granblue fantasy その手が守るもの 作:水玉模様
半額期間中のグラブルできくうし業に勤しんでおりました。
動き出すルーマシー帰還編
それでは、お楽しみください。
「アポロ」
気付いた時にはオルキスは走り出していた。
二人と一緒にいる時とも、グラン達と一緒にいる時とも違う。
感情の希薄な様子から一転して、目の前に現れたアポロへと焦燥に駆られた様に走っていくオルキス。そんなオルキスを一人で行かせまいと、追いかけるようにスツルムとドランクも続いた。
「アポロ……アポロ……」
決して大きな声ではないが、人形と呼ばれた彼女にしては力のある声が響くも、向かい来るアポロに反応は無い。まるで幽鬼のようにユラユラとした足取りでゆっくりと歩みを進めるだけであった。
アポロの元へとたどり着いたオルキスは、彼女を支えるようにその身に抱きついていく。
「アポロ……無事だった? どこか、怪我してない?」
すぐさま出てくるのは心配の言葉……壊れかけた精神状態のまま一人ルーマシーに取り残されたのだ。
ヴェリウスが無事を教えてくれてはいたが、それで安心できているわけではなかった。
アーカーシャを起動した時の様に、オルキスらしからぬ声と表情が見える中、声を掛けられたアポロは小さく笑う。
「オル……キス? あぁ、そうか……私は取り戻せたのだな……フッ、フフフ。あぁ、オルキス……また逢えて嬉しいよ」
いつものアポロではない……
瞬間的にそれを悟ったオルキスの瞳が揺れる。
あの自尊に満ちた不遜な態度と、一人の孤独の中ギラギラとした瞳で己の野望だけを見続けていたアポロの。
そんな彼女とは相反する柔らかな口調と声と消え入りそうな微笑み。
嘗てオルキスと共に失われてしまった、彼女の本来の姿と言うものが、壊れながらもそこにあった。
「一緒にラビ島に帰ろう。私と共にヴィオラ様が描いたエルステ王国を再建しよう。ヴィオラ様の国を取り戻すんだ。今の私には力がある……オルキスが願うなら私はいくらでもこの力をつか――」
「ダメ、アポロ……」
オルキスの肩に手を置いて嬉しそうな表情を見せていたアポロを、オルキスは静かに振り払った。
少しだけ残念そうな……そんな瞳を見せて、オルキスはアポロを見つめる。
目の前でフリーシアの言葉によって絶望し、壊れてしまったアポロ。再び見せつけられたアポロのその姿にオルキスの心が大きく揺さぶられる。
感情と言うものをほとんどみせないオルキスの気持ちがこれほど揺れ動いたのはこれが二度目。
前回も今回も、アポロへの想いが故にであった。
「アポロ……私をよく見て」
「――オルキス? 何を」
「私はオルキスじゃ……ない。オルキスの姿だけをとったただの人形……アポロから彼女を奪った、許されない存在」
壊れかけたアポロを見てオルキスの胸に去来したのは悲しみ。
それは本物のオルキスと間違えられたからではない。自分は求められていないのだと存在を否定されたからではない。
壊れかけたが故に出てきてしまった、本来のアポロを見せられて、己と言う存在が彼女をどれだけ変えてしまったのかを理解したからだった。
少なくともこんな風に優しいアポロをオルキスは知らない。優しさに満ちた笑みなど欠片も見たことが無かった。
本来のアポロとは、今のオルキスが知るアポロとはかけ離れていたのだ。
「思い出して、アポロ。私は人形……オルキスを取り戻すための器に過ぎない。アポロが取り戻すのは、私じゃない」
だからこそ。オルキスは本来のアポロを切って捨てた。
こんなところで何を夢見ているのだと。まだ何も取り戻していないだろうと。
例えそれが己の存在を否定する事だとしても……アポロの為に、オルキスは嬉しそうなアポロを再び絶望の現実へと叩きつけようとした。
「オルキスちゃん、ダメだよ……いまの彼女にそれ以上は」
「ううん……ダメ。アポロはちゃんと取り戻さなくちゃいけない。アポロの為にも……本当のオルキスの為にも」
フリーシアによって現実を見ることをやめてしまったアポロにこれ以上は酷だ。
ドランクはオルキスを諌めようとするが、オルキスは止まらない。
