granblue fantasy その手が守るもの   作:水玉模様

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終幕へ向けた最後の幕間。

三部構成を予定しておりますので
メインシナリオが始まるのはしばらく先になります。

それでは、どうぞお楽しみください。



幕間 最後の日常

 

 

 グランサイファーの甲板の上。

 対峙する二人は互いを見据えたまま、動く機を伺っていた。

 白刃がその鋭さを見せつけるように日の光を反射し、向けあっている剣は刃引きをしていないものだとわかる。

 切っ先を相手に向けて構える二人には実戦さながらの雰囲気があり、見るものを嫌でも緊張させた。

 

 

 蜃気楼のように揺らめいて、片方が動いた。

 倒れ込むように膝を抜いて重力を味方につけ加速。間合いを詰める踏み込みから剣を振るう。

 

「ハッ!」

 

 対する相手はそれを綺麗に受け止めた。

 牽制に近い攻撃は崩すには容易く、防御と同時に反撃。返しの攻撃は首元を狙うような突き。

 返された攻撃に対し先手を取った方は、その反撃を予期していたか流れるように対応していく。

 

「うぉお!」

 

 反撃を紙一重で回避。同時に、そのまま懐へ潜り込んだ。

 

「ッ!?」

 

 顔が触れそうな距離まで入られたことに相手が怯んだ。

 だがそこで馬鹿正直に攻め手をとっても彼女は簡単に躱すだろう。ならば、その先を見据える。

 懐に入り込んでからさらに一歩。足を絡ませるように回り込ませ、支点を作り体を回転させた。最短の動きで背後まで回りこむ。

 

 ――とった!

 

 無防備の背中をとらえて彼は勝利を確信した。

 横薙ぎに振るう剣がその背中を斬りつける刹那。

 

「甘いです」

 

 彼の視界は反転した。

 屈んで剣閃を躱した彼女は、躱したと同時に剣を握る腕を取った。そのまま背負うように引き寄せられて彼は投げられてしまう。

 背後から正面へと叩きつけられながら戻された彼は、動きの最後まで読み切られていたことを悟る。

 

「また、僕の負けですか……リーシャさん」

 

「また、私の勝ちですね。グランさん」

 

 日の光を後ろに背負い見下ろすリーシャと、それを見上げるグラン。

 喧噪だらけの甲板の上で一つの決着がついたところだった。

 

 

 ――――――――――

 

 

 

「はぁ…………なんだか自信なくなるよなぁ。強くはなったと思っていたのに」

 

 目の前で行われるアレーティアとカタリナの鍛錬の様子を見ながら、グランは大きくため息を吐いた。

 

 

 現在グランサイファーは補給と決戦の準備の為にガロンゾへと向かっている途中である。

 ルーマシーを離れ、セルグと合流したグラン達。

 無事の帰還を果たしたロゼッタとアポロにそれまでの事のあらましを説明し、情報を共有。

 すぐにでも帝国本国へと赴き、フリーシアの野望を阻止するべきと考えるセルグやアポロに対し、グランとドランクは戦いに向けた準備が必要だと提案。

 グランサイファーの整備を完璧にしたい事もあり、彼らは一度ガロンゾへと向かうことにした。

 

 

 その途上で、それぞれが暇を持て余し訓練を始めたわけなのだが、グランはリーシャとの剣の勝負にあっさり負けたことにショックを受けていた。

 

「ねぇ、セルグ。僕は……まだ弱いのかな?」

 

「んあ? 何を言ってるんだグラン。お前レベルの奴なんて早々いないだろう。場合によっちゃ嫌味だぞそれは」

 

 傍らで同じように観戦しているセルグへと、グランは己の不安を問いかけた。

 決戦は近い。だというのに、グランにはまだ己の強さへの手応えが感じられなかった。

 アマルティアでポンメルンに惨敗したこと。ルーマシーで帝国にいいようにアーカーシャを持ち去られたこと。

 どちらも己が強ければ状況は変わっていたかもしれない。そのかもしれないがグランの心に小さなしこりを残していた。

 

