granblue fantasy その手が守るもの   作:水玉模様

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仕上がりました……
まず最初に述べておきます。
ほぼ普段の2話分まとめてありますのでひっじょーに長いです。

次に本作においては重要な話となりますが、多分にどうでもいいと思う人がいるかと思います。
ですが、作者からのお願いです。
どうぞしっかりとお読みになっていただきたく思います。
作者の主人公への想いが詰まっております。

それではどうぞ……


幕間 過去と覚悟と救済を

 グランサイファーのとある一室。そこには今、三人のヒトが集っていた。

 時刻は既に夜となり、外は闇に覆われている。小さな明かりがあるだけの部屋は、怪しさ満点な雰囲気を醸し出すが、明かりに照らされて浮かび上がる彼らの表情はひたすらに真剣そのものである。

 

「さて、時間を取ってもらってすまない。スツルム、ゼタ……」

 

 アマルティアを出立する前に告げた、昔話をする会とでも言おうか。集まってくれた二人に感謝をしながら、セルグは話を始める。

 

「別にいいわよ。私としても面白そうではあるし……昔話に花を咲かせるなんて事、アンタから提案されるとは思わなかったけどね」

 

「私なんて、たまたまアイツと親しくなってるってだけなんだぞ。少し……場違いじゃないか?」

 

 ゼタは気の抜けたように返事を返し、スツルムは少しばかり緊張気味だ。それもそのはず、呼ばれた理由もさることながら、セルグとは今日が初対面。

 別段そんな気はセルグとしても更々ないのだが、初対面の女性を夜に部屋に招き入れるとは本当にこの男は何も考えていないのだろう……冷静になってこの状況を見たゼタは少しだけセルグの倫理観というものに疑問を覚えた。

 そんなゼタの懸念は露知らず、セルグは話を進めていく。

 

「お前達二人に頼みがあるんだ……二人が知っているアイツの事を教えてほしい」

 

 セルグからもたらされた言葉にゼタが眉をひそめた。

 

「セルグ? むしろアンタが一番知ってるんじゃないの。言いだしっぺのセルグが最初に話してよ」

 

 すぐにゼタから抗議の声が上がる。

 呼び出したのはセルグだ。昔話に花を咲かせるならいいスタートを切ってくれと言わんばかりにゼタはセルグを睨みつけた。

 

「私も……大した話はできない。あの日一緒に買い物をしたくらいなんだ。セルグとゼタがどの程度アイリスと親しいのかはわからないが私はそんなにアイツを知ってるわけじゃ」

 

「スツルムのいう事は最もだ。だが、違うんだ……オレには、話せない理由がある。そしてそれは、今日二人を呼んだ理由でもある」

 

「話せない理由……?」

 

 二人から集中する視線にセルグは静かに頷く。

 

「今日の昼に、スツルムは言ったな。アイリスの事を犬みたいな女……と」

 

「あ、あぁ。アイツはお前を見つけて主人を見つけた犬の様に走って行ったからな」

 

「そうか。――ゼタ、アイリスはどんな風にいつも笑っていた?」

 

「どんな風にって……そんなこと言われても。一言でいうなら裏表のない笑顔ってやつかしら。ヴィーラみたいな感じじゃなくて、なんていうか……一番近いのはルリアちゃんかな」

 

 セルグの問いに、二人は思考を巡らしながら答えた。今の問いに一体なんの意味があるのか……。二人の脳裏には疑問が浮かぶが、答えを聞いたセルグの表情は陰りを見せていた。

 

「スツルムからアイリスの事を聞かれて気づいたんだ。今のオレは……アイツがどんなヒトだったかがわからない。今のオレは、アイツの事を思い出せないんだ。

 オレの記憶のアイリスはもう、オレの罪の意識に塗りつぶされてしまっている。見せるのは悲しそうな顔と歪んだ笑み。狂気に染まった姿だけ……オレの知っているアイツがどんなだったか。それが、今のオレには思い出せない」

 

 セルグは記憶を失っているわけではない。彼女に紐付く記憶は……思い出というものは、しっかりと脳裏に刻まれている。だというのに、セルグにはアイリスがどんなヒトだったのかが思い出せないでいた。

 声も、顔も、仕草も……すべてがいつもセルグを襲う悪夢の姿へと変えてしまう。

 そうして悪夢にうなされるたびにセルグの記憶は塗りつぶされていき、いつしかセルグは彼女を思い出すことをやめた。心を壊されないように、忘却の彼方へと消し去ってしまったのだ。

 

「ゼタ、お前が知るアイツは誰かを恨み続けるようなヒトだったか?」

 

「――そんなわけないじゃない。あの子はどんな人にでも優しくできるような子だった」

 

 親友はそんな冷たい人間ではない。ゼタは僅かな怒りを秘めて答える。

 

「スツルム、お前が友となったアイツは、誰かの死を願うようなヒトだったか?」

 

「――少なくともアイツは、一人でいた私を寂しそうだと言って連れまわすような、能天気なバカ娘だった」

 

 見ず知らずの他人に寂しそうだと言って、明るく声をかけられる彼女を表現するには、能天気以外に何があるだろう。そんな人間が、死を願うような黒い感情を持つわけがないと、スツルムは答える。

 

「そうだ……オレの記憶も、それを知っているはずなんだ。優しいアイツを、どこまでも誰かの為に優しくなれるアイツを知っているはずなんだ。

 だから教えてくれ。思い出させてくれ。オレは本当のアイツを思い出す事で初めて、過去と向き合える」

 

 塗りつぶされてしまった大切なヒトの記憶を掘り返し、セルグは過去と向き合う事を決めた。

 告げられた大切な仲間からの想いが、告げられた大切な仲間からの決意が。セルグの背中を押してくれた。

 知らず知らず思い返すことを避けていた最愛のヒトを思い出し、セルグは己を責める罪の意識と向き合う事を決めたのだ。

 

 

「――セルグ、わかった。私から話すよ。 スツルム、事情はよくわからないと思うけど私からもお願い。貴方があの子を友達と思うに至った話を聞かせてあげて」

 

「あ、あぁ。わかった……」

 

 ゼタが静かに口を開く。スツルムにも協力を願い出ると少しだけ思案を始めた。

 セルグの真剣な表情。それはどこか覚悟を秘めた目をしていた。

 セルグにとって、アイリスの事を思い出すのは最も触れたくない部分に触れるのと同義だ。

 彼女の事を思い出せば当然、その先で彼女を失った絶望の結末へと帰結する。

 聞けば聞くほど、振り返れば振り返るほど、それは守れなかった己を責める一助となってしまうかもしれない。

 それは傷口に塩を塗る行為に等しい。

 

「言っておくけど、途中で待ったは無しよ。あの子を忘れてるなんて、許すわけがないんだから……きっちり思い出すまで、何度でも話してあげる」

 

