granblue fantasy その手が守るもの   作:水玉模様

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注意事項

作者は特定のキャラが嫌いと言うことはありません。
作品中、どんな扱いであろうとも、作者は皆好きです。

少し悪く描いてしまったのであらかじめご了承下さい。

それでは、お楽しみ下さい



メインシナリオ 第35幕

「おーい! こっちこっち!! ちょっと、へるぷみー!!」

 

 どことなく間の抜けて、助けを求めているのに緊迫感のない声が、グランサイファーへと向かう一行の足を止めた。

 

「……なんだ? 皆、何か聞こえたか? いや、オレは聞こえていない。少なくとも今の声は助けを求めるような声ではなかった。さぁ、先を急ぐぞ」

 

「うぉいセルグ!! 聞こえているのか聞こえていないのかどっちかにしろぃ!!」

 

 本格的に何を言いたいのかわからないセルグの言葉に、ビィが盛大に突っ込みの声を上げる。

 

「いや、オレも真剣な声なら耳を傾けるが今のはどうにも……」

 

「あぁ、悪いんだけどセルグ。一応僕達、今の声聞き覚えがあるんだよね」

 

「多分知ってる人……」

 

「そう……だな」

 

 グラン、ジータ、カタリナが歯切れ悪くもセルグに告げる。告げられた事実にセルグは少しだけ驚きを浮かべるが、グラン達の知っている人物となればセルグとしても話は別なのだろう。

 向かおうとするグラン達を止めることもせず、大人しくついていくことにした。

 

 

 

「いや~来てくれて助かったよ君たちぃ。久しぶりだね、元気にしてたかな?」

 

 声の主の元へと赴けば彼らを迎えたのは、蒼い髪のエルーンの男性と赤い髪のドラフの女性。

 瓦礫に挟まれ助けを求めて声を上げていたのは、どうやらエルーンの男のようである。軽薄そうな笑みを貼り付け一行に。正確にはグランとジータに助けを求めていた。

 

「うむ……アレーティア、何点だ?」

 

「30点じゃのう。初対面のメンツもいる中での馴れ馴れしい口調。助けを求めているにしては声に頼む感じがない。次いでいうなら、そこの赤い女子が随分とキツくお主を睨んでおるでな」

 

「だ、そうだ。頼み方がなっていない。やり直し」

 

「えぇっ、ちょっと!? 初対面でそれはむしろそっちの方がきつく無い!?」

 

 アレーティアとセルグの息の合ったコンビネーションに蒼の男が驚き交じりに抗議の声を上げる。

 

「せ、セルグ。待ってくれ、彼らは一応」

 

「冗談ではある。だが、半分本気だ、そんなにきつく睨みつけられて、警戒するなという方が無理だ」

 

 そう言って視線の向ける先にいるのはアレーティアが言う通り、セルグをきつく睨みつけるドラフの女性。

 

「お前……」

 

 静かに口を開くと、今すぐにでも腰にある剣に手を掛けそうなほど不穏な空気を纏い、セルグを睨みつけた。

 

「ちょっとちょっとスツルム殿ぉ~どうしちゃったのさー。スツルム殿のせいで僕助けてもらえなくなっちゃいそうなんですけど!?」

 

「少しだまれドランク。そこのお前……依然連れていたあの犬みたいな女はどうした?」

 

 問いかけられた言葉にセルグが目を見開いた。

 彼がこれまでに連れ立って歩いていた人間は極一部に限られる。グラン達と出会うまで一人でいたセルグに懐いていた人間などたった一人しかいない。それは同時に彼にとって最も触れてほしくない心の深域。

 そんな事は露知らず、目の前のドラフの女性はさらに言葉を続けた。

 

「あれだけお前に懐いていたあの女が今、お前の傍にいないのは何故だ? 随分と濃い死臭を纏っているな。私たちの界隈でもそうはいないくらい……まさかお前、アイツを――」

 

 次の瞬間、目の前を何かが閃いたように彼女は感じた。睨みつけた男に特に動きは無い。だがそれでも

 

「それ以上しゃべったら……二人とも殺すぞ」

 

