granblue fantasy その手が守るもの   作:水玉模様

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調子よく連続投稿

ですが今回もご注意をお願いします。
色々と作者は危険な香りを感じております。
書きたかった展開ではあるんですけど、読者の反応がかなり気になる29幕
伝えたいことがごちゃごちゃになっているかもしれませんが
どうぞお楽しみください。


メインシナリオ 第29幕

「こちらです!!」

 

 慌てた様子で団員に案内され、一行は秩序の騎空団の隠れ家となる小屋へと来ていた。

 入口を通され、すぐさまに奥に通されたグラン達の目の前には

 

「モニカ……さん」

 

 まるで死んだように眠るモニカの姿があった。

 

「我々の中には治療の魔法をできるものがおりませんでした。せいぜいが鎮痛剤を打つ程度……はじめは意識を取り戻すこともあったのですが昨日から目を覚ましておりません……」

 

「男性陣は出て行ってください。イオちゃん、カタリナ。手伝ってもらえますか」

 

 ジータはすぐさま動く。ジータの言葉に男性陣が部屋を出ていく中、モニカの胸部にまかれた包帯を切り、上半身を露出させると診察を開始した。

 

「腹部は……まだ大丈夫そう。問題は……」

 

 歪に浮き上がる肋骨。それがあまりにも痛々しくて、イオが思わず目をそらす。

 

「イオちゃんは腹部のヒールに集中してて。私はリヴァイブで胸の方を治癒するから」

 

 イオの様子もあるが、胸部の方が重症であることがすぐにわかり、ジータはリヴァイブで胸部を。イオがヒールで腹部の治療に入る。

 

「カタリナ、内部の損傷がひどいから、グランにいってポーションも用意してもらってきてください」

 

「わかった。すぐに持ってくる」

 

 治療魔法で、損傷した部分が治っていく感覚に、時折モニカの表情が動くが、大きな問題はなさそうであった。死にかけの状態であるモニカが静かで安定した寝息を立てるまで、二人の治癒魔法は幾度となく続けられる。

 カタリナが持ってきたポーションの効果もあり、モニカの容態はその日の内に安定するまでには回復するのであった。

 

 

 

 ――――――――――――

 

 

 部屋を締め出されたグラン達は、互いに状況の確認をし合う。

 

 アルビオンから駆け付けたグラン達。

 ゲリラ戦を続けていた秩序の騎空団一行。

 潜伏し、動き出す機会を伺っていたセルグとアレーティア。

 

 示し合わせたようにここに集ったことに驚きながらも、彼らはすぐに情報交換を始める。

 

「まずは、状況を確認しましょう。皆さん、現在のアマルティアの戦況は?」

 

 リーシャが口火を切る。先ほど通された部屋で見たモニカの無残な姿に大きなショックを受けていたものの、今の彼女にモニカへできることはない。焦燥に押しつぶされそうな心を紛らすように彼女は小野がやるべきことに没頭する。

 

「ガンダルヴァは第四庁舎を拠点とし、島の各地に鎮圧部隊を送っています。我々は一番遠く見つかりにくいであろうここを最終的な拠点として動いておりました」

 

「これまでの被害は?」

 

「残っているのはモニカ船団長麾下の部隊が10名。その他、警備部隊の生き残りが15名。偵察部隊として動いているのが8名です」

 

「ボロボロ……ですね」

 

 決して状況は良くないことがわかるリーシャの表情に報告した団員も静かに俯いた。

 

「申し訳ありません」

 

「いえ、謝ることはありません。皆さんはモニカさんを守り通してくれた。全滅を免れ、こうして残っていてくれた事を私は嬉しく思います……この状況は、島を離れていた私の責任です」

 

「そんな!? リーシャ船団長補佐の責任では!!」

 

「落ち着いてください。私が来た以上、ここから何としても好転させて見せます」

 

 責任を感じるリーシャを団員がたしなめようとするが、それより早くリーシャは毅然とした表情でグラン達へと向き直る。

 