「今の手合わせを重く捉えているようだがグラン……お前の強さはどちらかというと対星晶獣向けだ。ジータもそうだが、これまでの戦闘は星晶獣戦の方が多かっただろう? 細かな戦いよりチカラの大きさが求められる。戦闘経験値からいっても恐らくそうだろう。

 対するリーシャは逆だ。治安維持組織である秩序の騎空団は対人戦の方が圧倒的に多い。リーシャの先読みは対人戦特化と言ってもいいだろう。対人戦に慣れていないお前の動きが読みやすいのもあるだろうが、要するに相性の問題だ」

 

「そんな事言っても……これから戦うのは帝国だし、その対人戦が重要じゃないか。それじゃ、セルグならリーシャさん相手にするときはどうするんだよ?」

 

「そうですね、私も少し興味があります。ガンダルヴァにも通用したこれが貴方には通用するのか。セルグさん、一回手合わせ願えませんか?」

 

 傍で聞いていたリーシャが割り込む。

 自分が会得した先読み。これがどこまで通用するのか興味はあったし、これにどんな弱点があるのかも気になった。

 若干のやる気を見せているリーシャも加わり、面倒な流れになってきたことにセルグは小さく息を吐くと了承するように立ち上がった。

 

「まぁ、そのくらいは構わないが……二人して望む結果が得られると思うなよ。グラン、剣貸してくれ」

 

「え、なんで? 天ノ羽斬じゃダメなの?」

 

「態々抜く必要はない。どうせ初手で終わる」

 

「なっ!? 聞き捨てなりませんね。いつまでも私を子ども扱いできると思わないで下さいよ」

 

「わかったから構えろ。ほら」

 

 位置に付いたセルグは早くしろと言わんばかりにリーシャを呼ぶ。

 余裕綽々。その態度が雰囲気にも言葉にも表れていて、リーシャの胸中が穏やかではなくなった。

 

「(絶対に一矢報いてやる!)」

 

 僅かにバカにしたような雰囲気を感じ取り、リーシャは何としても一撃を見舞ってやると。そんな気迫を携えてセルグに向けて剣を構えた。

 一挙手一投足を見逃さないように目に力を込めて、リーシャはセルグの全てを見透かすように視線で射抜く。

 対するセルグは――――

 

「んじゃ、いくぞ」

 

 まるで散歩に行くように、軽い口調で手合わせの始まりを告げるとセルグは歩き出した。

 無造作に、無遠慮に……剣を握った腕も下げていてとても即座に動けるとは思えない。そんな状態でセルグは歩みを進める。

 そのままセルグは剣が届く間合いへと躊躇なく入っていく。

 

「(そんな……この距離まで来ておいて、動きだす気配が()()()!?)」

 

 無警戒のまま間合いにまで入り込んできたセルグの動きに、リーシャは徐々に焦りを覚える。

 いつ動くのか、何をしてくるのか。セルグの思考が読めず、リーシャの対応は既に後手へと回っていた。

 そうこうしているうちにセルグは、剣が届く距離から拳が届く距離まで歩みを進めてきた。

 それでも、セルグに攻撃の気配はない。やむなくリーシャは距離を取ろうと動き出そうとする。

 だが――

 

「遅い」

 

 僅かにリーシャが動きを見せようとした時、既に彼女の目の前には剣が突きつけられていた。

 

「(は、はやい……)」

 

 動き出しを読み取れなかった……リーシャの表情が驚愕に染まる。

 

「違うな。お前が動くのが遅すぎたんだ。ここまで距離を詰められれば相手の全身を視界に収めるのは難しいだろう。お前の先読みはこの時点で機能はしない。更に言うなら、距離が近い程反応する時間は短くなる。

 相手に先手を取らせて返すその戦い方は悪くないがそれにこだわったのが失敗だったな。と言っても、そう来るとわかっていたからできたことではあるが……相手が動くまで動けないのがその戦いの弱点だよ」

 

「そんな……こんなあっさりと破られるなんて」

 

 先ほどの気概もあっさり消えて、リーシャは呆然と膝をつく。

 少しは戦えると思っていた。それがすぐに終わると言われ馬鹿にされた様で悔しくて……リーシャはなんとしても一撃入れるつもりでいたのだ。

 それがふたを開けてみれば簡単に攻略されて宣言通りに直ぐに敗北を喫した。

 先程まで落ち込んでいたグランの影が、今度はそのままリーシャに移っていた。

 

