granblue fantasy その手が守るもの 作:水玉模様
重要な話っていうのは前もってかなり準備しているから書き上げるのに時間はいらないようです。
それではどうぞ、お楽しみください
「悪いな、皆。オレの予定に付き合わせて……別に村で待ってても良かったんだが」
ザンクティンゼルの森の中をグラン達一行はのんびりと歩いていた。
昨夜の宴の席の中、グランとジータは村長に祠へ行くことの許可を申し出ており、快諾をもらった。
朝を迎えた二人は早々にそれを皆に伝え、こうして祠に向けて歩いているというわけだ。
「別に僕たちは気にならないよ」
「それに、セルグさんの過去の事なら少し興味ありますし……」
彼らとしても、セルグの事については知っておきたいのだろう。
アルビオンでヴィーラから聞いた通り、能力も含め彼には不可思議な点が多い。
星晶獣との融合、ヒトとは少し外れた精神性。それらを認識したところでそれらの解明がされたわけではない。
気になるのは当然だ。
「残念だが聞きたいことがあるなら聞きに来いって感じらしくてな。確定情報ではないんだが……まぁいいか」
俄かに楽しみな様子を見せる仲間達を見て、苦笑いをしながらセルグは歩みを再開した。
そう、ザンクティンゼルを訪れたのは元々は記憶を取り戻す星晶獣の存在についてを問うため。この先に彼に関することが分かるわけではないのだ。
わざわざ指摘をする必要もないと、それ以上訂正することはなかったが、セルグ自身大きな期待はしていなかった。
だがそれとは別に、昨夜のヴェリウスとの会話の事も気になっていた。
”本体が嫌という程呼んでいる”
融合できるセルグとヴェリウスの間には思念通話ができるだけの繋がりが構築されている。本体との契約時に構築されたもので、それ故に言葉なくとも会話ができる。だがそれは本体とは繋がっていない。
一応分身体たるヴェリウスには本体からの声が届くらしいが、そちらについては音沙汰無し。具体的な言葉がなく、呼ばれているという感覚だけが二人に共通して与えられていた。
「過去と言えば、のぅセルグよ。一つ聞きたいのじゃが、お主の剣術は一体どこで教わった?
お主の動きは無茶苦茶な部分も多いが、基礎基本というのは忠実に守られている。お主の動きはきっちりと叩きこまれた基礎を応用しているといった方が正しいような感じが見受けられていた。誰かに師事をしておったのなら、お主の過去を知っている可能性も――」
「あぁ~それはないだろうな。確かにアレーティアの言う通り、基礎基本ってのはある人に教えてもらった。不愛想で無口な、だが滅茶苦茶に強い人だった。
んで、師事したのは少しの期間だったからそれ以降は我流なわけだが、師事したってのは組織の訓練生になってからだから知っているはずもない」
「ふむ、そうか……手がかりにはなりそうだと思ったんだがのぅ」
「それじゃあ、アンタが覚えている一番古い記憶って何歳くらいの頃の話よ?」
「――――気づいた時には訓練生でいたからな。朧気な記憶なら、ギリギリで覚えているのは父親代わりの奴に拾われた記憶があるくらいだ。五歳とか六歳くらいらしいが……つまりその前を知りたいんだよ」
「ふぅん……セルグの両親とかちょっと興味あるわね。こんなめんどくさい子供を産むなんてどんな人だったんだろう……」
少し棘の含まれた言葉にセルグが顔を顰める。
みれば微妙に不機嫌そうな気がしないでもないゼタの雰囲気にその原因へと思考を巡らした。
「お前な……まだ昨日の事を怒ってんのか? というか、何をそんなに気にすることが」
「べ、別に気にしてないわよ! っていうか怒ってないし!」
「いや、どっからどう見ても不機嫌さが……まぁいいか」
「そうよ。別にいいの」
またも、受け流す様に苦笑いを見せながらセルグは歩みを再開する。ゼタも特に追求する事なくセルグから視線を外していた。
