granblue fantasy その手が守るもの   作:水玉模様

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真面目成分多めの、ほのぼの回のつもりです。

どうぞお楽しみください。


幕間 故郷

 フュリアスを退けたグラン達一行。

 特別な魔晶という新たな不安の種を残され、素直には安心できなかったものの、集落の安全は無事に取り戻され、ザンクティンゼルには再び平穏が戻った。

 幸いにもフュリアスによる砲撃でうけた島の被害は、グラン達の活躍のおかげか軽微であり、多少の負傷者、数件の家屋被害程度で済んでいた。

 一段落となった現在は集落の大人達が寄合所に集まり、一行が今回の経緯を説明しているところである。

 

 

「つまり……そこの帝国から逃げ出してきたルリアちゃんが二人の旅の始まりだったと?」

 

「うん、追われていたルリアを助けて、その結果僕たちは帝国に指名手配される形となった。島にいるわけにもいかず、帝国の追手から逃げながら、時には戦ったりもしてずっと旅をしてきた」

 

「色んな人達に出会って、色んな事情があって。いつの間にか本格的に帝国とは敵対する形になってしまって、そのせいで今回はみんなに迷惑を掛けてしまいました。――本当にごめんなさい」

 

 説明を終えた二人は、静かに頭を下げた。

 ルリアを助けた事に後悔はない。間違いだとは思っていない。これまでの旅路で選んできた選択にも間違いはないと信じている。

 だが、その結果大切な故郷の人々を戦いの最中に巻き込んでしまったのだ。

 どんな謗りも受けるつもりで二人は頭を下げた。

 

 

「なぁに小童どもが一丁前に謝罪なんかしておる。若いのがそんな事に気を遣うでない」

 

「そうさねぇ、結局の所悪いのは帝国って話じゃない。そんな事で二人が謝る必要はないわ」

 

「そうだとも。むしろ俺達は助けられたわけだろう。聞けば島を落とされる瀬戸際だったと言うじゃないか。グラン、ジータ、それにビィも。良く島を守ってくれた」

 

 村長が優しく二人を叱りつける。

 幼馴染のアーロンの両親が。幼い頃より親が島にいなかったグランとジータの面倒を見てくれていた、アーロンの両親が。何をバカな事を言っているんだというように、優しく二人の頭に手を乗せる。

 それに続くように、寄合所に集まった皆から口々に二人を褒め称える声が広がった。

 

「皆……どうして?」

 

「私達のせいで、大変な目に逢ったっていうのに……」

 

 罵声どころか賞賛の声。呆ける二人は集まった皆に視線を巡らせる。

 

「何が原因だろうと、集落にどんな被害が出ようと。お前達は必死にこの島を守ろうとしてくれた」

 

「島も、ヒトも、欲張りな位全部守ろうとしてくれたでしょ? それで十分」

 

「そんなの! だって、ここは……私達の大事な故郷で、皆は大事な家族で……そんなの当たり前でしょ!」

 

 島の皆は家族であり、ここはその大切な人達が住まう島。グランとジータにとっては守るのが当たり前の故郷である。

 そんな当たり前の事に賞賛などと、ジータは彼らの言葉を否定する。

 

「あぁそうだとも、当たり前だな。だから俺達のこの言葉も当たり前だ…………ありがとう二人とも」

 

「お仲間の皆さんもありがとうございました。本当に感謝に堪えません」

 

 故郷を守るのが当たり前なら、それに礼を言うのも当たり前。単純にして明快な返しにジータから否定の色が消えた。

 さりげなく向けられた礼の言葉に、二人の後ろに控えていた仲間達も俄かにうろたえてしまう。

 何を言われようが、原因は自分達であり、この結果は自業自得だと思っていた。

 だが村の皆はそんな彼らの自責の念を切って捨てるのだ。

 

「ほれほれ、二人とも感謝の言葉は良いが堅苦しい話はこれでおしまいにしよう。感謝の気持ちは形にせんと……」

 

 村長が前に出てそう告げると、見計らっていたかのように寄合所には人が溢れんばかりに集まってきた。まるで今か今かと待ち構えていたように一斉に……

 皆、集落中から料理や飲み物を持ち寄って集まって来ていた。

 

「さぁ、盛大に振舞わせてもらいましょう。思うがままに食べて飲んで、今宵を楽しんでくだされ」

 

 一行の戸惑いをよそに、瞬く間にその場で大宴会が催される。

 集落を救った英雄達に、感謝の意を示すため。

 寄合所の外にたくさんのテーブルが並べられて、次いでその上を多くの料理が彩った。酒樽が運ばれ、ジョッキに次々と酒が注がれていく。

 

