固な門の姿があった。

 

「クソっ、あれだけの爆発で抜けねえのかよ!」

 

「大丈夫だラカム――――あれで、十分だ」

 

 思わず悪態を吐いたラカムの傍を通り過ぎ、一人の騎士が前に出た。

 細身の剣を携え、勝ち誇ったような小さな笑みを浮かべた彼女は、同性ですら見惚れさせるような凛々しさを湛えて剣を掲げる。

 これまで守り続けてきた少女。マナウィダンを使役するルリアと共に――

 

 

「あとは私の出番だ――そうだろ、ルリア?」

 

「うん、マナウィダンと一緒に……力を貸して、カタリナ!」

 

「あぁ!」

 

 指揮棒のように剣が躍る。

 カタリナによって頭上に形成される3つの氷の刃に、マナウィダンによって水が纏わりつき、その姿を大きく鋭くしていく。

 生み出されたのは3本の巨大な氷の剣。少女を守りし剣は今、少女と共に敵を穿つ刃と成った。

 

「我らが氷の刃。お見せしよう――アイシクルネイル!!」

 

 戦場を矢の如く、氷の刃が駆け抜ける。

 道を切り開いた仲間達の頭上を奔り、透き通る氷の刃は何者にも阻まれる事なくタワーの門へと直撃した。

 瞬間――

 

 轟き渡る爆発音。

 

 先程打ちこまれたラカムとイフリートの攻撃の時ですら生温い。そんな爆発が巻き起こり、その場にいた者達が衝撃を受ける。

 鋼鉄の門が融解するほど熱せられた所に打ちこまれたのは、潤沢な水を湛えた氷の剣。休息に冷やされ脆くなった所に巻き起こる、巨大な水蒸気爆発によって強固なタワーの門は完全に打ち砕かれていた。

 

 濛々と上がる蒸気の先、望み見たタワー内部を見据えた瞬間、グラン達は互いに頷き合う。

 ここまで来れば、ゴールは目の前だ。広い屋外と違い、狭いタワー内部となれば少数精鋭な彼等の方が断然有利である。

 

「行くぞ!」

 

 誰が挙げた声か。それが誰の声であろうと、聞こえるより先に仲間の誰もがタワー目がけて雪崩込んでいく。

 追従しようとする兵士達をマナウィダンが激流によって跳ね除け、背後より討とうとする者をイフリートが踏みつける。

 ルリアの使役……いや、既にルリアの支配下にはない。喚び出したルリアの想いに応えるように、二つの星晶獣は自らの意思で彼らを守るべく殿へと付いた。

 

「ありがとう……マナウィダン、イフリート」

 

 ぶち抜かれた狭き門を塞ぐ、二つの星晶獣。グラン達を追撃しようとする兵士達を躊躇させ、進行を戸惑わせる。

 そうして、青と赤の星晶獣に守られながら。グラン達はとうとうタワーの内部へと突入した。

 

 

 

 

 

 

 

「――やっと、到達か」

 

「皆さん、怪我はないですか?」

 

 喧騒を外へと置いてきたように、一転して静寂に包まれているタワー内でグラン達は少しだけ乱れた息を整えながら互いを見合う。

 幸いな事に負傷者は無し。マナウィダンとイフリートの同時召喚に因る疲労もルリアの様子からは見受けられず、一先ず安心と言ったように誰もが息を吐いた。

 

「消耗戦になる前に突入できたのは幸いだったな……アポロ、オルキスの嬢ちゃんも無事か?」

 

「あぁ、問題ない」

 

「うん、大丈夫」

 

「それじゃあ、急ぎましょう。ルリアちゃんのお陰でマナウィダンとイフリートががんばってくれているけど、それもいつまで続くかわからないわ。

 何より、こうしている間にもアーカーシャの起動が――っ!?」

 

 ロゼッタの声を遮る様に、巨大な地響きが彼らを揺らす。

 外で行われている、十天衆とバハムートの戦いがその激しさを増しているのだろう。

 最強の集団である十天衆といえど、簡単ではない相手……いや、バハムートの規格外な強さを身を持って体感しているグラン達としては、十天衆が敗北する可能性の方が高く思えた。

 グラン達は急ぎフリーシアを止め、更には十天衆と協力してバハムートも止めなければならないのかもしれない。

 

「急ごう……アガスティアが落とされる前に、フリーシアとバハムートを止めないと」

 

「私達が先導します。皆さん周囲を警戒しながら――」

 

「はいはい、急ぐのは良いけど焦らないの。二人とも、まずは目の前の目標に集中しなさい」

 

「ゼタの言うとおりだ。フリーシアもバハムートも、簡単に済む相手ではないぞ。確実に止めなければ世界の終わりなのだからな。まずはフリーシアとアーカーシャに集中しよう」

 

 直ぐに駆け出そうとしたグランとジータをゼタとモニカが諌めた。

 焦燥に駆られる気持ちはよくわかるが、その状態で先導など任せられるわけが無い。焦る年若き団長二人から視線を外しモニカは指示を下した。

 

「リーシャ、黒騎士と共に先導だ。団長の二人には一度落ち着いて隊列の中央に入ってもらおう。カタリナ殿、私と殿をお願いしたい」

 

「わかりました」

 

「了解した」

 

