granblue fantasy その手が守るもの   作:水玉模様

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久々更新になってしまいました。
遅々として進まない本編ですが確実にクライマックスへと向かっています。
それでは、お楽しみください。


メインシナリオ 第58幕

 

 

 

 遠くより去来する轟音。

 また一つ大きな爆発を起こしどこかで戦いが激化していた。

 タワー上層より、未だ嘗てない喧噪に包まれるアガスティアの街を見下ろしていたフリーシアは静かに息を吐いてその視界を閉ざす。

 

「随分と……騒がしくなりましたね」

 

 耳に届く戦闘音のオーケストラ。声、魔法、銃声、爆発。

 アガスティアの街全てを巻き込んでの戦いとなっている事が容易にわかった。

 グラン達を押し留めんとするエルステ帝国軍と、フリーシアの野望を打ち砕くべく進行してきた秩序の騎空団。

 少数精鋭の域をでなかったグラン達進行軍に秩序の騎空団が加わり戦力は互角。いや、グラン達に黒騎士、秩序の騎空団のモニカとリーシャ。更には報告に在った謎の武器を扱う集団。

 量で並ばれ質で劣るエルステ帝国軍は、既に勝ち目はないと言っても過言ではなかった。

 

「まさかここまで押し進んでこれようとは……想定外の事は幾つもあるが」

 

 フリーシア自身、決して甘く見ているわけではなかった。エルステ帝国の総力と呼べる防衛戦力の配置をし、それを扱える者達に任せていた。だが、大将アダムの離反とフュリアスの暴走。元々一匹狼であったガンダルヴァも自由に動くようになり、防衛の指揮系統はまともにぶつかりあう前から瓦解。

 更にはエルステの戦力を容易く踏み越える力を持つ者達が相手となれば、押しこまれるのは必然であった。

 数で押すしかできないのが一国家の戦力とは悲しいものだと、表情が歪むのが分かる。

 

「だが……想定内であることは揺るがない」

 

 それでも、足元で煩わしく動く彼らをせせら笑うことができるくらいには、彼女の計画に抜かりは無かった。

 ここまでの過程は想定外があっても、この事態は想定の範囲内。散々煮え湯を飲まされてきたのに、戦力を用意しないような愚か者では、彼女はなかった。

 静かに、フリーシアは懐より禍々しき結晶を取り出す。

 幾度も使い、今尚彼女にとって最大の切り札と言える最大級のチカラ、魔晶。

 幾通りも使用方法が見いだせたこの結晶の出所は、彼女が忌み嫌う者だった。

 

「本当にあの男は何を考えているのか……まぁ何を考えていようと、私がやるべきことは変わらないですが。

 さぁ、この世界が遺す最後の戦いです。相応に、最高の踊りを見せてもらいましょう」

 

 彼女が掲げた魔晶が鈍く輝くと、アガスティアの至る所に黒い光の柱が上がる。立ち昇るチカラの柱はそれ一つ一つが空にとって脅威となりえる闇を孕んでいた。

 

「さぁ、往け。貴様らの本能のままに……この空の破滅のために」

 

 弧を描く口元が、彼女の狂気を語る。

 世界を創りかえる。そのためであればどんな犠牲も厭わない。

 未来を見据えた彼女の野望は、アガスティアに更なる激震をもたらすのだった。

 

 

 

 

 

 

 ”む……若造!”

 

 初めにそれに気づいたのはヴェリウスであった。セルグとイルザの二人と並走して飛んでいたヴェリウスは、その気配に思わず動きを止める。

 

「ッ!? この気配……魔晶か!」

 

 ヴェリウスの言わんとした事に気付いたセルグも足を止めた。同時に周囲の気配を感じ取ると、その事態にみるみる表情を変えていった。

 

「嘘だろ……何だこの数は」

 

 一つ二つ、そんなレベルではない。

 散らばっているその数だけでもゆうに20は超えるだろう。そのどれもが、ビリビリとその気配を大きくさせていた。

 

「どうしたセルグ? 一体何が」

 

 ”組織の女よ、今この街の至る所で魔晶の気配が発現した。感じ取れる気配は一つ一つが星晶獣クラスの力を内包している……戦況はこれで絶望的と言えよう”

 

「魔晶……? 例の星晶獣を操ることも可能にするとかいうあれか? そんなものが一斉に発動などとなれば何が起きるかわからなくても状況が悪い方向に傾くのは必然だ」

 

