granblue fantasy その手が守るもの   作:水玉模様

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少し難産でした。

思ったように書きたいことが伝わる文章になっているか不安ですが

どうぞお楽しみください。


メインシナリオ 第41幕

 

 ザンクティンゼルの森の中を、グラン、ジータ、ビィの三人がひた走る。

 

 

「ビィ、本当に何ともないのか?」

 

「どこか痛いとか、どこか痒いとか本当にないの?」

 

 相変わらずの全力の疾走の中、グランとジータは心配そうにビィへと問いかけた。

 

 封印されたチカラを手にしたビィ。その姿は別にこれまでとなんら変化は無く、だがビィにはどこか漲るチカラの気配が見受けられる。

 ビィ本人も、祠を開けた直後、今までにないチカラが己の内に生まれたような気がすると語っていた。

 別段大きな変化はビィに見受けられない。それが逆にグランとジータの不安をあおった。

 封印されたチカラを手に入れたことで、二人は本当に異常がないかとビィの様子を伺う。

 

「大丈夫だってぇの! オイラはなんもおかしい所ねぇぞ。なんだか思いっきり叫びたい気がするってくらいだ!」

 

 ウズウズするようにビィは笑った。

 

 

 祠を開いた瞬間。ビィは大いなる咆哮を聞いた。

 別に、大きな音を聞いたわけではない。何かの叫びを聞いたわけではない。

 だがそれは、確かにビィの元へと届き、三人の間を駆け抜け、そしてビィの中に何かを残していった。

 それが何かは分からないが、ビィはそれが封印されていたチカラであると確信する。

 己の内に宿ったそれは、今か今かと解放の時をせがむようにビィの中で燻っていたのだ。

 

 

「よし、見えて来たぞ……どうやら何とか間に合ったようだ――なっ!?」

 

 遠目に見えてきたフュリアスと仲間達の姿にグランが安堵の声を漏らすもそれはすぐに驚愕に染まった。

 見えてきたのは途轍もないチカラを込められた魔力砲撃が放たれる光景。

 ゼタ、アレーティア、セルグが全力の奥義で相殺を試みるが、何の抵抗もなく木の葉の様に吹き飛ばされた。

 迫りくる砲撃をカタリナがライトウォールを展開して受け止めようとしている。

 

「ここからじゃファランクスは届かない……みんな!!」

 

 目の前で仲間の命が消えようとしている……焦燥に駆られたジータの声が響き渡った。

 

「グラン! オイラを思いっきり投げてくれっ! 必ず皆を助けてみせる!」

 

 仲間の絶体絶命の事態を目にしてビィが叫んだ。

 ビィに何ができるのか、何を思ったのか……それは分からなかったがグランはビィの言葉に一縷の望みを掛けた。

 

 

「――いっっけぇえええ!!」

 

 

 乱暴にビィを掴みあげる。続いて全力でボールのようにビィを放り投げたグランは、直後に少しだけ後悔して胸中でビィに謝った。

 本当に遠慮なくぶん投げてしまったのだ。だが、当の本人は気にすることなく投げられた勢いのまま空中に躍り出て小さな羽を広げる。

 

 小さな羽ではあるが中空に漂う様は…………その姿は紛う事なき龍種の姿。

 

 既にカタリナのライトウォールは突き破られている。その後ろにはまだリーシャやイオもいる。

 砲撃に呑まれかけているカタリナ達を目にした瞬間、ビィの瞳に赤い光が灯った。

 

「オイラの……大事な仲間達を……」

 

 燻っていたナニカが鎌首をもたげ、喉元へとせりあがってくるのをビィは感じた。

 周囲の時間の流れが遅くなったような奇妙な感覚に包まれ、ビィは心臓の様に脈打つ衝動に突き動かされるまま、燻っていたチカラを叫びと共に解き放った。

 

「やらせるかぁあああ!!」

 

 

 始まりの咆哮(カタストロフィ)

 

 轟く叫びが、一筋の光条となってフュリアスの砲撃を打消し、魔星のチカラを打ち砕いた……

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 静寂がその場を包み込む――――

 

 無情にも放たれたフュリアスの砲撃がカタリナを呑みこみ、そのまま島を落とすかと思われた刹那。

 愛らしい仲間の声に混ざって轟いた咆哮が聞こえた瞬間、フュリアスの砲撃がナニカにかき消されたのだ。更にそのナニカはそのままフュリアスを断ち切るように奔っていき、巨体となったフュリアスを腹部から肩口に掛けて断ち切っていた。