 惑うことなくモニカの言葉に従って動くリーシャとカタリナ。アポロも返事はしなくとも、モニカの言葉に反対は無い様で前に出ていった。

 焦り、逸って前のめりになっていた想いを挫かれ、グランとジータは渋々と言った様子で隊列の中央へと並ぶ。

 しかし、ルリアとビィを挟むように位置につくと、二人は雑念を吐き出すように静かに深呼吸を重ねた。

 不満を僅かに感じたものの、今更そこで切り替えられない程子供でもない。

 モニカの指示は的確だろう。タワーの構造を知っているアポロを先導にし、接敵しても指示を出せるリーシャを並ばせる。浮足立っていた自分達では危険だったかもしれない。

 

「フフ、落ち着いたようですね。それでは私からも一言。

 お二人共、一つ大きな事を忘れていますよ」

 

 気持ち新たと言った様相で身構えていたグランとジータの緊張感を、柔らかな声が再び解いた。

 振り返るとそこには声と同じように柔らかく微笑むヴィーラの姿がある。

 彼女の言葉に疑問符を浮かべる二人は揃って首を傾げた。

 

「――――忘れている?」

 

「何をですか。ヴィーラさん?」

 

 微塵も不安など抱いていない。

 そんな印象を抱く笑みを、ヴィーラは浮かべていた。

 

「あちらには、あの人が居るのですから。心配するだけ無駄というものです」

 

 あっ、とルリアが音を漏らした。

 そして皆一様に納得したように僅かな笑みを浮かべていく。

 

「その通りだな」

 

「間違いないわね」

 

 ヴィーラの言葉にゼタとモニカが続く。

 そうだ。この空の世界において最強の集団がいて、対星晶獣戦において最強の男があの場にいるのだ。

 心配するだけ損と言うもの。

 ならば、彼らが見定めるべき目標はフリーシア只一人。

 タワーに辿り着いたとはいえ、この先まだまだ障害となる敵は残っているだろう。後顧の憂いなど気にしていられないのも事実だ。

 

「――貴様等。こんな敵地のど真ん中で気を緩めすぎだ」

 

 だが、和やかになった彼等の空気をアポロの声が一蹴する。

 その視線はある一点を見つめており、その気配は既に臨戦態勢へと移っていた。

 

 

「その通りだな黒騎士様よ。この俺様が一番に出迎えてやったっていうのに、お前等油断し過ぎだぜ」

 

 

 突如割り込んてきた声に驚き、全員が視線を向けた。

 聞き覚えがあるその声は彼らの警戒度を最大にまで引き上げさせ、歩みくる軍靴の音が強敵の来訪を告げる。

 

 

「いきなりのお出ましか。アマルティア以来だな――ガンダルヴァ」

 

「今日の調子はどうだモニカ。前回みたいな腑抜けた戦いはしてくれるなよ」

 

「生憎だったな。今日の私は絶好調と言わせてもらおう」

 

「そいつぁ良い――さぁ、終幕を彩る最後の舞台だ。最高の戦いにしようじゃねえか!」

 

 

 不敵な笑みと共に、巨躯は彼等に向かって駆け出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 光に照らされ明るくなった世界の中で、セルグとヴェリウスは向かい合っていた。

 

「ヴェリウス。それで、オレは……いや、オレ達はどうなったんだ?」

 

 “我とお主は融合の途にあったままその身と魂を砕かれた。故に今同じ所にいると言える”

 

 ヴェリウスの言葉にセルグは直前の記憶を辿る。

 禍々しく目の前を埋め尽くす黒の閃光。許容を超えたヴェリウスとの融合。限界を超えた先で黒き奔流に耐えきれず砕けた相棒。そして、その身を破壊されていく感覚。

 

「――ここはあの世とかそんな話か?」

 

 “長い歴史を見てきた我とて死した先の話など知るわけも無かろう。そもそもこうして意識を正しく持っていて我らは死したといえるのかどうかですら疑問だ”

 

「そう、だな……こうしてはっきりと意識を持っている以上死んでいると考えるのは早計か。だが、朧気な記憶の中でオレはバハムートの攻撃ではっきりと身体が破壊されていく感覚を覚えている。生きていると考えるのも絶望的だ」

 

 思い出される感覚に僅かに身体が震えた。

 その身を襲ったバハムートのチカラは絶望という言葉が相応しい。

 何者も抗えず全てを破壊しつくすチカラを確かに感じ取れた。

 

 

 

 

「そうであろうな。実際にそなたの身体と魂は砕かれている」

 

 

 

 

 突然飛び込んできた声に、セルグとヴェリウスは振り返る。

 二人だけだと思っていたこの空間。いや、先程までは確かにセルグとヴェリウスの二人しか存在していなかった。

 そんな中に突然現れた気配とそれを視界に収めたセルグは二重の意味で驚いた。

 

 

「っ!? お前は……」

 

 

 ヒトと似かよった容姿でありながらドラフの男性を軽々と凌駕する体躯。

 大槍を携え、雄々しき風と猛々しい炎を従えるその姿に、セルグは見覚えがあった。

 

 

「久方ぶり、と言わせてもらおうか――欠片よ」

 

「星晶獣……ナタク」

 

 

 

 驚きに塗れながら、セルグは嘗て自身の手で屠った星晶獣を見据えていた。

 

 




如何でしたか。

夏終わったあたりから急速にモチベ低下に見舞われて本編の執筆ができませんでしたがやっとこさ更新。
まだ読んでくださる読者さんがいれば嬉しいです。
周年アプデは微妙でしたがやる気自体は少し上がってきたのでまた頑張りますのでお付き合い頂きたいと思います。

それでは。お楽しみいただければ幸いです。
感想お待ちしております

追記
アンケート機能なるものが実装されていたのでお試しに挿入してみました。
展開自体はもう定まっていますが執筆する際の文章力に本気度が増すかもしれないのでよければ回答いただけると幸いです。

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