 絶大な殺気を纏い、静かにセルグが口を開く。

 余りにも無警戒に踏み込んでしまったセルグにとって絶対不可侵の領域。過去に僅かに接点を持ってしまったがために邪推をし、スツルムと呼ばれた女性は今、命を奪われてもおかしくない程セルグの心の奥へと踏み込んでしまった。

 

「セルグ、落ち着くのじゃ。その殺気はちびっ子達はおろか儂にも響く」

 

「そうです、セルグさん。私の目の前で無作為な暴力を行えると思わないで下さい」

 

「グランさん、ここはお任せいたします。セルグさん少しお話をいたしましょう。どうぞこちらへ」

 

 静かにアレーティアが宥め、リーシャが立ちはだかり、ヴィーラが手を引いて離れさせる。

 セルグは何も言う事なくヴィーラに従い、その場を離れるが、セルグの手を取った時ヴィーラは彼の異変に気付いた。

 

「(震えて……いる?)」

 

 僅かにではあるがセルグの手は震えていた。絶大な怒りはある種の恐怖の裏返し。無作為に踏み込まれた心と、かけられた言葉は、セルグにとって最も危険な言葉だった。

 

 ”アイツの事を殺したのか?”

 

 恐らくそう口にする気であったのだろう。それの意味することはただ一つ。彼が最も囚われている過去であり、最も己を攻めたてている部分だ。それが音になる前にセルグは止めた。全力の殺気で……

 言葉にされたとき、また罪の意識に潰れていたかもしれない……手に伝わる彼の震えからヴィーラはその可能性を感じて、無遠慮に他人の心の琴線に踏み込んだ愚か者へと冷ややかな目を向ける。

 

「(もし次があったら、その首を落とすのは私の役目です)」

 

 狂愛の騎士は、静かにその瞳へ新たな炎を宿した……

 

 

 

「だはぁ~もうホントに死ぬかと思ったね……スツルム殿ーなんであんなバカみたいな事したのさぁ。カレ、本気も本気、全力で僕達の事殺す気だったよ」

 

「……すまない。少し早とちりした」

 

 珍しくしおらしい相棒の姿にドランクも目を細める。普段なら反撃に一突きぐらいはしてきそうなものなのに、珍しく彼女は余裕のなさそうな顔で俯いていた。

 

「あのさ……教えてもらっていい? 何であんなこと聞いたのか」

 

「先ほどのは流石に、無遠慮というか、気遣いが無さすぎるというか……初対面ではなさそうだが、互いにちゃんと見知ったものではないのなら人違いということもあるんじゃないか?」

 

「私達もセルグさん程じゃないけど、少し怒りを覚えました」

 

 グラン、カタリナ、ジータの声に、スツルムと呼ばれた女性は少しだけ俯く。言うことは最もだろう。無遠慮に過ぎるのは彼女自身も理解していた。疑念と感情が先走ってしまい、言葉が出たのは確かであった。少しだけ間を置いてから、スツルムは口を開き始める。

 

「私は一度、あの男と会ったことがある。会ったというよりは見かけた、ってくらいだったが。たまたまドランクとも別行動で一人でいたときの事だ。 ポートブリーズで妙に親しみやすいヒューマンの女に会った。なんでも仕事で来てて連れが迎えに来るのを待っているって……何故だかわからないけど断り切れなくて、そいつと一緒にその日は店を見回ってその……買い物とか女の子らしい事っていうのをやったんだ」

 

 最後の方で僅かに頬を染めながら語るスツルムに、ドランクの顔がにやける。

 

「あれあれ~もしかしてスツルム殿なんか恥ずかしがってなっ痛ってぇ!? ちょっ、待って待って!? 今防御も回避もできな」

 

「う、うるさいんだよ、いちいちお前は! ひとが真剣に話しているときに余計なことばっかり!!」

 

「あっ、ダメやめてそこは、アーーッ!」

 

 無残な悲鳴と共にスツルムの照れ隠しがドランクを襲う。少々スプラッタな光景にジータとリーシャが子供二人の目を覆う。一しきりお仕置きが済んだところで、一度咳ばらいをして、真剣な空気を取り戻すとスツルムは再度口を開いた。