 それからすぐに、ザンクティンゼルの空には、いくつもの笑い声が立ち昇るのであった…………

 

 

 

 

「ぷはぁ! うんめぇなコレ! 親父さんよ、こいつは一体なんの酒なんだ?」

 

 すっかり打ち解けた様子でラカムはアーロンの父と杯を酌み交わしていた。

 既にほろ酔い気分なんて軽い状態ではないが、それでも楽しそうに会話を弾ませながら、飲むラカムの姿にアーロンの父も気分よく答える。

 

「良いモンだろ? こいつはウチの女房の手作りでな、この島でしか取れない果物を組み合わせたオリジナルだぜ。他にも別の家じゃ木の実の酒もある。こっちはまた酒の肴との相性が抜群でよぉ、兄さんも一杯いってみるか?」

 

「へぇ……田舎の村だと侮っていたがこいつは一級品の気配がしやがるな。是非とも頂こうか」

 

 アーロンの父とラカム。二人は村の美味な酒に舌鼓を打ちながら、楽しそうに笑い続けていた。

 

 

 

「はむ……んんーー! おいしいです! あぁ、こっちもおいしい!」

 

「ルリア……こっちもおいしい」

 

 所狭しと並べられた料理を次々と口に入れていくルリアとオーキスは、その味に目を輝かせる。

 

「おいおい、ルリア。オーキスもさっきからちょっと食べ過ぎじゃないか?」

 

「何言ってんだいビィちゃん。トカゲのアンタにはそうかもしれないが小さいお嬢ちゃんはまだまださね。さ、お嬢ちゃん。遠慮せずドンドンお食べ」

 

「はい! ありがとうございます!! ホントどれもおいしくてうれしいです!」

 

「たくさん……食べる」

 

 その小さい体のどこに入るのか。一説には星晶獣召喚には非常に体力を消耗するという話も聞くが真偽の程はわからない。

 確かなのは、小さな少女が大人の何倍も次々と食事を平らげていくという事実だけ。

 

「アハハ! 嬉しい事言ってくれるじゃないの。食後にはおばちゃんのとっておきのデザートもあるから楽しみにしておくんだよ」

 

 ルリアとオルキスの様子に朗らかに笑う恰幅のいいおばさんが、無くなるそばから次の料理を運んでくる様にビィはやれやれと呆れ半分だった。

 

「まったく、本当によく食べるよな……オイラもさすがにっておばちゃん! さりげなく流してたけどオイラはトカゲじゃねえっての!」

 

「あら、そうだったかい? 以前よりトカゲっぽさが増している気がしてつい……ごめんなさいね」

 

「フフ、トカゲのビィちゃんね……やっぱりみんなトカゲって認識じゃない」

 

「なんだとぅ! そんなこと言ったらイオだっておチビちゃんだろ! ドランクがそういってたもんな」

 

「な!? レディに向かってなんてこと言うのよこのトカゲぇ! ちょっとそこになおりなさい、氷漬けにしてやるんだから!」

 

 杖は無しでも多少の魔法は使える。イオの手のひらに氷の魔力が集い始めた。

 その様子にビィはすぐさま逃走を図る。

 

「へ~んやってみろってぇの! オイラがそんな簡単に魔法に当たると思ったら大間ちが――ふげ!?」

 

「コラコラ、ビィ君。ヒトがたくさんいるところでそんな風に飛び回ってはいけないぞ。さぁ、私と一緒に料理でも楽しもうじゃないか。

 イオ、怒るのは良いがほどほどにな。こんな場所で魔法など持っての他だぞ」

 

 前を見ずに飛び出したビィを受け止め、イオをさらりと窘め、カタリナが席に着く。少し顔がにやけているのは気のせいではないだろう。

 

「うむ、その通りじゃ。しかし、カタリナ……なんというかお主、少し母親が過ぎるんじゃないかのぅ。まだまだそのような歳でもなかろうに。少し老成しすぎではないか?」

 

「あ、アレーティア殿!? 何を言うのですか! 母親などと、私はそのような歳ではありません!」

 

 まさかの母親という言葉に、カタリナが顔を赤くして返す。

 名家の出身であるカタリナは、士官学校に入るまでは英才教育を施され、入学してからはひたすらに研鑽を重ねているだけであった。

 結婚どころか交際の経験すら皆無であるわけだ。

 

「だから母親が過ぎると言ったのじゃがのぅ。面倒ばかり見ておらんでお主ももう少しこの場を楽しんでも良くはないかのぅ? 子供連中は儂が見ておくでな」

 

「しかし、私はルリアの保護者として……」

 

「今さらこの場に何か危険があるわけでもあるまい。お主も少し肩の荷を下ろすがよいぞ」

 

