granblue fantasy その手が守るもの   作:水玉模様

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久々更新。
佳境にはまだ遠く、盛り上がりに欠けますがどうぞお楽しみください。


メインシナリオ 第44幕

 

 薄暗い森の中に銃声や魔法の音が響き渡る。

 次いで聞こえるのは金属同士がぶつかり合う甲高い音。それが幾重にも重なり、森の中を喧騒が包んでいた。

 

「セルグ! 手数が足りない。風火二輪で援護に回って、前衛は僕等が行くから……ゼタ、ヴィーラ、カタリナ、アレーティア。前線を押し上げるよ!」

 

「わかった!」

「お任せください!」

「了解だ!」

「行くぞい!」

 

 グランの声に天ノ羽斬を抜いて前に出ていたセルグは大きく後退。跳躍で下がりながら風火二輪での援護に回り始め、騎士達が代わりに前に躍り出る。

 

 迫りくるのは操り人形となった帝国兵士。

 前回この島を訪れたグラン達が叩きのめしたまま、島に取り残されていた兵士達が魔晶の影響強いこの森でその瘴気に呑まれていた。

 理性を失い、狂気を纏った兵士達は次々と武器を構え、森を進むグラン達へと襲い掛かってきたのだ。

 

 

「ハッ!」

 

 小さな息と共にグランは七星剣を振り抜く。

 正気を失い、ただ向かい来るような兵士達をグランは一撃ですべて刈り取っていった。

 セルグ同様に七星剣へと強烈なチカラを付与し、しっかりと踏み込んでの一閃。それは回避も防御もいらない、先の先をとる剣技。

 牽制などで隙を作り出すようなことはしない戦い方は、グランの実力が兵士では足元にも及ばないことを物語る。

 

「今日の僕は……本当に全力だ! 北斗大極閃!!」

 

 七つの光点が七星剣を包む。肥大化した光の刀身を構えたグランはそれを横薙ぎに一閃。

 前方より迫りくる兵士達を全て薙ぎ払った。

 

 

「困りましたねー。森の中でこんなに暴れたら、動物さん達もお花さん達も困っちゃいますよ~」

 

 戦闘モードへと入ったジータは、気の抜けた声を挙げるがその間も周囲には魔法弾が構築され、彼女の意志に従い次々と放たれていく。

 縦横無尽に飛び交う魔法弾が兵士達を撃ち払い次々と沈めていく中、ルリアの護衛に回るリーシャは、そのあまりにも不釣合いな光景に戦慄していた。

 

「全く、末恐ろしいですね……あの黒騎士の魔法ですら霞んできそうですよ」

 

 大人しい顔して使う魔法は超魔法とはセルグの談だったが、リーシャも同じような思いであった。

 ビショップとなったジータの回復魔法にも驚かされたが、攻撃魔法となると圧倒的と言う他ない。

 魔法の構築速度から、威力、制御能力まで練度が桁違いなそれは、アポロと並んでも遜色ないであろう。

 

「何呆けているんだリーシャ。休んでいる暇があったら、戦況の分析でもしてくれ」

 

「わ、わかっています! セルグさんこそ、援護に回るからには前に出ないでしっかり援護に徹してくださいよ! 銃やボウガンを構えている兵士が多いんです。間違ってルリアちゃんに当たったりでもしたら……」

 

「リーシャ、お前は何の心配をしているんだ……良く見ろ。ルリアとビィにはシルフが付いている」

 

 セルグの言葉にリーシャがルリアへと視線を向ける。

 その視線の先には星晶獣シルフが生み出した魔力の繭に守られるルリアの姿があった。銃弾も矢も……その悉くを防ぎきるそれは兵士が束になってかかったところで破れる事は無いだろう。

 その様子に自分が抱いている不安は無駄以外の何物でもないことを理解したリーシャは気を取り直す様に一息吐いて、気持ちを落ち着ける。

 

「――どうやら要らない心配だったようですね。それではセルグさん、三時の方向をアレーティアさんと一緒に迎撃してください。突破のタイミングがありましたら指示を出しますので前に出過ぎないでくださいね。まぁ、言っても無駄かもしれませんが……」

 

