granblue fantasy その手が守るもの   作:水玉模様

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絶望感。
それが伝わったらいいです

独自解釈と設定が垂れ流しになります。
ご注意ください


メインシナリオ 第60幕

 

 ――――星晶獣

 

 それは空の世界とは違う世界、星の世界から来た者が創りだした兵器。

 星の民と呼ばれる存在が、空の世界を支配する上で生み出した、生きた兵器の事であった。

 

 

 だが、この星晶獣という存在には疑問が残る。

 

 

 何故、星の民は星晶獣となる兵器を創りだしたのか?

 

 

 星の民とは完全なる存在。故に、その能力は空の世界において比肩するものが居ない。

 空の世界とは一線を画す魔法の数々。星晶獣でなくとも強力な兵器はいくらでも創れる。

 空の世界を支配するのに、新たに星晶獣と呼ばれる兵器を創る必要が、果たしてあったのだろうか。

 

 

 答えは否。

 星晶獣等なくても、星の民にとって空の民は取るに足らない弱い存在。支配する事は容易であった。

 空の世界を”支配する上で”生み出された星晶獣は、空の世界を”支配する為”に生み出されたわけではなかったのだ。

 

 星晶獣の起こり……それは偶発的なものに過ぎない。

 発端は、星の民が空の世界に来訪したその時にまで遡る。

 

 

 平和に暮らす空の民。安定した静かな世界。

 支配せんと訪れた星の民に対し、彼らは対抗する術も持たなかった。

 抗えず、戦えず、生存の為に支配を受け入れる空の民達。星の民は、着々と空の世界を支配し、席巻していった。

 

 しかし、順当な支配を進めていた空の世界に、星の民に抵抗する存在が現れる。

 

 

 ――創世神”バハムート”

 

 

 それは世界を創りし神であり、それは空の世界を守りし神であった。

 星の民の来訪に対し、神はその存在全てを掛けて星の民と戦いを始めたのだ

 

 ”破壊”と”再生”

 

 そのチカラを持つ神には全ての攻撃を破壊し、全ての傷を再生するチカラがあった。

 どんな攻撃も打ち砕かれ、どれだけ傷つけても再生を果たす神を相手にしては、星の民と言えど倒す術を見出すことはできず…………倒す事叶わぬ神を相手にして、星の民は敗北への道を辿っていた。

 

 だが、そんな時である。

 星の民は辿り着いてしまった。神すら支配する悪魔の如き所業に……

 

 

 星晶――それは星の民が扱うチカラを宿した結晶体。

 魔法にしろ、兵器を動かす動力にしろ、全てはこの星晶を媒介にする。

 星晶を操り、星晶を用いて、星の民は多くのチカラを形としてきた。

 

 ならば神ですら、この手に収めて見せよう。

 

 誰かが言ったこの言葉は、瞬く間に広がった。

 元々バハムートですら支配への障害としか考えていなかった星の民にとって、神を御する事に抵抗などあるわけもなかった。

 計画は進み、星の民は幾重もの魔法と幾重もの兵器を使ってバハムートを抑え込むと、この星晶をありったけバハムートへと注いだのだ。

 

 傷を負うわけでもないその身は再生できず、自身の身体故に破壊する事も出来ず。

 抵抗虚しく、バハムートは星の民が操る星晶によって侵されてしまった――神は星の民の手に堕ちてしまったのである。

 最後の抵抗として、星晶に侵されていない部分を抽出し半身として世界に逃がしたが、それによりバハムートは完全な形を保つことができなくなってしまう。

 意思を奪われ、その身に宿るチカラの大半を失い、星晶に侵された神は空の世界に反旗を翻すことになる。

 

 

 原初となる、星晶獣の誕生であった。

 

 

 後に、制御しきれない神のチカラを危険と判断した星の民によって、バハムートは幾重にも厳重なる封印を掛けられて、空の世界の偏狭の地へと封印される。

 しかし、星の民はこれをきっかけにして空の世界にいる強大な生物達を。星の民に抵抗しうる存在の悉くを、星晶獣へと堕としていった。

 世界から神の庇護は消え、島々から守り神が消えた……覇空戦争が起こるその時まで、空の世界は長きにわたる支配の時を迎える事となったのだ。

 

 

 これは、創世神話に記されることのなかった世界の起こりの一節である。

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 暗雲を切り裂き光が堕ちる。

 目を開けられない程ではない……いや、むしろその光景はまるで引き付ける様に目を離せないものであった。

 神々しい光の柱の中で、徐々に形を作り生まれ出る巨大な龍。

 ぼやけた輪郭がはっきりしてきて、押し潰されそうな威圧感は止まる事を知らない。

 落ちた光の柱が収束して消えていくとき、世界は巨大な龍の咆哮に震えた。

 

