granblue fantasy その手が守るもの   作:水玉模様

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遅くなりました。
主にきくうし業のせいです(言い訳)
次の古戦場は少し先なので執筆頑張ります。

それではお楽しみください


メインシナリオ 第55幕

 ――いつからだろうか

 ふと、その事を考え始めた。

 

 いつからこの世界に色が無くなったのだろう。

 いつから己の心は空虚となり、ただ何かを求めて笑みを浮かべる様になったのだろう。

 

 思い出せなかった。

 恐らくその答えは記憶の片隅にでも封印されてしまい、引き出したくはない事柄なのだろう。

 別段思い出せなくても、今の自分にとってはどうでも良い事であるし、それが必要な事も皆無である。

 だが、ひたすらに楽しむことだけを考えて遊んできた空の世界は、いつの間にかどんなことが起きようと楽しむことができなくなっていて、何を画策しようと先の出来事に想いを馳せる様な事はなくなっていた。

 

「こんなんだから、兄さんは僕を捨てたのかな……」

 

「あぁ? 何か言ったかロキ?」

 

 無意識に口から零れ出た言葉に反応し、傍らの獣が問いかけてくる。

 今の自分にとっては唯一関わりの深い対象だ。言う事もすることも時々わけがわからなくて、小さな驚きを得られるのは地味に楽しかった。それこそ、この世界が転げまわる様を見るのと同じくらいに。

 

「なんでもないよ、フェンリル。ただ、そろそろ彼らが来るんじゃないかと思ってね」

 

「彼ら? あぁ、あのムカつく鳥を連れた奴等の事か。良いぜ、来たら一番に迎え撃ってやる……あの島での借りを返さないと気が済まねえ」

 

 見た目だけなら可愛らしいと言えなくもない傍らの星晶獣は、その姿に似つかわしくない低い音を出して唸る。ムキになりやすい彼女だが、彼らとの因縁は彼女にとってかなり強いものらしい。

 漏れ出てくる星晶のチカラが周囲の気温を下げていき、抑える様にその頭を撫でつける。

 

「ダメだよフェンリル。これは彼らと彼女の世界を懸けた戦いだ。僕達はできる限り楽しめる位置で観戦して、できる限り面白い形で横槍を入れる。どちらに転んでも一方的なのは面白くないからね。

 勿論、必要ならフェンリルにも戦ってもらうよ。だから、その時を楽しみにしていると良い」

 

「ハッ、相変わらず意味の分かんねえことを……その時が来たらすぐにやらせろよ。腹も減ったんだ。何か食わねえと収まりがつかねえ」

 

 うずうずとしているフェンリルの様子から、相当に我慢している事は明白だった。

 しばらくお預けだったからか……暴食を司る星晶獣である彼女にザンクティンゼルでの邂逅以降、好きに遊ばせてやらなかったのは失敗だったかと、少し頭をよぎった。

 一応代わりのおやつはたんまりあげたはずなのだが、如何せん自分でも彼女の底なしの胃袋は未だ量り切れていないらしい。やはり、この獣は面白い。

 

「さて、餌を与えられた小人はどう動くか? 道を示された人形はどうするのか? そして、破滅へと向かうこの世界を彼は守り切れるのか? 

 ふふ、少しでも僕の予想を覆してくれると嬉しいな」

 

 いつも通りの貼り付けた笑みを深くして、そびえ立つタワーの上層より眼下の街を見下ろす。

 気付けば島中にサイレンが鳴り響き、待ち人の来訪を告げていた。

 

「役者は揃った……誰にも予測できない終幕を始めよう。できるだけ僕を楽しませてくれよ」

 

 そっと滑る様にタワーから身を投げ出し、地上に向けて落ちていく。

 落ちながらも視線を戦いの元へと向けると、次々と戦艦を落としていく飛翔体の姿を目にした。

 

「いいねぇ、そう来なくっちゃ。フェンリル、ゆっくり彼らの元へと向かおうか。餌を与えられた犬がどうなるのか見に行かないと」

 

