granblue fantasy その手が守るもの   作:水玉模様

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お待たせしました。
ひと夏の物語を書いて満足しておりましたが、更新再開です。

もうすぐ終わりが見えてくる本作。
どうぞお楽しみください。


メインシナリオ 第59幕

 

 アガスティアの各所で起こる咆哮。

 それは彼にとってみれば粗末な模造品のうるさい遠吠えに過ぎなかった。

 

 星の民。

 それは嘗てこの空の世界を席巻した支配者。

 過去に栄華を極め、この世界の神すらも堕とした侵略者。

 そして今は、その殆どがこの世界から居なくなってしまった消失者。

 その数少ない残りが彼、エルステ帝国皇帝のロキである。

 

「ロキ、何を嗤ってやがる?」

 

「嗤ってる?」

 

 傍らの従者のような星晶獣が怪訝な顔を浮かべていた。

 投げかけられた疑問を確かめるように顔に触れてみれば、確かに頬が上がり口の箸が吊り上っていることがわかる。

 ――嗤っていた。

 

「あぁ、そうか……楽しみなんだ僕は」

 

「楽しみ?」

 

「そうだね、抵抗虚しくも堕ちた神の仕業か、それともこの世界を守らんとする何らかの意思か。

 とにもかくにも、この現状はフリーシアの負けと言える」

 

「なっ!? どういう事だよロキ……この状況、あれだけの数の星晶獣が出てきてアイツラに勝ち目があるって――」

 

 周囲に巻き起こっている喧騒。

 既にアガスティアの街では各所で顕現した星晶獣による被害が出ているだろう。

 フリーシアの思惑通り、その対応にまで追われてしまうであろうグラン達のほうが不利だとフェンリルは考えていた。

 だが、ロキの目に見えているものはそれだけではない。

 

「彼等だけでは確かに足りなかった。だけど何の因果か、ここには次々と彼による繋がりが集結しつつある。それは彼等が引き寄せたものか、それとも彼が引き寄せたものか。

 どうやら神様と言う奴はどうあってもこの世界を守りたいらしいね」

 

 納得したように一人語るロキの様子が、妙に悲しげに見える。

 嗤っている……だというのに、その目は一つも笑っていない。そんな主人の思惑がフェンリルには全く見えてこなかった。

 底がしれない闇の様で、どこまで読み取ろうとしても見えてこない。そんな異常な主人の思惑がフェンリルを戸惑わせる。

 

「お前、何を言ってんだよ? 結局何がおもしろいんだ?」

 

「堕ちた神とは別の神……世界の意志に対して僕も反旗を翻そうと思ってね。なんせ僕も神様を自称しているからさ。

 楽しみだよ。世界が何を見せてくれるのか、僕も想像がつかない」

 

 笑みが深まる。

 感じられる気配はどこか朧気で、幽鬼のように思える程つかみどころが無くなっていく。

 僅かばかりの恐怖が芽生えてくるが、フェンリルはそれを押し殺した。

 ロキの考えがわからない事など今更ではあるし、自身が成すべきことは変わらない。

 ただこの意味の分からない事をのたまう主人をまもり、立ちふさがる敵を噛み砕く。それだけだ。

 

「あぁ? ほんとにわけわかんねぇ奴だなお前は――とにかく、俺はお前を守るだけだ。奴らが来たら今度こそ俺が」

 

「黙っているんだフェンリル。ここから先は、唯一僕だけが楽しむステージだからね。君の出番は今ここではない――――そうだろう、諸君?」

 

 不意にフェンリル以外に投げかけられる言葉。

 その意味を理解し、彼女の気配は即座に膨れ上がる。

 最大警戒の中、彼女が向ける視線の先には――

 

 

「ロキっ!!」

 

 

 居並ぶはグラン達一行。

 セルグが戻り、リーシャとモニカが加わり、そして七曜の騎士アポロと帝国軍大将アダムがいる。

 およそ一人で相対するには豪華すぎる顔ぶれを前にして、ロキは歪な笑みをまた深めた。

 

「さぁ、反逆の時ってやつだ」

 

 その目に浮かぶは勝利への意志ではなく、愉悦の渇望。

 ただただ己が楽しむ為だけに生きる道化が今、最高の愉悦の為に最高の舞台へと登る。

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 

「急げっ、住民の避難を最優先に! 出てきた星晶獣はその場になんとしても釘づけにしろ!!」

 

 幾多の強大なチカラと共に、アガスティアの街が激震していた。

 声を張り上げて命令を下した彼は、すぐに目の前にいる星晶獣、ミスラへと意識を戻した。

 突如発現した魔晶。そこから出現した星晶獣への対応に回るため、秩序の騎空団はアガスティア制圧戦を中断。

 この状況は聞いていないのか動揺が広がる帝国軍を余所に、作戦を星晶獣に因る被害を防ぐ方へとシフトしていた。

 