「急ぐぞイルザ。すぐにグラン達に追いつく」

 

 イルザを促すと同時に、セルグは再び走り出す。その足を先ほどよりも格段に早めており、迷う事なくイルザも直ぐに続く。

 

 タワーへと向かう道を走りながら、セルグは胸に重くのしかかる強大な力の気配に焦燥していた。

 状況は既に不利に傾いている。グラン達は未だタワーにたどり着いておらず、更には絶望的なまでの戦力差へと陥るこの気配。

 

 感じられる気配は彼が良く知るもの。紛う事なき、星晶獣の気配であった。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 消えていく……

 

 虚ろな意識の中で、フュリアスは己の存在が崩れていくのを感じ取っていた。

 まるで自身の重さが無くなってしまったかのような浮遊感。

 思考も意識も全て脳から溶け出していき、このまま微睡の中で消えていくのだと。

 

 はっきりとした認識ではないが、彼の自意識が最後に感じ取っていたのはある程度正しいものであった。

 魔晶による過剰なチカラ。受け止めきれない器は崩壊を始め、このまま少しの時を置けば彼の身体は崩れ落ちるだろう。

 

 ”……いやだ。”

 

 だがその中で。彼は心に残った最後の欠片を握りしめる。

 

 ”このままで終わりたくない。”

 

 それは執念。

 生きる事、生きて想うがままに上り詰める事。そうして上り詰めた先に得られる、圧倒的優越感と支配感。

 見下される事を我慢できず、見下すために生きた彼が最後に握りしめたのはその飽くなき執念だった。

 

 ”……消えるのなら、お前らも道連れだ!”

 

 その執念は消えかけた自意識を取り戻し、暴走するその身に再び意思を宿す。

 

「アァアアアアア!!」

 ”絶対に、殺してやる!!”

 

 膨れ上がるチカラ。

 魔晶に因る暴走へと陥ったフュリアスが言葉にならない悲鳴と絶望を叫んだ。

 明確な思考は無い。その身に宿る執念が、目の前に並ぶグラン達を何としても叩き潰さねばならない怨敵と認識し、膨れ上がるチカラそのままに魔力砲を放とうとした。

 

 瞬間、グラン達は動く。

 

「グラン! 援護するから行って!」

 

 術式の発動。詠唱破棄をせずに段階を踏んだジータの魔法がグランへと放たれ、七星剣にチカラが溢れる。

 

「うぉおおおお!!」

 

 跳躍して、エレメンタルフォースによって高まるチカラのままに一閃。

 再び集中状態へと陥っていたグランは、己が出せるすべてのチカラを集約して全力で七星剣を振り下ろす。セルグの奥義同様に巨大な光の斬撃を放ち、巨大化したフュリアスを叩き潰した。

 

「ヴィーラ、ゼタ!」

 

「準備は……」

 

「万端です!」

 

 続けと言わんばかりにグランが呼ぶと、フュリアスの背後に回り込んでいたゼタが跳躍。シュヴァリエ纏うヴィーラは闇と光に染まる剣を突き出した。

 

「ぶち抜けぇええ!」

「アフェクションアビス!」

 

 紅蓮に染まりながら落下するゼタのプロミネンスダイブと、ヴィーラが突き出した剣から走る赤い一筋の光。そこから茨のように伸びる刃がフュリアスの胸部を前と後ろから穿つ。

 

「ウ……ガァアアア!!」

 ”まだ……まだだぁ!!”

 

 だが、フュリアスはそれで止まるような状態ではなかった。まとわりつくグラン達を振り払い、無造作なまでに魔力砲を打ち出す。

 元々魔晶によって肥大化した肉体に痛覚はない。ロキによる過剰なチカラの供給で自意識を失いかけているフュリアスにその身がどれだけ傷ついているかなど知る由はなかった。

 暴走した彼が止まるのは、その身から全ての戦闘力が奪われた時であろう。

 

「カタリナ、街に被害を出すな」

 

「わかっている!」

 

 無造作に放たれた砲撃に対し、アポロはブルトガングで相殺。カタリナはライトウォールで防御。

 頑強なアガスティアの建物を全壊させるような砲撃を、なんとか防いでいった。

 

「シルフちゃん、お願い!」

 

「行け、リヴァイアサン」

 