「お前の先読みと同様、実力者ともなれば相手の構えでどんな戦いをしてくるかは見えてくるものだ。お前の構えからは攻めの気配が感じられない。オレや黒騎士からすれば崩すのは簡単だ」

 

「ん~でもセルグ。それって逆に言えば無防備で間合いまで入り込んでて危ないんじゃ……?」

 

「そうだな……何をするにも接近する以上、動きの早さが要求される。グランでは難しいだろうな」

 

 剣閃の早さも身のこなしも。セルグのように早くなくては今の戦い方はできない。

 相手よりも早い動きができて初めて可能な攻略の仕方であり、実行できるのは彼だけだ。

 

「それじゃ意味がないじゃないか……」

 

 拗ねたように口を尖らせ、グランは文句を垂れる。

 少しは参考になるかと思ってお願いしたのに、ふたを開けてみれば全く参考にならない攻略法を見せられたのだ。

 いや、そもそもセルグを当たり前の枠に当てはめてお願いしたのが間違いなのだろう。

 常識が非常識なセルグに、まともな事を聞いてもまともな答えが返ってくるはずがなかった。

 

「だから言っただろう。グランにとってもリーシャにとっても、望む結果が得られるとは思うなって。大体リーシャみたいな戦いをする奴は極稀だ。リーシャ対策なんか考えてもしょうがないだろうに」

 

「それじゃ……僕はどうすれば強くなれるんだよ?」

 

 諦めきれないグランは再びセルグへと問いかける。

 この先帝国との決戦が待ち受けるのに今のままでは勝てない。

 自分が実力を一番発揮できるウェポンマスターであってもリーシャにまったく適わないのだ。グランにはここで引けない理由があった。

 視界の片隅では、魔導士としての実力を上げるべくアポロへと指南してもらっているジータが見える。

 

「強くならなきゃいけないんだ。団長として、僕もジータも負けるわけにはいかない場面がきっと出てくる。だから僕らは互いに得意な分野で強くなろうと決めた」

 

 帝国との決戦を控えた今、二人の団長には小さな焦りが生まれていた。

 止まることを知らない、魔晶の脅威。ポンメルンもフュリアスも。普通の兵士でさえも。恐るべき強さとなりえる可能性がある魔晶のチカラ。

 更には、目的が読めないロキや、魔晶無しでも圧倒的と言えるガンダルヴァ。

 いくら仲間達の強さを信じても不安が尽きることはない。

 団長として、仲間を背負うものとして、二人は帝国に負けないチカラを欲していた。

 

「その意思は立派だが、戦いの全てを若いお前たちが背負うものでもない。そう焦るなよ――――って言ったところで納得はできないんだろうな」

 

「セルグさん。これからの戦いを考えればグランさんの成長というのは決して悪い事では――」

 

「それはわかっている。まぁ強さなんてのは早々向上するものでもないが……そうだな。リーシャ、とりあえず指南してやれ。お前の先読みはグランの戦いから悪い部分を除くにはもってこいだろう。剣を振るう癖、読みやすい挙動なんかをできるだけ潰してやってくれ」

 

 先読みしやすい。それはつまり、付け入る隙が多くあるということだ。

 リーシャがグランに連戦連勝できているということは、グランにはまだ相手に悟られやすい挙動や癖があることに他ならない。

 それを見つけられるリーシャは、まさにうってつけの指南役と言えよう。

 

「なるほど……確かに、そういった指導なら効果はありそうですね。わかりました」

 

 それをすぐに理解して、リーシャはセルグの言葉に快諾。グランと再び手合わせをしようと剣を握った。

 そこには既に、先ほどのショックを受けていた姿は影も形もなく、セルグはリーシャの成長をまた一つ感じて小さく笑う。

 

「それからグラン。ガロンゾに着いたら少し出かけるぞ。ビィから聞いた話じゃ掴みかけてるらしいからな。最後の一押し、してやるよ」

 

「え?――うん、よくわからないけど。お願いするよ」

 