 後ろから追いかけるように落ちてきたフェンリルを共に魔法陣に加えながら、転送魔法を起動。

 目標設定を眼下の地上に設定して、安全に着地を済ませる。

 

 並んで共に向かうは、騒がしくなったばかりのアガスティアの街中であった。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

「久しぶりだな、セルグ・レスティア」

 

 鋭い視線と共に向けられた銃――セルグは僅かに息を呑んだ。

 知っている瞳だ……覚えている感情だ。この向けられた想いを自分は痛い程知っている。

 初めてゼタに出逢った時のような、純粋なまでの敵意と殺意。

 窮地に駆けつけてくれた友と、同時に見せられた未来。それによって浮付いてしまったセルグの心を突き落す様に現れたのは、彼の罪の証であった。

 

「――久しぶりだな、イルザ。どうしてここに?」

 

「どうしてだと? しばらく見ない間に貴様の頭は随分とお花畑になったようだな。それとも、わざと言っているのか……昔の貴様であれば、戦場で敵意を向けた相手にそんな暢気な事は言わなかっただろう」

 

 敵意を向けられればその悉くを殺す。そこに例外は無い。

 彼の嘗ての所業を含んだイルザの言葉に、セルグの表情が強張る。

 

「ッ!? イルザ、お前が抱く想いも、言いたいことも分かるがオレの話を――」

 

「聞きたくはない!!」

 

 動揺するセルグの言葉を遮り、イルザは吠えた。

 まるで嫌な想像を振り払うように頭を振り、認めはしないと気丈な態度を絞り出していた。

 

「私は既に知っている。貴様が何故離反したのかも、何故彼らを殺めたのかも! それで十分だ。今更その現実に……その事実に、貴様の言葉など要らない!」

 

 どこか恐れを抱いているようにも見えるイルザの姿は、セルグの目にひどく弱々しく見えた。

 固めた意思を曲げたくないと。己の中の真実を否定されたくないと。

 崩されたくない事実に縋る様は、セルグが知っている彼女からは想像もつかなかった。

 

 彼が知る彼女は、心も体も強い女性だったはずだ。

 化け物と呼ばれる自分に何の壁も持たず接してくれ、本当に数えるほどではあるが共に星晶獣と戦う事もあった。セルグと肩を並べて戦える者など、この空域でそうはいない。

 そんな彼女が、苦悩に顔を歪めながら己へと銃を向けている。彼女の心が、セルグには読み取れなかった。

 

 

「セルグ……私は貴様を討ち、己の罪を払拭しよう。

 あの日大人しく引き下がった過ちと、あの日貴様にアイリスを預けると決めた過ち。

 貴様を討つことで、私は初めてこの罪から解放される」

 

 イルザは静かにその心の内を吐露する。

 上層部からの提案に何故食い下がらなかった? 

 何故セルグを信じてアイリスを任せてしまった?

 事が起こった後に彼女に宿ったのは、果てしなく深い後悔であった。

 諦めていたのだ……反対しても無駄だと。

 諦めていたのだ……自分では無理だと。

 

 彼らに手を差し伸べる教官である自分が、真っ先にその手を引いてしまった。

 結果、上層部の手に引かれた彼らはセルグの手に掛かり。セルグの手に引かれた彼女は、巻き込まれて命を落とした。

 イルザがその手を離さなければ、きっとまだ生きていたであろうはずの命であった。

 

「消えないんだ……彼らの怨嗟の声が。 アイリスの恨みの声が」

 

 深く根付いた後悔は、次第に彼女を蝕んでいく。

 やがてそれは罪の意識となり、やがてそれは悪夢へと至る。

 それは、グラン達と出会う前のセルグと同じである。

 見せられ続けた悪夢に抗うために、彼女は教官としての仮面をかぶり、同時に膨れかけていた憎しみに蓋をしたのだった。

 奪われたのは自分のせいだ――そう断じて。

 だが、同じ過ちを繰り返さぬよう没頭した教官としての日々は、彼女の罪の意識を和らげるものの決して癒してはくれなかった。

 どうしても残ってしまうのだ。心にへばりつくように……奪った者への憎しみが。

 