 

 目の前に迫っていた砲撃に死を覚悟していたカタリナ達は、助かった事実に茫然とし、助けに入ろうとしていた仲間達は目の前で起こった事に動きを止めた。

 

「い、今のは……」

 

「一体、何が起きたんだ」

 

 状況が読み込めないスツルムとドランクが周囲に視線を巡らす。

 

「おぉ~い! 皆大丈夫かぁ!」

 

 茫然としていたカタリナ達の前に、嬉しそうな声と共にビィが飛び込んできた。

 

「大丈夫か姐さん! やられてねえよな?」

 

「ビィ……君? さっきのは君が?」

 

 目の前でカタリナの安否を気遣うビィを確認して、カタリナは未だ信じられないという表情のままビィに問いかけた。

 防ぐのは不可能かと思える一撃であったのだ。それがあっけなく目の前でかき消されては信じられないのも無理はないだろう。

 驚きのままにカタリナに問われたビィは、嬉しそうに表情を綻ばせながら答える。

 

「おうよ! オイラのチカラで魔晶のチカラは全部吹っ飛ばしてやったんだ!」

 

 始まりの咆哮(カタストロフィ)

 ビィより放たれたそのチカラが、星晶の模倣たる魔晶のチカラを打消したのだ。

 

「へ~すごいじゃない! まさか本当に何とかできるチカラを身につけてくるとは思ってなかったわ」

 

「確かにな……本当ならこちらで何とかするつもりだったが、まぁどうにもならなかった。助かったぞ、ビィ」

 

 相殺を狙ったゼタとセルグは満身創痍のボロボロの状態でビィへと語りかける。直撃はしていないものの、砲撃の前に躍り出て全力の攻撃を行ったのだ。避けきれずに受けた砲撃の影響が垣間見える二人に、一行は改めて先程の攻撃の脅威を感じ取った。

 

「イオ。セルグとゼタの回復をたの――」

 

「待って、グラン。私達より、アレーティアとカタリナが先よ。二人ともアタシ達よりひどいはずだから」

 

 ゼタの言葉にグランが視線を巡らせる。少し離れた位置で地に伏しているアレーティアと、疲労の色が隠せないカタリナの様子にグランが頷いた。

 

「ジータ、アレーティアにポーションを……イオはカタリナを頼む」

 

「うん、わかった」

 

「任せて!」

 

 グランの指示にジータとイオがすぐさま動きだし。残りのメンツは警戒の色を湛えたまま、フュリアスへと視線を向けた。

 だが、そこには――――

 

 

「ぐっ、がはっ……はっ、なんだ……なんだよこれはぁ!」

 

 断ち切られた傷口が再生されず、苦痛に悶えているフュリアスの姿があった。

 

「なんだよこれ……なぜ再生しない!? 魔晶が全く反応しない……くそ、ふざけんな! 貴様ら! 一体何をしたってんだよぉ!」

 

 これまで幾度となく再生し復活していた身体が治らず、恐るべきチカラを発揮していた魔晶は全くの反応を示さなくなり、フュリアスが声を荒げた。

 さらに苦しんでいたのも束の間、フュリアスは徐々にその身体を変貌させていき、瞬く間に元の姿へと戻っていく。

 

「これ……は。そんな……なんで。クソッ、クソクソクソ!! 誰かっ、誰かいないのかよ! 早く僕を助けろって……おい、誰かっ!!」

 

 成す術がないと悟ったか、苛立ちと共にどこにもいない兵士を呼びつけるフュリアス。

 そんなフュリアスの姿にグラン達は僅かな憐憫の情を抱く。

 

 

「――自業自得だな、フュリアス」

 

「何っ……」

 

 回復を受けて立ち上がったカタリナが静かに声を上げた。

 

「すべては己の不徳さが招いたことだ。今そうして一人で地に伏せるのも、誰も助けに来ないのもな。お前にも他者を大切にする心さえあればそうはならなかっただろうに」

 

 部下を、同僚を、仲間を。自分を取り巻く人たちを大切にする気持ちがあればこうして一人になる事は無かっただろうとカタリナは告げる。

 

