granblue fantasy その手が守るもの   作:水玉模様

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オリジナルオンリー回。
賛否ありそうな話ですがお楽しみください。




メインシナリオ 第57幕

 

 渇いた音。

 瞬間的に弾け、音を認識したと同時に身体のどこかに痛みが走る。

 何度目の銃声か。何度目の被弾か。

 必死に射線を取らせないように動き回りながら、セルグは傷ついた身体に命令を下し続ける。

 

「どうしたセルグ! 貴様の実力はこの程度ではないはずだ!」

 

 次々と弾丸を放ちながら、イルザの怒声が響く。

 アガスティアで再開した二人の戦いは、一方的に攻めるイルザと防戦一方のセルグという形で続いていた。

 ギリギリの回避。いや、掠らせるだけに留まらずセルグの身体には至る所に血が滲み、大きな怪我となっている部分があった。セルグが本体のヴェリウスから加護を受けて身体能力の底上げをしているにも関わらずだ。

 

「……はぁ、はぁ。好きに言ってくれる!」

 

 猛攻を凌ぎ切って一瞬息を吐くセルグ。

 攻撃が再開されるまで。リロードの合間の僅かな時間を使って彼女の死角に回ろうと動きだした。

 風火二輪でイルザの周囲の地面を爆砕。石畳の地面が瓦礫となって弾け、彼女の意識を逸らし、視界を奪う。

 即座に足へ魔力を込めて地面を蹴る。強化された身体能力がセルグの早さを高め、イルザの背後を取りに――

 

「チッ、またか!?」

 

 脱力感に襲われ、セルグは勢いを失って倒れ込む。

 動きを止めてはマズイとそのまま前転で体勢を立て直し、襲い来るであろう攻撃へと回避行動をとった。

 

「くそっ……さすがは封印の銃だ。弾丸に込められた封印術を地面に撒くだけでこうまで良い様にしてやられるとは」

 

 セルグの苦戦の原因。それは調停の銃ニバスとの相性にあった。

 

 星の民が作り出した星晶獣。その中には空の世界に益をもたらすものが少なからずいる。各島に奉られる大星晶獣などは良い例だろう。

 風を運ぶティアマト、海を守るリヴァイアサン。

 そういった空の民にとっても欠かせない星晶獣の暴走に対し組織は、星晶獣を破壊するのではなく星晶獣を封印するための武器を用意した。

 それがイルザの持つ武器。調停の銃ニバスである。

 銃身に宿る封印術。そこを通って吐き出される弾丸は、強大になった属性のチカラを抑え込み、打ち消す事ができる。

 自身を最大限に強化することで戦うセルグとの相性は最悪であった。

 更に。

 

「いつまで遊んでいるつもりだ! 気付かないと思ったか……貴様は私の身体を一度たりとも狙っていないだろう!」

 

 飛び出したイルザの言葉に、思わずセルグの瞳が揺れた。

 気付かれていた……本気で戦ってはいても、セルグは本気で攻撃はしてないのだと。攻撃こそしているものの、そこにイルザを倒す意思は皆無であると。

 当然であった。セルグにとって彼女は助けなくてはいけない仲間。

 組織の戦士としてのセルグを知る数少ない人物であり、嘗てはユーステスと共に良き理解者でもあった。

 そんな彼女が、己のせいでいらない罪を背負ってしまったのだ。

 戦う事は出来ても攻撃する事など……ましてや命を奪う様な事できるはずがない。

 まともに攻撃をされないとわかっていれば、これ程戦いやすい敵はいないだろう。

 

「くそっ……それができたら苦労はしないんだよ!!」

 

 やり場のない怒りをぶつけるように言葉で吐き出して、セルグは牽制に数発。

 自分から視線を反らせるためにイルザの顔の横を狙う。

 だが、当たらないとわかっている以上イルザの視線はセルグに固定されていた。牽制等意味を持たない。

 外れた射撃が、イルザの暗い感情を逆撫でる。

 

「今更仲間の命は奪えないとでも言うつもりか! そんな事認めはしない……貴様は容易く仲間の命を奪える化物であり、私から大切なものを奪った仇だ! 反撃して見せろ、セルグ!!」

