granblue fantasy その手が守るもの 作:水玉模様
どうぞお楽しみください。
音を立てないように足を忍ばせる……
周囲に喧噪の気配はないが、遠くでは明らかな戦闘音が幾つも鳴り響いており、事態の急展開が予想された。
どうやら少し急ぐ必要がありそうだと前を行く相方も理解しているのだろう。振り返り言葉なくその意思を瞳で語った彼女はその足を早めてアガスティアの裏路地を走り始める。
グラン達に先んじてタワーへの潜入を任されていたスツルムとドランクは現在、タワー付近にたどり着いていた。
ここまでは人目を忍んで防衛の網を潜り抜けてきたが、タワーを目の前にした今そうもいかない。どこか警備の穴はないかと探しているが、それも見つからず。
厳重な警備と巡回に阻まれ、二人は見つからないように移動をしながら潜入のチャンスを待つことしかできなかった。
「どうしようか、スツルム殿? このままじゃ潜入はおろかいずれ見つかって戦闘になるのが関の山だよ」
「わかっている。お前も少しは考えろ……くそっ、何とか入り込める経路は」
状況確認も含めた言葉に、スツルムは焦りを混ぜて返してくる。
急がなくてはならないが、二人で潜入に来ている以上強行手段は取れない。元々スツルムは小難しい事が苦手なきらいがありこういった時の対応はドランクの方が適任であった。
周囲をしきりに見回して潜入経路を探すスツルムに倣い、ドランクも注意深く潜入に役立ちそうな場所はないかと目を凝らしていく。
こうしている間にも、戦闘音は数と勢いを増してタワーに向かってきている。ドランクの思考にも焦りが出てくるのは仕方のない事ではあるが、目の前で更にオロオロと顔を振るスツルムを見れば逆に冷静に帰れるというもの。こんな時こそ頼れる相棒でいなければと、ドランクは冷静に思考を回した。
「(帝国の中枢……いわばお偉いさんの巣窟なわけだから出入り口が正面だけってことは普通あり得ないよね。帝国とは言え独裁国家ではない。中核となる存在は皇帝さんや宰相さんだけじゃなくて他にもいるはず……となれば秘密の通路ぐらいはありそうなものだけど)」
攻め入られた時、緊急の脱出経路が存在することは、国家の重役が居る場所に置いては常だ。
それが無ければ最悪、国の要人が全滅なんて事態に成り兼ねないのだから……そう思考が回ったところでドランクは高くそびえるタワーの外観を見上げる。
「(これだけ高い建物ならありがちなのは緊急発進できる小型艇が上にあるって話だけど……見た感じそれはなさそうなんだよねぇ。となると……)」
「おいドランク、何とか――」
「スツルム殿、正面入り口以外でどこか警備が厚い所ってあったかな?」
思考を回しだんまりだったドランクに声を荒げそうなスツルムを制して、ドランクは問いかける。潜入経路を探していたドランクに比べスツルムは戦力の方に注視していたから気になるところは覚えているだろう。
予想が正しければあるはずだ。この緊急事態に際しお偉いさんが逃げるために必要な経路とそれを守る部隊が固める場所が。
「――何を聞きたいかわかんないけど、正面以外ならさっき通り過ぎた港の防衛部隊位だ……だが、港だし何もおかしい事は」
「ふぅん、港ね。確かに攻め入られることを考えれば何もおかしくはないし間違ってはいないね……」
少しだけ、可能性が見えてきたことにドランクは口元を緩めた。
「そこに行こう、スツルム殿。もしかしたらあの防衛網を潜り抜けることができるかもしれない」
「――わかった。時間が惜しい、今は何も聞かないでそこに向かう」
ドランクが何を思いついたかはわからなくとも、事ここに至っていつもの不真面目が出るはずもない事はスツルムだってわかっていた。
何も聞かず、疑問を向けることもなくスツルムは、戦力が集中していた港の方に足を向ける。
港に向かう最中ですら気は抜けない。相変わらず警備の巡回はあるし、兵士達の空気は張り詰めている。