「フンっ、何を言うかと思えば、そんなくだらない仲間ごっこに何の意味がある? えぇ! 初めから僕を見下していたゴミ共がどうなろうと知ったこっちゃないし、ゴミはゴミらしく使われてればいいんだよ! そうして僕の為に使われるならゴミで終わらない分幾らかましだろう……むしろ感謝してほしいね!」

 

 あざ笑うように、フュリアスが言い放った言葉に、グランとジータの胸中にまた怒りの炎が灯る。

 村人達に前に躍り出た時の様に、二人の思考が真っ赤に染まった。

 

「ふざけるなよ! そんな……お前なんかの為に使われていい命があってたまるか!」

 

「許せない……一体何様のつもり! ヒトの命は、貴方のおもちゃじゃない!!」

 

 ポートブリーズでもこの島でも、躊躇なく島を落とそうとしたフュリアス。

 命を軽んじるだけでなく、仲間であるはずの兵士すらふざけた理由で殺戮の限りを尽くしたフュリアスに、二人の怒りが振り切れた。

 ビィのチカラで魔晶を潰されたフュリアスには、もはやまともに動く力すら残っていないだろう。

 

 

 ”思い知らせてやる……犠牲になった人達の痛みを”

 

 

 普段は優しいが故に。大切な人達の危機を間近に感じたが故に……二人の思考が黒く染まった。

 雷神矛とラスト・シンに手を掛け、二人はフュリアスに向かって歩き出した。

 

 だが、激情に駆られて歩き出した瞬間、二人は鎧の襟元を掴まれ後ろに引っ張られる。

 

「うあっ!?」

 

「きゃっ!?」

 

 小さな悲鳴と共に、二人とも地面に尻餅をつく形で後ろに倒れた。

 一体誰だと、睨み付けようとした二人の目の前にはセルグの後ろ姿。更にはゼタ、とヴィーラも立ちはだかり、回復を受けて持ち直したカタリナもそこに並んだ。

 

「はぁ……怒りを覚えようがなんだろうが、まだガキのお前らにそんな事させるわけないだろう。いきり立つのは良いが、そういうのはオレの仕事だ」

 

「セルグ、どいてくれ! 僕たちはそいつを許すことはできない」

 

「そうです! それに、私達は何も命を奪うようなつもりは――」

 

 フュリアスに皆が受けた痛みを思い知らせてやりたい……命まで奪うつもりはないと言おうとしたジータだが、セルグの表情を見て固まる。

 小さく笑って、呆れたような顔をして……だがどこか悲しそうな目を見せて。セルグの表情にグランとジータは言葉を失った。

 

「それだよ……後顧の憂いを断つ為に殺すならまだしも、憂さ晴らしの為に痛めつける。そんなことを見過ごすわけにはいかない」

 

 村の人達を危険な目に会わせてしまったから。大切な人達が巻き込まれたから。二人の怒りは十二分にセルグ達も理解していた。

 普段は大人しく理性的であるはずの二人がそれだけの怒りを見せる程、フュリアスの所業は外道の一言に尽きた。

 だがそれでも、二人の目的が胸の内に生まれた憂さ晴らしの為だと気付いて、セルグ達は止めに入った。

 セルグはそのまま周囲の大人組に視線を巡らせ、全員から頷きを返されるのを確認して踵を返す。

 

「――リーシャ、一緒に来てくれ。カタリナ……後は頼む」

 

「あぁ、わかった……」

 

「私ですか? はぁ……わかりました」

 

 セルグに応えたカタリナがグランの怒りを宥めるように武器を引かせた。

 突然呼びつけられたリーシャは、疑問符を浮かべながらもフュリアスの元へと向かうセルグに付いていく。

 

 

 セルグとリーシャを見送ったところで、カタリナは二人へと向き直った。

 

「グラン、ジータ。気持ちは分かるが、少し落ち着くんだ」

 

「でもっ! あんな奴許せるわけ」

 

「そうだよ! あんな……あんなひどい事をした人。許せるわけ……」

 

 ジータの脳裏に、無残にも槍に潰された兵士達の姿が蘇った。

 ヒトの死に目を見るのが初めてではない。だがそれでも、喜々として行われたヒト殺しを見せられたのだ。

 あのような非人道的な行い、簡単に許せるわけもない。

 その矛先が大切な人々に向かっていたかもしれないのに、ヒトの命を奪う事を楽しむような存在を許せるわけがなかった。

 

 涙を浮かべたジータは睨むように、立ちはだかるカタリナを見据える。

 