 

「くっ……なんて存在感だ」

 

「こんな強大なの、今まで見たことが無い」

 

 セルグとゼタが呟く。

 プロトバハムートを見るのはこれが初めてではないはずだった。

 グラン達はザンクティンゼルにて、他の仲間達もガロンゾへと辿り着く前にルリアが召喚した姿を一度見ている。

 だと言うのに、今目の前に降臨したこの星晶獣はその時の気配をはるかに凌駕する存在感を放っていた。

 記憶と余りにも違う強大な気配。隔絶されたチカラの差を感じて、その場にいる誰もが足を竦ませていた。

 

「当然だろう? 正当な管理者たる僕の要請の下、鍵となるルリアが完全な召喚を果たしたんだ。これまでルリアがやってきたお遊戯の召喚とは別物だよ。

 封印も拘束具もない完全なる顕現を果たしたバハムートは、原初にして頂点の星晶獣。

 神に等しきチカラはヒト如きが抗えるものではないと知ることだね」

 

 目に光が灯ると同時に、大翼を広げ再び咆哮するバハムート。

 その翼のはためきで突風が起こり、島がゆれた。

 

「――手始めに一撃。まずは小手調べだ」

 

 ルリアを通して、バハムートへとロキが命令を下す。

 命令を受けて、バハムートの意識がグラン達へと向けられた。

 

「ッ!? 黒騎士!!」

 

「わかっている!!」

 

 瞬間、膨れ上がった悪寒。反射的にセルグとアポロが動いた。

 天ノ羽斬の全開解放。ブルトガングを抜剣。猶予一つない状況で最速を以て最大のチカラを練り上げる。

 

「ヴィーラ! 余波を頼む!」

「お任せください!」

「全員伏せていろ!!」

 

 セルグの声に応じてヴィーラはシュヴァリエによる守護結界を張り、アポロの声に他の仲間達が全員地へと伏せる中、巨大な龍の巨大な腕が振るわれた。

 それが残すのは只の魔力の軌跡に過ぎない。だが、魔力を込められた巨大な腕が島を叩けばそれだけで島を落とせるだろう。

 故に叫んだ二人の行動は言葉なくとも一致していた。

 

「絶刀招来――天ノ羽斬!!」

「黒鳳刃・月影!!」

 

 振り下ろされた腕へと、全力を以て迎撃。

 

「おおおお!!」

「はぁああ!!」

 

 押し切られる――そんな不安を振り払うように叫んだ二人は、渾身のチカラを込めてバハムートの腕をなんとか押し戻してみせる。

 

「セルグ、黒騎士!」

 

 だがその代償は大きかった。脅威が去った瞬間に二人は力が抜けたように崩れ落ちた。

 準備する間がないとっさの迎撃……いくら最速で練り上げようと余裕の無い中振り絞ったチカラは、決して大きくは無く、無理矢理押し切った二人の疲労度合いを大きく跳ね上げた。

 

「流石だね、ヒトの身でありながらバハムートの攻撃に真っ向から挑めるなんて。君達二人は人間辞めてるといっても過言ではないと思うよ――――まぁ、今のが限界の様だけどね」

 

「ハァ……ハァ……これはまずいな」

 

「くっ、私と貴様でこれか……対応できる者は限られるぞ」

 

 苦渋に顔を染めながら、二人は悠々と空に佇むバハムートを睨み付けた。

 ヴェリウスの加護を受けたセルグと、七曜の騎士アポロ。間違いなくこの世界において比類なき強さを持っている者達である。

 その二人のチカラを合わせて尚、ギリギリの拮抗しかできない。

 無論カタリナや、ヴィーラとシュヴァリエの様に防御面に秀でていないといった相性もあるが、単純なチカラの押し合いにおいて、バハムートには到底かなわないことが裏付けられた。

 

「お二人ともご無事ですか!? イオちゃん、お願い!」

 

「わかってる!」

 

 崩れ落ちた二人にすぐさま駆け寄るのはジータとイオ。

 ウォーロックとなっているジータも簡単な回復魔法程度ならできるだろう。二人で急ぎセルグ達を動けるようにしなくては、バハムートに対抗できない。

 同時に余波を防いでいたヴィーラがシュヴァリエと共に前にでた。

 

「お姉様。皆をお願いします……空中に出て、私が注意を引きましょう」

 

「バカをいうな! そんな危険な事させられるわけが無いだろう!」

 

「無理は承知です。それでも、シュヴァリエのチカラを限界まで引き出せば時間稼ぎくらいはできます」

 