見るからに怪しい二人組が姿を見せようものならあっという間に逃走劇の始まりだ。
時間は惜しいが慎重に足を進め、二人は港へと急いだ。
たどり着いた先、兵士達が防備を固める港を見て、スツルムは僅かに責める視線をドランクへと向けた。
「着いたが、一体何しにここに来たんだ? 艇でも乗っ取ってタワーに向かうつもりか? こんなとこに来ても何もできないじゃないか」
艇の出入りを徹底的に兵士が固めているこの場所で一体何ができるんだと。疑惑の視線がドランクを襲うが、当のドランクは港ではなく、その周囲に視線を巡らしている。
特に不審な点は無い……予想は外れたかと落胆の念が去来しそうになるところで、ドランクは不自然に兵士が配備されている妙な路地を見つけた。
港から少し外れた目に留まりにくい路地。その先は袋小路となっており、そこを固める意図が不明である。
目立たないが不自然な場所。ドランクの予想は徐々に確信へと変わっていった。
「これは――ビンゴかな」
「ビンゴ? ドランク、いい加減説明をしろ」
「まぁまぁ、種明かしは本当にうまくいったらって事でね……それじゃ、行こうか。スツルム殿」
ふくれっ面になりそうなスツルムを窘めながらドランクは彼女を伴い、件の路地へと向かう。
道中も変わらずスツルムの先導で巡回の目を掻い潜り、たどり着いたところで防衛部隊にはドランクの魔法による陽動であっさりと侵入させてもらった。
本当にこれで軍属か、等と疑念と呆れが含まれたため息がスツルムが漏れる中、進んだ先にそれはあった。
「これは、地下通路への入り口か……?」
驚きながらも声を潜めて、スツルムは目の前にあるもの見つめる。
石畳の地面の中にある取っ手のついた鉄扉。作られてから全く使われた形跡はなく、ところどころ錆びついているがそれは紛うことなき地下への入り口であった。
「そうだね……恐らくはタワーに繋がる秘密の通路って所だよ」
「秘密の? そうか、それでこんな目立たない所に……さしずめ重役共の逃げ道というやつか」
タワーへの秘密の通路と聞いてスツルムも合点がいった。扉を開いて見れば、地下に広がる通路は間違いなくタワーの方へと伸びている。
そう、これは侵入口ではなく脱出口なのだと。
「その通り~さすがスツルム殿。すぐにわかってくれて説明の手間が省けっ痛て!? ちょっと、スツルム殿!? 今回はまじめだったでしょ!」
「うるさい。大声を出すな……態々隠さなくてもいいだろう。教えてくれれば、私だって注意深く探したのに……」
やや馬鹿にしたようなドランクの言葉に思わず、手ならぬ剣が出てしまったが、ハッとして反省するようにスツルムは目を伏せて呟く。
こういった国であるからこその経路等、スツルムには考えつかなかっただろう。いざ目の前にこうした通路が現れて初めてその可能性に気付けたのだ。
もし最初からこういった可能性を自分が考えることができていれば、こうも潜入に手間取ることはなかっただろうと、スツルムは表情を歪める。
「あ、いやね。確信が持てなかったものだからさ。帝国ともなれば敵なしの国だしそういったものを作らない可能性だってあって別にスツルム殿に隠そうと思ったわけじゃ――」
「そんなわけないだろう……帝国ともなればそれこそお偉いさんの生き意地の汚さはそれ相応のはずだ。こういった通路が無いはずがない」
「ま、まぁそうだね……どうしたのスツルム殿? 何かいつもより随分冴えて――痛って!?」
再び、余計な事を口走る
「お前はいちいち、私を怒らせないと気が済まないのか? いい加減にしないと次は貫通させるぞ」
流石にこの状況では真面目になるだろうと、ちょっと前に少しでも思ってしまった自分を殴りたい。そんな後悔を抱きながら、怒りの視線を向ける彼女を前にして、ドランクは静かに生唾を飲み込んだ。
決して怒らせる気は無かったが、どうやら今日の彼女はおふざけが通用しないらしい。いつもより三割増しで刺される回数が多い事を感じて彼女の言葉に数度小さく頷く。