いつもなら、そのまま言い合いに発展しそうである二人であったが、今日はどことなく落ち着いている。仲間達から疑問符が浮かび上がるが、そこには理由があった。
脳裏に蘇るは昨夜の出来事。森に逃げ込んだセルグはヴィーラの奸計もあり見事ゼタ一人に追い詰められていた。
そして――――
”あの子には悪いけど、私は決めたんだ。あの子の分もアンタを幸せにしてやるって……覚悟しなさい。本気になった以上絶対モノにしてやるんだからね”
ゼタはその場で己の想いを告げた。ヴィーラによって想いを告げる勇気をもらい、ヴィーラによってセルグを救う覚悟を決めた。
これまでどこか素直になれなかった自分の想いに気づき、ゼタは親友の分もセルグを幸せにすると誓ったのだ。
そして対するセルグも……
”悪いな、先に言わせて……一応オレも、お前の事は幸せにしたいと願っている。残念ながら優柔不断なオレは迷って、揺れ動いて、はっきりと答えは出せないが、覚悟はしている……全てに
その場でセルグも想いを伝えた。まだ覚悟が足りずはっきりとした答えにはならなかったが、それでも互いに惹かれあっていると知っていた二人は、改めてその想いを言葉にして確かめ合った。
「(全く、本当に彼女の言う通りになってきそうだな……恐ろしい事だ)」
胸中で……己とゼタ、さらにはモニカにまでこうして変化を及ぼしたヴィーラにセルグは、感謝と恐怖の相反する感情を覚えて一人ごちる。
最近の扱いから見てもどうにも頭が上がらなそうだ。いや、確かにもたらしてくれた事を思えば頭は上がらないが、それでは男として余りにも情けない。
向けられた想いに応えることは自身の心の中で決まっていた。まだ全てに応える覚悟ができていないだけ。
そして、いざそうなった時、本当に頭が上がらなくならないように、セルグは胸中で強く成ることを誓う。
具体的にどう強く成るのか……そんなことはわからないが、とにかく強く成らねばならないのだ。
「考え事ですか? 心ここに在らずといった感じですよ」
思考が深すぎたか……いつの間にやら隣を歩いていたヴィーラの言葉に現実に戻され、セルグは表情には出さずに驚愕するも、冷静に返した。
「――さらりと隣に立つのはやめてくれ。というか少しは自重してくれ。最近行動に出すぎだろ……ゼタもその気になってしまったんだ。少しは隠す努力をしてくれないと、皆の中に不和を生む可能性も……」
ヴィーラの話では、下手すればジータやリーシャにもその可能性があるというのだ。そこまで自惚れているつもりはないが、万が一それが本当だった場合、あまり大っぴらにしていてはいらぬ亀裂を生む。
セルグの懸念を聞いたヴィーラは、いつも通りの微笑を讃えた。
「確かに愛憎という言葉があるように、表裏一体の感情ですから不和を生む可能性は否定いたしませんが、私の計画であれば貴方次第でどうにでもなります。問題はありません」
「そこでオレの事は気にしてくれないのか?」
「不和を生む可能性と言えば、貴方が他にも好かれている可能性しかありませんから。全ては貴方のこれまでが生み出してきた
「全く……手厳しい」
だからこそ、彼女はしっかりと言ってくれるのだろう。それくらいは自分で御しきってもらえないと困るというわけだ。
そこまで余裕があるわけではないセルグだがそういわれては応えないわけにもいかない。
先ほどの誓いは、更に強いものとなった……
「そのくらいの器量は持って欲しいと思っていますので。期待をしていますよ」
「それが何に対しての期待なのかは聞かない方が良いのだろうな……」
「聞きたいですか?」
「――遠慮しておこう」
先ほどの誓いは、もっと強いものとなった…………
――――――――――
しばらく進んだ一行は、祠の前へと到着する。
森の中に少し開けた場所。相変わらずの神秘的な雰囲気を醸し出す祠は、依然と変わらず。
