granblue fantasy その手が守るもの   作:水玉模様

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お久しぶりでございます。
少しリアル事情で執筆活動を停止しておりました。
再開記念に緊迫した戦闘回をお送りいたします。

それではどうぞ、お楽しみください。


メインシナリオ 第46話

 

 空気を裂く音が鳴り、グランの頬を荊が掠める。細くしなやかな荊があちらこちらで蠢くのを確認し、グランは僅かに踏み込むのを躊躇った。

 

「くっ、これでは入り込めない! ジータ、援護を!」

 

「う~ん、ちょっとぉ……無理かなぁ」

 

 縦横無尽に暴れまわる木々の暴威に二の足を踏んだグランは援護を要請するが、返ってきた声は口調こそ間延びしているが余裕のない言葉であった。

 それもそうだ、既にジータの魔法はあちらこちらで炸裂し、仲間を狙う創世樹の咢を爆散させている。

 一発一発が驚異的な威力の魔法を放つジータのおかげで前衛はまだ戦えているといった状況である…………だがそれは時をおけば再生され、ジータの疲労を増やすだけ。

 

 ユグドラシルとロゼッタ……二つの存在を取り込み、溢れんばかりの星晶の力で一行を襲う異形の木となったユグドラシルマリスを相手に、グラン達は苦戦を強いられていた。

 驚異的な生命力を誇る創生樹の咢。地面より無数に湧き出てくる木の根や蔦に荊。

 倒してもキリがないそれらは彼らに攻め入る事を許さず、襲い来る木々の攻撃を迎撃するしかなかった。

 そしてもう一つ……

 

 

「イオ、危ねぇ!!」

 

「え?」

 

 動きを止めていた幼き魔導師は、ラカムの声で我に帰る。目の前に迫っていたのは鋭くしなる荊の鞭。当たればたやすく皮膚を切り裂くであろう勢いのそれは、避けるには遅く防ぐ手立てもなかった。

 

「チィ!!」

 

 瞬間的にラカムは荊の根本を炎の銃弾で撃ち砕いた。反射的に撃った銃弾は狙いも碌につけられなかったが、幸運にも直撃してイオに迫る脅威の動きを止める。

 

「何を呆けてやがる! 何もしないで殺される気か!」

 

「だって……あれはロゼッタなんだよ! ロゼッタに攻撃なんてできるわけ――――ッ!?」

 

 再び迫る荊の攻撃にイオが息を呑んだ瞬間、ラカムは落ち着いてイオを抱えて後退。脅威の届かない後方へと下がり、ルリアを守るリーシャやセルグと合流した。

 

「ラカム、無事か?」

 

「あぁ……なんとかな。リーシャ、セルグ。わりぃがイオを頼む。あれを見て萎縮しちまってる……イオが抜ける分も俺は援護に向かわなきゃならねえ。任せたぜ!」

 

 見つめる先……カタリナとヴィーラが木の根や荊を躱しながら創世樹の咢と奮闘している姿を見て、ラカムはすぐさま駆け出した。

 止まっている暇などない。戦況は刻一刻と劣勢に傾き始めている。

 だが、残されたイオはその場に残りラカムを見送ることしかできなかった。

 

 中衛として、イオが戦闘で占める役割は大きい。

 ラカムやオイゲンの様な銃撃では点での援護しかできないからだ。

 魔法による面制圧ができるジータやイオの存在は、無数の木々が蠢くこの戦いにおいては特に重要な戦力である。

 だが、大樹となったユグドラシルマリスの中にロゼッタを見た瞬間、イオは戦意を喪失。

 取り込まれたロゼッタを見た瞬間から、イオにとってユグドラシルマリスはロゼッタとなった。

 前回には無かった荊による攻撃は、中心に囚われているロゼッタが取り込まれてしまった証。

 母親のような存在であった彼女が使役していた荊が今、己へと向けられて、イオは動けなくなってしまったのだ。

 

 

「イオ、気持ちは分かるが今は――」

 

「セルグさん。ルリアさんがイフリートを召喚して前に出ます。護衛に回ってください。援護は私が」

 

