granblue fantasy その手が守るもの   作:水玉模様

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お待たせいたしました。


メインシナリオ 第53幕

 

 

 疾走――

 

 

 煌びやかな光が灯るアガスティアの街をグラン達はひた走る。

 先頭を走るのはグランとジータ。戦士の頂へと到達したグランを完璧なサポートでジータが援護し、二人は何者も寄せ付けない勢いで阻むものを退けながら走り続けていた。

 

「これ以上は行かせんぞ!」

 

「なんとしても死守しろ!」

 

 前方より聞こえる兵士達の叫び。壁の様に居並ぶ兵士達を視認した瞬間にグランは加速、ジータはその手に炎を灯し前方を薙ぎ払う。

 最前列の兵士達が魔法の爆炎に吹き飛び、それを目眩ましにしてグランが兵士達の群れに飛び込んだ。

 

「うおおお!!」

 

 情け容赦なく振るわれる七星剣が兵士達の間を閃く。次々と切り飛ばされる兵士達の腕、腕、腕。

 鎧の隙間……間接部を狙ってグランは兵士達の腕を斬り飛ばした。先程の広場での一幕で、この攻撃が思いのほか有効だと悟ってから、グランの攻撃に容赦は無かった。

 見慣れた体の一部が欠損することは簡単に受け入れられることではない。兵士と言えど人間……任務より我が身が大切だと思うのは当然であろう。相手の戦力と戦意を削ぐには充分である。

 

 鬼神の如き剣閃で兵士の壁をこじ開けたグランが視線を前に向けると、前方には射撃体勢を取っている兵士達がいた。前衛の壁と後衛の壁……足止め役と迎撃役で構えられた二段防衛網が攻撃後の隙だらけであったグランを捉えようとしていた。

 

「イオちゃん!」

 

「任せなさい!」

 

 ジータの声に応えてイオが構える。

 足を止め、集中を経ての魔法の構築。生み出されるは特大の火球を生み出すイオの魔法、エレメンタルカスケードである。

 

「いっけぇええ!!」

 

 イオはそれを気合いと共に、兵士達の中心へと放り込んだ。

 着弾と同時に巻き起こる爆音と爆風。吹き飛ばされた兵士は言わずもがな、解き放たれた炎の熱は兵士達が着込む鎧を熱してその周囲の兵士達ですら間接的に行動不能へと追い込んだ。

 だが、それだけで兵士達を全て仕留められるわけでもない。

 

「怯むな! 食い止めるぞ!」

 

 運良く攻撃を受けることの無かった兵士が、再び壁となって立ち塞がった。

 帝国側も必死だ。天星器を扱うグランとジータ、アルベスの槍による苛烈な攻撃で兵士達をいとも簡単に吹き飛ばすゼタ。

 突破力に優れる三人だけでも食い止めるのは至難の業だというのに極め付けとなる彼女の存在がある。

 

 

「雑魚共が……散れ!!」

 

 

 黒き奔流。圧倒的なまでの闇のチカラが立ち塞がろうとした兵士達を木の葉のように吹き飛ばした。

 一度ブルトガングが閃けば、そこに残るのは兵士達の残骸のみ。

 生死は定かではないが少なくともこれ以上戦えない程物言えぬ姿へと変えている。

 

 次元の違う強さとはこのことだろう。

 広場でフリーシアが受け止めた攻撃など彼女の全力からは程遠い。当然だ、宰相であるフリーシアに戦闘力など皆無であるはずなのだから。必然そこには意識せずとも手加減が生まれる。

 その誤った認識がフリーシアを逃がしてしまった……表には表れない自責の念がアポロにから手加減というものを奪った。己の得物を手にし、迷いも遠慮もない全力を振るうアポロの攻撃は止める止めないの次元では語れないほどに圧倒的である。

 黒き奔流が、極彩の魔法が、立ちふさがる間も与えぬまま兵士達を蹂躙していく。

 

「黒騎士、飛ばし過ぎじゃないか? まだ道半ばどころかタワーに辿り着いてもいないのにそんなに飛ばしたら――」

 

「案ずるな。この程度でへばる程軟でもなければ先が見えないほど愚かでもない。手加減はしていないがまだ肩慣らしといった所だ」

 

 余りの苛烈さにグランが心配を見せるがアポロはそれを一蹴する。

 今の彼女は言うなれば機関部に火を入れたばかりの騎空艇だ。唸りを上げ、最大まで能力を発揮するには慣らし運転がいる。

 つまり今の時点では、全力を出しているが全力ではないという事だ。

 

「頼もしいと言う他ないが、それでだけで楽観視もできない状況だ。先程広場の方から聞こえた轟音……恐らくはセルグかモニカ殿の技だろう。不安を掻き立てるには充分だった」

 

 疲れの気配を微塵も見せないアポロの様子に、カタリナが焦燥を込めながら返した。

 広場を駆け抜けてすぐの事である。島中に轟いた轟音が彼らの足を僅かに止めた。振り返れば広場の方に煙が上がっているのが見え、彼らの胸中を一気に不安が襲う。

 帝国の新たな兵器の可能性や、新たな強敵の出現――嫌な予想は幾通りもあれど、それを確かめる術はなかった。

 不安を拭いされないまま疾走を再開したグラン達には、表情に陰りが見えていた。

 

「やはり、二人だけを残してきたのは失敗――」

 

「大丈夫ですお姉さま。セルグさんもモニカも歴戦の戦士……たかだか兵士程度に負けるはずがありません。後続にはリーシャさんもいるのです」

 

「私達ができるのは振り返らずに全力で駆け抜ける事だけよ」

 

 そんな彼らの不安を斬って捨てるように、最も不安を抱えているはずであろうヴィーラとゼタが前を走る。

 迷いや不安があるのは同じであっても、それを払拭できるだけの信頼が二人にはある。違えるはずのない約束があるのだ。

 陰るグラン達を鼓舞するように、二人は前衛へと躍り出た。

 