 アレーティアの言葉になかなか動き出せないカタリナだったが、幾らか逡巡した後、静かに席を立つ。

 

「――それでは、少し酒を嗜み村の人達と交流を深めてまいります。アレーティア殿、感謝いたします」

 

「何もそこまで堅苦しく……っと行ってしまったか。全く難儀な性格の女子じゃて……のうオイゲン」

 

 隣に並んでいたオイゲンへと声を掛け、二人は静かに杯に注がれていた先を酌み交わし始めた。もちろん、はしゃぐ子供達から目を話すことはしていない。

 仲間内でも幾分か多く歳を重ねている二人は感慨深そうに、この場を楽しむ若者たちを見やった。

 

「ちげぇねえな。まぁらしいっちゃらしいが、ルリアを連れ出した事やそれでグランとジータを巻き込んだこと。それがカタリナの重石になってるんだろうな……

 村の連中が言ってくれたように、ほとんどが帝国のせいだとしても、自分の決断で巻き込んでしまったことがやはり、御しきれないんだろうよ」

 

「まぁ儂らも他人の事を言えた義理ではないかもしれんがのぅ」

 

「――それもまたちげぇねえな」

 

 互いに脳裏に浮かぶは我が子の顔。

 分かり合えず、すれ違ったままの関係。手を伸ばそうと思えば、怖くなり手を引いてしまう。それを幾度となく繰り返してきた。

 共に御しきれない想いを抱えたまま、二人は静かに杯を傾け続けていた……

 

 

 

「ん……ふぅ。このお酒おいしいわね~。ねぇおばちゃん、もう一杯いただけない?」

 

「あらあら、良い飲みっぷりね。ウチの旦那よりずっと爽快だわ。でも少し顔が赤くなってきているけど大丈夫? あんまり飲み過ぎて明日に響くようなら考えちゃうわよ」

 

 所変わってこちらはゼタ。美味しいお酒と美味しいつまみに、ご満悦な様子で次々と杯を空にしていく。

 幾分かオーバーペースな勢いで飲んでいるようで、注いでくれたおばちゃんからは不安の声が上がった。

 

「大丈夫だって! ちょっとやそっとで酔いつぶれる様な軟な鍛え方してないんだから!」

 

 ゼタはそんな心配をよそに、注がれた酒をまたぐいぐいと飲み始めた。酒が杯より消えていく勢いにおばちゃんの不安が加速するが、ゼタの勢いはとある声に止められる。

 

「なるほど。それではガロンゾでの醜態はちょっとやそっとではない勢いで飲んだという事ですね。まぁおもしろかったのであれはあれで良かったですが。

 ――可愛らしかったですよゼタ。呂律も回らず泣きながらセルグさんに抱きついて甘える貴方の姿は」

 

 ぶぅー! っと効果音が聞こえる様な勢いでゼタが酒を吹き出す。

 ヴィーラは予期していたのか、被害が出ないようにナプキンを用意して対応。やれやれと言った様子で口を開く。

 

「はしたないですよゼタ。女性がみだりに口に含んだものを出すなど……」

 

 ゴホゴホとしばらく咽ていたゼタは、その気配が収まったところで恨めし気にヴィーラを睨みつける。

 

「ヴィ、ヴィーラが変な嘘吐くからでしょ!? 私がいつそんな事したっていうのよ!」

 

 全く記憶にない話に、からかうためのヴィーラの作り話だとゼタが断じる。しかしそれを聞いたヴィーラは、驚きにその顔を染めた。

 

「――もしかして覚えていないのですか? あれだけしっかりと体を押し付け、まるでキスでもせがまんばかりにセルグさんに顔を寄せていたと言うのに?」

 

 何を言っているんだと言わんばかりのゼタに、何を言っているんだと言わんばかりにヴィーラは返す。

 そんなヴィーラの表情に、ゼタから血の気が引いた。

 まさか、そんなはずは……そう思うにも記憶にない事を否定するのは難しい。あの日は確かにしこたま飲んでいた。更には全員の面倒を見たセルグとヴィーラの記憶に間違いがあるとは言い難い。つまり――

 

「う、嘘だよねヴィーラ? 私そんなこと……」

 

「ありがたい事に全て事実です。信じられないのでしたら今からセルグさんに確認を――」

 

「わぁーー! 待って待ってヴィーラ! ダメ、それは絶対にだめ!」

 

 踵を返そうとしたヴィーラを全力で止めに入るゼタ。

 目の前で始まった面白そうなやり取りに成り行きを見守っていたおばちゃんからも声が上がった。

 

「へ~なんだか面白そうな話じゃない。ゼタちゃんだったかい? そのセルグってのはどんな人なのさ。おばちゃんに話してみなさいな。応援してあげるよ!」

 

