granblue fantasy その手が守るもの   作:水玉模様

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カッコいいと思える話を書きたかった。
完成度の程はわかりませんが、どうぞお楽しみ下さい。


メインシナリオ 第32幕

 無機質な音を立て、天ノ羽斬が地面に落ちる。

 

「くっ……限界か」

 

 震える手を抑え、セルグは呟いた。

 もともと戦える力の衰えていたセルグだ。全力と見せかけるための怒涛の攻めで前線を押し上げ、出てきたガンダルヴァを釘付けにするために最小限ではあるが融合を使い、さらに作戦が成功してからも変わらぬ状況のまま、戦い続けてきた。

 戦いが始まってからここまで、常に全力で動き続けた彼の体は、既に立っているのもやっとな程、疲労に染まっていた。

 

「セルグさん!!」

 

「終わりだぁ!!」

 

 天ノ羽斬の音を聞きつけ、リーシャが救援に向かおうとするが、それよりも早く、動けぬセルグにガンダルヴァの拳が叩きこまれる。

 

「ぐっ、が……」

 

 ドラフの肉体から繰り出される拳撃に撃ち抜かれセルグはふわりと浮き上がると、続いて振りぬかれた蹴撃でその身が風に吹き散らされる木の葉のようにアマルティアの大地を転がっていく。

 

「よく粘ったが、ここまでのようだな……」

 

 勝利の愉悦を見せつつ、横たわるセルグの元に、ガンダルヴァは一歩。また一歩と歩き出した。その足音はセルグの死へのカウントダウン。

 一歩進むたびに近づくセルグの死の予感に、リーシャは必死で助けに向かおうとするが、それはほかの帝国兵士たちに阻まれ進むことを許されない。

 セルグの元へとたどり着いたガンダルヴァは、勝利を確信し、その剣を振り下ろした。

 

「春花春雷!!」

 

「何!?」

 

 振り下ろされる刃がセルグの命を刈り取る直前。気合の声と共に瞬速連斬の花が咲く。

 モニカが放つ攻撃は前回同様に放たれ、だが前回とは違い不意打ちとなってガンダルヴァに直撃。ガンダルヴァを大きく弾き飛ばし、モニカはセルグのそばに降り立った。

 

「全員! 戦闘開始!! リーシャ達の援護に回れ!!」

 

 続いて戦場に現れるはモニカが引き連れた部隊の姿。一斉に帝国兵士達へと向かう部隊の数は少ないがモニカ直属の部隊員たちは次々と帝国兵士達を屠っていく。

 

「モニカさん!? どうしてこちらに」

 

 第四庁舎を奪還したにしては早すぎる。むしろガンダルヴァの話から、奪還はできないとさえ思っていたリーシャは驚きと共に問いかけた。

 

「彼らの強い要望だ。お主たちの火急の危機に際し、彼らは私に救援に向かえと……彼らは自分たちだけで第四庁舎を落とすつもりだ」

 

「ぐっ、モニカ……何をバカなことを。ポンメルンもいる第四庁舎でお前が居なくてどうやって奪還するというんだ」

 

 セルグが苦しそうに起き上がりながらも怒りの視線を向ける。モニカがこちらに来たのなら、グラン達は苦戦どころか、下手すれば全滅だってあり得る。胸の内に一気に広がった不安にセルグは動きだそうとするが、モニカはそれを制して、セルグにあるものを手渡した。

 

「これは、キュアポーション……?」

 

 セルグの手に渡されたのはしっかりと中身の入った小さな瓶。緑色の液体が満たされており、淡い色合いがユラユラと揺れていた。

 

「彼らから渡されたものだ。それからお主が第四庁舎に向かおうとしたら伝えてくれと伝言を預かっている。”セルグ、思い上がるなよ。今のセルグは僕たちを守れるほど強くない。今のセルグは守られる側だと覚えておけ”、だそうだ」

 

「――アイツ等。意趣返しのつもりか」

 

「どういう意味だ?」

 

「オレが以前ルリアに言った言葉だよ。皮肉にも自分に返ってくるとはな」

 