「一応は状況を理解しているつもりなんだが……最近信用が無さ過ぎると言うか風当りが強くないか? もう余計な事は言ってないぞ……」

 

「余計なことは言ってなくても、問題な事ばかりしています。フュリアスへ行った事について、私はまだ納得していませんから」

 

 見るからに怒っていますと言いたげな目付きで睨まれ、セルグはたじろぐ。

 一過性ですぐに収まるだろうとたかをくくっていたリーシャの怒りは、思いのほか根強く残っているようだった。

 実際のところはやった事への……と言うよりは必要な事とはいえそれを相談せずに行い、一人でやろうとしたことへの怒りであったがセルグがそれに気づくはずもない。

 

「いや、だからあれは必要な事だって――」

 

「ホラ、早く援護に行ってください」

 

 弁解の言葉を遮られ、渋々セルグはアレーティアの援護に向かうのだった。

 

 

 

 

 兵士達より放たれた銃弾がルリアの前で阻まれていく。

 防ぐのは繭の様にルリアを覆う淡い赤の魔力障壁。そしてそれを構成するのは、傍らに浮かんでいるルリアより小さい、少女のような星晶獣シルフだ。

 幼い少女の姿に蝶のような翅を生やしたその姿は一見可愛らしい事この上ないが、どんな姿を取ろうと彼女は星晶獣。その能力は簡単に打ち破れるものではない。

 ザンクティンゼルでの失敗を糧に、防御を最優先としたルリアに死角はなかった。

 

 住人がいないルーマシーで誰にも見られる心配はないこの状況。相手が正気を失った帝国兵士であるなら、ルリアはチカラを使う事を躊躇わない。

 己のチカラが危険を呼び、仲間に及ぶのであれば今度は自分も戦うと。そう覚悟を決めたルリアにとって今は戦う時……大切な仲間を取り戻すために、今この時はルリアも全力を傾けていた。

 

「シルフちゃん……防御魔法をイオちゃんにもお願いします」

 

「わかった」

 

 決然と言い放ったルリアに、オルキスと同じように感情の希薄な声で答えたシルフは、即座にルリアに付与しているのと同様の防御魔法を展開。

 足を止め援護の魔法に注力できるようにと、イオを包み込む。

 

「これって……?」

 

「イオちゃん! シルフちゃんが守ってくれますから思う存分戦ってください!!」

 

 突如己を覆った防御魔法に困惑するも、ルリアの声を聞いてイオの顔が喜びに輝く。

 

「ありがとルリア、シルフも!! よーし、ジータに負けてられないし全力で行くわよ!!」

 

 相手の攻撃への懸念が消えたイオは、瞳を閉じて意識を集中する。

 魔法を行使するうえで最も必要なのは集中力。適正な量の魔力を適切に運用する制御能力だ。特異な性格上、戦闘時にも全く動じないハーミットのジータに比べ集中力では劣っていたが、イオにも純魔導師としての意地がある。

 懸念となる相手の攻撃が気にならなくなった今、フルパフォーマンスの魔法を見せつけてやろうとイオは闘志をみなぎらせた。

 

「てぇい!!」

 

 気合い一閃。剣を振るうのとは違うが振るわれた杖から放たれた光弾が次々と向かってくる兵士を打ち倒していく。

 イオの得意魔法フラワリーセブンが飛び交う中、彼女は即座に別の魔法へと切り替えて発動。己の中に渦巻く魔力を形にして、最も単純な魔法に最大限の強化を付与していく。

 

「いっけぇー! アイス!」

 

 放たれたのは凍結魔法アイス。だがそれは以前にセルグの腕を凍らせたようなちゃちなものではない。放たれた魔力は広範囲に拡散し、一行に迫りくる兵士達を一網打尽にする程の威力を持っていた。

 周囲を一面凍りつかせる様なイオの魔法に兵士達は皆動きを止めるか鈍らせる。それは歴戦の戦士となった彼らにとって格好の的となり、次々と兵士達が沈められていった。

 

「ふふん! どんなもんよ!!」

 

「うわぁ~イオちゃんすごいです!」

 

 今までイオが見せた中で一番の威力を誇るだろうその魔法を見て、声を上げたルリアだけでなく仲間達から一斉に賛辞が飛び出てくる。

 

