granblue fantasy その手が守るもの 作:水玉模様
ほのぼの、ネタ、真面目のごった煮状態です。
真面目成分の方が多いですが、どうぞお楽しみ下さい。
全ての事の始まりはセルグが朝食の前に皆に報告をした日の夜の事だった。
「頼んます!! 俺に、キャタリナさんをキュンキュンさせる秘策を下さい!!」
セルグの前で頭を下げるのはローアイン。その隣にはエルセムとトモイもいる。
朝食の終わったのちにローアインにも話をしようと赴いたセルグは、この日の夜に何故かここ、彼らの部屋に呼び出されていた。
部屋へと入ってすぐに土下座するような勢いでローアインが頭を下げてきて、セルグは困惑、続いて沈黙。脳内を様々な予測が駆け回り、戦闘中並みに思考を高速回転させたセルグは結論をはじき出した。
「……オレは何も見ていないし、何も聞いていない。というわけでさらば」
面倒事の予感しかしないと断定し、セルグは逃走を図る。
「ちょちょちょちょまち、いや待ってくださいって!?」
「は、な、せ!? オレは自分の事だけで既に手一杯なんだよ! これ以上厄介事に首を突っ込んでられるか!!」
チカラ衰えようと相手はセルグ。三人は必死の形相で押さえようとするがそれを振りほどかんばかりの勢いでセルグは扉へと向かう。
「待ってくれセルグさん、アンタならローアインとキャタリナさんの仲を取り持つことだって不可能じゃないはずだ。お願いだ……最近の俺達は妄想の中ですらぴくちりピンとこねぇんだ。親友としてこいつの事を応援してやりてぇんだ!」
「頼むぜセルグさん、ローアインに秘策を~」
「はなせ!? 秘策もクソもあるか! 大体なんだキュンキュンさせるって。そっからオレには意味わからねえよ!」
「あ~それもそっすね。ちゃけば、キャタリナさんが胸キュンするようなシチュとセリフをセルグさんに考えてほしい的な? 聞いたところによるとセルグさん、モニモニも落としたらしいじゃないすか。是非そのモテメン力でキャタリナさんとの恋を実ら――!?」
最後まで言わせない様にセルグはローアインの口を押える。周囲を見回し気配を伺い、人影がないかを探った。
数秒黙ったセルグはヒトの気配がない事に安堵してローアインを解放する。
「一つだけ忠告しておくぞ。言葉にするのはやめておけ。命がいくらあっても足りない」
「う、うす……」
「それから、モニカの事は言うんじゃない。いいな、絶対言うなよ。特に皆の前ではな」
「え、えあす」
「全く、なんでいきなりこんなことに……とりあえず、話だけは聞いておこう。頼りになるかはわからんがアドバイス位はひねり出してみるよ」
「あざす! それじゃセルグさんがどうやってモニモニを落とし――ぐほえ!?」
「お前はヒトの話を聞いていたのか? その頭には一体何が詰まっているんだ? ええおい? 触れるなと言って開口一番にそれとはいったいどういう了見だ?」
「いや、今のはどう見てもフリ――ぐっは!?」
「(ひ、ひぇ~おっかねえ。セルグさんガチおこだよ)」
「(っべーわ。ローアイン死ぬかも)」
その後数分に渡り、ローアインがシバかれる音が部屋に鳴り響いていた。
「すんません、ちゃんと理解したんでお話聞かせてください」
「――悪い、少しやり過ぎた。まぁとりあえず、この間のお茶会の件はどうなった?」
「あぁ、それなら、キャタリナさんがこの間、口に出した以上はやるって言ってました」
「エルセムとトモイもそれに?」
「いや、ウチらは待機っす。行くのはローアインだけで」
「とりま、俺らじゃお茶会とかよくわかんねえし、行っても邪魔になりそうだから的な?」
「まぁカタリナとヴィーラのお茶会が元だからな……アルビオンの士官学校って事はいいとこのお嬢様がほとんどだろうし、オレやお前達にとって別世界だろうな」
「一応明日ザンクティンゼルに付く前にポトブで補給するからその時にやるとは言われたっす」
「なんだ、期日も決まっているのか。ならポートブリーズで買い物でもしてきたらどうだ。そこで茶菓子買うか、あるいは材料買ってローアインが作って、でその後はのんびり二人で楽しんでれば仲良くは成れるだろう。流石にそこでいきなり進展はないだろうが、ゆっくりやっていけば良いんじゃねえか?」
「いやでも、俺がキャタリナさんと話しているといつもヴィーラちゃんがガチおこで止めに来るから二人で出かけるなんて既にヤババっすよ」
「あ~つまりあれか? どっちかっていうと仲良くなるのが難しいんじゃなくて、ヴィーラが壁となってて難しいって話か?」
「それは……あるっす」