「ち、ちがうって! セルグは別にそんなんじゃ……」

 

 あからさまに顔を赤くしているゼタの様子におばちゃんも全てを察したが、それでもゼタの否定の声は変わらない。

 

「あらあら……それでは奥様。私の相談に乗っていただけますか? 実の所私もセルグさんには淡い想いを抱いておりまして……この可愛らしいゼタを押しのけて彼を我がものにするにはどうしたらよいか。一つご教授いただけませんか?」

 

 まさかのヴィーラの告白にゼタの表情に影が落ちる。

 何となく最近のヴィーラの変化から察してはいた。更には遠目からではあるが、とある現場も目撃していたからその可能性は予想していた。

 分かっていたことなのに、それを言葉にされると、胸の中にどうしようもない何かが生まれてきて、ゼタの心は暗くなっていく。

 

「ヴィーラ。ポートブリーズでセルグとキスしていたの……やっぱり見間違いじゃなかったんだね」

 

 ゼタの言葉に一瞬だけハッとしたような表情を見せるも、ヴィーラはすぐにいつもの微笑を取り戻す。

 見られていようがバレていようが、彼女としては何も問題ない。ゼタの今の雰囲気だけで彼女の想いは容易に察する事ができ、であるなら自身の目指す目的は何も変わらない。

 

「……見ていたのですか。であるなら答えは一つ。見たとおりです。残念ながら、彼からはしてもらえませんでしたが……」

 

「だったら! セルグの事を好きなら、なんで私にこんな話――痛ッ!?」

 

 怒りの声を上げようとしたゼタの額に、ヴィーラが指を弾いた。

 

「残念ながらゼタ。私は彼を好きなのではありません――愛しております。間違いのないように。

 そしてモニカさんも同様……そんな私達の想いに、彼は応えてくれました」

 

「応えたって……それじゃ!?」

 

 既にヴィーラとセルグはもう……そんな思考が回ると同時に、ゼタは違和感に気付く。

 ――私達?

 

 そんな疑問を浮かべたゼタの思考に気付いたかヴィーラがその笑みを深めた。

 

「いつか答えを出す……それまで待っていて欲しいと。

 彼はちゃんと己の内を打ち明けてくれました。私に、モニカさんに、そしてゼタ、貴女にも惹かれていると……ですから、貴女にもちゃんと、素直に向き合って欲しいのです。

 貴女も彼に惹かれている。それは間違いないはずです」

 

 そんなことはない。そう言ったら嘘になる。

 ゼタは少しだけ逡巡した……惹かれている、それは間違いない。だが同時に、親友が愛した人というのがゼタの心に足かせとなっていた。

 

「それは……多分、そうなのかもしれないけど。でも……セルグはアイリスの旦那だったわけだし、あの子を差し置いてなんて……大体ヴィーラはなんでそんな事私に言うのよ。わざわざライバルである私に素直になれだなんて、意味がわからないよ」

 

 ゼタに疑問が駆け巡る。

 なぜわざわざライバルを増やすようなことをするのかと。そんなことをすれば己の想いの成就が遠ざかるではないか。

 だが、ヴィーラはそれに笑顔で答えた。

 

「フフフ、私にとってはゼタが素直になった方が好都合だからですよ。残念ながら私の狙いは彼に私だけを愛してもらう事ではないのですから」

 

「は? なにを言って……」

 

「彼には私達全員を愛してもらおうと思っています。あわよくばお姉さまもと考えておりますが、まぁそこは追々……私が愛した殿方ですから女性の五人や十人、等しく愛せる器量くらい持っていただかなくてはなりませんからね」

 

「ヴィ、ヴィーラ……それ本気?」

 

 思わずゼタの声が震えた。今目の前の親友が語る事はとんでもない野望の様に思えてならなかった。

 

「えぇ、何か問題でも?」

 

「問題しかないじゃない! ちょっとおばちゃん、この世間知らずなお嬢様に常識ってものを教えてあげて! 普通は――」

 

「セルグさんにも言いましたが、世の中の普通に囚われる必要はありませんよ。それにこれなら皆が幸せになれます。だから、是非ともゼタには協力してほしいと思っていたのですが……ゼタは皆で幸せになるのが嫌なのですか?」

 

 ヴィーラが僅かに寂しそうな顔を見せる。それが普段から見せる魔性の表情なのか本当の表情なのかはゼタには判断がつかない。

 言外に、私と一緒に幸せになるのは嫌なのか……そう告げてきている気がして、ゼタの胸中がまた荒れる。

 大切な友となったヴィーラ。彼女の願いとなればそれは嫌が応にもなるが、だからと言ってこれまで当たり前だと認識していた常識を覆すのは簡単な事ではない。

 