「すごいじゃないかイオ。いつの間にそんなに強い魔法を身に付けたんだ?」

 

「あれだけ凄ければ黒騎士とも渡り合えそうだよなー。いや、大したもんだ」

 

「ホントですね……ジータさんにも驚きでしたが、その若さでこれだけの魔法。ホント皆さんはいつか秩序の騎空団の脅威になりそうで今から怖いです」

 

 カタリナとラカムが賞賛を述べ、リーシャは余りの強さに慄いた。

 グラン、ジータ。若くしてこの団を取りまとめ、自身も天星器を扱えるだけの力を持つ二人と、最年少のイオが今見せた魔法。

 成長しきった大人の面々を差し置いて見せられた若きチカラに、見守る側の大人たちは戦々恐々といった所だろう。

 自分達が同じ年の頃はどうだったか……そう考えるとグラン達の強さは異常と思える程に強い。

 

「どう、セルグ? 私だって戦えるんだから。あのガンダルヴァってやつが相手だって大丈夫なんだからね!」

 

 挑戦的な表情で、イオはセルグへと言い放った。恐らくはアマルティアでのセルグの一言への言及といった所だろうか。

 ガンダルヴァを相手にするのはイオでは心許ないと言った事を思い出して、セルグは思わず苦笑い。

 

「ふふ、アレーティアさんに体術を習った後は私の所に来て、”一緒に魔法の特訓をしましょう”だったもんね。セルグさんに一人だけ特別扱いされたことを気にしていたみたいですよ」

 

「――あれは向き不向きの話だ。優劣を語ったわけじゃないんだが……そう生き急がなくても、イオが優秀なのは十分知っている。子供であることも含めて、そんなに気にするなよ……」

 

 ジータの言葉で罰が悪そうにセルグが答える。セルグとしては間違った事を言ったつもりもないし、イオの事を軽く見ているわけでもなかった。

 実力云々では覆せない、体格の不利というものを認識してもらいたかっただけであったのだが、それはどうやらイオのやる気を加速させたようだ。

 

「フンッ! 私だけ弱い者扱いなんて許さないんだから!」

 

「ホラホラ、その辺にしておくんだ。イオ、セルグは決してバカにしているわけではないんだぞ。私が守る事に長けるように人には向き不向きがある。なんでもこなせるのは様々な戦闘スタイルを使いこなすグランとジータぐらいだ。 今日もハーミットのジータと言う隠し玉を見せられたしな……君には君の強みがある。何も戦闘における全てで張り合う事はないさ」

 

「そうだぜガキンチョ。カタリナの言うとおり、何もお前さんまで前で戦う必要はねぇんだ。こうしてほとんどの敵の動きを止めるすげぇ魔法を使えるんだしな。この魔法だって、以前じゃこんな凄くはなかったんだろ? 十分じゃねぇか」

 

「フォッフォ、子供の成長と言うのはすさまじいのぅ。魔法に関しては儂にはわからんが、先程のグランの前線での暴れっぷりもすさまじかったぞい。セルグ、我らも油断はしておれんのぅ」

 

「そうだな……以前よりも斬る事への迷いがなくなった。と言うよりは、効果的な斬り方を覚えたと言った感じか。相手が格下とわかるや、牽制も何もなしに一撃で仕留める事に重きを置いた剣閃は、戦況を読んだ見事な戦い方だったよ」

 

「ま、まぁ……皆に頼ってばかりじゃね。魔法じゃジータには適わないし、剣の腕だけは絶対負けるものかとがんばって来てたから。ついでに言うと僕の中ではセルグの戦いが参考になってたりするよ」

 

 突如向けられた賛辞にグランが照れくさそうにしながら剣を収めた。周囲に既に動く気配は見当たらない。一先ずは迎撃しきったといった所だろう。

 戦闘の終わりを感じ、各々は武器を収めていた。

 

「ほ~。確かにあの有無を言わさぬような戦い方はセルグっぽいのぅ」

 