 それだけ言い残しセルグは騒がしい甲板を離れていく。セルグの要領を得ない言葉に困惑しながらも、グランはできることをしようとその場でリーシャと手合わせを再開。

 騒がしい甲板にもう一つ喧噪が増えるのにそれほど時間はかからず、グランサイファーでの特訓はより激しいものに変わっていくのだった……

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

「それで――――何故私の所に来た?」

 

 少し睨みつけるように見えるのは気のせいではないだろう。

 アポロの前で並ぶ二人は少し尻込みしながらも、それに答えるべく口を開いた。

 

「少しでも強くなっておきたくて……」

 

「黒騎士さんなら、私達の知らない事をたくさん知っていると思ったので……」

 

「杖を持って私の所に来るとは、七曜の騎士の意味を分かっているのか? 騎士である以上私の強さの根幹は剣による戦いだ。魔法等、おまけ程度でしかない」

 

 詠唱破棄の高速魔法。四つの属性を自在に使いこなし、それを様々な形で魔法として行使できるアポロの魔導士としての実力は異常である。

 だがそれでも、七曜を冠する騎士であるアポロにとっては剣での戦いこそが根幹。

 目の前で居並ぶ魔導士達に教えること等あるわけがないと、アポロは教えを乞いに来た二人を突き放す。

 

「それでも! 黒騎士さんの魔法は私達よりずっと凄いですから」

 

「お願い。私たちの中じゃ魔法を使える人って少ないから強くなるには黒騎士にお願いするしかないの」

 

 他に適当な人物はいない。それはアポロにも理解できた。

 だが、懇願を見せるイオの表情にアポロは良い顔ができなかった。

 

「――全く、すっかりお仲間気分だな。忘れてはいないか? 私とお前達はいずれ敵対する者同士だぞ」

 

 そう。事が終われば敵になる。

 それはアポロの発言からもはっきりとしている。ここでアポロが指導するのはアポロにとってプラスでもありマイナスでもあるのだ。

 いずれ敵対することが分かっている相手に塩を送る。それはオルキスを取り戻す己の悲願の障害を作るのと同義である。

 対するジータとイオも、アポロが簡単に首を縦に振るとは思っていなかった。

 縋るような気持ちで、ジータはイオと並んでアポロへと頭を下げる。

 

「そうですけど……でも、オルキスちゃんを守るためにも戦力は必要なはずです。私達が強くなればそれも楽になるはずです」

 

「お願い黒騎士。私達はまず、ルリアとオルキスを守り切って帝国に勝たなきゃいけない。そうでしょう?」

 

 以前のアポロであれば、容易く断っていただろう。

 だが、ここでアポロは迷いを見せた。受けるか否か……その迷いを。

 ルリアとオルキス。その両方を守りながら戦うには戦力の向上は確かに必須と言える。

 だが、アポロの胸中にはメリットとデメリットより先に燻るものがあった。

 

「(何故……こんなにも穏やかな気持ちになっている?)」

 

 彼女たちが己の悲願の一助となってくれそうだからか? それとも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からか?

 去来する穏やかな気持ちの正体を掴めないまま、アポロは静かに首を縦に振ることにした。

 

「いいだろう。お前たちの戦力はアテにしている。特別に教えて――」

 

「だから! 私達はそれでも強くなりたくて……っていいの? 本当に!?」

 

 勢いに任せて割り込んだイオがアポロの言葉を理解して顔を輝かせた。

 はしゃぐイオにつられてジータも顔を綻ばせて、二人して見合うとアポロへと頭を下げる。

 

「「よろしくお願いします!」」

 

「あまりはしゃぐなよ……言っておくが、手取り足取り優しく教えてもらえると思うんじゃないぞ」

 

「「はーい」」

 

 声をそろえて返してくる二人に、アポロは僅かに頭痛を覚える。

 誰かに指導をするなど柄にもない事をこれからしなくてはいけない。更には相手が小うるさい少女二人だ。

 既に後悔が見えてきており、アポロは安請け合いした自分の選択を呪った。

 

 

「はぁ――それで、どうしたい?」

 

「はい。黒騎士さんが使う魔法……特にあのとっさに撃てる詠唱無しの魔法を教えて欲しいんです」

 