無論口を開くことなどできな――
「――ゴメンナサイ」
訂正、誠心誠意を込めた謝罪以外口にすることは適わなかった。
音を立てないように静かに地下通路へと降り立ち、二人は先を見据える。
細い通路は否応なく音を響かせ思わず二人は顔を顰めて見合う。隠密には不向きな通路であったが音を立てない方法などいくらでもある。
さっと小さな布を取り出し靴へと履かせれば一番厄介な足音を遮断でき、あとは不用意に音を鳴らさなければ大丈夫であろう。
「さって、ここからは下手すると帝国軍と鉢合わせの可能性もあるからね。慎重にいこうか」
「わかっている。だが、時間も大分取られた……急ぐぞ」
「ハイハイ、了解ってね」
薄暗い地下通路を駆けだし、二人はタワーへと向かった。
鬼が出るか蛇が出るか。それはわからないが鬼が出ようと蛇が出ようとやることは変わらない。
彼らの目的は戦うことにはあらず、調査と回収の二つだ。
残念ながら回収目的である黒騎士の装備は既にアダムが持ち出しているため達成する事適わないが、そのアダムすら出し抜いたフリーシアの計画の全容はまだ不明な部分がある。
しかるに二人の役目は重大なのだ。
地上から響いてくる地鳴りが思いの他近い事に驚きながら、二人はできる限り急いで地下通路を駆け抜けていく。
――――――――――
「――ハッ、止まれ!?」
後ろで走っていたアポロからの鋭い声に反応し、グラン達はすぐに足を止めた。
瞬間、一行の目の前で大きな爆発が起きる。
地面を粉砕し、その場に大きな穴を開け、放たれたのは砲撃だと理解した瞬間にグラン達はその出所を探した。
「チッ、次弾発射だ!!」
聴こえた声、その出所は彼らが居るところより少し先にいる小さい人影から。同時に両脇の建物の上に配備されているアドヴェルサがチャージに入るのを彼らは目にする。
「ジータ、イオ。頼む!」
グランの声に反応するより早く、既に魔法の体勢に入っていた二人が杖と腕に光を灯した。
チャージ完了までの時を与えず、ジータのエーテルブラストとイオのフラワリ―セブンが二つのアドヴェルサを破壊する。
「――フュリアス。不意打ちとはさすがだな……伊達にその
小さな人影。帝国軍少将フュリアスの登場に、一行は顔を歪め、アポロは兜の奥で小さく笑った。
ザンクティンゼルでの邂逅が記憶に新しい彼らにとっては、到底許せる存在ではない因縁の相手。だが、笑うアポロにとっては取るに足らない、雑魚の一人に過ぎない。
そんなアポロの思考が声に見えて、フュリアスは返す様に小さく馬鹿にした笑みを張り付ける。
「言ってくれるね~最高顧問サマ。伊達に七曜の騎士と呼ばれてるわけじゃないか。
聞いたよ~もう宰相さんにすら後れを取ったんだってね? アッハッハ!! そんなんで七曜の騎士とかよく言えるよねぇ。僕だったら恥ずかしくてとてもそんな大層な肩書き名乗れないよ。秩序の騎空団に捕まって、宰相さんに後れを取って、そして今ここで、お前は僕に殺される……最高に無様じゃないか」
皮肉を混ぜて痛烈に返したフュリアスはそのまま転げるように笑う。
純然たる事実であった。モニカ率いる秩序の騎空団に捕らえられ、フリーシアの策略にまんまとはまり、こうして無様にも根城であるアガスティアのタワーを目指しているのだ。
全空に名を轟かせる七曜の騎士がかくも無様な姿を晒していては、フュリアスの口から侮辱の言葉が出るのも仕方のない事であった。
だが、それで平静を失う程、アポロは愚かではない。
相対するフュリアスという人間は、他人の感情を逆撫でることが得意な正に嫌な奴の代表ともいうべき存在。いちいち反応する気もなければ、吐き出される言葉を真に受けて激昂するような事もない。
侮辱と傷つけられた
「ほぅ、つまり貴様はこの私を殺しに来たと?」
「ああ、そうだよ。陛下は約束して下さった……君を倒し、彼らを食い止めることができたら僕を皇帝にしてくれるんだってさぁ。この僕が、エルステの皇帝にね。凄い事だろう? この空域で僕に逆らえるものはいなくなるんだよ」
