granblue fantasy その手が守るもの   作:水玉模様

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メインシナリオ 第61幕

 

 彼女の家系は、由緒ある家柄であった。

 

 はるか昔より栄えていたエルステ王国とよばれる国。

 その執政官として王を支え、民を幸せに導くのが彼女の血筋が辿ってきた道であり、彼女自身その事を誉として努力を重ね、その血筋に相応しい宰相として民を導き国を支えていた。

 

 全ては、幼き頃より共に生きてきた主君の為に。

 

 永き血筋故に。エルステの王たる家系と、支えとなる彼女の家系は懇意にあった。

 その為、幼き頃より彼女は全てを捧げる主君と共に生きて居た――いや、そのヒトを愛していた。

 

 君主と臣下である前に友であった。君主と臣下である前に大切なヒトであった。

 友愛は親愛に……親愛はいつしか、届くはずもない恋慕へと変わっていた。

 彼女は、彼女の全てを欲してしまっていた。彼女は、彼女からその寵愛を賜りたかった。

 

 だがその想いが届くはずも、許されるはずもなかった――

 

 

 

 彼女の前に立ちはだかったのは、空の世界を蹂躙した敵。

 星の民と呼ばれ、空の世界を支配した支配者。その一人であった。

 その出現と共に、彼女の世界は一変する。

 

 全てを――奪われていた。

 大切な友の傍らも、仕えるべき王の傍らも――愛するヒトの寵愛も。

 共に笑う時間が。共に国を語らう時間が。共に生きる時間が……奪われていた。

 

 

 国を継ぎし子ができていた。

 国が豊かになっていた。

 民が笑顔になっていた。

 

 だがそこに、彼女の幸せは無かった。

 

 揺るぐこと無かった彼女の想いが揺らぐ。

 なぜ? どうして? 

 全てを捧げ愛していたのに……他の誰よりも愛していたのに。

 選んでくれなかった主君に。奪い去っていった男に。行き場のない怒りの感情が募っていった

 そんな醜い感情に無理矢理蓋をして、彼女はそれでも主君に愛を向け続けた。

 いつか振り向いてくれる。いつか取り返して見せる。そんな希望に縋りながら――

 そんな時だった。

 

 “取り返したくはないかな? 君の居場所”

 

 彼女の前に姿を現したのは、怪しく気味の悪い服装で、嫌な笑みを張り付けた男。

 警戒を抱かない方が不自然な男だったが、不思議と彼女は男の言葉を聞き入っていた。

 

 “チカラを貸してあげるよ。君に、星晶を操るチカラをね”

 

 そう言われて渡された結晶。煌びやかな虹色が、彼女の手の中で輝く。

 

 “使い方は自由だ。好きなように、君の想うとおりに使うと良い”

 

 彼女にそれを手渡した男は直ぐに音もなく消えてしまった。

 不可解でありどう考えても怪しい話でありながら、彼女の中にそれを処分するような考えは生まれなかった。

 縋りたかったのだ。なんでも良い、何かを変えられるのならと。

 ここで自身が新たに何かをできるようになれば……主君に認められれば、取り戻せるかもしれない。

 希望を抱きながら、彼女はその結晶を解析に回し使い方を調べた。

 辿り着いたのは、星晶獣を操ることができるという事。そして、エルステ王国には星晶獣がいると言う事であった。

 

 星晶獣“デウス・エクス・マキナ”

 

 ヒトの精神に干渉し、その身から抜きだす事も体に戻すこともできる能力を持つ。

 この星晶獣を利用し何ができるのか……普通であれば邪魔となる者を取り除こうとするところだが生憎とそれでは何も変わらないだろう。

 選ばれなかった自身を選ばせるためには、何かを成し遂げねばならない。

 彼女は愚かではあっても馬鹿ではなかった。

 彼女は見つけた……エルステの為にできる最高の所業を。

 

 それは、生きたゴーレムの制作。

 ヒトの精神を抜出し、ゴーレムの躯体へと放り込む。ただそれだけだが、これは大きな可能性を秘めていた。

 精神をそのまま反映させたゴーレムは、ヒトと同じように考え動く事ができ、躯体次第で星晶獣にも勝る生きた兵器と成りえる。

 また、老いた体を捨てゴーレムの躯体を手に入れれば、その者は実質不老不死になりえる。

 エルステという国とヒトを守り、保管し続ける夢のような計画が生まれた。

 

 ”これが成功すればヴィオラ様もお喜びになるはず”

 

 確信があった。成功すれば途轍もない国益となる。

 国を支える臣下として、大きな役に立てば彼女は振り向いてくれるはずだと。

 惑うことなく、彼女は計画を推し進めていった。

 

 解析を進め、装置を作り、遂に実験段階にまでこぎ着ける。

 有志の老人の志願により行われた、ヒト型ゴーレムの制作実験。

 精神を抜出し、躯体へと定着させる途中。最悪のタイミングで事は起こった。

 

 “暴走”

 

 何がきっかけなのか、どうしてこのタイミングで起きたのか。

 それは定かではないが事実として星晶獣デウス・エクス・マキナはそのチカラを暴走させた。

 

 そしてあろうことかその被害は彼女にとって最も悪い形で終わりを迎えてしまう。

 

 ”皆の者、早く逃げるのです!!”

 

 この場に呼んでいるはずの無い声……聞こえるはずの無い声が彼女の血の気を引かせる。

 そこにいたのは愛しきヒトと忌まわしきヒト。

 エルステ王国において最も重要な人物である二人が、暴走した星晶獣に向かっていた。

 

 制御しようと試みる国王。その場にいた者達を避難させようとする女王。

 だが二人を嘲笑うかのように、星晶獣はその矛先をとある人物へと向けた。

 

 “えっ”と茫然とした音が漏れる。星晶獣が放ったチカラの先に居たのはまだ幼い御子。

 次代のエルステを背負うはずの、この国において最も大切な存在であった。

 次の瞬間には二人の親が駆け出していた。

 その身を盾とし、我が子を守るため星晶獣のチカラへと背を向ける。

 

 光が爆発したその先――そこに残っていたのはもぬけの殻となった二親と、それに寄り添って眠る幼き御子だけであった。

 

 

 