「分かっている。よろしく頼むよ」

 

 まるでこれから全力で戦いを始めるような雰囲気の二人に挟まれ、スツルムが肩身を狭くする中、ゼタが静かに語り始めた。

 

「まずはあの子との出会いからかな……」

 

 ――――――――――

 

 

「アンタが私の相棒?」

 

 少しだけぶっきらぼうな声にビクリと肩を震わせ、目の前にいるちんまい生物は恐る恐る振り返ってくる。

 既にこの場にいるのは自分と目の前の相棒の二人だけ。さっさと自己紹介だけ済ませて訓練に入ろうとする気持ちからか、声が不機嫌そうに聞こえたのだろう。

 振り返った彼女は不安そうな顔を隠しきれていなかった。

 

「あの……その……貴方が、ゼタさんですか?」

 

「えぇ――それじゃアンタがアイリスなのね。よりにもよってひ弱そうな奴か……貧乏くじを引かされたわね」

 

「えっ、どういう」

 

「ああ、こっちの話。――とりあえずゼタよ。しばらくは一緒にやっていくでしょうから仲良くしておきたいところだけど、足だけは引っ張らないでね」

 

「は、はい。アイリスです……ゼタさん、よろしくお願いします!」

 

「もぅ、敬語なんていいわよ。相棒なんだから……さ、行きましょ。アイリス」

 

 そう言ってゼタは足早に歩き出して訓練に向かう。アイリスは慌てたようにその背中を追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 訓練の始まり。まずは武器適性を見るために各々使えそうな訓練用の武器を選んでいる。ゼタも早々にその手には槍を取った。

 元はとある島で騎士団に所属していた彼女だ。組織の戦士になったところで得物は変わらない。

 続々と他の訓練生も皆選び終わろうかと言うところでだが、アイリスは目移りしたまま己が武器を選べずにいた。

 

「武器は何を使うの?」

 

「あ、ゼタさん。えっと……特に定まったものはないんですけど。非力なので軽い得物にしようとは思っています」

 

「あ~とりあえず、敬語なんてやめてもらっていい? そんな他人行儀じゃ、これから一緒にやっていけないでしょ。いいわよ、ゼタって呼んで。それで私はアイリスって呼ばせてもらうから」

 

「あ、はい。じゃなくて……わかった、ゼタ」

 

「よし、それで? 非力なアイリスの武器か……ちなみに戦闘経験は?」

 

「恥ずかしながら、全く」

 

「武器を握った事は?」

 

「一度だけ、狩りで弓を使ったことが」

 

「腕前は……?」

 

「矢が飛ばずに、終わりました……」

 

「……完璧ね」

 

 思わず、ゼタは呻く。これからここにいるメンツは様々な戦闘の訓練を受けて星晶獣狩りのエキスパートになる戦士の卵たちである。

 荒くれ者から、ゼタの様にどこかの騎士団を抜けて来たものまで。皆それなりに戦闘技能をもった者達が集まっているのだ。

 そんな中でこのちんまい生物は、何も経験がないと来た。剣や槍と言った、自らの腕で振るう武器は一朝一夕でできるほど簡単なものではない。

 そもそもの基本的な能力が足りないアイリスにゼタの頬が引き攣ってしまうのも仕方ない所だ。

 

「う~ん、どうしようか。そもそも土台から違うんじゃまともに武器を持たせても扱えるわけ……ん? アイリス、あれはどう?」

 

 ふと、視界に入った武器にゼタが声を上げた。視線の先には小さな鉄の塊。

 アイリスがゼタの視線に先にあるその小さな塊を取り上げる。

 

「これって……銃?」

 

「えぇ、しかも銃身が短くて軽い。その分狙いはつけにくいし反動も考慮しなきゃいけないけど……これなら、今から剣を握るよりよっぽど簡単に戦えるようになるわよ」

 

「そう、なんだ……わかった。ありがとうゼタ、私の武器を選んでくれて。これ……大事にするね!」

 

「フフ、訓練用の武器ぐらいで何言ってんのよ。それより、これからしっかり頼むわよ……私の相棒となったからにはしっかり頑張ってもらうから」

 

「うん!!」

 

 花が咲いたように、アイリスは明るい返事と共に笑った。そんなアイリスの笑顔につられながらゼタも笑うと、二人はこれからの訓練に向けて気合い十分というように拳をぶつけ合う。

 

 希望の花が二人の心を彩っていた……

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

「今さらながらに思うけど……私って何様なんだろう」

 

 語っている途中で、少しだけ過去の自分に嫌気がさしたのか、ゼタは俯いていた。

 対するセルグとスツルムは苦笑いしかできない。語ったと思えば、自分の偉そうな態度を思い出しショックを受けるとは、自爆にも程がある。

 気合いが入り過ぎたか、出会いの一幕を完璧で忠実に語ったゼタは、己の言動をオブラートに包むことを忘れたようだ。

 

「二人ともらしいと言えばらしいな。オレの元に来た時もアイツは……」

 

 ハッとしたようにセルグ小さく笑みを浮かべていた口を閉ざした。脳裏に浮かんだのは、ケインに連れられ、緊張した面持ちであいさつをしてきたアイリスの姿。

 

「ゼタ、アイツはどんな顔をしていた?」

 

「どんなって……私のせいもあるけど、ちょっと不安そうというか、最初は思いっきりビビってたわよ」

 

 不安そうなアイリスの顔。ゼタが言うそれをセルグは知っていた……

 

「――思い返せばオレといたとき、アイツはいつもそんな顔だったな。初任務なんか不安で一杯って顔しかしてなかったっけ……」

 

 ゼタの言葉にセルグの中で少しだけ思い出がよみがえる。

 それは彼女との邂逅の時――ケインに連れられ、自分の前にやってきて、面倒だから突き返そうとしていた彼女との初対面の時だ。

 

「そういえばあの子、セルグの下についてから、割と愚痴を吐くことが多かったわね……あの子の上司がセルグだとは私も知らなかったけど、やれスパルタ過ぎるだの、苛めるのを楽しんでるだの喚いてたわ。 セルグだって大概ひどいんじゃない」

 

「上司と部下ならそれでいいだろうに。お前みたいに相棒に対してって言うわけじゃないんだからな。逆に言わせてもらうならアイツはいつもゼタにすぐ叩かれたと嘆いていたさ」

 

 ゼタの言葉に、セルグは負けじと言い返した。残念ながら互いにアイリスに対して酷いというのであれば、あとは程度の問題であり、どっちもどっちというのが一番正しいと言えるだろう。

 

「知らない私から見たら、お前達二人と深くかかわってしまったアイツが不憫で仕方ない……」

 

 静かだったスツルムからの静かな一言に、セルグとゼタは表情を固める

 