アーカーシャを使ってアポロを救う事が出来なかった以上、彼女の為にもここで夢を見続けさせるわけにはいかない。何と言われようとここで立ち止まらせるわけにはいかない。
「オルキス……一体何を言っているんだ?」
信じられないものを見る様な目で見つめるアポロへと、オルキスは首を横に振って返す。
「貴方は――誰?」
瞬間、今度はアポロの瞳が揺れた。
フラッシュバックする始まりの思い出。それは彼女にとって悪夢となる現実が始まった最初の言葉。
オルキスとしては自分が何者なのかを思い出せと言った意味でしかなかっただろうそれは、アポロにとって絶望を思い出させる禁句の一言。
「アポロ、思い出して。アポロが取り戻したいのは人形じゃなくてオルキス……アポロが失った大切な思い出……それは、私じゃない」
きっぱりと言い放ったオルキスの言葉に、アポロが崩れ落ちる。
フリーシアに現実を叩きつけられた時と同じく崩れ落ちたアポロにオルキスの心がまた揺れる。だがそれは表に出る事は無くオルキスはひたすらに元の人形のような雰囲気を纏いながらアポロを見下ろし続けた。
それが自分であると言わんばかりに……それをアポロへと見せつけるように。
数秒か数十秒か……崩れたまま動き出さないアポロを見て、ドランクが静かに口を開く。
「――スツルム殿、一先ず救出には成功だよ。これ以上はもうダメだ……黒騎士を連れて彼らの元へと戻ろう」
オルキスの言葉によって更なるショックを受けたか……動き出さないアポロにドランクはこれ以上は時間の無駄だと感じた。
アポロの余りに変貌ぶりに驚きしかなかったスツルムはドランクの声を聞いて我にかえる。
「あ、あぁ……そう、だな。オルキス、残念だがこれ以上は意味がない……アイツラの所に援護にも向かってやらなければならないしな。黒騎士には悪いが邪魔にならないように艇に置いて――ッ!?」
スツルムの言葉が止まった。唐突に感じた悪寒……思わず口を閉ざしてしまったそれが、すぐ目の前から発せられる強大な気配だと察するのに、時間はいらなかった。
「言うようになったじゃないかスツルム。この私を邪魔者扱いとはな……七曜の騎士の名は伊達ではないと今この場で教えてやろうか?」
力強い声……崩れ落ちた彼女から発せられた声はスツルムがよく知る声音。
「何を呆けている? 私の側近ともあろう者が間の抜けた顔をするんじゃない」
瞳に炎を宿し、その身に覇気を纏い、彼女は再び立ち上がった。
思い起こされた最初にして最悪の思い出が、彼女にまた黒騎士の仮面を被らせた。
オルキスの言葉によってアポロは、己が取り戻したい者を……否、取り戻さなければいけないものを思い出したのだ。
「あれまぁ、どうやら完全復活しちゃったみたいで……。喜ばしい事とはいえ、さっきまで呆けていた貴方がその言葉はひどいんじゃないかなぁ~」
「フンッ、そんなことは露ほども思っていない癖によく言う。相変わらずお前は本心を隠すのが下手だなドランク」
「あっれ~それを貴方に言われちゃうとちょっと僕も困っちゃうな~……貴方が相手じゃどんなヒトも形無しだと思うけど? それに本心を隠すのが下手なのは僕よりもよっぽどスツルム殿の方が――痛って!? ちょっとスツルム殿!」
正気に戻ったアポロに少しばかりまた我を忘れていたスツルムは剣呑とした表情を浮かべながらドランクを突き刺しつつ、アポロを睨み付ける。
「うるさいドランク。余計なことばかり言うお前が悪い。それより黒騎士、答えろ。側近である私達をなんで遠ざけた? 私達をバカにしているのか? 例え秩序の騎空団だろうと、依頼を受けたからには私達はお前の味方だ……ちゃんと依頼を遂行させろ」
言いたいことを言ってやったとばかりにスツルムは息を吐く。
二人は確かに傭兵だ。
契約をして、金をもらう事で依頼を遂行する。金でしか動かない傭兵だ。
だからこそ……傭兵である以上。金をもらい側近として働くと契約したなら契約中は側近として働くのだと……そうスツルムは告げた。
侮るな……見限るな……そんなスツルムの思いが言葉となって口を出ていた。
「あぁ、悪かったな……私としてはそんな気は更々なかったさ。いざとなった時、私の為に動ける人間であるお前達を簡単に手放すはずがないだろう。現にこうしてお前達は助けに来てくれたからな……安心しろ、これから骨の髄まで扱き使ってやる」