 程なくして、エルステ王国は崩壊する。

 王を失った国。二親と共に記憶も全て失った御子。何もできない臣下達。

 国を引き継げる存在はそこにいなかったのだ。

 唯一国を守る事が可能であった、宰相である彼女自身もまた、全てを失っていた。

 

 

 悲しみに暮れ、彼女は自身を恨み続けた。

 自身を恨み続け、過去を悔やみ続けた。

 いつしか彼女の瞳は、未来を見る事を止めていた。

 

 廃れていく国の広場で一人、彼女は自失したままただ世界を眺めていた。

 

 

 “フリー……シア”

 

 

 声が聞こえた。

 それは、待ち望んだ自身を呼ぶ声だった。

 同じ世界へと自身を誘う、愛するヒトの声であった。

 

 呼ばれるがままに視線を上げる。愛するヒトを求める渇望が満たされその瞬間、彼女は真に幸せだったのかもしれない。

 

 “フリーシア”

 

 だが、そこにいたのは面影だけを残した愛するヒトの遺物であった。

 記憶と感情を失った、無機質で無気力な瞳が彼女へと向けられていた。

 瞬間、彼女の中で何かが外れる。

 

 どうしてこんな事になった? なんで彼女は奪われた? 

 何故、どうして、誰のせいで――

 

 その想いは全て目の前にいる遺物へと向けられた。

 目の前の遺物。その先にいる二親の片割れへと――――

 

 “お前がっ! お前達がいなければぁああ!!”

 

 細い首に手を掛ける。

 握りしめられていく手が気道を塞ぎ、骨を軋ませる。

 窒息などと生温いものじゃなく、首を握りつぶさんばかりに力を入れて。彼女は目の前の御子へと殺意を向けた。

 

 そうだ……コレが全ての始まりだ。

 浅ましくも空の世界の大国たるエルステへと取り入り、大切な場所へと土足で入り込んできた男。

 覇空戦争の生き残り、最後の星の民。そんな言葉に踊らされ国へと招き入れた事が間違いだったのだ。

 

 いや、違う。

 この世界に星の民などいなければ、空の世界は平和で、彼女は愛するヒトといつまでも一緒に居られたはずだったのだ。

 星晶獣も、忌まわしき男も、目の前にいる遺物も。全ていなかったはずなのだ。

 

 

 首を絞めていた彼女は護衛の騎士に引きはがされるが、彼女は血走った目を怪しく光らせて狂ったように嗤い始めた。

 

 見つけてしまったのだ。世界の過ちを。

 見出してしまったのだ。彼女がこれから生きる意味を。

 

 

 “取り戻して見せます……忌まわしき星の手から、必ずや貴方様を”

 

 

 暗い嗤いを湛えながら、彼女の足は今この時より踊り始める。

 破滅へ向けて……終幕へ向けて。

 

 狂気に染まった想いを抱いたまま世界を取り戻そうとする、世界の敵の誕生であった。

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 それは刹那のタイミングで行われた。

 

 

 黒き暴威に呑みこまれるセルグ。

 アダムと同じように破壊しつくされるかと思われたその瞬間に、グラン達全員を守るように青白い結界が張られる。

 張られるタイミングも位置も、完璧だったそれはバハムートが放った破壊の奔流から彼らを何の苦労もなく防ぎ切って見せた。

 

「また……守れなかった……のか」

 

「いいや、十分守ってくれたよ」

 

 破壊の奔流に吹き散らされたセルグを、突如飛び込んできた一人の男が抱える。

 その身の全てを引き換えにして島を守ろうとしたセルグ。損傷した余りの姿に、男は目頭が熱くなりそうになるのを堪えて丁重にその身体を地へと横たわらせた。

 

「誰……だ?」

 

 掠れて漏れ出た声がセルグの身体の状態を物語る。

 意識は落ちかけ、身体に備わる機能の大部分を失い、その身は既に命の輝きを失いそうであった。

 先の一撃でボロボロとなったグラン達と比べても、比較にならない損傷。仲間達の誰もが彼の死を予感した。

 セルグの元へと駆け寄ろうとしたグラン達だが、新たに舞い降りる人影を見つけその足を止める。

 小さな体。不釣合いな長い槍。落ち着いた様子で彼らの前に降り立ったのは一人のハーヴィンの男だ。

 

「本当に良くやってくれた。君達のお陰で私達は間に合う事が出来た――感謝しよう。

 後は私達に任せると良い」

 

 安心感を与える様な、静かではっきりとした声がセルグと、そしてグラン達の耳を震わせる。

 彼の言葉は聞こえていたのか、セルグはそのまま意識を落とし眠りについていった。その表情にはどこか安心したような不思議な柔らかさが宿っていた。

 

「“シエテ”……彼のがんばりを、無駄にしてはいけないよ」

 

「当然だ“ウーノ”。危うく何もできないままやられるところだった……」

 

 突然現れた件の二人は、先程までの柔らかな気配を消して口を開いた。

 空に佇むバハムートに警戒を露わにしており、既にその身から漏れ出るのはグラン達ですら適う気がしない強者の気配。

 思わず、グラン達は声を掛ける事を躊躇った。

 直ぐにセルグに駆け寄りたい、治療をしなければならないと言うのに、目の前の二人はその場に結界でも張ったかのように彼らをその場に釘づけにする。

 

「貴様等、何者だ?」

 

「嫌だなぁ、そんなに睨み付けないでくれよ。俺達は依頼を受けて君達を助けに来ただけなんだからさ」

 

「依頼? 一体誰からそんなものを――」

 

「細かい話は後々。ウーノ、一先ず彼等の守護と治癒は任せたよ。俺達はアレを大人しくさせてこよう」

 

 アポロとの問答を放り出し男が構えたその瞬間、その場の空気が変わった。

 セルグを横たわらせた件の男がチカラを解放する。その瞬間に彼の周囲には数多の光り輝く剣が召喚された。

 薄緑の柔らかな色合いでありながらそれは、一つ一つが大きなチカラを蓄えており、主の命を今か今かと待ち構えるように発光していた。

 白いマントをたなびかせ、件の男は剣の中から一本を手に取ると、その切っ先をバハムートへと向ける。

 その瞳には、隠す気の無い怒りが乗せられていた。

 

「久しぶりだね、その剣気。珍しく君の本気が見られそうだ」

 

