granblue fantasy その手が守るもの   作:水玉模様

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本作に置ける彼女を描きました




幕間 彼女が教官となった日

 

 

 組織の拠点がある小さな島。

 その島のとある場所に位置する小さな酒場で、一人セルグはグラスを傾けていた。グラスを傾けると言ってもそれは酒精の無いただのハーブティー。緊張を和らげ疲労回復に効果があると聞き、飲んでいるに過ぎない。

 

 久方ぶりの休日……幾つもの星晶獣を倒し、次から次へと回ってくる任務を終えたセルグはこの日をのんびりと過ごそうと決めていた矢先の事である。

 

 ”お前に話がある”

 

 そう告げられて今日この日に呼び出されたセルグは、現在この酒場で待ち合わせの最中というわけだ。

 

「すまない、待たせてしまったか?」

 

 背後より掛けられた声に、セルグは居住まいを正す。

 彼女の性格上、幾ら休日とはいえだらけた様子を見せればうるさい小言が飛んでくる。

 ましてや自分は多少なりとも知った仲だ。初対面がどうのという遠慮など彼女にはないだろうが、小言を漏らしやすい程度の仲であることは間違いない。

 

「精々茶を一杯程度だ。大して待ってもいないし今日は休日……この島で忙しい日々を送るお前に比べたらオレの時間はお前の時間程の価値は無い。――久しぶりだな、イルザ」

 

「久しぶりだ、セルグ。だが、嘘を吐くにしてももう少しマシな嘘を吐くんだな。結露した水滴が付くグラスと氷の解け切った中身。それなりの時間を待っていることが一目でわかる」

 

 セルグの目の前に置いてあるグラスの様子から、彼がこの店で一人待っていた時間が長い事を推測し、現れたエルーンの女性イルザは言葉とは裏腹な申し訳なさを醸し出して返した。

 

「気にするな。どうせやる事も無い、ただ暇な時間を過ごすだけの日だ。お前を待たせるよりはまだこの方がいいさ」

 

「ふっ、珍しく気を利かせてくれるじゃないか。少しは外で女心というものを学んできたか? マスター、私にも彼と同じものを頼む」

 

 カウンターにいる酒場のマスターに注文をしつつ、イルザはセルグの隣へと並び立った。

 数分の後、マスターから出されたハーブティーを口にしてイルザが一息ついたところで、セルグは改めて口を開く。

 

「それで、一体何の話だ? わざわざ店を指定して呼び出したんだ。それなりに重要で内密な話と見たが……」

 

 拠点の中ではなく、わざわざ人も疎らな昼の酒場に呼び出されたこと。セルグが言うように、あまり聞かれたくない内容であると推測される。

 問われたイルザは、落ち着きと真剣さをもって静かに口を開いた。

 

「そうだな。いい話と悪い話、どちらから聞きたい?」

 

「どうせどっちも碌でもない話だろう。一応悪い方から聞こう」

 

「わかった――――セルグ、少し注意しておいた方が良い。先日、訓練生の報告のために上層部へと赴いたが、最近のお前の働きを快く思わない者がいる。特にお前の討伐速度と、負傷の少なさは異常だと」

 

「下らないな。そんな話を聞いたところでオレの戦い方が変わるわけでもなければ、任務を受け無くなるわけでもない。そんなどうでも良い事を伝えに来たのか?」

 

 心底どうでも良いと言いたげな様子で、セルグはイルザに言葉を返した。

 わざわざ内密な話と呼び出すには不適当な話だと、セルグはイルザの言葉を聞き流していた。

 

「セルグっ! 私はお前がいずれ上層部にとって不都合な存在にならないかと心配で――」

 

「それを聞いてオレに何ができる? のんびりと討伐して遅らせるか? わざわざ攻撃を受けて負傷して来いと? そんな事をしていては組織に回ってくる任務は滞るし、討伐率にも影響が出る。その間に星晶獣による被害が増える様な事になっては話にならないだろう」

 

 組織に届く任務は急務であることがほとんどだ。

 何故なら星晶獣は封印や休眠によって大人しくしていたところに何かをきっかけにして暴走状態へと陥る事が多い。つまり、星晶獣が見つかるという事はその星晶獣による被害が出ている事と同意義なのである。

 

「オレの任務が遅れればそれだけ被害者は出る。待つことも手を抜くこともオレはするつもりはない」

 