 守られる側であったルリアに向けた戒めの言葉。それがまさか皮肉にも自分に返されるとは思ってなかったセルグは小さく笑う。

 グラン達は今のセルグよりは戦える。チカラを持っている。そんな自分たちを心配して弱いセルグが動こうとするなと、グラン達は告げてきたのだ。

 モニカの伝言に清々しいくらい言い返されてしまい、会話を終えたセルグはその場でキュアポーションを飲み干した。疲労と怪我が急速に癒えていき、体にある程度力がみなぎる。反動によって残っていた疲労感は相変わらずだが、それでも体の状況は、戦闘前に近い状態まで戻っていた。

 グラン達の意思を受け止め、セルグはその場で再度戦うことを決意する。

 

「さすがに助かったな……正直もう動けなかった」

 

 活力を取り戻したセルグはすぐに天ノ羽斬を回収し、再び戦闘の雰囲気を纏う。見据える先は悠然と歩み進んでくるガンダルヴァ。

 モニカの攻撃を受けたというのに、大きなダメージを受けていないその姿はセルグに一つの疑念を抱かせた。

 

「モニカ……お前まさか」

 

 疑惑のまなざしと共に疑問が投げかけられると、モニカは苦笑しながら答える。

 

「あぁそうだ。数日の間飲まず食わずで寝ていた体は衰弱していた。身体は衰え、怪我は決して治り切ってはいない」

 

 昨日の作戦会議で意識を取り戻してきたモニカは開口一番で自分も参戦すると告げた。

 少しでも戦力になればとの想いから参戦したが、それによって秩序の騎空団の団員たちは大いに士気を上げ、モニカの決意は多大な影響を及ぼしていた。

 その反面、無理に出てきた彼女の体はセルグ同様に本調子からは程遠い。

 生死の境を彷徨いかけ、飲まず食わずの状態で数日を過ごし、ギリギリのところでジータとイオの治療により命をつなぎ留めたに過ぎないのだ。

 

「こっちに駆けつけてくるとは思わなかったぞモニカ……ついでにここまで弱いともな」

 

 余りにも威力のなかった攻撃にガンダルヴァの失望の声が広がる。

 

「本当だな……そんな状態でよくも参戦するなんて言ったもんだ」

 

「んな!? お主がそれを言うか。状態で言うならお主の方が悪いだろう」

 

「ちょっと、お二人ともこんな時に何を言い争っているんですか!?」

 

 ガンダルヴァの声に同意を示しモニカを非難するセルグと、負けじと言い返すモニカ。この状況でまさかくだらない言い争いをするとは夢にも思ってなかったリーシャが二人を責めるようにたしなめる。

 そんな三人を、ガンダルヴァは冷めた視線で見つめていた。

 

「余裕そうだなガンダルヴァ。一応私達は今から二人でお前と戦うつもりだが?」

 

 モニカとセルグ。強者として彼らと並び立てるものは極稀であろう。その強さはリーシャもガンダルヴァも同意である。だが

 

「てめぇらがまともに戦える状態なら余裕は無かっただろうな。つまりは……そういう事だ」

 

 ガンダルヴァは嘲笑を込めて笑う。それは既に彼の勝利が確定的なほどにセルグとモニカがまともに戦えない事を示している。だが、そんなことで引く二人でもない。

 

「言ってくれる……その余裕、すぐに消してやるぞ!!」

 

 適わぬと分かっていながらも、セルグとモニカはガンダルヴァに立ち向かう。

 時間稼ぎしかできない。それは本人たちがよくわかっていた。彼らの戦況は緩やかに敗北に向かっており、決定的な何かが必要であった。

 

「(鍵はリーシャだ……アイツが覚悟を決めたとき、アイツの世界はひっくり返る)」

 

 一縷の望みをかけるは、未だ目覚めぬ大器の覚醒……

 

 

 ――――――――――

 

 

 秩序の騎空団、第四騎空艇団の拠点。第四庁舎を奪還したグラン達はとある一室に集まっていた。

 

「――ルリア」

 

 医務室であろう場所でベッドに横たわり、静かな寝息を立てているのは蒼の少女。

 守られる側だった自分を奮い立たせ、星の獣を使役し、大切なヒトを守り通したルリアだ。

 