 

 化物、仇。

 投げかけられる過去の罪が、セルグの心を締め付ける。

 

 許された気になっていた。

 出自を知り、忌まわしき記憶と向き合い、過去の事を乗り越えた気でいた。

 でもそれはなんてことは無い只の自己満足で……自分はまだ何もできず何も償えていないのだと、悲愴と復讐に表情を歪める彼女の顔を見て思い知らされる。

 またも放たれた弾丸を紙一重で避け切り、セルグは空中に身を投げる。身動き取れない所を追撃するイルザだが、そこをヴェリウスが拾って回避。セルグは無事に地へと降りた。

 

「――確かにそうだ。オレはたくさんの命を奪い多くの罪を重ねた。使命なんか関係ない、オレの意思がそれを成した」

 

 だがそれでも。それは彼女に復讐を走らせる理由にはならない。

 殺された彼らに、殺された彼女に。そんな事を願う意思は無いのだから。

 だからこそ、こんな復讐を許してはいけない。

 彼女を止めるためにセルグは動きを止め、必死に言葉を紡いだ。

 

「償いをするのはオレだ……贖うべきはオレなんだ。

 お前がやらなきゃいけないことは、彼らと彼女の分もこれからを満足に……幸せに生きる事のはずだ!」

 

「ふざけるな! あんな事件を起こして、貴様は私にのうのうと幸せになれというのか! 笑顔で生きろというのか! 詭弁だ……彼らの遺志を貴様が騙るな! 私の心に暗い感情を残し、未来の幸せを奪ったのは貴様自身だろう!」

 

 怒りに狙いがずれたか、動きを止めたセルグを狙ったイルザの銃弾は頬を掠めるだけに留まる。

 それでも怯まず、セルグは言葉を投げかけ続けた。

 

「遺志を騙るなと言うならそれはお前も同じだ!

 誰がお前に復讐を願った。誰がお前に笑顔で生きるなと言った。そんな遺志はありはしない。所詮は生きているオレ達が勝手に抱いている幻想だ!」

 

 そんな最中、セルグは大切な友の言葉を思い出す。

 復讐に燃えていたゼタと、過去の記憶に殺されていた自分を助けてくれた、新たな友の言葉を。

 

 死にゆく者達が、死んだ者達が願うのは何か。

 

 そう問いかけた自分に彼らは笑って答えてくれたのだ。

 

 ”そんなに恨みやつらみがあったら、今頃この空の世界は呪いや悪霊だらけじゃないっすかね。それこそセルグさんなんて呪い殺されてもおかしくないし。

 だからやっぱりウチのばっちゃんは間違ってないんすよ。死んでいく人が心の底で想うのは、暗い気持ちよりも、好きなヒトの幸福を願う温かい想いなんだって”

 

 ”ぶっは!! なにそのセリフどこ引用よ。カッコつけすぎだわまじ……ちゃけば普通に考えて人生の中で恨んだり怒ったりなんてずっとやったら疲れんじゃね? 俺等的には基本テン上げが正義だし、無意味に激おこしてても何も嬉しい事なんもねえぞって話”

 

 ”だよなぁ~ちゃけば激おこ案件とかの後はぜってぇ腹減るし。そもそも激おことかした事ないけど……俺等がもし死ぬとしたら、やっぱり皆にこれからも笑って生きていて欲しいって思うわな”

 

 彼等らしく口調にはどこか不真面目な感じが拭えないが、それでもセルグにとってそれは意味のある言葉だった。

 真偽の程はどうでも良い。

 現実はそれほど優しいくはないし、実際死の間際に恨みの声を聞いた事だってあるのだから。

 だがそれでも、彼らの言葉は大切な彼女に当てはまっていたのだ。

 

 

「少なくともオレは――」

 

 優しい彼女が最後に遺した言葉は、感謝の言葉だけだった。

 

「彼女の最後の言葉を聞いている!」

 

 任務の前日に聞いた彼等の想いは、教官への感謝しかなかった。

 

「彼らの抱いていた願いと志を聞いている!」

 

 だというのに、彼らのせいにしていつまでそんな顔をしているのだと。

 そんな顔を見せて、いつまで彼らを悲しませる気だと。

 

「見せてやる……彼らの本当の遺志を。アイツの最後の言葉を……ヴェリウス!」

 

 言葉では解ききれないイルザの心を解放する為、セルグはヴェリウスを呼ぶ。

 空中に逃げていたヴェリウスは舞い降りて僅かの間に融合。本日3度目の翼の為だけの融合を果たしてセルグに飛翔能力を与える。

 

 ”共有の為のパスは繋いだ。後はあの者に頭に触れれば良い。何としても切り抜けて見せろ……行け!” 