「Do感。まず間違いなくあり」
「最近はわりかしスルーされてっけど、それでも視線はビンビン感じる的な?」
「――――わかった。丁度いい機会だしな。ヴィーラについては何とかしよう。とりあえずポートブリーズに付いたら、二人で出かけるといい。オレにできるのはそれだけだ。後は自分で何とかしてくれ」
「まじで? まじでぇ!? ヴィーラちゃん何とかしちゃうんすか? ウェーイ!! さすがセルグさん、マジパね~しょん!」
「リスペクト・フォー・マジ。とりま、俺達はシチュ練りしておこうぜ」
「りょ。後はローアイン次第ってやつ?」
「あ、あぁ……(何言ってるかわかんねぇ)」
「とりまあざっす。明日はよろしくオナシャス」
少し疲れたような顔をして、セルグは返事を返すことなくその場を後にする。
この後また別の事で頭を悩ませることになるわけだが、後ろから聞こえる喧騒は気にしないようにして、セルグは自室へと戻っていった……
――――――――――
翌日。
ポートブリーズへと停泊した一行は、予定通りに一日の休息を取った。
アマルティアでの戦いからそのまま動き詰めだった彼らとしては必要な休息であっただろうし、物資の補給というのも必要であった。
グランとジータとルリア、ついでにビィと、そこに保護者役でリーシャが付き添い物資の買い出しへ。ついでに言うならエルセムとトモイが荷物持ちに駆り出されている。ラカムとオイゲンは艇の整備にいそしみ、イオはアレーティアに少しばかりではあるが、体術の基礎を教わっていた。戦いの後にセルグの発言を耳にしたのだろう、悔しさを覚えていたイオは必死に取り組んでいるようだ。
そんなこんなで皆がそれぞれに動く中、停泊しているグランサイファーの前で、静かに目を閉じて佇む男が一人。
いつもの黒を基調とした服ではなく、今日の彼は身体の各部位に蒼と黒で彩られた鎧の要素を含ませた服を着ていた。重要な部位を守りつつ体の動きを阻害しない、戦闘服としてはかなり優秀であろう服装である。
そんな様相の己を見て彼は小さく呟く。
「久しぶりに引っ張り出してきたが……相変わらず派手だな。どうして組織は秘密主義なくせに目につきやすい恰好をさせるんだろうな」
ゼタの赤い鎧しかり、ベアトリクスの、女性としては大胆すぎるほど胸元の空いた藍色の鎧しかり。
星晶獣狩りを想定して組織の戦士にはそれなりの防護服や防護鎧が支給されていた。今セルグが身に纏うのは、単独任務をいくつもこなした後にその功績を讃えて送られた軽装鎧である。
一応はヴィーラと出かけるという事で普段の服装から変えてきたわけだが、彼の容姿も相まってその姿は道行く人々の目を引く程度には目立つ。
普段着ている薄汚れた服ではさすがにみっともないと引っ張り出した過去の遺物。少しは身なりをよくしてきた事もあり、セルグはしばらくの間衆目にさらされることになる。
「お待たせしました」
背中に掛けられた声に、セルグが振り返ると、そこには多少なりともめかし込んだヴィーラの姿があった。セルグ同様に予備の服装を引っ張り出してきたのだろう。
いつもと同じだが、旅路の痕跡がない真新しい服装で、セルグの元へと歩いてくる。
「その服は、どうされたのですか? 」
「君の隣を歩くとなっては薄汚れた恰好では歩けないだろう。無骨にはなるがこっちのほうがまだ良い。その位の甲斐性はあるつもりだ」
「フフ、少しでもそういう意識をしていただけたのなら嬉しい限りです。ですが普段からその格好でも別に良いのではありませんか? 随分と似合っておいでですが」
ヴィーラの言葉にセルグは顔を顰める。周りから見れば二人そろってさらに目立つわけだが、当のセルグにとってはむしろそれは嬉しくない状況。目立てば話は広まる。それはすなわち、セルグの所在が広まる事と同義だ。余りセルグとしては嬉しくはない事である。
「やめてくれ、こんな目立つ恰好……性能は良いが今のオレには不要だよ」
「皆さんはなんと?」
「見せているわけがない。戻ったらすぐに着替えるさ」
「そうですか。残念です……ところで私には何か言ってはくれないのですか?」
スッと目を細めてヴィーラが語気にその意味を含めて問う。その言葉の意味をセルグもすぐに理解したが、言われて素直に返事を返せるほど、今の彼に余裕は無い。
そっとヴィーラに視線を移せば、自然な感触を残したままの薄い化粧。頬は違和感のない色彩で色が足され、唇は艶やかで薄く桃色が乗せられている。髪を縛るリボンも新調しており普段の赤いリボンから白いリボンへと変えられていた。