「上等……折角の秩序の騎空団との戦いを逃したんだ。あのチビ助と戦う機会があったら私に回してもらうからな」
「好きにするが良い。だが、私を捕らえるのに一役買った奴だ……簡単ではないと言っておくぞ」
恐らくはモニカの事であろう。アマルティアで見かけた時から強い事は薄々分かっていた。アポロを捕らえる立役者であるなら依頼主を守ることができなかった汚名を雪ぐには適当な相手と言える。
再び上等だと繰り返すスツルムを流し、アポロは静かなままのオルキスへと視線を向けた。
静かな空気の中互いの瞳が交錯した。
「アポロ……おかえり」
アポロと二人との会話を見て、オルキスは自分が知っているアポロが帰ってきた事に、僅かばかりの感情を声に乗せて迎えいれる。
長い付き合いのスツルムとドランクぐらいにしかわからないその変化を、当然ながらアポロは感じ取っていた。
少しだけそんなオルキスに、嘗てのオルキスを思い浮かべてしまい、アポロは流されまいと己の心を律する。
「図に乗るな人形が。私を助けたつもりか? 今一度言っておく。私はオルキスを取り戻すためにためらいはしない。たとえお前を犠牲にしてでも、必ず彼女を取り戻して見せる。お前が何をしようがそれは変わらない。お前が私を助けようとしてもだ」
「うん……それでも、いい」
はっきりと告げたアポロの願い。アポロの成す事はオルキスにとって、いうなれば死刑宣告に近い。
それでも、オルキスはいつも通りの声で彼女の言葉を受け止める。受け止めて……そして己の願いを口にする。
「それでアポロが幸せになるなら……それでいい」
「ッ!?」
再び、アポロの脳裏に思い出が蘇る。
それはオルキスの覚悟の証。
アーカーシャを使ってアポロの大切な過去を取り戻そうと決めたオルキスに芽生えた確かな願い。
十数年前……幼い身でありながら一人メフォラシュへと渡ったアポロが一人でいた時。執拗に構ってくるオルキスへとアポロは問いかけた。
”なんでそんなに私に構うの?”
一人になろうとするアポロが純粋に想った疑問であった。何故一人にさせてくれないのかと。自分なんかに構って何の意味があるんだと。
お節介だと罵った……
だが、そんなアポロの言葉にオルキスは、明るく笑って答えるのだった。
”それでアポロが笑えるかもしれないなら……それでいいもん”
口調も言葉も違うが、それでも本質は同じ言葉が人形であるオルキスから発せられて、僅かにアポロの決心が鈍った。
騙されるな、これは偽物だ……そう言い聞かせなければオルキスに優しい言葉をかけてしまいそうな程に、アポロにとっては意味のある言葉であった。
「――人形風情が生意気に意思を見せるとは。まぁいい……スツルム、ドランク、状況を教えろ」
「はいは~い。えっとね、まずは――」
「私達はグラン達の協力を得てここまで来た。一先ずはアイツ等と合流し、ロゼッタを助けに行かなければならない」
「そう、それそれ。何でも魔晶に侵されたユグドラシルを助け出すって……どうするのかはわからないけど、前回手も足も出なかったって話だから僕達も援護にね」
「アポロ……グランとジータは、アポロの為に強力してくれた。私とアポロは、ロゼッタさんとユグドラシルに謝らなきゃいけない」
「何?」
まさか人形であるオルキスが意見を述べるとは思わずにアポロの表情が固まる。更には自分に対して謝らなければならないと言い聞かせてきた。
知らないうちに大きく変化している人形であった存在にアポロの心は再びかき乱されていく。
彼女が心を持ち、変化を見せれば見せるほど……容姿も相まってそれはどうしても取り戻すべきオルキスを連想させる。
「――――まずは、アイツラの援護に行けという事か。良いだろう……どちらにしろ足は必要だ。フリーシアの計画はまだ動いているんだろう? ならばそれを阻止しなければならないからな」
「はいはい~っと。それじゃ、ヴェリウス君、案内をお願いするよ。できるだけ急いでね……」
話がまとまった所で、これまでだんまりであったヴェリウスへと四人が視線を向けると、ヴェリウスは何も言わず突如その姿を巨大化させた。
足取り遅いオルキスを乗せて飛ぶのだろうか……?
