granblue fantasy その手が守るもの   作:水玉模様

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7月に入ってから少々のんびり執筆しております。
ザンクティンゼル編は少々話の内容が薄い気がしてならない作者です。

それでは内容が薄くなりがちなザンクティンゼル編の中盤です。
どうぞお楽しみください。



メインシナリオ 第38幕

 

 

 エルステ帝国が誇る戦艦の艦内。その艦橋にて、ロキは冷めた目付きで外の景色を眺めていた。

 ザンクティンゼルから戻ってきたロキは、騒ぐフェンリルを宥めた後、この艦橋で一人物思いに耽っている。どことなく儚げな雰囲気もありそうなロキの表情に、周囲で動いている兵士達には沈黙が広がり、戦艦内は重苦しい雰囲気に包まれていた。

 

「皇帝陛下……そろそろよろしいでしょうか?」

 

 そっと静かにロキへと声を掛けるのは、眼鏡をかけてやや幼くも理知的に見える小さな将校。ハーヴィン族特有の小さい体躯である故に、剣や槍と言った武器は持たないが、回転の速い思考と、腕力を必要としない銃。そしてどんな非道な手段でも躊躇なく取れる徹底した効率主義によって少将という位にまでのし上がった男だ。

 彼の名は”フュリアス”。グラン達とはポンメルン同様に因縁浅からぬ相手である。

 

「ん? あぁ、君か。う~んそうだねぇ……もう少し待ってもいいと思うけど、行きたいなら良いよ。別に僕は止めはしないし。それに早く試したいんでしょ?」

 

「流石は皇帝陛下。良くわかってらっしゃる。それでは、これより……」

 

「うん、いいよ。その代わり、楽しませてくれればね」

 

「わかりました。それではどうぞ期待してお待ちになってください。存分に楽しませてあげますよ……」

 

 込みあがってきそうな笑いを押しとどめて、フュリアスはその場を去っていく。歪みに歪んだその表情は見るものをゾッとさせる狂気に近いものを秘めていた。

 フュリアスを見送ったロキは、それをみて同様に笑みを浮かべる。嬉しそうに、楽しそうに……それはまるでおやつを待つ子供にも似た、何かを待ち詫びるような様子であった。

 

「さぁて、彼らはどうなるかねぇ。折角だから彼には島ごと沈めてほしいとも思うけど、どうなるか本当に楽しみだ」

 

 小さな呟きは、静かな艦橋に広まり、兵士たちは軽い口調でもたらされた島が沈む可能性に戦慄し、その手を止めていた。

 作業の音すら消えた艦橋の中で、ロキの微かな笑い声だけが、静かに、静かに響いていた。

 

 

 

 艦橋を離れたフュリアスは部隊の編成を済ませて降下の準備を終える。

 脳裏に浮かびあがるはこれまでに二度も己の思惑を覆してくれた憎き騎空団の者達の顔。

 

 帝国に反発を繰り返すポートブリーズ群島を沈めるべく、大星晶獣ティアマトに魔晶を埋め込み暴走に追い込む作戦では、暴走までは追い込んだものの旅を始めたばかりのグラン達によってティアマトの魔晶を砕かれ、暴走を止められてしまい失敗。

 元アルビオンの領主と結託してカタリナを帝国に取り込み、機密の少女たるルリアの奪還を企てるも、それもまた領主の裏切りと、奥の手として持ち出したアドヴェルサをグラン達に難なく破壊され、アルビオンとの関係も拗れ、大きな責任を負わされた。

 順風満帆と言って良い彼の軍属としての人生の中で、短期間に大きな失敗を二度も味合わされたフュリアウのプライドは大きく傷つけられていた。

 

「フ……フフフ……ハッハッハ。見てろよぉ……お前ら皆、空の底に沈めてやるからな」

 

 怒りから愉悦へとシフトする思考が、島に降りた後の光景を幻視して、フュリアスの表情は徐々に喜色へと変わっていく。

 

 

 愉悦の笑みと共に声を上げて笑い続けるフュリアスの懐で、禍々しい輝きがチカラの鼓動を始めていた……

 

 

 ――――――――――

 