「グランさん。まずは落ち着いてお姉さまの話を聞いてください。ジータさんも」

 

 カタリナに詰め寄りそうな二人をヴィーラが抑え、優しい声音で宥めた。

 

「ありがとうヴィーラ。二人とも……良く聞いてくれ。確かにフュリアスの所業は許せない事だ。

 怒りに任せ打ちのめす。戦闘中であれば、私もそれを間違いとは言わない。やらなければやられる状況でもあった……」

 

「だったら、なんで止め――」

 

「だが、既に戦うチカラの残っていない者にそれを行う事は、大人として許すわけにはいかない。

 それはフュリアスがやった事と同義だ……そんなことをさせてしまっては、君達のお父上やこの島の人達に、私は顔向けができなくなってしまう。

 私は一応、二人の保護者だ。二人にそんな非道をさせるわけにはいかないんだよ」

 

 そう告げながら、カタリナが小さく笑う。二人のささくれだった心を解きほぐす様に。怒りに囚われないように……

 

 旅のきっかけを。二人が島を離れなければいけない事情を作ってしまったのはルリアとカタリナだ。

 帝国に追われる理由を作ってしまった事に負い目があったカタリナはこれまで、グランとジータの保護者として旅をしてきた側面もあった。

 

「カタリナ……」

 

 カタリナの言葉を聞いて二人の気配から怒りが露散していく。

 二人の変化に気付き、カタリナは武器を握っていたグランとジータの手を取った。

 

「――これは、私のわがままだ。だが……

 ルリアを助けてくれた……ルリアを共に守って来てくれた君達の手は、強さと優しさに満ち溢れた、穢れないままであってほしいんだ。

 ここにいる仲間達を繋いできた君達の手は、繋ぎ合える温かい手であって欲しいんだ。

 だから、只の暴力を振るうような…………そんな事はやめてくれ」

 

「そうだなぁ……お前さんらがいなかったら今こうして俺達が集う事は無かっただろう。お前さんらは、そろってバカみたいにお人好しで仲間に迎え入れてくれたもんなぁ」

 

「へっ、違ぇねえ。

 なぁグラン、ジータ。俺がもう一度飛べるようになったのは二人が手を差し伸べてくれたからだ。腑抜けになった俺を……飛ぶことを拒んでいた俺を信じて、二人が手を差し伸べてくれたからこうして今飛べてる……カタリナと同じで、俺もお前達の手は温かい手であって欲しいと思う」

 

「ししょーを探すの手伝うって言ってくれた二人の手……籠手を着けててザラザラでちょっと汚れてて……でも温かかった。

 ねぇ、ジータ……今のジータの手はあったかい?」

 

「イオちゃん……それは」

 

 次々と掛けられる言葉にグランとジータの心が揺れる。

 告げられた想いは仲間達のわがままでありながらも、仲間達が二人を大切に想うが故の言葉。

 

 フュリアスへの報復。

 それを許してしまったら、優しい二人の手が……優しい二人が消えてしまいそうな気がした。村に入ってすぐ、年相応に無垢な笑顔を浮かべていた二人が偽物になってしまう気がした。

 そんな漠然とした不安が彼等に二人の行く手を阻ませる。

 

「ねぇグラン、ジータ。怒りっぽい私が言うのもなんだけど、怒りに任せたおこないって、後になってから結構くるものよ。私なんて本当に、後悔ばっかり……」

 

「そうだのぅ。儂も未熟な内はよく失敗を繰り返したもんじゃて……年長者として、若者に同じ轍を踏ませたくはないのぅ」

 

「あら、それは是非とも後で聞かせてほしいですね。どんなエピソードが聞けるのか楽しみです。

 と、それはさておき、お二人とも。よく考えてみてください。あのような愚か者を怒りのはけ口にしたところで何にもなりません。後に残るのは虚しさとゼタが言うように後悔だけだと思います。

 私達がすべきはあの愚か者からできる限り、私達が欲するものを搾り取る事です。有益なことが一つでもあれば溜飲も下がりましょう……

 まぁそれはあの人に任せればいいのですが」

 

「あの人……?」

 

 ヴィーラの言葉に二人が疑問符を浮かべた瞬間。

 

「うぁああああああああ!?」

 

 少し離れたところから、断末魔のような叫びが聞こえるのだった…………

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 カタリナに二人を任せたセルグは、リーシャと共にフュリアスの元へと向かった。