「騎空艇団に伝令! アガスティア本島より周囲の島へ住民を運ぶ。急がせろ!」

 

「了解!」

 

 部隊指揮を任されていたリーシャの副官である彼が声を張り上げ、秩序の騎空団はできる限り星晶獣の被害を食い止めるように動いた。

 

 アガスティア制圧戦といっても、秩序の騎空団側は島を落とすような事は考えていない。あくまでフリーシアの野望を防ぐために帝国軍を抑える必要があるから進行してきたまで。

 島の住人の危機とあって作戦を続ける事はできなかった。

 グラン達の侵攻に際して既に大将であるアダムから住人には避難命令が出ていたこともあり、主戦場となっていた街中には、住民は既にいなかった。

 だが、星晶獣が何体も現れる様な事態となれば話は変わってくる。

 魔晶によって現れた星晶獣の全てが好き放題に暴れれば、街は壊滅し、いずれは島自体が落ちる可能性すらあるだろう。

 住民の避難と言うのは可及的速やかに行わなければならなかった。

 

「船団長達が居ないときにこんな事になろうとは……」

 

 一騎当千の彼女達が居ればまだ星晶獣を順に駆逐していくような手段も取れたかもしれない。

 だが常人の範疇に在り、一般的な騎空士である彼らにその術はなかった。

 グラン達のせいで感覚が麻痺しがちだが、本来星晶獣とは簡単に倒せるような存在ではない。

 自然災害にも匹敵する脅威……というのが”普通”の空の民にとっての常識である。

 いきなり現れた星晶獣を相手にして、”倒す”などという選択肢はあり得ないのだ。

 歯噛みしながら、現状の戦力を以て星晶獣を押し留める手段を考えながら彼はミスラが放つ歯車の攻撃を躱す。

 同時に手にもつ長銃が火を噴くが、それは見えない防御壁に阻まれる。

 一点突破の火力か、防御壁を消す魔法か……何か別の手段がなければ一矢報いることすらできない。できることは注意を引いてこの場に釘付けにすることくらいだ。

 何もできない無力さが、彼の胸にのしかかった。

 

「くそっ、一体どうすれば――」

 

「調停の銃ニバスよ、チカラを示せ!」

 

 そんな焦燥に駆られる彼の耳に届いた勇ましい女性の声。

 同時に聞こえた頭上の方へと視線を向けるとそこには、一人のエルーンの女性がいた。

 

 

 

 

 

 

 ――目の前で戦闘行動に入る星晶獣の一つを見据える。

 無機物で構成されたそれは、生きた兵器と呼ばれる星晶獣らしからぬ姿ではあるが、今の彼女にそれを気にする余裕は無かった。

 打つ手がなさそうな秩序の騎空団にアレを抑え続ける事は適わないだろう。

 彼女も、後ろを走る大男もやるべきことが山積みである。

 

「――だが、成さねばならない。そうだろう、セルグ」

 

 思わず小さく笑みが浮かんだ。

 状況は苦しくありながら、彼女に引く気は無かった。

 最悪の想定……それを訓練兵に教え続けていた彼女は常に死を覚悟して任務に臨んできた。

 ヒトは簡単に死ぬ。それを知った時から、彼女はいついかなる時も任務における死を覚悟していた。

 だが、今この時は違う。この戦いの先にやるべきことができた。果たすべき約束ができたのだ。こんなところで自分も世界も終わらせるつもりはない。

 昂る気持ちをそのままにニバスのチカラを解放。強力な封印術を施したニバスに光が迸り、そのチカラを高める。

 

「調停の銃ニバスよ、チカラを示せ! ”バースト・イレイザー”!!」

 

 咆哮と共に放たれる閃光。

 長銃ニバスから放たれた極大の閃光が、副官の目の前で今まさに暴れんとしていたミスラを撃ち抜いた。

 火花を散らし、動きを鈍らせるミスラ。それでもまだ動きを見せているという事は倒せてはいないという事。

 ならば次が必要だ。

 

「鎧チキン! フィールドは抜いた、止めを刺せ!」

 

 即座に指示を出すイルザ。撃ち抜かれたミスラへと続くは巨大な鎌を携えた大男である。

 

「わかっている……ぬぉおあああ!!」

 

 一気に接近したバザラガの大鎌グロウノスが、赤黒いチカラと共にミスラのコア部分へと突き立てられる。そのまま引き裂かれ、流れに逆らわず連撃。次々と無機質な音を立てて、ミスラが刻まれていく。