「当然だろう。これが俺達の存在意義だ。

 いくぞトカゲもどき――――天星剣王シエテ、参る!!」

 

 振るわれた刃は空を奔り、一筋の閃光となって空に佇むバハムートを貫いた。

 

 

 

 

 時を同じくして、アガスティアのとある建物に8つの人影が集結していた。

 

「おぉー! アイツ滅茶苦茶でかいな。食ったらうまそうだぞ、“カトル”!」

「止めておいた方がいいですよ“サラーサ”。星晶獣なんて、旨い不味いの前に食えるもんじゃないですし」

 

 快活で無邪気な感じが拭えないドラフの少女に、幅広で存在感のある短剣を腰に差したエルーンの少年が冷静に返す。

 

「ねぇねぇ“ニオ”! あちしはここで何すればいいのー?」

「私が知ってるわけないわ。それより“フュンフ”、少し静かにしてちょうだい……貴方はいつも騒がしいの」

 

 杖と琴。どちらもその小さな身体には不釣合いな長い武器を背負ったハーヴィンの少女が二人。

 

「はっはっは。童は真に騒がしい子よの。お主も少しは見習ったらどうじゃ、“シス”よ」

「やめろ“オクトー”。俺は騒がしいのが苦手だ」

 

 大らかに笑いながらもどこか精悍な様子が隠しきれないドラフの大男と、静かに小さな声で呟くように返すのは仮面をつけたエルーンの青年。どことなくうんざりとした様子が見える。

 

「“ソーン”、久しぶりだね。元気にしていた?」

「久しぶり“エッセル”。皆に会えなくて少し寂しかったけど、元気だったわよ……なんていうか、皆相変わらずね」

 

 久方ぶりの再会なのだろう。無難な再会の挨拶を交わすのは銃と弓をそれぞれに携えているエルーンとヒューマンの女性二人だ。

 

 8人の男女。

 種族はバラバラでその手に握る得物もバラバラ。

 斧、短剣、琴、杖、刀、爪、銃、弓。

 見事にばらけた特徴を持つ彼等ではあるが、そんな彼等には大きな共通点があった。

 

 それは、強さ。

 

 その武器を使わせれば他に右に出るものはいない。追従する事さえ許さない。

 そんな、戦闘能力の一点において圧倒的な実力を持つ強者の集団。

 所属する……いや、所有する戦力が全空において脅威と認識されてる、“空の抑止力”となる存在。

 それが彼等、“十天衆”である。

 

 和気藹々と言葉を交わしてる様でありながらその実、彼らの気配は油断無しの臨戦態勢。

 その意識は、アガスティアの空に佇む星晶獣バハムートへと向けられていた。

 最強と呼べるだけの絶大なチカラを纏い、底が知れない威圧感を放ち続けるバハムートの姿は彼等にとってみても、警戒をするには十分な存在であろう。

 

「ううむ、この気配……真おもしろい。骨が折れそうであるぞ」

「ん~そうなのか? それじゃ、私が思いっきりぶっ叩いてあいつの骨を折ってやるぞ!」

「……見て、皆。剣拓だよ」

 

 エッセルの声に、7人が一斉に視線を向けると一筋の閃光が空を駆け、バハムートを貫いていく。

 その瞬間、彼らの気配は臨戦態勢から、一つ上へとシフトした。

 

 あれは合図だ……彼らに向けた戦闘開始の。

 これは挑戦だ……最強である彼らにとってまたとない。

 

 

「ニオ、足場をお願いしますよ」

「わかった」

 

 殺気と短剣を携えて、カトルが飛び出す。

 同時にニオが琴を取り出して旋律を奏でた。彼女の旋律に操られた魔道ビットが放たれ、魔力壁による足場を幾つも形成してカトルの動きをサポートする。

 

「あちしは“ウーノ”が呼んできたからあっちに向かうね」

「俺は術者を叩く。どうやらアレは操られているようだ」

 

 杖で地面を軽く叩いたフュンフは、フワリと浮いたかと思えばそのまま飛翔魔法によって飛び去っていく。

 同時にシスは、その手に爪を装着したかと思えば瞬きの間にその場から音もなく消えていった。

 

「サラーサ、我と共に直接斬り付けにいくぞ。遅れをとらぬようにな」

「良いぞ、だったら競争だな! どっちが先に頭をぶっ叩けるか勝負だ」

「はいはい、競争するのは良いけど無茶しちゃだめだからね。エッセル、私達は援護に回りましょう」

「うん、わかったよ」

 

 巨大な戦斧を担ぐサラーサと、腰に三本もの刀を差している男オクトー。二人のドラフは接近戦を挑むべく、ニオの足場を使ってカトルに続いた。

 建物の屋上に残ったエッセルが二丁の銃を構え、フュンフと同じく飛翔したソーンは大弓を構え矢を番える。

 収束していく魔力、引き絞られる魔力弦。

 見据える狩人の瞳が、その獲物を捉えた。

 

「さぁ……行くわよ!」

 

 解き放たれる一矢は、サイドワインダーとなったグランのキルストリークを軽々と凌駕する速さで空を駆け抜けた。

 

 ソーンの一矢が火蓋を切り、今ここに天上の戦いが幕を開ける。

 

 

 

 

「そぉらよっと!!」

 

 裂帛の気合い、そこに多大なチカラを載せてシエテが振るう剣がバハムートの腕を払いのける。

 そこで手を止める事の無いシエテは追撃。周囲に漂う淡い光を纏った剣達を円錐状に集結させる。

 彼が持つ能力、“剣拓”。世界に存在する様々な剣を解析して彼の魔力によって模された剣達だ。

 切れ味も、備わる能力も、全てオリジナルと変わらぬ剣拓を彼の意のままに操る事ができる。

 集結させた剣拓へと、シエテは命令を下した。

 

「貫かせてもらう……“インフィニート・クレアーレ”!」

 

 払いのけたバハムートの腕へ、一つの巨大な槍となって剣拓が発射される。

 バハムートはそれを脅威と認識して迎撃。一つ一つが、イオのエレメンタルカスケード級の威力を持つような黒い魔力弾を幾つも形成し剣拓へと放った。

 空中でぶつかり合う強大なチカラが、島を揺るがす程の衝撃を撒き散らしながら爆ぜる。

 