 セルグの後ろ姿に明確な怒りは感じられないものの、刺々しい空気は間違いなくこの後何かをすることが容易にわかり、リーシャの顔には緊張が走っている。

 

「セルグさん、一体何を――」

 

「リーシャ。見逃せとは言わない。後で文句は好きなだけ言っていい。だが、今からする事は止めないでくれよ……」

 

 セルグの言葉に、リーシャの中でこの先の予想が確信に変わる。

 させるものかと、すぐにリーシャは言葉を返した。

 

「ダメです。必要であれば止めます。彼らを真っ先に止めた貴方がその想いを覆すような事をするなら何としても」

 

 これまでを鑑みれば、セルグがこれからやりそうなことなど予想がつく。だが、そんな事させるつもりはないリーシャは断固とした面持ちで答えた。

 

「そうか……それなら安心だ。お前の思う通りではないからな」

 

「は?」

 

 危険な事はさせない。そう告げたと言うのにセルグは安心したように笑った。

 予想外な答えにリーシャが呆けるも、セルグはそれを尻目に地に伏せているフュリアスへと視線を落とした。

 

「さて、フュリアス。少し話を聞かせてもらおうか……」

 

 殺気を漲らせながら問いかけるセルグを見てもフュリアスの表情は変わらず、相手を取るに足らない矮小な存在として見ている。見上げながら見下したような目はリーシャを不快にさせるには十分であった。

 

「ハッ、バカが。答えるわけがな――」

 

「あの魔晶……どうやって生み出した?」

 

「はぁ? そんなの帝国の研究成果に決まって」

 

「魔晶はルリアの能力を解析した賜物だったな。ルリアが帝国を離れたのは随分と前だ。同じ能力を持つオルキスがいたが、黒騎士が居た以上、オルキスを利用などさせるはずがない。

 そもそも長い事ルリアのチカラを研究していて生み出せたのは粗末な魔晶ばかりだったと聞く。

 ガロンゾから見てきたが、兵士が使う低位の魔晶。ポンメルンが使っていた上位の魔晶。アマルティアでポンメルンが使用した特別性の魔晶。お前が使った異常なまでの出力を誇る魔晶。

 開発が進むにはあまりにも早すぎる……何故こんなにも短期間で強化ができた?」

 

 一般の兵士でも使えるように出力を抑えた魔晶程度なら量産型として片付けられただろう。だがその後次々と持ち出されてきた新たな魔晶は、ポンメルンのような自己強化から、フュリアスの様に超常的な変身を遂げるもの。更にはフリーシアの様に魔晶を用いて星晶獣を操る等と、汎用性に富み、その効果は徐々に大きなものへと変化してきた。

 研究対象であったルリアがいないと言うのに、短期間で魔晶は大幅な進化は遂げているのだ。

 只の研究ではなく裏に何かがあると思えるのは当然である。

 

「――知るかよ! 僕はそういった事には興味ないんでね。知っていたとしても教えるわけが」

 

「ならば聞き方を変えよう。お前が使った魔晶はどこから持ち出してきた?」

 

「だから! 知っていたとしても教えるわけが無いって言って――」

 

 嘲笑うフュリアスの言葉が止まる。同時に感じるのは、焼けるように熱を放つ痛み。

 見ればフュリアスの細い腕に天ノ羽斬が突き立てられていた。

 

「う、うあぁああああ!!!」

 

 目の前の光景と脳髄を焼くような痛みにフュリアスが悲鳴を上げた。

 

「セルグさん、なんてことを!?」

 

「魔晶を使った時と違ってしっかり痛覚はあるようだな……もう一度聞く、どこからあの魔晶を持ち出してきた?」

 

 冷たく……リーシャの言葉を聞き流しセルグは再度問いかけた。

 腕を貫き、地面に突き立てられた天ノ羽斬のせいでフュリアスは逃げようにも逃げられず、痛みにのた打ち回っている。だが、そんな姿を見たところでセルグの雰囲気に変化はない。

 天ノ羽斬を一度抜いて、恐怖と痛みに怯えるフュリアスをよそにセルグはポーチよりキュアポーションの入った小瓶を取り出してフュリアスの腕へとふりかけた。

 痛みに耐えられず答えられなくては問答にならない。一度痛みが消えればその分次への恐怖心が増して答えやすいだろうと、セルグは優しさではなく実利の為にフュリアスを治療する。