「ならせめて、相棒を連れるなり仲間に頼るなりできないのか。なぜ頑なに一人でやろうとするんだ。ユーステスと組んでいれば、まだお前の評価は違っていたはずだ」

 

 一人で討伐していなければ……セルグの功績が一人のものでなければ、彼が異常だと思われることもなかっただろう。

 上層部の懸念は生まれる事が無く、セルグが恐れられるような事は無かった。

 

「簡単に言うなよ。ユースだって当たり前に優秀だ。一人で星晶獣を倒せるオレと、契約者として優秀と名高いユースが組んで同じ任務に行くことは無駄でしかない。第一、任務が滞っている現状でそんな組み合わせを上層部が認めるはずもないだろう」

 

「なら別の誰かでも良い。とにかく一人で行くのは――」

 

「そうやって組んだ相方のほとんどはオレを恐れて去っていったのを忘れたのか? ユースやバザラガのような契約者は稀だ。大抵の契約者は実力が足りずオレに付いてこれないで終わる。最後にはオレを恐れて去っていくんだ」

 

「それは……確かにそうだが」

 

 言葉が詰まり、イルザは押し黙る。

 セルグとて最初は仲間と共に討伐に赴いていた。探索班の協力を仰ぎ、相方と共に星晶獣を倒しに向かっていた。

 だが、対象の危険度が高くなるにつれ、相方の存在はセルグの戦いの枷でしかなくなってしまう。

 危険だから下がっていろ。そう言って矢面に立ち続け、負傷する事なく星晶獣を討伐してのけるセルグの姿に、相方となる戦士は一人また一人と彼の元を去って行った。

 ”命がいくつあっても足りない”

 そう言い残して……

 

「気にしたって仕方のない事だろう。任務を止めるわけにもいかない。相方になれる奴はいない。現状、上層部がどんな懸念を抱いていようと対応の仕様がないだろう。まぁ。忠告は受け取っておく。今後上層部の動きには注意しておくよ」

 

「そうやってお前は、こちらの気も知らないで……私達が一人で任務をこなすお前をどれだけ心配しているかわかっているのか。ユーステスもバザラガも……無論私も、お前が死に急いでいる様にしか見えなくて心配しているんだ」

 

 僅かに語気を強めて、イルザはセルグへと詰め寄る。

 星晶獣を倒す執念にも似た使命感。星晶獣の脅威から空の世界を守ろうと、彼を突き動かすその想いが巡り巡って彼を悪く思う原因となっている。

 誰よりも守るために戦う彼が、その戦い故に悪く思われるなど、イルザには許せなかった。

 

「望んで一人でいるわけじゃないさ。ただ、相方に成りえる奴がいないってだけでな」

 

 ほう……と、イルザの口から思わず言葉が漏れた。

 今セルグは確かに相方の存在を望んだ。望んで一人でいるわけではないと発言した。

 ニヤリと口が歪んでいく。計画通りと言わんばかりに、イルザの瞳が怪しく光っていた。

 

「――相方になれる奴が見つかれば良いんだな?」

 

「ん? あ、あぁ。まぁそういう事だが……」

 

 先程の真剣な様子からうって変わり、怪しい雰囲気のイルザにセルグは若干引きながら答える。

 容姿は良いと言える彼女のその妙な笑い方は、ある種の恐怖を思い起こし、セルグの心を一抹の不安がよぎる。

 小さく笑い続けるイルザは、その不気味な表情のままやや大きな声でセルグへとある事実を告げた。

 

「ふっ……ふふふふ。言質を取ったぞ。

 セルグ、改めて良い方の話をしてやろう。喜べ、お前には今度訓練課程を終える者を一人付ける事が決まった!」

 

 

 

「――――は?」

 

 何を言われたのか理解できないセルグが間抜けな声を漏らした。

 まるで探偵が犯人に証拠を突き付けるかのように、ビシッと指を突き付けて、イルザは愉快そうに口を開いていく。

 

「いわゆる実施訓練の延長だよ。まだまだヒヨッコな訓練生をまともな戦士に仕立て上げるためのな。

 お前の実績は素晴らしいの一言に尽きる……どんな難度の任務も軽々とこなしてのけるお前の下であれば様々な経験も積めるだろう。宛てられる訓練生にはお前の事を英雄と称しているからしっかり頼むぞ、英雄殿」

 