 

 ”ヒト同士の記憶共有は初の試みだ。翼よ……心を乱すな。見せる記憶だけをはっきりと思い浮かべよ”

 

 分身体と本体。胸の中から聞こえる声に従い、セルグは飛翔。同時に伝えるべき過去の光景を思い浮かべる。

 乗り越えた忌まわしき記憶を……そこで聞いた本当の彼等の遺志を。

 

 近づかせまいと放たれる弾丸を躱す。

 

「ヴェリウス、飛翔魔法の上乗せだ……」

 

 小さく呟くと同時に足に小さな翼が顕現。

 回避先の建物の壁を利用して強化した脚で加速。同時に翼が羽ばたき、飛翔魔法が起動。

 跳躍と翼と魔法。3つの力を合わせてセルグは弾けるように飛び出した。

 

「とどけぇえええ!!」

 

 次の瞬間には、迎撃の狙いすらつけさせない速さでセルグはイルザを掻っ攫う。彼女の頭を包む様にその腕で抱きかかえて。

 

 抱えられたイルザは抵抗の声を挙げることもできないまま、瞬く間に思考も視界も暗闇に呑まれていった。

 まるで気持ちの良い微睡の中に、落ちていくように……

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

「んっ……ここ、は?」

 

 立ったまま目覚めたイルザが居た場所。そこは騎空艇の甲板の上だった。

 

 夜の帳下りた空の世界を走る騎空艇。

 周囲を見回すと多様な人がまばらに居て、甲板で空を眺めている。

 恐らくは乗合の騎空艇だろう。島と島を行き交う、騎空艇を所有しない人達に向けた定期便だ。

 その一角。何やら騒がしい気配を感じ取り、イルザはそちらへと目を向ける。そこにはたくさんの訓練生に囲まれたアイリスの姿があった。

 

「へー、それじゃあ皆さんもイルザ教官から訓練を?」

 

「はい。それはもう厳しい訓練で……」

 

 団欒する懐かしき顔達。一人離れたところでそれを聞いているセルグ。

 アイリスも多くの訓練生達も、嘗ての記憶のままの姿であった。

 

 

 

「これは一体……」

 

 ”ここは、オレの記憶の世界だ”

 

「ッツ!? セルグ、どこにいる!」

 

 困惑するイルザの脳に直接飛び込んでくる声。

 先程まで戦っていたセルグの声が聞こえ、イルザは慌てて警戒の色を示した。

 

 ”星晶獣ヴェリウス。記録を司る星晶獣が持つ力だ。今お前には、あの事件前夜のオレの記憶が見えている”

 

「記憶だと? そんなもの、一体なんのために」

 

 ”知っておいて欲しいんだ、イルザに……彼らが抱いていた想いと、あの日の顛末を”

 

「――今更そんなもの見せられて、私にどうしろと言う」

 

 ”死んでしまった彼等が伝えられなかった言葉だ。ちゃんと……聞いてあげてくれ”

 

 静かで優しげな声を残し、聞こえていたセルグの声は消えた。

 不明瞭な状況に困惑は続くも、イルザは一先ず落ち着いて目の前の光景へと視線を戻した。

 何を伝えたいのか。セルグの意図は分からないが抵抗するにも記憶の中などと言うこの状況が終わらなければどうしようもない。

 

「いいだろう。望み通りに見てやる……貴様と私の罪の証を」

 

 イルザはこの世界が終わるまで静観する事に決めた。

 

 

 

 明るい雰囲気のまま、目の前で語らいは続いていた。

 同じ教官に鍛えられた者同士。共通の話題は事欠かず、笑い声を上げながら彼らは談笑を続ける。

 