「その通りだ……今優先すべきことは奴らの安否を気にすることではない。小僧共、腑抜けていると置いていくぞ」

 

 そんなゼタとヴィーラの様子に追従して、アポロは再び魔法で立ち塞がる兵士を薙ぎ払う。

 後ろを振り返っている余裕は無い。急がなければ世界が終わるかもしれない今、何としてもタワーへとたどり着いて、星晶獣デウス・エクス・マキナを止めなくてはならない。

 その意志を示すかのように前を走り続けるアポロを見て、焦燥に駆られていたグラン達も落ち着きを取り戻す。

 

「まぁなんつーか、今更だよな……」

 

「そうだな……セルグの野郎が心配かけるのも、その後でケロッとした顔で戻ってくるのも」

 

「儂は存外、ボロボロのセルグの方が印象深いのじゃが……皆はそうなのか?」

 

 これまでを振り返り、若干呆れた様子のラカムとオイゲン。二人の言葉にアレーティアは疑問を覚える。

 アレーティアからしてみれば最初の邂逅から、セルグはガンダルヴァに殺される寸前であった。何の根拠もない二人の言葉は信じられる要素が見当たらない。

 

「なんだかんだ色々とあったが、結局のところセルグは強ぇからな。これが他の奴だったら心配も尽きねえ所だが……」

 

「アイツは死なない。何故かそう思えるんだよな」

 

「それ、ちょっとわかるかも。確かにセルグって何があっても最後は生きて帰ってきそう」

 

 ラカムとオイゲンに続くように、イオも同意を見せた。

 心配は心配だが、兵士が何人いようと彼がやられる姿が思い浮かばないのも事実。ヴェリウスも一緒であれば彼の戦闘力は留まる事を知らないだろう。

 だが、そうは簡単に割り切れない者もいた。

 

「もう、ラカムさんにオイゲンさんにイオも、なんでそんな楽観視できるの。今までのセルグさんを見てきたらそんな風に思えるわけないじゃない」

 

「落ち着けってジータ。三人は楽観視してるわけじゃなくてこれまでを考えればセルグがやられるなんてこと早々無いとわか――」

 

「そうやって……グランがちゃんと止めないからいつまでもセルグさんは無茶ばかりするんでしょ! さっきだって……私は残る事を反対したのに」

 

 グランの言葉に、一人沈んだ表情のままだったジータが声を荒げた。

 絶望的な戦力差。それを覆す手段はあると思えなかった。

 ジータの目からはどうあがいても、残った二人に死が訪れる未来しか見えなかった。

 自分達への追撃を防ぐために逃げる事は許されない。必然、二人はあの夥しいと言える戦力を全て引き受けようとするだろう。

 突破されようものならその身を犠牲にしてでも食い止めようとするだろう。

 残った二人が今どれ程の苦境にいるかと思うと、ジータは身を引き裂かれるような気持ちであった。

 

 疾走しながらも、一行に沈黙が流れる。突然声を荒げたジータの面持ちに、グラン達は言葉を返せずにいた。

 

 

「こーら」

 

 

 そんな沈黙を破り、軽い声でジータの頭をゼタが小突く。

 

「ゼタ……さん?」

 

「勝手に二人がやられるって決めつけないの。折角皆不安を振り払おうとしているのに、団長であるジータがそんなんでどうするのよ」

 

 言い聞かせるように、ゼタは優しい声音でジータを窘めた。

 不安なのは良くわかるが、それを今騒いでもしょうがない。

 そう言外に伝えてきたゼタの言葉に、ジータの募る不安は僅かな怒りへと変わる。

 

「ゼタさんは心配じゃないの!? あんなにたくさんの部隊をたった二人で食い止められるわけないのに。むざむざ――」

 

「心配に決まってるでしょ。でもそれとこれとは別……あの時はあれが最善だった。

 状況も戦況も切迫している。誰かが残らなければいけなかったし、適任はセルグとモニカだった。違う?」

 

「それは……そうかもしれないですけど」

 

 ゼタの言う事は正しい。だが、ジータにそれを御するだけの余裕は無かった。

 不安で仕方ないのだ……ガロンゾで、団長としての顔とジータ個人の顔というものを認識した。これまでであれば、団長として必要な決断と割り切れるかもしれなかった事も、生来の優しいジータとしての心根がそれを邪魔する。

 決戦の舞台であるからこそ、一つの決断が大きな過ちではなかったかとジータの心に尾を引いた。

 

「それにね、心配だけど私は信頼もしてるの」

 

 そんなジータの耳に不安を感じさせないゼタのまっすぐな声が届く。

 

「――どういう事ですか?」

 

「組織にいた頃のセルグは常に一人で戦っていた。強大な星晶獣を屠る戦いを一人で幾つも潜り抜けてきたのよ。そして、どんな苦境でもアイツは必ず生き延びてきた……組織を離反する時までね。

 モニカにしたってそう。この黒騎士を相手にして、捕縛に一役買った実力者よ。

 そんな二人を相手にして帝国の兵士程度で勝てると思う? 私はそうは思わない。心配なのはわかるけど、信じてあげて……二人の実力と、二人のこれまでを」

 

「ゼタさん……でも」

 

「そこまでにしなさいジータ。心配なのは皆一緒……でもゼタの言うとおり私達は信じて先に進まなければいけない。迷いを持ったまま戦えば隙を生む。

 彼が無事に帰ってきたとき、彼の居場所でもある私達が欠ける事はあってはならないのよ。彼を想うのであれば、今は目の前の戦いに集中なさい」

 

 言い募ろうとするジータを、口調鋭くロゼッタが言い聞かせた。

 有無を言わせない真剣な雰囲気と、ゼタとは違う厳しい声音にジータは少しだけ萎縮したが、その言葉の意味をしっかりと理解したのだろう。

 徐々に弱々しかったジータの雰囲気が覇気のある力強いものへと変わっていく。

 