「――ま、まぁ、とりあえず少しずつ思い出せそうだ。続きを頼む」

 

 何も言えなくなったセルグは司会進行。次なる話を求めてゼタを促した。

 

「そうね、意外と余裕ありそうだしドンドンいくわよ――次は~あの子と初めてケンカした時かな」

 

 

 ―――――――――――

 

 二人の出会いから数か月。

 二人の周囲には、あちこちで喧騒が巻き起こっていた。

 組織の訓練課程で行われるサバイバルレース。攻撃、妨害何でもアリのルールの中、相棒と共にゴールを目指すだけの非常にシンプルにして危険なレース。目的は様々な危険の予測、予知能力を養うという名目のこの訓練。

 ゼタとアイリスも当然参加しており、半ばまで順調に来たところではあったのだが……

 

「ゼタのイノシシ!!」

 

「うるさい、この臆病ウサギ!!」

 

 鬱蒼と生い茂る森の中、ゼタとアイリスは睨み合う。互いに相手を睨み付け、怒り心頭な様子で想いの丈を言葉にしてぶつけ合っていた。

 

「いい加減ちゃんと周りを見てよ! さっきも危うくほかのチームにやられるところだったし……その無鉄砲な癖直さないと、星晶獣と戦うとき絶対危ないよ!」

 

「うっさいわね! アイリスこそ、いい加減その慎重過ぎるのを何とかしなさいよ。アンタがいつもそんなんだから訓練時間が延びるんでしょ。慎重と臆病は違うのよ!」

 

 意見の不一致といった所か。

 先に進みたがる猪突猛進なゼタと、慎重に慎重を期す、臆病なアイリスは度々意見の食い違いでぶつかりあい、今日この時において、その不満が爆発していた。

 

「なっ!? そんなこと言ったらゼタの突撃だって、なんも考えてないただの突進じゃない! そういうのはね、バカの一つ覚えっていうんだよ!」

 

「ッ!? 言ったわね……まともに戦えずにいつも援護ばかりの癖して。アッタマきた……それじゃ私は下がるからアンタが前に出なさい」

 

「えっ……」

 

 静かに、アイリスは目を見開く。いつも頼もしく前に出てくれていた相棒が、今この時になって、己の発言が原因で後ろに下がっていく。まさか本当に自分に前に出ろと言うのだろうか……。敵に出くわした時の対処などできるわけがないアイリスは、あり得るかもしれない敵との遭遇に恐怖を浮かべる。

 だが、驚き固まるアイリスをよそ眼に、ゼタはその手に握る槍で小突いて、先へ進めと言うように促した。

 

「ぜ、ゼタッ!?」

 

「なによ……そこまで言うなら、前にでて着実に進むくらいできるんでしょ? 早く進まないとビリになって私の評価も下がるんだけど」

 

 ぶっきらぼうに返事をして、ゼタはアイリスが泣き出しそうな気配を醸し出しそうとも前に出ようとはしない。

 

「うぅ、ぜ、ゼタぁ……」

 

 情けない声を漏らしながら、前と後ろを交互に見やるアイリスにとうとうため息を吐いたゼタは前にでてくると、アイリスに背を向けたまま答えた。

 

「ホラ、結局こうなるじゃない。アンタの慎重っていうのは臆病なだけ。周りを見たり、冷静になるのは良いけど動き出せないんじゃ意味がないのよ。だったら無茶でもなんでも動いた方が何倍もマシ」

 

「でも、さっきだって危なかったじゃ」

 

「まだ言うの? 危なくても私は何とかする。アンタはできるか知らないけど、私はちゃんと対処して見せるわよ。見てなさい……さっさと目的地まで突破してやるから」

 

「うぅ……わかった」

 

 納得はしていない……それは声からも感じられたものの、アイリスが一先ず後ろに付いたのを察して、ゼタは目的地に向けて走り出した。

 下らない言い合いで時間を食ったし、声を聞きつけて襲撃に会うかもしれない。

 遅れを取り戻そうと急ぐゼタはしかし、周囲に漂う不穏な気配に気づくことはなかった……

 

 

 しばらく走り続けた二人。視界の悪い森の中で、アイリスは小さな気配を感じた。

 

「――ねぇ、ゼタ」

 

「何よ、まだ文句あるの?」

 

「そうじゃなくて、なんか嫌な感じがしない?」

 

「はぁ? 何も感じないわよ。しゃべる余裕があるならもう少し急ぐわよ」

 

「で、でも確かに……ゼタ、ストップ!!」

 

「えっ!? 何言って――っうわ!?」

 

 何かを察して、アイリスは突如大きな声を上げた。ゼタがそれに動きを止めた瞬間、

 

「クソッ!?」

 

 ゼタの目の前を一人の荒くれ者が横切った。飛びかかるように横切ったその感じから、恐らくゼタを取り押さえようとしたのだろう。すぐさま起き上がってゼタを睨み付けていた。

 

「チッ、ギリギリで勘づきやがったか……余計なことしやがって。おいお前ら!」

 

 苛立ちを隠そうともせず悪態をついた男の言葉をきっかけに、二人の前には次々とガラの悪そうな男たちが表れた……その数は五人。

 

「へへへ、何でもアリのサバイバル訓練……って事はナニしてもいいんだよな?」

 

「前からお前は狙ってたんだ。余りにもレベルが違ぇから手が出せなかったが、待ち伏せして数を揃えりゃどうにでもなるだろ」

 

 下卑た視線を向けられ、ゼタは僅かな吐き気を催す。真面目に訓練をしている人間もいる中でこのような腐った思考を持つ人間もいることは、ゼタの性格上我慢できないことであるし、自分をそんな邪な目で見られては、何もされていないのに穢された気分になるというもの。

 

「何? アンタらみたいなクズに、用はないんだけど……」

 

 辛辣に、できる限りの侮蔑を込めて、ゼタは言い放った。アイリスを後ろに隠し、男どもを睨み付けると、槍を構える。

 

「ゼタ……もしかしたらこの人達」

 

「アンタは後ろにいなさい。こんな奴らに負ける私じゃない……すぐに終わらせてやる!」

 

 そういうや否や、ゼタは走り出した。だが、それもつかの間、アイリスは何かに気付いてゼタを追う。

 

「ゼタッ!? 伏せて!!」

 

 間一髪、ゼタはアイリスに組み伏せられ、その頭上をドラフの拳が通り過ぎる。隠れて横合いからの不意打ちを狙っていたようだ。

 

「チィ! このガキがぁ!!」

 

 逃した八つ当たりか、拳を避けられたドラフのあらくれがゼタを組み伏せて横になっているアイリスを蹴りつけた。

 

「あぅっ!?」

 

「アイリス!?」

 