 

 

「もーー!! なんで何も見つからないのよー!」

 

 グランとジータ。ついでにビィの家に、イオの怒りの声が響き渡る。

 他の仲間達も同様、怒りは見せていないものの落胆の色は隠せておらず、手がかりを探し出してから早二時間。

 集落の者に被害が出ていないかと様子を見に行ったグラン達も戻ってきており、家の中を相当に荒らして探し回ったが、ビィの出自や能力については全くの収穫無しであった。

 最初は元気だったルリア、オルキスも面白くなさそうに探し回っている事から、既に何度も同じ場所を探し飽きが来ていることが伺える。

 

「こいつは参ったな。これだけ探してなんも出てこねえってなると、こりゃあ別の所を探す必要があるぞ」

 

「だがラカム、探すと言っても一番手がかりがありそうなグランとジータの家を探したんだ。他にどんな候補があると言うんだ?」

 

「そうは言ってもよー。これだけ探してなんも見つからねえんじゃ、手がかりがあるのかは疑問だろうよ」

 

「リーシャさん、貴方が見つけたお父様の手記には他に何か記述はなかったのですか?」

 

「えっ?! あっ、いえ……特にありませんでした。ビィさんには星晶のチカラを抑える能力があると言う話しか」

 

 ヴィーラの問いに、慌てたようにリーシャが答える。質問された瞬間に脳裏にルリアとビィの記述がよぎったものの、告げるのは謀られた。これだけ絆の深い団内に無用な混乱を招くまいと、リーシャは静かに己が知る情報を隠し通すことにする。

 

「そうですか……グランさん、ジータさん。村の方で何か知っていそうな人はいますか? 例えば、お二人のお父様の事を古くからご存知の方とか」

 

「う~ん……皆父さんの事はそれなりに知っているとは思うんだけど」

 

「ただ、その中にビィの事を知っている人はいないと思います」

 

「ふむ、それはまた……何故じゃのぅ?」

 

 言い切るジータの言葉に、アレーティアが疑問符を浮かべる。他の仲間達も同様にグランとジータへ視線を向けると、二人は少しだけ考える素振りを見せてから答えた。

 

「これまでも僕達は父さんの事は多少なりとも聞いたことがあるんだ……だけど」

 

「私達、一度も父さんと一緒にいたビィの話は聞いたことがないんです。本当に……」

 

「ってことは何か? ビィはもしかしたらいつからこの村にいたのかってのもわかんねえのか?」

 

「お、おぅ……オイゲンの言うとおり、オイラ、いつの間にかグラン達と暮らしてた。 親父さんに拾われたのがどこだったかとか。どうやってこの島に来たのかとか……そこらへんは全く覚えてねぇんだ」

 

 羽と頭と耳を項垂れて、ビィが申し訳なさそうに口を開く。何も思い出せない事も、己の為に探してくれている皆の力になれない事も、ビィには大きな罪悪感としてのしかかっていた。

 

「ビ、ビィさんのせいじゃないですよ!! きっと、ビィさんはすっごいチカラを持っていて、仕方なく記憶ごとグランとジータのお父さんに封印されちゃったとかで」

 

「封印……か」

 

「グラン、もしかしてあそこなら」

 

 ルリアの言葉にグランとジータが思考を巡らした。

 封印……その言葉が関係ありそうな場所が島の中に一つだけあった。それは――

 

「ヴェリウスの本体がいた祠……確認してみる価値はあるだろうな」

 

「セルグ!?」

 

 突然割り込んできたセルグの声に家の中にいた全員が驚きと共に視線を向ける。家の扉をくぐり、入ってきたセルグとゼタとスツルムを迎え入れたところで、家の中は大所帯となるが、そんなことは気にならないほど一行は新たな情報の入手先の事で頭がいっぱいであった。

 

「随分と散らかしたな……原因はルリア達あたりか? まぁそれは良いとして、グラン、ジータ。あの祠ってこの村ではどんな扱いなんだ?」

 

「えっと……一応は巫女さん以外はそもそも森にも近づいちゃいけないっていう決まりがある神聖な祠かな」

 