「そう……ですね。ごめんなさい、こんな時に一人だけ弱気になってしまって。

 もう大丈夫です、先を急ぎましょう」

 

 優しく厳しい言葉に、ジータの意識が前向きなものへと切り替わった。

 弱さはもう見えない……いや、見せていないだけで胸中に不安は燻っているのだろう。

 だが、そんな気持ちで戦っていては命を落としかねない。セルグが戻ってきたとき、もしそんなことになっていれば彼はまた己を責めるであろうことは自明の理であった。

 

「お二人の言う通りでした……信じて、そして全員で戦い抜かなければいけない。なら私にできる事は、皆を助ける事だけです」

 

 瞬間、仲間達に宿る属性のチカラが膨れ上がる。

 エレメンタルフォース――詠唱無しで発動させたそれは通常の工程を踏んだものと大差なく、その練度の高さが伺える。そこに迷いの入るすきは一分たりとも在りはしなかった。

 

「無茶はしませんが、少し無理をします。援護魔法と攻撃魔法で道を切り開くので一気にタワーまで駆け抜けましょう!」

 

 四天刃を構え、ジータが前に躍り出た。

 

「ふっ、らしくなってきたな……ガキなんだからその位に無鉄砲で丁度いい」

 

「それじゃ、黒騎士は魔法の師匠としてジータを助けてやってくれよ。僕も前で走り続けるから!」

 

 迷いを振り払ったジータの様子に感化され、グランもまた先頭に躍り出る。

 ジータの援護魔法を受けて、グランから瞬く間に放たれる剣閃の数々が視界に入る兵士達を次々と討ち捨てていく。

 

「じゃ、じゃあ私もサジタリウスを喚んで一緒に走ります!」

 

「こらルリア、さすがにこの場に星晶獣を喚んで走り回るのはマズイ。今はアダム殿の元で大人しくしていてくれ」

 

「それじゃあ……私が」

 

「人形、ふざけた事を言うんじゃないぞ」

 

「――がっかり」

 

 そんな二人を見て、逸る子供二人を保護者二人が窘めていた。

 

 全員の表情から不安や迷いが消えていた。

 仲間を置いてきた事でやはりどこか落ち着かなかった心が、落ち着きを取り戻していた。

 そう、誰か一人でもかける事は許されない。ロゼッタが言うように、セルグの生い立ちを考えればここにいる仲間達は誰も死ねない。

 セルグが帰れる場所である為に、一行は心を一つにして帝国軍へと挑む。

 

「へへ、なんだか皆良い顔してんな! それじゃ、ガンガン進もうぜ!」

 

 勢い新たに走り出す一行を小さな竜が鼓舞し、タワー目指してグラン達の進撃が続く。見ればタワーへの道のりの中程までは来ただろうか。相変わらず兵士の迎撃は後を絶たないが、それはむしろタワーへと近づいてきた証左とも言える。

 

 

 その後方では大きな戦闘の音が幾度となく鳴り続けていたが、彼らはもう振り返る事は無かった。

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

「フラメクの雷よ、(とき)は来た。共に憤怒を叫び、蒼天を焦がせ……!!」

 

 

 それは建物の上にいた彼が発した言葉。

 平穏と静寂を好む彼の声など戦場の音にかき消されて聞こえないはずだというのに、セルグにはそれがはっきりと聞き取れた。

 次の瞬間、戦場は耳をつんざく巨大な爆音と閃光に包まれる。

 降り注ぐ雷の雨……空気を無理やり裂いて迸る雷が幾本もアガスティアに降り注ぎ、二人の目の前に押し寄せていた帝国兵士達を打ち砕いた。

 

 

 ――静まり返る戦場

 セルグとモニカにとっても、帝国軍にとっても、理解の追いつかない事態に戦場は静寂に包まれる。

 特に帝国軍の指揮官は目の前の光景に唖然とすることしかできなかった。

 無謀にもこの場に残り、兵士達を食い止めようとしていた愚か者二人(セルグとモニカ)に、兵士達を差し向けた次の瞬間には、突如降り注いだ落雷によって兵士が吹き飛んだのだ。

 想定外も想定外。思考は回らず、ただ静かな時間だけが過ぎていた。

 

 そして、この場に置いて唯一何が起きたかを理解できる人物も、それが信じられないと言わんばかりに呆けることしかできなかった。

 

 

 

「ユース……?」

 

 目の前の光景が信じられないというように、半信半疑で建物から降りてきた人物の名を、セルグは呼んだ。

 記憶に残っている通りの仏頂面……記憶のままの雰囲気はとても偽物とは思えない。

 そんなセルグの混乱を尻目に、その人物はセルグの目の前まで歩み寄ってくる。

 

「珍しいな。お前のそんな顔は」

 

「お前……なんでここに」

 

 声を聞いて確信を得たか。セルグは問いかけた。

 チームを組んでいるはずのゼタからも話は聞いていない。アガスティア(こんなところ)にいるはずのない友の姿にセルグはまともに思考が回らなかった。

 

「私達もいるぞ!!」

 

 だが戸惑うセルグが答えを得る前に、どこかから若い女性の声が飛び込んでくる。

 この場にそぐわぬ少し気の抜けた声と同時に、呆けるセルグの前には新たに二つの人影が舞い降りた。

 

「ユーステスばかりにいい格好はさせないからな!」

 

「状況と空気を読めベアトリクス。ここは余計なことは言わずに加勢するべきだ」

 

 ゼタと酷似した鎧をまとうヒューマンの女性と、大鎌をもった黒鎧に包まれるドラフの男。

 組織の戦士、”ベアトリクス”と”バザラガ”が、落雷を受けず再び押し寄せていた帝国兵士の渦中に飛び込んだ。

 

「エムブラスクの剣よ、因果を喰らえ!」

「大鎌グロウノスよ、力を示せ!」

 

