granblue fantasy その手が守るもの   作:水玉模様

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パート2



幕間 邂逅、全ての始まり 2

 背中に何かがぶつかる小さな衝撃を感じて、セルグは振り返る。

 みれば腰にしがみ付くようにしているルリアの姿。

 どうした? そう問いかけようとしたセルグより先に、ルリアが小さく声を上げる。

 

「セルグさんが化け物なら……私だって化け物です」

 

「ルリア?」

 

「今更そんなことで、悲しい顔なんてしないでください!」

 

 大きな声を上げ、僅かに怒りを含んだルリアの様子に、セルグは面食らう。

 確かにショックではあった。自分がヒトとして生まれたわけではない事を知ってショックを受けないわけはない。しかしそれに反して、自分ではその事実を簡単に受け入れているつもりであった。

 

 だがそれでも……体の震えと、疲れたような声はセルグの胸中を如実に物語っていたのだろう。

 ルリアだけではなく、ジータもセルグの元へと向かいその手を取った。

 

「使命なんか関係なく、セルグさんが必死に皆を守ろうとしてきた事を私達は知っています。貴方が優しいからだと知っています。それは、貴方が化け物ではなくヒトだからだと思います」

 

 優しく手を握っていたジータが、視線を移す。つられるようにその方向を見たセルグの視線の先には、いつも通りの雰囲気の彼らがいた。

 

「セルグさん……私は今、貴方の全てを知りました。ですからこれからは、貴方を救うため、本当に全てを捧げて見せます」

 

「前にも言ったな、セルグ。優しさから怒れる人間に悪い奴はいねえって。優しさから怒れるお前は誰が何といおうと俺達と同じヒトだ」

 

「散々無茶をして皆を守ってきた君を、私は知っている。それは間違いなく、使命など無関係に君自身の想いによるものだ。悲観することなどあるまい」

 

「っていうか、いい加減その面倒な性格やめてもらえない? そんな事でいちいち励まさなきゃいけないこっちの身にもなってよね」

 

「お前がヒトじゃねえってんなら、同じように規格外なウチの娘も化け物になっちまうじゃねえか。ふざけたことは言いなさんな」

 

「わかってみればあっけないものですね……あなたの罪の意識はつまらない使命のせいですか。一体いつから、貴方は与えられたことに素直に聞くようなヒトになったのですか? いつも通りに不敵に笑い飛ばして見せてくださいよ」

 

「儂も若い頃より散々化け物扱いされたからのぅ。老いた儂はさらに妖怪とまで言われたぞぃ。それに比べればお主なんてまだまだじゃろうて」

 

「なんでぇ、オイラなんてもっとわけのわかんねぇ奴だぞ。いちいちヒトと違うからって気にするんじゃねぇやい!」

 

「ふふ~ん。つまりはセルグ君ってとんでもなくすごいヒトって事でいいんだよね? ねぇねぇスツルム殿。彼に取り入っておけばあの人の救出も簡単に――痛って!? ちょっと、スツルムどの!!」

 

「黙れドランク。簡単に他人に頼ろうとするんじゃない。黒騎士は私達が助けるんだ。それが私達の仕事だ。

 大体、こんなすぐにへたれる奴に任せておけるか。下らない事でいちいち落ち込むような奴をあてにするな」

 

「セルグ……別におかしくない。いつも頑張ってる、良いヒト……」

 

 ルリアとジータを皮切りに、皆が一様にセルグへと言葉を掛けていく。

 そのどれもが、セルグの生い立ち等……セルグの正体など歯牙にもかけていない。

 

「セルグ」

 

「ゼタ?」

 

 少女に怒りを上げて握っていた拳を解くと、ゼタは静かにセルグの元へと歩みより、その頭へと手を乗せる。

 まるで幼い子供をあやす様に……

 

「――あの子が愛したあなたも、あの子を愛したあなたも、化け物なんかじゃない。だからそんな悲しそうな顔しないでよ……あの子も私達も、あなたの不器用な優しさを知っている。どんな存在であろうと、あなたの優しさはヒトだから持てるものでしょ」

 

「セルグ……今さらどんな存在かわかったところで、それがなんだって言うんだ。聞いた話じゃ僕の父さんの方がよっぽどセルグより化け物だよ。今さらそんな事で、僕らが君を突き放すと思ってるの?」