「普通なら魔法はカギとなる詠唱がなければ使えない。なのに黒騎士はそれを無視して魔法を使ってる。私達もそれをできるようになりたいの」

 

「なるほどな……言うのは簡単だがあれはそれほど単純なものじゃないぞ」

 

 アポロの言葉に、ジータとイオは疑問符を浮かべる。

 

「お前たちは魔法を使う時どこまで意識している?」

 

「意識……ですか?」

 

「言い方が悪かったな。発動される魔法のイメージはどの程度浮かんでいるかと聞いている」

 

 わかりやすく、アポロは言い換えて再度問いかける。

 魔法を発動する際のイメージ。その練度と言えばいいか……どれだけ完成された魔法がイメージできているのか。

 

「私は一応、魔力の練り上げから、術式を介して魔法が組みあがっていくまでくらいはしっかりイメージしてるわよ。師匠からも教わったし……」

 

「私は……そのー、なんとなくって言うのが一番正しいかもしれません」

 

 アポロの問いにイオは自信たっぷり。ジータはどこか自信なさげ。対照的に二人は答えた。

 ジータの答えにアポロの表情が僅かに歪むも、二人がそれに気づくことはなく、アポロはそのまま話を続ける。

 

「理論で言えばチビ助が正しい。発動する感覚でいえば小娘が正しいと言ったところだな」

 

「ちょっ、チビ助ってなによ!」

 

「まぁまぁイオちゃん落ち着いて。黒騎士さん、それってどういうこと何ですか?」

 

 怒りを見せるイオを押さえつけて、ジータはアポロへと続きを促した。

 時間を無駄にはできない……イオには悪いがここは我慢をしてもらうべきだ。

 

「まずは魔法について理解しておく。本来魔法とは鍵となる詠唱があって初めて発動される。それは良いな?」

 

「はい……そうですね」

 

「いうなれば魔法とは詠唱という鍵を使って開く扉という認識だ――さて小娘共。お前たちは鍵のかかっている扉を前にして鍵がない場合どうする?」

 

「うーん? 鍵のかかった扉を前に鍵がない…………壊す? 痛゛ぁ!」

 

 ジータの見当違いな答えに、思わずアポロの拳骨が落ちた。

 これまで感覚的に魔法を扱ってきた彼女だ。理論的なものには疎かったのか、余りに的外れな答えが飛び出し、アポロの腕は反射的に動いてしまう。

 

「うぅ~痛いじゃないですか!」

 

「これで少しは阿呆が治るといいな。そんな力業で魔法が発動できると思っているのか?」

 

「あ、あはは……ある意味流石ねジータ。――う~ん私だったら、構造を理解して鍵を作り出すかな? これでもバルツでは色々作ってたし。鍵を作るくらいならできそう」

 

「フンッ、チビ助は多少理解が早いようだな。お前の言う通り、簡単な方法は構造を理解する事だ。それができれば扉を開けることは造作も無い。ここまで言えば詠唱破棄の条件がわかるだろう?」

 

 イオとジータが首を傾げる。

 互いに疑問符を浮かべながら少しの時間を思考を回すと、ジータの中でその答えが出た。

 

「――そっか、詠唱という鍵がなくても扉を開けられるくらいに術を理解する……こういうことですね」

 

「そうだ。チビ助は魔法をしっかり理解しているがそれを組み立てる感覚が足りない。イメージが足りず扉を開けるまでの魔法の構成ができていないんだ。

 小娘の方は逆だ。感覚的に魔法を使いこなしているということは、そっちの素養は十分だろうが、いかんせん頭が足りていない。

 自分が使う魔法を、魔力の運用から魔法発動のプロセスまで全て理解しろ。あとは己に流れる魔力を知覚し魔法へと構築できる感覚があれば、詠唱破棄は容易い。

 つまり最終的にものを言うのは、慣れ……だ」

 

「慣れ……ですか?」

 

「あぁ、理論なんていうのは簡単に詰め込める。だが、それを運用する感覚は結局のところ魔法をどれだけ扱ったかだ。チビ助にそれが足りないのは、まぁ年齢を考えれば仕方ないのかもしれんな。アドバイスくらいはしてやる。私が見てやろう。