 小さな呻きと共に、アイリスが苦痛に顔を歪め地面を転がる。すぐに向かおうとするゼタだが、それは別の荒くれ者に阻止された。

 

「次はお前だ!」

 

「ッ!? ざっけんな!!」

 

 怒りに任せてのカウンターが男を打ち据え沈黙の途に就かせる。邪魔者を排除したゼタはすぐさまアイリスに駆け寄った。

 

「このバカッ! 私なんかを庇ってやられてんじゃないわよ!」

 

「ホラ……言ったとおりでしょ。ちゃんと周りみないと危ないって」

 

 慌てて容態を診るが言葉を返すアイリスはやせ我慢をしながら小さく笑う。特に大したことはなさそうで痛みに動けないだけのようだが、アイリスが無事とわかってもゼタの胸中は大荒れだった。

 

「アイリス……待ってなさい。直ぐ片づけるから」

 

 スッと立ち上がると男たちを睨み付けるゼタ。アイリスの言葉を否定しようとムキになって突っ走った事も、不意を突かれた自分を、アイリスが庇って蹴りつけられたのも、彼女の自尊心を大きく傷つけた。

 自分は相棒なんかよりずっと優秀だと見下していた。戦いの苦手な相棒の言葉を臆病だと罵り、あげくその臆病な相棒に助けられ、情けない事この上ない。

 

「お~お~涙ぐましい友情ってやつか? 健気だね~……お前ら! 今の内だ、さっさとふんじばってやれ!!」

 

 リーダー格と思われる男の声で、ゼタに一斉に向かう荒くれ者達。数は五。カウンターで沈んだのを入れれば六。

 ギラリとゼタの瞳に炎が灯る。荒れ狂う彼女の激情を解消するに丁度いい、愚かな男が五人。ゼタは力の限り槍を握りしめた。

 

「へへ、隙あrっへぶ!?」

 

 最初に襲い掛かった男は、開いた口がふさがらなかった。

 驚き? 恐怖? 否……目にもとまらぬ速さで槍が振るわれ、顎の骨を砕かれたのだ。

 

「な、何!?」

 

 余りにも無残にやられた仲間と余りにも早すぎる攻撃に、他の荒くれ者たちは皆瞠目する。

 

「て、てめぇ……何しやがった!?」

 

 ユラリと一歩ずつ踏み出してくるゼタに、男たちは一様に震えた。

 

「次はどんな風にやられたい? 今なら死ぬ一歩手前まではどんな要望も受け付けてあげる……」

 

 怒りと喜びが混ざったような、嗤いを浮かべ、激情は彼女を突き動かした。

 繰り広げられるは誰も付いていけない恐るべき力の一閃。次々と振るわれる槍はすぐにその場を阿鼻叫喚の地獄絵図へと変えていく……

 

 

 

「ゆ、ゆるし……」

 

「フンっ、これに懲りたら二度と下種な考えを持たない事ね」

 

 掴んでいた最後の男を離しゼタは踵を返す。

 向かう先はまだ、体を起こさない相棒の元。

 

「アイリス……大丈夫?」

 

「う、……うん。痛いけど動ける。ごめんね、ゼタ……私がもっとはっきり言っておけば」

 

 静かに俯きながら謝る相棒に、ゼタはまたも怒りがこみ上げた……

 迷惑をかけたのは己であるのに。聞く耳持たないと突っ走ったのは己であるのに、ここで相棒に謝らせていては自分は情けないだけではないか。

 僅かな怒りを込めて、ゼタはアイリスの頭に

 

 ”ゴツンッ”

 

「いったぁ~!?」

 

 拳骨をくれてやった。

 

「この大馬鹿ウサギ。悪いのは全部私なのに謝ってんじゃないわよ。アンタのいう事を聞かずに、アンタの言う事を臆病だと言った私が全部悪いの。アンタのおかげで私は助かったんだから嬉しそうな顔くらいしなさい!」

 

「ゼ……タ?」

 

 怒られた意味が色々とわからなくて混乱するアイリスを立たせると、ゼタは転がって汚れてしまったアイリスの身体を払う。

 

「ごめんね、私のせいで痛い思いをさせちゃって……アンタの言うとおり落ち着いて周りを見ていれば、あんな不意打ち喰らわなかったし、アンタが蹴られることもなかった。無鉄砲だったわね……許して頂戴」

 

「そんな!? それこそ私が戦えて、ゼタの背中を守れてればなにも」

 

「いいのよ……元々騎士団である私と、素人のアイリスじゃ差があって当たり前だし、その分アイリスはしっかり周りを見ることができる。私達の力関係はこれでいい――私が戦い、アイリスがフォローする。これで私達はしっかりやっていける。でしょ?」

 

「ゼタ……うん! わかった。私がしっかりフォローするよ!」

 

「頼むわよ……それじゃ、全力で走るからしっかり付いてきなさい! 遅れた分を取り戻すわよ!!」

 

「うん!!」

 

 そうして二人は駆けだした。互いの弱点を補い合いながら、目標に向かい一直線で……

 その勢いを止められるものは訓練生の中に誰一人としておらず、二人の快進撃はとどまることを知らなかったらしい……

 

 

 ――――――――――

 

 

 少しばかり長い語りとなったゼタは、終えたところで一息ついた。

 随分と長い事喋っていた。のどの渇きを覚えたところセルグが目の前にコップと水挿しを用意する。

 

「ありがと。気が利くわね」

 

「無論だ。あくまでオレがお願いをしている立場だ」

 

「別にそこまでかしこまらなくてもいいんだけど……それで、どう?」

 

 ゼタの問いに、セルグは小さく頷いた。

 

「また少し思い出せたよ……アイツは時々、オレの心配をして困らせてきたっけ。一人で討伐に向かうオレをいつも心配そうに見送っていた。訓練時代から、アイツはそうだったんだな」

 

「そうね。あの子のおかげで助けられたことは結構あったわ。あの子は心配の種を見つけるとすぐ気になっちゃう子だったから……スツルム、貴方と会った時ってどうだった?」

 

 ここまでまだ語らずのスツルムはゼタの言葉に言いにくそうに口ごもる。

 

「――私がアイツと出会った時は……その、アイリスの奴、私を迷子だと勘違いしてたんだ。確かに、ドランクがいつの間にかどっか行っちゃって、キョロキョロと探してたんだが……大人だけど迷子さんかな? って言ってきて。失礼にも程があるだろ……なんだお前達。なにがおかしい?」

 

「いや、なんていうか……」

 

「割と、ありそうな気がしてな……」

 

「なっ!? なんてこと言うんだお前達まで!」

 

 セルグとゼタの言葉にスツルムは声を荒げて立ち上がった。ドランクにやるみたいに剣を抜くまではしないが、今にも二人に詰め寄って胸倉をつかむくらいはしそうな勢いだ。

 