 

 バカにするな。グランの表情が言外にそれを語った。

 数多の空域を超え、父親がイスタルシアに辿り着いたような化け物であるグランにとって調停の翼がなんだという事なのだろう。

 

「いや、別にそんなことは思っていないが……何だお前達。別にオレは驚きはしたがそんなショックを受けているわけでは――」

 

「フッ……フフフ、ハハハ! 本当にすごい。グラン、ジータ……君達と出会えたことはセルグにとって最大の幸運だ」

 

 仲間達の言葉に気恥ずかしくなったか。強がるセルグの弁解を遮って、突如少女がコロコロと笑う。

 年相応の少女の様に、明るい声で。本当に可笑しなものを見たかの様に。

 目尻に涙を浮かべるほどに笑った少女は、その雰囲気のまま語り始めた。

 

「ヒトの子は弱い。己と違うものを認めず、外れた者を忌避する……だが君達は違った。君達はこんなにも温かく、我が子たるセルグを迎え入れてくれた。そして、だからこそ私は今日ここに顕現し、君達にセルグの事を話した……」

 

 徐々に笑っていた雰囲気を消し、再び真剣な表情へと戻した少女は、改めて一行を見回した。

 

「話の続きだ。私の願いを聞いてほしい。

 セルグと共に私の使命を……アーカーシャの起動を防ぎ、世界を守って欲しいんだ。

 残念ながら、私が私のチカラを持って介入するのは本当に最後の手段になるだろう。世界が崩壊し、この世界が消え去るかもしれない事態に陥った時、私は最後の手段として顕現することになる。

 だが、先にもいった様にそれは世界に負担を与えてしまう最終手段だ。できるのであればそんなことにはならない様にしたい……だから、セルグと君達にこの世界の行く末を託したいのだ」

 

「まてよ、それはオレの使命なんだろう。グラン達は関係」

 

「上等……僕たちは元よりそのつもりだ。セルグがどんな存在だったとしても、今さらそこは変わらない!」

 

「やって見せます! 調停の翼なんて関係ない……私達は自分の手で未来を掴んで見せます!」

 

 セルグの反論を押し退けるように、グランとジータはその瞳に力を漲らせて答える。

 やる気は十分。負ける気など更々ない。ルーマシーを出るときに自分たちは最良の未来を掴み取ると決めている。

 伝搬するように仲間にも二人の気概が広がっていった。一様にその目に強い意志を秘め、挑戦的な目で少女を見やる。

 

「お前達……」

 

「フフ、頼もしいな。セルグ……世界を守る私達の使命は重い。だがそなたには、こんなにも頼もしく、一緒に使命を果たしてくれる仲間がいる。

 忘れるな、ヒトの身であるそなたは一人で背負う必要はない。ヒトの心を持つそなたは一人になる必要はない。そなたが育んできたヒトの子等との絆、努々忘れないでくれ」

 

 少女はそう言っておもむろに地面に下ろしていた盾と剣を拾い上げた。

 

「私が伝えたいことはこれで全部だ。そろそろ顕現の限界も近い。グラン。ジータ。それに皆も……どうか、この世界を守って欲しい」

 

 少女の言葉にセルグを除く皆が頷いた。

 改めてやるべきことを再確認した一行の士気は鰻登りに高まり、今すぐ艇に戻って飛び立たんばかりである。

 

「それでは、私は消えよう。セルグ……頼んだぞ」

 

「無論だ……元々オレは皆と戦うと決めている」

 

 迷いのない瞳を見せてセルグが答える。

 どれだけ自分にとって大きな事であっても、彼らはそれがどうしたと言わんばかりに悲しみを蹴飛ばしてくれた。

 全てを知った今、セルグは彼等の言葉に心から感謝した。

 彼らと共に使命を全うしようと……決意を新たに少女を見据えた。

 

「もう、心配する必要はなさそうだな」

 

 セルグの答えに満足したように、少女は笑みを浮かべて消えていった。

 

 

 

 

「さて、目的は達した。グランサイファーに戻ろう! これでやっと、ルーマシーに向かえる」

 