 チカラを喰らい脈動するグロウノスが最後に唸りを上げると、円状に回転する斬撃の軌跡を残してミスラを削り切った。

 見るも無残な姿になるまで切り刻まれたミスラは活動を停止し、魔晶の粒子となって消えた。

 

「ふむ……粗悪ではあるが足しにはなったな」

 

 グロウノスから感じるチカラに、バザラガが唸る。

 ここまでの道中に刈り取ってきた星晶獣から喰らってきたチカラ。グロウノスに蓄えられたそれが魔晶による粗悪なものであっても強まってきており、少しだけ兜の奥で笑みが浮かぶ。

 

「よくやった鎧チキン。すぐに次へと―――」

 

「あ、あの! あなたがたは……」

 

 すぐさま次の目標へと移動しようとしたイルザへ、副官が急いで声をかけた。

 呼び止められたことを僅かに煩わしく思いながらもイルザは振り返る。

 

「秩序の騎空団だな? そちらの船団長より要請を受けている。街に出現した星晶獣は我らが片付けよう。

 そちらは私達が赴くまでの足止めと住民の避難を優先してほしい」

 

「船団長から? お二人は一体何を――」

 

「幸いにもあれは正式に喚びだされたモノではなく、魔晶をベースに情報を載せただけの劣化コピーのようだな。ここまでの道中でリヴァイアサンと先ほどのしか見かけていない。恐らくはそれしかデータが無いのだろう。

 種類も限られている以上、俺達だけで対応は何とかなりそうだ」

 

「劣化コピー? え、ええと……わかりました。とにかくご協力に感謝いたします!」

 

 状況を正確には掴めないが、自分達では覆せない状況を何とかできる者が現れた。

 渡りに船と言わんばかりの状況に、副官は急ぎ改めての命令を伝達。

 更に、二人へ現状の星晶獣が現れた位置を伝達して、できる事をすべく動いていった。

 

「呆けてはいても、冷静に状況を見れるようだな……さすがは秩序の騎空団と言ったところか。あぁ言ったところは訓練兵共に見習わせたいものだ」

 

「そんな事を言ってる暇は無い。全ては事が終わってからだ……珍しいな、お前が任務中に余計なことを考えるのは」

 

「む、すまない。少し気が緩んでいた……次へ向かおう」

 

「気にするな、それは気の緩みではなく余裕というやつだ。奴と再会したからか? 最近まで張り詰めっぱなしだったお前が嘘のようだ」

 

 どことなく気配が柔らかい気がする。

 嘗ての出来事から教訓を得たイルザは任務中、常に死への覚悟を持って居た。張り詰めっぱなしだった彼女らしからぬ柔らかな気配は、バザラガには緩みではなく余裕に見えていた。

 その要因をなんとなくだが推察して、バザラガは少しだけ嬉しそうに声をかける。

 

「鎧チキン……貴様のそれは余裕ではなく油断だ。そのクソだらけになった無様な身体に風穴を開けられたくなかったらそれ以上くだらない事を喋らないことだ」

 

「ふっ、落ち着け。急いては婚期を――」

 

「殺すぞ」

 

「すまん、冗談だ」

 

 軽口が過ぎたらしい。殺気交じりの短い言葉に冷や汗を流しバザラガは謝罪を述べる。

 封印術を込められた弾丸をぶち込まれてはバザラガの身体に施された魔術回路も意味を為さない。彼にとってもまた、ニバスの能力は天敵といえる。

 宣言通りに風穴だらけにされてはたまらないと、焦るバザラガが取り繕うとしたところで、街の彼方より轟音が聴こえ二人は音の出所へと視線を向けた。

 

「あっちの二人はどうなってる?」

 

「何かあればユーステスから連絡が来るだろう。何もないと言うことはさぞかし癇癪玉が活躍しているんだろうさ」

 

「いつになく褒めるな。お前にとってアレの出来はあまり良くないと思っていたが?」

 

「癇癪玉はムラがあるだけでその能力は十二分に高い。先ほどの戦いを見るにエムブラスクとの相性も良さそうだった……この状況、癇癪玉にとっては餌にしかならん」

 

「本人の前では言うな。調子に乗ってまたポカをするぞ」

 

「当たり前だ。言うわけがない……次に向かうぞ」

 

「あぁ」

 

 頷き合う二人。

 次なる標的を定めて、二人は同時に走り出すのだった。

 

 

 

 

「あぁー! もう、めんどくさい!!」

 

 何度目かわからない回避。

 吐き出された高圧の水流カッターがベアトリクスを襲い、それを彼女はギリギリのところで回避する。

 水に薙ぎ払われた街並みを見て、ベアトリクスは焦りを禁じ得なかった。

 

「くそっ、これじゃ近づけない……ユーステス、何とかしてくれよ!」

 

「全く、簡単に言ってくれる……フラメク!」

 