「チッ! ウーノ、幾つか来るぞ!」

 

「わかっているよ――“螺旋檜鉾”」

 

 余剰の魔力弾が彼らのいる場所に降り注ぐが、それはウーノが距離を跨いで飛ばす刺突によって一つ一つ丁寧に潰され迎撃されていく。

 爆発と同時にグラン達を覆うように再び障壁が展開されており、余波ですら届かせずにウーノがバハムートの攻撃からグラン達を守り切った。

 

「ウーノ~。あちしがきたよー」

 

 そんな緊迫した状況に、到着したのは間延びした幼子の声。

 十天が一人、杖使いのフュンフ。杖使いと言うよりは魔法使いと言った方が正しいだろうか。

 僅か7歳にして数多くの魔法を使いこなし、魔法を扱う者の中で頂点に立つ神童である。

 十天の選定に成長に因る期待値は加味されない。それはつまり、この歳にして彼女は現存する全ての魔法使いを上回る実力を持っている事を意味する。

 

「来てくれたか。フュンフ、彼らの治療と彼の蘇生を頼む。一刻を争う状況だ」

 

「ん~? ありゃ、これはマズイ状態だぞ! わかった。治してあげればいいのね。えーい!」

 

 ウーノに指示されてグラン達とセルグの様子を見やるフュンフ。

 バハムートの攻撃を防いでボロボロのグラン達と、その身体から命の灯を消してしまいそうなセルグ。

 ウーノが告げた言葉を理解したフュンフは、即座に杖を振りかざした。

 

「まずはあなたたちね。ホイさ!」

 

 グラン達が状況について行けずにいる中、フュンフは杖で地面を叩く。次の瞬間、グラン達は膨大な魔力が解放されるのを感じ取った。

 今彼らが立つ場所とその頭上。生み出された二つの魔法陣から柔らかな光が溢れだす。

 

「これ……は」

 

「回復魔法?」

 

 グランとジータの驚きの声に、全員が後を追うようにその表情を驚愕に染めていく。

 瞬く間に言えていく傷。取り去られていく疲労。

 それは、膨大な魔力がもたらす驚異的な治癒の光。ジータやイオのヒールとは比べ物にならない程に隔絶された圧倒的な回復魔法であった。

 

「暫くそこにいてね。あちしはこのお兄ちゃんを治しちゃうから!」

 

 グラン達を魔法陣で治療している間に、次の作業へと移るフュンフ。

 そんなフュンフの言葉に、驚愕で忘れていたセルグの安否へと意識が移ったグランはすぐに声を上げた。

 

「そうだセルグ、セルグは大丈夫なのか!?」

 

「こらー! そこから出ちゃダメ! 心配なのは分かるけどあちしがちゃんと何とかするからそこで待ってて!」

 

 動き出そうとしたグラン達を制して、フュンフは杖から光を当ててセルグの状態を看はじめた。

 不安に揺れるグラン達を尻目に解析魔法によって、セルグの身体の状態を事細かに診察していく。

 頭から順に足先まで……淡い光がセルグの身体をなぞっていき、その過程で真剣なフュンフの表情が徐々に曇っていくのをグラン達は、嫌な予感をしながら見ていた。

 

「フュンフ、彼の容態はどうだい?」

 

 バハムートの攻撃を防ぎながら、ウーノが問いかける。

 その間にも飛び込んでくる魔力弾を潰し、障壁を展開し鉄壁の防御能力で彼らを守っているのは流石の十天衆といった所か。

 背後のグラン達をも気にしながら、そこには一片の隙もありはしなかった。

 

「う~ん……えっとね。ゴメン、治すのはちょっと難しいかも……」

 

「そんな!?」

 

 フュンフの静かな言葉にグラン達が驚きと絶望に染まる。

 誰が見ても瀕死の状態のセルグ。一縷の望みをフュンフに掛けていたが彼女ですらその治療は既に手に負えない状態であった。

 それはつまり、彼がもう死に絶えている事を意味する。

 

「そうか……ならば先程言ったように“蘇生”の方を頼む」

 

 だが……そんなフュンフの言葉にも、ウーノは冷静に返した。

 わかっていたと言わんばかりに……対するフュンフもウーノの言わんとしたことを理解しているのだろう。小さく頷いた小さな少女は、その身に宿る魔力を最大にまで解放し魔法陣を展開。

 優しい光の魔法陣がセルグの身体を照らした。

 

「わかったよ! 絶対に戻すから終わるまで攻撃が飛んでこないようにお願いね! 絶対に絶対だよ!」

 

「了解した。こちらには余波の煙ですら流さないと誓おう」

 

 互いに背中を預けるように構えた二人はそれぞれに己の敵と相対する。

 空中で他の十天と戦い始めているバハムートと目の前で既に死に絶えているセルグ。

 一筋縄ではいかない相手を前に、だが自信と自身を崩さない二人は確固たる決意を見せながらそれぞれの戦いに入る。

 詠唱と術式の展開。緻密な魔力の制御に集中するフュンフに、飛翔魔法を用いて中空へと飛び出すウーノ。

 そんな彼等を見て何もできないでいるもどかしさがグラン達に募っていく。

 

「ほうら、呆けているなよ。少年達」

 

 そこに放り込まれた厳しい声に、一行の視線が集中する。

 そこにいたのはウーノと入れ替わりで後退してきた剣拓を従える剣士の姿。

 

「貴方は……」

 

「十天衆の頭目。天星剣王のシエテだ……全く、シェロちゃんから依頼を受けて駆けつけてみれば。なんとまぁ大変な事になってるじゃない。あそこで蘇生されている彼が居なければ今頃、島ごと空の底に真っ逆さまだったよ」

 

 おちゃらけた言葉遣いの中で、隠そうとしない強者の雰囲気が殊更目立つ。

 意図せず相手に圧迫感を与えるようなシエテの気配にグラン達が気圧されていると、シエテは視線鋭くグラン達を見据えた。

 

「あのトカゲもどきは俺達に任せてもらおう。強大な敵ではあるが何とかしてみせるよ。

 君達は治療が済み次第、先に進むと良い。時間がないんだろう?」

 

「で、でもっ! あんな状態のセルグさんをおいて行くなんて!」

 