「セルグさん、グランの援護に向かいます。あそこまで連れて行ってください」

 

 イオへと何かを告げようとするセルグを遮って、リーシャはセルグに前へ出るように指示を出す。暗にここは私に任せろと言う事だろうか。

 リーシャが言うようにルリアも前線のグランの元へと向かおうとしているのが見えて、セルグは己がすべきことを理解。視線でリーシャに任せる意思を見せると同時に駆け出した。

 

「ルリア、シルフは解除だ。多重召喚は負担が大きい……前線まではオレが無事に連れて行こう」

 

「わかりました、お願いします」

 

 共に走り出す二人を見送り、リーシャは風魔法での援護に傾注。傍らで佇むイオを守りながら、前衛の援護に徹する。

 自然とイオを己の後ろ手に隠して、リーシャはそのまま前を見て戦い続けた。そんなリーシャの背を見ながらイオは己の不甲斐なさを痛感する。

 

 ”何もできない”

 

 助け出すために来たのに、敵意を向けられて……

 己の魔法がもしかしたらロゼッタを傷つけてしまうかもしれないと考えてしまい、イオは魔法を行使する為に集中することができなかった。

 セルグとゼタがコアを破壊できるのは自分達だけだと言ったからイオの魔法でロゼッタやユグドラシルが死ぬことは無いのかもしれない。

 だが、怪我するかどうかは別だ…………傷付くかどうかは別なのだ。

 幼い頃より両親を亡くしたイオにとって、優しく面倒見の良いロゼッタは、姉とも母親ともとれる家族に近しい存在。簡単に割り切って戦える程小さな存在ではなかった。

 

「リーシャ……あの、私――」

 

「無理をする必要はありません。イオさん」

 

 小さく息を漏らし、イオがリーシャの背を見上げる。

 頼もしい後ろ姿のまま、リーシャは背後にいるイオへと言葉を投げるのだった。

 

「イオさんにとって、ロゼッタさんはとても大切な人だと……その反応を見ればわかります。ですから、無理をして戦わなくてもいいんです。貴方が後ろにいるなら、守ろうとする私はまた一つ頑張れそうですから……」

 

 幼い魔導師に無理をさせてなるものかと。気勢高くリーシャは己を鼓舞する。

 秩序の騎空団としての矜持が、ギリギリの攻防を続けるリーシャの心をまた強くした。

 

「リーシャ、でも――」

 

「ただ……もう一度思い出してください」

 

 だが、その一方でリーシャはこのままで良いはずがないとも感じていた。

 既に仲間達は手一杯。自分だって己の身を守りながら援護するだけで精一杯。誰かを守りながら戦うとなると苦しい状況であった。

 端的に言って、今の彼らにお荷物を抱えたまま戦う様な余裕は無い。

 

「思い出してください……イオさんも私達も、ルーマシーを脱出したあの日に何を決意したのか」

 

「決意……?」

 

「そしてイオさんは、ロゼッタさんから何を託されたのかを」

 

「託された……」

 

 リーシャの一言一言が、イオの脳裏に次々と記憶を呼び覚ます。

『皆が俯く状況でも、引っ張ってあげられるように強く在れ』

 ロゼッタに求められた子供であるが故に持てる強さは、今この時において子供であるが故の弱さとなってしまった。

 優しい故に。子供であるがゆえに。イオは大切な仲間を傷つけられないと戸惑ってしまった。

 

 だが、同時に思い起こされるは必ず助け出すと誓った仲間達との決意……

 魔晶のチカラがなんだと、そう言って乗り越えようと決意したはずだった。

 

「ここで何もしなければイオさんはきっと後悔すると思います……戦況は切迫している。このままでは私達は、ロゼッタさんを助けだせないかもしれません。もしそうなったとき、何もしなかった自分を、イオさんは許せますか?」

 

「それは――――そんなの、許せるわけないじゃない」

 

「だと思います。なら、答えは出るはずです。もう一度言いますよ……私達はあの日、何を決意しましたか?」

 