夢見る少年の如き、大きな希望をチラつかせられて儚い夢を追いかけている、小さな少将の大きな野望がそこにはあった。
元々宰相フリーシアですら蹴落とそうと考えていた男だ。皇帝という立場を対価にだされてはそれがいかに難しい事でも手を出したくなるというものだ。
「ふっ、そうか……それは良かったな。大層な夢が見れて」
「――夢? 違うな、これは決定事項だ。僕は陛下より賜ったこの魔晶でお前を殺し、この国の
野望の為。最初から最後まで徹頭徹尾己の為に彼らの前に現れたフュリアスは、懐より取り出した魔晶の力を解放する。
肉体の肥大化、巨大な砲塔を携え、大きな盾をその身より創り出す。魔晶によって生み出された肉体は強靭であり、その力を打ち出す砲撃は島すら落とす可能性のある超威力を持つ。
これまでに二度その変容をみせた魔晶に因る変身だが、最後の最後の特別製なのだろう。ザンクティンゼルの時とは比べ物にならない邪悪なチカラの覚醒に、成り行きを見守っていたグラン達は息を呑んだ。
「なんてチカラの気配だ……びりびりとしびれる程肌に感じる」
後ろに控えていた仲間を守るようにその身を盾にして、グランが構える。
いくら魔晶で強くなろうと引く気はないし引いてられない。幸いにもこちらは多数で向こうはフュリアスを覗けば後方でアドヴェルサを操作していた兵士が数名程度。
フュリアス以外は物の数ではなかった。
指示を出すべく口を開いたグランだったが、それはアポロがその身を前に滑らせてきたことで遮られた。
「貴様らは下がっていろ。小僧はそれほどでもなさそうだが他の奴らには疲れも見えているようだ……それに、ああも正面から喧嘩を売られて黙っていられるほど、私は温厚な人間ではないのでな」
黒の鎧に黒きチカラの奔流が纏う。
やる気に満ち満ちたアポロの気配は、至近では体の毒だと思えるほどの圧倒的な威圧感をもってグランを押し下がらせた。
セルグが針のような殺気を放つなら、彼女は津波にでも押し流されたような強烈な圧迫感のある闘気を放っていた。
「だ、だが黒騎士……あのフュリアスを相手に一人は」
それでも、たった一人で今のフュリアスを相手にできるのだろうか……グランの不安は消えなかった。
都合よくこちらはセルグ以外の仲間が全員そろっているのだ。広場での戦いでビィは消耗しているが、それでも十二分に戦えるはずの面子が残っている。
無理をしてここで黒騎士が大きなダメージでも受けたらこの後の戦いに響く可能性だってあるのではないかと。素直にグランは引き下がれなかった。
それはジータも同じだったのか、四天刃を構え、グランと共に並び立とうとする。
だが――
「それじゃお願い~私はちょっと厳しいし任せるわ」
「ちょ、ちょっとゼタさん!?」
「では頼もうかのぅ。儂も走り詰めで息が上がってしまったわい」
「アレーティアまで!? って皆ちょっと待っ――」
ゼタ、続いてアレーティア。更にその後にこぞって仲間達はアポロから距離を取り、少し後ろへと離れていく。因縁深き相手であるにも関わらず、アポロの言葉であっさりと引いていく仲間達を不思議に思うが、振り返った瞬間に二人はアポロの言葉の意味を理解させられる。
最前線で道を切り拓き続けたゼタは大技の連発で疲労困憊。後方を守りながら走り続けていたカタリナとアレーティアも同様。
確かにアポロの言う通り、ここまで戦いながらの疾走という無茶を続けた結果が仲間達には強く表れていた。
比較的余裕のありそうなロゼッタやイオに、回復魔法の治療を受けながら、ここが戦場だというのにグランとジータを除く仲間達は皆休息モードへと入っていった。
「皆! こんな時にこんなところで何をしてるんだよ!」
「そうですよ! 相手はあのフュリアスなんですよ! 一緒に戦った方が」
戦場のど真ん中でのんびり休息に入り始めた仲間を咎めるが彼らはどこ吹く風といった感じだ。