「実は前回のセルグさんがあそこにいたのって、結構マズイことだったりするんですよね……許可なく入るのは本来村の人間も怒られる話でして…祠の周りも荒らしちゃったしだから、知られたらマズイと思って仕方なく逃げるようにここを離れちゃって」

 

 グランからは気まずそうな視線が、ジータからは少しだけ責める様な視線がセルグに向けられる。

 

「あ~、なんだ……その、実は迷惑をかけてたようですまないな。ヴェリウスに呼ばれるがままにたどり着いたんで、わざわざ村の人達に知らせる必要もないと勝手に入り込んでしまった。すまん」

 

 素直に謝罪をするセルグだが、これについてはセルグとしても致し方なしといった部分である。あの時点ではまだ、セルグは組織に見つからない様、ひっそりと生きていたのだ。己の来訪を告げる様な事をするわけがない。

 仲間達もそれを理解しているのか改めて責める様な事はなかった。

 

「なぁなぁセルグ……ヴェリウスの本体っていつからあの祠にいたんだ?」

 

「う~ん、さすがにオレもそんな話は聞いていないからな。ヴェリウス、どうなんだ?」

 

 ”本体より生み出された我に本体がいつからこの島にいたかなどとわかるわけがあるまい。だがまぁ、我とて生み出されてから多くの時を見てきた。ヒトの子ではたどり着けない年月この島に身を置いていることは確かであるぞ”

 

「だ、そうだ。ビィ、つまり奴なら知っている可能性が大いにあるようだな」

 

「という事は、祠に行けばわかるってこと?」

 

「それは確約できない。オレの事についてもここに来なければ語らないと言ってきたからな。機嫌か内容か、何が問題なのかわからんよホント。星晶獣の思考は読めない。こっちの鳥の方はある程度わかりやすいっていうのにな……」

 

 そう言って傍らのヴェリウスへとセルグは視線を向けた。次いで不躾にその躰を撫でつけてまるでペットの様にヴェリウスを扱う。

 

 ”若造……最近のお主は少し調子に乗っておらぬか? 偉大なる星晶獣たる我をつかまえて無礼であろう”

 

「ヒトと星晶獣である前に、オレとお前は良き相棒であり、良き友だろう。この位で怒るなよ」

 

 ”ふん、相も変わらずお主は、そうやって心地の良い言葉ばかりを吐きおる。我をあの秩序の小さい娘と一緒にするでないわ”

 

 言葉とは裏腹にその場を動こうとせず、撫でつけられるままになっているヴェリウスにセルグもグラン達も小さく笑う。その雰囲気は間違いなく撫でつけられて気持ちよさそうにするペットのそれだ……

 機嫌を損ねないように撫で続けながら、セルグはグラン達へと視線を向ける。

 

「オレの目的もある。手がかりを求めるなら祠に行くのは間違いないと思うが……どうする?」

 

「祠か……何らかのチカラが封印されているのであれば、あり得そうなのは確かだね」

 

「うん。ヴェリウスさんの本体と、以前にルリアが、祠に封印されていたバハムートを目覚めさせたわけだし、関係はありそうです」

 

 彼らにとっての旅の始まり……帝国に追われたルリアがこの島にたどり着き、戦いの末目覚めさせた祠にいた星晶獣”バハムート”。ルリアが初めてそれを召喚して見せたときのセルグの言葉から、そこらの星晶獣どころか、セルグがこれまで見てきたどんな星晶獣よりもその存在感は圧倒的であり、強大なチカラを持つ星晶獣だ。

 更に同じ場所に、セルグが連れる星晶獣ヴェリウスの本体もいるのだから、彼らが求めるものが一番ありそうなのはその祠というのも感覚的に仲間達は理解できた。

 

「でも、許可が要るんですよね? そんな簡単に許可してもらえるんでしょうか?