「やめておけグラン。オレの戦い方なんて真似するもんじゃない……有無をいわさぬっていうのに間違いはないがそれは天ノ羽斬による剣速の強化があってこそだ。同時に斬撃の投射と言う間合いを選ばない技もあってのな……格下なら戦えるだろうが、強敵相手では下手すれば返されるぞ」

 

「うん、それは分かってるよ。ちゃんとそれについても考えている……いつか、セルグと互角に戦えるようになるためにね」

 

 セルグの指摘にグランは言い訳もごまかしも感じさせない笑みで答えた。自信ありげなその表情は、セルグの中に沸いていた不安を簡単に取り除かせる程にグランの成長を感じさせた。

 

「どうやら心配は無用の様だな。いつか来るその時を楽しみにしているよ、グラン」

 

 戦士として、強者との戦いに心躍るものがあるのか……初めて出会った時と比べ、大きく実力を上げたグランの今後と、いつか対峙する事に想いを馳せて少しばかり嬉しそうなセルグであった。

 

「ハイハイ、男同士で盛り上がるのは勝手だけど、私達は急ぐ身でしょ。ほら、早く行きましょ」

 

「そうですね。襲撃されたことを考えれば、一所に留まるのもあまり良くは無いでしょう……グランさん、ジータさん。私も早々に進むことを提案します」

 

「そうですね~。ヴィーラさんの言うとおり、早く行った方がいいんじゃないかな?」

 

 まだ若干戦闘モードが抜けきっていないジータの、気の抜けた声を聞きながら、一行は浮ついた気持ちを落ち着けて再度進行を開始した。

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 ”ううむ……思いのほか捜索は難航しなかったな。我が動いている以上当然と言えば当然だが……”

 

 森の中を少しゆっくりと飛びながら、一人(?)ヴェリウスはごちた。

 後ろにはスツルムとドランク。そして必死についてきているオルキスの姿があり、今は絶賛道案内の途中だ。

 

 別れてアポロの捜索を始めて一時間程度であろうか。小型の分身体からの映像で思いのほか早くアポロを見つけたヴェリウスは、三人を伴ってその場所へと向かっていた。

 

「ヴェリウス……だったな。黒騎士の状態はどうなんだ?」

 

 僅かに心配を覗かせるスツルムの問い。後ろでドランクが気づかれない程度ににやけるのを見逃さずにヴェリウスは小型の分身体の映像より必要な情報を読み取った。

 

 ”外傷は特に無し。魔物も跋扈するこの森で姿かたちを保ったままでいるのは幸いと言えよう。倒れているわけでもなく現在もフラフラと歩き続けている。どこに向かっているか、それは定かではないがな”

 

「つまり一応動けるんだ? というか本当にヴェリウス君便利だね~どう? セルグ君から僕らに乗り換えて一緒に仕事しない?」

 

 偵察として、情報収集にこれほど役立つ存在はそうはいない。

 言葉が話せて、空を飛べて、鳥型であるから隠密する必要が無いのだ。

 傭兵と言う仕事には情報収集が必要になってくる場面も多い。そんなときヴェリウスが居たらどれほど楽なのかは想像に難くない。

 

 ”たわけが。有象無象のヒトの子と共に行くなどありえぬ。我が付き従うのはあ奴のみよ”

 

 ヴェリウスの答えに、ドランクが表情を固める。

 

「ふ~ん。普段はあんな態度だけど、随分セルグ君に入れ込んでいるんだね。一体、何が君をそうさせるんだい?」

 

 思わぬヴェリウスの態度に、ドランクが興味深そうに問いかけた。一緒に仕事をすると言ったのは冗談のつもりであったが、返された言葉は、至極当然だという様な返しであり、問いかけたドランクだけではなく、スツルムも聞き耳を立てる程に二人の興味を引く。

 ついでに加わったオルキスも含め三人の視線が集まると、ヴェリウスはドランクの肩へと止まりこのまま進み続けろと告げて、静かに思考を巡らした。

 

「ヴェリウス……どうしたの?」

 

 ”――少し長い話をするぞ”

 

 ゆっくりと落ち着いて話をさせろと。そういう事なのだろう。オルキスの問いに答えたヴェリウスはドランクの肩にとまり、静かに語り始める。

 