「――おい、自分が何を言ってるかわかっているのか。オレにそんなヒヨッコを付けたら下手すりゃ巻き込まれて死ぬぞ。大体オレに回される討伐対象なんて危険度の高い奴しかいないっていうのに」

 

「ヒヨッコの内は、本当に危険な対象と戦うときだけ連れて行かなければ良い。何も問題はあるまい」

 

 セルグの言い分を、強引に論破する姿には普段の聡明さが伺えない。

 どちらかと言えば脳力に難ありの、残念な子の雰囲気が垣間見える。

 

「それじゃそいつを付ける意味が何にも――」

 

「お前がそいつを鍛え上げて相方にまで仕立てあげればいいだけだろう。大丈夫だ、私が見てきた中でもやる気と根性だけは本物だ。少々泣き言は多いかも知れないが、やればできる奴だ。訓練はしっかり頼むぞ――それじゃあ私は仕事に戻る。任せたからな」

 

「お、おい! せめてどんな奴かだけでも教え……チッ、本当に両方とも碌でもない話じゃねえか」

 

 必要な事は伝えたと、イルザは問答を放棄して自分の仕事に戻るべく酒場を後にした。

 出されたハーブティーを去り際にきっちりと飲み干していくところは彼女らしいが、残念ながら支払いまではしていない。

 当然それはセルグへと回される。

 

「ったく、一体何がどうなってんだ。というか本当にアイツ何のために呼び出して来たんだ……」

 

 マスターに彼女の分の支払いも済ませながら、セルグはぶつぶつと独り言をつぶやいて店を出た。

 結局のところ、上層部の動きに気を付けろという事と、近々自分の所に一人付くという事だけであったが、本心を言えばセルグにとってはどうでも良い事この上無かった。

 上層部が何を考えていようが、彼のやる事は変わらないし、誰が来ようが突っぱねるつもりだ。

 

 一人で良い……一人が良い。

 

 そう思うようになってから久しいのだ。今更誰かと組んで任務に赴く気は更々ない。

 思い出すのはこれまで自分の元を去って行った仲間達の姿。

 皆一様に、申し訳なさとどことなく見え隠れする自分への恐れを滲ませていた。

 

「相方、か。悪いなイルザ……どうせそいつも無理だよ」

 

 仲間の力など期待しない。相方の存在など望むことは無い。

 

「オレは、”化け物”だから」

 

 

 何も持たない空虚な掌を握り、セルグは寂しそうに呟くのだった。

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

「どうですか教官! 今日こそ時間内に終わらせることができましたよ!」

 

 嬉しそうにはしゃぐ一人の女性。

 本日の訓練課程を終え、喜びをあらわにする彼女の名はアイリス。

 いつも訓練に付いていけず遅くまで残っていた彼女が初めて、制限時間内に訓練を終えたところであった。

 

「よし、良くやった子兎(ラビ)! それじゃあ子犬(パピー)と一緒に追加でグラウンド20周だ!」

 

「ハイッ! ってなんでですかぁ!!」

 

 まさかの暴挙。喜びもひとしおなアイリスに無情な追加訓練を言い渡し、イルザは彼女を地獄の淵へと叩き落とした。

 

「ただでさえお前は遅れているんだ。いつもお前が終わるまで付き合ってくれている子犬の為にも早く追いつけるようにここで努力して置け!」

 

「そ、そんなぁ~。ゼタぁ、助け――」

 

 ここで走らされては堪らないと、アイリスは隣で終わりを待っていた相棒へと助けを求めるも、当のゼタはその余りにも情けない相棒の姿に、気持ちはイルザ寄りへと早変わりしていく。

 

「ほら、早く行くわよ。さっさと終わらせないと晩御飯に間に合わなくなるでしょう」

 

 携えていた訓練用の槍を置き、走る準備を始めるゼタに、アイリスの顔が引きつった。

 

「無理だよゼタぁ~今から20周なんてとても」

 

「泣き言いう暇があったら走りなさい。アンタのせいで飯抜きなんてゴメンだからね」

 

「う、うぅ……うわぁあああん!」

 

 救いの手が伸ばされなかったアイリスは、やけくそ気味に夕暮れ時のグラウンドを走り始める。

 文句を言いつつも、何とか晩御飯に間に合わせようと必死な様子が伺え、ゼタは一先ず安心した。

 

「やればなんだかんだ言ってできるのに、なんでああも泣き言が多いんだか……それじゃ教官、私も行ってきます」

 