「ジータ……ルリアの容態は?」

 

 ルリアの状態を診ているジータに、カタリナは問いかけた。集中していたジータの表情に、嫌な予感が高まっていたのだろう。その声音は、焦燥にかられている。

 

「――うん、大丈夫です。疲労と緊張による一時的な気絶といった所です。外傷も内傷もありません。脈も正常です」

 

「そうか。よかった……」

 

 心底安堵したように、カタリナは息を吐く。

 帝国軍が撤退した後、顕現させた星晶獣を回収したルリアは、パタリと糸が切れた人形のように倒れた。

 当然、グラン達は大慌てで駆けより、意識を失ったルリアを見るや、第四庁舎へと担ぎ込んで、ジータが容態を診ていたのだ。

 

「恐らくは、かなり無理をしたのだと思います。元々ルリアは召喚の時には意識を集中して行っていました。フェニックス、マナウィダン、サジタリウス、シルフ。呼び出した星晶獣を制御しながら立て続けに行った連続召喚が、ルリアに負担をかけたのではないかと」

 

「そうでもしなきゃ……どうにもならなかった、って事か」

 

「完敗だったわね。戦力の違いがあったことは認めるけど、それを覆すつもりではいたのに」

 

「逆にこちらの予定を見事に覆されましたね……彼の強さは想定外でした。

 

「……どんなヒトだって全てを読み切れるわけじゃないから仕方ないよ。とにかくルリアが無事ならこうしてはいられない。リーシャさんとセルグがまだ戦っているんだ」

 

 すぐに援軍に向かう必要がある。現在の状況を思い出し、グラン達はすぐに動き出した。

 のんびりしている暇はない。モニカが向かったとは言え、ガンダルヴァが相手では戦況は厳しいはず。

 元々の作戦でも第四庁舎を全力で奪還し、すぐに援軍に駆けつける手はずになっていたのだ。

 

「カタリナとイオちゃん、それからオイゲンさんはここでルリアを看ててもらえますか。兵士が戻ってこないとも限らない。流石にもぬけの殻にするのはまずいと思います」

 

 ルリアが動けない以上護衛は必要だろう。

 ジータの指示に、三人は頷きながら答える。

 

「そうだな、ルリアが心配だし私は残ろう」

 

「そうね。私も心配だわ」

 

「ちょいと老体には厳しい状況だ。素直に残らせてもらうぜ」

 

 三人の答えを聞いて、ジータもグラン達を追うように駆けだす。だが、向かう先では既に一つの決着がついていたことを、彼らは知る由もなかった。

 

 

 アマルティアの戦いは今、最終局面を迎える。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

「ゴフ……」

 

 ズルズルと音を立てて、セルグが地面に横たわる。

 

「そん……な」

 

 リーシャの目の前に広がる光景。その光景にリーシャは小さく声を漏らした。

 団員たちは多くの帝国兵士達と戦い倒れ、援軍に来たモニカとセルグが先程ガンダルヴァの攻撃で沈んだ。

 駆けつけてきてくれたモニカの部下のおかげで兵士達の数は大きく削ることができたが、それでも肝心のガンダルヴァは健在。

 長い時間、ギリギリの戦いを強いられたセルグに動き出す気配はなく、怪我をおして出てきたモニカも同様。

 モニカの話では第四庁舎の奪還も困難を極めるであろうと予測され、リーシャは己の不覚を痛感した。

 

 脅威はガンダルヴァだけだと甘く見ていた。本調子ではないモニカとセルグに頼りすぎていた。

 幾ら囮とはいえ、リーシャ側の戦力が低すぎて渡り合うには無謀に過ぎたのだと現状をみて痛感する。それはその時になるまで、予測ができない己の無能が招いたことであり、今その自分のミスのせいで、大切な先輩も。大切な仲間達も命を散らそうとしている。

 

「よく頑張った方だ……てめぇらはみんな大健闘だったぜ。だが……これで終わりだ」

 

 ガンダルヴァが倒れ伏すセルグに剣を向ける。それが示す意味はただ一つ。彼の命を奪う事。

 軍人として敵に情けは無用。ましてや今倒れているのは、一度は彼を叩きのめした相手。見逃すわけがないだろう。

 