 腕の傷が徐々に癒えていき、フュリアスが痛みに呻かなくなったところで、セルグはまた口を開いた。

 

「次は腕を飛ばす……早く答えたほうが身の為だぞ」

 

「お、おまえ! こんなことをしてただで済むと思ってんのかよ!」

 

「セルグさん! こんなこと許すわけにはいきません! こんな拷問、どんな人であろうと許されるはずが――」

 

「リーシャ。さっきグラン達にも言ったはずだ。後顧の憂いを断つならと……こいつが今回使った魔晶。使えば島すら落とせるような高出力が得られる以上、それがどこから来たのか、量産されているのか、適合は容易なのか。それらを聞きださなくてはならない。

 最悪は兵士一人で島を落とせるような戦力になるんだ。今ここで聞き出しておかなくては取り返しのつかない事になり兼ねん。

 そしてこいつに普通に聞いたところで、答えが返ってくるはずもないのは分かるだろう」

 

「それは……ですが、こんなことをしてはグランさん達に示しが」

 

「これもさっき言ったがこういうのはオレが適任だ。必要であれば情け容赦なく命を刈り取る事を厭わないオレだからできる尋問だ。

 自分が大好きな奴ほど、己の死には弱いからな。明確な死を予感すれば素直に答えるだろう」

 

 そう言いながら、セルグが無表情のままフュリアスへと視線を落とした。

 流れ出た血にその身を染めながら、荒い息遣いでセルグをにらむフュリアスにセルグはまだ抵抗の意思を感じ取る。

 天ノ羽斬の切っ先をそののど元へと突き付け、セルグは冷たく声を発する。

 

「ただですむと思ってるのか、だったな……お前に何ができる? どうせお前はこのまま秩序の騎空団に捕えられて檻の中だ。魔晶無しのお前に何ができるわけでもない。

 お前にできる事は一つ……大人しく答えて生き永らえるか、ここで死ぬかだ」

 

 嘘じゃない……フュリアスはそれを瞬時に悟る。

 躊躇なく腕に天ノ羽斬を突き刺した事もそうだが、何より恐るべきは殺すと宣言していると言うのに何の感慨もない瞳。

 まるでヒトを殺すことなど造作もないと物語るそのセルグの瞳に、フュリアスは抵抗する意思を瞬く間に失った。

 促されるままに答えたくはない。そんな小さなプライドにこだわっていては間違いなくここで死ぬ。そう確信させるだけの殺気がセルグからは感じられたのだ。

 

 

「ぼ、僕が使った魔晶は、陛か――――」

 

「それ以上はしゃべっちゃいけないよ。フュリアス君」

 

 

 意を決してフュリアスが口を開き、話し始めた瞬間。別の声が聞こえ同時にセルグとリーシャがいた場所には氷柱の雨が降り注いだ。

 声が聞こえた瞬間にセルグとリーシャは危機を察知して後退。声の聞こえたほうへと視線を向ければ、そこにはフェンリルを連れたロキがフュリアスの背後に佇んでいた。

 

「へ、陛下!? 何故ここに?」

 

「いやぁ~楽しませてもらったよ。あわよくば島ごと彼らを葬ってくれるかもと期待したけどさすがにそう上手くはいかなかったね。

 それでもこの臨場感は他では楽しめない。正に命を懸けた戦いだったよ。せっかく楽しませてもらったから、もう少し君には頑張ってもらおうと思ってね……

 というわけで君たちには悪いけど彼は回収させてもらおうよ。フェンリル」

 

「あぁ? チッ、しょうがねぇな」

 

 ロキの言葉を受け、フェンリルがフュリアスを回収していく。若干手荒で時々フュリアスからうめき声が聞こえるが、そんな事セルグとリーシャに気にする余裕は無かった。

 このままでは情報を得られずに逃げられてしまう……先のセルグの説明からリーシャも現状に大きな危機感を抱いていた。

 ロキの思い通りにはさせまいと二人は同時に動き出す。

 

「逃がすと思っているのですか! ウインド!!」

 

 リーシャが風の攻撃魔法でフェンリルを狙う。牽制と不意打ちとなったそれをフェンリルは危なげに回避するがその隙にセルグが接近。

 

「そいつは置いていってもらうぞ!」

 

 天ノ羽斬を全力で振り下ろす。セルグが放つ光破がフェンリルを捉えると思った瞬間。

 