 

 ルリアが沸き上がった疑問を口にする。心配そうな表情でグランとジータに視線を向けると、二人からは安心させるような笑みが返された。

 

「一応、大丈夫だとは思う。場合によっては事情も説明するし、明確に危険なものが封印されているなんて話も聞いたことないから、僕たちが必要なことだと訴えれば問題はないと……」

 

「うん。とりあえず村長さんとお話してきますね。皆さんしばらく家で待ってて――」

 

 ジータとグランが家を出ようと動き始めた瞬間。

 一行は体の底に重く響くような轟音を耳にした……

 

「今のっ!?」

 

「砲撃音!!」

 

 瞬時に緊張感に包まれて、オイゲンとリーシャが窓から外の様子を伺う。

 聞こえてきたのは間違いなく砲撃のように火薬を使用した爆発音。そして、長閑なこの集落においてそんなものが爆発する事は非常事態でしかありえない。

 

「――煙が上がっている気配はねえ……だが、様子は明らかにおかしい」

 

「そうですね。外に大きな音は聞こえませんが、注意して村の様子を見に――あれは?」

 

 リーシャが窓の外に何かを見つけた。

 

「グラン、ジータ! 大変だ、また……帝国の戦艦がこの島に来たんだ! 村の皆が次々と捕まって拘束されている!!」

 

 鬼気迫る表情で家に入り込んできたのは集落に着いてすぐにグランとジータに声をかけてきた二人の幼馴染。アーロンであった。

 

「なっ!? アーロン、それは本当なの」

 

「くそぅ、また帝国か!! グラン、ジータ。すぐに皆を助けにいかねぇと!!」

 

「落ち着くんだビィ! 確かに緊急事態だけど、いきなり動くのは危険だ……アーロン、相手の戦力とかはわかる?」

 

 すぐにでも飛び出しそうなビィを抑え、グランが問いかける。

 状況がわからないまま飛び出しても危険なだけだ。村の皆が捕まっているいるのであれば人質にされる場合も考えなければならない。

 むやみに動いては何もできないままやられる可能性もあるのだ。

 

「それが……捕まらないように直ぐに逃げ出してきて俺も状況は……ごめん!!」

 

「そうか。いや、大丈夫だよアーロン。どうせ原因は僕達だからそれこそ僕たちの方が申し訳ないよ。セルグ」

 

「あぁ――ヴェリウス、偵察を頼む。ジータ、この集落には人が集められそうな場所はあるか?」

 

「――それでしたら、話し合いとかで使われる寄合所がちょうど中央の方にあります」

 

 セルグの問いに少しの間を置いてジータが答える。最初こそ心配からか取り乱しそうであったが、グランとセルグの言葉に落ち着きを取り戻し、いつもの頼れる団長の顔に戻っている。

 

「アーロン、知らせてくれてありがとう。あとはここに隠れていてくれ。僕たちが何とかするから。皆、一先ずは警戒しながら寄合所に向かってみよう。村の皆が捕らえられているのが気がかりだ。帝国が来た以上、下手をすれば島を落とすことすらあり得る。油断はできない」

 

 グランの真剣な表情に仲間達もうなずきながら一斉に動き出す。

 前方の様子を見ながらゼタとヴィーラ、カタリナが先頭を行き、セルグとオイゲン、ラカムが周囲を警戒しながら続く。残りは後方からルリアとビィを守るように囲みながら付いていく。

 最初の轟音以外には特に大きな音は聞こえないものの、争いの音も、叫び声も聞こえない集落の雰囲気が、この緊急事態に際してあまりにも不釣り合いで、一行は嫌な予感に包まれながら集落を進んだ。

 

 

 

 ”若造……戦艦は一隻。部隊の人数は大したことないようだ。恐らくアマルティアでの敗北が効いているのであろう。村の者たちを次々と捕らえて、集落の中央へと集めている”

 

「そうか、助かるよヴェリウス。読みが当たったな……寄合所の方に村の者は集められていたか。ヴェリウス、いざとなったらまた頼む。上空で待機を」

 

 ”ふむ……そうならないことを祈るが、まぁ心得た”

 

 セルグの要請に、ヴェリウスは再び飛び立ち上空へと向かった。

 

「――ゼタ、何か見えますか?」

 

「あ、ヴィーラ。うぅん……まだ遠いわね。人がたくさんいるのは見えるけど」

 

「もう少し近づかないとわからないな」

 