 

「――話を続けるぞ。そいつがしばらくしたら、迎えが来たって言って一人の男の元へと走っていったんだ。目つきが悪くて、不愛想で、どことなく怖い。そんな男の所に……アイツは懐いているようだったけど、男の方は全然そんな感じがなくて。でも、妙な取り合わせだなってくらいで、別にその時はそんな気にしていなかった」

 

 話を聞くグラン達はそれが誰であるのかは見えてきた。そして、それが彼女の暴挙の理由になりえることも。

 スツルムの話は続く……

 

「ところが、その日の夕方くらいに、今度はその男とすれ違った。さっきの奴と同じように滅茶苦茶な殺気を纏った男と……その男の雰囲気が妙に気になって、翌日以降、空いた時間にその二人を探してみたが、見つかることはなかった。女の名前は”アイリス”。多分私にとって、短い間だったが友と呼ぶに相応しいヒトだった」

 

 グラン達に沈黙が訪れる。

 語られたのはスツルムの早とちりではあるが、彼女にとっても非常に重要な事であったのだろう。

 セルグを目にした瞬間に必然的に思い起こされたのは、わずかな間ではあるが友と呼べるまでに心を開いた存在。それが死臭をまとって現れたセルグによって、感情と疑念が高まり、つい言葉が出てしまった。セルグとアイリスの事の顛末を知らないスツルムにとって、かける言葉は間違えたが、聞かざるを得ない疑念ではあったのだ。

 

「もし知っていたら教えてほしい。あの男とアイリスとの関係は? あんなに怒ったんだ。私はひどいことを……」

 

「そうね……全てを知っていて、あの子と親友だった私からしたら、アンタの邪推は今すぐぶっ飛ばしたくなるほどひどいものだったわ」

 

「ゼタ!!」

 

 怒りの声を上げるゼタをグランが窘めるも、ゼタに引く気はない。彼女はそれだけの暴挙を行った。

 

「黙ってグラン。アイリスを殺した……それをもっとも感じているのは他ならぬセルグよ。それが事実とは全く異なることだとしても。そうして罪の意識に潰れそうなあいつがルリアちゃんのおかげでやっと前を向き始めたっていうのに、再びその奈落へと落としたこいつを私が許すと思う?」

 

「だが、彼女だって知らなかったことだ。確かにかける言葉は間違えたかもしれないけど、それだってアイリスさんを想っての事ならセルグだってわかって」

 

「そういうことを言っているんじゃないの。確かに今の話を聞けば、アイツならきっと許しちゃうでしょうね。でもそれだけよ。あいつはアンタを許すことはできても、自分を許すことは決してしない……どういうことかわかる? アイツはあんたからどんな弁解の言葉をもらおうが、あいつ自身の傷は癒えないのよ。最近やっと前を向いてくれそうな気がしていたあいつの心をまた再び落としてくれちゃってさ、どうしてくれるのよ」

 

 ゼタの言葉にスツルムはうなだれる。己の軽率な発言が原因で一人のヒトを大きく傷つけてしまった。彼女は傭兵ではあるが、荒くれものとは違う。照れ隠しや怒りで相棒には簡単に剣を突き立てたりはするが、彼女もまたグラン達と同様に心根は優しいヒトなのだ。

 

「……すまない。本当に」

 

 言い訳など出るはずもなく、ただ謝罪だけが紡がれる。

 

「え~っとぉ、僕からもいいかな? スツルム殿が心を開いた人なんてとっても少ないからさ……彼女にとってそれだけ大きな存在だったから慌ててしまったってことで、ここは一つ許してあげて欲しいなぁ~なんて……」

 

「今言ったでしょう? 許す許さないって話じゃないのよ。問題は落ち込んだアイツをどうやって前に向かせるかよ。言っておくけどアイツ、ちょっとやそっとじゃ絶対に前向かないからね……」

 

 静かにゼタが笑う。先ほどまでの怒りを抑え、スツルムとドランクにどうすればいいかを指し示す。

 アイリスを想っていたが故に出てきた疑念。それはゼタにも十分にわかった。であるならゼタが彼女を糾弾などできようはずがない。言葉では許さないと言いつつも、ゼタにとって、スツルムは、大切な親友の大切な友であるのだ。