 要請を受け、ユーステスがフラメクで射撃。寸分違わぬ狙いがリヴァイアサンの顔を撃ち抜き怯ませる。

 大したダメージは稼げないが、意識を割かせ尚且つ向けられた攻撃をきっちりと回避すれば、ベアトリクスが接近する時間を捻出するには充分だろう。

 

「よしきた、”クロックオーデルタ”発動! 走るぞ、エムブラスク!」

 

 リヴァイアサンの注意が反れたところで、ベアトリクスは剣へと語りかけチカラを解放する。

 彼女が剣の気分に振り回されず能動的に扱える唯一のスキル”クロックオーデルタ”。

 正確にはエムブラスクの能力の一端、自身の肉体に掛けられる強化のみを任意で引き出せるだけであるが、筋力の強化、神経節の強化による速度上昇、更には強力な魔力壁による防御力の向上と駆けられた肉体強化はそれだけで星晶獣もどきを屠るには十分である。

 

「はぁあああ!!」

 

 速度の上がった勢いと共に助走をつけて飛び出す。

 彼女を視界に収めていなかったリヴァイアサンの横っ面に一閃。エムブラスクの剣が深くリヴァイアサンを切り裂いた。

 

「まだまだぁ!!」

 

 そのまま角を掴んでリヴァイアサンの頭上を取り一閃。形態変化した大剣の剣閃にリヴァイアサンの頭部が地面へと叩きつけられる。

 

「とどめええ!!」

 

 何とか頭を起こそうとしたリヴァイアサンに止めの一撃。

 落下の勢いを利用して大剣を頭部へと突き刺し地面へと縫い付けると、そのまま力任せに剣を振り抜く。

 頭部から綺麗に体を真っ二つにされ、魚の開きならぬ星晶獣の開きとなったリヴァイアサンはそのまま魔晶の塵となって霧散した。

 

「ふっふーん。どうだ!」

 

 ユーステスの方へと振り返りながら誇らしそうに胸を張る彼女の姿に、ユーステスは思わず呆気にとられる。

 時間にして数秒。大技など無しのほとんどその剣技だけでリヴァイアサンを圧倒して見せた目の前の問題児に驚嘆していた。

 

「……やるな。まるでアイツの様な手際だった」

 

「なっ!? ほ、ほんとか?」

 

 まさかの言葉に思わず声が上擦る。

 ベアトリクスにとってはある種最大の賛辞とも取れる言葉だった。

 ユーステスへと駆け寄るベアトリクスはまるで主人からご褒美をもらう犬のような勢いで、心なしか尻尾が見える気がしない事もない。

 

「有無を言わさず即座に仕留めるのは、見えない剣閃と全てを断ち切る一閃を持つアイツの十八番だ。

 今のお前の様に、反撃の隙を与えずに仕留めきるような芸当は、そう簡単にできるものじゃない……随分とやるようになったな」

 

「な、なんだよユーステス……今日はいつになく褒めるじゃないか。なんだか逆に気持ちが悪い」

 

 言葉では気持ち悪いとは言いつつも、にやけた顔が制御できないベアトリクスの顔の方が気持ち悪い事になっているが、ユーステスはそれを見て尻尾を幻視した事を頭の片隅に押しこんだ。

 こんな気持ちの悪い顔をする奴が犬に似ているはずがない……そう、こんなバカで無鉄砲で癇癪玉で囚人王な彼女が犬っぽいはずなどないのだ。

 やや抜けていた気持ちを切り替え、ユーステスは努めて自然に気持ちの悪い顔をしているベアトリクスから視線を外す。

 

「次に向かうぞ。今のお前なら苦もなく倒せるだろう」

 

「へへ、上等……指示をくれればいくらでもやってやるって」

 

 打てば鳴るような忠犬の如きベアトリクスの言葉に、ユーステスの中でまた僅かな緩みが発生する。

 なるほど、これはこれで扱いやすい……やはりさっき犬っぽく感じたのは間違いではなかったようだ。

 有頂天にならないようにだけは気を付けねばなるまいが、事戦いにおいて、調子に乗った彼女の力が凄まじいのは実証済みだ。

 

「ならば行くぞ。目標はアガスティア全域の制圧だ……遅れるな」

 

「了解。全部片付けて、教官達と合流だ!」

 

 気合いを入れ直し、再度戦いを始めようとした二人。

 次なる目標へと走ろうとしたその時だった。

 

 

「ッ!? なんだ?」

 

「くっ、この気配は!?」

 

 

 世界が変わった。

 両肩に岩でも載せられたかのような重圧。

 世界が丸ごと呑みこまれたかのような圧倒的気配。

 二人だけではない。顕現した星晶獣もどき達も、戦っていた秩序の騎空団も、イルザ達も。

 その時アガスティアに居た者が全てその気配に呑まれ動きを止める。

 