「私なんかてんでダメだったので教官から散々苛められましたよ。もうそれこそ、私の訓練なんて終わっても終わっても次があったんですから」

 

「ははは、教官は以前からそうなんですね。私達の中にも特別にしごかれたのは何人もいますよ。皆訓練に付いていくだけで精一杯でしたが、付いていけない者は付いてこれるようになるまで鍛えあげると。妥協を許さない鬼教官ですからね」

 

「ホント鬼教官って感じですよね。あ、でも本当はすっごく優しい人なんですよ。

 訓練生の異変にはすぐ気が付くし、無理な訓練は絶対にさせない。不注意で怪我すると全力で怒られるんだけど、そのあとしっかり原因と対策まで抗議してくれてケアは怠らない。もしかしたら、私だけだったかもしれないけど……。

 イルザ教官はね、本当にしっかりと観てくれるんだ」

 

「確かにそうですね……教官の訓練は厳しくもありますが、全ては私達を想っての優しさの上にある事を感じています」

 

「あんな優しくて厳しい人がお母さんだったら、きっと子供はまっすぐで強く育っていくんだろうなって……女性としても、本当に尊敬できる人でした」

 

「イルザ教官がお母さんですか……それは朝寝坊すら許されそうにないですね」

 

「教官がお母さん……それも良い」

 

「ばか、お前みたいなのが子供とか教官に失礼だろうが!」

 

「そうだそうだ。教官は皆のお母さんだろう!」

 

「待てお前等落ち着け。教官をお母さんなんて呼んだ事が知れれば、俺達生きて明日を拝めなくなるぞ」

 

「だが、それも良い。教官に念入りに苛められるとかなんてご褒美だよ……」

 

 

 続く会話。絶えぬ笑い。

 一部心をざわつかせる部分もあったが、楽しそうに会話を弾ませる彼らの姿。今はもう失われたものだとわかっていてもイルザの心を昔に戻らせるには十分だった。

 

「あいつら……心にもない事をペラペラと」

 

 今を思えば当時の自分は随分と優しい教官であったのだろう。

 罵詈雑言で訓練生を叩きのめすようになったのはこの後なのだから当然と言えば当然だが、それでも訓練自体は徹底的に厳しくしていた。

 嫌われて当然と念を押して鍛え上げていた彼女の心根は、しかし正しく訓練生に伝わっており、彼らとアイリスの言葉は嫌が応にも彼女の心を優しくさせる。

 

 

「あはは……皆さんも教官が大好きみたいですね。一部おかしい人もいますが」

 

「見なかった事と聞かなかった事にしてください。死んでしまいます……それはそうと、私達は皆、本当に教官には感謝しています。

 決して見捨てず、決して見放さず、決して妥協しない。徹頭徹尾私達の事を考えてここまで鍛え上げて下さいましたから」

 

「だから私達は戦士として立派になり、必ずこの恩に報いると決めたんです」

 

「今回の実地訓練を終えれば訓練課程の修了は目の前。新設の部隊として本格的に戦えるんです。ですから、必ず生き残ってみせます」

 

「そうなんだ……うん、私も応援してます。皆さん、頑張ってください!」

 

「はい!!」

 

 

 紡がれた言葉に嘘なんかないと彼らの顔を見ればわかった。

 嬉しそうに、輝きに満ちた顔で未来を語る姿は今のイルザには眩しかった。同時に仄暗い感情が胸をよぎる。

 この未来ある者達が、そう時を置かず命を落とすことになるのだ。

 目の前にあるのは彼らが犠牲になる直前の一幕。

 尊敬する教官から受けた恩に報いると。希望に溢れ楽しく語らっていた、今は亡き者達の姿である。

 表情が険しくなっていくイルザを尻目に、周囲の景色が歪んでいく。

 ここでの記憶はこれまでなのだろう。少し離れて話を聞いていたセルグが甲板から艇内へと移動しているのが見えた。

 

 変化していく光景は次第に形を作り、それは次なる記憶へと……始まりの惨劇の場所へと固まった。

 

 

 