「どれだけ、訓練生を鍛えても、どれだけ優秀な戦士を育て上げても、彼らは私を赦してくれなかった。私の贖罪はお前を殺さなければ終わらない」

 

「イルザ……お前」

 

 だからイルザはここに来た。

 ケインとユーステス達の動きを知り、セルグの所在を知り。組織が命令を下すよりも早くに、自身の手で過去との決着をつけるために。

 

「私はお前を殺す。そうすることで初めて……私は私の過ちを清算できる」

 

 決断は復讐という、仇を取る形で彼女の中に定まってしまった。

 

 

 

 

 ――何という事だろう。

 

 目の前で己に銃を向けるイルザを見て、セルグは胸中でため息を吐いた。

 同じなのだ……彼女も。

 救われる前の自分と。己を許せなかった自分と。

 そうして壊れかけて初めて、誰かに憎しみを向けるしかなくなった。

 ヴェリウスと言う同士がいて、その魂が故に壊れる事が無かったセルグとは違い、彼女は罪の意識に壊れてしまった。

 そんな罪は、初めから存在しないと言うのに……

 

 

「――イルザ」

 

 想いの丈を聞き、憎しみの言葉を受け取ったセルグは静かに口を開いた。

 

「悪いがそれは無理だ。オレは死ぬわけにはいかない。大切な約束がある……守りたい未来があるんだ。オレはもう、生きる事から逃げ出さないと誓った」

 

 救わなければいけない。己が生み出した罪のせいで苦しむ彼女を……

 

「勝手な事を……あれだけの命を奪っておいて今更何を」

 

「それが償いだからだ。 オレの……オレだけのな」

 

 受け取らなければならない。彼女が背負うその罪を。

 

「星晶獣の脅威から空の世界を守り、オレは戦い続ける。今は亡き彼女の想いと共に……願い果たせなかった彼等の為に。

 オレは、この刀と命を賭して、この空で戦いの人生を完遂する」

 

 ならば示そう。壊れかけた彼女に、罪を償い、生きて戦う覚悟を。

 

「だからイルザ。その背負っているものを寄越せ……それは最初から最後までオレの背負うべきものだ」

 

 そして、伝えよう。

 彼等と彼女の真なる想いを。

 

 

「アイリスを守れなかったのも、彼らを殺したのも全てはオレの罪だ。お前が背負う事ではない……」

 

 

 皆が願うのは、世話になった大好きな教官の幸福であるのだから……

 

 天ノ羽斬を収め、セルグは風火二輪を構える。今は亡き彼女の意思を胸に秘め、その引き金に指を掛けた。

 対するイルザもセルグに向けていた長銃、調停の銃”ニバス”の引き金に指を掛けて臨戦態勢に入る。

 

 互いに微動だにしない静寂。

 それが破られた時、その場に起こったのは銃弾と想いが行き交う苛烈な死闘の始まりだった。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 ずるずると、動かぬその身を引き摺るようにして、フュリアスはもはや原型留めぬ魔晶の肉体から這い出る。

 奇跡的な幸運によって本体は原型を保った状態で生きていられたが既に虫の息に近い状態であった。

 アポロによる絶対的な攻撃もそうだが、なにより回数を重ねて使ってきた特別製の魔晶による反動が強い。元々命すら落としかねない魔晶のチカラを底上げして使用しているのだから反動が増えるのも当然の帰結だろう。

 

「ハァ……ハァ……く、くそぅ。こんな……ところで」

 

 衰える事のない野望を瞳に燃やしながら、フュリアスは周囲を見回す。

 使える手は無いか。駒はいないか。

 言う事を聞かない体を酷使して、その思考だけは普段の彼の様に素早く回っていく。

 だが――

 

「くそぅ……何もないじゃないか」

 

 彼を救える者も、この状況を打開できるものもそこには無かった。

 アポロが言った通り、次善の策など用意していない。手柄を独り占めするつもりであったが為に最初のアドヴェルサによる奇襲以外で連れてきている兵士はいない。

 その兵士も既に状況をみて撤退をしたのだろう。たかが二人の兵士で何とかなるとは思えなかったが、それでも見捨てられた事実にフュリアスの心は怒りへと染まっていく。

 