 同時に響くのは、巨大な……全てを破壊せんばかりに轟く、大いなる咆哮であった。

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 ――睨み合う。

 

 周囲の喧騒はどこか遠くに消えたように耳に届かず、グラン達は異様な気配のロキに気圧されていた。

 タワーは既に目の前。フュリアスに続く帝国の誰かが待ち構えているとは考えていたが、まさかまたもロキがいるとは思っていなかった。

 ましてやこうもぶつかり合う様な気配を見せてくるなどと、誰が想像しただろうか。

 

「どうやら、今回はやる気の様だな」

 

 アポロが静かに口を開く。

 飄々として掴みどころがなかったこれまでの気配とは違い、ロキの意識は明確にグラン達へと向けられている。

 どこへも向けていなかった彼の視線が今始めて、彼らと相対するように向けられていた。

 

「あのっ! ロキさん、私達はフリーシアさんを止め――」

 

「あぁ、ちょっと待っててねルリア。君の出番にはまだ早いよ」

 

 ロキを退かせようと、前に出たルリアは説得を試みる。

 フリーシアの計画は世界を壊す。そうなればロキ自身も消える事になるのだ……ここで本来争うべきではないと。

 だが、少女が掛けた声は即座に遮られた。

 

「出番……?」

 

「一体何を企んでいる?」

 

 ロキの言葉に嫌な気配を感じて、反射的にセルグとアポロが前に出る。

 一切の油断を消し、警戒を露わにする二人とは対照的に、ロキは小さく笑っていた。

 

「悪いけど貴方なんかに構っている暇は無いんです。今すぐどいて下さい! どかないなら力づくで――」

 

「落ち付いて下さいジータさん。焦る気持ちは分かりますが不用意に飛び出しては危険です」

 

「だがリーシャ、この気配に呑まれてばかりもいられない。時間はあまりないのだ」

 

 リアクターの完全な起動まではそれほど余裕があるわけではない。

 こんなところで問答をしている場合ではないと、誰もが焦燥に駆られていた。

 だが、そんな彼らの焦りを嗤うロキはいつもの口調を崩さずに告げる。

 

「やだなぁ君達。折角僕がその気になったんだからそう焦らないで少し話でもしようよ。

 どうせリアクターの起動にはまだまだ時間がかかる。そうだね、完全起動までは3時間って所だ。

 ここで少しおしゃべりしたって間に合うと断言しても良いよ」

 

「それを信じられると思うか? 僕達はそこまでお人好しじゃない」

 

「一体何が目的ですか? そんな事を貴方が我々に教える理由が無いでしょう」

 

 突如告げられた言葉にグランとアダムが反応する。

 楽しむのが目的なこの男がもたらす情報。鵜呑みにできるわけもない。彼を良く知るアダムを筆頭に、グラン達は警戒を強める。

 

「そうでもないさ。僕がここで君達と相対したいと思ったんだ。君達はそれに応える義務がある。

 なら、君達を落ち着かせるくらいならしてもいいでしょ?」

 

「ロキのいう事は間違っちゃいねえよ。あの女が自分で言ったからな。それが嘘の可能性はあるけど、わざわざタワーを守る兵士達に嘘を吐く必要なんかねえだろ。多分ホントだ」

 

「話が見えねえな。結局てめえはここで何がしたいってんだ?」

 

 意図が読めないロキの言葉にラカムは苛立ちを募らせながら、銃を構えた。

 誰一人警戒を怠ってはいないこの状況。自然と空気は張りつめ、一触即発の様相を呈する。

 そんな状況でも、それを意に介する事なく小さな笑みを浮かべているロキ。

 

「うーんそうだねぇ……できるならまずは不安要素の誰かを排除、かな」

 

 瞬間、そこにいた全員に怖気が走る。

 強さも何も感じない……だと言うのに不安を覚える様な気配。

 恐怖を直接叩きつけるられるような慣れない感覚にまだ子供のイオやルリア、オルキスが震える。

 

「っ!? みんな、気を付けてくれ!」

 

「やはりここでやる気か……かような気配。剣を抜くには充分じゃぞい」

 

 強者故の反応か、グラン達は一斉に身構えた。

 自身の命を掴まれたような、危なげな感覚が生々しく脳裏に刻まれ、一瞬たりとも気が抜けないと思わせる。

 

「ふぅ……慌てないでくれよ。フェンリル、少し下がっていてくれ。じゃないと彼らの警戒が取れない」

 

「チッ、わかったよ……」

 