 ルリアもシルフを呼び出して、アガスティアの街の防衛に回る。

 同時にオルキスはリヴァイアサンを召喚してフュリアスを追撃。質量の暴力となった圧壊の水流が、フュリアスの動きを止めた。

 

「アレーティアさん!」

 

「任せよ!」

 

 ジータの声に応えてアレーティアが疾走。

 急の発動で剣にチカラを付与し同時に打ち放たれた強力な斬撃、序でフュリアスが砲塔を持つ腕を切り裂く。

 そこへ続くように、背後から強力な銃弾による援護が追加。腕を引きちぎらんばかりの威力で放たれたオイゲンのディアルテ・カノーネと、腕を焼き落とすように炎滾るラカムのバニッシュ・ピアースが続けざまに着弾し、フュリアスの腕を撃ち抜く。

 

「ウォオオオオ!!」

 ”調子に乗るなぁああ”

 

 それでも、フュリアスは止まらない。彼が宿した最後の執念が止めさせない。

 千切れかけた腕を逆の腕で支えながら、再び砲塔を構える。チャージは数秒。それだけあれば事足りる。

 

「潰しきれねえ、頼むアレーティア!」

 

「援護するわ、行って!」

 

 だが、止まらなかったのは彼等も同じであった。

 脚を止める事なかったアレーティアが、そのままフュリアスへと吶喊していた。

 迎撃に振るわれた砲塔を躱し、踏みつぶさんと迫る足はロゼッタが荊でからめ捕る。

 接近を果たしたアレーティアは跳躍からそのまますれ違うようにして一閃。

 

「はっ!!」

 

 鞘に納め蓄えていたチカラを解放し、一刀の元に今度こそフュリアスの腕を落とした。

 腕を落とされ、バランスを崩したフュリアスが膝をつくと仲間内に僅かに喜色が広がる。

 と同時に、フュリアスの正面には走り込んでいる二つの影。

 

「躊躇うなよ……いくぞジータ!」

 

「わかってる!」

 

 ――勝機。

 攻撃手段を奪われ、ボロボロとなり身体がいう事を聞かなくなったフュリアスを見て、グランとジータが構える。

 これ以上放っておくことはできない。先程はアポロの為にと止めた行為を、双子は躊躇うことなく選んだ。

 二人が持つ金色の武器達が吠える。ウェポンバーストによって漲るチカラが七星剣を輝かせ、自身にもかけられた援護魔法によって四天刃が躍動する。

 

「終わりだぁあああ!」

「これで最後です!」

 

 北斗大極閃。グランが振るう七星剣に従い七つの光点が奔り、フュリアスの四肢を穿つ。

 四天洛往斬。ジータが瞬足で接近、そこからすれ違い様に幾度も斬り付け、斬られた個所からは光の柱が上がった。四天刃がフュリアスの身体を穿つ。

 

「ギァ……ガ、ガァア……ギ」

 ”嫌だ……オワ、リタク……ナイ”

 

 二つの奥義によって、暴走したフュリアスの身体は完全に砕かれるのだった。

 

 

 

 

「はぁ、はぁ…………皆、怪我は?」

 

 仲間達とアガスティアの街。周囲を見回して、グランは静かに口を開いた。

 

「攻撃を受けた者はいない。街の損害も精々が余波で窓が割れた程度だろう」

 

「一応私は回復役で待機していたけど、必要なかったみたいね」

 

 どちらも問題ないと言うように、カタリナとイオが答える。

 暴走と同時に全員の思考が一致したかのように動けたのは僥倖であった。

 まだ本格的に動き出していなかったからこそ、僅かな時間で打ち倒せる事が出来たのは言うまでもないだろう。

 

「私を止めたお前達が、結果的に止めを刺すことになろうとはな……」

 

 変異したその身が砕かれ、形を保つことができなくなったフュリアスの残骸が、崩壊し消えていく。

 魔晶によって跡形も無い最後を迎えたフュリアスを見て、アポロは静かに呟いた。

 先程一思いに彼女に殺された方がまだ良かっただろうか。

 利用されるだけ利用されて、死体すら残らない死に方を迎えたフュリアス。彼のこれまでの所業を考えれば同情の余地はないが、それでも止めを刺す事になった目の前の二人の心情は気がかりであった。

 

「彼には気の毒だけど、ここでこれ以上時間を取られるわけにもいかなかった」

 