 

「そうですね……まずはドランクさんがぶすぶす刺される光景で笑いをとるって作戦で行きますか」

 

 ゼタの雰囲気の変化を察して、今度はジータが助け舟を出す。恐らくスツルムはこういった時にどうしていいかわからないタイプだ。何をすれば罪滅ぼしとなるのか、何をすれば自分が納得できるのか。根が生真面目な彼女にとってその提案は渡りに船であった。

 

「わかった……まずはそれから行こう。いくらでもやってやる。ドランク、いつもより少し痛いかもしれないが我慢してくれ」

 

 ジータの提案に迷いなくスツルムは頷く。どうやら想いの他、彼女に余裕は無いようだ。普通なら突っ込みが入るところだが、なんの疑問も持たずにジータの提案を受け入れてきた。

 

「あっれ~、何で僕がそんな目にって痛って!? まって、まってスツルム殿当たり前に刺すのもおかしいけど、まだ目の前にカレが居ないのに刺すのもおかしくない!?」

 

「……練習だ」

 

 静かに顔をそむけるスツルムの頬が赤くなっているのをドランクは見逃さない。嬉々としてスツルムの心情を読み切ると、痛みで歪めた表情を、こんどは愉悦に歪め始めた。

 

「あれあれ~さては逸って間違っちゃった? ふふ~んそうか、つまりそのくらい彼に対して大きな想いを抱いてしまったわけね。やっぱりスツルム殿はいい子だな~痛って!? 待って待って、回数増えてるよスツルム殿!? 本番の前に僕が穴だらけになっちゃうって」

 

「安心しろ、峰打ちだ。死にはしない」

 

「ブスブス刺しといて峰も刃もないんじゃないかな!?」

 

 目の前で行われるバカみたいなやり取りに少しだけ呆れた溜息が漏れるグラン。先ほどのセルグの様子から相当面倒な事態だというのに、彼らの能天気さはもしかしたら何とかしてしまうかも知れないと、少しだけ淡い期待をしてしまう。

 

「あ~あのさ。とりあえずセルグとのことはまた後で話すにしてさ。本題に入りたいんだけど……結局僕達を呼んだのはなんで?」

 

「ッ!? そうだった。さっきの今で悪いがこっちも要件があった。私たちを一緒に連れていってほしい」

 

 唐突な同行の願いにグラン達は一斉に疑問符を浮かべる。というのも、そもそも目の前の二人は元は彼らと対立する立場にあった。

 彼らは傭兵。黒騎士アポロに雇われ、帝国軍と一緒にルリアを付け狙っていた二人なのだ。本来なら警戒してもいいくらいである。

 そんな彼らの疑問を察して、ドランクが口を開く。

 

「僕達ね~実は黒騎士を助けたいんだ」

 

 ハッとしたように顔を上げてオルキスがドランクを見つめた。

 

「ドランク……アポロを助けてくれるの?」

 

「そうだよオルキスちゃん。ま、僕達一応傭兵だからね……お金もらっちゃったら雇い主は大切にしなきゃいけないわけ」

 

「それに黒騎士には借りがある。あいつは……雇い主の癖にあたし達を助けた。だから今度は私たちが助ける」

 

「助けたってどういうこと? そもそも、黒騎士って秩序の騎空団に掴まってからあたし達と一緒に居たんだし助けられるはずないと思うんだけど……」

 

 イオが疑問の声を上げる。イオのいう通り、アポロは牢屋から脱獄して以降、ずっとグラン達と一緒にいた。その間に彼らが関わったことはなく、二人のいうことには矛盾が生じていた。

 

「そうそうおチビちゃん~でも実はその前の話なんだよって冷たっ!? ちょっとおチビちゃん、スツルム殿真似して僕に氷の魔法打つのやめてくれない!?」

 

「あ、ゴメン……チビに反応してつい」

 