元々の素材が良い彼女ではあるが、少し気を使うだけでその魅力は大きく変わる。それをまざまざと見せられたセルグの返事はやや固かった。
「君が綺麗なのは理解している。今さら何か言う必要もないだろう。普段より魅力があるのは確かだが……」
「まぁ! ありがとうございます……では、参りましょう」
苦し紛れというか、ひねくれ者というか……素直には言葉を出せないセルグに微笑むとヴィーラはその手を差し出した。エスコートしろ、という事なのだろう。
「勘弁してくれ、君と触れ合っていたらどうなるかわからん。さらに言うなら何をされるかもわからん」
「あら、残念……フフフ」
セルグは忘れてはいない。シュヴァリエに拘束され身動きできない己が何をされたのかを……ヴィーラの静かな笑みに、セルグの心は既に警鐘を鳴らしていた。
「自分から今日の事を言い出しておいてなんだがな……あまり期待はしないでくれ」
「それなら、何度目になるかわかりませんが、私を本気にさせた責任を取ってもらいますので……どうぞ期待していてください」
微妙にかみ合わない会話をしながら、二人は歩き出す。片や嬉しそうに。片や少し疲れた顔で。対照的な二人だが、その容姿故に人目を引くのは二人とも共通だ。
セルグは居心地悪そうに、ヴィーラは堂々としながら、ポートブリーズの街を歩き始めるのだった。
そして、二人が歩き出した数分後、グランサイファーの前で、また別の物語が始まる。
―――――――――――
ソワソワウロウロと落ち着きのない男が一人。一人でいるという事は待ち合わせの時間よりは幾分か早いのだろう。相手を待たせない様に早く来たのは立派だが、あまりにも落ち着きがなさすぎる。
セルグとはまた違った意味で衆目を引く男、ローアインがそろそろウロウロしすぎて汗ばんできそうなところで、後ろから声がかかった。
「すまない、少し待たせてしまったか?」
反射的に振り返った先には待ちに待ったカタリナの姿。緊張したその顔をさらに強張らせて、ローアインは直立姿勢を保っていた。
「い、いや。全然まてねえす」
「ん? どうしたんだ」
「い、いえ、大丈夫っす。さ、さぁ行きましょう!」
「あ、あぁ……それにしてもセルグに言われてきたが、君とこうして出かけるとはな。なんでも今日のお茶会に合わせてお菓子を作ってくれるんだって? 楽しみだよ」
「あっと、そっすね~。とりま果物系から見て回りましょうか?」
自然な空気のまま語りかけてくるカタリナに緊張がほぐれたのかローアインも徐々に落ち着きを取り戻し始める。
「果物か。一体何を作る気でいるんだ?」
「最近の俺のトレンドっすね。タルトなんですけど、バリエーション豊富過ぎてまじぱねぇんすよ。良い果物があったらフルーツタルトっすね。他にもレアチーズケーキなんかはタルトの一種ですからそれも候補に。あとは、野菜にもちらほら合うのがあるんでそっちも見てみたいっす。キャタリナさんが出してくれる茶に合うと良いんですけど、俺には茶の種類とかは分かんねえっすから、とりま作る時はキャタリナさんと味見をしながら――」
先程までの緊張はどこへいったか、次々と楽しそうに話を始めるローアインにカタリナの表情も和らぐ。更には話の流れで一緒に料理する約束まで取り付ける。本人は分かっていないだろうが意中の相手に対してなら理想的な会話の流れと言ってよいだろう。いつもの調子を取り戻したローアインとカタリナはそうして、ポートブリーズの街中へと繰り出していった。
――――――――――
「はぁ~なんだか既に疲れて来たな……」
ところ変わり、こちらはセルグとヴィーラ。
表には出さないが少しの緊張感と、いつの間にやら取られている腕に伝わる感触に大いに疲れてきているセルグは、息を吐きながら呟いた。
「よろしくないですね。女性と連れ立って歩いているというのに、大きなため息とは。紳士としてあるまじき行為ではありませんか?」
「既に、防衛線をいくつも潜られたんだ。ため息も吐きたくなるというものだ」
店を数件回るだけの間で、既にセルグの心の防衛網は崩壊していた。
周囲の店に気を取られている間に、まずは手を取られる。手をつなぐだけであればまだセルグとしても問題はなかっただろう。その程度で慌てるほど子供でもない。
だが、気にしないよう意識して心を落ち着かせていたセルグの様子にヴィーラは次なる一手を加える。
それが今の状態。腕を取り、事もあろうに体を寄せてきたのだ。並んで歩いていた状態から一転し体を密着させてきたヴィーラにセルグの平常心は瞬く間に瓦解。寄せ付けまいと決めていた心は何の抵抗もなくヴィーラに占められていく。