「そうだ……それに要となるルリアをロキに奪われてしまった。このまま進んでも意味がない」

 

 悲痛な表情と苦悶に染まったジータとカタリナが言葉を返す。

 セルグもルリアも、置いて先に進める状況ではない。

 調停の翼としてアーカーシャのカウンターに成り得るセルグと、デウス・エクス・マキナを止めるために必要なルリア。どちらもこの戦いにおいては要と言える存在であり、ここで捨て置くことはできなかった。

 

「彼については安心してくれ。今フュンフが展開している魔法は“リーインカーネーション”。

 回復を促す魔法ではなく、その魂に沿う肉体を再構成する“回帰魔法”だ。死した身体に回復魔法は利かないが彼女の回帰魔法であれば確実に彼の身体は元に戻ると断言していい。

 さらわれた少女についても今シスが向かっている。君達の治療が済む頃には奪還してくれるだろう」

 

「それは、本当なんですか!?」

 

「それができるくらいの強さを持っている自負があるよ……俺達にはね。

 だが、あのトカゲもどきは俺達でも手一杯になるだろう。必然、帝国の……ひいては彼女の野望を止めるためには君達の力が必要だ。

 だからね、後の事は宜しく頼むよ」

 

 最後に少しだけ軽くなった声音は切羽詰まったグラン達の緊張を取るためか。言いたい事を告げたシエテは再びバハムートとの戦いに赴いていった。

 剣拓を放ち、空を駆け、他の十天衆と共に神に等しき星晶獣と戦う様はやはりグラン達からみても格が違う強さである。

 だが、そんな彼等であってもバハムートを相手にしては簡単にはいかない。繰り出される攻撃の一つ一つが、確実に彼等を追い詰めようとしていた。

 空の世界の覇者たる彼等ですら、現状の維持が手一杯である事を思い知らされる。

 

 

「小僧共……人形を頼んだぞ」

 

「え?」

 

 目の前の戦いに言葉が出なかったグラン達の中でアポロが声を上げる。

 小さく反応したオルキスを捨て置き、再びブルトガングを握るアポロの姿には変わらぬ強さが感じられた。

 

「お前達は回復に専念していろ。いきなり現れた連中にはいそうですかと任せきりにするような状況ではないからな。

 私もルリア奪還の為に動く。あの男の蘇生については任せるしかないが、ルリアの奪還は別だ。あの自称皇帝様から奪い返しすぐにタワーへと向かわねばならない。

 待っていろ……すぐに取り返してくる」

 

 それほど負傷が多くは無かったのだろう。

 シエテの言葉に嘘があるとは思えないが、それでもルリアの奪還を確実にするため、アポロが動いた。

 

「黒騎士……わかった、僕達はすぐに動けるように治療に専念しておく。頼んだよ」

 

「気ぃつけろよアポロ……決して楽な相手じゃねえからな」

 

「フン、戻ればすぐに動く事になるんだ。自分の心配でもしていろ」

 

 現状、治療中の自分達にできる事は無いとグランは逡巡を見せてから快諾。

 オイゲンの心配の声をあしらったアポロは、魔法陣から抜けて駆け出して行った。

 

「僕達は治療に専念だ。シェロさんからもらった道具も使ってすぐに治療しよう」

 

 グランの声に、一行は静かに各々の回復に専念した。

 何もできず逸る気持ちを抑え、一行はひたすらに動く時が来るのを待つのだった。

 

 

 

 

 

 

「流石は特異点……こんな援軍を呼び出すとはね」

 

 近くの建物の屋上へと転移して、ロキは目の前で繰り広げられる天上の戦いに呟きを漏らした。

 確実に仕留めるつもりで命令を下したバハムートの攻撃。それを一時的に凌いで見せたセルグと、そのおかげで間に合う事が出来た十天衆。

 先の大いなる破局でセルグが命を落とした事から鑑みるに、特異点はグランかジータの二人に絞られた。

 一先ずは特異点候補の一人が消えた事に一つの達成感を覚えるが、そんな事を考えている場合でもない。

 バハムートに対抗しうる十天衆の介入はやはり厄介な事この上無かった。

 

「どうすんだよロキ……あいつらをぶっ殺すってんならオレが行ってやるぞ」

 

「まぁ、待ってよフェンリル。言っただろう……君の出番はまだ早いって。

 まだルリアとバハムートはこちらが掌握しているんだ。流石に十天衆と言えどバハムートを相手にしては防戦一方だし、まだ慌てる段階じゃ――」

 

 瞬間。ロキは言葉を止めて反射的に近くの建物へと転移した。

 直後に彼がいたところを薙ぎ払う絶爪。

 躊躇なくその命を刈り取らんと爪を振るったのは、十天が一人、神狼の二つ名を持つシスである。

 その身を武器とした最強の格闘術の使い手であり、暗殺を生業とした部族の最後の生き残りだ。

 

「――逃したか。次は仕留める」

 

 静かに言い放つその声には、感情や意志が宿らないような機会染みた平坦さがあった。

 

「へぇ……厄介な気配の持ち主だね。今逃げられたのはラッキーだった。ギリギリで感じ取れて反射的に跳べたに過ぎない。

 フェンリル、少し離れていろ。こいつが相手では君でも分が悪いだろう」

 

 フェンリルを後ろに控えさせながら、ロキはルリアの制御をそのままにシスと向き合う。

 先程の言葉に嘘は無い。予感めいた感覚で反射的に転移して回避できたのは奇跡的だ。

 それ程までに目の前の男の気配は静かで自然であった。

 

「全く、本当に楽しませてくれるね特異点。僕を脅かせるようなのがこの空の世界に居るとは思わなんだよ」

 

「問答は良い。その娘を返してもらおう」

 

 言葉と同時に掻き消えるシス。同時にまたもロキの背後へと現れて爪が振るわれるが、ロキも先程の焼き増しと言わんばかりに瞬間的な転移魔法で逃げ切って見せる。

 

「動きを悟らせた時点で僕は転移魔法を起動する。君が如何に早く動こうとも簡単に僕を捉えるような事は――ッ!?」

 

 瞬間的に感じた悪寒。制御の為にルリアへと伸ばしていた腕を引こうとするがその時には既にロキの手首から先が消えていた。

 