そんな思考が僅かによぎったところで、ヴェリウスは静かに告げる。
”若造共がいるのはこっちの方角にまっすぐ行った所だ。小娘、星晶の気配は察知できるな?”
「うん……でも、なんで?」
”お主が方角だけでも案内せよ。我は悪いが先に戻らせてもらう。若造どもが苦戦しておるようだ”
「うん、わかった」
嘴で方角を差し占めたヴェリウスは、オルキスの言葉を受けるや、すぐさまに飛び立った。
急ぎ足ならぬ急ぎ羽で飛んでいくヴェリウスを見送った所で、四人は纏う空気を変える。
「状況は切迫しているやもしれんといった所か……ドランク、オルキスを連れて後から追いかけてこい来い。スツルムは私と共に、急いで駆け付けるぞ。付いてこい」
「わかった」
「え、ちょ、ちょっとまっ」
ドランクの戸惑いを聞く事なく、二人はヴェリウスが指示した方角へと走り出した。オルキスが居なくても、二人の戦士としての勘がその先にいる強大な存在の気配を感じとっており、その足取りに迷いは全く見られない。
置き去りにされたドランクは静かにため息を吐いてオルキスへと視線を向けた。反論すらさせてくれない彼女の保護者に苦笑いが浮かぶのも仕方ないだろう。
「まったく、復活したかと思えば元気も元気。本当にあの人は人間なのかあやしいよねぇ」
「ドランク……冗談は良いから。急ぐ」
「はいはい~、それじゃ僕等も行こうか。すこしだけ走るよ、頑張って付いてきてね!」
瞬間、お茶らけた雰囲気を消してドランクも表情を変える。
脅威を感じ取っているのはドランクも同じであった……視線を向けた先、強大なチカラの気配を感じてドランクは不安を覚えながらもオルキスと一緒にグラン達の下へと向かうのだった。
――――――――――
「――――はぁ」
盛大なため息が漏れ、ラカムが俯いた。
目の前に広がるルーマシーの大地に一滴の汗が染みを作っていき、ラカムは余計に疲労感を感じた。
「ちょっとラカム! いくら疲れてるからってそんな大きなため息吐かないでよ! 聞いてるこっちまで疲れてくるじゃない」
「んな事言ったってガキンチョ。実際問題疲れてきてんだろう」
そう言って振り返ったラカムが一行を見れば、それなりに疲労の色が伺えた。
別段襲撃があったり、森を進むのが困難だったりしたわけではない。
最初に兵士を殲滅してから魔物すら姿を見せず、森を進むのもセルグが切り払ったり、ゼタが焼き尽くしたりと問題は殆どなかった。
問題は別……
「確かに疲れますね……この重苦しい空気は嫌でも緊張感が増してきます。必然、肩に力は入りますし心休まる事も無い。歩き出して既に長い時間が経っていて、疲労が見えるのは無理もないです」
リーシャが述べるように問題なのは森の空気だった。
ユグドラシルマリスの影響を受けて重苦しくなった空気は、彼らから気の抜く時を奪った。
以前の撤退戦では森全体が彼らの敵となった事から、いつ襲われるかもわからぬ状況と言うのは緊張と警戒を強要するものだった。
「ルリア、ユグドラシルまでは後どのくらい?」
「えっと……その、ごめんなさいグラン。星晶の気配が森全体に広がっている感じで具体的な感じは奥に大きいのがいる事くらいしか……」
「そっか……セルグはどう?」
「さぁな。オレも奥に強いのがいる事しかわからん。だが――」
何かを言おうとしてセルグが言いよどむ。
グランも含め仲間達に疑問が浮かぶが、セルグは目付き鋭く森の奥を睨みながら口を開いた。
「予感めいたものだが、かなり嫌な感じがしている。さっきから胸の奥を締め付けられるような……ここからは警戒を強めたほうが良さそうだ」
感じていたのは戦士の勘とでもいうべきか。脅威が迫っているとセルグは告げた。
「それは私も感じてたわ。なんていうか、ソワソワしちゃって仕方ないのよね……もう落ち着かなくて」