 同時に解放された二人の武器が光りだす。

 エムブラスクは藍色のチカラで大きく肥大化。グロウノスは赤黒い雷を灯す。

 それぞれのチカラに染まった二つの武器は、兵士達を刈り取らんとアガスティアの街に咆哮を挙げた。

 大きく振りぬかれる剣と大鎌。二人が放つ二つの斬撃が帝国兵を薙ぎ払う。

 

 

「なんだ!? 一体何が起きたのだ!?」

 

 落雷に次ぐ前線の崩壊に指揮官である兵士が狼狽える。

 だが、それはセルグも同じ様で、状況の変化に呆けたままであった。

 

「本当に珍しい顔をしているなセルグ。お前がそんな顔をしているのはあの娘から想いを告げられた時以来か?」

 

「しっかりしてくれよセルグ! 私がお前を倒す時まで死なれちゃ困るんだからな! というかバザラガ、あの娘ってアイリスさんの事だよな? なんでバザラガはそんな事知って」

 

「――――はぁ、お前は少し黙っていろ」

 

 戦場だというのに相変わらず気の抜けているベアトリクスに溜息を吐くバザラガ。思わず拳骨を落としてベアトリクスを黙らせる。

 そんな二人のやり取りを見ても、セルグはまだ目の前の現実が信じられなかった。

 

「バザラガ……アホの子まで」

 

「セルグ!? あ、アホの子ってなんだよ! 私にはベアトリクスっていう名前が――」

 

「少し黙っていろ」

 

「ちょっ、バザラガぁああぁあ!?」

 

 バザラガが騒がしいベアトリクスを掴まえて再び迫りくる兵士達の中へと放り投げた。同時に、自分もその中に続いていく。

 二人によって瞬く間に兵士達へ阿鼻叫喚が生まれる中、落ち着いた様子でユーステスはセルグと向き合う。

 

「――ここに来たのは任務だ」

 

「任務だと?」

 

「星晶獣アーカーシャ。組織もこの存在に気づいた。アーカーシャを確保するために動き出そうとしていたが、お前の父親が俺達へ先に任務を回したんだ」

 

「ケインが……」

 

 ユーステスの言葉でセルグの脳裏に父親代わりの男の姿がよぎった。

 

「確保する部隊が動く前にアーカーシャを破壊する。それが、ケインから通達された俺達の任務だ――ここは任せろ。星晶獣の破壊ならお前の専売特許だ。早く行け」

 

「これだけの数を相手に何言ってんだ。それに、そんなあからさまな妨害行動……下手すりゃお前やケインの立場が――」

 

「心配するな。組織も一枚岩ではない……もはや舵を取れる者はいないからな」

 

 セルグに直ぐに浮かんだ懸念。

 アーカーシャを確保しようとする組織の動きに真っ向から喧嘩を吹っ掛けるような任務を通達したケインも、それをこなそうとしているユーステス達も、反抗の意思有りとみて粛清されるかもしれない。

 己と同じ悲劇が生まれそうな彼らの行動にセルグは待ったをかけようとするが、ユーステスは心配はないとセルグの懸念を切って捨てた。

 

「創始者は消え、上層部は派閥を幾つにも別れている。俺たちの動きも悟られていないし何より今の状態はチャンスだ」

 

「チャンス……? 一体何の――」

 

「お前が戻ってくるチャンスだ――――既にあの一件の情報統制も形骸化している。上層部がお前に対処する前に、真実を白日の下に晒すことも可能だとケインは判断した。奴からの伝言だ。『しっかりやれ。これがお前の復帰任務だ』。だそうだ」

 

「復帰任務……ってことはまさか!?」

 

「ああ、この任務は俺達三人とゼタ。そしてお前の五人に当てられた任務。後は……お前が選ぶだけだ」

 

 そう言い残して、ユーステスはバザラガ達の援護に向かう。

 流石は組織の戦士と言ったところか、各々が持つ武器の特性を生かしながら、彼らは帝国軍を押しとどめていた。

 その姿はどれも全力……星晶獣を倒すために活躍していたかつてのセルグと重なった。

 

「セルグ」

 

 モニカがセルグに駆け寄った。その表情には少しだけ不安の色が垣間見える。

 

「彼らは以前アマルティアを襲撃した……」

 

 忘れるわけはない……アマルティアを襲撃し、リーシャを負傷させた部隊にいたユーステスとバザラガ。被害は軽微だったとはいえ、二人の襲撃を受けた団員達もいたのだ。

 彼らの出現はセルグにとってはただの驚きで終わるが、モニカにとっては簡単に信用できない事態だった。

 

「――――モニカ、悪い。今だけはそれを忘れてアイツラと一緒に戦ってくれ」

 

 だが、彼女のその想いを理解したうえで、セルグは告げる。

 彼らの救援。ケインによる根回しがあったとは言え、彼らはセルグの為に駆けつけてくれた。

 セルグと共に任務を全うし、セルグと共に組織へと帰還するため……かぶせられた汚名を雪ぎ、もう一度セルグと歩むことを友は望んでくれたのだ。

 

 セルグの心は決して強くはないと言えよう。

 化け物と呼ばれ疎まれ、仲間殺しの誹りを受けてきた。その存在と使命故に壊れ、折れることが無くても、彼の心は傷つかないわけではない。

 そんなセルグにとって、共に歩んでくれる者の存在が非常に大きいのはグラン達との出会いからもわかる。

 

 であるなら彼らとの絆はどうだろうか。

 訓練時代から知っているユーステスと、戦士としての戦いを教えられたバザラガ。二人とセルグの出会いはグラン達よりももっと以前の事だ。

 袂を別ったと一度は捨てた彼らとの絆が、今セルグを助けるべく舞い戻った。

 

 

「――セルグ? ふふ、わかった。ここは私と彼らに任せて先にいけ。こっちを片付けたら私も必ず追いつく」

 