 一気に臨戦態勢となったグラン達を見て、ロキは静かに両手を上げた。

 手を出す気はない。その意思を示すかのように。

 同時にロキから少し離れた位置まで後退するフェンリルを見て、グラン達の毒気が抜かれる。

 この僅かな間で既にロキの危険な気配は消えていた。

 

「これで話を聞く気になったかな? 話が終わるまでは、僕から手を出すことは無い」

 

「つくづく意味の分からない奴だな……ここで話をすることに何の意味がある?」

 

「意味か……そうだね、君には関係ないかもしれないけど、彼らにとっては大事なことかもしれない」

 

「何?」

 

 アポロに返したロキ。同時に彼が視線を向けたのはグランとジータの二人。

 七曜の騎士アポロではなく、星晶獣を扱えるルリアやオルキスでもない。

 視線を向けられたのは、まだ大人に成り切れていない少年と少女の二人であった。

 

「ははは、そう身構えないでくれ。まだ何もしないって言っただろう。

 さて、一つ問おうか。この戦い……君達はアーカーシャを止められるかな?」

 

 唐突に、ロキからグランとジータに向けられた質問。

 だが、二人を庇うようにオイゲンが前に出てそれに答える。

 

「そんなもん、止めてみせるに決まってらぁな」

 

「じゃなきゃこの世界が無くなるんだ。当たり前だってぇの!」

 

「バザラガ達にイルザ教官まで来てくれたのよ。止められなきゃ困るわよ」

 

 ビィとゼタも続き、挑戦状を叩きつけるような勢いでロキの問いに答えた。

 声を上げなかった者も、その意思は同じ。誰一人、この決意に不安を覚えている者はいない。

 

「ははは、そうだろうね。現状では帝国の戦力に君達を止めるだけのカードは無い。

 フリーシアの切り札である魔晶の一斉発現もいずれは全て潰されるだろう。

 大規模な秩序の騎空団による侵攻、予期せぬ対星晶獣組織の増援……フリーシアは今頃頭を抱えているんじゃないかな?」

 

 先程までとは違う、不安を覚えない愉快そうな表情でロキは笑った。

 実際、本当におかしいのだろう。

 一国家であるエルステ帝国を相手に、ここまでグラン達が戦えるとは思えなかった。

 だからこそアダムには彼等への助力を提案したし、それでこの戦いはより面白くなるはずだと期待していた。

 それが蓋を開けてみればどうだろうか。

 彼らの奮闘はもちろんの事、予想外に大規模な秩序の騎空団の増援。セルグの為に駆けつけたバザラガ達。

 フュリアスは討たれ、指揮系統は瓦解。

 この戦いでエルステは、帝国とは名ばかりの砂上の楼閣に過ぎなくなったこの惨状。予想できなかったのは確かだが、こうまで一方的になるとはロキも思っていなかった。

 

「でもさ、随分都合が良いとは思わない? たかが一騎空団に集まった仲間。ここ最近で築かれた繋がりだけで集った戦力。それだけでこんなにも君達はエルステ帝国を相手に優位に戦えている。

 アーカーシャの存在もフリーシアの計画も大々的に空域中に広まった話ではないと言うのに、帝国と呼ばれる一国家に対抗するだけの戦力が僅かな間にここに集ったんだ」

 

「……何が言いたい?」

 

 何がおかしいのか? セルグは疑問を投げつけた。

 フリーシアの計画を聞けばだれもが止めようと思うだろう。そこに疑問の余地は無い。

 だが、全員がロキの言いたいことを読み切れないでいる中、誰かが気づいた。

 都合が良い……その意味に。

 

「ザンクティンゼルでの……出会い」

 

 小さく溢したのはヴィーラだった。

 それが何を意味するのか。即座に理解できたものは少ないだろうが、ロキは彼女の溢した言葉で笑みを深める。

 

「聡いね、アルビオンの領主。疑惑はあった……ただそれが確定するまでには至らなかった。

 運命的とも言える君達双子とルリアの出会い。作為的とも取れる、君達双子とセルグの出会い。

 そして君達がこれまでに紡いできたヒトとヒトとの繋がり。

 今ならはっきりと言える。君達の中には……世界の中心たる”特異点”がいるのさ。

 世界を動かし、全ての出来事の最中にいるとされる存在。世界の行く末を定める、この空の特異点が。

 僕の見解では……グランとジータ、それからセルグの内誰かだ」

 

「特異点……」

 

「世界の、中心?」

 

 聞きなれない単語。理解の及ばない話に一行は警戒しながらもロキの話を聞き入っていた。

 雰囲気に呑まれてはまずいと警戒しながらも、その話の続きを待ち望んでしまっていた。

 それほどに彼の話にはどこか、他の思考を奪う”何か”を感じていた。

 