「お、おばちゃん! 何とか言ってあげて!」

 

 言い返せなかったゼタは頼みの綱として、隣にいた肝っ玉母さんの雰囲気を持つおばちゃんに委ねた。おかしなことを言う親友を説得してくれと。

 

「あらまぁ、これは随分と複雑な話になってきたわね……あぁ、ちょうどよかった、ちょっと奥さん! この子達のお話を一緒に聞いてもらえないかしら? 私一人じゃ手に負えなそうなのよ」

 

 頼りにされたおばちゃんも無責任に口は挟めないと援軍を要請。

 あれよあれよという間に五人ほどの奥様方が集まり、緊急会議が宴の席でひっそりと行われた。

 

 こうして酔いをどっかに吹っ飛ばし、経験豊富な奥様方からの助言を頂き二人は結論へとたどり着くのだった。正確にはゼタがたどり着いただけだが……

 

 結論だけ語るのであれば――――計画通り。である。

 宴の席でまた一つ、ヴィーラの念願が適った瞬間であった。

 

 

 

 

 少しだけ宴の席を離れて、セルグは夜空を眺めながら酒をあおっていた。

 今飲んでいるのはラカムが聞いていた、木の実を用いた酒だ。果実の甘さが無く、喉を通るあっさりとした味わいと、自然の産物が生み出す柔らかなコク。すこし高めの酒精が喉を熱く燃やしていき、ほっと吐息が漏れる。

 傍らにはヴェリウスがいて一人ではなかったが二人の間に声は無かった。

 

 ”ヴェリウス。気づいているか?”

 ”うむ、本体が嫌というほど呼んでいるようなだな”

 ”用件は……?”

 ”生憎の音沙汰なしに検討もつかぬ……小僧どもには内緒で向かうか?”

 ”――――いや、やめておこう。またグラン達に騒がれそうだからな。こっそりいなくなったなんていったらどうなるかわからん。只でさえ今日もまた怒らせているんだ。これ以上はそれなりに身の危険を感じるところだよ”

 ”なんとも大の大人が情けない事を言うものだ……お主らしいがな”

 ”ほっとけ……”

 

 思念の会話。何故そんなことをしているかと問われれば、答えは単純。

 声を出すことで見つかりたくないからだ……

 

 最初はセルグとて宴に混じって楽しんでいた。ドランクとスツルムのお決まりのやり取りを眺めたり、グランとジータが故郷の人達と仲良くしているのを見て少しだけ心温まったりと、セルグも大いに楽しんではいた。

 だが、聞いてしまった。奥様方に囲まれたゼタとヴィーラの会議を……

 初心なゼタと積極的なヴィーラへの奥様方からのアドバイスは、やれ酔った勢いで迫れだの、やれ押し倒せだの不穏な言葉しか聞こえて来なかった。

 流石に真に受けるとは思わないが、その場で本人登場などとなろうものなら面倒なことは火を見るより明らか。下手すれば探し始め兼ねないと、可能性を感じてセルグは夜の闇に行方をくらましたのだ。

 

 はぁっと音を出さない様にため息一つ吐いて、セルグはまた再び杯を傾ける。

 口の中に広がる苦みが、心の模様を物語るようで僅かに顔を顰めた。

 

「「はぁ~」」

 

 再度漏れ出たため息は誰かと重なる。

 互いにすぐ近くから聞こえたため息に視線を向ければ――

 

「君は、確かアーロンだったか?」

「あ、騎空団の!?」

 

 すぐ隣にいたのはグラン達の幼馴染の少年アーロンだった。

 

 

「どうしたんだ? グランもジータも向こうにいるぞ。ましてやため息等。楽しくないのか?」

 

「いや、それはまぁ楽しいと言えば楽しいんですけどね……こんなに騒いだの久しぶりだし、グラン達と話すのも久しぶりだし。それに騎空団の皆さんは綺麗なヒトばかりでお話できるだけで嬉しかったり……」

 

 少しだけその表情がニヤけるようになったのをセルグは見逃さなかった。

 

「フッ、君も男だな。残念ながら見た目だけに惑わされるなと忠告しておくぞ。ジータも含めて彼女たちは一癖も二癖もある強者ぞろいだ。もっとも一番癖のある奴は今ここにいないがな。純粋なのはルリアぐらいのものだよ」

 

「ジータもですか? 村じゃ優しくて器量良しの良い子って評判だったんですけど、そんなに?」

 

「――いや、半分はオレのせいかもしれないから深くは言えん」

 

「貴方のせいって一体何を……まさかジータに変な事したんじゃ――痛って!?」

 

