granblue fantasy その手が守るもの   作:水玉模様

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アガスティア編 第2幕

どうぞお楽しみください。


メインシナリオ 第50幕

 

 

 時は少し遡る――

 

 帝国の戦艦内。

 ルーマシーにてアーカーシャを確保しアガスティアへと帰還したポンメルンは、フリーシアの元へと報告に赴いていた。

 

「中枢のタワーへ運び込みましたですネェ。これでよろしいので?」

 

「ご苦労様でした。奴らの妨害を逃れこうしてアーカーシャを持ち帰った貴方の働きは勲章ものです。次なる指示は追って伝えます……今は部隊の者達と休息を取っておきなさい」

 

 珍しく労いの言葉をもらい、ポンメルンの面持ちが軽くなる。

 だが、そこで終わりとはせずにポンメルンは運送中にずっと抱いていた疑問を口にした。

 

「はい……ところで、一つお伺いしたいのですがあのアーカーシャと呼ばれるものは一体何なのでしょう? 星晶獣と聞き及んでおりますが、とてもそうは見えませんでした。何やら不気味な雰囲気を放っており、正直なところアガスティアに運び込むのには抵抗がありましたですネェ」

 

 生きた兵器と呼ばれた星晶獣。そうであるなら生きていてしかるべきだが、アーカーシャにその気配はなかった。

 起動する気配もなければ、強大なチカラを持っている気配もない。

 それでも、確保したアーカーシャを眺めた時、ポンメルンは大きな不安と恐怖に襲われた。

 何かが違う――これまで見てきた星晶獣や強大な魔物と言った生物とは根本的に。

 理屈抜きで本能的にそれを感じさせるアーカーシャは、命令でなければ空の底に放り出していても不思議ではなかった。

 

「貴方が気にすることではありません。ですが、一つだけ教えておきましょう。アレはこの帝国のみにならずこの空の世界にとって最も大切なものです。くれぐれも変な気を起こさないようお願いしますよ」

 

「は、はぁ……わかりました、ですネェ」

 

「よろしい。それでは、もう行きなさい」

 

「はっ、承知しました。ですネェ」

 

 促され、ポンメルンが立ち去る。

 報告を受けたフリーシアは必要なものが揃った事に笑みを深めた。

 

 

「これで準備は整った……もう少し、もう少しですヴィオラ様。もう少しで私は全てを取り戻して見せ――」

 

「フリーシア宰相」

 

 背後から掛けられた声に、フリーシアは僅かに肩を震わせた。

 

「報告に上がりました。フリーシア宰相」

 

 そこにいたのは、帝国軍大将アダム。

 エルステ帝国の軍事力全てを統括する大将である。

 

「貴方でしたか、アダム大将。報告をお願いします」

 

 新たなる吉報の予感を感じて、気持ち上ずった声でフリーシアは報告を促した。

 

「”リアクター”については予定通りの性能を発揮しております。開発と設計には問題がなかったものの、製造段階で若干の遅れが出ていますが、それも直ぐに取り戻せるかと……魔晶の状態も安定しており、こちら側は準備が整ったと言えます」

 

「そうですか……それでしたら後は時間の問題ですね。完成を急がせなさい。完成次第、計画を実行に移します」

 

 沈黙……フリーシアの命令に、アダムは言葉を発する事なく佇む。

 

「不服ですか? 返事をしないということは承服できないと?」

 

「――フリーシア宰相。本当にこの計画を実行に移すおつもりですか?」

 

 正気の沙汰ではない。それは計画を全て把握し理解をしているからこそ言える事。

 フリーシアの計画のその全容を唯一知っているのは対象であるアダムだけであった。

 

「フッ、今更何を言っているのです。実行しないのなら何のためにこれまで準備を進めてきたのですか? 事ここに至って、迷う必要がどこにあるというのです?」

 

「しかし、この計画では犠牲が……アガスティアの民全てを犠牲にしてしまいます。以下に必要とはいえ、余りに多すぎる」

 

「その先で私は更に多くの者を救うのです。幾星霜の歴史を積み重ねてきたエルステに関わる全てを……幾億の命が育んだ誇りも、幾億の手が生み出した技術も、奴らによって失われた悲しき命も。それらを救うための犠牲に、一体何をためらうというのです?」

 

 大を救うために小を切り捨てる。大政者としては永遠の議題と言える。

 他の大多数を救うために、仕方なく少数を切り捨てる決断をする場面というのはままあるというもの。

 だが、ここに置いての話はまた違う。フリーシアの言う救うと、アダムの捉える救うは前提から違うものであった。

 

「ですが――」

 

「星の民によって狂わされた全てを取り戻すのです。汚された歴史を浄化し、正しき今を取り戻し、輝かしき未来を創り出すのです。

 私達が……この手で」

 