 手をこまねいていて良いのか。何もできないままでいいのか。

 リーシャの言葉に、イオの心が震える。

 

 傷つけることを恐れていた? そんな事の前にもっと恐れるべきことがあったはずだ。

 何もできず救えなかったなら、傷つけたことを謝る事すらできない。

 必ず助け出すと誓った仲間を助けられなくてどうするのだと、イオは胸中で己を奮い立たせる。

 

「――ごめん、リーシャ。思い出したよ私……皆が俯いてても私だけは前を見てなくちゃいけなかった。そんな私が、こんなところで見てる場合じゃないよね」

 

 瞳に力が宿ったイオに、もう迷いは無かった。

 託された想いは。求められた強さは。少女にとっては大きく重たいものであった。

 だがそれを軽くできる術を少女は見つけたはずだった……必死に戦い、必死に強く在ろうとする仲間がいれば自分はどこまでも強くなれるのだと知ったから。

 自分にできる事……それはこんなところで縮こまる事ではないはずだと、今幼い魔導師の心に火が灯る。

 前を向き、己が戦うべき戦場を見据えた。

 

「もう――――大丈夫のようですね。それではイオさん、ラカムさんとオイゲンさんのバックアップに回ってください。突破はグランさん達に任せますので、皆さんがやられないように援護を」

 

「うん、わかった……ねぇ、リーシャ」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「これが終わったら、ロゼッタにごめんなさいって言いに行くのに付いてきてもらえる?」

 

 やる気から一転、僅かに不安な顔を見せるイオの言葉の奥を読み解きリーシャは小さく笑う。

 これから本気で攻撃する事への詫びか、それとも惑い戦えなかったことへの詫びか……

 どちらにせよそんな事、謝る必要ないと切り捨てられそうな内容であることが容易に想像できた。

 

「フフ、わかりました。ちゃんと一緒に付いててあげますから」

 

「うん、ありがとう…………それじゃ、迷惑かけた分しっかり頑張らないとね!」

 

 声に力が滾る。動きに意志が宿る。

 その身に膨大な魔力を従え、躍動するイオが戦線に飛び込んだ。

 カタリナを狙う木の根を焼き払い、ヴィーラに迫りくる創世樹の咢を凍り付かせ、縦横無尽に飛び交う光の魔法弾が次々と木々の脅威を打ち砕く。

 幼い魔導師が参戦したとたん前衛の戦況は一気に好転をみせ、仲間達に僅かな余裕が生まれる。

 

「(本当に、見事と言うほかないですね……あれだけの数の魔法弾の制御に、複数の属性を扱う才覚。適した魔法を選択する慧眼といい、とても子供とは思えない)」

 

 リーシャは目の前で奮戦するイオの戦いに一人ごちる。

 特に魔法による面制圧が有効な場面とは言え、イオの強さは戦況を覆せる一手となっていた。

 だが同時にそれは、イオが居なければ何れ戦線は崩壊していたことを意味する。

 既に前衛には疲労と負傷が目立ち、対する相手に衰えは見えない。

 戦況は間違いなく不利に傾いていたのだ。

 

「はぁ……それしかないとは言え、それらしい言葉で焚き付けて、まだ年端もいかないような少女を戦線に押し出すのですから――――我ながら非道ですね。父さんの耳に入ったら何と言われることか」

 

 戦いながらも重くのしかかってくるため息の原因に、リーシャは一人心を沈ませる。

 今更心持ち程度で戦闘に大きな影響を及ぼすことは無いが、それでも握った剣は重く感じ、魔法の練度は衰えたように感じる。

 

「(防戦一方で攻め込むことすらできなかった……本番はここからだ)」

 

 ロゼッタとユグドラシルを救い出すためには、マリスを倒すしかない。

 だがここまでひたすらに防戦一方であった彼らは、今ようやっとこの戦いのスタートラインに立ったに過ぎない。

 

 奮闘するイオを視界に入れないようにしながら、リーシャはひたすらに戦況を見据えて動き続けるのであった。

 

 

 

 

 

「グラン、イフリートを突撃させます! 一緒にコアを狙ってください!」

 

