granblue fantasy その手が守るもの 作:水玉模様
とある島の小さな酒場。
時刻はまだ昼日中といった時に、一人酒場でミルクを飲んでいる男が居た。
大きな体格からドラフの男性だと思われるが、その外見は黒く刺々しい鎧に覆われており兜もあって表情をうかがい知ることはできない。
幸いにも口元はそれほど覆われていないのか、ギリギリ兜を被ったままグラスを傾けているがそうまでするくらいなら兜を外せと思ったのは酒場の店主談である。
「ここにいたか……バザラガ」
そんな彼の背中に寡黙で落ち着いた声がかけられる。
腰に大きめの銃を差したエルーンの男性が、バザラガの背後に立っていた。
「ユーステスか……次の任務の話はどうなった?」
「全員集まったところで任務の話を聞く。アイツはまだか?」
「む? ベアトリクスなら別の店で食事をとってくると出ていった……もうすぐ戻ってくるだろう」
「そうか……ならば少し待つ。マスター、俺には紅茶を頼む」
そう言ってバザラガの隣のカウンター席に座り、注文を済ませたユーステスは静かに一息ついた。
日中であるため、食事処ともなっている酒場は少しばかりの喧騒に包まれており、静かな雰囲気の二人はどことなく居心地の悪さを感じた。
こういった時は、いつも騒がしい彼女が居てくれた方が場をもたせるには適任だと、口数の少ない二人は珍しく彼女が早く戻って来ることを望んでいた。
「上層部の動向はどうだ? 奴らのお気に入りのお前なら多少の話は聞かされているだろう?」
「その言い方はやめてくれ。大した情報は与えられていない……俺もお前達と同じで使い勝手の良い駒がいい所だ」
「それでもお前がチームの隊長となった以上それなりの信頼があるはずだ……それで?」
質問の答えはと、促す様にバザラガは再度問いかける。
「厄介な話は聞いた……俺達武器の契約者とは別の部隊を創設するらしい。場合によっては俺達と取って代わるかもしれないと……」
「ほぅ、一体何を戦力に仕立て上げるのか興味はあるな。だが、俺達もお払い箱となるわけではないだろう?」
「そこらへんはこの後聞けるだろう。情報源はケインだ……ついでに次の任務もケインからの指示となっている」
「ケインから……? だが奴との接触はまだするべきでは――」
「あ! 悪い~。私待ちだったか? ちょっと店の方が混んでて遅くなっちゃって」
バザラガが言い募ろうとしたところで、もう一人の仲間が到着する。
カウンターで座る二人を見て待たせたのだと悟ったベアトリクスが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「気にするな、俺も来たばかりだ。グラスの様子からバザラガもそれほど待っていない」
「あ、そうなのか。良かった……それで、ユーステス。次の任務は?」
ベアトリクスの問いにユーステスは空いているテーブル席へと移動しながら答えた。
「伝声機でこれから伝えられる。相手はケインだ……」
そう言って、ユーステスはテーブルの上に小さな機会を置いた。
伝声機……離れた場所へ声を届けることができる小型の通信端末だ。
「ケインって言われても、私は上層部の連中の事なんか知らないんだけど……」
「知らなくていいだろう。深入りは寿命を縮めるだけだぞ」
「むぅ……バザラガは知ってるのかよ……私だけ知らないのは納得いかない」
「連絡が来た、静かにしておけ」
ユーステスの声でテーブルの上に置かれた伝声機を見ると、僅かな振動を繰り返して呼び出しが来ていることが分かる。
端末の小さなボタンを押すと、僅かなノイズ音の後に声が発せられた。
『ユーステス、聞こえているか?』
「聞こえている。通信は良好だ」
『そうか……その場にいるのは三人だったか?』
「あぁ、バザラガとベアトリクスもいる。話を進めて構わない」
淡々と確認をしていく二人の会話を聞きながら、バザラガとベアトリクスは任務の内容について聞き漏らすまいと耳をすませていた。
『それでは任務の説明をしよう……君達には星晶獣アーカーシャを討伐してもらいたい』
「アーカーシャ……? 聞いたことが無いな。能力は?」
『――信じられないかもしれないが、能力は歴史への干渉。過去、現在、未来の全ての歴史へと干渉し、改竄を加えることができる能力を持つ』
「……なんだそれは。冗談ではないのか?」
ケインが告げたアーカーシャの言葉にバザラガが思わず声を挙げた。
余りにも信じがたい能力。世界を創り出した創世神のような能力に驚かないわけはないだろう。
隣にいたベアトリクスも、理解及ばぬアーカーシャの能力に言葉を出せず固まる。
これまでに散々星晶獣を狩り続けてきた彼らから見ても、その能力は異端中の異端といえるものであった。
『事実だ……だが、まだ起動には至っていない。君達には起動する前にアーカーシャを破壊してほしい』
「――了解した。場所は?」
スッと立ち上がり、ユーステスは真剣な目で伝声機を見つめた。
急ぐ必要がある……それをアーカーシャの能力から判断したユーステスはすぐに任務地へと赴こうとケインに場所を問いかける。
『落ち着け、ユーステス。まだ話は終わっていない』
だが、ユーステスの声からそれを読み取ったケインは落ち着かせる様に言葉を続けた。
任務地を伝えるでもなく、話に続きがあると言うケインに、怪訝な表情を浮かべたユーステスは静かにまた腰を下ろした。
『落ち着いて聞いて欲しい。今回の任務は私の独断によるものだ……ユーステス、お前はこの意味が分かるか?』
「――上層部の総意ではないのか?」
『既に、幾つもの派閥に分かれている今の上層部で総意を取るなど不可能だよ……だが、アーカーシャについては他にも動き出している者がいる。