 アーカーシャを用いて、星の民が関わる全ての歴史を消す。

 星の民によって奪われた空の世界の全てを取り戻し、空に置いて最大勢力であった輝かしきエルステ王国を取り戻す。

 そうすることで、フリーシアは星の民によって奪われた全てを救うと述べる。

 だが、アダムはそこにフリーシアの本心を見出せなかった。

 かぶりをふってアダムはフリーシアへと言葉を募らせる。

 

「フリーシア宰相……貴方が取り戻したいのは……貴方の本心は。貴方を選ばなかった()()()()()取り戻したいだけなのではないですか? そのために今のエルステを犠牲にすることなど、あのお方は望ま――」

 

「黙れ! 人形風情がわかったことを言うな! 貴方に何が分かるのですか。慕う者を失い、孤独に苛まれたまま誤った歴史を辿ることを強いられてきた私の気持ちが! 選ばれず、ただ遠くから眺めることしかできなくなった私の羨望が! 貴方にわかるというのですか!」

 

 激情に塗れ、フリーシアが声を荒げた。

 長き時を己の内に燻らせていた己の心の深域。それを知っている者にしか吐き出せない思いがアダムへとぶつけられた。

 

「フリーシア宰相……やはり貴方は」

 

「私は証明しなければならない。奴らより……あの男より優れていることを。他ならぬ奴らの遺産を用いてでも、それを成し遂げねばならないのだ……でなければ、私もエルステも救われない」

 

 目の前の希望に縋るような。そんな面持ちとなって、フリーシアの独白は続く。

 ここに来て迷いをもたらすような言葉はいらない。決意を鈍らせるような話は必要ない。

 ただただ、あと少し無事に準備が進み計画が遂行できれば、彼女の全ては救われる。

 崩れた居住まいを正し、フリーシアは宰相の顔へと戻る。

 

「完成を急がせなさい。遅れは許されません。良いですね」

 

「――――承知致しました」

 

「よろしい。行きなさい」

 

「はっ」

 

 長い沈黙の後、了承の意を返したアダムは踵を返した。

 

「これで――これで良いのです。私は、全てを取り戻す」

 

 静かなフリーシアの部屋で、彼女はただひたすらにその時を待ち続ける。

 計画の完成は間近。あとはそれまでの妨害の手を払いのけなければならない。

 未だ諦めを見せない黒騎士に、ルリアを連れた騎空団。その中にリーシャもいた事から秩序の騎空団も動くだろう。

 軍事大国であるエルステにとっても簡単な相手ではなかった。

 

「後は――あの男の動向にも注意しなければいけませんね」

 

 思い出すのはルーマシーにいた自分を不躾に呼び寄せた忌まわしき男の存在。

 思考も思惑も読めない彼の存在は計画において不確定要素以外の何物でもない。

 

「まぁ良いでしょう。いざとなればこの身を捨てる事すら厭わない。それで計画を完遂できるのであれば……失うものなど何もないのですから」

 

 懐に忍ばせた、鈍く輝く結晶を見て、フリーシアは嗤う。ただ不気味なまでに。

 

 狂気と野望は、刻一刻と空の終焉を手繰り寄せ始めていた……

 

 

 ――――――――――

 

 

 

「やぁあ!!」

 

 気合の声の下、ジータはその手に握る短剣、四天刃で斬りつける。

 斬りつけると言ってもその間合いは明らかな遠距離。だが、剣閃はそのまま斬撃の投射となってガンダルヴァを狙う。

 甲板の上でホーリーセイバーとなっていたジータは現在、鎧を脱ぎ大きな帽子を被った魔女めいた服装となっていた。

 

「はっはー! いい感じじゃねえか小娘!」

 

 放たれた斬撃をガンダルヴァは無難に切り払う。セルグ程早くもなければモニカ程威力もない。

 何もかもが足りない斬撃など彼にとっては何の脅威にもならない。

 

「眼中にないとは……嘗めるな!」

 

 斬撃を切り払ったガンダルヴァに肉薄。カタリナが追撃に入った。

 剣閃と同時に形成した氷の刃。剣と氷が織りなす乱れ刃がガンダルヴァを襲うも、それはまだ彼の身に届くには至らない。

 

「嘗めちゃいねぇぜ。アンタも俺様にとっちゃ楽しみの一つだからな!」

 

「ぐがっ!?」

 

 防御されるだけに留まらず、カタリナを強烈な拳が襲う。

 腹部を殴りつけられ、後方に飛ぶカタリナを救うべく、ジータは四天刃を握らない左手で魔法を発動。

 牽制のエーテルブラストがガンダルヴァを狙い、追撃に入ろうとしたところを抑える。

 

「すまないジータ。助かった……」

 

「大丈夫。それより、傷は?」

 