「アイツ等……戻ったら必ず」

 

「戻ったら? どこに戻るつもりだ?」

 

 フュリアスの目の前に綺麗な一振りの剣が突き立てられた。

 つい先程、魔晶ごと彼の体を打ち砕きその強さをありありと見せつけたアポロが、フュリアスを見下ろす形で立っている。

 

「さて、ここで質問だ。知っているかフュリアス、エルステより挙げられた私の罪状と言うやつを?」

 

「な、何?」

 

 この期に及んで一体何の話だと訝しむフュリアスを余所にアポロは淡々と告げていく。

 

「エルステの乗っ取り及び独裁による各島への苛烈な侵攻……思えば貴様は良くやってくれたな。ポートブリーズ然り、アウギュステ然り、更には――――アルビオンもだったか?」

 

 挙げられていく島の名前にフュリアスの顔が強張ってくる。

 どの島も、フュリアス主導での大きな侵攻作戦を行った島だ。島に関わる星晶獣を利用して、帝国に逆らうのなら存在する価値無しと、沈める事すら厭わなかった島だ。

 

「ま、待てよ! それはお前も関係有――」

 

「そうだな、見て見ぬふりをした私も同罪だろう。己の目的の為に、故郷すら見殺しにしようとした……だから私も、この戦いの後に罪を償う。

 だが貴様は違う。罪を償う気も無ければ、罪だと感じている事も無いだろう?」

 

 己が目的の為に様々な犠牲を出してきた……エルステの支配を盤石とするために各島への侵攻を推し進めたのはほかならぬアポロだ。そこには別の目的もあったが事の始まりはアポロとフリーシアの二人である。

 だがそれでも、そこには良心の呵責があった。犠牲になったものへの追悼の想いが少なからずあった。

 目の前の……己の野望の為なら失われた命を何とも思わないクズとは違う。

 

「貴様の命程度で償えるはずもないが、少しは足しになるだろう……あとは私が背負ってやる。

 潔く逝け、フュリアス」

 

 容赦の無い視線を向け、アポロはブルトガングを振りかぶった。

 この場でフュリアスを見逃せば、後顧の憂いとなる可能性があるだろう。

 戦略的な面も一応はあるが、今語ったように彼女なりの償いの面が強い。

 失われた……犠牲になった者達の意思などわかりはしないが、フュリアスの命を絶つことでその溜飲が少しでも下がればいい。

 そんな、死者の想いを騙ったアポロの身勝手な罪滅ぼしであった。

 

「……待てよ、そんな事許されるわけ」

 

「往生際が悪いな。貴様は、あれだけ好き勝手やっておいて許されると思っていたのか?」

 

 苛烈な侵略の主犯はフュリアスである。あくまで各島を支配する事が目的であったアポロやフリーシアの思惑とは異なり、彼の行った行為は島を落とす事すら厭わない侵略ではなく暴虐の行為。

 許すはずが……許せるはずが無かった。

 

「死ね、フュリアス」

 

「や、やめ――」

 

 断末魔の叫びが上がる中、アポロはブルトガングを振り下ろした。小さな身体に付いている小さな頭を切り落とすべく、その首筋目がけて。

 

 

 

 ――聞こえた音は肉を切り落とす音ではなく、衝突する金属音であった。

 

「小僧、小娘……何のつもりだ?」

 

 間に入る金色の長剣と短剣。アポロの剣を防いだのは、後方で待機していたグランとジータであった。

 止められるとは思っていなかったアポロは驚きを一瞬見せるも、受ければすぐさま萎縮しそうな程の怒気を交えて二人を睨み付ける。

 対する二人は、その視線と真っ向から向き合いながら静かに口を開いた。

 

「たとえどれだけの悪人であっても、目の前で貴方に命を奪わせはしない」

 

「どれだけ酷い人でも、生きて償わせるべきです」

 