昨日のビィに反応していたような、光を纏うような状態ではなく、普段と変わらない状態を保っていた。
だが、一行はその場にたどり着いた瞬間に動きを止める。
雑談に動いていた口を閉ざし、祠を見やって全員が動きを止めていた。
「来たか――ヴェリウス、付き合ってくれてありがとう。楽しい時間を過ごせたよ」
そこには少女が居た……まだ幼さの残る顔立ちから年の頃はグランやジータと変わらないくらいだろうか。
白く輝く癖の強い銀糸の髪を、腰までたなびかせ。軽装の鎧に剣と盾。傍らには二匹の小さな竜を従えている。
特徴的な姿をしている少女だが、グラン達が動きを止めている理由はそこではない。
「貴女は一体……」
「君は、何者だ?」
ジータとグランが問いかける。
警戒を見せているわけではなく本当に少女が何者なのか気になって仕方ない。そんな感じである。
少女の雰囲気はあまりにもヒトと違った。
まるで何にも染まることのない白い布のような、無垢な気配。
深淵をのぞき込むような、深く底の見えない存在感。
少女の周りだけ世界から隔絶した場所のような、そんな印象を与えられる。
少女はそんなグラン達の反応に意を介さず、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「君たちを待っていた。まずは初めましてだな。グラン、ジータ、ルリアにビィも――――そしてセルグ」
呼びあげた順に視線を巡らせた少女は、セルグへと視線と留めた。その瞬間にセルグの気配が戦闘モードへと変わる。
天ノ羽斬を抜刀し、グランとジータの前に躍り出た。
「離れろ、二人とも……こいつは」
「そう警戒しないでくれセルグ。今の私にルリアへ危害を加える気はない」
「ふざけるなよ……そんなことが信用できるわけ」
突然警戒の色を見せたセルグに仲間達が困惑する。
確かに普通とは違う雰囲気を纏う少女であるが、危険性は見えない。セルグの行動に疑問符が浮かんだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれセルグ! 一体どうしたんだ?」
「落ち着いてください! いきなり何をしているんですか!」
「ルーマシーでオレの意識が飛んだ時、オレはこいつの声を聞いた……あの時オレの意識を奪ったのはお前だろう?」
怒りを混ぜたセルグの言葉に、グラン達にも警戒が広がる。
セルグの言葉……それを解釈するなら、ルーマシーでルリアを襲ったのはセルグではなく、目の前の少女であるのかもしれない。
すぐさまカタリナがルリアを後ろに隠し、グランとジータも武器に手を掛けた。
「そうだ。あの時はそれが最善だと考えた。だが、今は違う……君たちに大きな可能性を感じている。だから私は顕現したのだ。
セルグ、落ち着いて話を聞いてくれないか。グラン、ジータも。この世界の未来がかかっている」
対する少女は剣を格納している盾ごと、武器を地面に置いた。
戦闘の意思はない……それを示す様に。
構えていたセルグは逡巡の後、ゆっくりと天ノ羽斬を鞘に納め、再度少女へと問いかける。
「その気が無いと言うなら――答えろ、お前は以前にもオレの意識に出てきたな。お前は何者だ……いや、知っているんだろ。オレが何者なのかも。全てを話せ……オレにはその権利があるはずだ」
ガロンゾ、ルーマシー。
二度にわたって脳裏に聞こえた声の主、それが目の前の少女である事を確信したセルグは、彼女が己の全てを知っているのだと察した。
警戒は消えてはいないものの、どこか縋るように、セルグは少女へと問いかける。
「それも含めて話そう。君たちが行く未来の事。セルグの事。私が伝えなければいけない全てを」
セルグの様子と少女の言葉に、一行も警戒の色を収め少女の言葉へと耳を傾けた。
よく通る凛とした少女の声が、静かに森の中に紡がれ始める。