「鎧越しだったから問題は無い。飛ばされたのも半分は自分で飛んだからだ」

 

「なかなかいい反応だったぜ。やはりアルビオン士官学校の首席は伊達じゃねえな」

 

「嫌味な奴め……実力の半分も出していなそうなくせして」

 

 二人の前に姿を現したガンダルヴァ。いきなりの強敵を前にして、ジータとカタリナは秩序の騎空団の団員達を先に行かせ二人で応戦していた。

 アマルティアでの決戦を前に、セルグから聞いた話ではガンダルヴァを相手にするには二人だけでは心許ない。

 だがそれを覆すだけ、強くなっているのも事実。

 更に言うなら重要なのは防衛網の無力化であり、ガンダルヴァを倒すことではない。

 攻めず引かずの時間稼ぎの戦い方で、二人はガンダルヴァと一進一退の攻防を見せる。

 

「それはてめえらも同じだろう。まともに攻める気のない戦いで俺様を足止めしやがって……まぁてめえらがその気だって言うなら、こっちはそろそろ全力で行かせてもらうかな!」

 

 焦れてきたか。それとも早く倒さなければならない状況か。

 剣のチカラを解放し、ガンダルヴァが炎を纏う。

 その身から放たれるは強者としての威圧感。その場の空気を……空間を己で支配するような強者の気配。

 

「どうやら本気でくるみたいだな。ジータ、大丈夫か?」

 

「大丈夫だよカタリナ。それにちょうど良いでしょ……私達にとってはね」

 

「フッ、そうだな。私もジータと同じ気持ちだよ……こいつは都合が良い」

 

 不敵に笑うジータ。つられるようにカタリナも笑う。

 挑戦的で好戦的。その笑みの意味を図り兼ねて、ガンダルヴァが目を細めた。

 

「何だ……一体何が都合良いってんだ?」

 

「――実は私、()()()凄い負けず嫌いなんですよね」

 

 まるで日常の中の会話のような、そんな声音で突然自分語りをするジータに、ガンダルヴァは怪訝な表情を浮かべる。

 ザンクティンゼルでグランと特訓していた時からそうだった。男だから……女だから。そんな下らない違いで負ける理由にするのは許せなくて、ジータはいつもグランと対等に渡り合おうとした。

 剣も魔法も、一度たりとも負けを仕方ないで済ますことはなかったのだ。

 

「あ? それがどうしたんだよ。そんな話どうでも――」

 

「お忘れですか? ガロンゾで初めて貴方と戦ったのは私達だって言うことを……」

 

 旅を始めて最初の完全なる敗北。その時から燻っていた、許容できないジータの負けず嫌いという感情に今火が灯る。

 ジータより溢れ出すのは膨大な魔力と四天刃によって膨れ上がる強者の気配。

 

「手も足も出ずに敗北したまま……というのは我慢にならなくてな。こうしてリベンジの機会が舞い込んできたことに感謝しよう」

 

 次いでカタリナも、攻撃に意識を振った切り替えを行い、前傾姿勢で剣を構えた。

 負けたままでいるつもりはない。二人が告げるのは今この時に、ガンダルヴァを倒しリベンジを果たす決意。

 

「さぁて、私達の全力……お見せしましょうか」

 

「覚悟しろ。お前は私達が倒す」

 

 準備ができたのか。構えた二人は恐ろしいまでに洗練されたチカラを纏い佇む。

 挑戦する側でありながら、ガンダルヴァを誘うようなチカラの躍動を感じて、ガンダルヴァはニヤリと笑った。

 

「最高じゃねえかてめえら……良いぜ、受けて立ってやるよ!」

 

 戦闘狂たる己を満たせそうな二人の変化に愉悦の笑みが浮かぶ。

 同時に剣を構えたガンダルヴァを見て、ジータとカタリナは遠慮なしにと飛び出した。

 

「おぉお!!」

 

 勇ましい声と共にカタリナが接近。振るわれる刃はガンダルヴァの胴を狙うが、難なく防御されると同時に反撃の一閃がカタリナを襲う。

 

「甘い!」

 

「何!?」

 

 ライトウォール・ディバイド。小さな障壁がカタリナを守り、ガンダルヴァの攻撃は阻まれる。

 攻撃と防御の両立。接近戦という意識の大半を割く戦いの中、防御魔法をそこに割り込ませるカタリナの新たな戦法がガンダルヴァの虚を突いた。

 

「隙ありです!」

 

 背後に回ったジータが逆手に持った四天刃を振るう。狙うはガンダルヴァが剣を持つ右腕。

 虚を突かれながらもガンダルヴァはこれに対応。四天刃を握るジータの腕を蹴り上げ、その体制を崩す。

 だが――

 

「ッツ!?」

 