さらに追い討ちとして、ヴィーラは普段より饒舌に話しかけてきた。直ぐ近くから発せられる声と吐息にセルグの耳がくすぐられセルグは先程から緊張しっぱなしだ。
「逞しすぎて涙が出そうだ。応えられないと言えば言うほど、君はオレの心に入り込もうとしてくる」
「ゼタに少し先を行かれていますから。私としてはまだ足りないと思っていますが」
「まてまて、ゼタは関係ないだろう。モニカならまだしもアイツは一言も――」
「そんなことを言って、もう気づいているのでしょう? ゼタの想いも……ご自身がゼタに惹かれ始めているのも」
切り替えされた言葉にセルグは押し黙る。納得はできないが、否定もできない。
どこか心の奥底ではヴィーラの言葉を受け入れそうになる自分がいて、セルグの胸中が荒れる。
「やめよう……君といるときにこんな話をしたくはない」
「嫌です。例え貴方が私を選ばなくても、私は貴方の本当のお気持ちを知りたいのですから」
「それが君を傷つけるのなら御免こうむりたいな……」
「傷つく傷つかないは私の勝手で、貴方が気にすることではありません」
引かないヴィーラの言葉にセルグは空を仰ぎ見た。実際、こうまで自分を想ってくれる彼女の想いをセルグ自身受け入れつつあるのは自覚していた。些細な抵抗はそれを認めたくない小さな反抗心といった所だろう。
さらには彼女の言うように、ゼタに心惹かれているのもどこかわかる気がしている。恐らく、モニカを前にすればその時もセルグの心はまた揺れ動く。
結局のところセルグの心はまだ、彼女達の間で揺れ動いている。
それでもセルグ自身、彼女たちに惹かれ切る事はないと思っていた。一昨日まで彼の心には過去に愛した人しかいなかったのだから……だが。
「ヴェリウスの言っていたことはこれか……」
「……どういうことですか?」
「過去を乗り越えた時、オレの気持ちは大きく変わっているだろうってな。確かに、君の言うとおりオレの気持ちは揺らいでいる。アイリスしかオレにはいないと思っていたのに……優柔不断と言われそうだが、オレはきっと、君達それぞれに惹かれているのだろう」
過去を乗り越える。言い換えればそれは過去を過去のものにするという事だ。これまで囚われ続けていた罪の意識だけでなく、愛していたヒトもセルグは過去のものとした。それは決して忘れたわけではない……だが、もはや囚われてはいないのである。
それ故にセルグは、今向けられている想いに染まり、その狭間で揺らいでいる。
「正直戸惑っている。そもそもオレはアイツともいつの間にか惹かれあっていた感じだから。他に愛する人が居たわけでもない。こうして想いをぶつけられ、感じて……誰かを選ぶなんて事が今のオレには難しいんだよ」
「私としては悩む必要はないと思いますが? それぞれに惹かれているのなら、それぞれに愛せば良いではありませんか」
「……無茶を言ってくれる」
余りにも世間の常識から外れたヴィーラの言葉に、セルグが顔を顰めた。
「英雄色を好むと言います。王族など一夫多妻は当たり前ですし、世の中の普通に囚われる必要はありませんよ」
「ヴェリウスからはその先は悲惨な結末しかないと聞いたぞ」
「それは器量の差でしょう。それを認める事の出来ない矮小な器量では先に待つのが悲劇なのは私も同意です。貴方程の男性であれば、お姉さまも取り込みあの害虫を寄せ付けないこともできます。そうなれば私の願いであるお姉さまの幸せも目の前に」
「まてまてまて、飛躍させるな、話を広げるな、これ以上オレの心労を増やすな。カタリナまで回されたらオレの立場上よろしくない。オレはローアインについては応援してやりたいと思っている」
ヴィーラが告げるまさかの思惑に大慌てでセルグは止めに入る。ローアインを応援する側にいると言うのにそれとは真逆のヴィーラの計画が現実のものとなってしまえば、自分はどの面を下げて彼と向き合えばいいのか。無論当人の気持ち次第だが少なくともセルグにカタリナを受け入れる余裕は無い。
「あの男を応援?……それは本当ですか?」
「無論だ。態度や風体はあれだが、アイツほどヒトと打ち解けられる奴はいないよ。カタリナは騎士然として固く融通の利かないところも多い。柔軟なローアインの人当りはカタリナとぴったりだと思う」
「どうやら随分とあの男を高く評価しているようですね。ですが、お姉さまを穢すであろうあの男が貴方よりもお姉さまに合うとは思いませんが」
ヴィーラの言葉にセルグが僅かに押し黙る。少しだけ迷う素振りを見せると、セルグは口を開いた。