 ヒトの身でありながら……その枠で捉えるならヴィーラが扱うシュヴァリエのチカラはそこに当てはまらない。

 セルグとアポロが動けない今、バハムートに唯一対抗できるのは彼女が従えるシュヴァリエぐらいであった。

 バハムートは巨体だ。ヒトの身のまま大星晶獣のチカラを扱えるヴィーラであれば、回避と防御に専念する事で時間稼ぎくらいはできる。

 そう考えたヴィーラであったが、そんな危険な事をカタリナが許せることもなく、また相対していたこの男もそんな事を許しはしなかった。

 

「あぁ、そう言えば君にはシュヴァリエがいたね。たかが一つの島の大星晶獣如きでは適わないと思うけど……僕が君達に立て直しの暇を与えると思うかい? 

 言ったはずだよ、君達の中には特異点がいる。絶望的であっても君達は簡単には殺されてくれないだろう……だから僕は、隙を与えはしない」

 

 余裕がある中、それでもロキは彼らに隙を与えはしなかった。

 再びロキより下されるバハムートへの命令。グラン達の間に緊張が走り、一斉にバハムートへと視線が注がれる。

 広げられた翼が今一度はためいて、龍種らしい長い首が鎌首をもたげると、その口元に強大な光が集い始めた。

 

「さっきのは大した攻撃じゃなかったね。今度はそうはいかない――全てを滅する破壊の光だ」

 

 大いなる破局。

 破壊と再生を司りし星晶獣の、純粋で偽りのない破壊のチカラ。

 ザンクティンゼルの祠に眠っていた時とは違う、幾重の封印を解かれた、星晶獣プロトバハムート本来が持っているチカラである。

 先程の魔力を纏った腕など足元にも及ばない、彼の星晶獣の絶技だ。

 

「あれは、ルリアが使役していた時と同じ……」

 

「くっ、シュヴァリエ! イージスマージ最大稼働。私の事は構いません。何としても防ぎなさい!!」

 

 先程とは比べ物にならない脅威を感じたヴィーラの声に応じて、彼女の装いが変わる。

 アルビオンではないため完全な覚醒には至れないが、それでも彼女とより深く繋がったシュヴァリエは主の願いに応えその身を覚醒へと至らせる。

 シュヴァリエ・マグナ――嘗てセルグを殺めんと至った姿にまで昇華したシュヴァリエが、ヴィーラの姿に色濃く反映されると共に、周囲に顕現させるプライマルビット。そして要となる盾イージスマージを顕現。

 空の世界において、ほぼ無敵の要塞へと姿を変える。

 

「ジータ! 全員に援護魔法! 皆は僕と一緒に少しでも相殺するぞ!」

 

「イオ、カタリナ、ロゼッタさんはヴィーラさんを手伝って! リーシャさんはオルキスちゃんをお願いします!」

 

「全員全てを振り絞れ! この攻撃……我々が抜かれればこの島は落ちる!」

 

 モニカの声で全員が意を決した。

 あの光がアガスティアに落ちれば、島毎消える。それだけの威力を孕んでいる。

 今ここで、バハムートの攻撃を受け止めきらなければ、アーカーシャの発動を待たずして彼らに未来は無い。

 天星器が輝き、アルベスの槍が火を噴く。過剰にチカラを蓄えた銃が唸り、二本の剣が鞘に納められ、迅雷蓄えた刀が鞘の中で鳴動した。

 イージスマージに重ねられる青い盾と光のヴェール。更に、その先で何重にも張られる荊の結界。 

 全員の迎撃準備が出来上がったところで、そこに加えられるジータのエレメンタルフォース。

 膨れ上がる属性のチカラを感じながらも、それは目の前で収束し続けるチカラの前には心許ない気がしてならなかった。

 

「さぁ、受け止められるかな?――やれ、バハムート」

 

 ロキの声と共に突き出されるバハムートの頭部。そして放たれる黒き光。

 後ずさりそうな巨大な光を前に、彼らは必死に目を見開いてその場に踏みとどまり、更に迎撃の一歩を踏み出す。

 

「いけええええ!!!」

 

 

 彼らがチカラを振り絞ったその数瞬後、アガスティアに黒き光の奔流が降り注いだ。

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 アガスティアのタワー内。

 港にあった隠し通路より侵入したスツルムとドランクは、足を忍ばせながら、タワー内を進んでいた。

 タワー内は外の喧騒が嘘のように思えるほど静かで、警護の兵士がちらほらいる程度。

 その中で見回りの目を掻い潜りながら、既に鎧と剣を手にしているアポロの為に彼女の私室へと向かっている。

 非常に残念ながら、アダムが持ち出していた事など終ぞ知る機会はないまま、二人はその目的地まで辿り着いてしまっていた。

 