ザンクティンゼルでの怒りも一入。二人は自身も戦うべくやる気を出していたというのに、頼りになるはずの仲間達はあっさりとアポロの言葉を聞いて引き下がってしまった。
本気で怒ってるわけではないが、僅かばかりの叱責の念を込めて二人は仲間達を呼び戻そうとする。だが、既に戦闘モードを解除している彼らにその声は届かない。
アポロが下がっていろと言った手前、二人としてはこれ以上強く言う事も出来ずもやもやとした感情が募った。
「うるさいぞ小僧共。一先ずの休息は必須だ……タワーまでまだたどり着けていない以上、万全で戦える私が応じるのは間違いはなく、その間回復に努めるのも間違いはない……奴らの行動は、今できる最善を取っているだけだ。それに、すぐそこにちょうど良くよろず屋が居るだろう? 精々利用させてもらえ」
えっ、と二人が声を漏らしたと同時に、アポロが向けた視線の先、小さな路地の隙間から大きなリュックサックを背負った小さなヒトが現れる。
ハーヴィン族特有の小柄な体と頭に乗せた小さな鳥。その姿をグラン達は見覚えがあった。
「あらら~ばれちゃいましたか? さすがは黒騎士さんですねぇ。
どうも、お久しぶりです皆さん。よろず屋シェロちゃんが出張サービスに来ましたよ~」
よろず屋『シェロカルテ』。全空を股にかける……と噂の謎多き商人であった。
どの島にいようと、求めた時にそこにある。シェロカルテは各島に一人ずつ存在しているのではないかともっぱら噂になるほど彼女は旅の行く先々で必ず利用できるよろず屋である。
グラン達もこれまでの旅の中で何度も利用しており、騎空士向けの以来の斡旋や物資の補給、はたまたリゾート地へのお誘いなど、何から何までお世話になった人物である。
「シェ、シェロさん!?」
「おいおい、一体なんでまたこんなところに」
「って言うかどうやってここまで……」
ジータ、ラカム、グランと三者三様に驚く中、彼らの前に歩いてきたシェロカルテは小さな体不釣り合いな大きなリュックを下ろしながら満面の笑みで答える。
「ふふふ~。需要あるところにシェロちゃん在りですよ。さぁ皆さん、良質な薬から腹ごしらえできる食料まで様々ありますのでどうぞ~」
ここは間違いなく戦場だと言うのにいつもの商人として顔を見せながら、シェロカルテは様々なものをリュックから出して見せる。
治療のためのポーションから、消耗したチカラを回復させる薬まで多種多様に取り揃えている様は正に
「助かることは助かりますが、本当に底知れぬ御方ですわね。お姉さま、驚くのはわかりますがここは黒騎士さんの言う通り休息を」
「あ、あぁ。そうだな……ルリア、大丈夫か? 一先ずシェロカルテ殿から何か飲み物でも」
「は、はい……シェロさん、私とオルキスちゃんの分を頂けますか」
もはや驚きだけで余計な事を突っ込む気にはなれないのだろう。早々にやるべきことを済ましてしまおうとヴィーラは回復のための薬をもらった。
他の面々も同様に、困惑をしながらも今必要な事を済ましていく。
ちなみに、こんなところにお金をもってきているわけはなく支払いはツケである。それが通るくらいにはグラン達と彼女の関係はしっかりしたものだ。
「わかったか小僧共、あいつ等は今必要な事を選んだんだ。お前達の気持ちも理解したうえでな。故郷を荒らされた気持ちはわからなくもないが、今は休んでおけ。
あの程度私一人で十分だ。むしろお前たちの力が必要なのはこれからなのだから、こんなところで消耗されても困るんだよ」
シェロカルテの登場で戦闘の気配を消された二人に、落ち着いた様子でアポロは休息を勧めた。
道はまだ長い。タワーにたどり着いてゴールではないのだ。ならばその先を見据えて休む必要があるのは否めないだろう。二人がいくらアポロと肩を並べられる程の実力者だとしても、ここまで消耗がないわけではない。
少しばかり優しい声音のアポロの言葉にグランとジータも観念したのか、そっと構えていた武器をしまった。