 前を進んでいた三人が物陰から様子を見るが、詳しい状況はまだわからないようだ。追いついてきたグラン達と一先ずは状況を予測し始める

 

 

「うぅむ……もう少し進んだ方が良さそうじゃのうぅ。いざとなったときこの距離では動けんでな」

 

「そうさな。ルリア、魔晶の感じはあるか?」

 

 ルリアへと向き直りながら、オイゲンが問いかける。それに応えるようにルリアは目を閉じると、感じるがままにチカラの気配を伺う。

 

「――えっとぉ、今感じられる魔晶の数は恐らく一つ……です。まだ発動していないからかもしれませんが、魔晶兵士はいないようです」

 

「……まてよ。すると既に発動している魔晶があるってことか? どうなんだルリア?」

 

「ラカム、発動している奴がいるならもう少しその気配があるはずだ。ルリアが感じ取っているのは恐らくまた別の何かだと思われる。一応オレにも魔晶発動なら感知できるからな」

 

「ってセルグもそんなことわかんのかよ。ってか初耳だぞ」

 

「オレの場合は正確には強大なチカラを感じるって程度だから、厳密にはルリア程優秀じゃないがな」

 

「とにかく、もう少し近づきましょう。ここでは手の出し様がない。皆さん、見つからないように慎重に……」

 

「なんだか、嫌な予感がするぜぃ……」

 

 ジータの声で一行は更に進んでいく。

 慎重に進んでいく中、ビィは言いしれない不安がその胸中に重くのしかかってきているのを感じていた……

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 ザンクティンゼルの集落。その中央に位置する寄合所には帝国兵士が物々しい様子でひしめいており、草場に村人たちは縛り上げられた状態で座らされていた。

 居並ぶ村人達を眺めながらニヤニヤと不快な笑みを浮かべているのは、戦艦より島へと部隊を率いてきたフュリアスである。

 

「ほらほら、さっさと並ばせてよ! 的は綺麗に並んでいないと意味ないだろう?」

 

 的……その言葉に村人から血の気が引いた。

 この場に居て的と呼ばれるもの。横一列に並べられているのは自分達であり、フュリアスが言う的とは何を指すのがすぐに理解できてしまった。

 

「貴様ら、一体何の理由があってこんな――」

 

「っていうか数が少なくない? しょうがないな……おいそこのお前、お前も的になれよ」

 

 意を決して抗議の声を上げた村人の声を聞いていないように、フュリアスは近くにいた兵士へと命令を言い渡した。

 声を掛けられてしまった兵士。この場合は彼の気まぐれに選ばれてしまったというべきか。無為な気まぐれで命を捨てろといわれ、兵士の一人は慌ててフュリアスへと言葉を返す。

 

「お、お待ちください! フュリアス将軍閣下! 現在も捜索は続行中でありますが、森に逃げ込んだ者もおり、捕獲が難航しております。今しばらく……」

 

「森にぃ~? じゃあいいよそいつらは。そのまま森ごと焼き払っちゃって」

 

「は……?」

 

 言い募った兵士はフュリアスの言葉に思わず間の抜けた声を返してしまう。

 森に火を点ける。今フュリアスはそう言ったのだ。島周囲を山が連なり、その山に囲まれた部分の半分は森に包まれているこの島に火を点けると……

 森に一度炎が広がれば、それは山に阻まれ逃げ場のないこの島において、島全体が炎に包まれる可能性があることが分かっているのだろうか。一歩間違えれば戦艦に戻ること適わず、自分たちも焼かれる可能性があることが分かっているのだろうか。

 そんな思考がよぎり、兵士が何も言えないでいる姿にフュリアスは苛立ちを募らせた。

 

「森に火をつけろって言ってんの! 煙に巻かれれば、そのうち出てくるだろ!!」

 

「そ、そんなことをすれば島全体が火に!?」

 

「あぁっ!! だから何! 何だって言うの? ああもう、なんかもう、お前……もういいや! 誰か、こいつ縛り上げて森に捨ててきてよ! それでそのまま森に火を点けてきて!」

 

「フュリアス将軍閣下!!」

 