「ふ~周囲に兵士の影無し。スツルム殿、ちゃちゃっと必要なものだけ取って次に行かないと」

 

「わかっている。見張りを頼んだ。確か黒騎士の装備はあの箱に――なっ!?」

 

 大きくはないが小さくもない、スツルムの驚いた声に周囲を警戒中のドランクは振り返る。

 

「どしたのスツルム殿? 珍しく大きめの声が出てたけど」

 

「――無いんだ、アイツの装備が……ごっそりと持ち出されている」

 

 スツルムが見つめる先……鍵付の宝箱のような大きな箱の中が空っぽになっているのを確認して、ドランクも驚きに顔を染める。

 

「え~、じゃあなに? 僕達ここまで無駄骨ってこと?」

 

「そういう問題じゃないだろう。くそっ、私達の動きが読まれて隠されたのか……いや、いくらなんでもそんな深読み……」

 

 思考を回しながら、スツルムは周囲に視線を走らせる。

 どこか別のとこにしまったか? それとも、誰か別の人間が持ち去っているのか? だとしたら何故持ち出された?

 湧き上がる疑問に答えを求めて思考を回し続けるスツルムの隣で、ドランクも状況を読んだ。

 

「僕らの動きを読むっていうのはちょっと怪しい気がしない?」

 

 グラン達と秩序の騎空団。進行してきた彼等との決戦とあって、ここまで侵入されて鎧と剣を取りに来る可能性を考えるだろうか……無いだろう。

 フリーシアが戦略的観点や戦術的思考にそれほど通じていないのはグラン達より聞かされている。

 狡猾さはあれど、事戦いにおける様々な可能性を読む事ができるかどうかは別問題なのだ。

 フリーシアによってこの場所の装備が持ち出される可能性は低いと思われた。

 

「う~ん、ありそうなのは誰か別の人間に使わせるとか?」

 

「あれはアイツだけの特注品だ。鎧には別に特別なチカラは無いし、依然聞いたがあの剣はアイツにしか扱えないものらしい」

 

 黒騎士が纏う鎧、それ自体はある程度性能がいい鎧というだけで片が付くものだが、ブルトガングは別物だ。

 彼の剣は七曜の騎士として定められた者に与えられる剣。資格者として、ある種の契約に近いものが、使用者と剣の間に成されている。

 ドランクの予想は無くはないが、可能性はやはり低い。

 

「う~ん、どうにも読めないね。流石にこの状況で当てもなく探すのは無意味だろうし……一先ずはもう一つの目的を優先しようか」

 

「――仕方ないか。急ぐぞドランク。あの剣が無いとなれば、黒騎士でも苦しい」

 

「おやおや、誰かと思えば黒騎士に使える傭兵風情がお二人……一体こんなところで何の用ですかネェ?

 まさか依頼主の部屋に盗みに来るほど落ちぶれていたとは思いたくありませんが」

 

 動き出そうとした二人を固まらせる突然の声。

 やや間延びした声の方へと振り返った二人は、その声の主に覚えがあった。

 

「ッ!? お前は!」

 

「あら~いつの間に? お久しぶりだね大尉さん」

 

 そこには、帝国軍大尉、ポンメルン・ベットナーが不敵な笑みを浮かべながら立っていた。

 後ろに部下を引き連れている様子はなく、彼一人の気配しかない。まさか部下を伴わずに来るとは思わなかった二人が、驚きを見せる中ポンメルンはわざとらしく咳払いを一つしてからゆっくりと口を開いた。

 

「オホン、ネズミが入り込んでいる事は警備システムが機能してわかっていましたのですネェ。

 何が目的かわからないから泳がせていたまでの事……あぁ、ちなみにそこにあった物は既に裏切り者のアダム大将によって彼女の手元へと渡っているそうですネェ。良かったじゃありませんか?」

 

「へ~それは朗報ってやつだね。僕達は無駄骨だったけど、彼女の手にそれが渡ってるなら僕達としては問題なしだよ」

 

「あぁ、それならもう一つの目的を果たさせてもらおうか……この部屋にいるという事はお前はタワーの防衛を任されているはずだな? 答えろ、フリーシアは一体どうやってアーカーシャを使おうとしている?」

 

 視線鋭く睨み付け、スツルムがポンメルンへと問い詰める。

 ルーマシーにてポンメルンの部隊が確保していったアーカーシャ。あの時、ポンメルン達はルリアとオルキスを狙う事が無かった。アーカーシャの起動には必要だとされていた二人の確保が適う状況であって、ポンメルンはその命令を受けていなかったのだ。