こういう時は黒騎士も本当に頑固だ。セルグといい勝負だ、等と胸中で文句を言いながらも素直に彼女の言葉に従うように背を向ける。
「――わかったよ。頼んだ、黒騎士」
「お願いします。でももし危なかったら……ってその心配はないですよね。失礼しました」
「あぁ、安心して休んでると良い」
背中越しに返された声に、また少しだけ彼女らしからぬ優しさを感じながら二人はその場を離れた。
「何というか……本当にこれで良いので?」
その場に残ったのは休息の必要が無いアダムとアポロ。そして長々と待たされているフュリアスであった。
フュリアスとしては徒党を組んで来られるよりは都合が良かったのだろう。相手がアポロだけとなった今、目的である足止めもしやすいと一人笑みを深めていた。
「小僧共は広場であの男を信じて後ろを託した。そして今、小僧共は私を信じてこの場を託した。それだけの事だ……これまでなら危険を一人に押し付けるような作戦だけは絶対にとらなかった奴らだが、ここに来て、託すべき時と己がすべきことをしっかりと理解するようになったと言ったところだ。だから、これでいいんだよ。それに何より――」
そしてアポロもまた、邪魔なくフュリアスと戦える事に笑みを深めた。
先ほどの発言通りに、彼女は決して温厚な性格などではない。言われてそのままそれを受け止める事などありえるはずがない。
となれば必然その後は決まっている。
「邪魔なくこの愚か者を思う存分ぶちのめせるんだ。私にとっても大いに好都合というわけさ。なぁ……フュリアス?」
「ふぅ~ん。せっかく待ってあげたんだから、楽しませてくれるんだろうね?」
問われた声に応える声。
どちらも共に相手を思う存分にぶちのめすことを考えて笑みを漏らす。
こうまで後ろ暗い喜色というのも珍しい。普通であれば相手を痛めつけることを喜ぶような人種は少ないものだ。
だが、ここにいるのは普通からは程遠い二人なのだから仕方あるまい。
片や魔晶でヒトから外れ、片や余りの強さ故に七曜の騎士と呼ばれる人外へと至った者。どちらも等しく普通ではない。
「来い、フュリアス。――魔晶程度では埋められない格の違いというやつを教えてやる」
ブルトガングを構え、アポロは不敵な態度を崩さずに言い放つ。
その身に宿るチカラは荒れ狂い、今にも暴発しそうな姿は彼女の昂ぶりが現れていると言えよう。
「ずっと気に食わなかったんだよねぇ、その上から目線の態度が……この姿となった今、真に上に立つのは僕だって言うことを教えてあげるよ」
対するフュリアスは、巨体となりこれまで適う事なかった強敵を見下ろした。魔晶による肉体を得て、強大なチカラを手にし、負ける事など微塵も疑う事無く己が勝利を幻視した。
互いの距離は近くはないが遠くもない。アポロならば一足で踏み込める距離である。
先手を取れるアポロであったが強者故の余裕か、フュリアスが動くのを待ち構えるように彼女は微動だにしなかった。
その意図を察した瞬間に、フュリアスが先手を取る。
「得物の差を理解してないのか、バァカ!!」
初手は巨大な砲塔からの砲撃。ドス黒いチカラの塊がアポロへと打ち出される。
近距離で振るう剣を持つアポロと、遠距離からの攻撃が可能なフュリアス。普通なら打たせまいと先手をとってアポロは踏み込むべきであっただろう。
動き出すのを待ったアポロの失策を嘲笑い、フュリアスは巨大な砲撃を次々と放った。
「ふん……目くらましだな」
対してアポロは、巨大なチカラの塊を次々と切り払う。それも街に被害を出さぬ様、ブルトガングに相殺できるだけのチカラを上乗せしてだ。
避ける事はしない。避ければ後ろで休息中のグラン達にも危害が及ぶ可能性があるし、普通に切り払えば残ったチカラが周辺の街並みを破壊しつくすだろう。
後先を考えないフュリアスの攻撃に対し、アポロには守るべき者と場所がある分不利であった。
それでも、強大な魔晶の砲撃を相殺できるだけのチカラ。迫りくる砲撃に対しその全てをブルトガングで切り払う技量はやはり一線を画す実力が伺える。