「お、落ち着け! 何もお前が迷子になりそうって言うんじゃなくて、アイリスならそんな勘違いをしそうだって意味だ!」

 

「そ、そうよ! 落ち着いてスツルム。別に貴方を子供っぽいとか思ってないわよ」

 

「む……そうだったか。すまない、また早とちりした」

 

 二人の弁解を聞いて、落ち着き直したスツルムが座ると、セルグとゼタは、大きく息を吐いて安堵した。

 ちょろい、等とは思っていない。

 

 

「さて、次はどうする?」

 

「そうだな、少しスツルムからも話を聞かせてほしい」

 

 落ち着いたところでゼタは続きを促した。セルグもそれに応え、スツルムへと視線を向ける。

 

「別に語るのは良いんだが、さっきも言ったけど私が一緒にいたのはあの日だけだし、二人に比べたら全然大した話はできないぞ」

 

 燻り続けていた懸念を口にするスツルムだが、セルグは気にしてないように首を振った。

 

「良いんだ。オレやゼタよりも初対面だったスツルムの話のほうがきっと本来のアイリスを捉えていると思うから。教えてくれ……」

 

「――わかった。さっきも言ったが、あの時はドランクが居なくなって一人でポートブリーズをウロウロしていた時だった……」

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 喧騒に包まれているポートブリーズの街。多くの騎空士が訪れ、旅の準備をする、騎空士の拠点とも呼ばれるこの街で周囲を見回すドラフの女性が一人。

 赤い髪を短めに切りそろえ、少し勝気な目を携え、腰には二本のショートソードを刺している。

 彼女の名前はスツルム。相棒であるドランクと共に傭兵を生業としている。

 

「全く……ドランクの奴、一体どこに行ったんだ。何を言わずにフラフラと消えて……戻ったら覚えてろ」

 

 いつの間にかいなくなってしまった相棒へと悪態を吐きスツルムはまた、周囲を見回した。

 賑やかさに包まれたこの街は、商売の声とヒトに溢れ返っており、いくら探そうとも目的の人物は見つからず視線を彷徨わせるしかなかった。

 そんな彼女に、後ろからそっと声がかかる。

 

「あのぅ……もしかして迷子さんですか?」

 

「なに? それはもしかして私に言ってるのか?」

 

 ギロっとした目付きで思わず声をかけてきた人物を威嚇する。

 迷子に間違われたのも癪だが、さらに言うなら迷子になっているのは愚かな相棒であって断じて自分ではないのだ。射殺すような視線を向けると、声をかけてきた相手はビクリと縮こまっていく。

 

「あ、あはは、すいません。どうやら勘違いだったようで……」

 

「フンッ、別にいい。用はそれだけか? それなら」

 

「そうだ、誰かを探しているのなら私も手伝いますよ! 私も丁度ヒトを探してるので、一緒に探しましょう!」

 

 突然の申し出にスツルムは目を丸くした。たった今、恐ろしい視線を投げたはずなのに、臆さないどころかさらにこちらへと踏み込んできた目の前の少女のような女性に、驚きを禁じ得なかった。

 

「お前……何を言ってるんだ。別に助けなんか必要ないしお前には関係」

 

「だってさっきから、寂しそうでしたから……なんだか、捨てられた子犬みたいに不安そうで。だから一緒に行きましょ!」

 

 そういうと目の前の少女のような女性はスツルムの手を取り歩き出した。

 強引な女だと思いつつも、こちらを心配していたといわれては拒絶するのも憚られたのか、スツルムは振りほどくことができなかった。

 

「そうだ! 忘れてました、私はアイリスです。貴方の名前は?」

 

「――スツルム」

 

「スツルムさんですね。さ、一緒に行きましょ。まずはあのお店です!」

 

 そう言って指差すは、キラキラしたアクセサリーが並べられた店。

 怪訝な表情を浮かべてスツルムはアイリスを見た。

 

「お前、何を考えてる? あんな店に行ってどうするんだ」

 

「フフ、私と私の親友とスツルムさんでお揃いのアクセを買いましょ! もしかしたらお店に探し人がいるかもしれないし」

 

「おい、お前! 私は買い物なんてする気は」

 

「ホラホラ、折角かわいい顔してるんですから、オシャレしてかわいくならないとダメですよ。そんな飾りっ気がない恰好では、折角のカワイイ顔が台無しです!」

 

 妙に力を込めてスツルムに説くアイリスの瞳には炎が宿っており、スツルムは抵抗をあきらめた。

 

「わかったからそう引っ張るな……なんなんだ一体……」

 

 ぶつぶつと文句を言いながらもスツルムはアイリスと、件の店へと入っていった。

 

 

 

 

「あ、これどうですか! あ、こっちもいいかも。う~んスツルムさんどれも似合いそう~」

 

 店に入るとそこは既にアイリスのテリトリーであった。次々と商品を指差しては脳内でそれをスツルムと合成していきウンウンと唸り始める。

 あっちこっちスツルムを引っ張りまわして、アイリスはご機嫌な様子で店を回る。

 

「あ、これ……スツルムさん、これにしましょう」

 

「……なんだ、納得できるものが見つかったのか?」

 

 開始数分で既に疲れが見えているスツルムが視線を向ける。アイリスの指差す先にあったのは小さな翠の石だった。

 

「これ、ティアマトの加護を受けた石だそうです……出会いと別れの象徴ともいえるこの街で、このティアマトの加護は、必ずまたここで巡り会える。そんな願いが込められているんだそうです。今日の出会いの記念にこれを買いましょう」

 

 嬉しそうに目の前の翠の石の意味を語るアイリスは、スツルムの反応も見ないまますぐにその石を三つ購入した。

 

「どうぞ、スツルムさん! こうやって首にかけて……どうですか?」

 

「あ、あぁ。明るいお前にはぴったりだろうな……私は、その。そういうのあんまり好きじゃないんだ」

 

 少しだけ申し訳なさそうに言うスツルムに、アイリスは少し思案して見せた。

 

「それじゃ……こういう形はどうですか?」

 

 スッとスツルムに近づいたアイリスはスツルムの腰にまかれたベルトへと手を伸ばす。

 

「ほら! これなら、首にかけるオシャレな感じより、ちょっと飾ったかっこいい感じになりますよ! フフ、似合ってます! クールなスツルムさんにピッタリですね」

 

 離れたアイリスのいたところを見ると、ベルトに紐で結ばれた翠の石。

 

「そ、そうか……ありがとう」

 

 アイリスの言葉が世辞ではなく素直な感想だと、漠然とだが理解し、スツルムは己をみて小さく笑みを浮かべた。

 こんな風に誰かに何かを買ってもらう事も、誰かに褒められる事も、スツルムにとって随分と長い事忘れていた感覚で、目の前で嬉しそうな顔をするアイリスが途端に身近な存在に感じられてしまう。