 あらぬ方向に予想が飛んだアーロンの頭にセルグは軽く拳骨を落としてやった。

 軽く……本当に軽くだ。決して本気ではない。アーロンが頭を押さえて悶えているがセルグのせいではない。

 

「色ボケるのは構わんが、それをオレに当てはめるんじゃねえよ。それより少年、結局ため息の理由はなんだ?」

 

「うっつぅ……あ、いや、大したことじゃないんですけど。皆さんと話して、旅の事とか色んな話を聞いて。アイツ等、随分遠くに行っちゃったんだなって……」

 

 頭を押さえながら、アーロンは力なく笑う。その雰囲気は少しだけ迷うような空気を醸し出し、アーロンは幾分か間を置いてからおずおずと話し始めた。

 

「実は俺、アイツ等の事が少しだけ嫌いだったんです……いつも親父さんからの手紙をみて、必ずイスタルシアに行くんだって言ってた二人が……

 島の外は危険だらけなのに、あるかどうかも分からない島をひたすらに求めてる姿が。無鉄砲で怖いもの知らずで、夢だけ見てる二人が……

 もちろん幼馴染として、仲良くはありました。二人は俺にとって大事な親友です。

 だけど、イスタルシアを目指す二人だけは、どうしても好きになれなかった……」

 

「それが今こうしてあちこち旅をしている姿をみて、話を聞いて、思うことありってところか?」

 

 セルグが続けた言葉に、アーロンは小さく頷いた。

 

「はい……二人の世界は旅にでて大きく変わった。色んなものを見て聞いて……きっと夢に向かって歩いているんだなって思った。

 そしたら急に、この狭い島にいて何も変わらない世界でおさまっている自分がひどく小さく思えて……俺も変わる必要があるのかなって」

 

 アーロンの想いはただ一つだった。

 あるかもわからない島を探して、当てのない旅を始めようとするグランとジータを止めたい。ただそれだけ…………

 ひとえに幼馴染である二人の事が心配だったのだ。

 だが、心配の途にあった自分の想いを余所に二人は立派になって帰ってきた。自分達よりずっと年上の人達を引き連れて、騎空団の団長として。

 アーロンの心は羨望や嫉妬に染まり、自分の心配が杞憂であったのだと感じた。

 言い表せない感情が、暗く重い気持ちが、アーロンを俯かせる。

 

「ふむ……そうか。

 一つ、教えてくれないか。君は今日、グラン達と再会してどう感じた? 旅に出る前の二人と、今の二人に大きな変化はあったか?」

 

 静かに、セルグは問いかけた。努めて普通な声音で、なんてことない、取るに足らない普通に質問だというように。

 

「――いいえ。二人は相変わらず底抜けに明るくて優しい二人のままだった。でもそれがなにか?」

 

 そうか……

 そう小さく呟くと、セルグは少しだけ思案をして見せる。

 そんなセルグの様子にアーロンは首を傾げながらセルグが口を開くのを待った。

 

「そうだな……まず、少年をバカにするわけじゃないのは先に理解しておいて欲しい。

 少年、アイツ等は旅に出て本当に色んなものを見てきた。島を落とせる星晶獣。それをけしかける愚かな者。過去の妄執に駆られた者に、世界を全てひっくり返そうとするとんでもない者まで。そして、憎しみを抱えた復讐者なんかもいた」

 

 これまでの旅路の中でグランとジータが見てきたものは非常に多い。様々な組織に触れ、様々な敵にぶつかり、様々な言葉を聞いてきた。

 それは普通に騎空士をやっているものでもとても適わないほど多岐にわたる出会いに満ちた旅路であった。

 一つ所に。この島にいるだけでは想像がつかないほどの……

 

「バカにするわけではない。だが、君が知らない、世の中の様々な闇を二人は見てきた。

 だがそれでも、君の言う通りここに帰ってきた二人は旅に出る前の二人であった。何も変わらず、君の前ではいつもの二人であったのだろう?

 オレ達は二人のあんな表情を見たことが無い。間違いなくあれは君の前だから見せていた顔だ」

 

 集落に入ってすぐにアーロンと話していたグラン達の表情に、セルグ達は本当に驚きを見せていた。

 全く知らない二人の顔であった。年相応に同じ年代の者と楽しく話す姿……それは騎空団に団長の顔ではなかったのだ。

 

「オレ達といるときは、二人は騎空団の団長である仮面を外さない。オレ達はきっとどこまでいっても団長と団員にしかなれない。決して絆が深くないとかそういうことではないが、どう頑張ろうが、オレ達は同郷の君達と同じ存在にはなれない。