「力を……貸してください。皆さんの力を……秩序の騎空団を、取り戻すために」

 

 真摯に言葉を紡ぐリーシャにグラン達は頷く。状況はすこぶる悪い。拠点は取られ、戦力は少なく、歴戦の勇士たるモニカは動けない。だがそれでも、グラン達に負ける気はなかった

 

「任せてくれ。そろそろ帝国にも痛い目を見てもらわないと、僕らも面白くないしね」

 

「あの嬢ちゃんの姿を見て火がつかなきゃ男じゃねえってもんだな……」

 

「フフ! 私一回だけやってみたかったんだよね。多勢に無勢をひっくり返す戦いってやつを」

 

「へ~面白そうですね。ゼタ、私も混ぜていただけますか? 帝国の所業には怒りも一入。きついお灸は必要です」

 

 気負いも不安もない彼らの表情に、リーシャは心底救われる。状況は絶望的であるのに、彼らと一緒であればどうにでもなる。そんな漠然とした確信が湧きあがってきて、思わず微笑んだ。

 

「えっとさ、とりあえずなんだけど……セルグは良いとして、そこのお爺さんはどちらさん? ジータが名前を呼んでいるってことはグランも多分知ってるのよね?」

 

 決意もそこそこに、ゼタは燻っていた疑問をぶつける。この場で唯一知らない人物。それはセルグの隣にいるアレーティアだ。

 

「あ、そっか。アレーティアが離れてから、ゼタとセルグは来たもんね……この人はアレーティア。剣の賢者と呼ばれるほどの剣の達人だ。個人的な用事ってことでしばらく離れていたんだ。僕もここにいることは予想外すぎて驚いたけど……」

 

「久しいのぅ、グラン。他の皆も元気そうで何よりじゃ」

 

 剣の賢者アレーティア。剣だけを持ち、苦難から人々を守り続けたその者を人々はこう呼んだ。

 剣の道を目指すものなら一度は聞くことがあろう勇名となった剣の賢者の名は噂が噂を呼ぶ形で話を広げ、世に広まる。

 剣聖。生ける伝説。それらの呼び名をも手に入れたその剣の賢者こそが、今目の前にいるアレーティアである。

 

「それで、なぜここに? 用事っていうのは終わったの?」

 

 グランの問いに静かにアレーティアは目を伏せる。しかしすぐに細く目を開けると、小さく笑いながらやさしく答えた。

 

「終わった……というよりは終わっていたという方が正しいのぅ。そうして一人でいたところで少し秩序の騎空団に厄介になっておってな。そしたら今回の襲撃でいつの間にやら牢に放り込まれ、そこのセルグが飛び込んできたので一緒に逃げたといったところじゃ。いやはや、まさかセルグがお主たちの仲間であったとは思わなんだ」

 

 ちらりと寂しそうな雰囲気が垣間見えたが、すぐにアレーティアは朗らかに笑う。

 

「それはこっちもだ。まさかグラン達が言ってた、艇を離れている団員なんてのにたまたま会うとは思ってもみなかった。ましてや剣の賢者アレーティアが仲間だなんて。グラン達の人脈の広さには驚かされる」

 

「いや、別に僕らもたまたまアレーティアとは会ったってだけなんだけどね……それでセルグは何でここに? いきなり牢に飛び込んできたって話だけど?」

 

「オレは……一先ず情報を得ようとモニカに頼みにな……記憶を取り戻す星晶獣について文献でもなんでもいいから手がかりが欲しかったんだ。だが、ヴェリウスと来てみればこんな状態で。一先ず団員から話を聞けば、モニカが捕らえられてるってんで助けに……まぁ、本調子じゃないってのもあって、助けられはしたが、見事に返り討ちにあってきた」

 

 あっけらかんと話すセルグだが、その事実にグラン達は瞠目する。セルグが負けたというのは彼らからしたらとんでもない事実であった。アルビオンでの語り合い。その中でセルグの強さを改めて認識したのだ。ましてやアレーティアもいて逃げ帰ってきたというのだから、この事実は彼らの不安をあおるには十分であろう。