 とある洞窟。

 急な場面の切り替わりに、イルザは周囲へと視線を走らせた。

 寒さは感じないがあちこちに霜が付いている洞窟は、惨劇の場所ノースヴァスト山中の洞窟だとすぐにわかる。

 人工的な明かりが灯り、洞窟内はしっかりと照らされ、本来凹凸があって規則性が無いはずの内壁は綺麗に整っている。

 

 

「化物を庇ってこれとは……可哀そうに。お前と関わらなければこんなところで巻き添えを食う事は無かっただろう」

 

 

 聞こえた声に振り返ったイルザは、その光景に息を呑んだ。

 先程までは姿の無かった5人の戦士。30人の訓練生。それらが居並ぶ目の前で蹲る男。

 

「なぜ……なぜオレを庇った。なぜ命を擲った」

 

 身体を上下に断たれたアイリスをその腕に抱き、悲しみに体を震わせるセルグがいた。

 鮮血が地面を染めていく。切られた直後か、まだ広がりを見せていない鮮血は彼女の命を即座に奪う事は無く、まだ意識のあるアイリスが微かに口を開いた。

 

「セ……ルグ」

 

「”アイリス!”」

 

 掠れた声が聞こえ、駆け寄ったイルザは聞こえないとわかっていながらもセルグと共にアイリスの名を呼んだ。

 ここで一体何が起きたのか。そんな事よりも先に考える事があった。

 記憶の世界だとわかっていても、彼女の安否を気にするほうが先であった。

 

「あ、あはは……ごめん、ね。こんな事になっちゃって……」

 

「何を言っている。謝る事なんかない。何も……謝るのは寧ろオレの――」

 

 自分を責めようとするセルグに華奢な指が添えられ、セルグは押し黙る。

 この状態、痛覚は既に無いのだろう。もしかしたら視覚も無いかも知れない。

 それでも、アイリスの口はまだ動いてくれていた。

 

「あまり時間はないから……最後だから……ちゃんと言わせて。

 幸せだったよ、セルグ……イルザ教官のおかげで貴方と巡り会えて、私は沢山の幸せをもらえた」

 

「アイリス! ダメだ、逝かないでくれ!」

 

「死にそうな今でも、私には感謝の言葉しか思い浮かばない。

 幸せをくれた貴方に……めぐり合わせてくれた教官に」

 

 涙流さず悲しみに震えるセルグの隣で、イルザはその目に涙を浮かべた。

 死を迎える最後の時ですら、目の前の彼女は笑顔でいる。

 幸せな人生であったと。心の底からそれを想い、最後の言葉を口にしている。

 

「あぁ、大事な親友との約束は守れなかったなぁ……セルグ、あとで謝っておいてね」

 

 掛けられた言葉に小さく頷き、もはやセルグは言葉を返すことできなかった。

 徐々に弱くなっていく声が、彼女の最後を物語っていた。

 

「もぅ……終わりみたい……」

 

 神が与えた最後の時間。意識が薄れてきたアイリスがその終わりを告げる。

 彼女を抱えるセルグも、傍にいたイルザも受け入れ難い現実に首を振った。

 

「やめろ。聞きたくない……終わりなんて」

 

「大好きだよ……セルグ。貴方と出会えて……よか……た……」

 

 セルグの頬に添えられた手が力なく落ちていく。

 思わず投げ出されたアイリスの手を握ろうとして、触れられないとわかっていながらもイルザは手を伸ばした。

 だが、次の瞬間には浮上するような感覚と共に、その場からイルザは遠ざかっていく。

 またしてもここまでがセルグの記憶なのだろう。確かだった惨劇の場所はうねりながら歪んで閉じていき、夢の終わりを告げるように、イルザの視界は暗い世界へと変わる。

 

「待て!? アイリス……アイリスーー!!」

 

 死にゆく彼女の姿を目に焼き付けながら、イルザ届かない手を伸ばし続けることしかできなかった。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

「うっ……くぁ……」

 

 うっすらと目を空け、視界が徐々に鮮明になっていく。

 夢見心地な感覚は徐々に薄れていき、飛び込んできた薄暗い景色からイルザは地面に横たわって空を仰いでいるのだとわかった。

 

「起きたか……イルザ」

 