 セルグの頬を伝うものを見て、モニカは全てを悟る。

 彼らの救援が、ユーステスの声が、ケインの言葉が。組織に連なるセルグの罪悪感を赦してくれたのだ。もう一度共に歩み、肩を並べる事を許してくれたのだ。

 失った絆を取り戻せた歓喜に、セルグは打ち震えていた。そんなセルグの背中を押す様に、モニカは兵士達を睨み付け背中越しに語りかけた。

 

「行って来い! かつて失った、お主の居場所を取り戻すために!」

 

 ユーステス達が居れば、ここでの役割はセルグとモニカ抜きでもこなせる。かといってモニカはこの場を離れるわけにはいかない。

 直にリーシャも来るのだ。部隊の到着を待ち、指揮を執る必要が出てくる。

 先を託し、背中合わせでモニカはセルグへと道を示した。

 

「ありがとう……モニカ。先に行ってる」

 

 小さくそれだけモニカに告げたセルグは駆け出す。

 己が使命を全うする為。生まれた意味を果たす為。消えかけている未来を守る為。

 傍らにヴェリウスを従えて、セルグは全速力でアガスティアの街を駆け抜けていく。

 

 

 

 

 離れていく足音を背中で感じながら、モニカは目の前の戦場を見つめた。

 

「あいつとは、親しいのか?」

 

 一当てして後退してきたユーステスが静かにモニカへと問いかける。

 一度は敵対した者同士。簡単に共闘できるかと不安ではあったが、ユーステスの声音に敵意は無かった。

 

「なんだ、羨ましいのか? あやつとは将来を誓う仲だ」

 

 少しだけ得意げな様子で返したモニカの言葉に、ユーステスは目を丸くする。

 冗談とは思えないほど、モニカには心満たされている者だけが持つ充足感と言うものがにじみ出ていた。

 

「驚いた……次は無いと思っていたからな。だが、そうであるなら一つだけ言っておこう」

 

「死ぬな、だろ?」

 

 言いたいことは分かっていると、機先を制したモニカの言葉にユーステスは再度目を丸くした。

 だがそれも束の間、目の前の女性が真にセルグの事を理解しているのだとわかり、嬉しさがこみあげてくる。

 

「――わかっているなら良い。行くぞ」

 

「ふっ、心得た!」

 

 刀を抜き放ち走り出すモニカ。その背を守るように銃弾を打ち放つユーステス。

 願いと想いをチカラに変え、二人は数多の帝国軍を迎え撃つ。

 

 

 

 

 

「うおりゃぁあ!!」

 

 渾身の一振りが兵士達を薙ぎ払う。

 押し寄せる帝国軍を相手に、バザラガとベアトリクスは奮戦していた。

 

「くそぅ、滅茶苦茶いるな。なんだよこの数!?」

 

「無駄口を叩く暇があったら少しでも剣を振れ。この状況……お前にとっては好都合のはずだ」

 

「それはそうかもしれないけど、簡単に言うなよな。ピンチの基準なんて正直曖昧でどれだけこいつがチカラを発揮してくれるかわからないんだ――ッ!?」

 

 瞬間、放たれる銃撃をベアトリクスは剣が纏うオーラで防ぐ。

 反射的に行ったその防御は、先程までの彼女の懸念をあっさりと払拭するほどに、剣が己に従う感覚を覚えさせた。

 ピンチの時こそ、その能力を十全に発揮するエムブラスクの剣。それは持ち主である彼女の能力とも相まって多勢に無勢の今のような時こそその能力が開花する。

 

 

 意のままに使ってみろ……そんな言葉が聞こえる気がした。

 総毛立つ寒気にも似た感覚にベアトリクスは陥る。これまでとは違う確かな剣の変化。己の身と一つになったかのような一体感を感じ、彼女は口元を弧に歪めた。

 

「――へぇ、今日は随分と素直だな。バザラガ、前言撤回だ。今日は思いっきりやれるぞ!」

 

「安心しろ……お前の言葉の半分は信用していない」

 

「ぐっ!? あのなぁ……いくら私でもそろそろ」

 

「だが、こういう時のお前の実力は理解している――頼らせてもらうぞ」

 

 背中越しに預けられた言葉に、ベアトリクスの心が躍る。

 普段の扱いも、彼女のこれまでを考えても、仕方ないと言えば仕方ないが、どうにも低く見られがちであった。だがそれでも、彼女の実力は本物であるとバザラガもユーステスも認めている。

 故に掛けられたものは信頼であり、預けられたのは背中であった。

 

 剣と仲間。二つの信頼が彼女に大きな力を与える。

 自分の実力をいかんなく発揮できる。そんな精神状態へと没入するための一押しを受け、ベアトリクスの胸は冷静と興奮の入り混じる何とも言えない状態になった。

 

「――ははっ、こんな状況だっていうのに。嬉しくなってきた」

 

 目の前に並ぶ兵士達を見回しながら、ベアトリクスは剣を振るった。長剣でしかないその間合いを纏うオーラにて肥大化。正に薙ぎ払う。

 次いで襲い来る攻撃に対し、防御を選択。剣に纏うオーラが形状を変え彼女の身を覆うように展開する。

 放たれた銃撃も、横合いから振り下ろされた剣も全て防ぎ切り、同時に彼女はその場を疾走。恐るべき早さで銃撃後の兵士達の群れに吶喊して

 

「はぁああああ!!」

 

 大剣となったエムブラスクを叩きつけた。

 剣本体の形態変化。更に纏うオーラによる肥大化。彼女の意思に応え、破壊力を極限まで高めた一撃が、兵士の壁を砕き潰す。

 

「距離を取って戦え! 近づけばやられるぞ!」

 

 石畳の床すらも砕き、兵士達を圧殺したベアトリクスを見て指揮官の声が響き渡る。

 巨大な剣を軽々と扱えることに疑問を持たないまま、ベアトリクスはすぐに次の標的を定め兵士の懐へと飛び込む。

 

「邪魔だ!」

 