 

「あ~驚いているところ悪いが別にガンダルヴァが滅茶苦茶強くなってるとかじゃないからな。確かに多少は強くなってるだろうが、オレが弱かっただけだよ」

 

「セルグが弱いって……」

 

「悪いが今のオレはまともに戦えない。傷は全て癒えている。だが、融合の反動で残った疲労感が消えていない。一応徐々に良くはなってきているが、完全に元に戻るまでどのくらいかかるかわからない」

 

「それって、ヒールとかでは何とかならないの?」

 

「ポーションは試したから望み薄だな。一応後でジータには頼んでみるつもりだが……」

 

「そっか。まぁ、せっかくだしゆっくりしててくれよ。まともに戦えないんじゃ無茶することすらできないだろう」

 

 皮肉交じりにグランが言うと、セルグの視線が少しだけ鋭くなる。

 

「それはできねえよ。お前たちがいる以上少なくともオレは離れていた方がいいだろ。今日中にでもここを離れてどこかに潜んでいるさ」

 

 ルリアの近くにいてはまずいと彼らの元を離れたのにここで一緒に留まって一緒に戦って居ては意味がない。

 セルグの懸念は当然だが、アルビオンでの一幕のあとで今更それを良しとするグラン達でもない。

 彼らの胸に言葉が浮かぶのは同時。

 

「セルグ(さん)!!」

 

 仲間たちの声が重なった。

 

「そんな状態でルリアを襲えるっていうならやってみて御覧。今なら積年の恨みを乗せて返り討ちにしてあげるから」

 

「お前さんがどうなるかわかんねえってんなら、俺たちがいつでもふん縛る用意をしといてやらぁ」

 

「ルーマシーでは遅れをとりましたが、私とて。そうそう簡単に負ける気はありませんよ」

 

「グランのいう通りです!! 私もオルキスちゃんも、今度襲ってきたら返り討ちにしてあげます!!」

 

「セルグ……任せて」

 

「皆セルグの事逆にぶっ飛ばしそうで怖いわね……あ! 安心してセルグ。今日から私がきっちり監視しててあげるから」

 

「あら、ゼタ、きっちり監視ということはまさか夜もセルグさんと……これは面白くなりそうで」

 

「ヴィ、ヴィーラ~ちょぉっと向こうでお話ししましょうか」

 

「フフフ、冗談ですわゼタ。ですが、女の子としてもう少し余裕がなくてはセルグさんは落とせませんよ」

 

「ッ!? ヴィーラ~~~!!」

 

「失礼。口が過ぎましたか」

 

 なんだか少しおかしいのもあった気がしたが皆の思いは一つだった。

 

「わかったかセルグ? そんな状態で詰まらねえこと言って一人になる必要はねぇってことだ」

 

 態々離れようとするセルグをグラン達が素直に送り出すはずがない。ヴィーラからセルグの事を聞いた仲間達が彼を一人にするはずがない。

 完全に逃がす気のない仲間たちの言葉にセルグは観念する。確かに彼らのいう通り、今自分が暴走したところでできることなどたかが知れているだろう。

 決して楽観視してるわけではなく、そうだと感じるには十分すぎるほど彼らの決意が伝わったのだ。

 

「あ~なんだか、色々あったようだな。特にゼタとヴィーラの間には。……すまないな皆。迷惑をかける」

 

「ちげぇだろって。こういう時の言葉は一つだろうが!」

 

 オイゲンがバシッとセルグを叩く。痛みに僅かに顔を歪めたがセルグは言わんとしていることを理解し、照れくさそうに口を開いた。

 

「その、ありがとな。みんな」

 