 だから、二人にとってはこの島にいるときだけが唯一その仮面を外せる時なんだと思う。

 二人がこの島で仮面を外せるのは。この島が……君が、以前と変わらずにいてくれるからだという事を、どうか覚えていてほしい。

 変化を望むのは自由だ……だが、その変化を誰が望んでいるのか。本当に必要なのかを考えてほしい。変わらなくていい事だってあるはずだ。変わらない方が良い事だってあるはずだ。

 少なくともオレは、君やこの島の人達にはグランとジータの為にも変わらずにいて欲しいと感じている」

 

 セルグの少し長い言葉を噛みしめるように、アーロンは頷きながら聞いていた。

 変わったと感じても変わっていないことがある。例え団長になろうが、強大な帝国を相手にとっていようが、グラン達にとってはここは故郷であることは変わらない。二人とアーロンが幼馴染であることも変わらない。

 変わったことに目をとられて、あるべき姿を見失ってほしくないとセルグは願っていた。

 大きく変わってしまったであろう二人を見る目を、変えてほしくないと願った。

 セルグのその想いが、思い悩んでいたアーロンの胸中にすっと入り込んでいく。

 

「そう……ですね。ありがとうございます。なんだか少し吹っ切れた気がします。

 あの……折角なのでお名前を聞かせてもら――」

 

「セルグさん!? こんなところで何をしているんですか?」

 

 アーロンの声を遮るように、ランタンを持ったリーシャが顔を出してきた。暗がりの中に人影があったので確かめに来たといったところだろうか。

 少しだけ警戒の色が見えていた

 

「リーシャ? 何と言われてもな……敢えて言うなら迷える少年に行く道を説いていたといった所か。なぁ、少年」

 

 セルグがアーロンに視線を向けるが、話しかけられたアーロンはリーシャに視線を固定したまま動きを止めていた。

 どうしたのだろうか? アーロンの視線を追うようにリーシャに目を向けたセルグはその理由を理解した。

 

「行く道って……えっと、間違っていたらごめんなさい。アーロンさんでしたか? セルグさんから一体どんな話を?」

 

「あ、えっと……そのあの……」

 

 リーシャに問いかけられたアーロンはしどろもどろといった感じでまともに言葉が出せなかった。

 しきりに視線を動かし、リーシャと明後日の方向へと視線を泳がせている。

 

「あのー、どうしましたか? 顔が少し赤いようですが……まさかセルグさん、未成年にお酒を飲ませたんじゃ!?」

 

 アーロンの様子にリーシャは嫌な予感を感じてセルグへと振り返った。だが振り返った先でセルグは呆れた様子を隠そうともせずにため息を吐いている。

 

「はぁ……バカ! その反応はどう見てもお前のせいだろう! っていうか少し自分の姿を見返せ! ついでに秩序って言葉を調べてこい!」

 

「――? 何を言って……!? ち、違います! 私はそんなつもりじゃ――」

 

 恐らくは食事と多少なりとも飲酒をしたことで体が火照っていたのだろう。普段なら取らない秩序の騎空団の制服である帽子とコートを脱ぎ去り、今リーシャは非常にラフな格好をしていた。その姿は正に目の毒という程に……

 上半身は薄手で胸部しかまともに覆わないようなトップス。肩や腕回りは覆うものはなく、細身の彼女のスタイルもあって非常に色っぽい。

 下半身を覆うものには変化はないが、元々がロングブーツとタイツ、そこにミニスカートという普段からあまりに衆目にはよろしくない格好だ。

 結論、今の彼女は控えめに言って扇情的に過ぎる格好をしていた。

 

「無自覚ってんなら尚性質が悪い! グランと言い少年と言い、お前は年下キラーか? 少しは年齢ってものを考えろ!」

 

「なっ!? 失礼な! 私はそこまで年を重ねてはいませんよ!」

 

「そうじゃねえ! 逆だよ、若いんだからもう少し気を遣えって言ってんだ! 只でさえ見た目が良いんだから扇情的な格好してんじゃねぇってんだよ無秩序女!」

 

「きゅ、急に何を言っているんですか! こんなところでそんな事言ったって私は」 

 

「あ、あの! 俺は別に気にしてないんでお二人とも」

 

 まさか、こんな言い争いになるとは思わず、視線を泳がせていたアーロンはひとまず落ち着かせようと口を開いたが、次の瞬間口の動きが止まるほどの強烈な何かを感じ取った。

 

「――――ふぅん。見た目が良い……ね。確かにリーシャはアタシから見ても可愛いとは思うけど、今度はリーシャにも手を付ける気になってるの? セルグ」

 

「まぁまぁゼタ。今のは決して本心ではないでしょう。私達に惹かれていると言いながら、そんな下心丸出しな言葉、言うはずがありませんもの。ねぇ、セルグさん」

 