 必然、そこにはなぜ動かなかったか疑問が湧いてくる。

 グラン達は既にアダムより聞き及んでいるが、星晶獣デウス・エクス・マキナとリアクターとよばれる装置。その二つをもって起動に必要なエネルギーをまかなう。

 これらの計画を二人は知らされていなくとも推測はしていた。ルーマシーでの帝国の動きから、何か代替案がある事を予想していたのだ。

 

「そんな事は知りませんネェ。私はただ誇り高きエルステ帝国の軍人として、宰相閣下に従い、エルステに尽くすのみですから」

 

「もしその行動が、この帝国どころか世界を消し去る所業であったとしてもかい?」

 

 ドランクは揺さぶりをかけるようにポンメルンに問いかける。

 帝国軍人として……正に軍人の鏡と言えるくらいに帝国の発展だけを考えて軍務についてきたポンメルンにとって、この揺さぶりは利くかもしれない。そんな少なからずの期待を込めるが、ポンメルンはそれを小さな笑みで一蹴する。

 

「世界を消し去る? ふんっ、貴方方は何もわかっていないのですネェ……アーカーシャを使い星の民の歴史を消し去る。それはこの空の世界において何より正しい歴史の修正である事がわかっていない」

 

 口ぶりから察するに、フリーシアが何をしようとしているのかまでは聞き及んでいるのだろう。

 フリーシアによる洗脳の類も考えられなくはないが、それでも今のポンメルンの瞳に宿る意思は、とてもそうとは思えない程彼自身の決意を秘めていた。今の言葉は彼自身の言葉である事を疑う事が出来なかった。

 やがて、嘆息しながらポンメルンは言い聞かせるように二人へと口を開いていく。

 

「貴方達は知っていますか? この世界の起こり、創世の時代からもたらされた星の民による悲劇を……。

 嘗て蹂躙された空の世界、覇空戦争により奪われた空の民、そして星の民の置き土産、星晶獣によって今尚増え続ける被害を。

 星の民がこの世界にいなければ、どれだけの数の人々が救われるか、貴方達はお分かりですかネェ!」

 

 僅かに、怒りを湛えたポンメルンの声に二人は気圧される。

 星の民によって生まれた悲劇。そんなものは数えればきりがない。其れほどまでに、彼の者達が空の世界に残した爪痕は多い。

 星晶獣という災厄が残されている今、過去現在未来と全てにおいて、星の民の犠牲は終わる事は無いだろう。

 ポンメルンとて空の民の一人。むしろエルステの軍人として、星晶獣とは決して浅からぬ関わりがある人間だ。

 必然彼のこれまでには、決して忘れられない星の民による喪失が数多く存在した。

 

「星の民が居なければ、星晶獣が居なければ……幸せであった人、幸せを奪われなかった人はこの世界にごまんといる! それを救う事のなにが悪いのですネェ!」

 

 帝国に限った話ではない。彼が守らなければいけなかった部下や市民達に限った話ではない。

 どこの島でも聞ける星晶獣の逸話、覇空戦争より伝わる圧倒的戦力による蹂躙。

 この空の世界において、星の民は最も忌むべき存在と言える。

 

「だから我輩はルリアを利用したんですよ……星晶獣を操り支配下におけるあの少女のチカラを研究し、星晶獣共を操れる魔晶を創りだしたのです。嘗ては支配された空の民が今度は逆に彼の者達が残した遺物を支配できるわけですネェ。これほど皮肉なことも無いでしょう。

 最も、副産物として我輩の戦闘力を高める事も出来たのは嬉しい誤算でしたがね」

 

 そう言ってポンメルンが懐より取り出すのは、禍々しき結晶――魔晶。

 星晶獣を蝕み手中に収める事も、その身に作用して戦闘能力を強化する事も出来る、正に魔法のような結晶。

 その発動と共に膨れ上がるポンメルンのチカラが二人にも伝わってくる。

 強い……それはもう間違いなく。そしてその意識は二人を倒す事に向けられている。

 臨戦態勢となったポンメルンの気配は、グランやアポロ達と比べても遜色がないだろう。

 苦戦どころか敗北すら浮かびそうなチカラの発現を目の当たりにして、だがスツルムとドランクは臆することなくそれぞれの武器を構えた。

 

「下らないな。結局はお前も過去の事で喚いているだけの人間ってことだ。

 あいつらを見てきた今なら言える。たとえどんなに辛くても、どんなに悲しくても……その過去の積み重ねが今の世界を作ってきたんだ。お前やフリーシアは過去ばかりを見て、一つも今を見ちゃいない」

 

「セルグ君を見て来たからこれだけはハッキリと言えるね。

 覆せない過去、取り戻せない過去を乗り越えた先で人々はこれまで幸せを掴んできた。

 大尉殿や宰相さんがどれだけ失ってきたのか、僕達には分からないけど……今この世界で幸せに生きている人全てを無視して、過去に救われなかった人だけを見る君達の計画は独善的で偽善的だ」