 不意に腕に痛みが走り、ガンダルヴァはそのまま追撃に入るのをやめて距離を取った。

 

「小娘……何をした?」

 

 切られた感触はない。だというのに、ガンダルヴァの腕は鋭利な何かに斬られたような傷を受けていた。

 

「無詠唱での風魔法。今の私は間を置かずに魔法を放てます。短剣による接近戦と、無詠唱での攻撃魔法……これが私の新たなスタイル”ウォーロック”です」

 

 魔法使いとしての正道とは違う、ジータの新たなスタイル。高速の無詠唱魔法を接近戦の中に織り交ぜる、魔導士としては異色の戦い方がガンダルヴァとの実力の差を埋める。

 接近戦でも十分な実力を持つジータが虚をついて放つ魔法は、相手の武器に意識を向ける剣士にとって脅威である。

 現にガンダルヴァは、ジータの四天刃は見切れても、魔法の発動までは察知できなかった。

 無論、それをはじめから可能性として知っていれば多少は違うだろうが、それだけで対処できるほど、魔導士としてのジータの実力は軽くない。

 

 様々な戦闘スタイルを経験してきた彼女だからこそ生み出せた、剣と魔法の両立。

 今、ジータは戦士として新たなる扉を開いた。

 

「ジータ、感触はどうだ?」

 

「問題無し。後はやるだけだよ」

 

 互いに不敵な笑みは崩さずにガンダルヴァを見据える。

 だが、ガンダルヴァとて歴戦の戦士であり絶対的な強者に他ならない。虚を突いた先ほどの攻防では先手を取れたが、このまま簡単に倒せはしないだろう。

 その証拠にガンダルヴァの表情には新たなおもちゃを見つけた子供のような喜色の笑みが浮かんでいた。

 

「おもしれぇ……雑魚だと思っていたが二人揃えば十分に俺様と渡り合えそうだな。行くぜオラァ!」

 

 反撃と言わんばかりに今度はガンダルヴァが攻勢に出る。

 フルスロットルの発動。格段に早くなった動きがジータとカタリナの予想を超える。

 

「くっ、ライトウォ――」

 

「しゃらくせぇ!!」

 

 全力の拳。至近距離にまで接近したガンダルヴァは、カタリナの防御が整う前に全力で殴りつける。

 打ち上げられたカタリナは、痛みを押し殺して、追撃に跳躍したガンダルヴァを見据える。

 

「調子に乗るな! グラキエスネイル!!」

 

 向かい来るガンダルヴァに、打ち放つ奥義。

 幾重にも重なる氷の刃がガンダルヴァの視界を埋める。

 

「ぬおおりゃああ!!」

 

 対するガンダルヴァも自身の奥義たるブルブレイズバッターで相殺。

 被害なくカタリナの攻撃を打ち消したガンダルヴァは再びカタリナの間合いに入るが

 

「させない!!」

 

 無詠唱のエーテルブラスト。

 四つの光がガンダルヴァを横合いから殴りつけるように吹き飛ばす。

 仕留めきれなかった事に僅かな怒りを覚えつつも、苦戦というスパイスがガンダルヴァの脳を刺激し、表情は更に喜びに染まっていった。。

 

「良い援護だ。だが、その程度の攻撃じゃ、俺様の動きを押しとめる事は出来ても、俺様を仕留めることはできねえぞ!」

 

 嬉しそうに声を上げながら、ガンダルヴァは再び攻勢に出た。ジータとカタリナもそれに応じて動き出す。

 エーテルブラストでガンダルヴァの足元を爆砕。足止めと共に視界を奪った瞬間には左右に挟んでの剣閃。

 それをガンダルヴァは跳躍で回避と同時に、中空で二人の頭部に対して強烈な蹴撃を見舞う。

 寸でのところで躱すジータと障壁できっちりと防御したカタリナは、再び攻撃に入る。

 

「”チェイサー”!」

 

 ジータとカタリナの得物に光が宿る。振るえば幾つもの斬撃を打ち放てるジータの援護魔法チェイサーによって、ガンダルヴァにはいくつもの飛刃が迫る。

 

「やろう!」

 

 回避は不可能と踏んだガンダルヴァは全力で防御に移る。放たれる飛刃を幾つも切り払うが全てを迎撃することはできずその身に幾つかの傷を受けた。

 

「ここ!」

「もらった!」

 

 隙を生んだガンダルヴァに対し二人は大きく踏み込む。間合いに入り込み狙うは、ガンダルヴァの両腕。

 

「させねえよ!!」

 

 切り落とすつもりで踏み込んできた二人に対し、ガンダルヴァは自爆覚悟で地面に剣を叩きつける。

 大きな衝撃と共に地面が爆ぜ、三人はその場から大きく吹き飛んだ。

 