「今日あの二人は、お茶会に合わせて買い物をして午後にはのんびり楽しむとの事だ。存外カタリナも楽しみにしていた様だぞ」
「なんですって……」
俄かにヴィーラの雰囲気が変わる。こうしてはいられないと言うように周囲を見回し始めるヴィーラに、セルグはすぐさまそれを抑えるよう言葉を重ねた。
「ついでにカタリナから伝言だ。”何を聞いても、私のところに来ることは許さない。今日は君の為に楽しめ”だそうだ」
告げられた言葉にヴィーラは目を見開いた。それは、ヴィーラの行動を見越して伝えられていたカタリナからのメッセージ。自分の為にヴィーラが動くことを許さぬというカタリナからのきつい言いつけである。
それを理解した時、ヴィーラは僅かに睨むようにセルグを見据えた。
「まさか、セルグさん。お姉さまと共謀して今日の事を」
「誤解はしないでくれ。君に今日の事を告げたのは一昨日の朝だ。間違いなく今日の事を決めたのはオレの本心からだよ。確かにカタリナと共謀するようにはなったが、それこそ今日の朝にカタリナと話をして伝えられたことだ。君が傷つくような事を、オレもカタリナもする気はない」
「そう……ですか」
少なくとも傷つけるような事はしない。大切な二人からの言葉は裏を返せば自分の事を大切にしているともとれる。ヴィーラはささくれ立った心が落ち着いていくのを感じ、同時に嬉しさに満たされていった。
先の発言からもセルグが自分に惹かれ始めているのは確かなようであるし、カタリナも決して突き放そうとしているわけではない。自分の事を想い、自分の為に生きろと言ってくれているのだから。
「まぁ、あの男が何をしたところでお姉さまが簡単に振り向くことはないでしょうし、一先ずは置いておきましょう。随分と話し込んでしまいましたね。そろそろ昼食に致しませんか?」
「あぁ、そうだな。以前訪れた時に泊まった馴染みの宿屋が旅人向けに食事を提供している。味は保障するがそこでどうだ?」
「しっかりと予定を考えて頂き嬉しい限りです。それでは、お願いいたします」
互いに曖昧な気持ちを抱えたまま、二人は次の場所へと向かう。
組まれた腕と、体を寄せ合う姿に二人は先程より少しだけ、距離が近づいたような気がしていた。
――――――――――
買い物から帰ったローアインとカタリナはグランサイファーのキッチンにいた。
既に周囲には色んな作業の跡があり、料理は終盤の様相を呈している。
「……ううむ、少し酸味がきつくないか?」
「いいや、これは最終的にレアチーズの甘さとの比較になりますから、このソース単体では酸味がきついかも知れないけどトータル的には間違いないっす。キャタリナさん、出来上がった段階での味を想定するのは忘れちゃいけないっすよ」
「む、そうか。確かに、レアチーズの甘さを考えるとそうなのかもしれないな……奥深い」
良質なクリームチーズが手に入ったところでローアインはレシピをレアチーズケーキに決定。奇しくもいつだか妄想した通りのレシピを作ることに何かを感じ、料理をしながらも脳内では絶賛シチュ練り(妄想)がはかどっている。
だが、グラサイコックとして料理には妥協をしない彼だ。
タルト生地からしっかり作り焼き始めると同時に、市場で入手したベリー系のフルーツ数種で酸味が強いミックスソースを作り、カタリナと味見をしながらレアチーズとの兼ね合いも考え味を整える。カタリナにはレアチーズの生地を作ってもらうため材料を混ぜ合わせるだけの簡単な作業をやってもらっている。無論監視は怠っていない。
この時点で彼はカタリナと相当距離感が近づいているのだが、料理に真剣な彼はその事に気付いてはいなかった。
ベリーソースはゼラチン質で固まるようにして、焼きあがったタルト生地にレアチーズの生地を敷き、その上にベリーソースを広げる。そうして仕上がったところで便利魔導師イオの氷魔法を用いて(顰蹙を買ったが)冷蔵して、時間をおけば完成だ。
「ふぃ~仕上がりっと。大分大きめに作ったから皆の分もできましたね。一時間もしないうちに多分固まりますから戻ってきた買い出し組にも振舞いますか……ってキャタリナさん?」
何故だかボーっとしているカタリナにローアインが疑問符を浮かべる。
「あ、あぁすまない。いや、何というか、普段は全く見ない君の真剣な表情というかだな。料理に関しては君が本当に力を注いでいるのだと思うと、感謝の念が湧き上がって来てしまって。――いつもおいしい食事をありがとう。ローアイン」
カタリナからのまっすぐに向けられた感謝にローアインの心が有頂天になる。