「セルグ!!」

 

 横たわった自分の視界に新たに入ってきたのは、先程まで殺そうとしていた男の顔。

 慌てて体を起こそうとしたイルザを、セルグは力任せに抑え込む。

 幾ら戦闘に長けていようと、彼女は女性。腕力という点において、セルグにかなうはずはない。

 だが、抑えられていてもイルザが抵抗を止める事はなかった。

 

「ニバスはヴェリウスが咥えている。今のお前に戦う力はない。そう、暴れないでくれ」

 

「離せ! 既に戦える状態ではないと理解している! だが、この状態は止めろ!」

 

 イルザが暴れる理由……この状態とは、胡坐をかいたセルグの足にイルザの頭が乗っている状態のことである。

 膝枕の派生、胡坐枕とでも呼ぶべきか。

 傍から見れば……ここが戦場でなければ、仲睦まじい光景であることは間違いない。

 起きた瞬間に今の状態を察知して気恥ずかしくなったイルザは、故に離せと暴れたのだった。

 

「だめだ。話を全て聞くまで我慢してくれ」

 

 だが、セルグもそれで折れる様な事はしなかった。

 見せたのは記憶だけ。それも肝心な部分は抜け落ちている。

 あの日あの場所で何があったのかは見せられていない。

 

「――――質問に答えろ。何故あそこでお前の記憶が途切れた?」

 

 セルグの言いたいことが薄々わかっているのだろう。イルザは沈黙を置いてから静かに問いかける。

 アイリスが死んだ直後、すぐにイルザの意識は記憶の世界から戻された。

 そこから先の出来事は恐らくセルグの記憶には存在しないのだとあたりをつけていた。

 

「怒りと憎しみに我を失った。事の顛末を知ったのは全てを破壊しつくしてからだ……そこにいるヴェリウスから記録を見せてもらってな。見せられた記憶故に、イルザにオレから見せる事はできなかったんだ」

 

「ならば教えろ。あの日あそこで起きたことを……お前が見せられた全てを」

 

 問われたセルグは静かに息を吐くと、その記録を語った。

 全てが終わり、全てを失い。その先に得た友がセルグに見せたのは破壊の記録。

 そこに区別はなく、全てのヒトが平等であった。

 平等に……セルグの手によって殺されていた。

 

「組織はオレを殺すために任務を計画した。洞窟内でオレは彼女を人質に取られ虫の息となり、彼女もまた口封じの為に殺された――――殺したのは、彼等だ」

 

「なっ!? そんな事、あるわけが」

 

 イルザから直ぐに否定の言葉が漏れる。

 そんな事をするような者達ではない事は十二分に理解していた。

 アイリスの言うように、教官として彼女は本当にしっかりと教え子たちを観ていたのだ。仲間を殺すような……そんな者達ではない

 

「あぁ。全ては上層部の思惑通りだったんだ……不穏分子であるオレを排除。そのついでに、新設部隊となる彼等に立場をわからせるためのな。

 上層部はその場で彼等に、オレとアイリスの止めを刺せと命令した。断れば、”別の役割”を与えると付けて……彼等は命令に抗う事はできずオレを殺そうとし、それを庇ってアイリスは殺された」

 

「そんな……なんでそんな事を」

 

「命惜しさ。それもあっただろう……だがそれよりも、彼らはあの任務で立ち止まるわけにはいかなかった。あそこで道半ばで終わる事を良しとはできなかったんだ。

 歩むべき未来があった……帰りを待つお前を悲しませたくなかったんだ」

 

 イルザはハッとしたように、先程見てきた記憶を思い返す。

 思わず照れ隠しの言葉が出るほどに慕われていた……彼らの言葉を思えば、今のセルグの言う事が理解できた。

 

「お前は言ったな……彼等とアイリスの声が消えないと。オレを殺さなければ、彼らの恨みは消えないと。

 ならば、お前が知っている彼等はお前を恨むか? お前が知っているアイリスはお前を恨むか? 自分達を死に追いやった存在として、オレに復讐するように言うと思うか?