「まず初めに私についてだ。私は…………そうだな、世界を守る存在であり、世界の均衡を保つ存在だ。
この空の世界の監視者にして、均衡を保つ調停者。それが私だ」
「えっと……どういうことですか? ねぇグラン、ジータ。わかる?」
ルリアが早速疑問を投げた。そんなルリアの様子に少女が小さく笑みを浮かべる。
ルリアの無垢な様子に優しげに少女は答えを返していった。
「この世界は様々な不安を抱えている。星晶獣、ヒト……もっと言ってしまえば、歴史より消え去った、世界の闇……
それらを全て監視し、世界の均衡を崩す可能性のあるものを抹消する。いうなれば私は世界の味方というやつだ」
「世界の味方……ということは君は神様とかそんな感じ?」
「それは少し違うかな。私を生み出したのは世界の意思。
私が世界を生み出したのではなく、世界が生み出したのが私だ。私といえど、神の御業は真似できないよ」
グランの問いに答えた少女はまたしても小さく笑った。
その笑みには先ほどまで感じていた、ヒトと違う雰囲気がなく、普通の少女の柔らかな笑みといった印象を受ける。
「さて、話を戻そう。セルグの言うとおり、私はルーマシーに君たちがいるとき、セルグの身体を乗っ取った。目的は一つ。ルリア……君を抹消する事」
再び真剣な表情となった少女の言葉に、一行にまた張り詰めた空気が広がるも、それを抑えるように少女は手を翻す。
「勘違いしないでほしい。この世界において、グランとジータ、ビィにルリア。君たち四人は非常に重要な存在だ。
君たちの存在はこの世界の行く末を左右すると言っても過言ではない。本来であれば、私もルリアを抹消などという選択肢は取りたくなかった。
だが、それ以上に、アーカーシャの起動は危険なんだ。彼の者の発現はこの世界を全てなかったものにできるのだから」
世界を守る。突拍子もない話ではあるが、納得できる部分ではあった。
アーカーシャの発動は世界の全てをなかったことにできる。過去を改竄し、現行世界の崩壊をもたらし得るアーカーシャを考えれば、世界の味方と自称する少女の言葉も理解できなくはない。
「だから、鍵となるルリアを消そうと?」
「奪われた意識の中で理解はしていたようだな……セルグ、その通りだ。
一度表舞台に出てきてしまったアーカーシャの存在は、常にこの世界を崩壊の危機と隣り合わせにしてしまう。狙うのは帝国の彼女だけではないだろう。
だから、最も安全で確実な方法として、私は鍵となるルリアの抹消を選んだ。
だが、先程も言ったように今は違う。ヒトの子でありながら、アーカーシャの発現を目にして、君たちは折れる事なく立ち向かおうとしている。
セルグの存在と君たちの強さに、私は大きな可能性を感じた。ルリアを失ってしまうよりも君たちの強さに賭けたほうが世界の為には良いと判断したのだ」
少女の言葉にグラン達は互いを見合う。少女の言う通り、アーカーシャを止める……正確にはアーカーシャを使おうとしているフリーシアを止めるつもりだが、グラン達はあきらめずに立ち向かうことを決めた。
改めて認識した決意にグラン達の瞳へ力が宿った。
「意思は衰えていないようだな……だから私は今ここにいる。君たちの今後と、セルグの使命、それを伝えるために。
私が何者で、何故ここにいるかは終わりだ。――次はセルグ、そなたのことを話そう」
少女がそう言ったところで、少女の背後にあった祠から闇が漏れ出して一行を覆う。
「なっ!?」
「これはっ」
「安心してほしい。これは祠にいたヴェリウスのチカラだ……ヴェリウスが所有する記憶の共有。私が頼んで、私の記憶を皆に見せている」
少女の言葉に落ち着いた一行は徐々に視界が鮮明になっていくのを感じた。見えてきたのは空の世界を上空から見下ろしている光景であった。
「これ……ファータ・グランデ?」
「違うな、瘴流域も見える。これはもっと空の高いところから見下ろしている状態だ」