「うるさいぞドランク。話の邪魔をするな。黒騎士は自分が秩序の騎空団に捕まることを予期していた。捕まる直前に私達に自分の元から離れるようにって言ってきたんだ……」

 

「まいっちゃうよね~あんな怖い顔してるくせにお人好しなんだもの~。まんまと僕達も彼女の鎧の顔に騙されちゃったわけ。ま、あの人の事だから、捕まった先まで見通していたかもしれないけどね……」

 

 少しだけ悔しそうな表情を見せるドランク。先ほどから何をされても……そう、何度刺されても飄々としていた彼が初めて見せる感情の現れた顔であった。

 

「アポロ……もしかしたら大丈夫?」

 

「いいや、オルキスちゃん。あの人は今、本当に危機に陥っている……オルキスちゃんがあの人の手元を離れて、君たちに預けられているのが何よりの証拠」

 

 アポロにとっては全てに優先されるオルキスという存在。人形と呼ぼうが本物でなかろうが、オルキスはアポロにとって要である。

 そんなオルキスが今、アポロの手元を離れ、グラン達の元にいる。それは既に彼女のチカラが及ばない状況にあることを示していた。

 

「となれば、助けに行くしかないでしょ! 僕たちは傭兵。契約は守らないとね。ねぇ、スツルム殿?」

 

「当然だ。あたし達は傭兵。雇い主は守るのが――」

 

「とか何とか言っちゃって、いい子なスツルム殿は、あの人がほっとけないんだよね~って痛って!? ちょっと、スツルム殿! 心の準備くらいは必要だから無言で刺すのはやめてホント!!」

 

 

「そういう事情があったのか……どうする? グラン、ジータ」

 

 カタリナが問いかける言葉は仲間達の気持ちを代弁する。胡散臭い。その言葉は間違いなくあてはまる。だが、それだけで断るのは忍びなかった。スツルムがセルグと一悶着あったことも考えると、できればそこは解消しておきたい思いがグランとジータの脳裏に浮かんでくる。

 

「グラン、ジータ」

 

「オルキス?」

 

「オルキスちゃん?」

 

 決めかねていた二人にオルキスから声が上がる。

 

「私、二人と一緒に行きたい……二人は、本当はいい人。きっと……この気持ちは本当」

 

「そっか……」

 

「ドランクは変なことばっかり言ってるけどよく飴をくれる。スツルムはいつも怖い顔しているけど、二人の時はとっても優しくしてくれた。いつも、私と遊んでくれた」

 

 オルキスの言葉に、ドランクはにやけ、スツルムは瞬く間に顔を赤く染めた。無言でドランクへと近づき……

 

「っ痛ぇ!? ちょっとスツルム殿!! 照れ隠しにしては少し激し」

 

「う、うううううるさい!! 笑うな、大人しくしておけ!」

 

「ちょっとスツルム殿、やめてってばぁ~」

 

「フフフ、オルキスちゃん、良かったですね。お二人とも優しくて」

 

「ルリア? うん。私はとっても嬉しい」

 

「グラン……私は良いと思うよ。お二人が居たら、オルキスちゃんも安心だろうし」

 

「ああ。スツルム、ドランク。二人にも一緒に来てもらう。黒騎士の救出は、僕たちにとっても重要なことだしね」

 

 照れ隠しに顔を赤く染めながらドランクを穴だらけにしていくスツルムを見ながら、一行は少しだけ心穏やかになるのを感じ、二人の同行を受け入れるのであった。

 

 

「あ、あの~ドランクさん穴だらけになってますけど、本当に大丈夫なんでしょうか……?」

 

 一人……真面目系女子代表リーシャが、おろおろとしている以外は、彼らに特に問題は無いようである。

 

 

 

 

 静かに、深く息を吐いたセルグは、傍らに控えていたヴィーラに手を握られていた。

 本来セルグとしては彼女と二人きりというのは多分にまずい状況であるのかも知れ無いが、今のセルグにとって、傍らに仲間がいるという状況は一つの安寧であった。

 

「落ち着きましたか?」

 

「すまない……大分取り乱した。もう大丈夫だ」

 

「私としては少し役得というものですから、お気になさらず」

 