 オレの記憶の中で知っただろう。彼らもアイリスも、お前に感謝こそすれ恨むような事はあり得ないはずだ」

 

 見せられた事実と告げられた言葉がイルザの心を戸惑わせる。

 教官として、イルザは真に慕われていた。

 だからこそ彼らは、”別の役割”へと墜ちるわけにはいかなかった。

 仲間であるセルグを殺してでも、彼らはその先の未来で戦う事を選んだのだ。全ては、イルザから受けた恩に報いる為に。

 

「命令を聞いただけの彼らを殺したのは正しくオレの罪だ。アイリスを殺され、全てを敵と認識したオレはあの場にいた全ての人間を殺した。だからオレはそれを償う事から逃げはしない。

 だが、お前が自身に抱く罪は違う。そんな罪ありはしないはずだ。お前は彼等を想って罪を感じ、彼らを理由にして自分を責め続けているだけだ」

 

「違う……あの事件は私が引き下がったから起きたんだ……上層部に食らいつき、任務を撤回してもらっていれば彼らは」

 

「それが通るのならお前はその選択をしていただろう。しなかったのはそれが通るわけがないから……お前が何を言おうがあの事件は起きた。それは変わらない」

 

 所詮は過去の話であり仮定の話。

 何を想定しようともはや変える事は出来ないし、変えられないのならその仮定は無意味であろう。セルグはイルザの自責の念を否定する。

 だが、それで納得できるほど彼女の自責の念は軽く無かった。

 一つ違う選択をしていれば違う未来があったはずだと信じてやまないのだ。

 

「どちらにしても任務を決めたのは上層部であり、選択したのは彼ら。そして殺したのはオレだ。教官として見送ったお前にあの事件で関与できる余地はない。

 なぁ、イルザ。もう、良いだろう……あの事件においてお前に罪はない。

 彼らを忘れろとは言わない。だが、その罪悪感だけはお前にとっても彼らにとっても何の意味もないものだ。

 オレが言えた事ではないのかもしれないが、最後まで感謝の言葉を遺したアイツの為にもお前にはこれからを笑って生きて欲しい……幸せに生きて欲しい。それが彼らの願いでもあり、オレとアイツの想いだ」

 

 幸せに生きる。

 セルグの言葉でイルザの脳裏にふと己の幸せとは何かよぎる。

 そんな事を考えたのはいつ以来か、長い時を暗い感情と共に生きてきた彼女にとってそんな未来が頭にあるわけはなく、答えは出なかった。

 

「貴様も……そう想っているのか?」

 

 憎しみをぶつけた。恨み言をぶつけた。感情のままに先程まで銃弾と言葉を浴びせかけた。

 それでも、そんな自分の幸せを願うというのか。

 記憶の中の言葉も、セルグの言葉も簡単に信じることができないイルザだったが。そんなイルザに

 セルグは真剣な声とで答える。

 

「当然だ。オレにとって数少ない理解者であり旧知の仲だ。少ない友人の幸せを願うくらいは許して欲しい。

 それに……この戦いが終わったら組織に戻ってオレは最前線に立つ。共に戦うであろう仲間に、辛い想いはして欲しくない」

 

 つい先程、ユーステス達とも約束してきた。

 この戦いが終われば組織へと戻り、再び空の世界の為に星晶獣と戦う。

 その過程で組織の腐った部分を取り除き過去の事件の清算をして、己の犯した罪と向き合い続ける。

 それがこれからのセルグの戦いであり、生きる全てとなるのだ。

 少しでも、セルグは自分の周りを……空の世界の笑顔を守りたいと願った。

 

 暫く、二人の間に沈黙が続く。

 伝えるべき事を伝え答えを待つセルグと、深く思考の渦に入り、口を閉ざしたままのイルザ。

 既に先程見せていた羞恥は欠片も感じていない様で、彼女は静かに瞳を閉じて黙考を続ける。

 

「――イルザ、これでもまだ」

 

「だまれ」

 

 再び言葉を重ねようとしたセルグを遮り、イルザは静かに体を起こして立ち上がった。

 横たわっていた自分の服から埃を払う様な仕草をして、イルザは座ったままの手をセルグへと差し出す。

 

「――イルザ?」

 