湧き上がる歓喜を表に出さない様背を向けると、ローアインは心を落ち着かせるようにシチュ練り(妄想)で対応した。
「それなら、また今度一緒に料理をしませんか?」
「そうだな……ぜひ今度皆の食事を一緒に作らせてくれ」
「その時は今日言った事を忘れないでくださいね。味は出来上がったところでの想定を忘れちゃいけないっす」
「あぁ。それから……その、恥ずかしながら、包丁の扱い方というのも教えてはもらえないか? 刀剣と同じだと思って今まで侮っていたが、包丁を扱うと私は途端に危なっかしくなってしまって……」
「へへ、任せてください。なんなら今からでもいいっすよ。ホラ、こうやって握って、添える手は指を曲げて食材を指の腹ではなく背で押える様に――」
「ロ、ローアイン!? 近っ、近いぞ!?」
カタリナの背後に回り、その手を取るとローアインはまな板の上でカタリナに包丁を握らせ、包丁の扱いを教えていく。戦闘を生業としているカタリナにとって、料理を作り出すローアインの繊細な手つきは妙にこそばゆく、緊張が走った。
「ろ、ローアイン!? ちょっと待ってくれ!」
「あっと、動かないでくれキャタリナさん、実際に少し切ってみましょう」
年の近い男性とのかなり至近距離で繰り広げられるレッスンにカタリナは終始慌てっぱなしであった……
「ローアイン? どうしたんだ急に背を向けて?」
背を向けたと思えば少しだけ俯き、動かなくなったローアインを訝しく思いカタリナは口を開く。
「っとすんませんキャタリナさん。と、とりあえず、今度また一緒に料理をしてみませんか?」
「む? そうだな。確かに私も料理は是非やりたいところだが、最近は息つく間もない状況が多くてな。機会があれば、といった所か。だが、今日の君との料理はすごく参考になったよ。少し合間を見つけてまた自分でやってみよう」
「そ、それならその時は今日言った事を忘れないでくださいっす。味は出来上がったところでの想定を忘れちゃいけないっすよ」
「そうだったな。緻密な味のハーモニーと言う奴は簡単ではなさそうだが、ぜひ今度は君に料理を振舞ってみたいところだ」
「お、良いっすね。それなら俺は審査員として、パーペキにダメだしして見せますよ。しっかり全部食べてからね」
「フフ、楽しみにしている。そうだ! それじゃあ次は私がお茶の淹れ方をレクチャーしようじゃないか。普段はヴィーラが淹れてくれるんだが、私とて自信はあるぞ。道具を取ってくるから少し待っててくれ」
そう言ってカタリナがキッチンを離れていくと、ローアインは拳を天に突き上げる。
「(ウェーイ!! なんか今日バリ調子よくね? もぅテン上げ程度じゃ収まらねえ的な? ッべーよ。マジッべーよ。とりまこの後のシチュを練らねえと……)」
声には出さず態度には出さず。だが彼の心のテンションはとどまることを知らず。
妄想しながら一人キッチンでニヤつくローアインを見て、アレーティアはイオを遠ざけ、ラカムとオイゲンは後で何かいいものを持って行ってやろうと決意し、戻ってきたグラン達は心配そうに声を掛けるのであった……
――――――――――
食事を終え、更にまたしばらく街を回り、そろそろ日が傾いてくる頃。
セルグとヴィーラはのんびりと小高い丘になっているところまで歩いてきていた。
進む先には一軒の店がある。少しだけ商店街から外れたこの場所にあるのはここポートブリーズでもそこそこ名の知れた、武器工房であった。
「悪いなヴィーラ。今日のオレの目的に付きあわせてしまって……」
「いいえ、今さら貴方といる時間を嫌と思う事はありませんから。ですが、何故こちらに?」
「少し……知り合いに用があってな」
街から外れた工房……ヴィーラは疑問符を浮かべていた。
そもそもセルグに知り合いと呼べるものはほとんどいないはずなのだ。正確には見知ったもののほとんどは組織の関係者である以上、敵しかいないと言った方が正しいが、そのセルグがわざわざ会いに行く人が居ると言うのだろうか。
ヴィーラは感じた疑問を素直に口に出した。
「どういった方なのですか?」
「別に深い関係ではないよ。ただ、大切な用事ではあるかもしれないってだけさ……」
それ以上はしゃべらずにセルグは黙ってしまう。今日一日の中で一番余裕のない表情を見せるセルグに、ヴィーラも沈黙を保ってしまう。
二人はそのまま工房の中へと入っていった。
「いらっしゃい! 今日はどういった用で……」
来客に威勢の良い感じで、店主であるヒューマンの男が声を張った。すぐさま応対しようと二人に近づいてくるが、店主の表情はセルグを見てすぐに驚きへと染まっていく。