 静かに微笑むヴィーラにセルグは何も返さず……というよりはこの状況に気恥ずかしくなったのか慌てたように立ち上がった。

 

「その……もう大丈夫だ。これ以上は君にいらない勘違いをさせる。君のおかげで助かったのは事実だが、オレの気持ちは変わらない」

 

「えぇ、それでも私がこうしていたいのだから良いのです」

 

「……君は本当にそれを続けるつもりか?」

 

「可能であるなら、ほかの皆さんにも担っていただこうと思っています」

 

「勘弁してくれ……」

 

 思わず顔に手を当て、セルグが呻く。ヴィーラの好意だけでも大いにかき乱されているというのに、その上ほかの仲間達にまで捧げられては持たない。そうセルグは慄いた。

 この時点で既にセルグはヴィーラの術中にはまっているわけだが、どうにも今のセルグにそれを察する余裕は無いようだ。

 ヴィーラとしてはこうしてセルグに仲間を感じさせることで、未来というものを意識させていく必要がある。その為ならば、自分だけでなく他の仲間達からも大いに想いを告げてもらい、意識してもらうことが一番だと考えていた。

 幸せだと思わせること……それこそが、セルグを救う手立てだとヴィーラは思考を巡らす。

 

「それなら早々に諦めることです。彼らの諦めの悪さは最初の決闘で知っていますでしょう? 折れた方が楽な場合もありますよ」

 

「だったらオレの意思の強さも知っているはずだ。大公殿からのお墨付きだぞ」

 

「それこそ、私たちはアーカーシャを目にしても心が折れない強者ぞろいです。言ったはずですよ……私を本気にした責任は取ってもらいますと」

 

「……勘弁してくれ」

 

 言い返すことができなくて、セルグは再び脱力したように言葉を繰り返した。

 いつの間にやら、震えていた心は平常通りに落ち着き、随分と胸中も穏やかになっていた。

 それ自体は嬉しくはあるのだが、計算高く幾重にも思惑を重ねているくせに、向けてくる想い自体は純粋で、ただセルグの幸せを願う彼女の想い。心を侵してくるような慈愛に、セルグとしては流されそうな危機感も覚えていた。

 無論、それはヴィーラにとって狙い通りなわけだが……

 

 

「セルグ、落ち着いた?」

 

 少し離れていたセルグ達にスツルムとドランクを連れたグラン達が合流する。

 

「あぁ、随分取り乱してしまった。悪かったな。それでそっちの二人は?」

 

「黒騎士が雇っていた傭兵。元々はルリアを狙っていて僕達とは敵対関係だったけど……黒騎士を救うため、一緒に行くことになった。セルグには悪いけど」

 

「待ってくれ、グラン。そこから先は私がいう事だ」

 

 静かにスツルムとドランクがセルグの前に出てくる。

 

「セルグだったな。悪かった……お前を見た瞬間に、私にとって唯一の友であったアイツを思い出して、色々と邪推して……お前の事を深く傷つけてしまった。許してほしい」

 

「僕からも頼むよぉ~スツルム殿、ホントはとってもいい子だからさー。たった一人の友人を思い出して少し気持ちが逸っちゃっただけなんだよねって痛った!? ちょっとスツルム殿!? 予定と違くない!!」

 

「予定と違うのはお前だドランク! ホントは良い子は余計だ! 人が真剣に話しているときに、なんでお前はいつもそうやって私をからかうんだ!!」

 

 どうやら打ち合わせ通りの言葉ではなかったのか、照れ隠し交じりにスツルムがドランクに剣を突き刺していく。顔を赤らめ、ドランクを刺す光景には一種の狂気が迸りそうな気がするが、ジータとゼタはこれでもいいかと静観。対するセルグは目を丸くしていた。

 

「ちょっ!? まってまってスツルム殿!? 僕が穴だらけになる前にちゃんと彼に」

 

「フッ……ハハハ……」

 

 ふと、セルグから小さな笑いがこぼれる。今度はスツルムとドランクだけでなくグラン達も目を丸くした。

 