ユーステスが目を見開いた。
星晶獣を破壊するのが主な任務である組織に置いて、星晶獣の確保など聞いたことが無い。
思惑が読めない上層部の意思に、ユーステスは不振感を露にした。
「何……? 一体何のつもりで」
『もはや上層部に嘗ての面影はない……星晶獣を破壊し空の世界を守っていた理念は形骸化した。今では腐った連中の私欲と陰謀に塗れている。
アーカーシャの能力を聞けばわかるだろう、使い道などいくらでもあるのだよ』
「ちょっ、ちょっと待ってくれ! それじゃもしかしたら、そのアーカーシャを確保しようと任務を受けている奴らもいるかもしれないじゃないか!」
『その動きについてはまだ見られない。眉唾な能力だからな……半信半疑なのもあるだろう。何より任務難易度が高く、赴ける戦士が居ないのだ』
向かえる戦士が居ない。難易度が高い。
この二つの部分で、三人に疑問符が浮かんだ。
動かせる戦士が居ないだけなら納得できるが、まだ起動していない星晶獣の破壊に難易度も何もないだろう。
だが彼らの疑問は続くケインの言葉で驚きと共に解消される。
『状況を説明しよう……アーカーシャは現在エルステ帝国首都、アガスティアの中枢に位置するタワーに置かれている。
更には起動の為の準備と防衛戦力の配備。警戒態勢を敷いていて、簡単にタワーにはたどり着けない状況だ」
「そういうことか……潜入は不可能、起動までの時間制限付き、更にエルステと正面からやり合うことになる。確かに難易度はただの討伐任務の比ではないな」
状況を聞いてバザラガが唸った。
ベアトリクスは顔を青ざめ、ユーステスはどうするべきかと思考を巡らせる。
『だが、やらねばならない……アーカーシャは危険すぎる。あのような危険な能力をリスクなしで使えるわけもないだろう。場合によっては世界の全てが変えられてしまう』
「だが、ケイン。お前の言う通り簡単ではない。僅か三人で赴いても成功の可能性は極めて低いぞ」
『はっきり言って良い。三人では不可能だ』
バザラガの言葉を受けて、きっぱりとケインは告げた。
その事実は反論の余地なく正しいだろう。だが、任務を言い渡しておいて不可能だと言い切るケインの言葉にベアトリクスは僅かな怒りを覚える。
「おいおい、だったらなんでこんな話――」
『三人であったなら……だ』
声を荒げようとしたベアトリクスを遮り、ケインは少しだけ意気の上がった声で話を続けた。
「増援でも寄越すのか? 少し増えたところでエルステを相手に正面からやるのには足りん」
『そんな余裕はない。そして、そんなつもりもない……改めて君達に任務を伝えよう。
急ぎアガスティアへと赴き現地で作戦行動中の”真紅の穿光、”裂光の剣士”と協力してアーカーシャを破壊しろ』
再びの驚愕。
伝えられた任務内容に……もっと言えば伝えられた二人の片割れに三人の顔が驚きに染まった。
「ケイン……何のつもりだ?」
『今伝えた通りだ。彼らは既に秩序の騎空団と協力体制を作りアーカーシャの起動を阻止するために動いている。秩序の騎空団が居れば戦力は十分に対抗できるだろう。だが、先も言ったようにこの任務は生半可な討伐任務ではない』
驚きと困惑に揺れるユーステスに答えたケインの声は希望に満ちていた。
それはこの任務が、彼がこれまでに動いてきた様々な工作の、最後の一手でもあるからだ。
『そしてだからこそ、これはチャンスなのだ。
不可能と思える任務を作り上げ、あやつの汚名を払拭する。その功績と共に偽りの真実を払い、全てを白日の下に晒すのだ。そうすることで私は初めて、あの子と向き合える……協力してくれないか。ユーステス」
いつか……いつかどうにかしたいと思っていたケインの心根であった。
組織の為、世界の為。そんな大仰な話ではない。そんな大義名分を掲げるわけではない。
この任務におけるケインの狙いはただ一つ……我が子同然のセルグを偽りの真実から救い出し、友である彼らと共に歩んで欲しいとおもう願いのためであった。
ベアトリクスが固まっていた。
彼女としては上層部の一人であるケインの下手な態度と、驚きの任務内容に面食らっているといったところだ。
だが、ユーステスとバザラガは既に驚きから立ち直っていた。
胸に去来するのは確かな声。
一度は殺し合いかけた大切な友と、また肩を並べられるかもしれない
心が……身体が。その歓喜に打ち震えていた。
「ケイン……勝算は?」
『あやつが居るのだ、余裕だろう」
「違う、任務の事じゃない……あいつを救える勝算だ」
既にユーステスの中で、任務は成功されるものだと考えられていた。
状況もそうだが、何よりここにいる自分ともう一人は絶対に成し遂げる気でいるからだ。
ユーステスが考えるのはその先……任務を達成した後の事。
『根回しは済んでいる。情報統制はもう意味をなしていないから簡単だった……、戦士達からのあやつへの印象は悪くない。むしろ好印象さえある……組織の人員の大半は現場で調査と戦闘をこなす者達だ。大半を味方につけたと言っていい』
「――――了解した。すぐに向かう」
「行くぞ、ベアトリクス」
「お、おう……なんだこの、私だけ置いてけぼり感」
必要な情報は得たと言わんばかりに伝声機を切り早足で歩きだしたユーステス。遅れることなくそれに追従するバザラガと、どこか納得のいかない表情を見せるベアトリクス。
三人はすぐにケインが用意した高速艇を駆り、帝都アガスティアへと向かうのだった。
『頼んだぞ……三人とも』
通信の切れた伝声機を握りしめながら、ケインは一人暗い部屋の中で希望の未来を見据えていた……
補足回。
彼らはこうしてアガスティアに向かいました。