「久しぶりだな。店主」
「――お久しぶりです」
別段気まずい、という雰囲気ではない。ただ驚きに静かになった店主と、落ち着いたままのセルグの間に沈黙が流れた。
「――今日はどういった御用ですか?」
「勝手は承知なんだが……アレを返してもらいたくてな。まだ……あるか?」
「もちろんです。この店にとって、アレを作れたことは誇りですから。ですが、よろしいのですか?」
意味深な会話にセルグの背後に控えていたヴィーラは口を挟めずに成り行きを見守る。
店主の言葉にセルグが少しだけ反応し体を揺らしたのを確認したが何を言わずに静観を続けた。
「必要になった。それと同時に私が持っているべきだと気づいた。だから、気にしないでくれ。それと、勝手を言ってすまないな」
「とんでもありません……そうですか。わかりました。少しお待ちを」
何かを悟ったように店主は壁の高い所に掛けられた一つのショーケースを梯子でのぼり、取り外してくる。
戻ってきた店主の腕に抱えられたショーケースに飾られていたのは二丁の銃だった。
「手入れはずっとしておりましたので、問題はないと思います。流石に使う事はできませんでしたので確約は致しかねますが……」
「手入れしてくれていただけでもありがたいよ。本当に感謝する……ちょっと今は色々と立て込んでいて暇がないが、また今度顔を出すよ。ありがとう」
「いえ、こちらはそれを眺めているだけでも嬉しかったですからお礼など。お参りもしていかれますか?」
「あぁ、そのつもりだ」
「あちらも手入れはしております、どうぞごゆっくり。それでは、またのご来店を心よりお待ちしております」
「重ねて感謝するよ。ありがとう」
銃を受け取ったセルグは、そのまま店を退出していく。最初から最後まで何も言葉を発さなかったヴィーラは、丁寧に一礼だけして、セルグの後を追うように店を去っていった。
感慨深くセルグを見送った店主が一礼していくヴィーラの姿に見惚れてすぐさま奥さんに抓られていた……
店から少し離れたところには柵で囲われて花で飾られた小さな墓があった。
墓の前で静かに黙祷を捧げるのはセルグ。その後ろでヴィーラはここにセルグが来た理由を察した。
「彼女の……墓ですか?」
「あぁ、亡骸はここにはないがな……一応は組織の方で丁重に弔ってくれたらしい。ここはオレの為だけに作ったアイツの墓だ」
「……何故ここに?」
「オレがアイツにあげることができた唯一の贈り物。それがこれだ」
セルグは店主から受け取った銃を見せる。風を象る緑の紋様と、炎を象る紅い紋様の浮き出ている銃。
眉をひそめるヴィーラに、セルグは再度語り始める。
「銘は”風火二輪”。風と炎を統べる星晶獣”ナタク”のチカラが込められた銃だ。ナタク討伐任務を請け負った時、ナタクの素材を手に入れてここの工房で作ってもらったんだ。非力なアイツに合わせてできるだけサイズは小さく。だが、威力は申し分ない。素材の希少性も相まって、ここら辺の工房では一番の逸品になったらしい」
「それで店主の方は誇りと……」
先程の店主の様子は、この風火二輪に並々ならぬ感慨があったように見受けられた。その理由もセルグの言葉を聞けば納得いく。まさしくこの銃は彼にとって誇りなのだろう。
「そうだ。あの日唯一の形見としてこれを回収していたオレは、作られたここの工房にこれを預け、店主に墓を作ってもらったんだ。亡骸はないが、これと一緒に安らかに眠ってほしいと思って……」
「でしたら何故今さら取りに戻ったのですか?」
安らかに眠ってほしいと願っていたのなら、何故今取りに来たのか。ヴィーラの問いにセルグはまた静かに目を閉じて口を開く。
「――今のオレには天ノ羽斬は使えない。正確には真価を発揮しない。強化されるオレのチカラが弱まった今、天ノ羽斬はただの刀に成り下がってしまった。オレのチカラはゼロになったわけではないから切り札にはなるが、今後の戦いを考えると別の武器が必要だった。これが理由の一つだ」
「一つ?」
「あぁ、もう一つの理由の方が大きいかな」
そう言うと、セルグはホルスターを取り出して腰に巻きつけた。今日彼が唯一ヴィーラの為でなく自分の為に購入したもの。ホルスターを腰に巻く理由は一つ……セルグはホルスターに風火二輪を収めるとヴィーラへと向き直る。その表情にはもう、先程までの静かで寂しそうな感じは含まれていなかった。
「アイツはいつも、オレの後ろを追いかけていた。アイツが死んでから、オレはいつもいなくなってしまったアイツを追いかけていた。だが今日からは違う……今日からオレはアイツと共に歩んでいく」