 止めなくては……そんな良心が残っていたのが彼の仇となった。フュリアス命令で別の兵士に捕らえられ、彼は縛り上げられながら森へと連れて行かれる。

 

「あぁ、どうせなら少しだけ燃やさずに残す様にしようか……逃げ場を求めて集まってきたところをそのまま狙い撃ちにできるしね。ホラっ、早く行ってきてよ!!」

 

「は、はっ!! 畏まりました」

 

 兵士を連れていく別の兵士は、恐ろしさを感じながらも、従うことしかできなかった。

 他に幾人かの兵士を連れて、森へと向かい始める。

 

「そんな……森が」

 

「村は、島はどうなるんだ……」

 

 目の前で繰り広げられた恐ろしい会話に、捕らえられた村人たちは口々に恐怖で慄きながら声を上げていた。

 

「クックック。残念だったねぇ、君たち。でもこの島が悪いんだよ。あのガキ共が僕の邪魔ばっかりするからさぁ。 帝国の邪魔を……僕の邪魔をする奴らはこの空に必要ないんだよ。ま、恨むんなら僕達じゃなくて、あのガキ共を恨むんだねぇ。クックック……ハァッハッハッハッ!!」

 

 高笑いを上げるフュリアスに、村人たちは絶望の表情を浮かべた。

 火を点けるべく、森へと向かう兵士。銃を構え、その銃口を自分達へと向ける兵士。

 そして、自らも腰に差していた銃抜き、引き金へと指を掛けるフュリアス。

 村人達はその瞬間に自分達の死期を悟った。

 

 

 乾いた音は、その直後に幾つも鳴り、彼らの耳に木霊した……

 

 

 

 

 ――痛みは来なかった。

 

 

 フュリアスも含め、帝国兵士たちはその光景に驚愕の表情を浮かべ、恐る恐る目を開けた村人たちは、目の前に光の障壁が張られ、銃弾が全て防がれたことを悟る。

 

「初めてです……こんなにも同じ人間が憎いと思ったのは」

 

「お前ら……生きて帰れると思うなよ」

 

 そこにいたのは未だ嘗てないほどに怒りの炎を宿したグランとジータ。

 雷神矛とラスト・シンを構えた二人は、視線だけで射殺せるほどの目つきでフュリアスを睨みつけていた。

 

「あはぁ、やっと出てきた! おい、お前ら! 早く森に火を点けてこい。あいつらの目の前でこの島を焼け野原に――」

 

「そんな事、させると思っているのですか。ラカムさん!!」

 

「相変わらず命令するだけでイライラさせてくれる。オイゲン!!」

 

 力強く言い放つ二人の言葉に合わせる様に乾いた音が複数回響き渡る。今度は帝国兵士が持つ銃からの音ではない。

 

「ぐぁ!?」

 

「がはっ!?」

 

 動き出そうとした兵士たちが乾いた音と共に倒れ伏す。

 

「ったく、ホントチビ将軍はどうしようもねえな……」

 

「まぁ、あんな奴の方がぶちのめすには心が痛まねえって話だ」

 

 森の方へと向かった兵士を打ちぬいたのはラカムとオイゲンであった。兵士たちの前に立ちはだかり、悠然と銃を構えながら立つ姿にはグランとジータ同様怒りが垣間見える。

 

「何っ!? おい、誰でもいい!! 早く火を点けて来い!!」

 

「はっ、了解しました!」

 

 怯まないフュリアスが命令を下し再び、森に火を点けようと別の方向へと兵士が走るが、それもまた乾いた音と共に次々と、倒れていく。

 

「くそっ、ならこっちだ」

 

 切羽詰まったように別の方向へ向かおうとした別の兵士は次の瞬間に視界が暗転する。

 振り返った兵士の目の前にいたのは、セルグ。そしてそれを認識した瞬間には、兜を掴まれ地面に全力で叩きつけられていた。

 

「何しにこの島に来たのかは知らねえが、そろそろ人様に迷惑をかけるのをやめようなゴミ共。こちとら色々と予定が詰まっているんだ。悪いが……手加減する気は無いぞ」

 