「へぇ、さすがにやるね。それならこれはどうだい!!」
ゼタの虚を突いた時と同様、巨大な砲塔から放たれる予想外な散弾。一つ一つが弱くとも回避と迎撃の選択肢を奪う攻撃。
迫りくる脅威を前に、アポロは小さくため息を突いた。
「――ふん、その程度か」
無造作に、アポロはブルトガングを振りぬいた。
それはあまりに雑で、先ほどの技量からは考えられない一振りであったが、それでも放たれた散弾の悉くをかき消して見せる。
ブルトガングからチカラを解放しそれを拡散させる。たったそれだけで、砲撃の壁を全て打ち消していた。
呆然とするフュリアス。今の一振りで様々なものが見えてしまった。
全然本気ではない……魔晶による強大な力をあっさりと相殺するアポロにはまだまだ余裕が感じられた。
「図体がデカくなったせいでいろんなものを見落とす様になったようだな、フュリアス」
「な、なんだとぉ!!」
力を手に入れた。それも大きな力を。
だというのに、それが全く通用しない。そんな事、フュリアスは認められなかった。
再びの攻勢を取り、散弾、連射。幾度となく砲撃を浴びせかけるが、それは先ほどの光景を焼き増すだけで終わる。
やはり間違いはない……彼女のチカラは、フュリアスの想定をはるかに超えていた。
「その力を手にするまでは、お前は勝てる戦いと勝てない戦いの見極めくらいはできたはずだ。お前の武器はその小狡い頭だったからな。
だが、魔晶を手にし強大な力を手にしたせいでお前は彼我の戦力差すら図れなくなった。
正面から堂々と向かってくるなんてらしくないじゃないか? なぁ、フュリアス」
兜の奥で、アポロはフュリアスを嘲笑う。魔晶に溺れ、己の強さをはき違えた者を。
以前のフュリアスであれば、使える駒を最大限に使い、幾重にも罠を張り巡らせてアポロを倒しに来たであろう。
だが、魔晶を与えられその力に舞い上がった彼にその選択肢は取れなかった。
自分の手で下したいという気持ちももちろんのことだが、彼にとって個人が持つ強さというのは、手の届かぬ頂であったのだ。
事、戦闘においてハーヴィンという種族がもつハンデは大きい。
小さな体に備えられる運動能力の限界。剣や槍と言った得物を持った接近戦においては、リーチのないハーヴィン族は土俵にすら上がれないのが普通だ。
故にフュリアスの得意な武器は銃しかなく、更には直接戦うのではなく戦いの隙を狙うのが常であった。
そんな彼にとって直接手を下せる肉体とチカラというのは抗い難い魅力だったのだ。
「その姿をとって戦う以上、お前の戦闘力の限界がそのままこの場の戦いでの勝敗を決める。
直接倒しに来たお前に次善の策は無いだろう……そしてその姿では早さも何もあるまい。チカラの押し合いでしか戦えぬお前が、その押し合いで勝てぬ様ではもはや勝敗は決している。更に言うなら貴様のチカラは――」
「う、うるさいんだよ! 勝手に勝った気になって――」
敗北を認められず、フュリアスは砲塔のチャージを開始。
限界までため込んだそのチカラはザンクティンゼルの時のように島一つを落とせる程のチカラを内包していく。
「はっはっは!! こいつならどうだ? 避ければアガスティアは墜ちる。これだけのチカラ、お前だけで打ち消せやしないだろう!!」
これまでに見た中でも一番の砲撃。巨大な漆黒の砲撃がアポロに向けて放たれる。
内包するチカラは確かに島を落とせるだけの威力を持っているだろう。
相殺するだけの準備もできていなかったアポロの姿に、後方のグラン達が大きく声を挙げているのが聴こえる中、アポロはまたも小さなため息を吐いた。
「あの老いぼれは気に食わなかったが、この剣をもらった事には感謝だな……」
小さく誰にも聞こえない声で呟いて、アポロはブルトガングを砲撃に添える。
先ほどまでの相殺ではない。迎撃するだけのチカラを内包していない以上、それは敵わない。だと言うのに、先ほどまでと同じように砲撃はかき消える。