「なっ!?」

 

 フェンリルの姿は光の粒子となり消えて、すぐにロキの隣へと出現していた。

 

「おいロキ! 危うく切られそうだったじゃねえか。助けるのが遅ぇんだよ!」

 

 ギリギリのタイミングで助けられたフェンリルがギャーギャーと文句を言うのを聞き流し、ロキは睨みつけてくるセルグへと向き直った。

 

「そういわないでよフェンリル。転移魔法なんて簡単に使えるものじゃないんだからね。

 あ、ごめんね。悪いけど僕たちはこれで帰らせてもらうよ……ついでに教えてあげるけど、彼が使った魔晶は実験段階の本当に特別なもの。君たちに壊されちゃったからまた一から作り直さないといけない。

 残念ながら、あんなおっかないものを使えるのは彼のように少し頭のねじが外れたような人間じゃないと使えないかなぁ。

 どうだい? これで満足した?」

 

 聞き出したかった情報。それがあまりにもあっさりとロキから差し出されて、セルグは混乱した。

 意図も意味も分からない。疑問はすぐに口をついて出る。

 

「お前、一体何のつもりだ?」

 

「余計な懸念を払拭してあげようと思ってね。あんな危険なものたくさん持ってたらそれだけで君たちには対抗する手段がないでしょ? それじゃ面白くない。

 君たちと帝国にはもっともっと楽しませてほしいからね。世界が終わるかどうかのギリギリの戦い。これほど面白いものはない……だから簡単にあきらめないでね。それじゃ」

 

 あっさりとした挨拶を残し、ロキはフェンリルと共に転移魔法で消えていった。

 静寂に残されたセルグとリーシャは、二人とも抜いていた剣を納め、持たされた情報から思考を始めた。

 

「どういうつもりだ……間違った情報を与えてのミスリードか?」

 

「それにしては、少し現実味のある話でした。魔晶の反動の事を考えれば、まともな人間では使えないというのはわかりますし、あの性能が実験段階の産物というのも納得できるとは思います……確証がないのがもどかしいですね」

 

「だが鵜呑みにして裏をかかれるのも――――」

 

「セルグ!!」

 

 反論しようとしたセルグに、怒りの混じった大きな声が届き、セルグがビクリと肩を震わせた。

 次の瞬間には、サァーっと血の気が引くような感覚に見舞われ、セルグはやっちまった、と言わんばかりのぎこちない引きつった笑みを浮かべる。

 既にこちらに向かう足音は怒りに塗れ大きな足音を立ててきている。怒られるのは確定のようだ。

 

「リーシャ……理由は聞いたはずだ。援護してくれ……」

 

「――嫌です。どうぞ存分に怒られてください。私だって、納得はしてないんだから……」

 

 事情を理解しているであろう、目の前の頼みの綱にも見捨てられ、セルグは肩を落とした。

 尋問は想定していても拷問は想定していなかったのであろう。多少の強引な尋問ぐらいならわかるがセルグが行ったのは明らかな拷問。

 つまりはセルグに任せて見送った、カタリナ達からも盛大にお怒りを受ける。

 

 こうしてセルグは、様子を見に戻ってきたルリアとオルキスが合流するまで、散々に怒られることになる。

 

 ゼタに叩かれ、オイゲンに殴られ、ラカムにどつかれ、イオに杖で突かれ。

 カタリナからは延々と説教され、人道というものを散々に説かれる。

 いつも通りの微笑の中、目だけが笑っていないヴィーラからは”今日の夜に少しお時間をいただけますか?”と言われる。セルグはその瞬間に目の前が真っ暗になるような感覚に陥った。

 そしてグランとジータからはしばらくの間、口を利いてもらえないという悲しみを背負わされる。

 

 ぐったりと落ち込んだセルグを、アレーティア、スツルム、ドランクが優しく慰め、セルグはまたも涙を流すのだった……

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

地の文が多く少しバランスが悪かったですかね?

故郷であるから。素の自分になれる場所だから、グランとジータにとってはフュリアスの行いはクリティカルであったのです。
二人の怒りがらしくないとかんじましたら、それは作者の表現不足でありますが、根本としてこの話では、二人にとって故郷というものが、故郷の人達が特別な存在であると語りたかった。
そんな感じの一幕でした。

ご感想(ご指摘もありそうですが)お待ちしております。

それでは、お楽しみいただけたら幸いです。


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