「彼の暴走を許せば、時間を取られるだけでなく周囲にも被害が大きく出ると判断しました。

 躊躇わないで良かったと、思っています」

 

 戦闘態勢が解けてない二人が静かにアポロの言葉に返す。

 初めて、明確に奪ったヒトの命。それも無残な死を迎える事になった。どうしても、その声には沈んでる気配が見えた。

 

「まぁ、どのみちあの状態となったフュリアスが、生き残る術は無かっただろう。どう思ってるかは知らんが、気に病むなとは言っておくぞ」

 

「割り切れてはいなくても理解はしているつもり」

 

「大丈夫です」

 

「そうか……ならば先を急ぐぞ」

 

 これ以上は何を言っても無駄だろう。後は自分で割り切り、飲み下すしかない。

 経験則からも、アポロはそう結論付けて、静かになった一行の先頭に立ちタワーを見据えた。

 

「――時間をかなり取られている。アダム、予想で構わん。我々に残された時間はあとどれ程だ?」

 

 沈黙を続け、見ているばかりであったアダムへと向き直り、アポロは問いかけた。

 戦いながらの進軍。フュリアスによって止められた進行。タワーにかなり近づいてきてはいるが、それでも取られた時間は長い。

 リアクターが起動している今、その猶予がどれほどなのかは大きな問題である。

 僅かに思考の時間を置いて、アダムは静かに答えた。

 

「私が聞かされていた計画。アガスティアの全市民と攻め込んできた秩序の騎空団、それらを合わせてリアクターがエネルギーとして抜きだすまでに掛かる時間はおおよそ5時間程度とされていました。

 我々が動き出してから約1時間程度。時間だけで見れば残り4時間と言いたいところですが……」

 

「ですが? 何かあるのか?」

 

「リアクターはいわば生命エネルギー抽出器。もう2時間も経つ頃にはみなさんの活動に影響が出てくるでしょう……そうなればあとは時間の問題です。一人一人動けなくなるまでの時間に差はあるでしょうが4時間を過ぎれば……恐らく意識を保てる人はいなくなるでしょう」

 

「ならば、間に合わせるには後2時間と言うところか……」

 

 苦しい想定である。各々の顔に若干ではあるが不安がよぎっていた。

 タワーにはもうすぐ辿り着ける位置にまで来ているが、それでもこの先更なる妨害がある事は明白。

 一つ一つ対処していては到底間に合わない。誰かに任せ、先に進み続ける必要があった。

 

「とにかく急ぐしかねえんだろ! だったら、急ぐだけだぜ!」

 

「あぁ、ビィの言うとおりだ。シェロさん、補給ありがとうございました。僕達はこのまま急いでタワーに――」

 

 ビィが鼓舞し、グランが促す。

 シェロカルテに手早く礼を済ませて、一行が走り出そうとした瞬間である。

 

 

 アガスティアの街に幾つもの黒い柱が立ち昇った。

 

 

「この気配……魔晶!?」

 

「でも、すごくたくさん」

 

 

 突如現れた魔晶の気配をルリアとオルキスがいち早く感じ取り、動き出そうとした足を止める。

 遠目にもわかる魔晶の光。黒き柱の数は街のあちこちで見えていた。

 偶然か必然か、それは彼らの目の前でも……

 

「リヴァイ……アサン?」

 

 オイゲンが信じられないものをみたように呟く。

 そこにいたのは黒きチカラを纏う海神。蛇の様に長い体躯を持つアウギュステ列島の守り神である大星晶獣。先程までオルキスによって喚び出されていたリヴァイアサンが彼らの前に顕現していた。

 顕現したリヴァイアサンは彼らを視界に納めた瞬間に咆哮。同時にその口元へと水流が集う。

 彼らが呆けている間に準備は整い、圧縮された水流はそのまま一直線に、茫然としているオイゲンへと放たれる。

 

「何を呆けている!!」

 

 間一髪、茫然としていたオイゲンを蹴り飛ばし、アポロが窮地を救った。

 

「この愚か者が! 星晶獣を前にして動きを止めるなど、死にたいのか!」

 

「すまねぇ……」

 

 アポロの罵声によって我に帰ったオイゲンは静かに警戒を露わにするも、先に進もうとした矢先のこの状況に、誰もが歯噛みした。

 

「クソっ、時間がねえっていうのに」

 