「残念だったなリーシャ。頼みの綱のこいつも、頼りにしていたモニカも倒れ。庁舎を攻めた騎空団の連中は今頃全滅でもしてる頃だろう。お前たちの負けだ」

 

「くっ、黙れ! 彼らは負けない! 私達も、まだ終わったわけじゃ」

 

 そんなわけがないと否定するリーシャは、剣を構え、ガンダルヴァに向き直った。

 だが、強がりにしか見えないその姿は、強者を求めるガンダルヴァの興味を引く事はなく、ため息を吐かせる。

 

「やめてくれそういうのは……弱者の足掻きほど面白くねえもんはねえ。ただこっちが詰まらなくなるだけだ。いくら頑張っても、弱者に強者は倒せねえんだよ」

 

 まるで子供を諭すような口調で語るガンダルヴァの言葉はこの現状を大いに表していた。圧倒的強者であるガンダルヴァと、弱者である自分達。そんな構図が、目の前に広がっているのだ。胸中に広がる不安を振り払うようにリーシャは叫び続ける。

 

「――違うっ! 私達は負けない! 私は諦めない。何としても貴方を倒し、この島を守る!」

 

「ハッ、いくら偉そうに言葉を並べようが、無理だってんだよ!! 現実を見ろ! てめぇが憧れるモニカも、圧倒的だったセルグも、今こうして地に伏している。何故だかわかるか?――弱いんだよ、覚悟がな!」

 

「ふざけるな!! お前なんかとは違う! 二人とも大切なものの為に」

 

 モニカとセルグを愚弄する言葉にリーシャは認めないと言葉を荒げた

 

「それが弱いってんだよ! 誰かの為、正義の為、弱者の為。そんな詰まらねえことに気を取られて、根本である己の為が抜けてるからてめえらはこうして地に伏している」

 

 くっ、と唇をかみ、リーシャは言いよどんだ。何を言おうが目の前の現実はガンダルヴァの言葉を肯定し、リーシャ達の想いを否定する。心のなかで、それが広がり始め、リーシャは反論する言葉が見つからなかった。

 

「そしててめえの父親もだ、リーシャ」

 

「何!?」

 

 この場にいない父親の話が出てきて小さく表情を揺らすリーシャを尻目に。ガンダルヴァは己が想いを語りだす。

 

「あのクソ野郎も、チカラを振りかざしながら御大層な正義を振りかざす。あれだけの強さを持ちながら、詰まらねえ何かの為にそれを振るう」

 

 秩序の騎空団の創始者。最強の騎士ヴァルフリートとの因縁が、ガンダルヴァの生きるすべてであった。

 

「俺様は我慢ならなかった。俺様よりも圧倒的に強いあの野郎が! 詰まらねえ正義の為にチカラを振りかざすあの野郎が!! そして、その詰まらない正義に負けちまう俺が……俺は心底大嫌いだったんだよ!!」

 

 只の戦闘狂だと思っていたガンダルヴァの心の奥底から湧き上がるような咆哮にリーシャが竦む。

 そんなリーシャを見て、昂った感情を抑え、ガンダルヴァは歪な笑みを浮かべながらまた落ち着いた声で話し始めた。

 

「感謝しろリーシャ。てめぇだけはまだ殺さねえ。お前は餌だ……ヴァルフリートを呼び寄せる為のな。そうしてでてきたアイツの目の前でお前を殺す。アイツに己の無力を感じさせ、絶望に落としてから、俺様はアイツにすべての復讐を果たす!」

 

 もたらされた計画の全容は、リーシャを餌にすべての復讐を果たす事。

 ただひたすらに父親への復讐の為に生きてきた悪鬼をみて、リーシャの心が奮い立つことはなかった。

 目の前の男は最強の騎士に復讐を果たすために生きてきた。そんな男に、未熟な己が勝てるわけがない。

 諦めに似た感情がよぎり、静かに膝をついてしまう。

 ガンダルヴァの言葉にリーシャは顔を伏せる。

 勝てない……抗えない……

 圧倒的な実力の差。目の前に現実を突き付けられ、心が折れる。

 だが、そんな彼女を再び燃え上がらせたのは外ならぬガンダルヴァの言葉であった……

 

「力こそが正義だ!! どんなご立派な正論も、ご立派な想いも、圧倒的な力の前では無力。ヴァルフリートも、セルグも、モニカも皆同じだ。より強いものにひれ伏す……それが世界の真理だ!」

 

 

 

 

 ”同じ……?”

