granblue fantasy その手が守るもの 作:水玉模様
「それにしても凄かったね~団長さん達。あの天星器を使いこなしたときは私も思わず手に汗握るって感じで心震えたよ。でも存外、セルグも大した事なかったわね。最初から天星器を使ってれば楽勝だったんじゃない?」
騒がしい食堂にゼタの感嘆の声が聞こえる。ここはグランサイファーの食堂。セルグの歓迎も兼ねて、我らがコック、ローアインが腕によりをかけて料理を振舞ってくれていて、現在食事の真っ只中だった。
「ゼ、ゼタさん! 私たちがアレを使いこなせたのはあの時限りの奇跡みたいなものですよ! 正直、あれほど集中力が高まったのは初めてでしたし……もう一度やれと言われてもできる気がしないです」
「そうだな……今でも信じられないくらいだ。あの時はできるという確信みたいなものが何故かあったけど、今思うと使いこなせたのが不思議で仕方ないよ」
ゼタの言葉に、渦中の二人は慌てて否定をする。
ジータもグランもあの瞬間の集中力と天星器を使いこなした事実を自身で信じきれずにいた。己に秘められた力の全てを使いこなせるような全能感は二人の脳裏に感覚として残っているものの、思い出してもそれが自分のことだとは到底思えないほどの圧倒的な力だった。現実に発揮した自分の能力に想像した自分が追いつけない稀有なパターンに陥った二人は、もう一度あの状態に入ることが非常に難儀であることを理解していた。
「確かにな。あれほどの集中力だ。そこの短気な槍娘には出せないだろうな。全く、恐れ入ったよ」
「ちょ、ちょっと! セルグさん!!」
グランとジータの本音を聞き、セルグはゼタの発言へ冷ややかな挑発を交えて返す。いきなりの挑発に皆が固まる中ジータは大慌てだ。恐る恐るゼタを見れば……
「なんですって? いい度胸じゃない。一昨日のお礼もまだだったわね。ちょうどいいわ、ちょっと表へ出なさい!」
目にも止まらぬ早さとはこのことだろうか。頭に火をつけたようにゼタのボルテージは上昇しセルグに突っかかる。騒がしいと言わんばかりにセルグはゼタに視線をやらずに返していく。
「ほら短気娘。そんなんだからあっさりやられて戦士にあるまじき情けない悲鳴を上げるんだ。悔しかったらそのすぐ血が上る頭を何とかするんだな」
セルグの辛辣な言葉にゼタは頬を引きつらせた。あっさり沸点を突破したゼタが立ち上がり、セルグに向かおうとするのを後ろからジータが抑える。
「や、やめましょうよゼタさん。とりあえずセルグさん相手にあっさりと負けちゃったのは事実なんですし、今やっても絶対に勝てないですよぉ!」
抑えながらもさりげなくとどめの一言を告げるあたりこの天然娘、鬼である。覆せない事実を六人とはいえセルグを打ち負かしたジータに言われて、ぐうの音もでないゼタはあえなく撃沈。
「く、いつか絶対にぶっとばしてやるんだから!! 覚悟しときなさい!!」
捨て台詞を残して勢いのままに食事を再開するゼタにやれやれといった様子でセルグは優しい視線を向けた。思わず売り言葉に買い言葉といった感じで返してしまったが、からかうのが面白いと思っていたのは内緒だ。
「あ、あはは。セルグさんごめんなさい。ゼタさん一昨日負けたことが悔しかったみたいで……」
セルグの元にきて謝罪を口にするジータに、セルグは微笑みながら真実を返してやった。
「そうだな、誰かさんが一昨日の事実をとどめの一言として告げていなければ、あそこまで荒れはしなかったかもな」
セルグの言葉にジータはポカンとした表情を返す。しかしすぐに自分の発言を思い返しジータはハッとした。
「あ、ああ! 違いますゼタさん、そんなつもりじゃ~」
己の失言に気づき、慌ててゼタの元へジータが謝りに行く。その光景を眺めながらセルグは一息ついた。