「つぅ……無茶苦茶なやつめ」

 

「予想外すぎるよ、全く」

 

 大きなダメージは受けなかったもののすぐに起き上がったカタリナとジータは破砕された瓦礫によっていくつかの傷を受けている。

 ガンダルヴァも直ぐ身を起こして、戦いは一旦の膠着に入った。

 

「耐久力では俺様の方が断然有利だ。ダメージはそっちの方が大きそうだな……」

 

「ちっ、まるでセルグのような無茶苦茶っぷりだ」

 

「同感だね。自分の身を顧みない所は結構そっくりかも……」

 

 ダメージが少なそうなガンダルヴァの様子に、ジータとカタリナは軽口を言い合い再び攻め入る気配を見せる。

 ガンダルヴァもそれを迎え撃つように構えたところで、膠着状態の三人の間に一つの声が矢のように飛び込んだ。

 

「うてぇ!」

 

 同時に鳴り渡る銃声。瞬間的にその場を飛びのき、事なきを得たガンダルヴァは、視線を音の出所へと向ける。

 そこにいたのはやるべきことを終えて戻ってきた何人かの秩序の騎空団。

 遠目からの援護射撃でガンダルヴァを不意をついたのだ。

 

「クソ共が……横やりを入れやがって。防衛拠点は落ちたようだな……仕方ねえ」

 

 形勢は不利。更に彼らの出現によって防衛網の瓦解を悟ったガンダルヴァは即座に撤退を決める。

 跳躍で街の建物へと飛び上がると、最後にジータとカタリナへと振り返った。

 

「勝負はお預けだ。といってもまた戦えるかはわからんがな……次の機会を楽しみにしているぜ」

 

 そう言葉を残し、ガンダルヴァはアガスティアの街へと消えていく。

 追走は街に精通しているガンダルヴァ相手では難しいだろう。ジータとカタリナはその場にとどまり、戦闘の終了を察して一息ついた。

 

「何とか渡り合えたが……さすがに強いの一言だな。未だ底が見えない」

 

「そうだね……仕留められる気は、まだしないかな……」

 

 互角の戦いはして見せた。それ自体は嬉しいものの、まだガンダルヴァを倒しきるには足りない。

 次の機会がないとは言い切れない以上、倒すための算段は必要だ。

 

「まだまだ、戦い方が定着していないかな。どうしても剣と魔法が交互になっちゃう。接近戦と同時に発動するくらい、両立させないとだめだね」

 

「焦ることはないさ。ぶっつけ本番であれだけ渡り合えたんだ。すぐに慣れるだろう……そもそも、その戦い方からして規格外だ。今でも十分だよ」

 

 納得を見せないジータを窘めてカタリナは剣を収めた。ジータも解放状態の四天刃を収めカタリナに倣うと二人は援護に来た秩序の騎空団の団員達の元へと向かう。

 

「助かったよ。首尾はどうなった?」

 

「こちらは予定通りに防衛網の無力化に成功しております。本体が到着するのもすぐかと……」

 

「そうか……それなら私達は艇の方に戻る。君たちはこのままここで警戒を。行こうか、ジータ」

 

「うん、急いで戻ろう。ガンダルヴァが動いていたってことは艇の方にも来ているかもしれない。こっちはお願いしますね」

 

「了解です。お気をつけて」

 

 休んでいる暇はない。次なる帝国の動きを予期して二人はすぐに次なる行動に移る。

 この場を秩序の騎空団に任せ、カタリナとジータはグランサイファーに向かって走り出した。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 アガスティアの路地を疾走する。

 石畳の大地を踏みしめ瞬足で駆け抜けるはアルベスの槍を担いだゼタ。

 

「はぁあ!!」

 

 先端に集う炎が爆ぜて、突き立てた個所を焼き潰す。ゼタのアルベスの槍は、魔晶によって変化したフュリアスの巨体の足を正確に撃ち抜いた。

 

「アレーティア!!」

 

「任されたぞい!」

 

 バランスを崩したフュリアスの眼前まで跳躍したアレーティアが二刀を振るう。回転と共に地属性のチカラを込められた二刀一閃がフュリアスの胸部を穿つ。

 

「むぅ……届かんか?」

 

「残念、その通~り!!」

 

 ザンクティンゼルの戦いで分かっていたコアの位置。そこに叩き込まれたアレーティアの攻撃はコアにまで届くことなく終わる。

 反撃に振りかざされたのは、巨大な槍であったフュリアスの新たな得物。

 

「吹き飛びなぁ!!」

 

 魔晶のチカラを蓄えた砲撃がアレーティアを襲う。フュリアスの手にあるのは、ヒトの頭部程もありそうな口径の大筒。魔晶のチカラを打ち出す大砲であった。

 ギリギリで躱したアレーティアが後退する。ゼタと合流し再びフュリアスを睨みつけた。

 