 ”我は元々、あの若造や小娘の組織に囚われていた。星晶獣に有効な武器作りの為という事でな。奴等の研究施設で散々に与えられた仕打ちは、お主らヒトの子では耐えられ無いほどに凄惨なものであった。

 苦痛と恐怖に満ちた日々と言うのは星晶獣である我をもってしても絶望するには十分であった”

 

「一応はかじった程度だけど彼から聞いているよ。実験動物ってやつだよね」

 

 ”その通りだ。元々我ら分身体は本体の元へと戻る事で記録した情報を伝える。あの時点では本体との繋がりもなく、我は孤立無援な状態であったのだ。

 そんな我の前に現れたのがあの若造だ……目の前で最も大切な者を失い、絶望と憎しみにとらわれた奴を見て、我は好機とみて同調した。我にあった憎しみも全て預け、愚かなるヒトの子に思い知らせてやろうと。思念で呼びつけた若造に檻を解放してもらい、我は身に宿る全てをあの者に預けて融合という状態へと至った。そして――――全てを覗いたのだ”

 

 僅かにヴェリウスの声音が下がる。話すのが少し謀られるのか、その様子は力無く見えていた。

 

「覗いた? 一体何を覗いたって――」

 

 ”憎しみにとらわれる裏で、ひたすらに守れなかった事を嘆き続ける奴の心をな……あの若造の表に出ていた奴等への憎しみなど氷山の一角にすぎなかった……今でこそわかった事だが、使命に因る奴の守る事への意識はあり得ない程に強い。そして、融合した我は今度は同情してしまったのだ……”

 

「セルグの……心に?」

 

 ヴェリウスの言わんとした事がわかったのか、オルキスが確かめるように問いかける。

 スツルムとドランクが、オルキスに少しばかり驚きの視線を向けるがオルキスは自然と口から零れるように言葉が出ていた。

 

「セルグも、アポロと一緒で泣いてた……涙を流さずに泣き続けてた?」

 

 ”そう……だな。人形と呼ばれた娘の言うとおり、奴は心の内で常に泣いていた。一度だけの融合であったつもりが、我はその時より奴の元を離れようとは思えなくなってしまったのだ。

 若造の心は他者へ向ける憎しみより、守れなかったと嘆く己への憎しみの方がはるかに強かった。弱いヒトの子に非ざる、奴の心に我は呑みこまれてしまったのだ。共に誰かが居ておらねばならぬと……その時、我は決めた。奴のおかげで救われたこともそうだが、我自身が若造を。救うべき……付き従うべき者と決めたのだ”

 

 友として共にある。それだけでセルグの心は幾分か救われた。

 ヴェリウスがいたから共に復讐に生きると誓い、ヴェリウスがいたからグラン達とも出会えた。

 セルグはそれを言葉にして説明することはなかったが感謝の気持ちだけは伝えてくれた。

 だからと言うわけではないが、ヴェリウスにとってもセルグは大いに特別な存在となっているのだ。

 

「ふ~ん。君とセルグ君との関係には少し不思議な気はしてたんだよね……星晶獣ともあろうものがなんで人間なんかに付き従ってるんだろうって。そういう事だったんだ……ホント彼はどこまでもあの子が言っていた使命ってやつに踊らされちゃうんだね」

 

 ザンクティンゼルで邂逅した少女。セルグの母とも呼べる少女が植え付けた使命は正に呪いと呼ぶに相応しい。星晶獣であるヴェリウスを呑みこむほどのセルグの悲しみとはどんなものなのか……ドランクには想像すらできなかった。

 

「アイリスの事は乗り越えた……そう言ってはいるが、この先同じことになればどうなるかわからないとは、本当に面倒な奴だな」

 

 ”分身体である我に死は訪れない。本体とのパスをつないだ今、仮にこの身体が破壊されようと、本体からそのまま蘇る事ができる。死なない理解者と言うのは、若造にとって最も安心できる存在であるのだ。我はこの立場を変える気はない。

 更に言うのであれば、もとよりヒトの子へは深い憎しみを持っていた我にとって、若造と小僧共までは特別扱いしても良いが他の者は有象無象に過ぎぬ”

 