 彼らしからぬ照れた表情に皆が固まる。これまでにセルグがこんな顔をしたことがあっただろうか。嫌、ない。

 そもそも彼は言い淀むタイプではなく言おうと思ったときははっきりと言うタイプだ。珍しすぎるセルグの表情に仲間たちはここぞとばかりにからかい始める。

 

「あれ~もしかして照れてる~?」

 

「へへ、セルグもそういうとこあんだな。今までそんな姿見たことなかったからびっくりしたぜ!」

 

「儂などずっと険しい顔しか見てなかった気がするのう。ふぉっふぉ、存外いい顔をするじゃないか」

 

「う、うっせぇな! 寄ってたかって人を笑いもんにすんじゃねえよ」

 

「フフ、面白いものを見せてもらいました。これでしばらくはセルグさんに反撃ができそうです……それでは皆さん!」

 

 和気あいあいといったムードになったのを律してリーシャはまた真剣な表情に戻る。話はそれたが現在は今後の行動を決めるべき話し合いの場だ。笑ってばかりはいられない。

 

「今後の動きを決めたいと思います。私たちの目標は、拠点アマルティアの奪還。懸念事項は圧倒的な戦力の差と敵の指揮官ガンダルヴァの二つです」

 

「まともにぶつかり合っては厳しいと思う。こっちは少数精鋭の域を出ない。恐らくは魔晶兵士も用意しているはずだ。耐久力の高い魔晶兵士に時間を取られればすぐに囲まれて全滅する」

 

「そうですね……となると指揮官であるガンダルヴァを真っ先に倒す流れが必要になってくる。正直なところ皆さんの実力があれば、兵士はいくらいようと脅威ではないと考えます。となると、戦況を覆すカードであるガンダルヴァをどう釣り上げるか……ここが焦点になるかと」

 

「だが、向こうは戦力十分でなおかつ迎え撃っていれば済む話だろう? 陽動をかけようが何だろうが動く気はないんじゃねえか?」

 

 オイゲンが疑問を呈する。戦力差は歴然。さらに彼らの目的である拠点の奪還はガンダルヴァにも当然察知されている。陽動をかけようが何しようが、出てきてもらえなければその時点で詰みなのではないかと。オイゲンの疑問にグラン達も同じように難色を示す。

 だが、それをセルグが否定した。

 

「それはないな。現状では確かに秩序の騎空団が負けている。だがそれでもこの騎空団は空域を跨ぐ超巨大組織だ。ファータ・グランデの各島どころか、各空域にまで組織を広げている秩序の騎空団を相手に現状のままではいずれ増援を回されて奪還されるだろう。帝国としては早くこの拠点を完全に占拠し、軍備の増強をしなくてはこの侵攻が無意味になるわけだ。だからこそ、島の各所に砲撃をばらまき、残っていた部隊をあぶり出していた」

 

「はい。私たちも帝国も決して余裕があるわけではありません。向こうは早くこちらを殲滅したい。こちらはこの状況を打破しなくてはいずれ全滅してしまいます。帝国とて増援の余裕ができれば送ってくるでしょう……互いに時間との勝負になってきます」

 

 帝国としてもこの状況は良くない。時間をかければいずれ出てくるのだ。秩序の騎空団を率いる最強の騎空士……碧の騎士ヴァルフリートが。そうなれば帝国側に勝ち目はない。逆に秩序の騎空団側としては何としてもここを耐えしのがなければならない。

 完全に島を奪われては帝国の思うがままにアマルティアを使われるであろう。それはヴァルフリートが動き出したときに大きな障害となるかもしれないのだ。

 アマルティアの行く末は今この時の彼らに委ねられていた。

 

「そうなるとモニカさんの回復を待つのは悪手になりますね。できるのであれば我々がこの島に入ったこの時が一番のタイミングでしょうか。時間をおけば増援を呼ばれる可能性があるのでは」

 

「待ってヴィーラ。アルビオンで聞いた話じゃ各島からの増援が用意できるのもあと二日でしょ? 時間をおけばその分セルグやモニカさんも回復するかもしれない。一概に待つのが悪手とも限らないよ」