「やはり、再生力に及ばぬか……これは厄介じゃぞゼタ」

 

「わかってる……かといってアイツを放置すれば下手すると本隊としてくる騎空挺すら落としかねない。ここでやるしかないでしょ!」

 

 形勢の不利から目を反らし、ゼタはこの状況に負けるまいとアルベスのチカラを更に解放。留まることを知らない炎を纏いゼタが構えた。

 

 

 ジータやカタリナと同様。目の前に現れた強敵を前に、二人で応戦し防衛網の無力化を秩序の騎空団に任せたアレーティアとゼタは苦戦を強いられていた。

 巨大な火砲を手にしたフュリアスの攻撃力は脅威。ザンクティンゼルで島を落とせるような砲撃を放っていた事を考えると、放置すれば被害は甚大になりかねない。

 ガンダルヴァとは違い倒すことを前提とした戦いとなったが、魔晶による再生力を二人だけで突破するのは難しく、繰り返した猛攻によって二人はチカラを消耗し続けていた。

 

「――アレーティア、援護はいいから私の後に続いてコアをぶっ壊して。表層の部分は私の全力でぶち抜くから」

 

 ゼタの言葉にアレーティアが目を見開く。

 勝負を決めるべく、次の一撃に全力を込めんとゼタはアルベスの炎を集約していた。

 

「むぅ、それではお主は奴の攻撃に晒されるぞい」

 

「援護と攻撃。役割を分けていてはどうあがいても足りない。波状攻撃で間髪入れずコアを狙わないと無理だわ」

 

 先ほどまでの攻防は、注意を引き隙を作ったところでコアを狙う攻撃を叩きこんでいた。

 必然コアを狙う攻撃はどちらか片方だけとなってしまう。

 それでは、足りない。魔晶の再生力を上回るには二人の同時攻撃が必要だと、ゼタは悟ったのだ。

 

「じゃが……」

 

「強力な攻撃というのは私やセルグの十八番。強固な壁をぶち破るのは私の役目。そのかわり、仕留めるのは任せるから……」

 

 アレーティアの表情が曇る。

 援護無しで向かうということは、チカラを高めるため回避に選択を絞られたまま接近しなければならない。武器に蓄えたチカラを解放するまでは、攻撃も防御もできなくなるのだ。

 フュリアスによる砲撃に晒されるであろうゼタの作戦はリスクが高すぎる。

 

「やるしかないのよ……ここまで来て私が危険だからやめようなんて言わないで頂戴」

 

「全く――お主も大概無茶をいいおる。若い者に頼りきりなのは情けない所じゃが、ここは従うとしよう」

 

 妥協ではなく信頼を以て、アレーティアはゼタの作戦に従った。

 二刀を収め、身に宿るチカラと武器に宿る属性を解放。抜き放たれるその時まで、ひたすらに己のチカラを高め始めた。

 

「悪いわね……無茶言って」

 

「お主もセルグの事は言えんのう……じゃが、勝手にやらないだけまだマシじゃ」

 

「はは、それなら良いや。――それじゃ、いくよ!」

 

 姿勢を低くし、駆けだすゼタ。少し遅れてアレーティアも動き出す。

 

「作戦会議は終わりかなぁ! じゃあさっさと死んじゃえよ!!」

 

 すぐさまフュリアスが砲撃を放ち始める。威力は抑えてチャージの時間を短く。数瞬でチャージを終えた魔力砲が次々とゼタを襲った。

 着弾すれば地面に小さな穴を開けるだけの砲撃をゼタは接近しながら躱していく。

 左右に体を揺らし、僅かな跳躍や姿勢を下げる事で砲撃の隙間を縫うように駆け抜けてくるゼタに、フュリアスは小さく嗤った。

 

「良い動きをするじゃないか。それならこいつはどうだい!!」

 

「なっ!?」

 

 少し長めのチャージ。次いで放たれるのは拡散する砲撃。一度に放たれる不規則な拡散砲撃にゼ、タはギリギリで地面へと転がり込むことで回避をして見せる。だが、予想外の散弾を回避したゼタに次の動きへの考慮はない。

 

「ほうら、隙だらけだ!!」

 

「しまっ――」

 

 体勢を取り戻す前に直ぐに放たれる砲撃が迫る。

 視界を禍々しい光が埋め尽くし、ゼタにフュリアスの攻撃が直撃した。

 

「ゼタ!!」

 

 大きな爆発を起こし、爆炎に消えたゼタを呼ぶアレーティア。無事であることはあり得ない……それほどの爆発にアレーティアの脳裏に最悪がよぎる。

 呆然と煙が薄れていくのを眺めて立ち尽くすアレーティアは、目を凝らしてゼタの無事を願うことしかできなかった。

 