 前線へとたどり着いたルリアは、前に踏み出せなかったグランへと援護の手を差し伸べる。

 僅かな間の集中、次いで光の中からイフリートを召喚。猛る炎の魔獣が木々の脅威をものともせずにユグドラシルマリスへと吶喊していく。

 

「グラン、儂も共に行こう。迫りくる脅威を薙ぎ払いコアとなる部分へと攻撃を行うぞい!」

 

「うん、わかった!」

 

 イフリートの対処にユグドラシルマリスが攻撃を集中した隙を狙い、アレーティアとグランが隙間を縫って突撃。

 荊や蔦などの細かい攻撃を卓越した剣捌きですべて凌ぎ、二人は本体へと接近していく。

 二人の進行を阻むべく前方に突如現れた荊を、イフリートが放つ業炎が焼きつくして、援護を受けた二人はマリスへと一直線に駆け抜けた。

 このまま抜けられるかと思ったが、地面の揺れと同時に二人の前には創世樹の咢が出現。簡単に倒しきることのできない巨大な咢が二人の行く手を遮った。

 しかし――

 

「アレーティアは行ってくれ! アレは僕が!」

 

 二人はそこで止まらなかった。音は無いものの、まるで咆哮を挙げるかのように口を開いた木の塊に対してグランは即座に行動を選択。

 七つの光点を七星剣に収束。極光纏いし剣を走りながらの勢いそのままに上段から振り下ろす。

 七星剣が奥義”北斗大極閃”。それはグランの力やウェポンマスターの適正とも相まって、前回のジータの時より更に強力な一撃となり、創世樹の咢を上から叩き潰した。

 

「好機!!」

 

 任されたアレーティアは足を止めないまま潰れた創世樹の咢を足場に跳躍。巨大な大樹の幹の部分に囚われた二つの存在を救うべく、アレーティアも全力の奥義を叩き込む。

 ”急”の発動で地属性のチカラを二刀へと瞬時に付与。ギラリと向けた視線がロゼッタとユグドラシルを覆うコア部分を見据える。

 

「白刃一掃!」

 

 地属性のチカラを宿した二刀による渾身の一撃は、ユグドラシルとロゼッタが囚われているコア部分へと確かに届くのだった。

 

 

 

「むぅ……?」

 

 確かな攻撃の感触に感じ入る暇を持てないまま、アレーティアは唸った。

 攻撃は確かに届いた。だがそれでも、その効果はまるで見られない……

 

「アレーティア!!」

 

 切迫したグランの声に、アレーティアは反射的にその場を離れる。次の瞬間にはアレーティアの真下から現れた創世樹の咢が、その口を開けて飛び出していた。

 グランの下へと後退したアレーティアは間一髪だった事に冷や汗を流しながらも新たに現れた脅威を睨み付ける。

 

「すまんのぅグラン。仕留めそこなったばかりか、危うくやられるところじゃったわい……」

 

「気にしないでくれ……どうだった?」

 

 何が。とは聞かなくてもわかる……共に本体を狙っていた以上脳裏によぎるのは攻撃が効くか否か。

 直接攻撃を加えたアレーティアの見解はその表情に表されていた。

 

「恐らくちょっとやそっとでは、あの魔晶の檻は破れんじゃろう。二人のチカラを取り込んで相当強固な防御を張っていると見える」

 

 見据える先。コアとなる部分に見られるは禍々しい結晶体に囚われた二人の存在。二人を守る結晶体はアレーティアの攻撃に無傷であった。

 

「となると……やっぱり必要なのは威力か」

 

 互いに戦況を確認し合って、襲い来る攻撃を捌きつつも二人は思考を巡らした。

 アレーティアの攻撃とて決して弱くは無い……だと言うのに斬り付けた瞬間にアレーティアが感じたのは、固く壊れる事の無い金属の塊のような感触。

 込められた属性力も功を奏さず……取れる手段は一気に絞られた。

 

「とにかく、一度後退しよう。このままでは孤立して動けなくなる」

 