 散々見せられてきた強い意志を秘めた瞳がアポロに向けられる。同時に吐き出されるのは、引くことを感じさせない強い声と言葉。

 この時点で二人を相手に押し切るのは難しいと思えるも、アポロが素直に引き下がるはずもない。

 

「貴様ら、自分がどれだけ甘い事を言っているのかわかっているのか? この男をこのまま野放しにすることがいかに危険か理解しているのか?」

 

 アポロに苛立ちが募る。この場においてまだそんな甘い事をと。

 優しさと甘さを履き違えた典型的な愚か者だと二人を睨み剣に力を込めるが、二人はそれに抗ってきた。

 

「わかっている。それでも、僕達は貴方の行為を見過ごせない」

 

「こんな人の為じゃありません……貴方と、オルキスちゃんの為です」

 

 ジータの言葉にアポロはハッとしたように振り返る。

 動いていたのはグランとジータだけではなかったようで、ヴィーラはシュヴァリエのプライマルビットを、イオは光弾の展開を済ませており、オイゲンとラカムは彼女が握る剣を弾き飛ばそうと引き金に指を掛けていた。

 そしてそんな中で、間に合うはずもないのにアポロを止めるべく走り出していたオルキスの姿が飛び込んでくる。

 

「アポロ!」

 

 らしくない大きな声が、嘗ての記憶と重なる。

 そのまま黒い鎧が覆うアポロの腕へと抱きつき、オルキスは彼女を止めようと呼びかけた。

 

「ダメ。こんな事、誰も望んでない。皆も、私も、スツルムとドランクも……きっと本当のオルキスだって望んでない」

 

 またしても……吐き出された言葉に思わずアポロの表情が歪んでいく。

 ルーマシーからここまで、どうにもチラついてくる過去の記憶が、アポロを不快にさせた。

 本物の彼女とは違う存在なのだと否定し続けていたというのに、感情を表す様になりアポロを大切にしようとする想いが見え隠れするオルキスの姿が、嫌でもアポロに本物を感じさせる。

 人形が真似事をするなと否定する一方で、今のオルキスの姿にどうしても揺り動かされる。そんな自身でも制御できない想いがアポロの心をかき乱した。

 

「――調子に乗るなと言っているだろう人形。お前に彼女の何がわかる? 知った風な口を利いて私の心に土足で踏み込んでくるんじゃない!」

 

「ッ!?」

 

 一瞬、小さく体を震わせてオルキスが押し黙る。

 

「――それでも」

 

 だが、気圧されながらもオルキスは負けじと何の抵抗にもならない力を込めて食い下がった。

 調子に乗っている……確かにそうなのかもしれない。

 只の人形でしかなかった自分ではわからなかったアポロの雰囲気の変化。それに気を許し、優しくなったと勘違いしているのかもしれない。だがそれでも――

 

「それでも、アポロがヒトを殺すところを見たくない!」

 

 今のオルキスも知っているのだ。

 本来優しいはずの彼女を。最愛の友を失い、涙流していた彼女を。

 そんな彼女の未来に影を落とすような事を……自らして欲しくはなかった。

 

 

「は、ははは。なんだ、仲間割れかい? 甘ちゃんばかりの愚図と一緒にいると大変だねぇ黒騎士?

 良いのかい、僕をやらなくて? こんなガキどもに諭されて止まっちゃうような腑抜けじゃあの女には――」

 

 重苦しい音が鳴り響き、挑発をかけていたフュリアスの言葉が止まる。

 鳴り渡るは銃声。弾丸の辿り着いた先はフュリアスが這いずるその目の前であり、出所はグラン達騎空団の老兵の一人であった。

 

「お前さんは……これ以上喋りなさんな。テメエがこれまでに散々やってきた事……俺達も忘れてねえぞ」

 

 静かに、だが恐ろしい程の殺意を乗せて。オイゲンはフュリアスを黙らせる。

 アウギュステやポートブリーズ。島の守り神とされていた二つの島の二つの星晶獣を苦しめ、島を窮地へと陥れられたことは記憶に新しい。

 アウギュステの水神リヴァイアサンに多大な恩を感じていたオイゲンは、とりわけその怒りが強いと言えよう。

 