自分はこんなにも人をからかうタイプだったかと、自らの変化に不思議に思う。こんなに楽しい気分で食事をしたのはいつ以来だろうと、何年も記憶を遡り一人思考の渦に入っていった。
「アイリスを失ってからは食事を楽しむなんて事……忘れていたな」
一人自嘲を浮かべていたセルグだったが、この部屋で彼を放っておくものは居なかった。
「ウェーイ! セルグさん楽しんでる感じ? あ、紹介しまっす~。オレのダチ公のぉ、エルっちとトモちゃんっす」
ローアインが話しかけてきたと思えばセルグを囲むように他に二人のエルーンが左右に座っていた。
「ウェーイ! セルグさんど~も~オレエルセムっす。ローアインのマブなんでこれからよろろ~」
「ダッハッハ! セルグさん、絶対マブとかいわれてもわかんないっしょ。あ、ウッスセルグさん。オレトモイっていいます。これからよろしくお願いします」
「おいおいトモちゃんどうしたよぉ、その普通な態度。なに? セルグさん相手だから緊張しちゃってる? まじか~トモちゃんがそこまでする男だったか…セルグさんまじぱねえな」
「ウェーイ!」
紹介はされたものの完全に置いてけぼりで勝手に盛り上がる三人にセルグの目が点になった。茫然としながらも自己紹介をされたと理解して、慌てて自分も返していく。
「あ、ああ。三人ともこれからよろしく頼む。セルグだ……おもしろいやつらだな、これから楽しくなりそうで嬉しいよ」
なんとなくこの騒がしさが嬉しかったセルグは、素直に3人を受け入れた。ローアイン達は素直なセルグの様子にさらにテンションを上げていく。
「ウェーイ! 喜び頂いちゃいました~! セルグさん今度オレの十八番の料理をご馳走しますよ。ばっちゃん直伝のもう、さいっきょ~の料理っす。楽しみにしててください!」
そう笑いながら告げるローアインはそのまま二人と共にカタリナの元へと向かっていった。 底抜けに明るい……そう評するしかできないローアイン達の明るさが羨ましいと思ったセルグは、やはり今までの自分とは何か違うと感じていた。
戸惑うセルグにまたも別の方から声がかかった。
「おう、ニイチャンよ。どうだい、楽しんでるか?」
ヒゲを生やした強面の男、オイゲンだ。随分飲んでいるようで顔は赤く、気分が良さそうである。
「ああ、楽しませてもらってる。オレをそっちのけでみんな楽しんでいるようで何よりだ」
ニヤリと皮肉交じりに返すセルグにオイゲンは大らかに笑うのだった。
「ガッハッハッハ! いいじゃねえか、お前さんも楽しんでいるならな。みんな昨日と今日と、しんみりとしちまってたからな。一度リセットしたほうがいいってもんよ……お前さんの過去も、ゼタの嬢ちゃんの過去も、ちぃっとあいつらにはキツイ話だった。ニイチャンをそっちのけになっちまうのは少し勘弁してやってくれ」
声音を抑え、しんみりとしてオイゲンが述べるのはみんなへの気配りだった。
「別にいいですよ。まさかそんなことで拗ねるような年でもないです。ただ……笑い合う皆をみると、やっぱり伝えない方が良かったかなとは思ってしまいます。オレを仲間に迎え入れたことでこれから先きっと」
「そいつはちげえよニイチャン。あいつらは自分で選んだんだ。お前さんを迎え入れることを、お前さんの過去を聞いた上でな。あいつらの選択にもうお前さんは関係ねえ。たとえこの先どんな危険がもたらされようとも……な。だからそんなことでいつまでもうじうじ言ってねえで男なら守りきってやるくらいの気概を見せろってんだ。まぁ、これからよろしく頼むぜ”セルグ”」
唐突な呼び名の変化に驚くも、言外にこれから仲間としてよろしく頼むと言われたことを理解したセルグは、思わずオイゲンに右手を差し出した。
「セルグだ。これからよろしく頼む。年長者のあなたからは学べることが多そうだ」
「よせやいセルグ。オレはこの年まで無様に生きてきちまってる半端もんだよ。アイツ等とは比べるべくもねえ」