 地面より無限とも言える勢いで生えてくる木々の脅威を捌きながら、二人は一度大きく後退。仲間と合流するべく動き出した。

 他の前線メンバーも同様に一度大きく後退し、マリスの追撃が来ない距離まで下がって集結。

 最初は不意打ちまでして襲い掛かってきたマリスも、基本的には防衛が主なのか、無為に追撃するような事はしてこず、戦況は一度膠着状態へと入った。

 

 

 

「リーシャさん、皆の状況は?」

 

 警戒をしながらも一度終結した一行は、状況を確認しあいながら各々治癒を施す。

 携帯したポーションや回復魔法。武器に異常はないか確認をして、次なる動きを待った。

 

「良くないですね。防戦一方で相手の勢いも衰えることはなく、皆さんには疲労が見えてきています。そちらは?」

 

「コア部分には攻撃を加えることができたけどアレーティアの全力でも打ち破れなかった。あの魔晶の檻を壊すにはかなりの威力が必要だと思う。取れる手段は限られてくる……」

 

 不安がグランの顔によぎるも、かぶりを振ってそれを散らす。グランはすぐさま気を取り直した。

 

「こっちもこっちで相変わらずの驚異的な生命力だ……切っても切っても再生してくるのは兵士の人海戦術よりよっぽど恐ろしい」

 

「そうですね……兵士ならばまだ恐怖心などを煽って弱体化もできますが、あれらにそんなこと効きはしないでしょう」

 

「ルリア……疲労は大丈夫か? 島に来てからフェニックスにシルフ、イフリートと連発しているが……」

 

「大丈夫ですセルグさん。フェニックスの後は少し休みましたし、多重召喚はしていませんからへっちゃらです!」

 

 力のある声で答えたルリアに、セルグは少しだけ表情を緩めるが、それをゼタが後ろから小突いて窘めた。

 戦闘はまだ終わっていない。それどころか、活路が見えていない。状況はかなり苦しいと言えるだろう。

 

「さて……どうする?」

 

 オイゲンが皆の思考を代弁するようにつぶやいた。

 目の前にいるのは、迎撃準備万端と言わんばかりに、植物の猛威を構えた異形の大樹。

 大樹の幹の中心に囚われた、ロゼッタとユグドラシルを救い出すにはどうすればいいか…………一行は頭を悩ませた。

 

 そんな中、彼らの傍らに大きな鳥が降り立つ。

 

 ”苦戦しているようだな、若造”

 

「――――ヴェリウス」

 

 巨体となったままセルグの隣へと降り立ったのは、アポロ達から先んじて援護に飛んだヴェリウス。眼前の異形を見据えたまま、一行の前へと躍り出る。

 

 ”若造、黒騎士は傭兵の女と共にこちらに向かっている。すぐ後にもう一人の傭兵と小娘の方も来るであろう……”

 

「黒騎士は無事か……よかった」

 

「はい、良かったです。オルキスちゃんも無事のようですし」

 

「そうだねぇ~でもいまはこの場を何とかしないとだねぇ~」

 

 ヴェリウスからの報告にグランとルリアが安堵の息を漏らし、ジータの声で再度気を引き締めなおした。

 

「それなら、こっちも何とかしないとだ」

 

「だがよぉ、グラン。一体全体どうする気だ? コアにたどり着くのも難しい上に、アレーティアの全力でも厳しいんだろ? そんなのどうやって突破するんだよ」

 

 とれる手段は限られる。先にグランが言った通り、大樹となったユグドラシルマリスの防衛網を掻い潜りさらにコアを抜くのは難しい。

 だがそれを解決する手段が、今降り立ってくれた。

 

「ヴェリウス……協力をお願いできないか?」

 

 ”む? 何だ小僧。我がお主らにできる援護と言えば、あの邪魔な木々を薙ぐ事ぐらいぞ”

 

 何を期待しているのか。ヴェリウスの声音に疑問が垣間見える中、グランは自信ありげに口を開いた。

 

「僕とルリア。二人を乗せて、上空からユグドラシルのコアへと突撃してほしい」

 