 ラカムが牽制に放つ銃弾を意に介さず、リヴァイアサンが強くしなやかな尾を振り回した。

 発生する風圧が一行の出鼻を挫く。足を止めさせたところで再びの高圧水流がグラン達を襲った。

 アダムがルリアとオルキスを守り、他の者達は各々で回避行動をとって薙ぎ払われた水流を避け切る。

 

「皆、先に行って! 星晶獣ならアタシが専門よ。こいつは私がぶっ潰すから、皆は早くタワーに!」

 

 回避直後にゼタが叫んだ。

 目の前に現れた障害が星晶獣なら、それは彼女の領分だろう。

 水と炎という相性の差はあるが、それを補えるほどアルベスの槍とゼタの組み合わせは確かな強さを持っている。

 ゼタの声に一切の不安を抱かず、グラン達は頷いて同意を示す。

 

「わかった。ゼタはここでリヴァイアサンをたの――」

 

「ちょっとまったぁあああ!!」

 

 だが、そんな流れを打ち砕くように割り込む大きな声。次いで彼らの背後から大きく飛び出してくる人影があった。

 

「いくぞ、エムブラスク……」

 

 藍色に光る剣を取り出して語りかける。

 瞬間、増大するオーラはそのチカラを最大にまで高めて剣を肥大化させる。

 

「イモータル――アソールト!!」

 

 リヴァイアサンの頭上をとった彼女は高まるチカラそのままに、黒き海神へその全てを叩きつけた。

 巨大になった剣がリヴァイアサンを地面へと叩きつけ、更には地面ごと陥没させる。

 命奪う事なくとも、身動きさせないレベルにまでリヴァイアサンを叩きのめしていた。

 

「よっと……待たせたなゼタ。ここからは私が援護してやるぞ!」

 

 着地して、誇らしそうに胸を張りながら振り返るのは、組織の戦士の一人ベアトリクス。

 相変わらずの場にそぐわない明るい声は緊張感を台無しにしてくれる。

 有無を言わさぬ圧倒的なチカラ。先程の一撃はフュリアスを屠ったアポロの攻撃に勝るとも劣らない、それだけの威力を秘めていた。猛るリヴァイアサンを一撃で沈黙させたことからもそれは伺えるだろう。

 だと言うのに、そんな強者の雰囲気を欠片も表に出せない辺り、彼女の強さは色々な意味で底が知れない。

 あっけらかんとした声で振り返るベアトリクスの登場に、奮起しようと息巻いていたゼタは驚きを隠せなかった。

 

「ベアっ……何でここに?」

 

「俺達も一緒だ。ゼタ」

 

「バザラガ!? ユーステスまで……」

 

 続いて背後からもたらされる予想外の人物たちの登場に、ゼタは驚きの声を上げた。

 グラン達の背後から追い付いてきたのは、広場から全速力で駆けつけた秩序の騎空団の二人と組織の面々である。

 

「なんだなんだ、私とリーシャは仲間外れかゼタ? せっかく急いで駆け付けたと言うのにひどいものだ」

 

「モニカさん……何を言ってるんですか。そんな事言ってる場合じゃないんですよ。この感じ……恐らくアガスティアの各所で同じ様な状況が」

 

「わかっている。だが、ここには星晶獣狩りの専門家がたくさんいるじゃないか……頼っていいんだろう?」

 

 リーシャの苦言に、ヒラヒラと手を翻しながらモニカはバザラガ達へと目をやった。

 言外に含まれる、”やれるか?”という問いに、バザラガは是非も無しと頷く。

 

「無論ここは俺た――」

 

「当然だな。これは私達の領分だ。そこの鎧チキンと癇癪玉を、死ぬ一歩手前まで思いっきり酷使してくれ。無論、私とユーステスも助力させてもらう」

 

 答えようとしたバザラガの言葉を遮り、別の所から声が挙がった。

 そこにいたのは別の方向から駆けつけてきたセルグとイルザ。セルグには幾つもの傷が残り、痛々しい姿をしていたがイルザの方はほぼ無傷である。

 恐らくは、相当無理してここまで急いできたのだろう。前衛を任されたセルグが無茶をしてここまで駆けつけてくる光景が思い浮かぶようであった。

 

「イ、イルザ教官!? えっ、な、なんで!? なんで教官がここに」

 

