granblue fantasy その手が守るもの 作:水玉模様
短くまとめてデート編を書こうと思ったら思いの外長くなってしまい
急遽分けて投稿致しました
それでは、お楽しみ下さい
セルグが過去を乗り越えた翌日。
ヴィーラからの宣戦布告もあったが、それを頭の片隅に追いやり、朝食の場に付いたセルグは開口一番にこう言った。
「おはよう、皆。セルグ・レスティアだ。今日からよろしく頼むよ」
告げられたグラン達はポカンと口を開け、ただただ固まる。
既に見知った相手に自己紹介をするセルグの発言のおかしさに固まったわけではない。セルグが寝巻のまま出てきたというわけでもない。
彼が静かに微笑んでいたのだ。しかもそれは、いままでずっとその表情をしていたかのように自然で当たり前な感じに。作られた笑みではない事が感じられる笑みであった。
戦闘中の不敵な笑み。ラカムやオイゲンと語り合うときのような楽しそうな顔。ローアインと話しているときの苦笑交じりな顔とも違う。それが余りにも見慣れていなく、だがあまりにも自然に過ぎて、仲間達は固まっていた。
「――ん? どうしたんだグラン、ジータ。というか皆……なんでオレを見て固まっているんだ? ヴィーラ、オレはどこかおかしいか?」
仲間からの無反応に己を見直すセルグ。先程、部屋で会っていたヴィーラにおかしい所はないかと問いかけるが問われたヴィーラはため息一つ。
「はぁ……確かに見違えるようでしたがここまでとは思いませんでした。一度鏡にいって自分の顔でも眺めてきたらどうでしょうか?」
「ん? なんだ、意味が分からんが、そうしよう」
ヴィーラの言葉に従い、セルグは己の顔をペタペタ触りながら、一度自室へと戻っていく。
残された仲間達は今の会話でヴィーラは何かを知っていると理解、すぐさまグランとジータが詰め寄る。
「ヴィーラ! 一体セルグはどうしたんだ?」
「ヴィーラさん! ま、まさか昨夜セルグさんと大人の痛っ!?」
色々とよからぬことを口走ろうとしたジータに拳骨が落とされる。耳年増とはこの事だろうが、まだ十代半ばのジータが色々と危険な発言をしようとしていることにヴィーラは危機感を覚えて少しだけ厳しい視線を向ける。
「グランさん。皆さんも落ち着いてください。それからジータさんはあとで淑女としての嗜みというものをしっかり勉強しましょうね。覚悟しておきますように……一先ず彼の変わりようはゼタと、スツルムさんのおかげのようです。折角です。昨夜の出来事というのを私達にもお聞かせいただけませんか?」
グイっと視線が二人に向けられる。余りにもそろって動く仲間達の顔が妙に恐怖心を煽り、ゼタとスツルムはビクッと肩を震わせた。
「あ、あ~っと。そのね……昨日、セルグの言うとおり少し昔話をしてね……」
「端的に言えば、アイツにとってトラウマとなる部分を克服したってところか」
「そう、そんな感じ。それでセルグはもう大丈夫なのかな? さっきの顔を見る感じだと……えっとつまり、その、あぁもう面倒くさい! ちょっとセルグ!! 早く戻ってきて説明しなさい!」
結論。ゼタにもよくわかってはいなかった。
昨夜の最後に聞いた言葉は朝になれば終わってる。だったか……結局のところセルグの心境がどうなったのかはゼタにも告げられずに終わったのだ。結果を求められても答えられないというもの。
「なんだゼタ? 朝から随分と元気だな。一体何を説明しろって――」
「とぼけんじゃないわよ。朝になれば終わってるなんて意味のわかんない事言われて、私だってセルグがどうなったかなんてわかんないわよ。散々心配かけてきたんだから、ちゃんと皆に説明しなさい」
ゼタが噛みつくように事情を話すと、セルグはハッとしたように仲間達を見回す。
既に視線を全員がセルグに向けており、心配そうなのも興味津々なのも嬉しそうなのもニヤけているものもいる。ゼタのいう事である程度状況を察したセルグは静かに口を開く。
「朝食の後にでも報告しようと思ったが、なんだ……皆随分と気になってるみたいだな」
「そりゃあお前さんのあんな優しい顔を見せられちゃな……誰だコイツって感じだったぜ」
「オイラもびっくりして思わず飛ぶのを忘れて床に落ちるくらいだったぞ」
「男子三日会わずば何とやらと言うが、一晩でここまで変わるのはお主くらいじゃろうて」
三人に言い返され、セルグは唸る。自分としては気持ち新たにといった程度の変化のつもりだったが、彼らの驚き様はその程度では収まらない様であった。