 随分長い寄り道となってしまった一行は意気揚々とグランサイファーへ向けて歩き出す。

 アルビオン、アマルティア、ザンクティンゼルと。魔晶への対抗手段を得るために、長い事足止めを食ってしまったが、やっと目的へと邁進できる。

 目指すはルーマシーへと赴き、ロゼッタと黒騎士の救出。

 そしてその先は帝国の、ひいてはフリーシアの野望であるアーカーシャの起動の阻止、或いは破壊だ。

 

 この先は恐らく決戦の連続だろう……これまでですらかなりの激戦であったがその上をいく激戦が予想される。

 それでも、彼らに不安は微塵もない。世界の行く末を託され、世界を守る翼を手に入れたのだ。

 

 決意と緊張が混在した心地よい昂りの中、一行は未来へ向けて進軍を開始した。

 

 

 

 ――――――――――

 

「――っと、悪い。肝心なことを忘れていた。ヴェリウスの本体と少し話が合ったんだ。ちょっと行ってくる」

 

 歩き出して少ししたところで、セルグは軽い口調で声を上げた。

 

「ん? なんだよセルグ、本体と話って……?」

 

「融合の反動についてだ。弱くなったオレの状態を治せないのか……あるいは反動無しとかできないかとな……これからの戦いを考えれば、今のオレは足手まといに近い。

 要であるオレがまともに戦えない等笑い話にもならないだろう。――少し艇で待っててもらっていいか? ちょっと行ってくるから」

 

「あ、セルグ!?――はぁ、正体がわかったところでなんていうか、変わらないなぁ……」

 

 返答を聞かずに祠へととんぼ返りしていくセルグを見送ってグランはため息と苦言を漏らした。

 

 まともに戦えない……そんな事はないだろう。

 確かにヴェリウスとの融合は使えなくなったが、それでも風火二輪の性能や、自己強化無しでも十分な天ノ羽斬での戦闘を考えれば、相変わらずセルグの戦闘力は圧倒的と言える。少なくとも弱くはないのだ。彼がまともに戦えないなどと、それこそ笑い話にもならない。

 だと言うのに、それでは満足できないのだから、相変わらず一人で何とかしようとする意識が強いセルグには一同、呆れしか出てこなかった。

 

「とりあえず、先に戻ってようか。艇の出航準備もありますし、私達は一応集落の皆にも挨拶をしてきたいので……」

 

「そうだな……昨夜あれだけの祝宴を設けていただいたわけだし、私達も挨拶に行った方が良いか。オイゲン、ラカム。艇の準備を頼む。他の皆は一度集落に向かおう」

 

「あいよ。しっかり準備をしておくぜ」

 

 カタリナの指示を受け、グランサイファーの出航準備に二人が離れていく。

 

「それじゃ、僕らも行こう」

 

 それを見送ると、一行は集落へと向けて歩き出していった。

 

 

 

 

 

「――来たぞ。でてこいよ」

 

 祠の前まで戻ったセルグは、着くなり早々誰かを呼びつけた。

 静かな森の空気の中、セルグの声に反応するものはおらず、辺りを静寂が包み込む。

 立ちすくむセルグが、返事を待っていると、突如祠から闇が漏れ出しセルグを包み込んだ。

 

 

「来たか……セルグ」

 

「当然だ。あんなことを言われればな」

 

 闇に覆われた世界の中、セルグを迎えるのは先程邂逅した世界を守る少女。紅い瞳がセルグを見つめていた。

 そしてもう一つ……

 

 ”良く来たな……壊れた翼の欠片よ”

 

 闇の世界の中で、一際存在感を放つ闇の塊。

 鳥型の分身体ではなく、正真正銘の”星晶獣ヴェリウス”がいた。

 

「ヴェリウス。久しぶりだな。お前のおかげでオレの復讐はあっさりと終わった。まぁ真実を聞けばお前のおかげではないのかもしれないが……とにかく一応は礼を言っておく。ありがとな」

 

 ”あの時点では我も分身も、そなたをヒトの子だと思うておったわ。つまらないヒトの子の感情に振り回されたくなかっただけぞ”

 

「そうかい……それで、どういうことだ? ”全てを伝える”っていうのは?」

 

 鋭く睨み付ける様なセルグの視線が、少女を射抜いた。

 先程の邂逅で、消える間際に意識に直接飛んできた言葉。更なる事実を伝える旨を告げられたのだ。

 