 

 呆然としたまま、リーシャは己に問う。今ガンダルヴァが言った言葉を、その意味を。

 

 ”力こそが……正義?”

 

 憧れる先輩も、無茶をし続ける仲間も、追い続けてきた父親も。皆ガンダルヴァと同じであるのか。

 胸中でその是非を問いかけたとき、リーシャの視界は揺らぐ。

 それは悔しさから……情けない自分に。折れかけた自分に。ガンダルヴァの言葉に負けそうになった自分に、リーシャは涙が滲んだ。

 問うまでもなかった。考えるまでもなかった。

 自分はこれまでに多くの人から支えられてきた。秩序の騎空団としてもリーシャとしても。

 だから誓ったのだ……強くなると。

 だから求めたのだ……守れる力を。

 そんな自分と、支えてきてくれた人達が。目の前の男と同じはずがない。

 

 

 

「――違う」

 

 静かに、リーシャは口を開く。体は疲れを訴え、動きを阻害しようとするが、今のリーシャにとってそれはどうでもいいこと。

 

「――絶対に違う」

 

 口から出た言葉はただの否定の言葉。だがそこに込められた想いは彼女の心に、今再び大きな炎を灯す。

 

「モニカさんもセルグさんも、グランさんもジータさんも、そして父さんも。みんな、貴様なんかとは違う!!」

 

 立ち上がったリーシャは鋭くガンダルヴァを睨み付ける。剣を掲げ、立ち上がるリーシャの声は先の弱さを消し去り、ガンダルヴァと同じだけの覇気を秘めて放たれた。

 滾る想いが、リーシャを突き動かす。想いだけを込めた全力の一撃。それは無難な形でガンダルヴァに防御されるも、その威力の大きさは、これまでの彼女とは比べ物にならない。

 

「訂正しろガンダルヴァ!! チカラだけを求め、己の為だけに戦う貴様と、彼らを一緒にするなぁ!!」

 

「ハッ! 何が違う? 所詮は同じ穴のムジナだ。強い奴ほどな。アイツらだってこれまでにチカラで散々他者を踏み躙ってきている。それで何が違うってんだ、おい!!」

 

 リーシャの変化に僅かに瞠目しながら、それでもガンダルヴァを揺るがすことはなく、顔を突き合わせた二人は鍔迫り合いながら言葉をぶつけあう。

 

「違う!! 彼らは、誰かの為に涙を流せる! 彼らは誰かの為に必死になれる! 彼は……心を壊して尚、仲間の為に戦えるヒトだ! そんな彼らがお前と一緒であるはずがない!!」

 

 己ではなく誰かを想い涙を流せる人達を。己ではなく誰かの為に必死になれる人達を。そして自分を壊し続けて尚、愛する人を想い続けているヒトを、リーシャは知っている。

 そんな彼らと、己の為だけに戦い続けてきたガンダルヴァを一緒にされることが、リーシャには我慢ならなかった。

 彼らの優しさを否定することを許せるわけがなかった。

 激情のままにガンダルヴァを押し切ると、リーシャはガンダルヴァに一閃。しかしそれは軽く躱され、ガンダルヴァは僅かに後退するだけにとどまる。

 

「だったらどうする! いくら叫ぼうが結末は変わらねえ。俺様が今ここで立っている以上、俺様の正義は覆せねえよ!」

 

 現実をみず、言葉だけを掲げるリーシャの詭弁に、ガンダルヴァが引く事はない。強いのは自分であり、勝利しているのは自分だ。故に正しいのは己であるという絶対的自負がガンダルヴァにはあった。

 

「だったら……私が覆して見せる……」

 

 静かに、リーシャは己に問いかける。自分が誓ったことは何だと。

 