「まぁ、ゼタの言うように散々心配かけたんだろうしな。一先ず最初に言わせてくれ。皆……ありがとう」
セルグの突然の感謝に、仲間達が固まる中、セルグはそのまま言葉を続けた。
「皆と出会ってこうして旅をしなければ、オレは救われなかった。ただ組織への復讐だけを考えて、いずれは罪の意識に押しつぶされていた。皆が居なきゃオレは大事なものをずっと思い出せずにいた。
ルリアの決意が、モニカの想いが、お前達の優しさが、オレに向き合う勇気をくれた。ゼタとスツルムが、オレの大事なものを取り戻してくれた。おかげでオレは、今心の底から笑うことができる……未来を見据えることができる。――だから、ありがとう」
セルグは感謝を告げる。己の全てを救ってくれた仲間達に。生きる意味を見出してくれた仲間達に……
その言葉がグラン達の胸に一つの安心をもたらした。
ヴィーラは気づいていたが、グラン達とて、セルグの仲間を守る姿には異常を感じていた。それがどこか自分の死に場所を求めていると感じていたのはヴィーラだけではなかった。
だが、今のセルグは、未来を見据えている……己が生きる未来を思い描いているのだ。
「そっか……これで僕たちとしては一安心って感じだよ」
「今まで悪かったな……心配ばかりかけて」
「ホントです! 心休まる時がなかったくらいですよ……それで、昨夜一体何があったんですか?」
興味津々な様子でジータが問いかけてくると、セルグは一息ついて、落ち着いたようにまた口を開いた。
「オレは今まで彼女の事を忌避していた。罪の意識にとらわれ己を責めて、思い出すことを恐れていた。いつしかオレの記憶は、オレの罪の意識に塗りつぶされていたんだ。彼女がどんな人だったかを忘れ、彼女がどんな声で話していたかを忘れ、彼女が何を願っていたのかを忘れていた。それを昨夜、二人に思い出させてもらったんだ……そして理解した。オレの贖罪は、オレが幸せになって初めて成されるんだと。
だから、皆に誓おう。オレは必ずお前達を守り抜き、幸せになって見せると。――これが、オレの覚悟だ」
セルグが少し長い独白を終え、部屋の中は静まり返る。誰もが言葉を発せないでいた。
覚悟を決めたセルグの姿は、その言葉もありどこか神聖さすら感じさせるほどに清々しく前を向いている。
静まり返る部屋の中、徐々に何か間違ったかとセルグの脳内が焦りを覚え始めた頃
「――ふぅん。それならまぁ許してあげるかな」
ゼタが静かに声を上げた。おもむろにセルグの前へと躍り出ると、その頭に手を乗せる。少しだけ上目遣いとなるのはご愛嬌という奴だ。
「セルグがあの子の事で自分を責めているのはみんなわかってた。みんな何とかしてあげたいと思ってたんだよ……それでも、アンタは自分を犠牲にしようとし続けた。あの子がそんなこと望むはずがないのに。
そのアンタが幸せになると言ったのなら、きっとあの子も喜ぶはずよ。だから、あの子のせいにして自分を殺していたことは許してあげる」
「――感謝する。今度はちゃんとアイツとの約束を果たそう」
守り抜く……かつて彼女の前で口にした誓いを思い出し、セルグははっきりとそれを告げる。
セルグの言葉に瞬く間にその光景をフラッシュバックさせたゼタは思わず目を背ける。
「……うっさい。もう、必要ないわよ……バカ」
二人だけにわかる会話。ゼタが微かに頬を染めるのをみて、セルグは苦笑した。相変わらずわかりやすくからかいやすいなどと思っていたセルグだが、それを言葉にはせずに留める。視線を逸らして照れる姿はどことなく彼女を思い出し愛おしいとも思えた。
「セルグさん、もう一人になろうとしないですか?」
「もう……大丈夫?」
次に動いたのはルリアとオルキスだ。二人の事を考えて一度は一人になろうとしたセルグの覚悟を聞き、ルリアは嬉しそうに。オルキスは相変わらず表情に乏しいがどことなく軽い足取りで近づく。
対するセルグは目線を合わせるようにしゃがみこんだ。
「あぁ、今のオレなんかより二人の方がよっぽど強いだろうからな。わざわざいなくなってもしょうがないだろ。何より、オレは二人を守らなくちゃいけない。二人の命を狙った罪滅ぼしも兼ねてな」
「そんな、罪滅ぼしなんて……私達は気にしてません」
「うん……気にしない」
セルグの言葉に二人は首を横に振るがそれでは納得できないのがこの男だ。