「グランとジータの元に集った仲間。これまでセルグが築いてきた繋がり。この二つが綺麗に交わり、今世界を守ろうと動いている。

 この特異点と言うのは本当に厄介な存在だ。世界の意志に守られた、いわば世界の庇護者。

 特異点が動けば、世界は特異点を中心に回り始め、世界の行く末は特異点によって決まる。

 それほどにその他大勢とは次元の違う存在だ」

 

 ロキが告げてくる事にグラン達は言葉を失う。

 思い当たる節は確かにある。グランとジータがルリアと出会った事。それからラカム、イオ、オイゲン、ロゼッタと……。

 次々と共に歩む様になった仲間達は皆、運命的なタイミングで邂逅し、本に描かれた物語のような出来事を得て仲間になった。

 どの出会いも少しの時間のズレ、少しの間違いがあれば共に歩むことは無かったであろうものだった。

 そしてセルグとの出会いも……

 

「何故かあの時……僕らは島へ帰ろうと思った」

 

「島の様子を見に行きたいって、二人同時に考えた……」

 

 思いだし確かめるように、グランとジータが呟く。

 二人はあの日、何かに呼ばれるように同時に故郷の島を想った。

 示し合わせたかの様に同じタイミングで、故郷へ帰りたいと思った。

 それも、”たまたま”セルグが島を訪れている時にだ……。

 

「おもしろくないだろう? まるで誰かに操られたかのように動かされてる事に気付かないかい?

 世界に守られ、全てが思い通りに進んでいくような存在。まぁ別に世界を意のままに操れるとかそんなわけじゃないから自覚は無かったんだろうけどね」

 

 一人納得したように頷くロキは、”それでも――”と続ける。

 

「フリーシア如きの野望に対して、そんな特異点が動いてしまってはフェアじゃない……僕はもっと先の見えない混沌とした世界が見たいんだよ」

 

 彼が欲するのはただただ楽しむこと。それ以外に目的は無かった。

 予想がつかない世界。先の見えない世界だけが唯一、空虚な彼の生を満たすものだった。

 そんな彼にとって、特異点なる世界の庇護者は面白くないの一言に尽きる。

 分かってしまうのだ。フリーシアの計画など、防がれて終わってしまうのが。

 

「だからね、僕はこの戦いに本気で介入する事にしたよ。

 星の民というこの空の世界から外れた存在である僕なら、世界の庇護すら跳ね返せるだろう。特異点であろうと消す事も可能だ。

 無論これは世界と戦う事と同義だから簡単ではないだろうけど……僕にとってそれは一つの楽しみでもある」

 

「楽しみだと?」

 

「そうだよセルグ。完全な存在である僕にとってこれまでできない事なんてなかった。生まれてこの方初めての、()()というやつなんだ。楽しまずにはいられない」

 

 張り付いていた笑みがまた深くなる。

 本当に感じ入っている愉悦の笑みだ。

 大きな期待が満ちていながら、気持ちがよくなるものでは決してない笑い方だった。

 

「ふざけた話だな。要するにグランとジータ、セルグを殺しに来たと言うわけか。そんな事、私達が許すと思うのか?」

 

「例え三人がどんな存在であろうと、彼らが消されていい理由にはなりません。

 自信の快楽の為に他者を玩具にする貴方の方がよっぽど、許される存在ではない」

 

 ロキの言葉と気配に不穏なものを感じ始め、モニカとリーシャが声を挙げた。

 これまでの言動、フュリアスへの非道な行いにザンクティンゼルでのフェンリルへの命令。

 全てが秩序の騎空団である彼女たちにとっては大きな問題とされる行為だ。

 今ここでまともにやりあうと言うのなら、秩序の騎空団として、それ相応に対処するつもりである。

 

「ははっ、手当たり次第に殺すようなおもしろくない事はしないよ。誰が特異点かわからないからこそ、僕にも楽しむ余地が出てくるからね。

 さて、話はここまでにしようか。僕の介入によって特異点の影響を潰せるか、或いは特異点自体を殺せるか……一つ勝負と行こうじゃないか」

 

 リーシャとモニカに返し、同時にロキの嫌な気配が溢れる。

 これまでに一度たりとも見せなかった彼の臨戦態勢。

 微動だにせず、只立っているだけだと言うのに、神様を自称するに相応しい程の威圧感がその場を支配した。

 

「……とは言っても、僕が直接戦うわけではないけどね」

 

 だが、漂った威圧感は僅か数秒。直後にこれまでと同じつかみどころのない感じに戻ったロキ。

 霧散した気配と共に気勢をそがれたグラン達が呆気にとられる中、彼らの間で光の柱が上がる。

 

「……えっ」

 

 小さく声を漏らしたのは蒼い髪の少女。

 光の柱に包まれたと同時、その姿はかき消えた。

 