イオの疑問にカタリナが答えた。
見えてきたのは瘴流域に区切られてる空の世界の全容ともいえる光景だ。
余りの雄大な景色に一行が感嘆を浮かべるなか、セルグだけは少女がこれから見せるであろう光景へと想いを馳せて難しい顔をしていた。
「セルグ、全てを語ろう。私が犯した罪と、そなたが何者であるかを……」
セルグと少女が互いを見合う。少女の紅玉の瞳とセルグの碧空の瞳が交錯する。
言葉を発せぬ雰囲気のまま、少女は静かに口を開いた。
「20年前……私が世界を眺めていた時だ。とある島で一人の幼子を見つけた。
寒空の下、暗い森の中で、あと一刻もすれば死するであろう、悲しき捨て子を」
一行が見ていた景色が変わる。とある島の、森の中の一角へと降り立った一行の目の前には、母親に抱えられたまだ幼い赤子の姿。
だが、母親の顔は悲壮に塗れ涙を流しており、一行は嫌な予感を感じた。
案の定、母親は布に包まれて動かない赤子を森の中へと置き去りにし、走り去っていってしまう。
仲間達に動揺が広がる中セルグは、それが自分の事だと確信した。
「その時既に、アーカーシャの発現が視えていた私は、その幼子を利用することを考えた。死を目の前にした幼子の下へと降り立ち、私は魂の一部を分け与えた。
私の目となり、耳となり、いずれはこの空の世界の脅威から守る手駒として作り上げるために……この空を守るものでありながら、私は守るべき子を傀儡へと変えた。これが、私の罪だ」
僅かに少女の声に苦悩がよぎる。これまで穏やかだった声に一つの感情が見え始めていた。
「もう気づいているだろう、セルグ…………その幼子こそがそなただ。ヒトの身でありながら調停の翼の魂を持った、この世界で唯一無二の存在……その身に私と同じ使命を帯びた、世界の調停者なんだよ」
少女の語りと共に見せられる映像は少女の言葉をなぞっていく。
幼子の元へと現れたかつての少女はその手を翳して幼子を光に包み込んでいく。
光が晴れた時、そこにいたのは今のセルグをずっと幼くしたような子供の姿であった。
褐色の肌、蒼い瞳。輝く銀糸の髪。今のセルグの特徴を持った幼い子供……仲間達が信じられないものを見るような目で映像の子供とセルグを見比べる。
突然告げられた事実にセルグは体を震わせていた。
「一体何を言って……こんな話いきなり言われて、はいそうですかと信じられるかよ。この光景が本当だっていう証拠がどこにあるってんだ」
ぐちゃぐちゃになった思考を回し、セルグは努めて冷静に振舞った。
信ずる証拠がないなら、こんな与太話に付き合う必要もなし……セルグは少女を不躾なまでに睨みつけた。
「確かに、この光景の真偽は確かめようがない。だが、事実は変わらない……ヴェリウスとの融合がその証拠だよ。
我らの魂は何者にも侵されない。例え一時取り込もうが、異物であるヴェリウスの魂は純然たる状態のまま吐き出される。そもそも融合事態がヒトの子では不可能なのだ。ヒトの子の魂程度では、星晶獣の魂は受け入れられない。――シュヴァリエの娘、そなたならわかるだろう?」
仲間達の視線が一斉にヴィーラへと向けられる
唐突に振られた話に虚を突かれたヴィーラが驚くも、ヴィーラは静かに答えを返した。
「――――はい。少なくとも、私では融合というプロセスには至れません。当然です、受け入れる側の私の方がシュヴァリエよりも小さいのですから」
「セルグは、器はヒトであるが、その魂はそなたらヒトの子とは格が違う。それ故の異能だ」
いつの間にか、周囲の景色はもとに戻り、一行はザンクティンゼルの森の中へと立ち尽くしていた。
持たされた情報に、一行は沈黙を浮かべる。
セルグの異能……その理由が分かっただけでなく、セルグという存在の異常というものが紐解かれた。
誰も言葉を発する事が出来ないでいた。
「もしかして……ザカ大公が言っていた、セルグの穢れぬ精神っていうのは、その調停者だからってことなのかな?」