 

「でもよぉ、もう四日も前から奪われてんだろ? 増援なんてとっくに呼んでるんじゃねえか? あと二日待ってる間に増援が来ちまうことだってあり得るじゃねえか」

 

「ううむ……難しい状況じゃのう。賢者と呼ばれた儂でもこれは答えの出さない展開じゃぞい」

 

 ヴィーラもゼタも、なぜかビィも加わり、さらにはアレーティアも頭を悩ませた。それほどまでに事態の予測は難しい。

 全員が頭を悩ませる中、リーシャは静かに思考を回していた。

 

「(恐らく待ってる余裕は無い。アマルティアと帝国首都”アガスティア”の距離はそこまで遠くない。更には、向こうは本国一か所からの増援だけどこちらはかき集めての増援。報告でも”早くて”二日と言っていた。遅れる可能性だって大いにあり得る。であるなら……)」

 

 リーシャは脳裏に巡る考えがまとまると目を開いた。

 

「――セルグさん。ここにいる皆さんの中でガンダルヴァに対抗出来得るのは?」

 

 リーシャの問いに一行は静まり返り、セルグを見つめる。唯一本気でガンダルヴァと戦ったセルグ。少なくともある程度の信憑性は得られているだろう。

 

「一対一で戦うのは不可能だと思うべきだな……ヴィーラ、アルビオンで使ったシュヴァリエのチカラは使えるか?」

 

「――申し訳ありませんが、シュヴァリエの昇華はあそこにシュヴァリエの加護があるからできたこと。アマルティアではこれまで通りのチカラしか振るえません」

 

 求められるチカラを出せないことにヴィーラが少しだけ申し訳なさそうに目を伏せる。だが、問いかけたセルグはそれに気にした素振りを見せず、少しだけ明るい口調で返す。

 

「そうか、まぁ正直もう止められる気がしないからお勧めする気はなかったさ。現状では三対一が無難だな。天星器持ちのグランとジータ。それと相性を考えるなら、臨機応変に対応できるカタリナとなら問題はないだろうな」

 

「他には……?」

 

「今のは安全策ならだな。負けはしないだろうって組み合わせが今の三人で、五分五分ってとこまで条件を下げるなら、イオを除いて四人いりゃ誰を組み合わせてもまともに戦えはすると思う」

 

「どういうことだセルグ……イオを除いてって」

 

 セルグの言葉に少しだけグランから怒りの声が飛ぶ。この期に及んでまだ子ども扱いしてイオを守られる対象とでも見ているのだろうか。そんな疑惑がグランの脳裏によぎる。それを察してセルグもすぐに口を開いた。

 

「あぁ、悪い。別にイオが弱いってことを言うつもりはないんだ。だが、奴の強さはあの体躯に似合わない俊敏な動き。そしてあの体躯に相応しい恐ろしい威力の体術。そして鍛え抜かれた剣技。仕方のない事ではあるが、成長しきっていない子供の体を持つイオでは一撃が致命傷だ。そしてあいつは戦いにおいては冷静で的確に弱点を突いてくるだろう。イオは間違いなく頭数を減らすために真っ先に狙われる……前衛として鍛えられているオレ達やしっかり防御もできるオイゲン、ラカムとは違って、イオは魔法の才能は抜きんでていても体術面は完全に素人だ。受け身も防御も取れないイオにガンダルヴァを相手にさせるのは危険過ぎる」

 

 セルグの懸念に皆一様に納得を見せた。その表情にはガンダルヴァに対する恐れが見え始めていた。

 

「さっきも言ったが四人いれば戦うことはできる。だが、仕留めるとなれば、グラン達の中でも組み合わせは限られてくるだろうな」

 

「そうですか……セルグさん、もう一つ。今の貴方の戦闘力はどの程度でしょう?」

 

「同じような回答になるが、攻撃を捌くだけならいくらでも。敵を倒すとなれば、今のオレの攻撃力は皆の中でも最低ラインだ」

 