「――言ったはずだ、次で仕留めると」

 

 そこにいたのは爪を振り下ろしたシスの姿。

 なんてことはない、転移した瞬間にはロキの居場所を把握してシスが先回りしていたのだ。

 その驚異的な早さを以て。

 

「幾ら消えようとも魔力の気配くらいは追える。転移先を掴むことなど造作もない。

 ましてやそれだけ瞬間的な魔法の発動だ。大規模な移動はできないだろう……この程度の距離を詰めるのは一瞬だ」

 

 手首を落とされ、ロキの制御から解放されたルリアをシスが抱える。

 

「――ふぇ? あれ? 私……」

 

「口を閉じていろ。舌を噛むぞ」

 

 即座にシスはその驚異的な身のこなしでその場を離脱しようとするが、それをロキが許すわけもない。

 転移と同様の反射的な魔法の発動。束縛を目的とした光の鎖がルリアを抱えるシスへとのびた。

 

「チッ!?」

 

「逃がさないよ」

 

「いいや、逃がしてもらおう」

 

 だが、瞬間的な魔法の発動ができるのは彼だけではない。

 彼女もまた、驚異的な速度で魔法を構築し放てる稀有な存在の一人だ。

 

「クアッドスペル!!」

 

 四色の閃光が、シスを追う鎖を貫く。

 それは彼女だけの特異な技能。4つの属性を操る、異端の魔法使いの魔法。

 

「――お前は?」

 

「安心しろ。少なくとも敵ではない。ここは任せてルリアを早く連れて行け」

 

 アポロの言葉を受け取り、シスは口を開くことなく即座に駆け出した。

 

「フェンリル!」

 

「やろう、逃がすかよ!!」

 

 ロキの声に応え、フェンリルが動いた。

 氷の星晶獣としてのチカラを発現し、放たれるのは巨大なつららの群れ。

 先端を鋭利に尖らせた丸太ほどもありそうな太い氷柱が次々と放たれるも、立ちふさがるのは黒き鎧。

 ブルトガングが閃き、閃光が駆け抜ける。

 全てを打ち砕き、追いかけようとするフェンリルの前にアポロが立ちはだかった。

 

「行かせはしないさ。丁度いい……散々面倒を掛けられた借りをここで返させてもらおう」

 

 シスとは違い、荒々しく荒れ狂うチカラと気配。アポロの胸中に燻る怒りが漏れ出る。

 不甲斐ない……動けなかった自身がもどかしい。そう思っていたのは何もグラン達だけではない。

 寧ろ七曜の騎士という強者としての自負がある分彼女の方がより強く自身の不甲斐なさを悔いていただろう。

 ロキに良い様にしてやられたことも、バハムートを相手に不覚を取った事も、彼女の自尊心と言うものを痛く傷つけた。

 

「繰り返すまい……もう二度と。己の無力を呪うのはこれで最後だ」

 

 思い出すのは幼少の頃から積み重ねてきた無力な自身への後悔。

 母を失い、オルキスを奪われ、取り戻さんと昇りつめた地位もあっけなく追われた。

 後悔をするのはもうたくさんだと、アポロは兜の奥で誰にも見えない顔にその決意を露わにする。

 

「全てを思い通りにできると思うなよ。私は……この世界は。其れほど甘くはないぞ」

 

 七曜の騎士となってから知らず知らず積み重ねてきた驕りを捨て、アポロは一人、無力な自身を振り払うべく目の前の敵を見据えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 フュンフの魔法による治療も終わり、全快となったグラン達。

 シエテが告げた、ルリア奪還に向かったシスの帰還を、今か今かと待ちわびていた。

 

「ヴィーラ、反動とかは大丈夫? セルグみたいに後遺症になってたりとかはしない?」

 

「大丈夫ですよゼタ。私とシュヴァリエはそれ程厄介な戦い方をしてはおりません。反動と言うなら、天星器を使い続けである団長さん達お二人の方が心配です」

 

「僕らは大丈夫だよ。もう、集中しなくても応えてくれるくらいには使い慣れてるしね……」

 

「はい。私としてはオイゲンさんやアレーティアさんの方が少し……心配です」

 

「おいおいジータ。今更俺達を老いぼれ扱いすんなって」

 

「心外だのぅ。これでも儂は常に最前線で戦ってきたじゃろう」

 

「そうよね。オイゲンやアレーティアよりも、普段からサボってばかりのラカムの方がよっぽど疲れてんじゃない?」

 

「うっせーガキンチョ。んな事言ったらガキンチョなお前さんやオルキスの嬢ちゃんの方が――」

 

「ラカム……コロッサスとリヴァイアサン……どっちが良い?」

 

 静かに星晶の輝きが満ち始めるオルキスの手を見て、ラカムが慌てる。

 皆一様に、軽口を並べながら、自身の逸る気持ちを抑えていた。

 回復は済んだ……だが、まだ動く事ができず待つだけのこの状況が嫌でも彼らの気持ちを焦らせる。

 十天衆とバハムートの戦いは未だ続いていて、ウーノは時折彼等を守るために障壁を展開していた。

 手伝えないか。戦えないかと。燻る思いとは裏腹に、その身は先に受けたバハムートの攻撃の記憶が蘇り彼らを躊躇させる。

 

「やはり……上には上がいるってことを嫌でも痛感させられるな」

 

 ふとモニカが呟いた。

 ここにいる面々は十二分に強い。それは疑いようもない事実である。

 帝国との数々の戦い。星晶獣との命を懸けた死闘。

 それらを潜り抜けてきた彼らが弱いはずはないだろう。

 

 だがそれでも、目の前で繰り広げられる戦いはその彼らをして入り込むことを躊躇させる戦いであった。

 

「十天衆……ですか。シェロカルテさんはとんでもない人達との繋がりがあったのですね。

 私達秩序の騎空団とは別の形での、空の世界を守る人達……」

 

 感慨深くリーシャが言葉を漏らした。

 圧倒的な戦力を以て、世界に仇なす驚異への抑止力として存在する十天衆。

 それは、リーシャが目指す秩序の騎空団とは対極にある存在と言えよう。

 力無くとも想いを糧として、数多くの同士が集う秩序の騎空団は、圧倒的な“群”による抑止力。

 対して十天衆は、圧倒的な“個”の力による抑止力だ。

 一人一人が全空に適うものなしと言われる戦力を保有する彼らが動けば、それだけで悪事を企てる者などいなくなる。

 もっとも簡単な世界の理、力による抑止はヒトという種族に対して最も効果的と言えるだろう。

 