 

 目の前にいるポンメルンに強い想いがあるように、彼等にもまた譲れない大きな想いがある。

 傭兵としてではなく、彼等個人として。この戦いに参戦し、柄にもなく今の世界を守りたいと願ったのだ。

 ここで負けるわけにはいかないと、二人は意気を上げた。

 

「どうやら、貴様はフリーシアの計画をしっかりと聞かされているようだな。手間が省ける……力づくでその全容を聞きだして、お前達の計画を止めてやる」

 

「一人で来たことを後悔させてあげるよ。伊達に長い事相棒をやって来てるわけじゃないからね……僕達の力、見せてあげる」

 

 前衛のスツルム、後衛のドランク。

 互いに補い合える理想の組み合わせは、1+1の常識を覆す。

 そんな彼らの言葉にポンメルンも再び魔晶のチカラを引き上げた。

 フリーシアで実証済みのそのチカラは七曜の騎士にさえ匹敵しうる。

 狭い部屋に、強烈なチカラの渦が巻き起こった。

 

「――良いでしょう。もとより貴方方を捕らえるつもりでした。彼らの到着ももうすぐでしょうし……後顧の憂いはここで断つとしますかネェ」

 

「上等だ。魔晶を手に入れたくらいでいい気になるなよ」

 

「こっちはそんな紛い物じゃなくてナチュラルパワーってやつだからね。無理して手に入れるチカラなんて付け入る隙だらけなんだよね!」

 

「では隙を突かれる前に終わらせてあげましょう。このポンメルン・ベットナーが帝国の首都たるアガスティアで負ける事などないと思い知る事ですネェ!!」

 

 

 2本のショートソードを構えるスツルムと、蒼い宝玉を握るドランク。細身で装飾豊かな長剣を携えるポンメルン。

 黒銀の翼はためくアガスティアの街とは別の所でまた一つ、強き想い同士がぶつかり合う。

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 どれだけ耐えられたのか…………

 

 グラン達の感覚的には幾分も幾時間も経っていたのかもしれない。

 だが、実際のそれは僅か数秒での出来事だった。

 

 暴れ狂う黒き奔流。

 始めに食い止めんと立ちはだかった茨の結界は僅か数瞬で破られ紙切れのように吹き飛ぶ。

 茨を破った黒き奔流を待ち構えるのはグラン達。

 構えたチカラはその時彼らが出せる極限。限界にまで高めたチカラが迎撃に放たれる。

 グランが握る七星剣。ジータが振るう四天刃。主と共に吶喊するアルベスの槍。

 幾重にも飛刃を放つモニカとアレーティア。デモリッシュピアースとディー・ヤーゲン・カノーネを撃ち放つラカムとオイゲン。

 全てがヒトの身に打ち放つのであれば過剰とすら言える攻撃も、黒き奔流を打ち砕くには適わず……彼らは自身の身をギリギリ守れるだけ相殺する事しかできずに木の葉のように散らされていく。

 相殺できたのは如何程か……残る壁は光のヴェールと青い盾。そして難攻不落のはずの大星晶獣の防御。

 画して、彼ら最大の防御網が黒き奔流にぶつかった時、それを支える三人の女性が感じた事はたった一つだった。

 

 ”格が違う”

 

 その身にかかる重圧。支えられるのは数秒が限度のそれは、瞬く間に彼女達の膝を折った。

 白きヴェールが破られ、青い盾が砕かれ、最後の砦となる光の盾すら今にも押し込まそうである。

 

「(このままでは……この島が)」

 

 ギリギリを耐えるヴィーラの脳裏に最悪の予感がよぎる。

 全てを出し尽くした仲間達に彼女を支える余裕はない。

 そうこうしている内に、彼女が支える盾は皹が入り崩壊が目の前であることを告げる。

 彼らの中に諦めがよぎりそうになる……だが、彼らの中にはまだ動ける人物がいた。

 

「駆動部最大稼働。抜剣と同時に最大出力にて相殺開始」

 

 機械染みた声と共に、ヴィーラの前に飛び出すのは帝国軍大将アダムであった。

 

「はぁ!!」

 

 腰に差していた長剣を抜き放ち叩きつける。それは黒き奔流とは対照的に眩い光に包まれていた。

 すると、アダムの長剣から放たれる光によって、黒き奔流は押し留められていた。

 

「――アダム、殿?」

 