「兼ねてって言っただろう。気にしようがしまいが、これはオレがやりたい事だ。お前達を守るために戦うのなら是非もない」
「うぅ、なんだか素直に喜べないです」
「フッ、子供が余計な事を気にするな」
納得できないように笑顔を曇らせるルリアの頭に手を乗せ、セルグがわしゃわしゃと撫でていると、次はカタリナが歩み寄る。
「セルグ、私からも良いか?」
「手短に頼む。どうやら皆一言二言、言いたそうにしているからな」
「自業自得だ……ヴィーラにも私は言った。仲間の為、誰かの為。その思いは立派だが、もっと自分の幸せの為に生きてほしい。私達も、君が幸せになる姿を見たほうがよっぽど嬉しい。君がその身を擲ってまで――」
「ストップだ。それ以上は良い……重々承知はしている。それについてはオレの答えは一つだ。守れなかったオレは守れた時に幸せになれる。敢えて言うなら、お前たちが幸せに生きていること自体がオレの幸せだ。そこに嘘はない。……ただ今は、そこに自分が混ざっていればいいと思う。それだけだ」
「ッ!? 君たちは似たような答えを言うのだな。本当に、前途多難だ……」
同じような答えをつい最近にも聞いた覚えがありカタリナはため息を吐いた。
「似たような?」
「私に身を捧げようとするヴィーラも同じことを言う。私の幸せが自分の幸せなどと……気持ちはありがたいがそんな事で己を捧げる必要は」
「あぁ、なるほど……理解した。オレも似たような事を言った手前あまり強くは言えないが、後で言っておこう」
「――説得力の欠片もないな」
「言うな……」
苦笑しながら苦言を呈するカタリナに、思わずセルグも苦笑い。だが、こんな軽い言い合いもどこか柔らかく楽しそうにしているセルグに、カタリナは顔を綻ばせる。
そんなセルグの肩に後ろから手が置かれた。
「へっ、随分と柔らかくなったじゃねえか、セルグ……」
「笑ってるところ悪いが……一発殴らせろ!!」
振り向いた瞬間に視界がぶれ、セルグはラカムとオイゲンに殴り飛ばされる。
「よっし! これですっきりしたぜ」
「今ので全部チャラだ。お前さんが俺達に助けを求めなかったことも、お前さんが俺達を信じてなかったことも含めてな」
「オイゲン、ラカム……」
セルグも含め突然の暴挙に皆が固まる中、オイゲンとラカムは、セルグを引っ張り起こした。
その顔には俄かに悔しそうな表情が張り付き、殴ったはずの二人の方が怒られているようにも見えてしまう。
「情けないッたらなかったぜ……てめぇに信じられなかった俺達がな」
「お前さんはいつも一人で抱えてやがった。戦いの時も、戦いじゃないときも。そうして抱え込んでたお前の心の悲鳴に、俺達は終ぞ気付いてやれなかった。これでどの面下げて仲間だなんて言えるってんだよ!」
「二人とも……違う、オレは」
「「うるせぇ!!」」
思わずセルグが押し黙る。
仲間として……彼らはセルグから頼ってほしかったし、助けてやりたかった。だがその思いも全ては事が終わってヴィーラから話を聞いてから。それまでセルグの事を頼れる仲間としか思っていなかった二人は何も気づけなかった自分を呪った。
ガロンゾで先を酌み交わしたり、グランサイファーで夜に飲みながら語り合ったこともあった。ヴィーラよりもよほどセルグと近くにいたのではないかと。
「俺達は……お前と仲間に成れてなかった……」
「それは違う。オレが自ら話すことができなかっただけだ」
ラカムが俯く、その姿がセルグには痛々しくて仕方ない……
「俺は、強いてめぇを見て、勝手に大丈夫だと思っていた」
「違う、以前のオレはそう思われることこそが価値であった。誰にも心配をかけまいとすることで自分を満たしていたに過ぎない」
後悔に塗れるオイゲンの姿に、その言葉を否定する。セルグの言葉は事実である。
以前までのセルグは、自らの事を話すことは極端に少なく、頼られることで自らの存在意義を確立しようとする節があった。
だが、それを知ってしまったからこそ、二人はセルグと友でありたいと願ったのだ。
「だからよ……これからは隠し事は無しにしようぜ……」
「てめぇの事を少しは聞かせてくれ。ちゃんとな……」
「ラカム、オイゲン……」
二人の真摯な言葉にセルグは胸を打たれた。
今までの自分はどれだけ彼らを信じていなかったのか。小さな意地や向き合う事への恐怖が、己の胸の内を打ち明けることを嫌がり結果、彼らを傷つけている。
「ありがとう二人とも。これからは頼りにさせてもらうよ……」