 大剣から短剣へと。至近距離の接近戦へと移り、またも形態を変えたエムブラスクが閃く。

 力任せではなく丁寧に、鎧の隙間を通し突き刺した短剣が、兵士の息の根を次々と止めていく。

 

 

 武器の形態変化と変幻自在なオーラ。そしてそれを扱う者にもたらされる肉体強化。これがエムブラスクの剣の真骨頂だ。

 攻、防、動の三要素に徹底的にもたらされる戦闘能力の強化。それは彼女が目指す目標、セルグの天ノ羽斬と同種であり上位の能力。

 剣に宿る属性力と肉体強化。シンプルな自己強化の天ノ羽斬とは対照的に、エムブラスクの剣は多様な形態と多様な強化能力を持つもう一つの”アルティメット・ワン”

 それをベアトリクスは天才的なセンスで使いこなしていた。

 思考はいらない。反射的に動く身体と、戦場の情報を正確に得るための五感。

 それらがベアトリクスに最適の選択をさせ続ける、最高のパフォーマンスを生み出し続けるのだ。

 

 

 

「ううむ、これがベアトリクスの底力と言うやつか……見事だな」

 

 八面六臂の大活躍といっても過言ではないベアトリクスの戦いに、自分も戦いながらバザラガは舌を巻いた。

 元々実力がある事は知っていた。彼女の能力は事の結果だけでは評価し辛い面があった。

 あっさりと敵勢力に捕縛されたかと思えば、全部丸ごと壊滅させて帰ってきたり。

 油断していきなり星晶獣に踏みつけられたと思えば、セルグを思わせるほど重く鋭い一撃で一瞬の元に星晶獣を刈り取る事もあった。

 

 癇癪玉……彼女の教官がもっぱらそう評価していたが、正に言い得て妙である。

 恐らく今目の前で見せているこの戦いぶりは、次求めても簡単にはできないだろう。

 能力の発揮にムラがある。だから彼女は癇癪玉なのだ。

 

「まぁ、せっかくベアトリクスが爆発してくれたのだ。俺も少しは張り切るとしよう」

 

 心配は無いと、バザラガはベアトリクスに割いていた意識を目の前に集中する。

 視界に入るのは魔晶によって変異した巨大な兵士。幾人も並んでおり、切り札を切ってきたのだろう。

 ドラフの巨躯を軽々と凌ぐそれらが繰り出した、巨剣による一撃を視認した瞬間にバザラガはグロウノスの柄でその全てを受け止めた。

 

 音と衝撃が盛大に散らされ、足元が陥没するもバザラガにダメージは無い。

 防いでることもそうだが、彼の体は特別製。仮に受けようとダメージは無い。

 

「魔晶か……ちょうどいい。お前達には餌になってもらおう。俺とグロウノスの餌にな……」

 

 兜の奥でバザラガの目が光る。

 ドラフの巨躯が躍動し、巨剣を打ち払うと同時にグロウノスの刃が魔晶兵士の体を断った。

 決して早くは無いがバザラガの怪力と大鎌のリーチ目一杯に振るわれた一閃は、何の苦もなく魔晶兵士を切り裂いてのける。

 

 次の瞬間、バザラガが纏う闇のチカラが膨れ上がる。グロウノスが赤黒く光り、鎧を闇のチカラが覆った。

 

「星晶獣に比べれば粗末なものだが、まぁ良いだろう……少しは足しになりそうだ」

 

 喰ったのだ、魔晶兵士が持つ星晶獣にも匹敵するような膨大なチカラを。

 喰らったチカラはグロウノスの刃に乗り、バザラガにも還元される。戦えば戦うほど強くなる、悪魔のような戦士が帝国兵士の前に立ちふさがった。

 

「うぉおおお!!」

 

 怪力無双と言わんばかりの大鎌による乱舞。標的が魔晶兵士という事もあって、バザラガは大きく鎌を振り回した。

 一閃、二閃、三閃。次々と魔晶兵士をグロウノスの錆にしていく様は、刺々しいデザインの鎧も相まって、正に悪鬼の様。

 帝国軍にとって止める事のできない化け物へと早変わりした。

 

「黒い奴も離れて対処しろ! 近づけば真っ二つだ!」

 

「魔導師部隊! 援護しろ!」

 

 接近戦を避け、帝国軍は魔法と銃撃による遠距離戦に移行する。

 遠目に構えていた魔導師部隊による魔法と、後衛の狙撃部隊の銃撃。その集中砲火がバザラガに寄せられた。

 更に、味方への損害も構わずに待機していたアドヴェルサも火を噴いた。

 ヒトに放つものではない砲撃の着弾。魔法による爆発の後に続いたアドヴェルサの一撃が命中したのを見て、帝国軍からは歓声が挙がる。

 

 

「よし! まずは一人………このまま前衛で足止めをして残りもアドヴェルサで――」

 

 僅かに口元を緩めながら、その大きな音と爆発にバザラガを討ち取った事を確信した指揮官は、次の標的を定めようとしてその動きを止めた。

 

 

「まだまだだな、この程度では星晶獣の一撃には遠く及ばない。

 この身体は特別製だ。俺を倒したいなら、セルグの様に全てを断つ一閃で首を狙う他ないぞ」

 

 

 煙の中、悪鬼は再び姿を現す。

 歓声を挙げた兵士だけでなく指揮官も言葉を失った。魔法も銃弾も砲撃も、その全てはバザラガに直撃していたはずだ。

 だと言うのに、倒すどころか傷一つ付いていない。

 

 この身体は特別製……とはバザラガの口癖だがこれは嘘やハッタリでは決してなかった。

 体内に幾重にも張り巡らされた魔術回路。後天的に施された施術によって、バザラガの体は全身を覆う魔力障壁の防御と、体内を巡る再生魔法に守られている。

 防御と再生。正に魔術によって造られた特別製の身体なのだ。

 彼が言うように、命を奪うにはその首と胴を切り離すしかないだろう。

 