「同感ですね。警戒を続けたまま焦らされていて、この感触は非常に不快です」
ゼタも、ヴィーラも同様の事を感じていたのか、セルグの言葉に同意を示す。
他にも皆ある程度何かを感じ取っていたのだろう。それはつまり会敵が近い事を告げていた。
「それじゃ僕とゼタ、アレーティアで前を警戒しよう。カタリナとヴィーラは左右を。距離を選ばないセルグとリーシャさんでルリアとビィを中心にして護衛に。ラカムとオイゲンは後方警戒で。イオとジータは中距離での迎撃担当だ。ここからは全方位を警戒しながら進もう」
「了解。皆さん、気を付けてくださいね」
グランの言うとおりに配置について、一行は更なる警戒を見せながら森を進み始めた。
事態はそれから数十分後に動き出す。
少し開けた場所……おあつらえ向きに水場もあり、気を休めるにはもってこいの場所へと出た一行は警戒しながらも水辺へと向かう。
「ッ!?」
ゾワっとする悪寒。背筋を震わせるそれをルリアとセルグが感じたのは同時であった。
「足元だ!!」
次の瞬間、地面より何本もの木の根や荊が現れた。足を絡め取られたり、腕を取られたりと仲間達は様々な形で植物からの拘束を受けてしまう。
戦士ではない故にルリアは察知したものの声を挙げる事敵わず、反射的に動いたセルグに抱えられて宙へと難を逃れた。
「セルグさん、皆が!?」
「心配するな! あの程度でやられはしない」
仲間達を心配するルリアの声を受け流し、セルグは炎の風火二輪を抜いてチカラを収束。
「弾けろ!」
打ちだされた炎弾が更に出てくる植物を打ち砕き、仲間への追撃を阻止。
そのまま地面へと降り立ったセルグはルリアを解放して、腕を取られた仲間へと支援を開始する。
足元を取られた者も腕を取られた者も、セルグの援護もあってか各々が自力で拘束を解除し、一度集結した。
「ごめん、セルグ助かった!」
「気にするな、オレが気づいたのもギリギリだ……」
「ごめんなさいグラン。私がもっと早くに気付いていれば」
「謝る必要ないよルリア。誰かがやられたわけじゃないんだから――それよりも」
互いに安否を確かめながら、一行は蠢く木々の先を見つめる。
動き出すまで気配を隠していたか……不意打ちを食らわせてきた今、その気配は明確に感じられた。
彼らの視線に応えるように、地面から次々と木の根が出現し前回と同じように絡み合いながら形を作っていく。
そう……前回と同じ行程。
だと言うのに、それが形作るものは以前と異なり、大きさと禍々しさを増して作り上げられていった。
大樹の怪物
魔晶によって変貌を遂げたユグドラシルマリスは巨木をそのまま魔物にしたような姿となっていた。
あの苦戦を強いられた創生樹の咢が四頭に増え、蠢く木の根や荊は数知れず。
一行の前に立ちふさがるは正に木々の壁の如き魔獣。
「何という姿じゃ……これほどまでに禍々しい樹木。とても信じられんぞい」
「前回のも相当だったがこれに比べりゃ可愛いもんじゃねえか。あのアーカーシャってのといい勝負だぜ」
「無駄口はそこまでにしてください。来ますよ!」
思わず嘆息するアレーティアとオイゲンをリーシャが窘める。
間髪入れずに動くは夥しいほどの木の根や荊。
一行へと襲来するそれらは全部に対応していたらどうあっても間に合わない手数であった。
それに対抗するのは――
「不意打ちしておいて……調子に乗るんじゃないわよ!!」
ゼタがアルベスの槍を地面に突き立て、一行の周囲を炎の壁が覆う。
襲来する脅威の全てを焼き払うそれは、地面からの襲撃すらも焼き尽くす絶対防御となる。
「前回はすぐに撤退しちゃったからね……今回は思う存分やらせてもらうよ!」
盛大に炎と声を挙げ、ゼタが吠えた。