 酒精のおかげで温まっていた体がすっと冷えていくのをセルグは感じる。

 危機感知能力が警鐘を鳴らし、今すぐにでもこの場を去る方が良い事を頭が訴えるがそれに反して、彼の体は言うことを聞いてくれなかった。

 なぜ今このタイミングで彼女たちがここにいるのだろうか……不運にもほどがある。

 

「あ~なんだ、とりあえず一つ聞かせてくれ。結論は出たのか?」

 

「まぁね」

 

「計画通りです」

 

 ヴィーラの言葉に色々とこれからの平穏が崩れ去ったのをセルグは理解した。

 ついでに言うならこれからの危険度指数も上がったかもしれない。

 覚悟を決めたセルグは自分以外の犠牲者は出してはなるまいと、戸惑うアーロンへと振り返った。

 

「あ~その、なんだ。アーロン、君は少しこの場を離れたほうが良い。明日には出立するだろうからな。折角再会したんだ、今日は思う存分二人と楽しんでくると良い」

 

「そんな!? セルグさん、何を言うんですか! 元はと言えば俺が」

 

 並々ならぬ覚悟をセルグから感じ取り、アーロンは留まろうとするが、セルグは静かに首を横に振った。

 

「良いんだ、これはオレの定めだよ。知りながら進んできた道だ。君が気にする必要はない。さぁ、行け……」

 

「くっ――わかりました。どうか御無事で!」

 

 後ろ髪引かれる思いのまま、アーロンが宴の席へと戻っていく。

 それを見送ったセルグは、背後に迫る脅威へと振り返った。

 

「さぁて、夜のお散歩と洒落込むか…………」

「あ、待ちなさい!」

「逃がすとお思いですか!」

 

 脅威を視界に入れたところで、セルグは逃走。

 今ここに、命は掛かっていないが色々と大事なものを掛けた壮絶な鬼ごっこが幕を開けた。

 

 

 

 

「只でさえ見た目がいい…………か。小娘からは脱却したのかなぁ」

 

 宴の席へと戻ったリーシャは静かに盃を傾けながら一人物思いにふける。

 アマルティアでセルグに諭されてからそれなりに時間が経ち、自分としても成長を大いに実感している。短い時間ではあるが大きな成長を遂げた自分は、彼にとってどの程度の存在になったのだろうか……

 考えても答えが出ることがない浮かび上がってくる疑問に、リーシャは延々と悩み続ける。

 そんなリーシャに後ろから声がかかった。

 

「あ、あの! リーシャ……さん」

 

「えっ、あ。アーロンさん。どうしたのですか? グランさんとジータさんなら皆さんと一緒に王様ゲームというもので遊んでいるようですが……」

 

「えっとその。あの……」

 

 視線を泳がせ、どうにも落ち着かないアーロン。

 なかなか切り出せない感じのアーロンの様子に疑問を浮かべるリーシャ。

 首を傾げているリーシャを見て、意を決したようにアーロンは口を開いた。

 

「あの、俺……貴方の事が好き……です。俺と……付き合ってもらえないですか」

 

「――――――――へ?」

 

 沈黙、困惑、動揺。

 たっぷりの時間をかけ、三段階の行程を経て、リーシャはようやっと言われた言葉の意味を理解する。

 伝えられたのは純粋にリーシャに向けられた好意。碧の騎士の娘だとか関係なく、リーシャ個人だけをみて向けられた想い。

 といっても今日出会ったばかりだ。せいぜいが一目惚れ程度で在ろう。会話をしたのも先程のが初めてだった。

 最近はグランから好意を向けられてるという話がまことしやかに団内で噂されていたが、こうして面と向かって想いを伝えられたのは初めてであり、リーシャは意味を理解したとたんに顔を赤くさせる。

 

「え、あ、え……ご、ごめんなさい!!」

 

 混乱の一途にあったリーシャは心を落ち着けるためにその場を逃走。集落の外、森の中へと消えていく。

 一世一代と言わんばかりの覚悟で気持ちを伝えたアーロンは去り際の言葉を、言葉通りの意味に受け取り、その場で燃え尽きたように固まって動かなくなった。

 集落の入り口で一目見た途端に芽生えた少年の淡い恋物語が一つ、この夜もろくも崩れ去ったのだった……

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

一応ザンクティンゼル編のテーマとなっていたのはグランとジータと故郷という部分をテーマとしておりました。
伝えたいことがちゃんと伝わってればいいのですが。

次回、次々回でザンクティンゼル編が終わりの予定です。
構成次第で二分割になるかといったところで書きたいことは決まっているのですがかなりの重要な話となるので難航しそうです。
少しお待ちいただきたいと思います。

それでは。
お楽しみいただけたら幸いです。

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