「あぁ、悪いが付き添ってやってくれ。子兎一人じゃ何があるかわからないからな」

 

 何があるかわからない……イルザのいう事は正しかった。

 アイリス一人に居残り訓練をさせては、いつの間にかぶっ倒れてるか、下手すると見知らぬ場所に迷い込んでたりする。

 ぶっ倒れてるのならまだわかるが、見知らぬ場所に迷い込むのは一体どういう事なのだろうか……グラウンドを走っていたアイリスがなぜか訓練用の山中で発見されてから、彼女を一人にするのは危険だと言うのが、イルザとゼタの共通認識であった。

 何がどうしてそうなるかはわからないが、とにかくアイリスは何をしてくれるかわからないのだ。

 

「教官のいう事は理解してるから良いですよっと。あっ……あの、一つ聞いて良いですか?」

 

「ん、なんだ子犬?」

 

「あの子、基礎訓練はまだ何とかなってますけど、ぶっちゃけ武器を使った訓練はお世辞にも良いとは言えないですよね……もうすぐ訓練課程は修了ですけど、あの子やっていけると思いますか?」

 

 もうすぐイルザが課す訓練課程も終わりを迎える。

 ゼタはその能力の高さ故に、既に組織が用意した特殊な武器、アルベスの槍の契約者となっており、近々実戦に赴くことが決まっている。

 しかし、彼女の相棒であるアイリスは逆にその能力の低さ故に、契約者にも成れず次なる任地も決まっていなかった。

 

「――現状では無理、だろうな」

 

「うっ、やっぱり……」

 

「慌てるな子犬。私だってそこは懸念していた。何とかしようともな……つい最近妙案が思いついてその許可を上層部に取ってきたところだ。安心しろ、子兎には格別の計らいをしてやった」

 

「ほ、ホントですか!? あ、でもあの子の為だけに教官がそんなに肩入れするのはまずいんじゃ……」

 

「それも問題ない。不出来な訓練生をしっかり戦士に仕立て上げるための特別措置だからな。それに、小兎にとっては大きな試練にもなるだろう。特別措置と言えば聞こえはいいが、正式な戦士になるまでの補習のようなものだ」

 

 思わぬイルザの助け舟に喜んだのも束の間、所々に見られた不穏な言葉にゼタは恐る恐るイルザへと問いかけた。

 

「一体あの子には何が待ってるんです?」

 

「いずれ正式に戦士となった小兎から聞くんだな。面白おかしく話してくれるか、憔悴仕切った顔で話してくれるかはその日までのお楽しみと言う奴だ」

 

 実に晴れやかな笑顔だとゼタは苦笑する。この教官にはどこかサディスティックな一面があるのは周知の事実だ。

 教官である以上、多少はそういった面も必要なのかもしれないが、事アイリスに関してはイルザは余計にそれを表に出す傾向にあった。

 

「そ、そうですか……(アイリス、死ぬんじゃないわよ)」

 

 お先真っ暗とは言わないが、イルザが用意した大きな試練を想像して、ゼタは相棒に心の中でそっと合掌。静かに未来での無事を祈る。

 

「相棒の事を気にしている暇はないぞ子犬。お前はすぐに実戦で活躍を期待されているんだからな。少しでも早くアルベスを使いこなし、私の訓練に報いて見せろ」

 

「了解です、教官! それじゃ、行ってきます」

 

 アイリスの話だけで終わらず、イルザはゼタにもしっかりと発破をかける。優秀な分その期待は大きいのだろう。

 イルザにとっては期待の生徒と手のかかる生徒の二人であっただけに想い入れも強かった。

 

「子兎の分の食事は部屋に届けさせる。片付けは自分でしろと伝えておけ」

 

「わかりました。ありがとうございます!」

 

 厳しい訓練を課すかと思えばアフターケアも忘れない。

 そんな彼女が教官で良かったとゼタは心から感謝をこめて返事を返した。

 

「ふぅ、これで今日も終わりか……」

 

 アイリスを追って駆け出すゼタを見送り、イルザはその場を後にする。

 訓練課程修了までの期間はもう残り少ない。彼女の瞳には多くの期待と一抹の不安が浮かんでいる。

 

「あいつなら、アイリスを守り抜いて、一人前にしてくれるだろう。私では星晶獣を相手にして、絶対に守り切れるとは言い切れない。アイリスを任せることができるのはあいつだけだ」

 

 縋るような声で、イルザは小さく呟いた。

 生きぬいて欲しい……その願いを、一人の男に託して。

 