爽やかな笑みを浮かべるセルグに、オイゲンは同調するように差し出された右手を握った。その手は少しだけ熱いと感じた。
夜も更け、歓迎の食事会も終わり、皆が寝静まった頃。セルグは一人グランサイファーの甲板に出て星空を眺めていた。街中の明るさがなく、自然だらけで空気の澄んだこの島、ザンクティンゼルに広がる星空は、恐ろしい程綺麗に輝いていている。
「なんだろうな……この感じ。まるで誰かが乗り移ったみたいだ。お前のせいか……ヴェリウス?」
傍らに佇むヴェリウスに、冗談交じりに問いかけるも、そんなわけあるかと嘴でつつかれながら思念を送られる。あわてて突かれた手を引っ込めセルグはヴェリウスに同意した。
セルグは戸惑いを見せていた。余りにも自然に彼らと接することができたことに。ゼタやジータをからかったとき。ローアインと笑いあったとき。オイゲンに敬意を抱いた時。先ほどの食事だけでも知らない自分がたくさん出てきた。
「ほんと……訳がわからないな」
「ホント、訳がわからないわよ」
一人呟いたセルグの言葉になぜか返事が返ってくる。グランサイファーの舵がある高台で柵に座っていたのはゼタだった。
「アンタ、全然聞いてた話と違うんだもん。口が達者でいきなり嫌味言ってきたり。友達同士で笑い合うよな笑顔を見せたり。そんな普通とはかけ離れた奴だっていうのが組織で聞いていた印象だった。組織に忠実で、任務のこと以外頭にないような性格だって聞いてたし。無傷で星晶獣を倒しても達成感も喜びも見せないやつだったって。でも実際に出会ったアンタはまるで違う。まぁ聞いていたイメージよりも今の方がよっぽど人間っぽいけどね」
ゼタの感想は的を射ていた。セルグ自身、自分の変化に戸惑っていた。笑う自分も、喜ぶ自分も新鮮で仕方なかった。そんなセルグの内にある戸惑いをよそにゼタは己の用事を済ませようと高台を下りてセルグに近づいてくる。怪訝そうな顔をするセルグの横にゼタは肩が触れそうな距離まで近くに並んだ。
「あのさ……お願いがあるの。あの子の最後を教えて欲しいんだ。詳しく……多分思い出したくないっていうのはわかってるけど、でもあの子がアンタといて幸せだったのか、後悔はなかったのか……あの子が何を想っていたのか、知りたいの。」
真摯な瞳でセルグを見つめるゼタ。淡い青の瞳が月明かりを反射して光るのは、僅かに涙を浮かべていたからだろう。ゼタの表情にセルグも真剣な面持ちで話し始めた。
「あくまでオレの主観だがな…今日も話したとおりだ。オレたちは幸せだったよ。アイリスはいつも笑っていた。任務で失敗してオレに怒られると、反省しながらも笑うんだ。うまくいった日はいつまでも嬉しそうに笑っていた。ホントに笑顔が似合う女の子だった。自惚れでも、あの笑顔はオレと一緒にいたからだと、そう思いたい。あの日、死の間際でもアイツは笑顔だった。苦しくて涙を流しているのに笑顔でアイリスが言った最後の言葉は……」
”あなたと出会えて、良かった”
セルグから告げられた親友の最後の言葉。それを聞いた瞬間、ゼタの涙は溢れ出す。とめどなく溢れる涙は月の光に照らされてゼタの顔を彩った。
「そ、っかぁ……あの子、幸せだったんだね。ちゃんと最後まで”生きて”いたんだね……」
親友は、恨み辛みを抱かずに逝けたのだと知ったゼタ。涙声で親友を想うゼタの声が、嗚咽へと変わる頃、セルグはある事を思い出していた。
”ねぇ、セルグ。いつか私の親友にもあってほしいなぁ。あ、でもセルグを取られそうでちょっと怖いかも。彼女強い人に目がないから”
”私よりも彼女の方がずっと強いんだよ!彼女がセルグの元で教わることができればきっといつかセルグにも負けない戦士になれると思うんだ。”
”でもね、彼女実は打たれ弱いっていうか……男勝りなくせにちょっと心が弱い時があるんだ。だからね、もし彼女と任務で一緒になったらちゃんと守ってあげてね。セルグ!”