「単刀直入に言おう。そなたは既に壊れている」

 

「は?」

 

 単刀直入すぎる……セルグは思わず気の抜けた声を漏らした。

 だが、当然の反応を見せるセルグを余所に、少女は続ける。

 

「星晶融合……このイレギュラーが全ての原因だ。調停の翼としての魂、それに合わせて作り上げられたヒトの身の器。そこに、受け入れてしまったヴェリウスとの融合によってそなたの器は崩壊へと向かっている」

 

「何を……言っている?」

 

 思考が追い付かず、言葉の意味を解せないセルグが問い詰める。

 冗談などを言うような存在ではないのは分かっている。真剣そのものの少女の表情は、その雰囲気と相まって、少女の言葉を肯定しており、嫌でも嘘ではないことがわかった。

 

「本来、そなたはこの世界でチカラを取り込み徐々に翼としての覚醒を迎えていく予定であった。数多の星晶獣と戦い、それらからチカラを取り込み、蓄えていくはずであった。

 もし、アーカーシャの起動と言う最悪の事態を迎えた時は、覚醒したそなたによって世界に負担をかけずに彼の者を滅する予定であったのだ」

 

 想定される最悪の事態。アーカーシャの起動という事態に対するカウンター。

 セルグの存在はひとえにここに集約される。

 世界を作り変える事すらできる、アーカーシャの存在とチカラは、世界の理の外にあるもの。それはすなわち空の世界に生きる事のない、調停の翼たる彼女と同種の次元の違うチカラだ。

 それを滅するには空の世界にあるチカラでは不可能である。それ故、彼女は空の世界に生きる分身を作り上げたのだ。

 最悪の事態にはそのチカラを以て、アーカーシャを滅する。セルグの生まれた理由とはこれに尽きる。

 

「だが、そなたは独自にチカラを得てしまった。私と同じく万象からチカラを取り込む能力を持ちながら、そなたはヴェリウスとの融合と言うイレギュラーに辿り着いてしまったんだ。

 チカラではなく魂を受け入れたそなたの融合はそのまま器へと負担をかけ、一時的な能力の強化と引き換えに器の崩壊をもたらした」

 

 ヒトとして生まれたが為に、セルグは感情のままにチカラを欲した。そしてたどり着いたのはヴェリウスとの融合という爆弾つきのチカラ。

 無理やり取り込んだ魂に、ヒトの身であるセルグの器が耐えきれなかった。

 その結果が、反動という名の器の崩壊の始まりである。

 

「自分でも気づいているはずだ。そなたの融合の反動が治る気配がないという事を……融合を使わなければこれ以上崩壊が進むことはないだろう。だが、既に辿ってしまった崩壊をもとに戻すことはできない。

 そして……壊れかけた器では、これまでの様にチカラを取り込むことはできても蓄える事は出来ない」

 

 万象の全てをチカラとして取り込み、己の糧とする……世界を守るために与えられた調停の翼としての能力を持ち、数々の戦いを己の糧としてきたセルグは、ヒトであるが為にそれ以上を求めて壊れてしまったのだ。

 

「そなたの覚醒は、もはや叶わない状態となっている……心するんだセルグ。

 アーカーシャに対抗する手段は起動を阻止するしかない。起動されたら最後、そなたではもう止められる事はないだろう」

 

「――だったら、阻止すればいいだけだろう。オレがダメでもアイツ等がいる。皆の言葉を聞いたはずだ。それができないとは思えない」

 

 自信ではなく他信……自分が壊れているのは分かった。だが、その程度で彼らが負けるわけが無い。彼らが目指す未来を掴みとれないわけが無い。

 セルグは仲間への最大の信頼を見せて答えた。

 

「そうか……本当にこれまでとは打って変わって頼もしいな。頑なに誰かに頼る事は無かったそなたが嘘のようだ。

 良く聞いてくれセルグ。器はチカラを失ったが、代わりにそなたは絆というチカラを手に入れた。そなたが失ったものより多くの強さを与えてくれた。

 私が呼び出したのはこれを伝えるためだ。壊れた代わりに手に入れたチカラを、忘れてはいけないよ。本当に、彼らには感謝してもし足りない……」

 

「あぁ、本当に……そうだな」

 