「死ぬことは許さないぞ……二人共」

 

 期待と不安を抱かせる訓練生は、彼女の気持ちを知らぬまま、夕暮れ時のグラウンドを仲良く走り続けていた。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 組織の拠点のとある一室。

 教官であるイルザは、上層部の集まる会議室へと呼び出されていた。

 

「それは一体、どういうことですか!?」

 

「何がだね、教官」

 

 声を荒げて、事の真偽を確かめようとイルザは問いかけた。

 

「次の任務に訓練生の全員を実施研修で連れて行け? 訓練生は30名……いくら手練れを何人か同伴させるからと言って、そんな戦力にもならない連中を連れて行って何か間違いがあれば」

 

「今君が担当している訓練生は貴重な実験サンプルなのだよ。画一された武装と統率された戦術。契約者と取って代わる新たな部隊となる者達だ。それを作り上げるには訓練中に一度実施任務を経験しておいた方が良い。

 あのセルグ・レスティアが受け持つ任務だぞ。間違いなど起こりようがないだろう?」

 

 バカにするように小さく笑い、一人の男が言葉を返した。

 その醜悪な表情だけで、言葉通りの目的だけではないのだと嫌でもわかる。

 何か別の目的がある事は明白であった。

 

「ふざけないでください! いくらあの男が強くても、足手まといをそんなに抱えては戦えません。それに、アイツは既に一人面倒を見ている者が――」

 

「イルザ教官。少しは我々の見解を信じたまえ。何も無作為に全てを彼へ押し付けるわけではない。

 君が懸念する間違いが起こらないように、追加で5名の戦士を派遣する。これで文句は無いだろう」

 

「5名!? そんな余裕どこに……」

 

 寄せられる星晶獣の討伐任務。戦士に余裕がない事は明らかである。

 だからこそ彼女の仕事は急務となり、一刻も早く武器の契約者となりえる者を仕上げる必要があった。

 一つの任務に合計6名の契約者を派遣するような事できるはずがないのだ。

 

「それは君が気にすることではない。話は終わりか? であれば、早々に訓練生に準備をさせたまえ。その後の事は彼等に任せて君には少し休暇を与える。生意気な訓練生から解放されるのだ。羽を伸ばしてくると良い」

 

 話は終わりだと退出を促され、イルザは解消しきれないわだかまりを抱えたまま静かに一歩下がった。

 

「――――わかりました。失礼します」

 

 音をたてない様、静かに退出していく。

 イルザが部屋を出て、その場を離れていく足音が遠ざかるまで、会議室には静寂が訪れた。

 

 

 

「全く、扱いにくい女だ……」

 

「そう言うな。彼女がいなければ、これほどの数の優秀な戦士は育たなかっただろう。やや情が移りやすいきらいはあるが、彼女の訓練は優秀だ」

 

「それより問題の訓練生の仕上がりはどうなのだ? 折角の実施訓練だ。奴を仕留めるだけで終わらせては意味がないだろう」

 

「抜かりはない。切り札は奴のすぐ近くにある。後は彼らが上手くやるさ」

 

「伊達ではないよ。彼らの実力は……No2からNo6までの契約者を用意したのだ。これで仕留められなかったらそれこそ奴の脅威は留まる事が無くなる」

 

「そうか……確実に、仕留めねばなるまいな」

 

 

 不穏な雰囲気に包まれる会議室。

 悲劇の足音は着実に、彼女の背後へと忍び寄っていた。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 しばしの休暇を終え、訓練生が任地より戻る予定日となった日。

 イルザは再び呼び出しを受け上層部の会議室へと訪れていた。

 

 

「全……滅?」

 

 告げられた言葉に理解が追い付かないまま、イルザは確認するように呟く。

 

「あぁ、そうだ。全くしてやられた!」

 

「だから私は言ったのだ! 奴にあの武器を使わせるべきではないと!!」

 

「今更そんな事を言っても仕方あるまい。今はとにかく、急ぎこの損害への対応を」

 

 口々に荒々しい声が挙がるも、イルザに現状を把握させるには至らず、慌てて口を挟んでいく。

 

「一体、何が!? どうしてそんな事になったのですか!」

 

 女性らしい高い声と、切羽詰まった雰囲気を感じ取り、会議室内に静けさが戻る。

 会議室にいる重鎮達の視線が一斉にイルザへと向けられた。

 そのうちの一人。筆頭と思わしき男が静かに口を開く。

 