「なっ!?」

 

 グランの言葉に驚きが広がる。どんな手を取るのかと思えば、単なる特攻に近い作戦に仲間達からすぐに抗議の声が上がる。

 

「何を考えているグラン! 君だけならまだしもルリアを一緒にコアまで突撃させるなんて、そんな馬鹿な作戦があるか」

 

「落ち着けカタリナ。こんな状況でふざけるはずもない。グラン、一体何を考えている?」

 

 激昂するカタリナを抑えたセルグが問い詰める。

 無為にルリアを危険な目に合わせるはずもないのはこれまでを振り返ればわかる。グランの作戦の意図は読めなかった。

 

「聞いてくれ、一人のチカラであれは突破できない……突破するには、島に突入した時と同様に、チカラを重ねる必要がある」

 

「――――確かに、そうだろうな。だがそれがルリアを突撃させるのとなんの関係が?」

 

「フェニックスにはさすがに乗れないからね……地上でイフリートを呼び出してもコアに攻撃は届けられない。空中からイフリートを召喚して僕の攻撃と合わせてもらう。ルリア、行ける?」

 

「は、はい! やって見せます!」

 

 グランの問いにやる気を見せるルリア。そんなルリアをいて空を仰ぎ見るカタリナ。

 心配でたまらないのだろう。これまで前線に出ることなど一切なかったルリアが最前線で作戦の要を務めるのだ。無理もない。

 

「ルリア、ありがとう……それから」

 

 グランの視線が、ジータへと向く。

 

「ジータ、それにイオ。二人が遠距離からの魔法でタイミングを合わせてくれ。4人同時攻撃でコアに攻撃を加えて魔晶の檻を()く」

 

 二方向からの同時攻撃。それがグランの作戦だった。

 セルグやゼタでは、万が一の事を考えると任せられない。彼らはロゼッタ達を助け出したいのであって殺したいわけではないのだ。

 だが人数をそろえて同時攻撃を加えるのは正面からでは難しく、相手の防衛能力も高い。

 そこでヴェリウスに乗って空中からの接近。それに合わせて距離を選ばず攻撃できる魔法型の二人による同時攻撃。

 天星器を扱うグランの攻撃力と、ヒトから外れたチカラを持つ星晶獣を操るルリア。エレメンタルフォースで属性力を高めて規格外の攻撃魔法を扱えるジータとイオで魔晶の檻を貫くのだ。

 

「また随分と大それた作戦だな……勝算は? それで抜けるという保証はあるのか?」

 

「セルグ、こんなのはただの思い付きだよ……勝算なんてわからない。でも、現状でできる最大火力の攻撃だ。これでだめなら打つ手はなくなる」

 

「だったらグラン! オイラのチカラを使ってくれ!」

 

「ビィ? ビィのチカラは影響が未知数だから今回は――」

 

「違うんだってグラン。オイラのチカラ、皆に分けてやるんだ」

 

 要領を得ないビィの言葉にグランが疑問符を浮かべるが、ビィは目を閉じて集中し始めた。

 集中するビィは次第に淡い光を帯びていき、一行の疑問は別のものへと変わり始める。

 

「――こ、これは?」

 

「何だろう……不思議な感じ」

 

「只の強化魔法とは違う。強く成った感じはない……だが、何か別のチカラを感じる」

 

 各々がその感触に首を傾げている中、ビィはその身に似合わない巨大な咆哮を挙げた。

 

 ”うけとれぇええ”

 

 意思を届かせる咆哮。言葉ではなく音で伝えられたビィの意思をグラン達が受け取る。

 その身に宿ったのは、小さき竜の大いなるチカラ。

 魔晶を砕き、星晶のチカラを抑える、ビィだけの確かなチカラが今仲間達に宿った。

 

「オイラのチカラが宿った皆なら絶対いける! あとは任せたぜぃ!」

 

 もう安心だと言わんばかりに笑顔を見せる旅の小さな相棒の言葉に、彼らの決意が固まった。

 作戦に不安はあったが、それを覆す一手が手元にあったのだ。ならば、あとは成すだけ……やるだけだ。

 