 悔しそうにセルグは手を握りしめた。だがその感触ですらほとんどチカラが感じられない。力になれない現状にセルグは肩を震わせた。

 

「――わかりました。セルグさん、悔しさに打ち震えているようですが、しっかり働いてもらいますよ」

 

「は?」

 

 リーシャの言葉に驚きながら顔を上げたセルグは不敵に笑うリーシャの顔を見た。

 そう、これまでさんざん見せてきたセルグの笑みのように、自信にあふれた……

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

「はぁ……まったくとんでもねえな。アイツ」

 

 既に辺りは暗くなっている夜の時分。セルグは一人小屋の外に出ていた。

 

 ”さすがの我も耳を疑ったぞ。本当にあの小娘は強かになった”

 

「三日ぶりくらいか? ヴェリウス。ありがとうな。モニカを無事送り届けてくれて」

 

 隣に降り立ったヴェリウスを見て、セルグは優しい声音になりヴェリウスを労った。

 モニカを最優先にするセルグの意思を汲んで、ヴェリウスは振り返らずにモニカを送り届けてくれた。更にはずっと様子を見続けセルグに状況を伝えてくれていたのだ。

 ビショップとなったジータが来たのは予想外であったがセルグは今日、ヴェリウスからモニカの容態を聞いて、この隠れ家にキュアポーションを届けに来たのだ。

 

 ”それで、どうするつもりだ? あんな無茶苦茶な要求。飲む必要は”

 

「力になれるのならオレに是非はない。オレの目的もここにある書庫だからな。手伝うのは当然だ。お前もわかっているんだろう?」

 

 昼間に行われた話し合いで決まった翌日の決戦の策。大胆不敵なその策の要はセルグとリーシャの二人であった。セルグ自身大したことはできないと思っていただけにリーシャの作戦は度肝を抜かれるものだった。

 翌日の決戦に際してセルグに与えられた役目は重い。だが、ヴェリウスの懸念はそこではない。

 

 ”お主こそわかっているのであろう。お主がなぜ今、力を失っておるか……”

 

 嘘は許さない。ヴェリウスの声音がそれを物語る。そんなヴェリウスの様子にセルグは視線を向けないまま少し間をおいてから答える。

 

「――兆候はあったんだろうな。緩やかで気づかなかったが。きっかけは深度4だろう……オレの体に致命的な何かが起こった」

 

 消えない疲労感。徐々に良くなっているというのは嘘っぱちだ。セルグの調子は全く良くはなっていなかった。

 

 ”恐らくはルーマシーから間を置かずして融合したのも要因の一つであろう”

 

「だろうな。ザンクティンゼルで融合をまともに使うようになってから、徐々に反動は大きくなっていた。それに伴い、治る時間は長く……深度4で受けたこれは恐らく治りきることはないだろうな」

 

 ”軽々しく使っていた報いだ。馬鹿者が……”

 

 口では苦言を呈するが、ヴェリウスの声音は残念そうな、辛そうな。セルグへの思いが聞いて取れる。

 

「それでも必要であるから使ってきた。それでできたことがあるなら後悔はしないさ」

 

 ”本当に……愚か者が”

 

「シュヴァリエ!」

 

「ッ!?」

 

 突如セルグの手足がシュヴァリエによって拘束される。無論こんなことができるのはセルグが知る中でただ一人……

 

「ヴィーラ……」

 

「ご機嫌はいかがですか? セルグさん」

 

 静かな笑みを湛えながら、ヴィーラがセルグを見つめていた。

 

「まさか、アルビオンの続きでもするつもりか……? さすがに今のオレに勝ち目はないぞ」

 

「それこそまさかです。そんな愚かなことをする気はありません」

 

「では何を?」

 

 ”何を慌てておる若造が。この娘に殺気はないであろうが……”

 

「何?」

 