 目の前に立ちはだかったセルグを見て、兵士たちから明らかに恐怖が広がる。

 他の仲間達とは違う。暴力的ともいえる殺気を纏いながら、セルグは森へと向かおうとする兵士たちを威嚇した。ガロンゾ、アマルティア、ルーマシー。これまで幾度となく行われてきた帝国とグラン達との戦い。その中で兵士たちの中ではすでにセルグは戦ってはいけない化け物という認識になっている。

 セルグを見て、兵士たちが動けなくなるのは無理もない事である。

 

「くそぅ、お前ら、なにしてるんだよぉ! 早く森に火を点けろって言って――」

 

「よそ見していて良いのかっ!!」

 

 騒ぎ出すフュリアスの声を遮り、瞬足でグランが接近。

 上段からフュリアスへと雷神矛を振り下ろす。

 

「くっ! ガキが調子に乗りやがって」

 

 ギリギリで躱した、フュリアスは反撃に一発銃を打ち放つもそれをグランは銃口と引き金にかけた指から予測、回避という離れ業で躱しきる。

 

「んなっ!? ふざけんなよぉ!」

 

 怒りに我を忘れたように銃弾を放ち続けるフュリアスだが、今度はグランの前方にカタリナのライトウォールが張られ、全てを防ぎ切る。

 

「フュリアス……今回ばかりはグランもジータも許せないようだぞ。当然……私もな!」

 

 グランの背後から歩いてくるカタリナもギラリとフュリアスを睨みつけた。

 

「スツルムとドランクには村の人たちの救出をしてもらっている。ゼタ、ヴィーラ、アレーティアは森に言った兵士達を片付けに行った。グラン、ジータ。あとはここにいる愚か者だけだ」

 

「ありがとう、それとゴメン。勝手に飛び出しちゃって……」

 

「ごめんなさい、カタリナ。でも我慢できなくて……」

 

「なぁに気にするな。私とてこういった時に我慢できずに飛び出してしまう性質だからな。二人の気持ちはよくわかっているつもりだ。さぁ……やろうか」

 

 グランとジータに安心させるようにフッと笑ったと思えば、直ぐに殺気をみなぎらせてカタリナは剣を構える。

 

「うぅ、カタリナの本気って実は相当怖いのね。というかジータもすごい……これからは怒らせないようにしとこうかしら」

 

「フフ、イオちゃん。大丈夫ですよ。カタリナだって何も怒りっぽいってわけじゃないんですから。ただ、人として間違った事は許せないんです。ジータだって優しいからこそ、こんなに怒っているんだと思います」

 

 カタリナの余りに形相に、イオがおっかなびっくりといった様子でその後ろに並んだ。殺気を纏うほどの怒り……カタリナがそれほどの怒りを見せることは今までイオが見た限りではなかったのだろう。厳しくも優しいお姉さんであったカタリナの新たな一面にイオは少しだけビビり気味だ。

 

「フュリアス、覚悟しろ。ポートブリーズからの因縁。ここで終わりにしてやる」

 

 グランが雷神矛を再度構えた。ジータ、カタリナ、イオが並びその後ろにはルリアとオルキスが村人たちの拘束を解いていた。

 周囲ではラカムとオイゲン、セルグの包囲網が森へと向かう兵士たちを全て打ち抜き、戦況は間違いなく帝国不利の状況。

 村人を逃がされ、兵士たちを駆逐され、森にも火を点けられず、フュリアスの思惑は全て覆された。

 

「貴様らぁ!! よくも、よくも邪魔してくれたなぁ!」

 

 恐ろしい形相となったフュリアスの怒声が向けられるが、グランとジータは何の感慨もなく返す。

 

「だから? それで? よかったですね……また思い通りにならない経験ができたじゃないですか。これで三度目でしたっけ?」

 

「そう言ってやるなよジータ。彼にもつまらないプライドってやつがあるんだろう。まぁ僕らが居る限り絶対に成功させてやらないけどな」

 

 痛烈な皮肉を返しながら、グランとジータは挑発的な笑みを浮かべた。

 それはどこか年相応に、嫌いな奴への意趣返しといった感じだ。行っていることはとても年相応とは言えないが……

 