「教官である君には、ちゃんと伝えておこう。

 星晶獣ヴェリウスを討伐目標とした今回の任務において、絶刀天ノ羽斬の所有者セルグ・レスティアが組織を離反。討伐対象である星晶獣ヴェリウスと契約を果たし、その規格外の能力をもってその場にいた全員を惨殺した」

 

「確認された死体は36名。訓練生30名と組織内でも上位の契約者5名。それからあの男に付けていた部下が1名だ」

 

 絶句する。

 あり得ないはずだ。彼が……星晶獣から皆を守るために戦い続けていた彼が、その星晶獣と契約して反旗を翻すなど。

 

「バカな……何かの間違いでは……あの男はそんな事」

 

「現実を受け止めたまえイルザ教官。死亡者の顔と名前は一致している。あの任務に赴き、唯一死体が出てきていないのはあの男だけであり、目撃情報もある。

 我々はあの男によって貴重な契約者5名と、新設部隊の候補である訓練生30名を失ったのだ」

 

「君には次の訓練生の教育を急務としてもらう。契約者と新設部隊の候補生を選り直ぐってもらおう」

 

「時間はそれほど多くは無い。失った戦力は大きい……すぐにでも補充しなければならない」

 

「契約者候補については大至急選出と訓練の仕上げに入れ。時間をかける事は許されん」

 

 矢継ぎ早に告げられていく言葉。失われた命を毛ほども振り返る事なく上層部の人間は組織の未来だけを見据えて、イルザに指示を出していく。

 感傷に浸る暇どころか、真偽の程を確かめる事すらさせてもらえず、彼女には次なる任務が言い渡された。

 

「し、しかし、時間を掛けねば優秀な戦士に等できるはずも――」

 

「それを何とかするのが君の仕事だ。急ぎ取り掛かれ」

 

 前回と同じように、これ以上は邪魔だと言わんばかりに退出を促される。

 何も言えず、イルザはその出かけた質問を呑みこむしかなかった。

 

「くっ、承りました」

 

 努めて冷静に、その場を後にした。

 思考はぐちゃぐちゃだ。わかった事は告げられた全滅と言う事実だけだし、事の経緯も何もわからない。

 なにより、己の教え子たちが全員無残な死を遂げた事が確定されたのだ。

 死亡者の顔と名前が一致している。それはその者が死んだ事が確実とされる報告だ。

 当然、上層部がそこに嘘を吐く必要はないし、嘘であれば彼等もあんなに騒ぐことは無いだろう。

 

 僅か数日の間に、奪われてしまったのだ。

 彼女の大切な教え子達は……

 

 

 

 フラフラとした足取りのまま、イルザは歩き続けていた。

 気付けば自室の前に辿り着いており、彼女は何も考えずにそのまま自室へと身を滑らしていく。

 

「何故……どうしてこんな事になった……」

 

 ベッドへと身を投げ出した。枕に顔をうずくめ、空回りする思考を何とか落ち着かせようと努力する。

 

「一体何があったと言うのだ……」

 

 想像できなかった。告げられた事実だけでは何が起こったか全く予想がつかない。

 彼女には、悲愴と空虚が混在するこの気持ちを吐き出す、はけ口が必要であった。

 

「どいつもこいつも未来があったはずなんだ」

 

 浮き出てくるのは、この事象に対する怒り……未来ある者たちの道が閉ざされてしまった。

 一人一人思い浮かぶ、教え子たちの顔。厳しい訓練ながらも必死にこなし、強くなろうと邁進する彼等に、自分はできる限り心血を注ぎこんで鍛えてやってきた。

 

「努力を重ね、一人前になって。この空の為に戦える戦士に成れたはずなんだ……なのに」

 

 そう、もうすぐ一人前であったのだ。長い訓練を終え、研鑽を積んで、それぞれが立派に戦士として訓練を終えるはずだったのだ。

 彼らも……そして彼女も。

 

 強くなったと聞いていた。戦えるようになったと聞いていた。

 彼の元へと配属されてからも、彼女は幾度となく自分の元へと足を運び、その成長を報告してきたのだ。

 そんな彼女の大成を、イルザは心待ちにしていた。

 

「私が……私があいつの下に付けなければこんなことには」

 

 己の判断が……自分では無理だと判断して彼に任せたその過ちが。

 巣立たせたかった子兎を殺してしまった。

 彼女を殺したのは、他ならぬ自分であった。

 