「なるほどなぁ。確かにこれはアイツの友人になりえそうだ。そっか……アイリスの友人だったか……それならさっきの問いも納得がいく。スツルムだったな。こっちも悪かった、いきなり殺気をぶつけてしまって」

 

 柔らかな雰囲気の中、セルグも謝罪の言葉を口にした。奇しくもゼタの言うとおり、スツルムにはあっさりと許しが出されてしまう。

 だが、同時にセルグ自身の心持はゼタの推測を大きく外れていた。

 

「今日は少し夜更かししそうだな。ゼタ、スツルムと三人で今日は語らないか。折角アイツの友が乗ってきたんだ、互いに昔話でもしよう」

 

 それは自ら傷へと触れる行為。それは傷が治っていれば特に問題の無い行為。

 何が彼を変えたか……ルリアの決意か、ヴィーラの慈愛か、スツルムの照れ隠しか。もしくは彼を囲う仲間達か。

 それは分からないが、セルグの心に大きな変化が起きたのは事実だった。

 

「いいわね……私もアンタとあの子の関係には色々と聞きたいことがあったのよ。スツルム、一緒に今日は夜明かししましょ! 今夜は寝かせないわよ!」

 

「お、おいドランク……私はどうすればいい?」

 

「ん~いいんじゃない? 折角だし楽しんできなって! お許しも出たんだし仲良くなって来ればいいと思うよ」

 

 急な話の流れにスツルムが戸惑うも、ドランクはここでしっかりとスツルムの背中を押してやる。普段から基本は他者と深くかかわらない彼女だ。こういった時に一度打ち解けてみれば案外良いことが起きるかもしれない……そんな思惑が頭をよぎる。

 

「そう……か。お前が言うなら、今日はお前たちと夜明かしというものをしてみよう」

 

 ドランクの言葉に静かに頷いてスツルムはセルグへと視線を投げた。少しだけ未知の世界に不安そうな顔をしているスツルムに、ここでセルグにも悪戯心が芽生える。

 

「剣で刺す割には、存外結構な信頼をしているんだな。ドランクの言葉であっさりと傾いてくるとは。良い旦那じゃないか」

 

「――――ッツ!?」

 

 言葉にならない変な音を漏らし、スツルムはドランクへと駆け寄って先程の数倍の勢いで剣を突き刺していく。

 

「えっ!? ちょっ!? まって、待って痛って!? まってスツルム殿、これまでで一番危ない勢痛って!?」

 

「うるさいうるさい!! そうやってお前はいつも私をからかう! いい加減にしろ!」

 

「待って、待って!? 今言ったのは彼でしょって痛って!? やめてスツルム殿ぉ~!?」

 

 みるみる打ちに体に穴をあけていくドランクを眺めながら、発端であるセルグは、全くダメージを負っていなさそうなドランクの不思議に興味深そうに目を細める。

 

「ちょっとセルグ、このままじゃドランクが」

 

「安心しろって。アイツ、あれを全部魔法か何かで防いでやがる。防御壁でも無い、治癒しているわけでもない。穴は空いているのに出血はしていない。何かしているのは確かだよ」

 

「――本当だ。確かに血は出ていない」

 

 驚くゼタをよそに、セルグは踵を返してグラン達と一緒に艇へと向かうように歩き出す。

 

「行こう、グラン」

 

「あ、うん。大丈夫なのか?」

 

 僅かに心配そうなグランの声に、セルグは笑みを浮かべるだけで何も答えない。

 不思議そうにするグラン達を尻目に、セルグは一人でどんどんと歩き出していった。

 

「(さぁて、覚悟。決めるか)」

 

 

 

 心持新たにセルグは未来を見据えた。

 その先に待つのは変わらずにある破滅か、変わりつつある願いか。

 揺れ動く心は徐々に、旅の終着へ向けて動き出した。

 




如何でしたでしょうか。

最近気づきましたがこれ、主人公がヒロイン枠になってきてないかと思ったり、、、
流石にそんな気は無かったのですがね(^_^;)

次回から次の島に入ります。
その前にいつもの幕間で繋ぎます。
どうぞご期待下さい(過度な期待は禁物です

それでは。お楽しみいただけたら幸いです!

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