セルグのもう一つの異常……ヒトとはどこか外れた精神性。
それも今の事実で片付く事なのかと、グランが少女に問いかけた。
「そこは……私の誤算だグラン。
魂を分ける際、私はセルグに二つの使命を植え付けた。深層心理に深く根付いたその使命とは、私と同じ……この空に生きるヒトの子を守る事と、世界を脅かす危険分子の抹消。
だが、幼子を利用する罪の意識からか、セルグにはヒトの子を守る強い意識が芽生えてしまった。それはもう、自分自身でもどうしようもないほどに」
僅かに悔いるように、少女は表情を歪ませながら、グランの問いに答えた。
感情的な少女の姿に、グラン達に少なからずあった毒気が抜かれる。薄れていた警戒は完全に消え、少女の様子を伺った。
「その結果がこれまでのセルグだ。大切なヒトを守れなかった事に絶望し、大切なヒト達を守れるかと怯え……セルグは守ろうとする使命に穢されてしまった。
セルグはヒトの子を殺すことに抵抗がないのではない。セルグがこれまでに殺めてきた者達は多かれ少なかれ、世界の脅かす危険の対象となる者達であった……世界を脅かす者。そこにはセルグの命を脅かす者も含まれる。世界を守るためにセルグは存在し続けなければならない。
そうして使命を果たしていたのだ。そこに忌避感は出てくるわけがない」
殺された組織の者たちは全てセルグの命を狙う者達であった。アマルティアで命を奪われた兵士は、その局面がアマルティアの行く末を決める要因となる。つまりはアーカーシャの起動につながる可能性があるから。
全ては世界を守るため、セルグの意思ではなく、深層意識にある調停の翼としての使命がセルグに命を奪わせたのだ。
驚愕に包まれるセルグとグラン達を余所に少女の語りは続く。
「だが、守る方は別だ。調停の翼としてのチカラと使命を持とうが、器はヒトの子。ヒトの身を持ち、ヒトの心を持つが故に、守れなかったものが出た時……使命を果たせなかった時に、強く発現してしまった使命の意識がセルグを壊すほど責めたてた。それはヒトの心によって大きな罪の意識として根付いてしまった。
グラン達はセルグの心が壊れていると言っていたな。それは違うんだ。いくら絶望しようとセルグの心が壊れる事はない。使命を帯びたその魂は決して使命を手放さない。
だが、逆を言えばその使命はいつまでもセルグを縛り続ける。君たちのように、セルグにとって大切なものがいる限り……この世界にヒトとしてセルグが生きている限り」
少女の言葉にまたしても仲間達が言葉を失う。
何たる仕打ちだろうか。根付いた使命は消えはしない。セルグがヒトとして生きている限り、失う恐怖からも、失った苦悩からもセルグは逃げることができない。
一度失えば壊れかけるという状態の中で、セルグはこれからも生きていかねばならないのだ。
「ふざけんじゃないわよ!! アンタ、一体何のためにセルグを生み出したのよ!! こんな……使命に縛られるセルグを生み出して、アンタは何がしたかったっていうのよ!!」
激情に駆られて、ゼタが少女を掴みあげる。
なぜそんな存在を作り上げたのか。何らかの手違いがあったにせよ、まるで世界を守る生贄のような生み出され方をしたセルグを想い、ゼタは感情のままに声を上げた。
「調停の翼である私の存在は大きい。今でこそこうして顕現しているが、これはこの一時の為に生み出した仮の姿に過ぎない。私には、アーカーシャを止めるためにこの世界で動ける分身が必要だった」
「何を言ってるのよ! アンタが居ればどうにでもなる事じゃないの? そんなアンタの勝手な理屈で――」
そのまま殴りつけそうなゼタを見てカタリナが動いた。
「落ち着くんだゼタ! 今ここで怒っても仕方ない事だ!」
「おやっさん、ゼタを抑えるぞ!」
「お、おう!」