「バカな、そんなバカな!? ええぃ、アドヴェルサ第二射だ! 次で必ず仕留めるぞ」

 

 指揮官の指示が飛んだと同時に作動するアドヴェルサ。本国を防衛するために訓練を重ねてきている兵士はその訓練の成果を発揮するように、各々ができることを最速で行う。

 相手が普通であればこれで十分に戦えたであろう…………が、今この時においてはそれが通用しない。

 

 

「――させると思うか」

 

 

 再びバザラガへの攻撃が始まる直前。まるで小さな羽毛を思わせるようひらりと彼らの頭上へと翻る人影があった。

 静かな声と対照的な爆音が再び戦場を支配する。渇いた銃声が一発。続くように落ちた本日二度目の爆雷がアドヴェルサを破壊した。

 長銃フラメクの雷を握る男ユーステスが戦場の中心へと降り立つ。

 

「くっ、またしてもあの雷……奴の得物は銃だ! 囲んで圧し潰せ!」

 

 指揮官はユーステスの武器を見て包囲殲滅を選ぶ。点での攻撃しかできない銃では数に対抗するのは難しい。指揮官の判断は正しいと言える。

 

「ふっ……この感覚も久しぶりだな」

 

 兵士に囲まれた状況に、普段は変化に乏しい彼の表情が変わった。

 数的不利。包囲と言う状況。浮かぶのは好戦的な笑みで、思い出すのはかつて友と駆け抜けていた訓練時代の事だった。

 今思えば、ベアトリクスの癇癪玉という呼び名が彼女の教官から飛び出たのも必然だったのだろう。

 なんせ自分たちは彼女に鉄砲玉と呼ばれ続けていたのだ。

 スイッチが入れば止まらない。目的完遂に向けてなにがあっても走り続ける……そんな自分達を彼女はそう評した。

 

 自然と体の力が抜けて姿勢が低くなる。

 ゆらりと揺れたユーステスがまるで倒れ込むように体を前に投げ出した瞬間。

 

「ガッ!?」

 

 ユーステスの正面にいた兵士の顔には足が突き刺さっていた。

 そのままユーステスは兵士の顔を足場に跳躍。空中へ躍り出ると同時にユーステスは上下逆さに体勢を取り引き金を引く。

 態勢を整え石畳に降り立つまでの数秒の間に放たれる弾丸の嵐が、無造作にばらまかれ包囲する兵士達の数を一気に減らす。

 重力に従い再び地に降り立ったユーステスの背後を、兵士の一人が襲い掛かるもそれはすぐに振りぬかれた蹴撃であえなく阻まれ、次の兵士を足場にユーステスは再度跳躍。

 空中に躍り出れば弾丸をばら撒き、地上に降り立てば恐るべき体術で兵士達を薙ぎ払う。

 エルーン故の軽やかな身のこなしが全ての動作を間断なくスムーズに次なる攻撃へとつなげていく。

 そしてフラメクの雷は、魔力により弾丸の形成し内蔵された炎属性の機構によってそれを発射する、リロード要らずの長銃。

 

 ”不絶の魔弾”。

 絶えることのない体術と、絶えることのない銃撃。終わることのない攻撃から、彼はそう評されていた。

 包囲殲滅という戦術を嘲笑うように、ユーステスは跳び、躱し、撃ち、打つ。

 

 

「疲れはないか、バザラガ?」

 

「珍しいなユーステス。前に出てくるとは」

 

 ひとしきり打ちのめしたところで、ユーステスはバザラガと合流。

 ベアトリクスはまだ単身で戦っているが、エムブラスクの能力もあってかやられる心配はなさそうであった。

 攻撃を受けながら兵士達を薙ぎ払うバザラガを心配していたが、こちらも未だ全く衰えを見せていなかった。

 

「少し勢いが必要だと判断した。打ち漏らしは彼女に頼んだから問題はない」

 

「ほう、どうやら心配は杞憂で終わったようだな。任せて良いのか?」

 

「下手すると俺達よりも上だ。セルグと同格だと思って良い」

 

「そうか、ならば俺達は全力で殲滅しよう。我らの武器はこういった時こそチカラを発揮する」

 

「あぁ――――フラメクの雷よ、憤怒を叫べ」

 

「大鎌グロウノスよ、力を示せ!」

 

 三度目の落雷の嵐。次いで、肥大化したグロウノスの巨大な斬撃。

 居並ぶ兵士達を二人が根こそぎ打ち払うその先で、藍色の光もまたその強さを見せつけるように輝いていた。

 

「エムブラスクの剣よ、因果を喰らえぇえええ!!」

 

 各々がもつ全力が、押し寄せる兵士達を薙ぎ払う。

 

 だが、それでも数の暴力は変わらない。打ち倒せるのは表層のみで、後ろから湧き出るかのように次々と現れる帝国軍が途切れることはなかった。

 

 

 

「セルグの友……元同僚か。あやつもそうだが、彼らも大概だな」

 

 打ち漏らしを通さぬよう後列で待機しているモニカは、前方で大暴れしている三人を見て感嘆の声を漏らしていた。

 最初から見せつけるように行われた全力の攻撃。帝国軍に甚大な被害を出す彼らの攻撃力は武器に因る部分もあるだろうがモニカには出せないものであった。

 その脅威度を見せられては彼らを放置してグラン達を追う事も難しくなる。グラン達を追撃しようと背を見せれば今度は自分達が背中を撃たれるのだ。

 帝国軍の選択は速やかに彼らを撃破し追撃に移行ということになるが、それをさせるほど彼らは甘くない。

 

「だがそれでも……あのような全力戦闘、長くは持たないだろう」

 

 肌に感じるほどの属性力の解放。一撃一撃に込められたチカラは多大な消耗をもたらしているはずであった。

 足止めが精一杯であることは明白であり、限界が来るときはそう遠くは無いだろう。

 