 

 

「あ……れ?」

 

 痛みが来ない……衝撃もない。

 煙が晴れてきて、周囲を確認できるようになったゼタは来るはずの痛みと衝撃が来ないことに疑問を抱いて目の前を見る。

 

「盾……だと?」

 

「これって」

 

 フュリアスの驚愕の声。仕留めたとおもったゼタが健在だったことに驚きを見せていた。

 そこにあったのは光のチカラを湛え、ゼタの前に強固な守りを張る小さな盾。

 疑問を抱くのも束の間、ゼタの耳には聞きなれた声が飛び込む。

 

「呆けるなゼタ! タイミングを合わせろ!」

 

 声の出所は裏路地から飛び出してきたセルグ。ゼタを守る盾の正体は、ヴィーラが使役するシュヴァリエのイージスマージ。

 グランサイファーへと戻る途上であった、二人の姿があった。

 

「ヴィーラ、援護は任せた! アレーティア、オレ達で打ち抜くから仕上げは頼んだぞ!」

 

 そう言ってセルグは風火二輪を抜き放つ。即座に打ち出された銃弾はゼタの元へと向かい、その身に更なる炎のチカラを纏わせる。

 呆けていたのも束の間、援護を受けた瞬間にはゼタも疾走を再開。

 

「やろう……いつもおいしい所だけ持って行って。まさか見てたんじゃないでしょうね」

 

 タイミングよく表れたセルグに小さく毒吐くも、ゼタの顔には安心と信頼からくる笑みが零れた。

 窮地を救われた事と、二人のおかげで戦闘の形成は逆転した事。セルグとヴィーラが居れば、魔晶のコアを砕くことは十分に可能だった。

 振り切れるゼタの気勢がアルベスの炎を紅く滾らせていく。

 

「くっ、ちょこまかと……うっとうしいんだよ!」

 

 苛立ちを募らせてフュリアスは大きな砲撃を放ち、二人を薙ぎ払った。

 だが、それは全てイージスマージによる防御を抜くことはない。

 ヴィーラの援護によってゼタとセルグは、フュリアスの攻撃を受けることないまま、接近していく。

 プライマルビットが放つ光条がフュリアスの意識を削ぎ、関節を撃ち動きを止めた。

 

「行くわよ! セルグ」

 

「しくじるな、ゼタ!」

 

 次の瞬間、ゼタは大きく跳躍。セルグはその場で足を止め、天ノ羽斬を弓なりに構える。

 

「アルベスの槍よチカラを示せ――プロミネンスダイブ!!」

「絶槍招来――天ノ羽斬!!」

 

 炎槍と光槍。二つの強力な槍がフュリアスの胸部を穿った。

 

「今よ!!」

 

 ゼタの叫びが響く。二人の攻撃によって露出した魔晶のコアを見据え、アレーティアが再びフュリアスの眼前まで跳躍。

 チカラの蓄えは十分。高められた属性のチカラはアレーティアの攻撃力を最大限にまで発揮させる。

 

「これで終いじゃ――白刃一掃!!」

 

 僅かにタイミングをずらし抜き放たれた一閃が魔晶のコアを摘出。続く二閃目が魔晶を砕いた。

 流石は剣聖というところか、寸分違わず狙いすました剣閃は綺麗にフュリアスから魔晶を奪い去る。

 

「くそっ……くそぉおお!!」

 

 断末魔のような怒りと後悔に塗れた声と共に、魔晶を奪われたフュリアスがその身を変えていく。

 巨体は縮み、気配を萎み、魔晶の反動で身動きする事すらできないまま地面に蹲るフュリアス。ザンクティンゼルでの二の舞となったこの状況に、フュリアスはできる限りの憎しみを乗せて彼らを睨みつけた。

 

「クソが、クソがっ!! なんでこんな奴らに負けるんだよっ! あのトカゲが居ないってのに何でこんなことに……」

 

「カウンターになるビィが居なければ負けないとでも思ったのか? 所詮は星晶の模倣でしかない魔晶……万能でもなければ、無敵でもない――ここまでだな」

 

 フュリアスの目の前まで歩みより、セルグは今度こそ止めを刺さんと見下ろす。

 逃す理由はない……再び魔晶を取れば大きなチカラをもって立ち塞がる可能性がある以上、ここで命を奪わなくば後の戦いに影響を及ぼす。

 せめてもの情けと首を一瞬で刈り取ろうとするセルグは、その瞬間――――フュリアスが不気味に嗤うのを目にした。

 

「セルグ、避けるのじゃ!!」

 

「もうおせぇ!」

 

 アレーティアの忠告とほぼ同時、勝ち誇るフュリアスの声に従うように響き渡る銃声。

 数発の発砲音を受けて、セルグはその身を僅かに後退させる。

 