 流されまいと頭を振ったスツルムは努めて固い口調で話し始める。

 

「さぁ、もういいだろう。この店にはいないようだし他を当たろう」

 

「う~ん、そうですね。行きましょうか」

 

 アイリスも特に反対するわけでもなくスツルムと一緒に店を出て行った。

 

 二人はその後も幾つかの店を回り、昼時には食事を共にし、夕方になるまでその日を一緒に過ごした。

 

 

 

「はぁ~楽しかったです。スツルムさん、今日はありがとうございました。結局探し人は見つかりませんでしたけど……」

 

「――当たり前だ。大体最初から探す気なかっただろう。お前、一体なんで私に近づいてきたんだ?」

 

 店を見つけてはフラフラと、品物を見ては楽しそうにするアイリスは間違いなく誰かを探すそぶりをしていなかった。

 何故スツルムに話しかけて来たかも含め、アイリスへの疑問は尽きなかった。

 

「う~んとですね……本当に大した理由じゃないんですけど。キョロキョロと首を振って探している姿がとても寂しそうで、見つけて欲しそうな背中をしていたから……ですかね。私が話しかけて寂しくなくなるならそれもいいかなって。それに何より……私は今日お買いものをする日だったので、誰かと回った方が楽しいと思ったからです!」

 

「お前……殴ってもいいのか? そんなふざけた理由で」

 

「フフ、最近の私は寂しそうな人はすぐわかるんです。あの人も、すぐそうなるから……」

 

 にこやかな笑顔とは違う。微笑むような慈愛に満ちた笑みでアイリスが笑う。

 

「あの人……? 誰だか知らないが、一緒にしないで」

 

「スツルム殿~!!」

 

 アイリスの言葉に反論しようとしたスツルムの声を遮り、遠目から蒼い髪のエルーンの男が走ってくるのが見える。スツルムの名前を呼んでいることから彼女の探し人なのであろう。

 それを確認したアイリスはそっとスツルムの手を取った。

 

「探し人、見つかりましたね。というよりは見つけてもらった感じですけど……」

 

「ふざけるな、アイツが勝手にどっか行ったんだ。探していたのは私だ」

 

「フフ、ハイハイわかりました。それじゃ、石の加護の通り、またここで巡り合えることを楽しみにしていますね!」

 

 そう言うと、アイリスは走り去っていく。アイリスが向かう先にはいつの間にか仏頂面をした男がいて、静かにアイリスを迎え入れていた。

 少しだけ、その雰囲気が殺気を纏っているような気がしたが、あんな底抜けに明るいヒトと一緒にいるやつがそんな危険なやつではないと、余計な思考を消し去り、スツルムは走り寄ってくるドランクへの迎撃行動へとチカラを込める。

 

「フラフラとどこへ行ってたんだこのバカ!!」

 

 剣を相棒に突き刺しながらも、スツルムは小さな笑みを浮かべていた……

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 そっと閉じていた目を開いて、スツルムは語りを終えた。

 静かで柔らかな雰囲気の中語るスツルムの姿は、本当に懐かしさを噛みしめるような感じで、聞いていた二人は、これまでのスツルムと雰囲気とかけ離れていることに目を丸くしている。

 

「これが、私とアイツとの出会いだ。今でも思うがアイツは本当に自分勝手に私を連れまわして……いい迷惑だったぞ」

 

「ふ~ん……そんなに穏やかな顔で語っておいて?」

 

「ドランクに見せてやりたいくらい柔らかな雰囲気だったな。おかげでオレもアイツの事をいろいろと思い出せたが、それでいい迷惑って言うのは、信じられんな」

 

「――ッ!? ち、ちがう!! 別に私はアイツからのプレゼントとかが嬉しかったわけじゃなくて」

 

「そう、それ……ちょっと気になったんだけどさ。もしかしてそのアクセサリーってコレの事?」

 

 ゼタが取り出したのは、紐の付いた翠の石。普段は荷物の中から出すことのないそれは、ゼタにとって親友からもらった大切なものであり、いつもはしまってあるはずの物であった。

 アイリスとの昔話をするという事で思い出の品を持ち出して来たら、まさか話に上がってくるとは思わず驚いていたが、それはゼタだけではない。

 

「それか……実はオレも持っている」

 

 セルグは普段は腰に巻いているポーチから、ゼタが取り出したのと同様の石を取り出した。

 

「スツルムの話の終わりに出てきたのはオレだろうな……あの日、アイリスからもらった物だ」

 

 ゼタとセルグが取り出したのを見て、スツルムも肌身離さず付けていた腰の石を取り出す。

 

「同じ……ものか?」

 

「そうみたいね……」

 

「ティアマトの加護……か」

 

 ”必ずまた巡り会える”

 

 スツルムの話にあったアイリスの言葉を思い出し、三人は押し黙った。

 彼女の言うとおり、石を持った三人は何の因果か巡り合うことができた。偶然でしかないが、それはどこか運命的なものを感じ、三人はそれぞれ胸中でそれをくれたヒトへと想いを馳せる。

 

 

「――セルグ、次はお前だ」

 

「もう色々思い出したでしょ? 次はアンタの番よ」

 

 ひとしきり感慨にふけった、二人は未だ何も語らないセルグへと視線を向ける。

 二人の言葉にセルグは、静かにゆっくりと頷いた。

 

「そうだな。そろそろ、向き合わないとな……」

 

 セルグは、一度目を閉じて深呼吸をした。ゆっくりと心を落ち着けるように……深く、深く。

 

「少し、長くなるぞ。始まりは三年と少し前だな。オレの元にアイツが部下として回されてきた。本当を言うならそれが試験みたいなものだったらしいがな。とにかくそれを機に、アイリスとオレは一緒に任務に赴くようになった……」

 

 

 セルグは語る。

 かつて彼女と共に旅した事を。かつて彼女と共に戦っていた事を。かつて彼女を愛していたことを。

 そして……かつて彼女を死なせてしまった事を。

 その全ての思い出を、セルグは克明に語った。

 忘れていた最愛のヒトの表情を思い出し、忘れていた最愛の人の声を思い出し、忘れていた最愛のヒトの言葉を思い出し。忘れていた最愛のヒトの死に様を思い出し……セルグは、全てを語った。

 

 

 時刻は深夜をとうに回っているだろう。

 セルグの長い語りは終わり、話を聞いた二人には僅かながら涙が浮かんでいる。

 

「全部……思い出せたな。本当に全部、オレは忘れていた」

 

「そう……それならよかったじゃない。思い出せたなら、もうどうすればいいかはわかるでしょ?」

 

「私が知っているアイツも、お前が知っているアイツも、何一つ変わらない。優しくて、心配性で、どこまでも温かい奴だ」

 