 ”ふむ、確かに不思議なチカラを感じるな。面白い……小僧、良かろう。我の背に乗れ”

 

「はぁ、仕方ない。心配ではあるがこの状況でそんなことも言ってられないしな…………ルリア、必ず無事に帰って来るんだぞ」

 

「ありがとうカタリナ。必ずやり遂げて帰って来るから見ててね」

 

 不安を押し殺しカタリナがルリアを送り出す。

 厳かなヴェリウスの言葉。ヴェリウスからの承諾の言葉をきっかけに、全員の思考が切り替わった。

 

 

「よし、やろう。皆!」

 

「応!」

 

 

 声が重なる。意思が重なる。動きが重なる。

 見据える先、囚われた仲間と救うべきものを視界に捉え、一行は己がなすべきことに集中していく。

 

「こちらは私が指揮を執ります。グランさんとルリアさんはヴェリウスに乗って飛んでください。他の皆さんは攻め込むように動いてできるだけ注意を引いてください。ジータさんとイオさんは時が来るまで待機です。魔法の行使に全神経を集中して待っていてください。タイミングは私が伝えます!」

 

 ”往くぞ小僧共。振り落とされないようにしっかりと掴まっておれ!”

 

 その背に二人を乗せヴェリウスが舞い上がる。

 それを見送ると同時にセルグは天ノ羽斬を抜刀。

 

「アレーティア、最前線で暴れるぞ。剣聖と裂光の剣士の剣技というものを見せてやろう」

 

「良いじゃろう……若者にはまだ負けておれんのでな!」

 

 リーシャの指示と同時、セルグとアレーティアが駆けだす。一直線に本体へと向かう二人は全ての妨害をその剣技で切り裂いて突き進み始めた。

 

「さぁて、おやっさん。俺たちも少し暴れるとするか」

 

「ハッハッハ、全く若ぇ奴らは元気だな。まぁ、アポロも向かってくるってのに情けない姿は見せらんねぇ。行くぞラカム!」

 

 オイゲンとラカムが戦場へと躍り出る。狙うは突き進み続けるセルグとアレーティアを狙う木々の脅威。それらを全て打ち砕き、二人の進行を支援していく。

 

「ヴィーラ、カタリナ、私たちは三人の護衛ってところね……茨一本通せないわよ、いける?」

 

「フッ、問題はあるまい。私達が居るならその程度たやすい事だ。そうだろう、ヴィーラ?」

 

「当然ですお姉さま。今回は少し秘策と呼べるものも用意致しましたから…………シュヴァリエ!!」

 

 ゼタとカタリナの言葉に挑戦的な笑みを見せたヴィーラは、シュヴァリエを顕現。いつも通りにシュヴァリエを身に纏うと思った二人はその(おもむき)に驚きを浮かべた。

 

「ヴィーラ……それって」

 

 黒を基調としていた彼女の様相は変わらずとも、纏う雰囲気は多分に白を交えたもの。どこか神々しさすら感じるそのチカラは光の星晶獣たるシュヴァリエのチカラを大きく表に出していた。

 そう、()()()のように――――

 

「アルビオンの時ほどではありませんが、セルグさん風に言うならば深度を深めたと言ったところでしょうか……身に纏うシュヴァリエのチカラを高めています。少し以前より興奮状態になってしまうのが難点ですが、こう言った場なら問題は無いでしょう」

 

 周囲に浮かぶシュヴァリエのチカラを帯びた武器、身に纏う光のチカラと彼女本来の闇のチカラ。その姿に僅かな不安がよぎったゼタとカタリナだが、これ以上に頼もしい味方はいないだろう。

 多少不安は残るかもしれないが…………

 

「やれやれ……どうも皆に無茶というものが伝染しているようだな。一体誰のせいだか」

 

「候補なんて一人しかいないでしょ。ヴィーラ、暴走だけは勘弁してね……それじゃ、行くよ!」

 

「はい!」

 

「あぁ!」

 