 セルグと少女。大きな使命を負った二人が、静かに想いを馳せる。

 世界を守る。その大きな使命を共に背負ってくれた仲間達に……感謝をしながら。

 

 

 

「さて、今度こそ私は還ろうと思うのだが。最後にセルグ、少しお願いがあるのだが良いだろうか?」

 

「は? なんだ急に? まだ何かあるっていうのか」

 

 少しの間、静かな時が流れたあと少女が口を開いた。改まってのお願いと言う言葉にセルグが疑問符を浮かべるが、少女は少しだけ楽しそうな様子である。

 

「――――ヒトの子の営みを観ていた私の、願いを叶えてはくれないか?」

 

「何……一体どういう意味――」

 

「一度でいいから私を……母と、呼んで欲しい」

 

 

「は?」

 

 

 最近はお約束になりつつあるセルグの間の抜けた声が漏れる。どうにも想定外な事を告げられると、セルグはこれが漏れるようである。

 

「母親とは子に呼ばれると本当に嬉しそうな顔を見せる。私もその気持ちを知りたいのだ……ダメか?」

 

 期待と不安。それが入り混じった何とも人間らしい表情を見せる見た目の年相応の少女の姿に、セルグは総毛立つ。

 立場上、と言うよりは事実上は母親と言っておかしくない関係だ。だがいかんせん目の前の母となる存在の見た目は紛う事なき少女の姿。年の頃はジータと変わらないくらいの少女の姿なのだ。

 男で、いい年した大人である自分がそんな少女を母親と呼ぶ……違和感、背徳感、その他諸々、セルグの胸中に様々な不安が膨れあがった。

 

「何をバカな事を言ってるんだ。大体オレもお前もヒトじゃないのにそんな普通の親子みたいな事したって何も感慨なんて――」

 

 ”何を抜かすか若造が。散々感情に振り回され、やっとの思いで乗り越えてきたお主が良く言う”

 

 何とか阻止しようとした反論を、だんまりであったヴェリウスが切り捨てる。

 キッと睨み付けるセルグだが、星晶獣のくせに声には多分にからかいの念が含まれているヴェリウスには何の効果もないだろう。

 

「それはオレの事だろう、純粋ヒトではないこいつにそれがわかるわけ」

 

 ”どんな理屈を並べようと、お主にとっては母親よ。こうして我が子の為に顕現してきた母親の頼みも聞けぬようでは、お主は良い親に成り得ぬぞ”

 

「くっ、何をわけのわからない理屈を……」

 

 微妙に今のセルグにとっては関係が無いとも言い切れない言葉に、セルグが押し黙る。

 かつては抱いていた夢……アイリスと共に我が子を抱く幻想を思いだし、そしてまだ定まらぬ未来の光景を幻視した。

 ヒトとして当たり前の営み。二親が子を見守る光景を思い描き、セルグの胸中にまた言葉にできない不安がよぎった。

 

 

「いや、良いセルグ、嫌ならば無理をすることはない。確かに私は勝手にそなたを作り出したからな。素直になれない気持ちもわかる。更には本来の母親もいるのだ。仮初の母親など――」

 

 セルグの様子に少しだけ悲しそうに笑う少女の姿を見せられて、意を決したようにセルグは静かに口を開いた。

 

「――ぇ」

 

「え?」

 

「”母上”……。これでいいか?」

 

 ボソリとつぶやいた言葉を繰り返し、セルグは照れくさそうに、少女を母と呼んだ。

 

 ”フッ、なぜそうも普通ではないのか。普通ならここはお母さんだろうに”

 

「う、うるせぇよ! この年になって初めて呼ぶんだ! 呼び方なんかしるか!」

 

「フ……フフフ。なるほど、確かにこれは思わず嬉しくなってしまうな……ありがとうセルグ。初めての感覚だが満足したよ……それでは、今度こそ私は還ろう。どうか、そなたの行く道に幸あらんことを」

 

 またも年相応な様子を見せる少女は、言葉通りに満足したような顔を見せて、光の粒子となって消えていく。

 残されたセルグは、それを最後まで見送りながら、感慨深そうにつぶやいた。

 

「――結局、母親の癖に名前すら告げていかなかったな。まぁ、いずれまた会えるだろう」

 

 ”感傷に耽っているところ悪いが我からもお主に伝える事……いや、託すものがある”

 