「わぁ~清々しいまでに僕等、有象無象扱いなんだね~。少しだけショックだよ……」

 

「フン、別に星晶獣に好かれようが好かれまいがどうでもいい……だが、そういうなら、アイツだけでなくグラン達もしっかり守ってやるんだな。じゃなきゃアイツは生きていけないだろう」

 

 ”言われなくてもわかっている”

 

 スツルムの言葉に静かな声で返したヴェリウスは、話は終わりと言わんばかりにドランクの肩より飛び立つ。

 三人の少し前に躍り出た事から道案内を再開したのだろう。

 ヴェリウスにかける言葉が出てこない三人を尻目に、ヴェリウスは何も言わずに進み始めた。

 

「まぁ、今の話は僕らもちょっと他人事じゃないよね……オルキスちゃんをこうして連れている以上、あの人にとってセルグ君同様に、失えば致命傷になり兼ねない」

 

「少なくとも私がいるから大丈夫だ。危険な目に遭わせる気はないからな。ドランク……お前もしっかりと守」

 

「ふふ~ん。なんだかんだ言ってやっぱりスツルム殿って優しいよね~。さっきのだって、突き放されたっていうのにセルグ君の為にヴェリウス君に助言しちゃうとことかさ~なんていうか最近普通に優しい子になって来てて僕も嬉しいなぁ~。ねぇねぇスツルム殿~もしかしてセルグ君に惚れちゃっ――痛ぇ!? ちょっとスツルム殿!! 問答無用はだめだって……」

 

 不意打ちの制裁にドランクが抗議の声を挙げるが、視線を向けた先のスツルムの表情に声が消えていく。

 

「次余計な事言ったら刺すぞ……」

 

 照れ隠しではない。そして次は無い。

 それを言外に語っていた。

 既に刺されているので次も何もないと言うのは野暮だろうが、つまりは次も刺されるという事であるのは間違いない。

 

「もう刺してマース」

 

「ドランク……今のはドランクが悪い」

 

 悪ふざけが過ぎたドランクに味方するものはおらず、三人はヴェリウスを追いかけて進行を再開するのだった。

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 鬱蒼と茂る森を疎ましく思いながらも進む足は止めない一行。ゼタとアレーティアが道を切り開いていき、その他のメンバーは周囲を警戒し、着実に進んでいた。

 だが、進むにつれ先に待つユグドラシルの威圧感が徐々に高まって来て、一行は重苦しい雰囲気に包まれていた。

 

「そういや、さっきの兵士達。とても正気とは思えない感じだったが、一体何を狙って襲い掛かってきたんだろうな……」

 

 緊張感漂う中ふとオイゲンが声を挙げる。

 先程の襲撃。一先ずは応戦し撃破したが振り返ってみると謎が多かった。

 自我を失っていると思われる兵士達がなぜか一様にグラン達へと襲い掛かってきた。

 命令も何もないのに、統一された目的の下動いているように感じられた襲撃は一体なんだったのだろうか。気にすれば疑問は尽きなかった。

 

「そういえばそうですね……フリーシア宰相もいないのに命令なんか出てるわけないですし、同士討ちとかしていなかったのは不思議です。ねぇ、ルリア。あの人たちからは何か感じた?」

 

「そうですね、う~ん――いいえ、ジータ……感じたのは魔晶のチカラに侵されてるってことぐらいでした。恐らくなんですけど、ユグドラシルの魔晶の気に当てられて、森と同じように操られていたのかなぁって……」

 

「なるほど。確かにその線はあり得そうだな。魔晶の気に晒された彼らですらユグドラシルの支配下という事か……ん? リーシャ殿、どうしたのだ?」

 

「えっ、あ……えっとですね」

 

 思案している様子のリーシャにカタリナが問いかける。カタリナの声で我に帰ったリーシャは皆の視線に僅かに言いよどむも、己の考えを話し出した。

 

「勘に近いのですが、彼らの動きを見るに狙いは中央にいたルリアさんとビィさん。どちらかであると思われます」

 

「私と……」

 

「オイラ?」

 

 告げられた二人が首を傾げる中、リーシャは話を続けた。

 