 

「許してくれ……アイリス」

 

 

 明りの無い暗い部屋で、彼女もまた己に罪を着せるのだった。

 

 

 

 

 数日後――

 

 

 

 契約者候補の選出は終わった。今日からはまた、新たな訓練生の教育に入る。

 鏡の前で、姿勢正しく立つイルザは自身をかえりみながら静かに口を開いた。

 

「憎まれろ……どんな罵詈雑言を投げられようが、この意思を貫け」

 

 ”これから向かうのは、訓練と言う名の戦場だ。よちよち歩きのヒヨッコ共に生き残る術を教える為の戦場だ。”

 

「私は教官だ。私の仕事は、戦場で死なない立派な戦士に仕立て上げる事だ」

 

 ”訓練所という名の、死ぬことのない戦場で奴等に生き残る術を叩き込め。”

 

「嫌われることを恐れるな。生き残るための覚悟を教えろ」

 

 ”慈悲はいらない。慈悲なく刈り取られるくらいなら、慈悲なく鍛え上げてやれ。”

 

「役立たずは容赦なく刈り取られる。それを許さないのは私の使命だ」

 

 ”片時も目を離すな。できるできないを見極めろ”

 

「甘えた心は徹底的にしごいてやれ。私に羞恥心などいらない。そんなものは溝にでもくれてやれ」

 

 ”感情を捨てろ。甘さは己にも彼らにも毒にしかならない”

 

「覚悟なき者を決して許すな。覚悟知るまで決して見放すな。覚悟在る者に心許すな。歪んだ覚悟はまっすぐ正せ」

 

 ”教え、導き、正し、引き上げろ。それが私の役目だ”

 

 

 胸の中で幾度となく反芻した言葉を繰り返す。

 表情を固め、教官の仮面を貼り付け、その身に鬼の教官らしく強者の気配を纏わせて。

 それらが終わった時、彼女の覚悟は完了した。

 

「さぁ、行くぞイルザ。今日からウジ虫どもとの楽しい訓練の始まりだ……」

 

 マントを翻し、颯爽と部屋を出ていく彼女は、まっすぐに訓練所へと向かう。

 

 

 

 

「整列しろ、ウジ虫ども!!!」

 

 強烈な第一声で、訓練を待つヒヨッコ達が縮み上がりながら彼女の前に居並ぶ。

 どれもこれも、不安や期待、自信に彩られた顔をしており、思わずイルザは舌なめずりした。

 

 ”今日一日で全員、覚悟を決めさせてやろう”

 

 

 

「私がお前達の教官のイルザだ! 私の仕事はお前達をウジ虫からいっぱしの戦士に仕立て上げる事だ!!」

 

 ヒヨッコの時点から不安など感じる必要はない。スタートラインは全員同じだ。やる前から恐れを抱くな。

 

「先に言っておく。私はお前達に合格等と優しい評価を突き付けるつもりは一切ない!!」

 

 できる事も定まっていないのに期待をするな。先にある道は苦難の連続だと覚えおけ。

 

「覚悟して臨め! 私から合格をもぎ取りたくば、私の予想をはるかに超える覚悟をみせろ!」

 

 ヒヨッコが一丁前に自信を持つな。一人前でない時点でそれは慢心だ。それを捨てて初めてヒヨッコに昇格だ。

 

 

「では始めるぞウジ虫ども! まずは基礎体力作りのランニングからだ! グラウンド50周、日暮れまでに終わらせろ。行けぇ!!」

 

 怒声と共に、彼女の訓練は始まる。

 あらん限りの優しさと厳しさを両立させて。

 彼女は今日も訓練生をしごきあげる。

 

 

「(もう二度と……私の過ちで死なせてなるものか)」

 

 

 己が罪に押しつぶされない様に……

 




いかがでしたでしょうか。

自然に彼女の設定に組み込めたと思っていますが違和感はあるのか心配ですね。
新たに実装された彼女ですが、イベントを見てフェイトエピを見て。組み込まずにはいられませんでした。
組織関連のキャラクターである事はもちろん彼女が非常に魅力的なキャラクターだったので
本作のオリジナル部分にすっぽりとハマってくれた気がしています。

色々とご意見が出てきそうですが、作者はこの回を描けて満足しております。
それでは。お楽しみいただければ幸いです。

感想お待ちしております

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