「それからもう一つ……ウチの娘に下らねえ殺しをさせんじゃねえよ。

 てめぇみたい奴の薄汚い血で娘が穢れるくらいなら、俺がその狡賢い頭に詰まった脳漿ぶちまけてやらぁ」

 

 嘘やハッタリの疑いを持つこと適わない、本気の声に乗せられた本気の言葉。フュリアスの中ではロートルの域を出なかったオイゲンの殺意がその場の全員の動きを止める。

 大事な娘が目の前でヒトの命を奪う事を許容できるわけがなかったのだろう。反射的に狙ったのはアポロを止める事ではなく先にフュリアスを仕留め自分がその罪を被る事であった。

 

 大事な時に傍にいてやれず、父親らしいことを長らくできていなかったオイゲン。時を経て再開した後も、星晶獣が暴走する危険な島に置き去りにすることとなった彼の後悔は、その体を突き動かし、己の身を挺してでも娘を守ろうとすることを選択させていた。

 

「貴様……今更父親面するなと」

 

「はいはい~。そこまでにして下さい」

 

 オイゲンの言動にまたアポロの怒りが灯るが、それを抑える様にシェロカルテの間延びした声が割り込んだ。

 空気が読めないと言えば聞こえが悪いが、殺気だったオイゲンやアポロを止めるにはむしろ都合がいい。

 戦場に不釣合いな声に、引かれてアポロの刺々しい空気が露散する事を感じグラン達はそっと胸をなでおろす。

 

「無抵抗にもなった方を目の前で殺されては私としてもしかるべきところへと手配を回さざるを得ません。黒騎士さんもオイゲンさんも何やら色々と事情がありそうですが、その方の処遇については私に任せて頂けませんか? 

 エルステ帝国がばら撒いた魔晶についてや市井の治安を著しく低下させた危険物質の事なども含め、目の前で貴重な情報源を失うのはシェロちゃんとしても避けたいのです」

 

 依頼された秩序の騎空団と、依頼したエルステ帝国の者しかわからないはずのアポロの罪状。

 それを知っている事自体は彼女であれば不思議ではないかもしれないが、その罪状の情報源としてシェロカルテはフュリアスを選んだ。当の本人であるアポロがいるにも関わらずにだ。

 彼女は、世間に流されている情報が虚構であり、真実が隠されていることを知っている。そしてその内容ですら突き止めているのだと、グラン達は理解した。

 

「おいおい、何を言ってるんだよ。それはエルステから正式に秩序の騎空団へと依頼した内容だろ? それについて知っているのはこの黒騎士であって僕には関係――」

 

「気づかないとお思いですか? よろず屋シェロカルテが、市井の治安悪化という商売の邪魔をされてその原因を掴んでいないとでも? 商人の情報網というのをあまり軽んじてはいけませんねぇ。利益の気配だけでなく、不利益の気配にも敏感でなければ、よろず屋は務まらないんですよぉ」

 

 彼女にとって上客であるグラン達がいる以上、彼女は商人としての仮面を崩さない。

 いつもの間延びした声と、いつもの笑顔。それはもういつも通りである。

 だからこそ見る者には逆に底知れぬ恐怖を湧き立たせた。

 

「治安低下は各島侵攻への足掛かりでしょうか。治安維持の名目を得るか、或いは反抗勢力の減退を狙ったものでしょうねぇ。魔晶のばら撒きは主にその性能テスト……貴方や兵士の皆さんが使用するものは、その性能テストから改良を加えた正式採用版といった所でしょう。

 いずれにしても、貴方主導の行為はあまり褒められたやり方ではありませんでしたねぇ」

 

 フュリアスの表情が固まっていく。

 知られている……フリーシアによってアポロを陥れる提案がなされてから、彼女に擦り付けるべく行ってきた自分の非道を彼女は知っている。

 