対星晶獣戦において役に立てなかった前回を思い出し、鬱憤を晴らすべくやる気を漲らせるゼタの声に、僅かに浮足立っていた仲間達も落ち着きを取り戻していく。
「確かに、前回は成す術がありませんでした。ですが今回は私も秘策を用意しています。ゼタ、貴方だけの舞台ではありませんよ」
「何を言うか。儂なんぞ参戦すらしておらん。ここは儂の頑張りどころじゃろうて」
シュヴァリエのチカラを身に纏い、全力戦闘へと移行するヴィーラ。
剣を抜き放ち、虎の如き雄々しい目で、目の前の異形を睨み付けるアレーティア。
他の面々も同様、不意打ちを食らえど、既にやる気満々な様子で武器を取っていた。
「フッ……頼もしいなぁ、イオ。これが君がくれた勇気と言うものだ。どれ、私も滾るとしようか」
「何いってるのカタリナ、この程度なら皆勝手に強くなってたでしょ。皆がこんなのに負けるわけないもの!」
「おーおー嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。それじゃ、じじいも少しはがんばんねぇとな」
「張り切り過ぎてやられんなよおやっさん。あれが相手じゃ介護はできねえからな」
カタリナとイオが笑い合い、オイゲンとラカムが軽口を叩く。
前回成す術なく撤退した相手だと言うのに……前回より強くなってるであろう相手だと言うのに。
いざ目にした途端、彼らから気負いが消えた。
そんな頼もしい仲間を見て、グランとジータ、ビィも笑う。
「へへ、本当に皆すげぇ奴等だぜ」
「あぁ……だからこそ、僕達も団長として負けられない」
「うん。行くよグラン!」
「あぁ!!」
一瞬の没入。
意識と思考が100%戦闘へと向けられた二人が七星剣と五神杖を解放する。
光り輝く天星器を構え、二人は戦闘の開始を告げようとした。
「――――待ってください!」
動き出そうとした一行を止めるように、ルリアの声が割って入る。
振り返る彼らが目にしたのは焦燥に駆られたルリアの表情。そのルリアが視線を向けると同時にセルグが俄かに動き出した。
「セルグさん、もしかしたら……」
「あぁ、わかっている。絶刀天ノ羽斬よ、我が意に応えその力を示せ。立ちはだかる災厄の全てを払い、全てを断て」
言霊の詠唱、次いでそこから放たれる剣閃が異形のコアと思われる部分へと直撃する。
決して本気ではないと思える一撃が光が漏れていたコアの外装と呼べる部分を剥き出しにした時、その中にいた者に、一行は愕然とするのだった。
「誰かがそばにいてあげなくてはならない……ロゼッタさんはあの時、確かにそう言ったんです」
誰かがそばにいてあげなくてはならない。そう、正にその通りだった――――
「おいおいおい……嘘だろ」
前回と同じ様でありながら違った部分。
「そんな……」
「こんなことって」
言葉は違えどそれぞれが抱いた思いは同じ。彼らの目に映るは信じ難い光景……彼らがこれから戦うべき相手は魔晶に侵されてしまったユグドラシルマリスだけではない。
前回コアの部分にあった、魔晶に侵されボロボロとなったユグドラシル――そこに今度はユグドラシルを優しく包み込むように抱きかかえる彼女の姿
「ロゼッ……タ?」
目の前の異形のコアとなる部分に、魔晶に侵され変わり果てた、仲間の姿があった。
いかがでしたでしょうか。
アポロとオルキスのやりとりなんかは本作独自でありながら、原作のキャラを崩さないように描いているつもりであります。
このキャラちょっと違うなぁなどと思うところもあるかもしれませんがどうかご容赦いただきたいです。
最近またちらほらとお言葉をいただき嬉しい気分での作者です。
今後もご愛読いただけたら嬉しいです。
次回はガッツリ戦闘シーン回。黒騎士も復活し大活躍するかも。
どうぞお楽しみに!
それでは、お楽しみいただけたら幸いです。