思い出したくなくて手放した形見の品をその手に取り、セルグは戦う事を決意した。
過去を乗り越え、過去を過去とし、そして形見と共に歩むことを決めたのだ。
「それが今日ここにきた理由……という事ですか」
「あぁ、今のオレはこれを見ても自分を責めることはない。そして君のおかげでオレは今日自分の気持ちに気付いた……きっとアイツは、なかなか前に進まないオレの背中を押してくれるだろう。だからヴィーラ。少し、待っていてくれないか? 答えは、きっと出して見せるから……」
セルグの言葉。それはヴィーラの想いへの回答であり、ヴィーラの思惑の成就でもある。
結論には辿り着いていないが、それでもセルグはもう過去に縛られるのをやめ、これからの未来を選択しようとしている。誰を選ぶかはわからないが、少なくとも誰かを選びはするだろう……死に場所を求めていたのが嘘のようなセルグの変化に、ヴィーラは一先ず安堵する。
だが……
セルグのその答えを許すヴィーラではなかった。
「そうですか、フフフ。とりあえずはきっちりと答えを出すと言った所は褒めてあげます。ですが……少々考えが甘いですね」
「……は?」
決意の声から一転、気の抜けた声がセルグから漏れる。
「言ったはずですよ。悩む必要などなく、皆愛してしまえば良いのではないか、と」
「おいまさか、それを本気で言ってんのか?」
「ええ、もちろん。本気ついでに言うなら、お姉さまを貴方の手籠めにすることも本気です。ゼタにモニカさん。もしかしたらジータさんやリーシャさんも加わるかもしれませんが貴方の器量で何とかしてくださいね。私は何人いようが私も愛して下さるのであれば一向に構いません」
ヴィーラの言葉にセルグの血の気が引いていく。
脳裏を思考が駆け巡り、次々と様々な修羅場が思い描かれる。いや、大丈夫だ。皆ヴィーラと同じ思考であるはずがないと思いつつも、それがどこか現実味を帯びてセルグの脳を侵食して来る気がして、セルグは頭を振る。
「皆が皆君の様に考えるわけではない。君の計画は――」
「ご安心を。既にモニカさんからも色よい返事は頂いております。一先ずの問題はゼタですが、彼女なら私からも上手く良い含められるでしょうし問題はないでしょう」
いつもの静かな笑み。だがその目は完全に捕食者の目になっているヴィーラの表情に、セルグは足元が崩れていくような錯覚を感じた。
何故だろう……乗り越えて囚われないように決意した過去にむしろ戻りたいと思ってしまいセルグは背後の墓へと振り返ろうとする。
「シュヴァリエ!!」
「ッツ?!」
だが、それすら目の前の女性は許してくれないようだ。いつだかのように縛り上げられたセルグは強制的に前を向かされる。
「今しがた貴方は過去を振り返らず前を向いて歩く決意をしたはずです。私が目の前にいると言うのに
「ま、まて、今のは別れの挨拶をすまそうと思っただけだ。ッツヴェリウス!!」
”なんだ、若造。随分と面白い事をしているな。長きに渡りヒトを見てきたがお主のような趣味のものはかなり稀な――”
「バカな事を言ってんじゃねえよ! 早く助けっんむ!?」
こうして無理やりされるのは何度目か。
再び交わった唇の柔らかな感触にセルグは驚きつつもどこかそれを諦めに似た境地で受け入れた。数秒の交わりですぐ離れるヴィーラを、少しだけ視線鋭く睨み付けるとセルグは呆れも乗せた声音で言葉を投げる。
「――――君はもう少し節度のある淑女だと思っていたが?」
「貴方がいけないんですよ。私に惹かれていると言いながら、後ろを振り返ろうとするんですもの」
「はぁ、徐々に受け入れつつ……というか流されてきている自分が怖い。――――勘弁してくれ」
過去を乗り越え、未来を見据えても、セルグの心はどうやら休まる気配がなさそうだ。
余韻に浸り、僅かに頬を染めるヴィーラの表情に、セルグはまた静かにため息を吐くのだった……
空と二人を、太陽が茜色に染めていた
如何でしたでしょうか。
非常に中途半端なネタ枠になってしまいました。
ヒロイン誰だって?主人公です。といっても過言じゃない状態。
まぁすでに作者の構想ではヒロイン決まってますがね、、、ネタバレはしません。
ローアインの口調に関してだけは、作者の技量不足だなぁと思います。
全然らしさが出ていない気がして、でもわかんなくてハゲそうでした。
とりま、こんな回でも楽しんでいただければ幸いです。
キャラ愛に溢れている人の感想をお待ちしております!
追記 風火二輪についてはシナリオ中で後々説明しますが過去編の設定に詳しく書き記してあります。