「覚悟してくださいね~。軍務であれ貴方の非道は決して許されることではありません。

 証言と証拠を頂いたら、私ができる最大限の手配をして最も過酷な余生というものを約束してあげます」

 

 誇張などではなく、それを根回しする事が可能なくらい彼女の影響力というのはただの商人の範疇を超える。

 最強の集団。かの十天衆も彼女とは懇意にしており、彼女からの依頼とあれば二つ返事で引き受けるくらいだ。

 全天を統べる最強集団。空の抑止力とも呼ばれるかの騎空団からそれほどまでの信頼を得ている彼女が直接的な戦闘以外でできない事等ないのではなかろうか。

 

「だ、誰がそんな――」

 

「そうだねぇ。それはちょっと困るなぁ。僕の貴重な玩具をそんな風にされたら僕が楽しめないじゃないか」

 

 追い詰められた状況に震えるフュリアス。彼を縛り上げようと動き出そうとしたシェロカルテ。

 あの間に突如聞こえた声と同時にフュリアスを淡い光が包みこむ。次の瞬間には、アポロの足元にいたフュリアスの姿がかき消えた。

 グラン達に緊張が走り、一斉に聞こえた声の出所へと視線を向けると、そこには貼り付けられた笑みを湛える男と、傍に控える氷の星晶獣の姿ある。

 

「貴様は、ロキ!」

 

「へ、陛下!?」

 

「やぁ君達。僕の玩具で楽しんでくれたかな? と言ってもその様子だと、どうやら不足だったみたいだね……」

 

 警戒態勢を強めるグラン達は休憩を挟み、万全に近いところまで回復していた。あまり消耗を見せていないグラン達を見て、ロキはため息を一つ吐く。

 

「ダメじゃないかフュリアス、もう少し頑張ってくれないと。折角皇帝の地位を譲ってあげるって言ったんだからさ」

 

 言う事を聞かない子供を叱り付けるように、足元へと呼び戻したフュリアスへと苦言を呈して、ロキはその笑みを深める。

 

「あの~失礼ですが貴方は――」

 

「シェロさん、下がって下さい! あの人はエルステ帝国の皇帝ロキ。ヒトの命を何とも思わない危険人物です」

 

 突然現れたロキに問いかけようとしたシェロカルテをジータが抑えて、グランがその背にシェロカルテを隠した。

 まさかこんなすぐにロキが出てくるとは思っていなかったのか、グラン達は一斉に警戒心を強めてロキとフェンリルを睨み付ける。

 周囲に兵士を伴っている気配はないが、自由奔放で掴みどころがない分、ロキの出現はどんな罠が待ち受けているか読めない。

 カタリナとヴィーラ、ロゼッタは防御の用意をし、ラカムとオイゲンは周囲に敵影は無いかと目を凝らす。

 アレーティアとゼタはフェンリルの動きに備えていた。

 

「あ~そんなに警戒しないでよ。ここで僕が君達に何かをするなんて事はないよ。ただ僕は餌につられた玩具の様子を見に来ただけだからね。

 どうだったかな? 彼との戦いは満足できた――」

 

「ロキ! 危ねぇ!!」

 

 ロキの言葉を遮り、控えていたフェンリルが前に出る。

 同時にそこには極彩色の魔法が着弾し、彼らを煙で包み込んだ。

 

 

「くっ、てめぇら……不意打ちとは上等じゃねえか」

 

 煙が晴れてフェンリルが睨む先には、クアッドスペルでロキを狙ったアポロの姿。

 それは先ほどフュリアスと相対していた時よりも激しい怒りに彩られていた。

 

「貴様みたいなどこの馬の骨とも知らない奴が皇帝などと……笑わせてくれるなよ。そこは今も昔もあの御方の場所であり、これからは彼女の場所だ。

 認めるわけがあるまい。そのような不遜で傲慢で礼儀知らずな行いを……私が生きている限り、認めるものか」

 

 エルステの王。それは今は亡くとも、由緒正しきエルステの血縁たるオルキスの両親から継がれるものであり、それを継ぐのは遠からぬ未来に全てを取り戻す大切な彼女(オルキス)だ。