 小娘の方は、ロゼッタにでも教えてもらえ。アイツなら知識はあるはずだ。素直に教えてくれるかは知らないがな」

 

 思ったより丁寧に説明してくれたアポロの解説が終わる。イオは自分に足りないものを認識してショックを受け、ジータはこれから教えを乞うであろう女性を思い浮かべて少し苦笑い。

 互いにやるべきことが見つかったものの、それが簡単ではないことはよくわかっていた。

 それでも、やらなければならない。

 詠唱破棄の高速魔法は魔導士にとって究極と言えよう。それを身に着けることは、大きな戦力アップにつながるはずだ。

 

「それじゃ、黒騎士。よろしく頼むわ」

 

「私はロゼッタさんとお勉強してきます」

 

「ふっ、簡単な事ではないが期待させてもらうぞ」

 

 

 不安と期待を胸に抱きながら、少女たちは強さを求めて新たな階段を上り始めた。

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 艇内へと戻ったセルグは一人椅子に座って考えに耽っていた。

 グランとの特訓も考えなくてはいけないが、それよりも気になるのは逃してしまったアーカーシャの事。

 ヴェリウスに言ったように、ルリアやオルキスが居なくてもアーカーシャの起動ができるかもしれない。その可能性はゼロではない。

 星の民しか扱えないはずの星晶獣を魔晶によってコントロールした帝国の技術というのは、決して侮れるものではなかった。

 

「あ、セルグ。どうしたんだ? 皆と特訓はいいのかよ?」

 

 そんなセルグの元に、同じように甲板から艇内に戻ってきたビィが声を掛けた。

 

「ん? ビィか。オレは特訓してもある意味しょうがない状態だからな……のんびりさせてもらってるよ」

 

「そっか。まぁセルグの場合は特訓なんかしなくても普通につぇえから良いんじゃねえのか?」

 

 ビィの言葉にセルグの視線が少し下がる。

 

 アーカーシャを逃した時。セルグの能力が万全であったのなら、結果は違っていただろう。

 戦艦を斬り墜とし、いくらでも追うことができたはずだった。

 それができずみすみす逃したのはひとえにこれまでの己の無茶が招いた事であった。

 グラン同様セルグにも、かもしれないの後悔が燻っていた。

 

「そういうわけにはいかないから少し困っている。まぁ、そこは何とかするさ……そういやビィ。ちょっと聞きたいんだが」

 

「なんだよセルグ。そんな改まって?」

 

「結局のところビィの記憶はどうなった。 ザンクティンゼルで何か思い出せなかったのか?」

 

「うーんそのことかぁ。記憶については結局さっぱりなんだよなぁ……あのチカラが使えるようになった分余計に気になることが増えちまって、オイラもわけがわかんねぇんだよなぁ……」

 

 困ったような声音でビィの耳がうなだれる。

 相変わらずよく動く耳だと余計なことを考えながらもセルグはビィを慰めるように抱え込んだ。

 

「そうだったか……まぁオレも出生の話は聞けたが記憶については思い出せてないから何も言えないがな。ビィはビィだろ。気にすることもないさ。グラン達だってそう言ってただろ?」

 

「そうだけどよぉ、やっぱり気になっちまうっつぅか……」

 

「気にしても何も始まらないさ。それよりビィ、お前柔らかくて気持ち良いなぁ……これは確かにカタリナが腑抜けるのもわかる気がするよ」

 

 ぬいぐるみのような柔らかな感触。

 小動物特有というべきか、ヒトよりやや高い温もりが、ビィを抱え込んだセルグを襲う。

 これは抗い難し……そう思うには十分な心地よさにセルグの心が腑抜ける。

 

「っておぉい! セルグまで何言ってんだよ! コラッ、離せ!」

 

「良いじゃねえかこのくらい。考えてみたらお前とはこんな風に接することもなかったからな……こういう時間も悪くないもんだ」

 

「オイラはペットじゃねぇぞ! 姉さんと違って害がないからまだ良いけどよぅ……全く勘弁してくれよなぁ」

 

 顔を膨らませ不満を見せるビィを撫でながら、セルグはされるがままのビィを見て物思いにふける。

 