「ルリアさんを狙う理由は、元々フリーシア宰相に操られていた命令が残っている可能性。ユグドラシルに残されたその命令が、彼らを操りルリアさんを狙わせたのではないか……と。ビィさんを狙う可能性はビィさんがザンクティンゼルで手に入れた星晶に対抗するチカラを感じ脅威と認識した……といった所です。どちらも推測の域を出ませんが、兵士達の動きを見るにお二人を狙っていた可能性は高い」

 

「なんだってぇ!? 何でオイラが狙われることに……」

 

「だ、大丈夫ですよビィさん! ビィさんはシルフちゃんが一緒に守ってくれますから!」

 

 一度はグラン達が手も足も出なかったユグドラシルマリスの敵意が己に向いているかもしれないと知り、ビィが恐れ慄く。

 こうなるとやはり少し大きなトカゲでしかないビィを励まそうと、頼もしくなったルリアが抱き抱える中、グラン達はリーシャの推測を見返していた。

 

「なるほど……という事はビィのチカラはもしかしたらユグドラシルにとって大きな脅威なのかもしれないって事か」

 

「もしルリアちゃんではなくトカゲを狙っていたのだとしたらリーシャさんの推測は現実味を帯びてきますね。グランさん、ジータさん。トカゲを戦術に組み込むことは考えておいでですか?」

 

 トカゲの単語にビィがいつも通りのツッコミを入れて、それが華麗にスルーされていく中、問われたグランとジータは少しの思案の後口を開いた。

 

「う~ん。一応はフュリアスを倒した時の事を考えて想定はしてました。後衛でユグドラシルの攻撃を抑え、前衛がユグドラシルの防御を崩し、急所になると思われる魔晶を注がれたコアをビィが打ち抜く。魔晶のチカラを打ち消したビィのチカラならこれでユグドラシルを助けられないかとは考えたんですが……」

 

「不安要素はそれが星晶獣のコアに何の影響もないかどうか。試したのはザンクティンゼルでの一回きりだし……元々ビィのチカラっていうのは星晶のチカラを抑えるって話だった。魔晶のチカラだけを綺麗に消せるかはわからない」

 

「はい……グランの言う通りです。ロゼッタさんが願ったようにユグドラシルを魔晶から助け出す事を考えた時、ビィのチカラが何の影響もないか……それが心配です」

 

 言われてみればその通りだと、仲間達の中に動揺が広がる。

 その身を挺して逃がしてくれたロゼッタの願い。彼女にとって大切な存在であろうユグドラシルを魔晶から救い出すために手に入れてきたビィのチカラだが、未知数に近いチカラが星晶獣のコアにどのような影響を及ぼすのか。それが大きな不安要素であった。

 そもそも星晶獣について彼らは殆ど知らないのだ。コアと言われてもピンと来ない。

 

「ねぇ、セルグ。ヴェリウスからは何か聞けないの?」

 

「ん? 一応聞いては見たが魔晶についてはさすがにわからないそうだ。更に言うならビィのチカラについてもな……だがまぁ、オレ達ができる事なんて決まっているだろう」

 

「え? なによそれ……それってどういう――」

 

「暴走状態の星晶獣なんてのは思いっきり叩きのめして大人しくさせるのが基本だ。どうせまずは倒さなければいけない。ビィのチカラの影響が未知数ならわざわざ危ない橋を渡る必要はないだろ。忘れてないか、ゼタ? 星晶獣を倒すのは簡単だが殺すのは難しいって事を……」

 

 なんてことはない……簡単だろう。

 そんな言葉が見え隠れしそうなセルグの態度にゼタが呆気にとられるも、その意味を理解して吹き出す様に笑い始める。

 

「プッ……アッハッハ! そっか、そうよね……グラン、ジータ。私達は何しに来たんだっけ?」

 

「何って、ユグドラシルマリスを倒してロゼッタを助け出すために――」

 

「そう、星晶獣であるユグドラシルを倒さなきゃいけない。私かセルグしか殺すことができない星晶獣をね……」

 

 ゼタの言葉にグラン達は疑問を浮かべる。ゼタが言いたい事がわからず首を傾げそうな彼らを見て、ゼタは己が知っている事を語る。

 

 