 チカラを出し尽くして崩れ落ちている彼らを守るべく、踏み出した彼の腕は黒き奔流の余波でその皮膚を剥がされ、内部から鋼の腕部が露出していた。

 ヒト非ざるその腕を見て、カタリナが小さく呟く。

 

「その姿は……」

 

「私は嘗て、エルステ王国によって生み出されたゴーレム……エルステを未来永劫見守り続ける為に作られたこの身は、朽ちる事をしらず、尽きる事もない」

 

 黒き奔流を防ぎながら、アダムは自らを語った。

 遥か昔、まだエルステ王国が健在で在り覇空戦争の只中にあった時代。

 星晶獣と並ぶ兵器、エルステ王国が創りし究極のゴーレム。

 それはエルステの未来を憂いた国王によって作られ、意思を持ち永遠にエルステの為に生きることを義務付けられた。

 星晶獣と同じく星晶のコアを用いており半永久的に持続する動力と、エルステを守る事を至上命題としたプログラムを組み込まれたアダムは、そうして悠久の時をエルステの為に生きてきたのだ。

 故に、彼にエルステの民を害することはできず、彼にフリーシアを止める事は出来なかった。

 

 

「皆さん……エルステを、お願いします……」

 

 半永久的な動力を持っていようと、出力は足りない。じりじりと押し潰されていくアダムは己がこのまま押し切られることを悟った。

 その身を襲う余波で次々と鋼の内部を露出していき、駆動している部分は悲鳴を挙げ始めている。

 だが、グラン達の攻撃とヴィーラ達の防御が功をそうしたか。黒き奔流は徐々に衰えおり、これであれば島を落とすほどの威力はないであろう。

 アダムはエルステの危機を守り切れたのだ。

 

「……オル……キス、様」

 

 ボロボロとなったアダムはぎこちない動きを見せながら、背後にいたオルキスの無事を確認した。

 リーシャによって守られているオルキスは、どこにも怪我を負う事なく健在であった。

 

 ”よかった”

 

 ヒトではないのに……ゴーレムであると言うのに、アダムはエルステ王国が遺した遺児を守り切れた事に安らかな笑みを浮かべる。

 それが、彼の使命の全てであったから。それが、彼がなさねばならぬことだったから。

 エルステを見守り、エルステを守る。遥か昔より賜った使命は今ここで――

 

 

 

 黒き奔流が、砕かれた剣ごとアダムを呑みこんだ。

 

 

 

 

 

 爆煙が視界を覆い、グランは力入らぬ身をなんとか立たせて周囲を確認した。

 

「皆は、無事なのか?」

 

 仲間達は――皆ボロボロではあったが無事である。

 一様に、再びの動きを見せ立ち上がろうとしているのが確認できた。背後で守られていたオルキスもリーシャと共に健在。

 辛くも、バハムートの攻撃を退ける事に成功したのだ。

 

「そうだ、アダムは!?」

 

 ハッとして振り返る。

 先程黒い光に呑みこまれたアダム。その安否は――

 

「あ……あぁ……」

 

 渇いた声が漏れた。

 振り返った先にあったのは”残骸”。

 アダムの形が僅かに垣間見えるだけの残骸であった。

 動く事は無い……黒き奔流を受け止めた格好のまま、アダムはその身を全て破壊しつくされていた。

 

「人形にしては良くやったね……君達を守り、そこの半端者を守れたのなら彼も本望だっただろう」

 

 無遠慮に投げられた言葉に、グラン達は憤りを覚える。

 ゴーレムだから? ヒトではないから?

 そんな理由で死んだ事を良い様に語るなと、怒りの視線がロキへ注がれる。

 

「ロキ……貴様」

 

「そんな目をしても何も変わらないよ。彼は壊れ、君達は何とか生き延びた――そして、今一度君達には光が降り注ぐ」

 

 怒りを覚えるのも束の間、ロキの命令を受け再び動き出すバハムート。

 その動きは、先程の光の第二射へ向けた準備だった。

 

「なっ!? 連続だと」

 

「そんな……あんなのもう」

 

 グラン達に絶望が浮かぶ。

 全員のチカラを合わせて足りず、アダムが命を燃やして防いだ大いなる破局。

 それほどの攻撃を連続で放てると思わなかったグラン達は、反撃に出ようと奮い立たせていた身体を恐怖に震わせる。

 

「言っただろう? 隙は与えないと……一撃で仕留められるとは思っていないさ。それこそ君達ならこの第二射ですら何とかしかねない。僕が相手取る世界は、僕に優しくないからね。

 だから――余裕を与える気はないよ!」

 

 収束していく光。

 チカラを出しきり二射目は威力が落ちる等と、一縷の望みもそこには存在しない。

 変わらぬ光は変わらぬ威力を孕んでいるだろう。

 