「(触れ合ったからといって特別なチカラは感じない。だが、確かな何かをビィは持っている。これまでは何も感じなかったビィに、オレは小さな違和感を感じるようになった。これはやはり、ザンクティンゼルでの一件が関わっているのだろうか? ビィの正体はわからんな。母上も何も教えてくれなかったし、不思議のまま……か)」

 

 星晶を抑える不思議なチカラ。

 強さといった概念での何かを、セルグはビィから感じることはなかった。

 だがそれとは別に、小さな違和感を感じるようになっていた。

 それはいつからか……ビィがチカラを得た時か。己が調停の翼の一部だとわかってからか……それは定かではなかったが、いずれにしても、ビィに関する疑問が尽きることはなかった。

 

「ん? どうしたんだセルグ。固まってるぞ」

 

「あ、いや何でもない。ビィが竜なのかどうかを少し考えていた。トカゲとは言わないが、こうしているとやはり竜っぽくはない気がしてな」

 

「なっ!? だからオイラはれっきとしたドラゴンだって言ってんだろ!」

 

 怒り心頭。思わぬセルグの言葉にビィがすぐに不満を露にした。

 抱きかかえているセルグの腕を振りほどこうともがくも、ビィが抜け出せる程セルグの拘束はやわではない。

 

「ホラホラ、暴れんなって。あまり暴れると尻尾つかんでぶんぶんの刑にするぞ」

 

「んげ!? じょ、冗談だよなセルグ……セルグはジータと違ってオイラをそんな風には……」

 

「じゃあこのまま大人しくしているのと、このままカタリナの所に連れていかれるのとどっちがいい?」

 

「おぉい! その選択肢はひどすぎんだろ!」

 

 冗談だとはわかっているものの、それを想像して慄くビィを見てさすがにいたたまれなくなり、セルグは安心させるように撫でるのを再開する。

 

「冗談だ。ある意味癒しの時だからな。態々手放すこともないだろう……っとそうだ、もう少しビィには教えて欲しいことがあるんだがいいか?」

 

「なんだよセルグ。今日はやけに色々と話したがるなぁ」

 

「ビィが知ってるグランとジータの事……思い出話でもなんでもいいんだ。故郷にいた二人と、旅を始めてからの二人……これまでの二人がどんなヒトであったのかを少し教えて欲しい」

 

 少しだけ真剣な面持ちとなって、セルグはビィに請う。

 質問の意図が読めなくとも、何か重要な事だと悟り、ビィは静かに口を開いた。

 

「何だかわかんないけど、それじゃ昔の二人の事でも教えてやろうか? あいつら昔はすっげーやんちゃだったんだぜ」

 

「今でもそれなりにやんちゃなのは変わらん……ってほどでもないか。半分はオレのせいかもしれないがな」

 

 己が散々に無茶をしてきたから……彼らはそれを抑える側に回るようになったのではないか。

 静かに、セルグは自らのこれまでを自戒した。

 

「そうかもなぁ……あいつら旅に出る前はセルグみたいに無茶苦茶ばっかりだったんだぜ。例えば――」

 

 

 そうしてビィは語りだす。

 ザンクティンゼルでの思い出話から始まり、ルリアとの出会い。

 ポートブリーズ群島、バルツ公国、アウギュステ列島にルーマシー。アルビオンを経て、霧深き島。

 これまでの旅路を振り返ってセルグに聞かせた。

 セルグは時に驚き、時に呆れ、時に怒りを見せながら、グラン達のこれまでを知っていく。

 甲板から聞こえる喧噪は気にせずに、二人はしばらくの間こうして穏やかな時を過ごすのだった…………

 

 




如何でしたでしょうか。

シナリオだけでなく、魔法に関しての部分にも多分にオリジナルの解釈と設定が入り込んできております。

正直詠唱破棄の部分については表現が稚拙というか上手く書けていない気もするのですが……ちゃんと伝わっていますでしょうか。
もしツッコミどころがあったら教えていただけると嬉しいです。

前書きにも書きましたが三部構成の幕間。次回もご期待ください。

それでは、お楽しみいただけたら幸いです。

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