 そんな抑止力の究極とも言える存在を目の当たりにして、リーシャは自分達の弱さを殊更感じてしまう。

 

「やっぱり私は、まだ弱いままだ……」

 

「――おい」

 

 目の前の戦いに夢中になっていた彼らに、無愛想な声が掛けられる。

 

「ッ!? 何者だ!」

 

 無様なくらいに隙だらけだった事は承知だが、誰にも気取られる事なく彼らの背後を取った声の主に一行は一斉に警戒を露わにした。

 声を上げたカタリナが振り返るとそこには――

 

「カタリナ!!」

 

 彼女へと駆け寄る、大切なヒトの姿。

 僅かに目尻に涙を浮かべながら、カタリナへと抱きつくルリアを見て、そこにいるエルーンの男が聞かされていたシスだとわかり、グラン達の警戒が薄れていく。

 

「その娘で間違いはないな?」

 

「あ、あぁ……シス、殿だったな? シエテ殿から聞かされている。改めて、ルリアの奪還に感謝しよう――ありがとう」

 

「礼はいい。そんな事より早く向かってやるのだな。お仲間の黒い騎士がこの先で戦っている」

 

「黒騎士が? そうか……わかった。重ねて感謝する。

 グラン、ジータ」

 

「うん。急いで向かおう」

 

「でも、まだセルグさんが……」

 

 直ぐに向かおうと動く仲間達の視線が、魔法陣を展開し蘇生の最中であるフュンフへと注がれる。

 既にそれなりの時間が経過しているが、まだ彼女の魔法が終わる気配は見られなかった。

 そもそも、命の蘇生などと言う規格外な魔法に半ば懐疑的であった事から、ジータの不安は未だ燻ったままである。

 

「行くわよジータ。さっきシエテってやつが言ってたでしょ……あのフュンフって子なら必ずセルグを治してくれるって」

 

「ならば我々は、あやつの為にも先に進まなくてはならない。あやつの頑張りを無駄にしない為にもな」

 

 そんなジータの様子に、釘をさすように声を掛けるのはゼタとモニカだ。

 心配なのは彼女達も一緒だろう。だがそれでも、今はやるべきことがある。

 切迫した状況に足踏みしている暇はなかった。

 

 少し前のやり取りをジータは思い出す。

 広場にセルグとモニカをおいて行った時も同じ様な事を言われた気がする。

 そして、その時も自分はもう信じて進むと決めたはずであった。

 

「そう……ですね。進みましょう! 信じて先に!」

 

 今更、彼の心配をして動けない等と言う気は無い。

 ジータは、惑う気配を一新してゼタとモニカに返す。

 

「それでは、ロゼッタさんとカタリナさんでルリアちゃんとオルキスちゃんをお願いします。私とモニカさんは殿を引き受けます。

 皆さん、急ぎましょう」

 

「おい、お前」

 

 号令の下動き出そうとしたリーシャを、しかしシスが呼び止めた。

 相変わらずの無愛想な声だが、少しだけその声には何かを伝えようとする意志が感じられる。

 

「えっ? 私……ですか?」

 

「一つだけ言っておく。俺達十天衆はたとえ一堂に集まってようが“一人”だ。どこまで行っても、俺達の強さは一人の強さでしかない。お前達のように……共に戦う強さと言うものを、俺達は知らない」

 

「はぁ……えっと」

 

「おせっかいだったな。忘れろ」

 

 言いたい事は言ったと言わんばかりに、そそくさとその場を退散し自身の戦場へと向かうシス。

 対して、言葉を投げられたリーシャも含め、一行は思いもかけない彼の言葉に目を丸くしていた。

 

「なぁ、アイツ何が言いたかったんだ……一体?」

 

「フフ、さすがは十天衆って所なのかしらね」

 

「ロゼッタ? シスさんの言いたい事がわかるの?」

 

「まぁ、何となくはね。リーシャちゃんの呟きが聞こえたんでしょ……彼は貴女の強さは一人じゃないと言いたいのよ」

 

「私の強さ?」

 

 えぇ……と答えながら、ロゼッタは戦いを続ける彼らを見据えた。

 

「さっきから彼等の戦いを見てて思ったの。確かに彼等は強い……底が見えないくらいにね。

 でも、連携も何も殆どないのよ。彼等は隔絶した強さ故に全てを一人でこなせてしまうような存在だから、共に戦う事を知らない。

 あのバハムートを相手にしても、彼等はほとんど、各々が“一人”で戦っている」

 

 前衛後衛の役割分担程度はあるだろうが、それくらい。

 目の前で戦う十天の者達は、共に戦ってはいるがそれぞれが1対1であった。

 強すぎる集団であるが故に、彼等は支え合う事も気遣い合う事もない。

 それはどこまでも一人で、どこまでも孤独な戦いに見えた。

 

「わかるでしょ? 貴女の強さは違う。一人では戦えないから貴女には仲間がいて、仲間がいるから貴方は強く成れた。

 一人では強くないからこそリーシャちゃん。貴女は“強い”のよ」

 

「なるほどな……ロゼッタ殿のいう通りかもしれない。

 ふっ、相も変わらずリーシャは自身の強さに引け目を感じているようだな」

 

 嘗てセルグに諭され、アポロの言葉を聞き、アマルティアの戦いも経て。

 変われたと……そう思っていたリーシャであったが、十天衆という強大な強さの前に、根付いていた卑屈な心がまた顔を覗かせていた。

 シスは、そんなリーシャの心境を感じ取り自分を見失うなと伝えたかったのだろう。

 

「うぅ……もう乗り越えたと思ってたのになぁ」

 

 モニカの言葉で、改めて自分の“弱さ”を突き付けられ、リーシャの顔が羞恥に染まる。

 未だに自身の強さにブレが出てしまうところは彼女らしいかもしれない。

 そんな彼女に、グランは優しく声を掛けるのだった。

 