「そうだな。オレは随分と、自分に殺されていたようだ……アイツはそんな心ない人間じゃない。改めて、それを知ることができた。ありがとう二人共。オレは本当に大切なモノを取り戻せた気がする」

 

「ハハ……セルグ。泣いちゃってるよ。ほら、しゃんとしなさい」

 

 静かに胸に手を当て涙するセルグを、ゼタが優しく抱きしめる。

 セルグが涙を流しているのは嬉しいからだけではない。

 全てを思い出し全てを語ったセルグは同時に、最も悲しい過去も鮮明に思い出したのだ。

 取り戻した嬉しさと同時に込みあがってくるのは、守り切れず失ってしまった後悔。

 それを悟ったゼタは震えるセルグの身体を抱きしめ、慈愛の言葉を紡ぐ。以前に自分が仲間に助けられたように……救われたように。

 

「あの子は絶対に、セルグに幸せに生きてほしいと願っている。あの子は絶対に、セルグと出会えたことを幸せだと感じている。あの子の笑顔と、親友だった私の言葉を信じて。だから……自分を責めるのは、もう終わりにしよう」

 

「全てを聞いた今なら私からも言える。アイツは……お前の元に向かっていったアイリスの顔は間違いなく幸せに溢れていた。お前といる事を心の底から喜んでいた。それなのに、お前はいつまでアイツの事を疑う気でいる? お前はアイツの想いを疑うのか? お前はアイツの言葉を疑うのか? もしそうなら私は友として、お前の事を突き刺して改心させてやる。アイツは絶対にお前に嘘を吐かない。これだけは確かなはずだ」

 

 ゼタに抱かれるセルグに、スツルムも言葉を投げる。

 目の前で抱かれている男に、大切な友の想いを理解してもらうために。

 

「本当、そうだな……全部、オレが勝手にオレを恨んでいただけだった。全部、オレがアイツのせいにして自分を恨んでいるだけだった……オレは、最初からアイツを忘れようとしていたんだな」

 

 伝わるゼタの温もりに安らぎを感じながら、セルグは涙を流し続ける。

 死に際まで笑顔であった彼女の心に恨みなどあるはずがない。ましてや己の死を願うことなどありえない。それがわかったセルグに、もう罪の意識は無かった。

 ただ、大事なものを取り戻した事を喜び、セルグはひたすら、涙を流し続けた……

 

 

 

 

「二人とも……遅くまですまなかった。本当にありがとう」

 

 涙を流し終えたセルグは、随分と遅い時間まで話し込んでいたことに気づいて、二人に感謝を告げた。

 

「私もアイツの色々な話ができて嬉しかった。お前の言うように昔話ができて楽しかったぞ」

 

「もう……アンタは大丈夫だよね? ちゃんと前を向いて生きていけるよね?」

 

 スツルムは小さく笑い、ゼタは心配の表情を浮かべていた。

 清々しい顔をしているが、これまでの長い間抱え込んでいた罪の意識が簡単に消えるとも思えず、ゼタはセルグを伺う。

 

「大丈夫……とはっきり言えるかはわからない。だがそれでも、今のオレはアイツの笑顔を思い出せる――それだけで十分救われる」

 

「ちょっとセルグ、そんなんで――」

 

「大丈夫だって。朝にはきっと、全部終わってる……」

 

「はぁ? もうホント、セルグの言うことって、意味わかんない。とにかく大丈夫なのね。私が抱きしめてまで上げたんだから、朝にシャキッとしてなかったらぶっ飛ばすからね。それじゃ、お休み」

 

 一息で言い切り、ゼタはセルグの部屋を後にする。

 

「私も行こう。改めて言うことも特にないが……とにかく、がんばれよ」

 

「あぁ、感謝するよ。スツルム」

 

「フンっ、ゼタも言っていたがシャキッとしておけよ」

 

 スツルムも静かにセルグの部屋を後にする。

 残されたセルグは、静かに一息ついたところで、ベッドへと体を預け眠りにつく。

 後二時間もすれば日が昇り始めるだろうこの時間からでも、セルグの意識は深く、深く。闇の中へと沈んでいった……

 

 

 ――――――――――

 

 

 暗い……暗い世界に一人立っていた。

 まっさらで、なにもない世界。空は黒く、星も何もない。そのくせ松明様な光源も無いのに足元に広がる水面の様な景色はどこまでも見通せる。そんな不可思議な場所に私は立っていた。

 

「――ここか」

 

 呟いた自分の声は驚くほど自然で当たり前のように色を持っていた。静か過ぎる周囲を見回しながら、私はソレが来るのを待った。

 

「――また、来てくれたんだね。セルグ」

 

 聞こえた優しい声に視線を向ければ、そこには嘗て失ってしまった最愛の女性が、いつもの微笑みを浮かべ立っていた。

 死した時より幾分か歳を重ねて見えるのは、私の夢の中だからなのか。互いに若さよりも大人っぽい雰囲気を纏う様になったと思う。そんな彼女の姿に今尚、愛しいと思えてしまうのはやはり彼女が私にとってなにものにも代えがたい大切な存在だったからなのだろう。

 

「また、来てしまったよ」

 

「懲りずによく来るね……今日はどんなのにしようか?」

 

 いつも通りの無邪気な笑みを湛えて、彼女は私に問いかけてくる。

 既にその頭の中では幾通りもの心を壊す思い出が作られているのだろう。無邪気な笑みは既に狂気を孕んでいた。

 

「そうだな……今日は私がお前を殺すっていうのはどうだ?」

 

「え?」

 

 静かに右手を翻す。私の右手に現れるのは、長い間共に戦い続けてきた相棒――

 

「絶刀天ノ羽斬よ……我が意に応えそのチカラを示せ。立ちはだかる災厄の全てを祓い、全てを絶て」

 

 抜刀と共に解放。

 夢の中故か、私のチカラは衰えを知らない。高まるチカラは落雷を纏うように天ノ羽斬を包み、音を鳴らす。

 

「何をしているのセルグ? 私は」

 

「理解したんだ……いくらその姿をとろうがお前はアイリスじゃない。お前は、私が作り上げてしまったオレ自身の罪の意識だ」

 

 言葉と共に私は天ノ羽斬を解放。世界を埋め尽くさんばかりの光が暗い世界を照らし出す。

 私の目の前にいたアイリスは、オレの姿へと変わる。

 

「気づいたんだな……ようやく、一歩踏み出せたというところか。だが、それだけで何が変わる? お前が彼女を死なせてしまったことには変わりない。何を理解したところで、現実は変わらず、お前のせいで彼女は死んだ」

 