 元来、星晶獣とは封印されていたり暴走を起こしたりといった事で、現れる事が多い。星晶獣を殺すような存在が出てきたのはゼタやセルグの組織ができたつい最近の事である。

 古くから空の民にとって脅威であった星晶獣は、覇空戦争後も度々封印と暴走を繰り返している存在であった。

 その対応策は全力で叩きのめして大人しくさせるか、封印を施すか……とどのつまり、空の民に星晶獣を消し去る手段はなかったのだ。

 星晶獣とはコアが崩壊しない限り死ぬことが無い。そしてそのコアはどうやっても破壊できるものではない。これが空の世界の常であったのだ。

 つまり、グラン達がロゼッタとユグドラシルを助けるにしてもが問題となるのはユグドラシルマリスを倒せるかどうかに集約される。

 

「こんなところね。全部組織からの情報ではあるけど……要するに、コアを破壊できる武器を持つ私とセルグがその気にならない限り、星晶獣ってのは死ぬようなことが無いのよ。まぁ私もセルグもこの武器が何故星晶獣のコアを破壊できるのかは知らないけどね」

 

「そこらへんは謎のままだな……オレも与えられてそのまま使ってきたクチだ。母上なら知っているかもしれないが生憎と音信不通。理論までは語れない……」

 

「いや、その情報だけでも十分だよ。流石は星晶獣狩りのエキスパートだな。おかげで心置きなく戦える……ところでセルグ、母上はもう変えないのか?」

 

「うるせぇ、今更もう恥ずかしくなんかねえよ。オレにとっては母親だ。母親を母と呼んで何が悪い!」

 

 カタリナの言葉に、半ばやけくそ気味にセルグが答える。

 もう今更隠すようなこともない様で、また一つ正直になったセルグに、グラン達は嬉しく思う。

 以前と比べ本当に丸くなったとはゼタの談だ。

 

 そんなセルグの様子はさておき、一行は一先ずのすべきことがわかり安堵した。

 折角のビィのチカラが未知数なために使えないのは残念ではあるが、やらなければいけないことは単純にして明快。

 ただ、思いっきり戦って倒せばいい。それだけなのだ。

 

「こいつは朗報じゃねえか、要するに遠慮なくリベンジに燃えて良いって事なんだろ?」

 

 ゼタとセルグの話を理解して、オイゲンも声を挙げる。

 

「儂も余計な心配が無くて安心したぞい。何かを気にしながらの戦いとは神経を使うのでな……」

 

「これほどわかりやすい事もねぇな。いっちょやってやろうぜ!」

 

 ラカムの言葉に頷いて、一行は改めて進み始めた。

 感じられる気配から、ユグドラシルマリスはもうすぐそこだろう……決戦はもう間近に迫っているが、彼らの表情に陰りは欠片も浮かんでいなかった。

 

 

 走り抜けていく一行に……暗い森が人知れず手招きをしていた。

 

 

 

 ―――――――――――

 

 

 

 

 多少なりとも魔物が襲い掛かってくるルーマシーの森を、スツルムとドランクが迎撃しながら進む。

 疲れなどは見えないが、進行を再開してからまたしばらく経っている。

 少しだけ焦れてきたスツルムが口を開こうとした時だった。

 

 

 ”もう直ぐの所だ……慌てるな”

 

「何?」

 

 スツルムの気配を察したか先にヴェリウスが告げた。

 先程の長い話から沈黙を保っていたヴェリウスの言葉に、スツルムとドランクが目を凝らして森の奥を見ると、うっすらとだが人影が見えるのが伺える。

 

「アポロ……」

 

 少しだけ声が上擦るオルキス。

 グラン達といた時とは明らかに違う、人形と呼ばれたオルキスらしからぬ感情が見える声が響く中、暗い森から彼女は姿を現した。

 

 

「オル……キス?」

 

 そこには暗い森の中に、見るも無残と言うほどに変わり果てた……生きている気配のしないアポロの姿があった……

 

 

 




如何でしたでしょうか。

少し落ち気味だったモチベが回復してガガガっと書いています。
ルーマシー編が終わればもうクライマックスが見えてくるので楽しみです。

それでは。お楽しみいただければ幸いです。

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