「誰が無駄口を叩けと言った癇癪玉! 貴様の仕事はなんだ! 折角私が貴様の成長ぶりを見に来てやったんだ……そのお上品な口からクソを吐き出す前にお前にはやる事があるはずだ。無様にもクソみたいに這いつくばる姿を晒したら地獄の訓練所に逆戻りさせてやる。それが嫌なら、ここで私も驚くような戦果を挙げてみせろ。いいな!」

 

「は、はいぃ!!」

 

 予想外過ぎた人物の登場で、微妙に情けない声を上げたベアトリクスを一喝。

 何やら逆らえない雰囲気を醸し出してイルザが罵声を浴びせると、ベアトリクスは動きを見せようとしていたリヴァイアサンを叩き潰しに走った。

 その背に少しだけ哀愁が漂っていた気がするのは気がするだけであろう。

 

「ユーステス! 癇癪玉の手綱を握ってやれ。鎧チキンは私とツーマンセルだ。これよりアガスティアの各所に向かい、星晶獣共を駆逐する! 子犬(パピー)、お前は仲間達と共にアーカーシャの方に向かえ。何としても起動を阻止して見せろ」

 

「は、はいっ!! ありがとうございます、イルザ教官!」

 

 子犬(パピー)。そう呼ばれたことを嫌がる素振りすら見せずに快諾するゼタ。

 二人にとってこの会話は普通のことなのだろうか。そんな仲間達の疑念を挟む余地与えず、話は進んでいった。

 

「よし、良い返事だ子犬。これが終われば、特別休暇を申請して共にアウギュステでバカンスでも楽しもう……絶対に失敗するんじゃないぞ」

 

「ははは、良いですねそれ。絶対行きましょう!」

 

 戦いに移る前の軽口でしかないが、それでもその光景を思い描いてゼタは自然と(ほころ)んだ。

 思い返せばここ最近必死に戦ってばかりである。合間合間の休憩程度はあってもしっかりと休める日々などなかったのだ。

 イルザからの提案は非常に魅力的であった。

 

「はぁ……というわけだモニカ、リーシャ。魔晶によって顕現した星晶獣達は全部ユース達に任せる。オレ達は先を急ぐぞ」

 

「ちょ、ちょっとセルグさん!? いくらなんでもそんな無茶を」

 

 目の前で繰り広げられた会話に緊張感を奪われてセルグは一つ小さなため息を吐く。

 次いで置いてけぼりになったモニカとリーシャに声を掛けるも、リーシャは慌てたように反論を返した。

 アガスティアの街の至る所に立ち上った黒い柱は、その一つ一つが目の前のリヴァイアサンの様に魔晶によって喚びだされた星晶獣だろう。

 いくら組織の戦士が対星晶獣戦を得意だとしても限度がある。

 

「所詮は魔晶を憑代に呼び出した劣化品だ。ルリアやオルキスが呼び出す本物の分身体とはモノが違う。あの程度であれば何とかしてくれるだろう。

 それよりも優先すべきはアーカーシャだ。オレやお前達がこうしてグラン達に追いついてしまった……これ以上の遅れは取り返しがつかなくなる」

 

「だが、本当に良いのかセルグ? いくら彼等でも、たった4人で幾多の星晶獣を相手にと言うのは」

 

「無論容易くはない。危険なのは百も承知だ。だが、できなければ死ぬだけなのは変わらんのだろう? ここで星晶獣共に殺されるか、アーカーシャが世界を創りかえるかのどちらかしかないのだ。

 そんな事私は許さない……であるなら我々は何としてもこいつらを倒して見せよう。だから、そちらはアーカーシャを何としても止めて欲しい。私にはまだ、やらなければならない事がたくさんあるのでな……」

 

 割って入るイルザの表情に、リーシャとモニカは反論の言葉を呑みこんだ。

 危険な戦いなのは彼等も、グラン達も同じ。だがそれを制さねば世界にも自分たちにも未来はない。

 悩む暇も、躊躇う理由も、そこにはなかった。

 

「――わかりました。皆さんに秩序の騎空団の仲間を預けます。彼らと共に、アガスティアと世界を守るためにご協力をお願いします」

 

「了承した。リヴァイアサンは癇癪玉が叩き潰してくれるはずだ。後顧の憂いはこちらにすべて任せ、振り返らずに走ってくれ」

 

 イルザ達はアガスティアの制圧に。グラン達はアーカーシャの阻止に。

 それぞれが成すべき事は決まった。

 