「まぁ、私ができる事は変わらないがな」

 

 懐から取り出した円筒に火を点ける。放たれるのは赤色の信号弾であった。

 さっさと来いという意を込めた可愛い後輩への催促だが、見えるほど近くにいるかはわからなかった。

 少々薄暗いアガスティア周辺ならば見えやすいとは思うが、遠ければ当然見えないだろう。それはつまり、リーシャが駆けつけるのはまだまだ先になる事を意味する。それまでは自分達だけで乗り切るしかない。

 苦しい状況ではあるがそれでも、モニカにはなんとなくリーシャの到着がもうすぐだと思えた。

 

 顔を挙げる……自分に殺到する兵士達を見据えた。刀の鯉口を切り、モニカは愛刀を抜刀。

 

「旋風雷閃」

 

 空を切った愛刀に紫電が灯り、準備万端と構えたモニカは迎え撃つより前に駆け出す。

 姿勢低く兵士の懐へと踏み込んで一閃。体勢整え二閃。その僅かな動作だけでモニカは五人の兵士を打ち倒す。

 最少で最短で最効率。消耗少なくモニカは襲い来る兵士達を屠る。

 派手な戦いは彼らに任せて、モニカは徹底して効率的に敵の数を減らす。

 強化した刀で斬るのみ。肉体を酷使するのは数瞬。踏み込んで切り捨てるその瞬間だけだ。

 正面から相対するのなら、一度に襲い掛かれるのはせいぜいが四人程度。打ち倒し続けるのに何の苦もない。

 横や背後に回り込まれてしまった時は。

 

「それだけでは甘いよ……春花春雷」

 

 縦横無尽に閃く迅雷の剣技。

 視認する事すら許さず、周囲の兵士をモニカは切って捨てた。

 状況判断、攻撃の選択、危険の無い位置取りと、百戦錬磨の騎空士であるモニカを打ち取るのは至難の業である。

 彼女の強さは攻撃力や防御力といった直接的な戦闘力に因るものではない。

 自分を活かす戦い方。相手の強さを殺す戦い方。巧みで緻密な戦闘こそが彼女の強さである。

 無論、戦闘力という点でも彼女は決して低いわけではない。僅かな攻撃で次々と兵士を屠れるのは、愛刀と自身の肉体の強化を極めているからこそできる芸当だ。

 

「ほぅら、ドンドン来て良いぞ。私はまだまだ元気だ!」

 

 兵士達を引き付ける様に、モニカは戦場で舞う。

 流麗な剣閃は間断なく閃き、止まらぬ足は踊りの様に軽やかだ。

 剣乱舞踏……そう呼ばれる彼女のこの戦いを前に、帝国兵士達は成す術が無かった。

 

 

 

 ―――――――――――

 

 

 

 できるだけ細い路地を選び、セルグは走り続けていた。

 

「ヴェリウス、状況は?」

 

 ”小僧共はもうすぐタワーまでの道のりの半分と言うところだ。広場の方はまだ無難に戦っている。心配なのはわかるが落ち着いて今はとにかく先を急げ”

 

 セルグが生み出したヴェリウスの分身体による情報から、一先ずは心配がない状況にセルグは安堵した。

 置いてきたモニカ達はもちろんのことだが、先を行くグラン達にも大きな危険が待ち構えていないかと不安であった。相変わらずの心配性なセルグの様子に、ヴェリウスは苦笑する。

 

 ”それよりもお主の状態はどうだ? 非常に軽度とは言え、翼を得るために融合をしたのだ。影響がないわけではあるまい”

 

「そっちは思いのほか小さいよ。多分強化目的ではなく飛翔魔法と翼の為だけに使ったからかな……肉体の強化は本体からのチカラで済ませた分、融合の反動は殆どない」

 

 ”それは嬉しい誤算だが、無理はするなよ。お主の身体が壊れかけているのに変わりは無いのだ”

 

「わかっている。大事な目的も増えたしな……」

 

 そう言ってセルグは手を握りしめた。

 アガスティアでの戦いの先……組織へと戻る未来。

 新たに提示された未来は、セルグにとって希望に彩られる明日であった。

 また友と気安く話せる時が来る。また友と肩を並べて戦える日が来る。

 グラン達と出会う以前と比べて、愛する女性と親しき友を得たセルグの心は本当に救われていた。

 罪の意識にさいなまれ、復讐の炎を胸に宿していた時が嘘のようである。

 

 だから、彼は忘れてしまっていた……

 己の罪は決して消えるものではないということを。

 

 

 

 

 

 

 ”パン”と乾いた音が鳴る。

 

 戦場に相応しいその音は少量の火薬が爆ぜた証。

 アガスティアの街を駆け抜けていたセルグは、己の頬に一筋の赤い線ができるのを見てその足を止める。

 綺麗に頬をかすらせた技量。そこからわかるのは、今の一発は単なる足止めの為の威嚇に過ぎないという事。そして聞こえた銃声はまたも聞き覚えのある音であった。

 

 

 フワリと言った様子でセルグの目の前に一人の女性が舞い降りる。

 エルーン特有の耳。白を基調とした服装は所々動きやすさを求めた肉抜きがされており、所々から垣間見える女性らしさが目を引く。

 だが、何よりも目を引くのはその女性の瞳であろう。

 煌々と煌めく力強い眼差しの中に含まれる敵意。セルグを睨む視線は仇を目の前にした時のそれだ。

 

 

「久しぶりだな、セルグ・レスティア」

 

 

 小さな呟きの後に向けられた銃。

 向けられた敵意の持ち主は……彼の罪の証であった

 

 




いかがでしたでしょうか。

組織勢の活躍を描こうとしたら冗長となってしまったのは否めませんが、しっかり描きたかった部分であります。
各キャラのエピソードや設定には脚色がしてあり賛否両論かもしれませんが、本作だけの設定としてご理解いただきたいです。

それでは。お楽しみいただければ幸いです。

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