 余韻に浸っていたセルグを現実へと戻し、次は自分の番だと言わんばかりにヴェリウスが話を切り出した。

 

「託すもの? 本体のお前が一体なにを……」

 

 ”お主が戦えないのは世界の危機であるからな。この世界に在る者として我もチカラを貸そう。喜ぶが良い、正真正銘、星晶獣ヴェリウスのチカラだ”

 

 言うや否や、一筋の闇がセルグの胸へと繋がる。

 次の瞬間、セルグは大きな闇のチカラに覆われた。

 

「――これは……融合じゃない?」

 

 ”我とお主で繋がりを構築した。融合の様に器に負担を掛けぬよう、その身に纏うチカラの形だ。残念ながら分身との融合程ではないが、まぁお主であればこれで十分だろう”

 

「ヴィーラとシュヴァリエと同じような感じか……助かるが、良いのか?」

 

 ”なに、我は分身よりはヒトの事を見ているのでな。お主の心が筒抜けになるだけでこれからが面白くなるそうなので構わぬ”

 

 つまりは分身体よりも人間臭く、その感情を理解できると言う事なのだろう。そして、セルグの心が覗き込めればこれからが面白くなりそうだと……そんなヴェリウスの魂胆に気付きセルグが慌てる。

 

「はぁ!? ちょっと待てお前! そんなふざけた話があるか! 今すぐ切れ! こんな繋がり願い下げだ!」

 

 ”嫌なら恥ずかしくない生を全うすることだ……これまでの様に無茶をできると思うでないぞ。そなたの存在は世界の要だ”

 

 先程のは建前。ヴェリウスに真剣に諭されて、慌てた様子を見せたセルグも落ち着きを取り戻した。

 ヴェリウスの行動は単純にセルグの身を案じての事。世界の要となるセルグの身を守るためのできる限りの助力であった。

 

「――ったく、本当におせっかいなやつばかりだ。まぁ……感謝だけはしておく。だが、絶対に余計なことしてくれるなよ。最近ただでさえ心労が多いんだ……これ以上疲れてたまるか」

 

 ”ふむ、それもまたお主次第だな……余計な事をして欲しくないのなら早く答えを出すことだ”

 

「……本当に筒抜けなのかよ。忌々しい」

 

 ”そんなわけがあるまい。そこまで深くは繋いでおらん。若造の心など読みやすいからに決まっておろう”

 

 己の心持をあっさりと読みぬかれ、セルグは呆気にとられた。

 簡単に読まれている……筒抜けでないのならそういう事だ。どちらにしろ、口うるさく小言を言ってきそうな存在と繋がってしまった事に変わりはない。

 

「――どっちにしろ忌々しい」

 

 捨て台詞と共にセルグは闇の世界から解放され、祠の前に降り立った。

 一人となったセルグは、祠の前で空を見上げる。

 

 

 

「はぁ……さて、どうなることか」

 

 壊れている……それもこれまでの自分のせいで。

 新たに告げられた事実はセルグの心に重石となってのしかかる。

 

 だが、自分がもたらした事も多々あるのだと気づかされた。

 これまでの自分がしてきたことが、自分が失ったものよりも大きなものを与えてくれた。そう聞かされた。

 だったら、悔やむことなどないだろう。

 

 

「ヴェリウス」

 

 ”なんだ若造”

 

 呼ばれて傍らに降り立つ分身体のヴェリウスへと視線を向けたセルグは、静かにその身体を抱き上げた。

 

 ”む、何だ若造。急にどうしたのだ?”

 

 驚き戸惑うヴェリウスが妙に可愛げがあるような気がしてセルグはそのままヴェリウスを肩に乗せる。

 

 全てはヴェリウスと出会い、融合を果たすためこの島に来たことから始まった。

 ヴェリウスと出会い、組織を壊滅させると誓ったところから始まった。

 

 

「ありがとう……」

 

 

 ずっと共に居てくれた友に。多くの繋がりを与えてくれた友に。

 セルグは感謝の言葉を捧げるのだった……

 

 




如何でしたでしょうか。

アーカーシャ、調停の翼。
どちらもかなり独自の設定になっているかもしれません。
本作の始まりの設定は今回で全て語りました。
これであとは簡潔まで邁進するだけです。

それでは。お楽しみいただけたら幸いです。

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