「話は付いたか? ならば急ぐぞ」

 

 話が終わった所でアポロが早速切り出す。

 時間がない事はアダムから聞かされたばかりだ。無駄話をしている暇は無い。

 

「あいつ等が何者なのか聞かないんだな?」

 

「会話だけでそれなりに察しは付く。敵でないのならどうでも良い事だ」

 

「そうかい、ありがとよ……それじゃあ、急ぐとしようか」

 

 余計な問答は不要と言わんばかりのアポロの態度に、セルグは少しの感謝の意を示してから一行の中へと合流する。

 グラン達に負傷している気配はない。無事であった彼らの姿にまた一つ、セルグは心の内でアポロへと感謝告げる。

 そんなセルグに開口一番、グランは溜め息交じりに言葉を投げた。

 

「はぁ、セルグはイオから治療を受けておいて。その傷……一つや二つじゃないだろ?」

「あ~そうだな……悪いイオ。また頼む」

「ハイハイ。ホントセルグってばアタシがいないと全然だめになっちゃって……」

「そこはかとなく危険な発言は止めろ。まるでイオが居ないとダメ人間みたいだろうが」

「――セルグさん、まさかイオさんにまで」

「いい加減怒るぞリーシャ。最近お前、狙ってオレに妙なレッテルを張ろうとしているだろう」

「自業自得ではないか? セルグの場合はな」

「モニカ……そんな事は無いと言わせてくれ」

「まぁ仕方ないですよね。結局無茶する癖は変わらずでこうして傷だらけで合流して、更にはまた別の女性を連れてくるんですから」

「ジータ!? イルザは別にそういう間柄では」

「へぇ……面白そうですね。この戦いが終わったら少し彼女とも話を……」

「やめといたほうが良いわよヴィーラ。イルザ教官かなりおっかないから……変な事言うとニバスをぶっぱなされて死ぬかもしれないよ」

「というか貴方達、いい加減緊張感の無い会話は止めなさいな。全く私がいない間に随分逞しくなっちゃって……お姉さん付いていけなくなりそうよ」

「へへ、こういうのがいわゆる若さってやつじゃねえのか。俺達にはない、な」

「ラカム……何が言いたいのかしら?」

「い、いやぁ。別に変な意味合いは含んでねぇよ!」

 

 僅か1分あまりで怒涛の様に広がる会話。

 何故だろうか、緊張していたはずの彼らの空気は緩み、気の抜けた会話が声を柔らかにさせる。それは、セルグが戻ってきた事で起きた変化だった。

 戦力的に頼りになる……それもあるが、兎にも角にも一行の中で一番の心配の種と言うのは無茶を重ねる彼の存在に他ならない。

 そんなセルグが一応無事に戻ってきた事で、彼らの胸につっかえていた不安が取り除かれた。

 彼がここにいるのなら、もう余計な心配はしなくて良いだろう。

 不安の解消は必然、前へ進もうとする彼らの背を押してくれるのだ。

 

「フォッフォッフォ、やはりセルグが戻ると騒がしくなって良いのぅ。何より全員、切羽詰まった空気が抜けておる。ほれグラン、ジータ。そろそろ動き出さんと黒騎士殿がお怒りじゃぞ」

 

 好々爺と言った感じのアレーティアの言葉に前を見れば、やや苛立ちを募らせ始めているアポロがいた。

 時間がないと言うのに呑気な様子のグラン達へ一言文句でも言わなけらば気が済まなそうだ。

 

「よし、行こう皆!」

 

「行きましょう皆さん!」

 

 狂気に支配されたフリーシアの野望を打ち砕くべく、再び集結した仲間達は走り出す。

 

「皆さん気をつけて下さいねぇ~」

 

 直ぐ近くでリヴァイアサンとベアトリクスが激闘を繰り広げている中、いつもの調子を崩さないシェロカルテの声に見送られて。

 




如何でしたでしょうか。

やっぱりこんな終わり方になってしまったフュリアス君にごめんなさい、、、
原作では復活しそうな感じなのに、本作ではあっけない幕切れとなってしまいました。

アガスティア決戦編が他の島と比べてとんでもない長さになって来てますが、だいたいここらで構成的には半分といったところ。
読者の皆様にはもうしばらくお付き合いいただきたく思います。

それでは。お楽しみいただけたら幸いです。

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