三人に抑えられゼタが引きはがされていく中、少女は尚も落ち着いた様子で語り続ける。
「世界という器に存在できる万象の総量というのは決まっている。世界の理の外にいる私が十全たるチカラを振るえる状態で世界に顕現するのは、この世界に大きな負担をかけてしまうのだ。アーカーシャを止めるためとはいえ、その選択はリスクが高すぎる。
先も言ったように私にはこの世界で動ける存在が必要だった。だが、私も神ではない。命を生み出すことはできない……それ故、死を迎えるであろう幼子を利用した。使命を負わせ、いずれくる脅威を排除する為にこの世界で生きてきてもらったのだ」」
「だからって、そのせいでセルグはずっと辛い思いを……」
涙を溢さんばかりにゼタの顔に悲痛の表情が張り付く。
やっとの思いで、過去の罪の意識を乗り越えたセルグ。これまでのセルグの苦悩を考えれば、怒りを覚えないわけにはいかない。ゼタが再度少女に言い募ろうとした所で
「やめろ、ゼタ。そいつのいう事は間違っちゃいない」
ずっと沈黙を保っていたセルグが静かに口を開いた。
俯いていた顔を上げて、吹っ切れたような表情で、怒れるゼタの感情を宥める。
「セルグ……」
「――色々と納得がいった。組織にいたころからオレの強さは異端だった。組織に復讐を誓った時は憎しみに囚われていた心が、お前達と旅をする頃にはその憎しみが大きく削がれていた。
組織は既に空の世界に必要な存在になっている……だからだったんだな」
ケインに諭されてあっさりと消えた憎しみ……正確には空の世界にとって組織は必要な存在になっていたことで、抹消対象にはならなかったのだろう。
憎しみが消えたのではなく向けることができなかったのだ。
「常に守る事に怯える。守れなかったときの苦痛に狂い咽ぶ。まんま言うとおりだよ。
オレが死んでしまっては、アーカーシャを止めることが難しくなる。だからオレは襲い来る組織の連中はなんの気兼ねもなく殺せたんだな。逆に、幾ら怒りを覚えようと、バザラガもユースも殺すことはできなかった。アイツ等は真にオレを処分しに来たわけではなかったからだな……自分の憎しみのままにヒトの子を殺すことには大きな抵抗が生まれたんだ」
セルグは己の胸中を次々と振り返っていく。これまでの旅路で抱いていた想いの理由を。抱いていた違和感の原因を……
「ルーマシーに着いたとき、オレは最初からアーカーシャの存在に気付いていた。森の奥に大きな存在があるのを感じていた……魔晶の気配も星晶獣の気配も。これまでオレが感じていたのは、世界を脅かす可能性のある者達だったわけか」
ルリアと同様に、様々なものを感じ取る気配を見せていたセルグの能力は、調停の翼として空の世界の脅威になるものを感じ取っていた。アーカーシャ然り、魔晶然り、星晶獣然り。それらは全て空の世界には本来無い物であり、空の世界にとって脅威足りえるもの。
セルグの使命に大きく関わるものであった。
「全てに納得がいくな。オレがずっとアイリスに囚われていたのは、彼女がオレにとって最初で最後の守れなかったヒトだからか……そしてあれだけ囚われていても壊れずにこれまで戦えてこれたのはそれが使命だったから。
不可思議な治癒能力。ヴェリウスとの融合。全てオレがヒトではないなら納得だ……」
吹っ切れた表情のままセルグは力なく笑った。
「ケイン、バザラガ、ユース……やはりオレは、ヒトではなく化け物だったよ」
絞り出された声は、どこか達観していて、どこか観念していて……どこか寂しげであった。
如何でしたでしょうか。
全てが明かされました。
これが本作主人公の設定となります。
まぁ読者の中にはある程度予想していた人もいるとは思いますが(わかりやすかったですし
これまでの物語中で、もやる部分が解消できたかなぁと、作者は思っております。
それでは、次回を乞うご期待。
楽しんでいただければ幸いです。
感想お待ちしております。