「私のニバスを返せ。一先ず、貴様への処分は保留だ……どうやら私が真にやるべきなのは貴様と一緒に組織へと戻り、元凶であるクズ共を塵芥に変える事のようだからな」

 

「イルザ、お前」

 

 俄かに声が明るくなったセルグは、慌てたように差し出された手を掴もうと手を伸ばした。

 だが、それはあっさりと躱されセルグは前のめりに倒れ込む。

 躱したイルザは、思念によって指示を受けたヴェリウスよりニバスを受け取り、その状態を確かめた。

 

「勘違いをするな。私は全てを許したわけでもなければ、先程のお前の言葉に納得したわけでもない」

 

 僅かな嬉しい兆しを即座に打ち砕かれ、セルグはがっくりと頭を下げた。

 

「ただ……少しばかり時間を掛けて向き合ってみようと思う。

 お前が伝えてくれた言葉と、彼らが遺してくれた想い。そして、子兎の言葉をな」

 

 続く言葉に、セルグは下げた頭を勢いよく上げてイルザをみた。

 その顔には先程まで戦い合っていた時の憎しみに歪んだ表情がなく、どこか柔らかい雰囲気が伺える。

 少なくとも先程までの、暗く重い復讐に囚われた顔ではなかった。

 

「なんだセルグ? なにがおかしい」

 

 全てとはいかなくても、少しは伝わった。

 憎しみと自責に囚われた彼女を救う事が出来たと、心の中でセルグは安堵する。

 心の中で安堵していても、それが表にでてしまい笑みが浮かんでしまうのはご愛嬌といった所か。すかさずイルザからは刺々しい口調と視線が向けられる。

 

「はは……なんでもない。ありがとう」

 

「ふん、相変わらずわけのわからないやつだ。とにかく、貴様と組織へ戻るためにも今は貴様に助力をしよう。

 アーカーシャの破壊……現状はどうなっている?」

 

 やる事を見定め、イルザは改めてこれからやるべきことを問う。

 何も情報を入手しないでくるほど彼女は愚かではない。

 ここにセルグがいる理由。ユーステス達が来た理由。それらを知っている。

 星晶獣アーカーシャの破壊任務。それが今、彼女の目的となったのだ。

 

「破壊できるかは不明……と言うよりは恐らく不可能だろうな。今は起動の阻止と封印の為にグラン達が動いている。

 だが、エルステ帝国という国を相手にする以上簡単にはいかないだろう。ユース達も援護に来てくれたが戦力の差は大きい」

 

「ならば私も共に行こう。アーカーシャについては貴様等に任せる。私はユーステス達と共に援護に回る」

 

「あぁ、わかった。ありがとう、イルザ」

 

「忘れるなよセルグ。全て許したわけではないからな」

 

「わかってる。それでも感謝するよ」

 

 再三の確認の様にイルザはセルグへと苦言を呈する。

 それでも、今のイルザに先程までの歪んだ自責の念は無いようにセルグには思えた。

 全てを割り切れたわけではないのだろうが、自分の中でどこか納得した部分や飲み下した部分があるのだろう。

 憎しみをぶつける対象が変わったと言えばそれまでかも知れないが、少なくとも自責の念が軽くなった事は間違いない。

 

 

「それじゃ、行くぞ。前衛は任せろ」

 

「撃ち漏らしは許さん。代わりに前だけ見ておけ」

 

 

 軽口一つ。互いの役割を確認。

 見る方向を同じくした二人は、未だ冷めやらぬ戦場の中へと同時に駆け出した。

 再び肩を並べられることができた事を、心のどこかで嬉しく思いながら……

 

 

 




如何でしたでしょうか。

少し蛇足なお話となってしまいましたが、イルザ実装と共に本作に出演させたくて違和感ないように練り上げてきたお話になります。
イルザさんとオリ主の関係は……まぁ、もしかしたら期待できるかも程度の関係(何がとは言いませんが)

補足というか、本文中にありました”別の役割”についてはシナリオイベント
Right Behind You を参照してください。
ここで語らないのはイルザさんの魅力を広く知ってもらおうという作者のわがままですが、お許しいただきたい。

それでは。お楽しみいただければ幸いです。

感想……お待ちしております。


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