 ヴェリウスの思念にセルグは眉を潜めた。アルビオンでの記憶がすぐさまセルグに最悪を予感させたが、確かに言われてみればヴィーラは殺気も纏っていないし帯剣すらしていない。無論シュヴァリエのチカラだけでもセルグは殺せるかもしれないが、ヴィーラの気配はそれを感じさせなかった。

 

「貴方はこうでもしないと逃げると思いましたので……今宵は私と少し素敵なお話をしていただけませんこと?」

 

 既に嫌な予感しかしなかったセルグだが、仕方なく頷いた。セルグの反応にヴィーラは湛えていた笑みを深めると、ゆっくり一歩ずつセルグへと歩み寄ってくる。

 

「まずは最初に謝らなければいけません」

 

「まて、話は聞いてやるから少し離れろ。色々と危険な予感しかしない」

 

 唇すら触れそうなほど顔を近づけたヴィーラにセルグは首の動きだけで数センチの猶予をひねり出しヴィーラから離れた。

 

「あら、女性相手に離れろとは、まるで初心なグランさんのようですわね」

 

「そういう意味じゃねえんだよ。危険な予感って言ってるだろう」

 

「はぁ、まぁいいでしょう。一先ずは謝罪を。アルビオンでは申し訳ありませんでした。貴方を殺そうとしましたこと。心よりお詫び申し上げます」

 

「いらぬ謝罪だ。ゼタに伝言は伝えたはず。お前の謝罪は見当違いもッ!?」

 

 セルグの言葉が止まる。否、正確には止められる。

 なぜならセルグの目の前にはヴィーラの端正な顔があり、話していた口には柔らかい感触が伝わっている。同時にヴィーラの華やかな香りが鼻をくすぐり、彼女の紅玉のような瞳がセルグをのぞき込んでいる。

 それはキス。紛うことなき接吻。

 

「な、なな。何をしているんだ!?」

 

「先ほども言いましたでしょう。こうでもしなければ貴方は逃げると思いましたので……と。私の愛は受け取っていただけましたか?」

 

「拘束までしといて受け取るも何も……これは押しつけというものだろう!」

 

「逃げられてしまえば押し付けることすらできませんもの。この選択は正しかったようですね」

 

 妖艶にヴィーラは笑う。足元からスゥーっとするような感覚に陥りセルグは、息をのんだ。

 徐々に落ち着きを取り戻してきたセルグは、まだ鮮明に思い起こされる柔らかな感触を脳内より振り払い、努めて冷静にふるまいながら口を開いた。

 

「一体何を考えている? 明日は大事な決戦というときに色恋沙汰などと」

 

「セルグさん……私は貴方に命を救われました。それと同時に、私は貴方に命の危機を感じております」

 

 今度は一転して妖艶な様子から、真剣な眼差しでセルグを見据えヴィーラは語る。

 

「何?」

 

 セルグの視線が鋭くなった。どこか踏み込まれ過ぎて不快になるような感覚に剣呑な表情を浮かべる。

 

「貴方は自分の命を顧みない。貴方の精神は危うい。貴方は、過去の事件の罪の意識から、どうにか自分の死に場所を求めている。そうではありませんか?」

 

「――わかったことを言うな。君にオレの何がわかる?」

 

「わかりますわ。仲間になってからずっと、貴方の事を見てきたのですから。注意深く……」

 

 想いはどうあれ、ヴィーラはセルグの事を最も注意深く見てきた。それ故にアルビオンで事を起こした。それは逆を言えば、仲間たちの中で最もセルグを理解しているともとれる。

 

「そうだったな、君はそうしてあの結論に至ったのだからな。だが、それならなぜ今こんな話に」

 

「程度の差はあれ、グランさんもジータさんも。もちろんゼタやリーシャさんも。皆貴方を好いておられます」

 

「まて、そのメンツの中でグランはおかしくねえか?」

 

「あぁ、彼の場合は貴方への強い憧れといったところです。同様にほかの皆さんもですね。それなのに貴方は、わたくし達の想いを無視して死に場所を探し続けている」

 