「私は誓った。もう迷わないと、皆を守るために強くなると……そう誓ったのは私なんだ」

 

 その心に宿るのは、一度は捨てた想い。まだ未熟だった自分が無理に背負おうとしていた誓い。

 

「強くなると……仲間を守ると誓ったのは私なんだ!!」

 

「誓うだけなら誰でもできるさ。所詮お前は青くさい小娘でしかない。いくら叫ぼうが、お前一人じゃ俺様には勝てねえよ」

 

 誓うだけでは何も変わらない。リーシャの実力ではガンダルヴァには到底及ばない。所詮彼女はリーシャでしかない。

 

「――そうだ、確かに私だけでは勝てない。だが」

 

 それでも、ガンダルヴァの否定を蹴飛ばして、並べられた言葉を跳ね除けて、リーシャは再び己に問いかける。自分は誰か。自分は()()()かを……

 

「忘れるなガンダルヴァ! 私は、全空が誇る碧の騎士……ヴァルフリートの娘、リーシャだ!」

 

 リーシャは今再び背負う。未熟な己には重石となっていた名前を。背負いきれなかった生まれを。

 

「私が背負う想いは私だけのものじゃない! 秩序の騎空団として。碧の騎士の娘として。私は全てを背負って戦う。これが……私の覚悟だ!! この覚悟は誰にもわたさない。私が……いや、私達が! 今ここで、お前を倒す!!」

 

 それは彼女が真に目指した姿。仲間の想いを背負い戦う、誇り高き碧の騎士と同じ覚悟であった。呪いにも似た彼女の肩書が今、彼女に全てを背負う強さを与える。

 

 

 ただ一人。見方は崩れ、一人だけで立っている状況で挙げられた声に……覚悟を決めたリーシャの気迫に、ガンダルヴァはついに笑みを消す。

 感じられるのは強者の気配ではない。リーシャから放たれるのは強さではない。

 

「(あのクソ野郎と同じ、気配……)」

 

 感じたのは彼女が娘だからか、それともその高みに近づきつつあるからか。どちらにしても、それは大きな変化であった。

 ガンダルヴァにとっても。

 

 そして倒れ伏していた彼らにとっても……

 

 

「……うれしいぞ、リーシャ。お主がこんなにも強くなってくれて」

 

 ユラリと立ち上がると、モニカは小さく笑った。

 

「覚悟を決めた奴ってのは本当に強いもんだな……ボロボロになって尚、こんなにも奮い立たせてくれる」

 

 地に付していたセルグが、天ノ羽斬を杖代わりに立ち上がった。

 更には周囲に倒れ伏していた騎空団の団員たちが続々と、傷だらけの体を持ち上げ、リーシャの声に応えるように起き上がる。

 

「なん……だと」

 

 動き出す気配のなかった二人の目覚めにガンダルヴァが驚愕を浮かべる。当然だ、彼らはすでに死んでもおかしくないほどにボロボロであったはずなのだ。リーシャでさえ、二人が立ち上がるとは思っていなかった。

 長時間に渡る戦いの最中、モニカは全身を打ちのめされており、セルグはさんざんに切り付けられ大量の血を流している。もはや緩やかに死を待つだけの状態であったのがセルグとモニカの二人だった。

 

「てめぇら……なぜ動ける?」

 

 二人が動いたところで脅威ではない。だがそれでも、ガンダルヴァは問わずにはいられなかった。

 驚愕を浮かべたまま問われた二人は、小さく笑うと、さも当然のように口を開いた。

 

「リーシャが言ったじゃないか。お前を倒すのは私達だ……と」

 

「お前と戦えるのなんてリーシャ以外じゃオレ達ぐらいだ。リーシャ一人に戦わせるわけもない」

 

 何かおかしいことがあるか? というように二人は肩を竦ませる。

 僅かな余裕を見せた二人も自身がなぜ動けるかなどわかってはいない。確かに二人は先ほどまで意識を失っていたのだ。

 だがそれでも大きな声を聞いた……強い覚悟の声を聞いた。それに導かれるように彼らはその身にもう一度チカラをみなぎらせ立ち上がった。

 