「くっ……そが……」

 

 苦痛に顔を歪めるセルグ。腹部に一か所、肩に一か所。血に染まったその身から銃撃を受けたことが分かる。

 

「セルグ!!」

「セルグさん!!」

 

 ゼタとヴィーラの悲痛な声が響く中、セルグもフュリアス同様に蹲った。

 致命傷には至らない……セルグは駆け寄ってきそうな二人を手で制して、フュリアスの背後へと視線を向ける。

 

「ハハハ……ばぁか!! 僕一人で戦うとでも思ったのかよ!」

 

 そこには建物の影から次々と姿を現す帝国兵の姿があった。

 

「クックック……僕一人でどうにもならない事なんて百も承知さ。だけどいくら君達でも僕を相手に楽勝とはいかない……それこそ全力を重ねなければ魔晶の再生力に追いつけないのは前回で立証済みだからね。だったら僕を囮にお前達に隙を作らせればいくらでも狙撃のチャンスはあるってわけだ!」

 

 動かない体を駆け寄ってきた兵士達に担がせ、フュリアスは目の前で蹲るセルグを見下ろす。

 背後で狙撃体制に入っている兵士たちによってゼタもヴィーラもアレーティアもうかつには動けない。セルグを守る手段が潰えて歯噛みする三人の表情に、フュリアスは勝利を確信する。

 勝ち誇った笑みが深くなる中、作戦は成功したと言わんばかりに、全容を明かしたフュリアスは背後の兵士たちに更なる合図を送るべく口を開いた。

 

「ここで君を潰せるのは僥倖だね……お前ら、こいつを――」

 

「お前も甘いな――そうやって相手を見下ろしてばかりいるから勝機を逃すんだ」

 

「なに……?」

 

 

「うわぁああああ!!」

 

 

 セルグの言葉に怪訝な表情を浮かべた瞬間、フュリアスの耳に届く切羽詰まった兵士の声。

 背後に向けた視線が捕らえたのは、居並ぶ兵士達を巨大な黒鳥が薙ぎ払う姿だった。

 

「お、おまえ――」

 

「遅い!」

 

 銃創による衰えを見せない動きでセルグはフュリアスを担ぐ兵士に接近。閃く剣閃が兵士の腕を落とし、フュリアスを放り出させる。

 そのままフュリアスを斬り捨てようとしたセルグだが、視界の片隅に己へ狙いをつけている兵士達を確認して大きくその場を飛びのいた。

 

「チッ、仕留めそこなったか……グッ!?」

 

 三人と合流したセルグが痛みに膝をつきながら、悪態を吐いた。

 動いたのはやせ我慢に過ぎない。余裕を見せたその裏で激痛に喘いでいたセルグは隠すことなくその痛みを露にした。

 

「セルグさん!!」

 

 直ぐに駆け寄るヴィーラは追撃を防御するためシュヴァリエを使役。イージスマージによる障壁で全員を守る。

 

「少将を確保したら撤退するぞ! 弾幕を続けて退却の援護をしろ!」

 

 対する帝国兵士達もフュリアスを確保すると同時にセルグ達をその場に射止めるよう一斉射を放ってその場を撤退していく。

 

「セルグ、大丈夫か?」

 

「このバカ、なんて無茶してんのよ!」

 

「痛ぅ……悪い三人とも。フュリアスに偉そうな事は言えないな……仕留められるはずが仕留められなかった」

 

「そんなこといいから! 早く傷を見せて!」

 

 押さえられている腹部と肩。セルグの手を除けたアレーティアとゼタは傷はそれなりに深いと悟る。

 手持ちのポーションでごまかすよりは回復魔法も薬の用意もできるグランサイファーへ戻るべきだと判断したアレーティアはすぐにセルグを背負う。

 

「儂が背負うぞい。皆と合流し治療せねば」

 

「お願いアレーティア。道中の露払いは私とヴィーラが」

 

「任せてください。行きますよゼタ」

 

 アガスティアの侵攻作戦第一段階は既に達成している。

 ゼタ達の活躍によって、秩序の騎空団は防衛網の無力化に成功しており、直に本隊はアガスティアに到着する事だろう。

 

 ゼタとヴィーラが先導し、セルグを背負ったアレーティアが駆けだす。

 セルグに大きな負傷を与えながらも、アガスティア侵攻戦の初戦はグラン達騎空団側の優勢で終わった。

 

 

 




如何でしたでしょうか。

まだまだ前哨戦。ファンタジーにおける最終決戦とは様々な事実が明らかになりながら、これまで以上に激しい戦いになるというのが作者の定説。
読者の皆様が楽しめるよう、手に汗握る戦いと、戦いとは別の様々を描いていきたく思います。

それでは、お楽しみいただけたら幸いです。

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