「いい度胸だなガキ共が……僕が本気になれば、こんな島すぐに落として――」

 

「前置きが長いんだよ。ガンダルヴァやポンメルンに比べたら温すぎる」

 

 デュアルインパルスからの俊足で接近。またも不意を突いたグランの槍の一閃がフュリアスを襲う。

 

「くっ、そぁ!!」

 

 間一髪で回避したフュリアスをだが、ジータが追撃。

 振り下ろされた剣を銃身で何とか防ぐも、既に幾多の戦いを潜り抜けてきたジータの攻撃は、瞬く間に銃身を叩き切る。

 

「元々策を弄することでしか戦えない人でしたもんね。部下をこき使って自分はいつも高みの見物……裸にされた気分はどうですか?」

 

「調子に乗んなっていってんだよガキがぁ!!」

 

 怒りに任せた予備の銃から放たれる銃弾は全てジータのファランクスに防がれていく。

 部下も策もないフュリアス等、グラン達にとって既に脅威ではなかった……

 

「大人しくお縄についてもらいましょうか。帝国の少将ともなればいろんな情報を聞き出せると思います。罪状は今見聞きした事だけでおつりがくるほどありますので問題ないでしょう。皆さん、お気持ちはわかりますが決して命までは奪わないようにお願いしますね」

 

 リーシャの言葉に居並ぶグラン達が静かに頷いて、武器を構える。

 

 

 ジータの言うように用意したもの全てを丸裸にされ、フュリアスの進退は窮まった。できることと言えば、あとは自棄の特攻ぐらいしかできないだろう。

 グラン達も油断はしていないが、もうフュリアスに手立てはないと考えていた。

 だが、そんなグラン達の思考をフュリアスはあざ笑う。

 

「はぁ……ホント。もうホントお前ら調子に乗るなよ。勝手に僕を追い詰めた気になっちゃって……アハハ。良いよその勝ち誇った表情。全部ひっくり返してやるよ!」

 

 追い詰められた表情から一転。余裕と笑みを取り戻したフュリアスから、禍々しいチカラがあふれ出す。それは間違うことなくさんざん目にしてきたチカラの片鱗。

 魔晶。それもこれまでに感じたことがないほど強大なチカラを発するものであった。

 

「グラン、ジータ!! さっき感じてたやつです! 何これ……今までと全然違う!?」

 

「ルリア! オルキスを連れて下がっているんだ!! グラン、ジータ。決して油断するな」

 

 カタリナがルリアを下がらせ、グランとジータに注意を促す。二人も言われるまでもなく、感じられる気配に最大警戒をみせていた。

 グラン、ジータ、カタリナ、リーシャ、イオが並ぶ目の前で、フュリアスがその身を変貌させていく。それはガロンゾからポンメルンが見せていたような、巨大化と凶暴化を併せ持ったような変異。

 体の一部を槍と盾へと変異させ、鎧と肉体が混ざっていくような気色の悪い変態をしながら、フュリアスは懐に隠し持っていた魔晶のチカラを解放する。

 

 

「フッフッフ……ハァッハッハッハ!! 最高だよコレ。さすがは皇帝陛下のプレゼントってやつだねぇ……さぁて調子に乗ったゴミ共。覚悟はできてんだろうなぁ!」

 

 ユグドラシル・マリスに勝るとも劣らない強大なチカラが……圧倒的なまでの魔晶の光が、ザンクティンゼルに立ち昇っていた……

 

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

原作と微妙に違う流れですが違和感はありますかね?
フュリアス君をもっともっと悪い奴に描きたかったというのが今回の反省点。
基本悪役にも悪役なりのカッコ良さがあるようなキャラの描き方をしていこうと思っている本作品の中でクロードに続いて二人目の本当に嫌な奴として描いております。

悪役じゃないフュリアス君はフュリアス君じゃないとおもってカッコよさはなしで描いていくつもりです。フュリアス君ファンにはごめんなさいと言っておきます。(クロードのように当て馬感は出さないのであしからず)

読者の皆様がフュリアス君にヘイトを向けてくれれば作者としては計画通りです。

それでは、お楽しみいただけたら幸いです。
感想、お待ちしております。

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