乗り越えた今ならば迷いなく言える。セルグはそんな胸中を声に乗せ、二人に言葉を返した。
そんなセルグの言葉にラカムとオイゲンも、小さく笑う。
「ちょっと! むさくるしいオッサン同士で見つめ合うのやめてくれない?」
笑いあう三人の中にイオが不満げに割り込む。一応言っておくがセルグはまだ25歳、ラカムもギリギリ30には至っていないことを記述しておこう。
「イオ、ラカムはまだそんな年ではないだろう?」
「いいの! 戦いの時はすぐ私に押し付けてサボるんだから……年齢より体が年を取ってる証拠よ。そんな事よりセルグ、お帰りなさい。一人で寂しくなかった?」
「ハハ、こいつは手厳しいな……ただいま、イオ。ヴェリウスがいたからオレは一人じゃなかったけど、皆といられなくて寂しかったのは間違いないな。だから今は嬉しいぞ」
近寄ってきたイオの頭に手を乗せ、セルグはまた優しく返す。強がりも何も見せずに素直にセルグが寂しかったと言うと、イオは俄かに嬉しくなって綻んだ。
「やっぱりセルグは、私達がいないとダメね。だからね、もう一人でどっかに行くのはやめてよ……心配で仕方ないんだから」
「――あぁ、心配かけてすまなかった。もうどこにもいかないよ。安心してくれ」
「うん!!」
セルグが優しく答えると満足する答えだったのか、花が咲いたようにイオが笑う。
心配かけまいと強がるセルグも、大人ぶろうとするイオも、もういない。二人は以前よりずっと素直に成れていた。
「セルグさん、よろしいですか?」
続いて声をかけてくるはリーシャ。少しだけぶっきらぼうに聞こえるのはセルグだけではないだろう。
固い雰囲気を纏うリーシャの姿にグラン達も疑問を浮かべる。
「リーシャか……何を言いたいか何となくわかるが一応聞いておこう」
「それでは……”オレは死ぬまでオレを許さない”、なんて言っておいてこうも簡単に覆すとは思いませんでした。全く……ざまぁみろ」
軽く暴言に近い言葉がリーシャから飛び出て、セルグは目を丸くする。直ぐに我に帰ると、苦笑交じりにリーシャを見据えた。
「お前、随分と言うようになったな」
「――どうですか今の気分は。勝手に己を責めて勝手に罪を押し付けて、それが間違いだと気づき解放された気分は? 言っておきますが今の貴方はあるべき正しき形へと戻っただけです。貴方が本当に幸せになるのはこれからですから、気を抜かないで今度はご自分の本当の罪を消せるよう、これから尽力ください。以上です」
一息に、言いのけたリーシャだが、その言葉の中には不遜でありながら、彼女なりの気遣いが見える。
まだスタートラインに立ったに過ぎない。本当に改心したのならこれからをしっかり生きなくてはならないと、リーシャは暗に告げてきたのだ。ついでに名目通りに秩序の騎空団の為に働け。との意味も込められているかもしれないが……
「お~おっかない。まぁそれでも、お前には感謝しているよリーシャ。リーシャがあの時オレを許さないと言ってくれなければ、きっとオレはそのままだっただろうからな……ありがとう」
言い返されると思っていたのか、素直なセルグの感謝にリーシャが顔を赤くした。
どんな言葉を返されるのか、様々な言い合いになることをアマルティアで掴んだ先読みの無駄遣いで想定しセルグの言葉を推測していたリーシャは、予想外の言葉に返す言葉が出てこない。
「べ、別に! 私は正しくない事を言う貴方が許せなかっただけです。私が正しいと思った事を言っただけで……ってニヤニヤしないでください皆さん!! もぅ、何なんですか全く!!」
照れ隠しの言葉だとわかりやすすぎるリーシャの言葉に、周囲の仲間達からは温かい視線が向けられる。この場合は生温かい視線と言うべきかもしれないが、そんな仲間達にリーシャは憤慨しながら、顔を背けた。
その顔は照れくささからか赤いままであった。
「さて、一通り終わったか? それじゃ、朝食にしよう。朝から真面目な話をして腹が減った」
「フフ、そうですね。グラン、準備しよっか」
「あぁ、ローアインにお願いしてくるよ」
グランが厨房に消えると、彼らの間にはまた静かなざわめきが流れ、それぞれに柔らかな空気の中雑談が始まる。
また一つ絆を深めた彼らは、気持ち新たにザンクティンゼルに向け空を駆けていくのだった……
如何でしたでしょうか。
これにて救済回終了といったところです。
次回については難航しているので少々お待ちを、、、
それでは。お楽しみいただけたら幸いです。