 言魂(ことだま)……それは真に人の上に立つ者の証。

 想いを乗せたその者の声はチカラを持ち、聞くものに大きな影響を及ぼす。

 ヒトとは単純なものである。嬉しいと言えば嬉しくなり、悲しいと言えば、悲しくなる。大なり小なりの違いはあれど、人は言葉だけで影響されるものだ。

 言魂をもつものは、その声だけで、多くの仲間を鼓舞し、勝利へ導く。

 碧の騎士の娘だからではない。彼女が秩序の騎空団だからではない。

 声を上げたのがリーシャだから……彼女が悩み、苦しみ生きてきたこれまでが。彼女が決めた覚悟が言魂となり、聞くものにチカラを与えたのだ。

 

「絶刀天ノ羽斬よ。我が意に応えそのチカラを示せ。立ちはだかる災厄の全てを払い、全てを断て!!」

 

 立ち上がったセルグが、沈黙していた天ノ羽斬に呼びかける。光の奔流にさらされて再び立つ姿は、ボロボロであろうと頼りがいのあるいつもの彼の強さを纏っていた。

 

「いかせるか!!」

 

 不意打ち。ガンダルヴァのみを見据えていたセルグの背後から、隠れていた帝国兵士が襲い掛かった。

 虚を突かれたセルグがギリギリで防御しようとしたところで、横合いからドラフの男が帝国兵士を殴りつける。

 

「ここは任せて、あんたは行ってくれ、セルグ殿よ」

 

「俺達じゃあいつとは戦えねえ。だけど、あんたならやれるんだろ!」

 

 そこにいたのはセルグに向かおうとする兵士たちの前に立ちはだかる、ボロボロの状態のモニカの部下達。アマルティアで最初にセルグが接触したレドとエリクだった。

 

「お前達……そんな状態で」

 

 ボロボロなのはセルグも変わらないが、帝国兵士を相手に再び多勢に無勢の戦いに挑もうとしている。躊躇するセルグだったが、セルグに背を向けながら、レドは小さく願いを告げた。

 

「船団長達を頼む……」

 

 それは、彼らの変わらぬ願い。自分たちではどうしようもないから託す、彼らの想いであった。再び告げられた彼らの真摯な願いに、セルグは奮い立つ。

 

「……わかった。()()()!」

 

 二人にその場を任せ、セルグがガンダルヴァの元へと向かう。彼らの想いを守るため。彼らの大切なものを守るため。

 

 

「さて、今度は泣き言言えねえぞ。エリク」

 

「そのでかい図体で活躍してくれるんだろ、レド」

 

 軽口と共に笑いあうと、二人はチカラを振り絞り、帝国兵士を相手に必死の抵抗をつづけるのだった。

 

 

 

 周囲で再び起こる、死力を尽くした戦い。魔晶兵士はもういない。リーシャの活躍の下、アドヴェルサも破壊されている。起こっているのは少ない数で抵抗を続ける秩序の騎空団と、いまだ多数残っていた帝国軍の兵士との戦い。

 そんな命を燃やした戦いの喧騒の中、静かに四人のヒトが対峙する。

 

「覚悟してください、ガンダルヴァ」

 

「力こそが全てだったな。三対一でも、今さら文句は言ってくれるなよ」

 

「ガロンゾからの因縁……ここでケリをつけてやる」

 

 リーシャが。モニカが。セルグが並び立ち……

 

「驚きはしたが、勝てると思ってんなら甘ぇよ。俺様の勝利は変わらねえ」

 

 冷徹な瞳のまま、自信に溢れてガンダルヴァが答えた。

 

 

「行くぞ!!」

 

 

 いざ、最終決戦へ……

 

 




如何でしたでしょうか?

さて、少し補足致しますと、言魂と言うものが出てきましたがこれは別に特殊能力でもなんでもなく、要するに力が湧いてくるような凄い応援です。
彼女がもつ人を惹き付ける力がもたらす影響といったところでしょうか。
原作での今回に当たるシーンに負けぬよう。本作ならではのリーシャに主人公を演じてもらいました。

戦いばかりが続くアマルティア篇。次回で終着となります。ご期待下さい。

それでは。お楽しみ頂けたら幸いです。

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