脳裏に呼び起こされた記憶。あの日以来アイリスの事を思い出さないようにしていたセルグが忘れていた記憶の中で、セルグはアイリスの声を聞く。記憶の中のアイリスに応えるように、セルグは目を閉じて答えた。
「そうだな、大事なお前との、大事な約束だ……」
「え?」
唐突なセルグの呟きがゼタに届くが、ゼタは意味を解していない。戸惑うゼタの頭にポンと手を置くとセルグは告げる。
グは告げる。
「アイリスとの大切な約束があるんだ。聞きたいか?」
呆けていながらも言葉の意味を理解し、聞く意思を頷くことで返す。それを確認したセルグはゼタの前で跪く。まるで姫に仕える騎士のように。
「今日より君と共にあろう。君がオレを超えるときまで、約束を果たすその時まで。君を守りぬくと誓おう。かつてのオレとは違う。どんな理不尽からも守りぬいてみせると……これがアイツとの約束だ」
時が止まったように固まるゼタ。たっぷり時間をおき我に返ると、告げられた言葉と男に跪かれている事実に慌てふためく。
「は? え、いや、あ? ちょっと待って!? いきなり意味が分かんないわよ。なんでいきなりそんな話に!」
顔を赤く染め、うろたえるゼタの表情がおもしろく、セルグはさらに口撃を加えていく。
「今言ったとおりの内容がアイツとの約束だ。君がオレを超えるその時まで君を守り続けると。なんならゼタ姫とでも呼ぼうか。そのほうが騎士として守ってる感があっておもしろそうだ」
「な、なななな何言ってんのよ! 馬鹿じゃないの! 私は守ってもらう必要なんかないわよ!!」
そう言って部屋に戻るゼタを、セルグは楽しそうに眺めていた。やはり彼女はからかいやすいと思うと同時に、もはや変化した自分を受け入れきっていることに気づく。
「きっとこれは、お前がくれたものなんだろうな……アイリス」
もう一度星空を見上げるセルグは笑顔でありながらその瞳からはとめどなく涙がこぼれていた。愛した人が遺してくれた己の変化。それを感じてこぼす涙だった。
部屋に戻ったゼタは、早鐘を打つ自らの鼓動に耳を澄ませ落ち着いていく。
思い出すのは先程の言葉。まるで物語にでてくる姫と騎士の誓いのシーンのような光景を思い出しまた顔が熱くなる。
「ああ、もう! 何なのよアイツ~……」
悪態をついてベッドに体を預けたゼタはもう寝てしまおうと目を閉じた。
”君を守りぬくと誓おう”
「うわぁああ!?」
目を閉じた瞬間に思い起こされた言葉にまたゼタは体を起こした。セルグの知らぬところでセルグの口撃は続き、いつまでも寝ることができなかったゼタであった
クロスフェイトというよりはフェイトエピおまけといったところですかね。
ほんとにただ書きたくて書きました。話を進めようとか全然考えていませんでした。
次はキャラ設定作るつもりです。
話を進めるのは少し先になるかもしれません。ある程度どう進めていくか構成を考え中です。
それでは。お楽しみいただけたら幸いです。
慌てふためくジータちゃんがかわいいよね?