 ゼタのアルベスの槍が炎で焼き払い、ヴィーラの剣と、シュヴァリエのチカラが、迫りくる攻撃を全て切り落としていく。何とか掻い潜ろうともその先には取り回しのきく小さな障壁を展開し即座に切り落とすカタリナの防衛網が待ち構える。

 まるで要塞のごとき三人の防衛によってリーシャ、ジータ、イオの三人は攻撃を受けることないまま、魔法を放つに適した場所まで進んでいく。

 

 森の中で再び大きな音と閃光が飛び交い始めた。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

「フッ、随分と盛大にやりあっているようだな……」

 

 遠からぬところで鳴る轟音に眉を潜めて、アポロは呟いた。

 ヴェリウスが飛んで行った方向へと全力で走っているところであるが、戦場にはいまだつかず。

 鳴り響く轟音は着いたところで出番などないのではないかと邪推してしまう程激しいものであった。

 

「前回は成すすべなく逃げ出してきたらしいからな……正直あの男やグラン達も居て敵わなかったって言うのは信じられなかったが」

 

「相性の問題だ……私のように一撃で全てを屠るような攻撃力がなければあれはどうにもならん。島全体の生命力の結晶みたいなものだからな。再生力を上回る攻撃力を持つ者などこの空でも有数だろうさ。もう少し急ぐとしようか」

 

「それは良いけど、お前は大丈夫なのか? 正気に戻ったとはいえ、間違いなく本調子じゃ――」

 

「あぁ、だがそれでも振るえるチカラはある。人形を取り戻し、お前たちをこの島に導いてくれたあいつらにはそれ相応の感謝を示さねば私の気が収まらん」

 

 長い時間森を彷徨っていたアポロ。正気に戻ったとはいえ、万全の状態からは程遠い。

 彼女が言うような全てを屠る一撃など、今のアポロでは到底放てるわけがない。

 そんなことアポロは百も承知であった。

 それでも、走らなければならない。駆けつけねばならない。

 己が絶望し折れた後も彼らはオルキスを助け逃げ伸びて、チカラを付けて自分を助けるために帰ってきたのだ。いずれは敵対するはずの自分を……

 己以上に己の望みの為に戦ってくれている彼らを無下にできようはずがない。

 

「フッ、随分と丸くなったじゃないか。以前のお前なら、そのままルリアを奪う算段をしていたと思うぞ」

 

「ふざけたことを言うんじゃない。私はオルキスを取り戻すためなら何をすることも辞さない。だが、同時にあいつ等とだけは対等でありたい。そう思っているだけだ」

 

「――――丸くなっているじゃないか?」

 

 何を言っているんだろう。そんな感じの声音がスツルムから漏れる。何をすることも辞さないと言いつつも、選択できる手段を縛っている。

 嘗ての野望を秘めた意思がどこか薄れているようにスツルムは感じた。

 

「おしゃべりは終わりだ。急ぐぞ」

 

「――わかった」

 

 ぴしゃりと会話の終わりを告げたアポロは足を速め、スツルムは僅かに淡い期待をしながらそれに追従した。

 彼女とてアポロの願いは知っている。それがオルキスとルリアを犠牲にすることも。

 スツルムもドランクも、元のオルキスを知らない。

 知っているのは人形となった後のオルキスのみであり、アポロが欲してやまないオルキスの事を知らないのだ。

 必然長い付き合いとなった今のオルキスには情があったし、少しの間だが一緒に居たルリアも犠牲になって欲しくはないと思える少女であった。

 アポロの意思が綻んできたように思えたのはスツルムにとってわずかではあるが嬉しい事となった。

 

「まぁそれでも私達は……お前に従うがな」

 

 胸に秘めた想いは出さず。静かに呟いたスツルムの言葉は、アポロに聞こえないまま、薄暗い森へと置き去られていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。
随分間が空いてしまいすいませんでした。
間が空いたことで作風が変わって居たりして居ないか心配ですが、作者としてはしっかり書き上げた所存です。

次回、ルーマシー帰還編クライマックスです。

それでは。お楽しみいただけたら幸いです。
感想お待ちしております。

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