granblue fantasy その手が守るもの   作:水玉模様

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注意事項。

この先は作者の自己満足で構成されております。
人によっては非常につまらない話になるかも知れません。
ですが本作においては重要なお話となっております。
それでは、心してお楽しみくださいm(_ _)m


幕間 明かされた想い。見えて来た歪み

 アルビオンの宿の一室。

 整えられた清潔なベッドに横たわっていたヴィーラは、瞼を焼く優しい光の温もりに目を覚ます。部屋に差し込む日の光はそれなりの高さから降り注いでいて、朝をとうに過ぎた昼前くらいの時間であることが伺えた。

 

「――ここは、アルビオンの宿……でしょうか」

 

「そうだ……ついでにいうと、君は三日もの間、寝続けていたよ」

 

「っ!? お、お姉さま!?」

 

 目覚めの独り言に対しまさかの返事が聞こえて、思わず声が裏返ってしまう。ヴィーラは頬を僅かに染めながら、部屋にいたカタリナへと視線を向けた。

 

「気分はどうだ? 長いこと眠っていたから多少のだるさはあるかもしれないが、体に異常はないそうだ」

 

「は、はい……特に問題はありません」

 

「それは良かった。セルグ同様、君も事の直後には衰弱しきっていたからな。心配で仕方なかったよ」

 

 優しい口調のカタリナからセルグの名前が出た瞬間、ヴィーラの表情がわずかに揺れる。思い出したのは直前の記憶。様々な言葉を重ねセルグを追い込み、手を出させるように仕向け、それに応じて最後には殺そうとした。仲間達の焦燥の顔が思い起こされ、ゼタの震える姿が脳裏に浮かぶ。

 改めて自分が行った事を見つめ返したヴィーラは、不安に揺れそうになりながら恐る恐る口を開いた。

 

「お姉さま、彼は」

 

「そうだ。目覚めたのなら軽い食事を持って来よう。三日も寝ていたんだ、胃袋は空っぽだろうから消化の良い物をローアインに頼んで持ってくるよ。気に入らないかもしれないがちゃんと食べてくれ」

 

 ヴィーラが話し出すのに被せるようにカタリナは、食事を持ってくると言うと、部屋を退出していく。

 いつも通りに優しい雰囲気。少なからずヴィーラにだから見せてくれている優しさが垣間見え、ヴィーラは戸惑っていた。

 目覚めてすぐに思い返された直前の記憶。自分は皆と敵対してセルグを追い詰めたというのに、カタリナからは何もそのしがらみを感じなかった。まるで長い夢でも見ていたのではないかと思ってしまう程にいつも通り優しいカタリナに、ヴィーラは知らず知らずの内に安堵の息を溢す。

 仲間たちからどんな言葉も受ける覚悟はしていた。カタリナもあの時怒りの表情は見せたから、見限られることも覚悟していた。

 だが、その予兆は見られない。カタリナの性格上無為に誰かを傷つけるようなことはしないだろう。後になってから実は……等と趣味の悪いこと等しないのはヴィーラが一番よく知っている。

 であるなら、少なくともカタリナとはこれまで通りに接してもらえるのだ。

 漏れる安堵のため息は彼女が心から感じた想いの表れだ。

 疑問と答えに思考がぐるぐると巡る間にそれなりの時間を経ていたのか、再びカタリナが部屋へと戻ってくる。

 

「ヴィーラ、軽食を持ってきたぞ。それから少し伝えることがあった。私達は明日、アマルティアへ向けて出立する。目的はビィ君の出自に関しての資料を探しに……ロゼッタが最後に残した言葉を頼りに、皆で話し合った結果だ」

 

 ヴィーラが寝ている間に仲間たちは次の目的地を定めていた。

 ルーマシーで最後にロゼッタが告げた言葉。ビィはそこから自らがグランの父親と出会う前の記憶がない事を明かす。失われた記憶に……ビィの出自に、事態を好転させる何かがあると考えたグラン達は一先ず情報を得るために、リーシャの提案で空域を跨に掛ける秩序の騎空団の書庫を探すことにした。

 

「そう……ですか。それでは、私も一緒に」

 

「――そうだな。君がいれば、私たちも心強いのは確かだ。だが……その前に私達にはやらなければいけないことがある」

 

 ヴィーラの言葉を遮り、カタリナは言葉を続ける。真剣な面持ちとなり食事を近くのテーブルに置くと、ヴィーラの元へと歩み寄ってきた。

 

「――それはなんでしょうか?」

 

 ヴィーラは僅かに萎縮しながらも恐る恐るそれを問う。責められるのだろうか……成りを潜めていたはずのカタリナに突き放される恐怖が再び姿を見せるが、カタリナの言葉はヴィーラの懸念とは正反対の言葉であった。

 

「君が抱えていた想いを皆に教えてほしい。私達は、君の想いを知らなくてはならない。君が何を考え、何に気づき、何の為にあの行動をとったのか……仲間を殺すなどと、優しい君が簡単に言うはずがない。少なくとも私は君がそんな人間ではないのを知っている」