「――否定はできないな」

 

「フフ、素直になってくれましたね。ですから、私は貴方を愛したのです。貴方が未練を抱く様に深く……貴方が誰を選ぶか。または誰も選ばないということもあり得ますが、私の狙いは貴方に未来を感じさせること。貴方がご自身から死を望まないようになることです」

 

「随分な献身だな。返ってくるかもわからない愛にその身をささげるつもりか?」

 

 セルグ自身、ヴィーラの想いに応えるつもりはない。血塗られた経歴に壊れた精神。何よりかつて失った大切な存在が、セルグに愛する人をつくることを躊躇させる。

 応えることのできない愛に全てを捧げようとするヴィーラをセルグは止めようとした。

 

「それを貴方が言いますか? 既にその手を零れ落ちてしまった人に、今だ全てを捧げている貴方が……」

 

 今は亡きアイリスに、セルグは囚われ続けている。彼女を想いすぎているが故にセルグはその心を壊しかけ、その命を擲っている。そんなセルグがいう言葉には説得力の欠片もない。

 言外に、いつまで囚われ続けているのだと責めるヴィーラの言葉にセルグは表情を歪めた。

 だがそれでも、セルグの気持ちは変わらない。ヴィーラから視線を外し、セルグは目を伏せて、はっきりと答えを告げる。

 

「オレに応える気はない。君以外の誰であろうとだ……皆を大切にすることはあってもオレは死ぬまで誰かを愛することはッ!?」

 

 不意打ちに二度目の接吻。目を閉じていたが故にセルグに防御の暇はなく、セルグの唇を割って、ヴィーラの柔らかな舌が入り込む。

 

「――――ッ!? ぷぁっ……ヴィーラ! お前っ!」

 

 聞く耳持たずと実力行使に出てきたヴィーラに、セルグの視線が鋭くなる。

 己の心深くへと入り込もうとするヴィーラにセルグはとうとう警戒心を露にした。

 

「逃がさない……といったはずです。たとえ貴方が何と言おうとも。私の大切な仲間たちは貴方の未来を望んでいます。私の大切な友は、貴方が死なないことを望んでいます。その為であるなら、たとえ拒絶されようとも、嫌われようとも。私は貴方を逃がしません。私を本気にさせた責任……ちゃんと取ってくださいね」

 

 もはや宣戦布告ともいえる清々しいまでの告白をすますと、ヴィーラはその場を立ち去っていく。

 シュヴァリエから解放されたセルグは、怒りや動揺に揺れ動く心を抑え、何とか平静を保つように深呼吸をした。

 

 ”ふむ、秩序の娘よりよほど厄介そうだな……”

 

「お前……何で助けなかった? お前がシュヴァリエからオレを開放していれば」

 

 ”言っただろう。我もお主が壊れることを許さぬと。シュヴァリエの娘の言葉はむしろお主にとっていい機会だと思ったのでな”

 

「この裏切りものが……」

 

 ”何とでもいうが良い。それでお主が助かるのであれば、我はいくらでも裏切ろうぞ”

 

「――クソッ。不意打ち過ぎるだろうが……どうしろっていうんだよ」

 

 脳内に思い起こされる柔らかな感触と優しい香り。否が応でも思い出してしまうのは、嘗て愛した人。

 ぐるぐると気持ちの整理ができず、今後の不安も巡ってきて、セルグはこの日眠れぬ夜を過ごすのだった……

 

 

 




いかがでしたでしょうか。

この展開。アルビオン編からこの流れは作る予定でした。
ただヴィーラの歪な愛情とか、どうしてそこに思い至ったかっていう部分が
きっと読み手によって感じ方が変わってくるかと思われます。

キャッキャウフフな話ではないのであんまり関係ない気もするのですがヒロイン候補が増えましたよ(歓喜
最後にはきっと……

それでは調子に乗って書いてますので感想、ご指摘をお待ちしております。

お楽しみいただけたら、幸いです

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