「ルリアっ!」

 

 光へと伸ばしたカタリナの腕が空を切り、光の柱は消える。

 何が起きたのかをすぐに理解した面々が即座に向けた視線の先には……

 

「カタリナー!」

 

 ロキの横に転送されて捕えられていたルリアの姿があった。

 

 

「怯えなくても大丈夫だよ。大事な鍵に危害を加えるつもりはないからね」

 

 ロキがいつも通りに嗤う。

 最初から狙いはルリアだったのか……虚を突かれ、あっけなく守るべきものを奪われたカタリナの心が激情に染まる。

 

「貴様、何のつもりだ!」

 

「何のつもりって、先程教えたとおりだよ――――この戦いに介入する。もっというなら君達を倒そうとする、って所かな」

 

「貴様っ、ふざけ――」

 

「お姉さま! 不用意に飛び出しては危険です!」

 

「カタリナ、落ち着くんだ!」

 

 ルリアを人質ともとれるこの状況。冷静さを欠いて飛び出そうとするカタリナをヴィーラとグランが止める。

 同時にアポロとセルグが二方向に散開。リーシャとモニカが最前列へとでて冷静に構えた。

 

「うんうん。この状況でも冷静でいられるのは流石だね……さっきも言ったけど安心していいよ。僕はルリアに危害を加える気は無いからね」

 

 膠着状態となったところで、フェンリルもロキを守るべく前に出ていた。

 一触即発……何かきっかけがあればすぐにでも戦いが起こりそうな空気の中、ロキは静かに動き出す。

 

「さぁ、よく見ておけ出来損ない。これが……本物の星の民が扱う鍵のチカラだ」

 

 オルキスへと視線を向けながら、ロキが手を翳した。

 その先にいるのはルリアであり、その光景には見覚えがあった。

 ルーマシー群島……少し前にオルキスがアーカーシャを起動した時と同じように、ロキの呼びかけに反応してルリアの瞳から生気が消えた。

 

 

「管理者権限発動。”ビューレイスト・ルーク”の名において、星晶獣プロトバハムートの起動を要請」

 

 

 尊大な気配と共に紡がれる言葉。

 それに応えるように強まっていくルリアの光。

 

「管理者の星紋を認証。管理者ビューレイスト・ルークを認識。要請を受諾。プロトバハムートを最大稼働にて起動します」

 

 無機質な声がルリアの口から零れる。

 それはアーカーシャ起動の時と同じく、何の意思も持たないまま要請に応えていく機械の様であった。

 

「ルリア……ダメッ!」

 

 オルキスがルリアへと手を翳す。

 アーカーシャの時と同じことをしているのなら、オルキスにもルリアの行動へ介入する事が出来るはず。

 必死に手を翳し、管理者として訴えるが、オルキスのその願いは虚しくも届かない。

 止まる気配の無いルリアの様子に、オルキスの表情が絶望に染まった。

 

「無駄だ出来損ない。半端者なお前が僕から鍵を奪えるはずがないだろう」

 

「うっ……」

 

 諦めるなとオルキスは自身を叱咤するも、既に格付けは済んでいた。

 オルキスのチカラでは届かない。ルリアのチカラを止められない。純粋な星の民であるロキには敵わなかった。

 次の瞬間には、力づくで止めようとセルグとアポロが飛び出していたが、それは瞬間的に降り注ぐフェンリルが創りだした氷柱に阻まれる。

 

「チッ!」

「この程度、すぐに――」

 

「もう遅いよ……さぁ、目覚めろ。 星に平伏した創世の神よ。数多連なる星の獣の祖よ。星の元へと還り、再びこの世界に顕現せよ」

 

 強まる気配。高まる威圧感。

 それは彼のものが顕現する予兆。空を創り、星に堕ちた、忘れ去られし世界の創造主の声であった。

 アガスティアに立ち込める暗雲が割れる。同時に世界が唸り、島が揺れた。

 

 

「起動、完了……召喚、プロトバハムート」

 

「ルリア……だめええ!」

 

 

 無機質な蒼の少女の声と、感情を湛えた人形の叫びが響き渡った時。

 アガスティアの空に、巨大な光が降り注いだ……。

 

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

色々とオリジナルで語られた部分がありました。
本作は約二年前からの執筆であり、その時点で原作では明かされていない部分の設定を多分に捏造しております。
もちろんこの二年間で明かされた設定や増えてきた設定にはある程度沿わせてはおりますが、いまだにルリアとビィ君の正体についてはちゃんと判明してなかったりで、本作独自の解釈や設定が多分に含まれてしまっています。組織の武器関連なんてもう修正不可能でした……
どうかそこらへんは、ご理解いただきたいと思います。

それでは。お楽しみいただければ幸いです。

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