 

 知らず知らず視線をそらしていたヴィーラは疑問符を浮かべて、カタリナを見上げる。

 見上げた視線の先、カタリナの顔には、苦悶と後悔の念が張り付いていた。

 

「お姉さま……何を言って」

 

「私は……愚かな私は、上辺だけの君の言葉を聞いて、あの時君を糾弾したんだ。君が大切なものの為なら全てを背負う事を厭わない人間だと知っているのに……私だけはそれを思い知っているはずなのに……」

 

 嘗て犯した過ちを思い出し、後悔の念が浮かぶカタリナの表情にヴィーラも顔を顰める。自分がした事でこんなにもカタリナが己を責めている。そんな表情をさせたくないヴィーラは窘めるようにすぐに反論の言葉を投げた。

 

「……お姉さま、それは私が何も言わなかったからで、お姉さまが自分を責める理由には」

 

「いいや、これは私だけでなく皆の総意だ。ヴィーラ、君の胸の内にある想いを私達に教えてほしい。それを聞かなくては、私達には君を糾弾する権利も、君と共に行く資格もない」

 

 真剣な眼差しを向けられ、ヴィーラはカタリナの言葉の裏に仲間達の想いを感じ取った。自分が意識を失っている間に、きっと様々な話し合いが成されたのだろう。そして仲間達はその結果、全てを知り、全てを受け入れる事を望んだ。誰かのせいにするのではなく、皆のせいにするために。

 

 静かな時が流れて、逡巡の後にヴィーラはそっと決定を下す。

 

「――わかりました。今日の夜に、皆さんのお時間を取っていただけますか?」

 

「――わかった。皆に伝えておこう」

 

「よろしくお願いいたします」

 

「あぁ、それじゃあ私もしばらく離れていよう。ゆっくり、心の整理をしておいてくれ」

 

「はい……」

 

 最後にまた優しいカタリナへと戻ると、静かに部屋を出ていく。そんなカタリナを見送り、言いつけどおりに食事を始めたヴィーラは、ぐるぐると回る思考と落ち着かない心を押さえつけて、己が心を見つめ返すのだった。

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 カチャリと扉が小さく音を立て、ヴィーラの部屋を出たカタリナは目の前に居並ぶ仲間達を見渡す。

 

「どうでしたか……カタリナ」

 

「そう不安そうな顔をするなジータ。大丈夫だ、落ち着いているし、混乱した様子も見られない」

 

「はぁあ~よかったです。ヴィーラさん、何ともないんですね」

 

「あぁ、心配かけたな。ルリア」

 

「それで、カタリナ。ヴィーラに話は……」

 

 ヴィーラの状態を聞き、安堵の笑みを浮かべるジータとルリア。対照的に未だ心配そうなのはグランである。

 

「今日の夜、皆と話をする機会を設けると言ってきた。今は考えを整理しているころだろう」

 

「そっか……それじゃ、それまでは一人にさせてあげよう。部屋の前にいるのも宿に迷惑になるだろうから、僕らは艇に戻ろうか」

 

 グランも安心したように一息つくと、その場をまとめる。一先ずは夜まで急を要することはない。張り続けていた緊張の糸は少し緩み、皆には休息を促す。

 

「そうだな。イオ、ルリア。私達は帰りに次の旅路のための食料などを調達してこようか」

 

「うん! ヴィーラさんがまたおいしい食事を食べられるように私も一緒に行きます!」

 

「そうね、少しは良いものを買いましょう。みんなここまで頑張ったご褒美としてね!」

 

 カタリナ、ルリア、イオの三人が宿を出ていく。その後ろにラカムとオイゲンが続いた。

 

「俺たちは艇に戻って艇の整備点検を完璧にしとくわ。明日には出立だからな……今のうちに見ておかねえと」

 

「そうだな。またこれからもグランサイファーには無茶をさせそうだし。せめてこういう時にはきっちりと整備をしておかねえとな」

 

 そう言うと先に出て行った三人とは別の方向に。グランサイファーが停泊している港へと向かっていく。

 

「ジータ、リーシャさんと一緒にシェロカルテのところに行ってくれるか? あれから三日。彼女ならもしかするとセルグの足取りを掴んでいるかもしれない」

 

「う~ん、シェロさんならあり得そうだね。わかった、聞いてくるよ」

 

 グランの要望に納得したように答えるとリーシャを引き連れて、ジータはよろず屋シェロカルテの元へと向かう。”どこにでもいて、どこにもいない”をキャッチフレーズにしているシェロカルテであれば、セルグがどの島に行ったかくらいはわかるかもしれない。僅かな期待を胸に二人が宿を出ていくと、グランは続いてゼタへと向き直った。

 

「ゼタ、宿に待機してもらっていいかな? 夜になったらヴィーラを連れてきてほしいんだ」

 

「それはいいけどって……あれ? グランは一人でどうするつもり?」

 