「な、そんな……どうして……」
「七曜の騎士の一振り……真なる王だかから賜ったものだが、これは世界の始まりに付き従う七つの刃。
空に在らぬ星の世界の力……偽りの世界から作られた力等、この剣にとっては虚構にしかならない」
強大な砲撃。それはアポロが持つブルトガングによって食われた。
七曜の騎士がそれぞれに持つ七本の剣。空の世界の起こりに関わる七本の剣は、この世界に在らぬ力を認めない。
星晶の力も、それを元に生み出された魔晶の力も、本来この空の世界には存在するはずのない力であり、この世界において存在してはならぬ力である。
空の世界が正しくあるために、七本の剣は存在し。空の世界が正しくあるために、七曜の騎士はその手にそれぞれの剣を握る。
この世界には、セルグ同様に空の世界を守る事を使命とした存在が居るのだ。
「仮に貴様が私より強くとも、この剣がある限り貴様に勝ち目はない。
無論、私が貴様より弱い事などありえないが、どうあがいても勝てないことはわかっただろう?」
「ば……ばかな。こんな、こんなふざけたことが」
「言っただろう。お前の武器はその小狡い頭だと。それを捨てたお前が私の脅威になる事などありえないんだよ」
勝敗は決した。まともにぶつかり合う事もなく……その実力の差が大きく露呈した。
いや、そもそもこれは勝負にならなかったのだろう。アポロが言うようにフュリアスは最大の武器である狡猾さを捨て、前に出てきてしまった。
魔晶を手にしてようが、己を見失わず、知略の限りを尽くせばもっとちがう過程が生まれていたはずだろう。
グランにもアポロにも、ルリアやオルキスといった付け入る隙はある。人質を取る事も、セルグにやったように密かに狙撃することも十分に可能だったはずだ。
だと言うのに、皇帝という地位に目がくらみ、己を見失った結果がこれだ。
「う……うあぁああああああ!!!」
やり場のない怒り。それはアポロに向けたものか自分に向けたものか。どちらにしても自暴自棄に近い、フュリアスの感情がその体を突き動かす。
認められない、認めたくないと。アポロの言葉を否定するように再びその砲口をアポロに向けた。
「忘れるところだった……無様だなんだとよくもほざいてくれたな」
一足。その動きは先ほどまでの迎撃に専念していた姿からは想像できない早さでアポロは砲塔を構えたフュリアスの懐に入る。
喰らったチカラはをブルトガングに纏わせ、解放の準備は万端だ。後は胸に燻るこの怒りと共にそれを解放するだけ……
「身の程を知れぇ!!」
黒鳳刃・月影。
彼女の最強の技であり、今この瞬間だけは喰らったチカラを上乗せした彼女にとって過去最強の一撃。
魔晶による再生力も、コアがどこにあるかも関係ない。その巨体の全てを滅するチカラの解放でアポロはフュリアスを一撃のもとに葬る。
宣言通り。アポロは七曜の騎士としての格の違いというものを見せつけて、魔晶によって強化されたフュリアスを難なく撃破して見せるのだった。
如何でしたでしょうか。
書いては直し書いては直しといった感じで。
本当はもう一話連休中に投稿したかったのですができずじまいでした。(ナルメアさんのCD聞いて短編書き始めてましたが)
今回はアポロの強さと七曜の騎士の力を描く回でした。
フュリアス君は当て馬感ですが、まぁ彼女相手では仕方ないかなぁ……
作者は別にフュリアス君が特別嫌いと言うわけではないのですが扱いが微妙になってしまって、ファンの方が居たら申し訳ないです。
正直、七曜の騎士の一振りの設定かなり扱いづらいく苦戦しました。
ナル・グランデ編で出てきたお粗末なあの設定のせいで組み込むとどうしてもこの先星晶獣相手の戦いがやりづらくなる。剣の効果が及ばない理由付けが必要で困ってます。
多少矛盾とか出てくるかもしれませんが、何かありましたらご連絡下さい。
最終的には本作の独自設定ってなっちゃいますけど……
と、そんなこんなで、楽しんでいただけたら幸いです。
また次回をお楽しみに。