「止められなければ島は落ちる。僕はルリアを連れて転移して逃げるけど、アーカーシャは島毎堕ちるから君達にとってはそれも有りかもしれないかな?」

 

 恐怖に動きを止めたグラン達をみて、ロキは気休め程度の言葉を投げる。

 この程度で終わる事は予想外であったが、彼らに抵抗の意志はもう無い様に見えた。

 せめてもの情けと投げかけたのは、これが防げなければ世界が終わる事は無いと言う事実である。

 

「さぁ、世界は君達を救うために何を見せてくれるのかな……」

 

 だが事ここに至って尚、ロキはグラン達が生き残る可能性を考えて期待に胸を膨らませていた。

 この後何が起こるのか、世界は特異点を守るために何を見せてくれるのか。

 絶望し抗う事をやめた特異点は特異点足りえるのか。

 脳裏に流れる様々な予想と疑問が、彼の心を満たしていく。

 

「このまま終わりじゃ面白くない。せめてもう一回……見せて欲しいな!」

 

 期待に満ちたままロキは手を翳して命令を下す。

 指示は唯一つ。目の前にいる彼らを葬り去る事。

 収束していく光は臨界を迎え、再びグラン達に向けて放たれた。

 

 

 

「おおおおおお!!」

 

 

 刹那、彼らの前に一つの人影が飛び出す。

 光と闇を纏いし刀を携え、彼はその全てを叩きつけた。

 

「ヴェリウス、来い!」

 

 僅かの拮抗。直ぐに押し切られそうになるところを死力で繋ぎ留め、セルグはヴェリウスと融合。

 何の躊躇もなく、その深度を限界まで深める。

 アルビオンの時と同じ、その身に宿る絶対的なチカラ。解放された闇を天ノ羽斬へと集約し、セルグは黒き奔流を相殺するべく全てを振り絞った。

 

 ”翼よ、死ぬ気か”

 ”若造、これ以上はもたんぞ”

 

 頭に伝えられる、本体と分身体からの声。

 使えば器の崩壊は免れないと言われていた最深融合を行い、限界以上にそのチカラを引き出しているセルグの身は見る見るうちに異常をきたしていた。

 筋肉の断裂、内臓の破損。骨は僅かな衝撃で砕けそうな程に皹が入り、神経は機能不全を起こし感覚を失う。

 それであっても、セルグは只一つを要求した。

 

「全てのチカラを寄越せ!」

 

 負荷などどうでも良い。押し切られれば意味は無い。

 何もかもをかなぐり捨て、セルグは目の前に広がる絶望の光を防ぐだけのチカラを欲した。

 それでも、その身に宿るチカラだけでは……ヴェリウスが送るチカラだけでは、この絶望を打ち払うには足りなかった。

 嫌な音が聞こえた。それはセルグの骨が砕けた音か、それとも絶望に晒され続けた彼の相棒が砕けた音か。

 

「がっ……くっ……そおおおおお!!」

 

 視界が黒く染まっていく。既に絶望の光は目の前。セルグのチカラは届かず、彼は後ろにいる大切な者達を守る切る事が出来なかった。

 

 ”ごめん、皆…………届かなかった”

 

 薄れた意識の中、諦めと共にセルグは呟く。

 

 守れなかった……守りたかったはずのものをまた。

 届かなかった……守ろうと伸ばした手がまた。

 

 その事実が辛くて、苦しくて、無限とも言える一瞬の中でセルグはただ悲しみに打ちひしがれる。

 二度と失わぬと決めたのに。共に明日を見る事を誓ったのに……

 砕けた相棒と砕けた心。それらと共に、セルグは黒き奔流に呑みこまれようとしていた。

 

 

 

「また……守れなかった……な」

 

 

「いいや、十分守ってくれたよ」

 

 

 

 沈んでいく意識の中、セルグは誰かに抱きとめられる。

 最後に聞こえた声はどこか軽く、だが強く優しい声音の……聞き覚えの無い声。

 

 

「誰……だ?」

 

 

「よくやってくれた。おかげで間に合う事ができた……あとは私達に任せると良い」

 

 

 先程とは別の声。

 続けて投げられた声はもはやセルグの耳に届く事は無かったが、セルグは不思議と安心した顔でその意識を落としていくのだった……

 

 




如何でしたでしょうか。

最初の創世神話いるのか。でもプロトバハムートという存在が何なのか定めないと書けなくて、、、

破局のくだりだけで長々と書いたのはそれだけ無理ゲー感を出したかったからですが、冗長になってしまった気がします。難しいですね。
ポンちゃんはもう完全にあっち側、、、かもしれないです。この先の展開にご期待ください

それでは。お楽しみいただけたら幸いです

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