 目の前の……ただ世界を玩具にして楽しむような下賤な輩のものでは断じてない。

 不遜で無礼なロキの言葉にアポロは怒りを見せて剣を構える。

 

「ふぅん……君は随分と兄さん達にご執心のようだね」

 

「当然だ、あの方々が遺したのは彼女(オルキス)であり、座すべきはあの国の玉座だ。それを阻む者は全て私が取り除く」

 

 すっと、ロキの表情が変わる。どこかアポロの言葉に心の琴線に触れる部分があったか、薄く浮かべていた笑みが消えザンクティンゼルで一滴の血を流した時のような冷たさを感じさせる雰囲気となった。

 

「やめてよ。兄さん達が遺したのはこのつまらない世界と、完全な存在である星の民の出来損ないだけ……そんな出来損ないが兄さんの国の王になる? 笑いたくもないのに嗤ってしまうじゃないか」

 

「なんだと……貴様」

 

「はぁ、予定変更かな。回収だけのつもりだったけど、少し荒らしたくなっちゃった……」

 

 ロキの言葉に、アポロもまた不快を示すがそれを歯牙にもかけずロキは足元で這いずるフュリアスへと視線を投げた。

 

「フュリアス、もう少しだけ彼らを楽しませてくれるかな? 足りないチカラは僕が貸してあげよう。その身の全てを捧げて皇帝たる僕の為にそのチカラを振るってくれ」

 

「へ、陛下……? ですがもう身体が――――っ」

 

 ロキを見上げるフュリアスの血の気が失せる。

 そこにあったのは良く知っている笑みだった。

 命を何とも思わない。散り行く命を嘲笑う。そんな命を踏みにじることを何とも思わない、己が良く浮かべていた無情な笑み。

 そして、その手にあるのは新たな黒い無機物――――魔晶。

 

「言っただろ、チカラは貸してあげるよ」

 

「あっ……あぁ、そんな」

 

「見せてくれよ。君がもつ皇帝への執念ってやつを……その身の全てをもってさ」

 

 

 瞬間、耳をつんざく悲鳴が上がる。

 発生源は他でもないフュリアス。ロキによってその身に注がれるのは、先程まで使用していた魔晶を超える、過剰なまでの魔晶のチカラ。

 

「ふ、ふふ…………あっはっは! そうだ、もっともっと面白く変わってくれよ。その方が彼らも楽しめるだろうからねぇ」

 

 フリーシアがユグドラシルに施したような、器の崩壊を考慮しない過剰なチカラの供給に、再びフュリアスはその身を変異させる。

 

「そんな……こんな状態になったらもう」

 

 ロキの非道な行いと、フュリアスの余りに惨い状態にルリアが慄いた。

 感じられる気配はユグドラシルマリスとさして変わらないのだろう。器の大きさという意味では星晶獣とヒトで天と地の開きがある以上、過剰な魔晶のチカラにフュリアスが耐えられるはずはない。それは即ち、フュリアスという存在の崩壊が決定づけられた事と同義である。

 

「貴様、いくらフュリアスとは言え、ふざけたことを……」

 

「そんなことを言っている暇はないよ黒騎士。さぁ、二回戦だ。既にヒトの面影はない、理性もない。ただ暴れるだけの兵器と化した彼を、君たちはどう対処するのかな……お手並み拝見だ」

 

 薄ら笑いと、暴走したフュリアスを残し、ロキとフェンリルは光に包まれて消えていく。

 

 再び立ちはだかる魔晶とフュリアスの大きな壁を前に、アポロとグラン達はまたも足を止めて戦うことを強いられる。

 遅々として進まない進軍は、彼らの劣勢を徐々に確かなものにしつつあった……

 

 

 




如何でしたでしょうか。

シナリオ自体は全然進んでなくてごめんなさい。
次回はもう少し進むと思いますが、ここにきて文章力に悩みを抱え始めて苦心しております。
更新が遅くなりがちですが暖かく見守っていただけたらと思います。

それではお楽しみいただけたら幸いです。

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