「そうだ、私のせいで彼女は死んだ。だが、彼女の優しさも変わるはずがない……優しい彼女が、私に幸せになってくれと願うのも絶対に変わらない。だから私は決めたんだ。今度こそ全てを守り、幸せになって見せると……それが()()の覚悟だ」

 

 再び天ノ羽斬へとチカラを込めた。全開解放によって高まるチカラは、現実で衰えたオレでは出せない正真正銘の全力。

 極光纏う相棒を構え、オレは目の前に佇むオレを睨む。

 

「終わりにしよう。私が生み出したオレ自身よ……もうオレにお前は必要ない。もうオレは己を責めることはしない。もうオレは、彼女を忘れはしない」

 

「そうか……お役御免というやつだな。いいだろう、好きにしろ。二度と、こんな無様なもの(オレ)作り出すんじゃねえぞ」

 

「あぁ……肝に銘じておこう」

 

 絶刀招来……

 極光の一振り。それはオレを飲み込み、無へと還す……後に残るは、黒から白へと変わった、オレの世界だけだった

 

「いままで……ありがとう」

 

 呟かれた声は、少しだけ……少しだけ涙を湛えていた気がした……

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

「――ん」

 

 静かに目覚めたセルグは、目じりに溜まった涙を拭う。

 心は穏やかでありながら、どこか虚しさがあるような、奇妙な感じにセルグは首を傾げた。

 

「なんだろうな……なんだか妙に、気持ちの良い目覚めだ」

 

 いつも通り、具体的な記憶はない。それでもセルグの心持は大きく違った。

 正に生まれ変わったような気分で、胸に手を当て、落ち着いた鼓動を感じ取る。

 

「それはよかったですわ……昨夜はさぞお楽しみになったのでしょう?」

 

 突然聞こえた声にセルグはビクリとしながら、視線を向ける。

 

「ヴィーラ……なんでここに」

 

「昨日の貴方が少し心配でしたので。どうやら杞憂のようでしたが……」

 

 既に身支度を整えて、いつもの姿をしているヴィーラはそう言うと、静かにセルグへと歩みを進める。

 

「昨日までの貴方と比べると見違えるようです。お聞かせください。過程は良いので、結論だけを」

 

 ヴィーラの言葉の意味を理解し、セルグはベッドから降りて立ち上がった。

 己の決意、過去と向き合うきっかけとなったのはきっと彼女が想いを告げてきたからだろう。彼女の覚悟にも似た想いが己を変えてくれたと理解したセルグは、ヴィーラの問いに応えるべく、口を開いた。

 

「君のおかげで、オレは乗り越えることができた……君のおかげで、オレは覚悟を決められた。

 ――君のおかげで、オレは生きることを許された。本当にありがとう」

 

 いつも彼女が湛える静かな笑みでセルグが笑う。吹っ切れたようで清々しいその表情は、これまでの無理のある笑みではなく、自信に満ちた笑みでもなく。強いて言うなら、安心をさせる表情といったところか。

 不意にもたらされた見慣れぬセルグの柔らかな顔に、不覚にも胸が高鳴り、ヴィーラは視線を背けた。

 

「私によるものではありません。全ては貴方が覚悟し、そして()()()()と乗り越えた結果です」

 

「お、おい……なんか妙に棘がないか?」

 

「いえ、そんなことは無いこともないですわ」

 

「――あるんじゃねえか。言っておくが君に感謝しているのは本当だぞ」

 

「理解しております。貴方はそういう嘘はつけませんもの。ただ、やっぱり力になれなかったとは思ってしまうわけです。女心というのもご理解してください」

 

 知らないからどうしようもないとはいえ、セルグの覚悟の一助となれなかったことはヴィーラにとってはやはり悔しかったのだろう。

 ゼタとスツルムにらしくないくらい嫉妬していたのは表には出さないが間違いなかった。

 

「それなら、少し君に頼りたいことがある。ザンクティンゼルに行く前に、ポートブリーズで物資の補給をするだろ? その時少し付き合ってほしい。二人で出かけないか?」

 

「――はい?」

 

 思わず間の抜けた声が漏れる。まさかこの朴念仁からそんな話が出てくるとは思わず、ヴィーラは呆気にとられた。

 

「一応体は本調子ではないからな。護衛兼まぁ、その……感謝を込めたデートというやつだ」

 

「……本当によろしいのですか?」

 

「あ~その、あくまで感謝のってわけであって、君の気持ちに応えるというわけではないんだが……オレにはやはり、アイツが忘れられないというかな……すまん、なんかオレ、今滅茶苦茶ひどい事言ってるな」

 

 己の言っていることを途中で理解して、セルグは申し訳なさそうに謝罪をする。考えてみれば、応える気はないのにデートをするなど普通であれば許されるはずがないどころか、その場で叩かれて捨てられても文句は言えないだろう。

 

「フフ……なるほど。それはつまり私への挑戦ということですね? いいでしょう、必ずやアイリスさんから貴方を奪ってみせます」

 

「――は?」

 

 今度はセルグから間の抜けた声が漏れた。

 どうやら彼女はセルグが思う以上に、いや、相当逞しいようだ。

 怒りを覚えるわけでもなく、悲しみを覚えるわけでもなく、抱くのは今は亡きセルグの最愛のヒトへと向ける闘志。

 カタリナほどではないが自分もそれなりに魅力を持った女性で在る自負をもつ彼女にとって、セルグの言葉は心に火をつけるきっかけとなったようだ。

 

「楽しみにしていてください。二度目になりますが、私を本気にさせた責任……必ず取らせて差し上げます」

 

 いつも通りの麗しい笑み。いつも通りの僅かな寒気。

 部屋を立ち去ったヴィーラを見送ると、立ち尽くしていたセルグは何を間違ったのかと、再びベッドに潜り一人反省会を始めるのであった……

 

 

 空を、明るい日差しが蒼く染めていた……

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

まずは読者様には謝らなければいけません。
今回の回。現時点では未完の話となります。
本来であれば過去編の完結に合わせ今回の話を書き上げる予定でした。そうすることでセルグが語る全てを読者様にはちゃんと展開しようと考えていたのですが、本編を進めることを優先している今、過去編はほとんど出来上がっておりません。本編の一旦の完結をしてからの執筆となりますので、今回の話は現状未完のままとなってしまいます。申し訳ありません。

オリ主に関することをひたすらに書き綴ったので、いかんせん読者様からの批判もありそうですが、主人公の構想が出来上がった段階から、どこかで救済の回を書き上げるのは決めていました。
もうすぐ一年連載になる本作で一番重要な話になったかと作者としては思っています。

途中はゼタ、スツルム。最後にヴィーラと浮気しまくりでヒロイン未定な本作主人公ですが変化を起こした彼の今後の展開にご期待いただければと思います。

次回、デート回です。(トッポブ的ネタ枠

それでは。お楽しみいただければ幸いです。

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