「――僕も何となく気持ちは分かるよ。セルグや黒騎士を見て、自分の弱さを痛感してたし。何より、僕にも背中さえ見えない父がいたから」

 

 適わない……届かない背中を追いかけ生きてきた、同じ境遇を持つ二人。

 羞恥に俯くリーシャを勇気づけるように、グランはリーシャ手を取った。

 

「大丈夫だ。“リーシャ”には僕達がいる。一人で届かなくても、一緒ならきっと届く。

 だから行こう、僕達と一緒に……どこまでも」

 

「――グランさん。ありがとうございます。

 行きましょう皆さん。共に……どこまでも」

 

 その言葉はこの戦いに限った話ではないのだろう。

 出会い、仲間になった彼等は文字通り、どこまでも共に歩んでいく仲間として、今再び心を一つにしていた。

 

 

「フュンフちゃん……セルグさんを、お願いね」

 

「はぁい! ちゃんと元通りにしてあげるから、あちしに任せて! お姉ちゃん達にはやる事があるんでしょ? 早く行かないと!」

 

「うん、ありがと。フュンフちゃん」

 

 静かに……後ろ髪引く想いを振り払い、ジータはフュンフへと背を向けた。

 

 

「アダム殿……あとは任せてくれ」

 

「――いくわよ、モニカ!」

 

「あぁ、すまない。直ぐに行く!」

 

 破壊され残骸となったアダムの姿を目に焼き付け、モニカもまた背を向けて走り出す。

 目指していたタワーは目の前であった。

 これが正真正銘、帝国との最後の戦いとなるだろう。

 

 様々なものに背中を押され、グラン達は再び走り出した。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 ――熱い

 

 酷く不明瞭な意識の中、セルグはそれを感じ取っていた。

 

 ――まるで、体が溶けていくようだ

 

 溶けた鉄の中にでも放り込まれたような感覚が全身を覆い、しかし痛みも苦しみもなくその熱は自身を包み込んでいく。

 そう、自身ですらも鉄に溶けだしていくかのような不思議な感覚であった。

 

 ――もう……死んだのか

 

 僅かに思い浮かぶ直前の光景。

 バハムートの攻撃を防ごうとして、その攻撃に呑みこまれ……恐らく自分は。

 

 ――皆、悲しんでるかな

 

 思い描かれる仲間の悲痛な表情が、不明瞭な意識の中でセルグの心に影を落とす。

 散々無茶をして、その度に悲しませて……それでも、守らずにはいられなかった。

 大切な彼らを失う事など耐えられないから。

 

 ――約束、また守れなかったな。

 

 “こんなところで、何してるの?”

 

 突然思考に割り込んできた声に、意識だけをびくりと震わせる。

 聞こえてきたのは間違えようがない程、懐かしい声であった。

 

 ――アイ……リス?

 

 “我が子よ……眠るにはまだ早いぞ”

 

 ――母上?

 

 更に飛び込んでくる、聞き覚えのある声。

 意識だけで視界も何もないと言うのに、感覚的にセルグは周囲を見回す。

 届けられる声を追い求めるように。どこか、助けを求めるように、セルグは声の出所を追いかけた。

 

 “らしくないよ。途中で投げ出すなんて”

 

 “言ったはずだ。そなたは一人ではないと”

 

 ――何が……何を言って

 

 “誓ってくれたでしょ。守ってくれるって”

 “決意してくれたのではないですか。幸せになると”

 “約束してくれただろう。未来を共にすると”

 

 聞こえる声が、愛しき者達に移り変わる。

 反響して重なる声に、セルグは惑う意識を落ち着けた。

 

 ――そうか……そうだったな

 

 いつしか、意識に身体が備わり始めていた。

 

 ――まだ、死ねないよな

 

 不明瞭な意識が明瞭へと変化していく。

 身体がある事を知覚し、セルグの意識は徐々に感覚と言うものを取り戻していった。

 

 ――つくづくオレは、お前に救われてるな

 

 取り戻した感覚は視界を生みだし、目に映る景色は何度も夢で見てきた彼自身の世界であった。

 

 ――助かったよ……ありがとう、ヴェリウス

 

 

 

 ”ふん、全く世話の焼ける若造だ”

 

 

 

 落ちた翼は、それでも折れずに飛び続ける

 

 

 ――――――――――

 

 おふざけNG編

 

「大丈夫。僕も……リーシャも、強いから。

 行こう、一緒に。この世界を守るために」

「――グランさん。そうですね、行きましょう!」

 

 先程の自ら挙げた布陣はどこへ行ったのか。勇んだグランとリーシャは並んで走り出す。

 仲間達の事など既に意識の外なのかもしれない。どことなく二人の距離は近く、やたらと親しさが垣間見える。

 

「あのさ、これってもしかして」

「ふふふ、これは面白くなってきましたね」

「ですよね! この感じは間違いなく」

「ははっ、なんだかんだ言ってグランも男って事だよな」

「ちげぇねえ。カッコいい所をみせてくれるじゃねえか」

「フォッフォ、若いのぅ。爺には嬉しい光景だぞぃ」

「せめて時と場所を選んで欲しいんだけどー。全く、大人っていうのはすぐにそうやってイチャイチャするんだから、もぅ……」

「ほらほらぼやかないの。セルグとゼタ達に比べたらまだマシでしょ」

「失敬な。私達は時と場所位は弁えるぞ」

「モニカ……皆の前でセルグに抱きついて……好きだって……」

「そういえば、アマルティアでのモニカさんはすごく大人っぽいと言うか……かわいいというか」

「いっ!? いや、あれはだな……その、むしろ皆の前だからこそ意味があったというか」

 

 

「んもーー!! うるさくて集中できないから早く行っちゃえーー!」

 

「「「「ごめんなさいーー!!」」」」

 

 

 全空一おっかない7歳児に怒られ、一行は急いで二人の後を追うのだった。

 




如何でしたでしょうか。
グラブルのモチベがここ2ヶ月でだだ下がりでしちゃって、なかなか書き上げられませんでした。ごめんなさい
モニモニ実装でまたやる気出たから次回はもう少し早く描けると思います。

誰がとは言いませんがポメらないからね。絶対ポメラせませんからね。
カッコよかったでしょう?

それでは、お楽しみいただけたら幸いです。
感想お待ちしております。

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