 ここに残るはゼタとグランのみ。指示を出したグラン自身は一体何をするのかと問われるとゼタの傍らから不満の声が上がる。

 

「おぉいゼタ!! オイラを忘れてるぞ!!」

 

「あっ!? やだ、ビィったら、珍しく静かだから忘れてたわ。あ、あはは」

 

 忘れていたと包み隠さず告げるゼタに、ビィは憤慨。その小さな身で飛びかかろうとしたところを、グランに尻尾をつかまれ引っ張られる。余りにもあんまりな扱いにビィは静かに呻いた。

 

「まったく……最近やけに出番が少ねぇんだよな……忘れるとか信じられねぇぜ」 

 

 ブツブツとつぶやき何やら”扱いが雑”だの”活躍できない”上を見上げながら何かに語りかけるようなビィを一先ずスルーして、グランはゼタの問いに答えた。

 

「とりあえず、僕たちは少し依頼をこなしてこようと思うんだ。こうやって空いた時間に少し稼いでおかないとね……最近は次から次へと島を渡ってるからこうでもしないといずれ立ち行かなくなってしまうだろうし」

 

 騎空団の維持というのは存外バカにならない金がかかる。航行には当然燃料が必要であるし、整備点検、修理となれば大きな額になるのが一般的だ。

 さらに決して多くないがそれなりの人数がいる以上、水や食料といった旅をする上での必需品というのも費用は嵩む。

 それらを賄うため、島を訪れた合間に依頼をこなすことで稼ぐのが騎空士の日常である。実力者集団であるグラン達であれば高額な護衛の依頼や魔物討伐も受けられるため、分担すればさして大きな負担にはならないのでまだ良いが、サボっていてはいずれ旅に支障をきたすのだ。

 

「それなら、私も」

 

「ゼタはここに居てあげてくれ。艇までヴィーラを案内するのを頼むよ」

 

 珍しく有無を言わさないようなグランの口調に、ゼタが少しだけ不信感を募らせる。普段であれば、安全も考え一人で依頼をこなそうとはしない。ビィがいるので一人ではないだろうが、戦闘要員ではないしグランやジータはできるだけ安全策を取ろうとするタイプだ。あえて一人でやろうとする姿にどことなく不安を覚えた。

 だが、疑惑のまなざしを向けるも、ゼタはそれ以上食い下がることはしない。天星器すら扱えるグランが今更この島の魔物程度に後れを取るはずもない。不信ではあるが、心配をする必要はないと考えた。

 

「仕方ないわね。わかったわ」

 

「ありがとう、それじゃ」

 

 そそくさと出ていくグランに、やはり少し不安を感じたゼタだった。

 

 

 

「さて、魔物討伐……気合い入れていくか」

 

 酒場で話が上がっていた魔物の討伐依頼を受け、グランは一人、野外の一角へと訪れていた。

 目の前にいるのは群れを成すウルフ族の魔物。

 ここアルビオンには、騎士学校があり、未来の騎士候補生の鍛錬のためと、常時街を襲う程度に魔物が跋扈している。魔物とて生物であり、繁殖することは多々ある。それ故に増えすぎた魔物の駆除というのはこの島では珍しくはない。

 例にもれず増えすぎた目の前の魔物を討伐するのがグランが受けた依頼だった。

 

「オイラはせいぜい囲まれないように注意引くくらいしかできねえから倒すのはグランだぜ」

 

「わかってるよ……」

 

 すっと目を閉じるとグランの雰囲気は変わった。魔物相手に情けは無用。殺気を纏うグランのそれは、ルーマシーでもアポロに言われたようにまるでセルグのように、研ぎ澄まされたものである。

 

「この感覚に、僕は慣れないといけない」

 

 意識するのは命を刈り取る戦い……これまで、旅路の中でいくつも潜り抜けてきた戦いはどこか甘かった。魔物の命を奪うことはあっても、ヒトの命を取ることはなかった。

 それは彼らの目的が、逃げる事であったからだろう。生き延びられれば良い。わざわざ相手の命を奪う必要はない。そうして潜り抜けてきた中で、グランが明確に殺気を放ったのは、アポロの計画を聞いてルリアの死を予感した時だった。

 自分でも恐ろしいほど落ち着いた感覚の中、相手の命を刈り取る事を脳裏に描いていたその瞬間。グランはさらなる高みへの可能性を感じた。

 

「これから、僕らは逃げるためではなく倒すために戦うことになる……アーカーシャ、黒騎士、もしかしたらセルグとも――そうなったとき、今のままではダメなんだ」

 

 アーカーシャの起動の時も、セルグとヴィーラの戦いの時も、自分はただ手をこまねいているだけであった。何もできず事の成り行きを見守る事しかできなかった、それらの出来事がグランに、一つの決心をさせる。

 

「この殺意を飼いならし、モノにする。やばかったら切り替えるから教えてくれ、ビィ」

 

「わかったぜ……グラン、無茶だけはすんなよな!」

 

「あぁ!」

 

 グランはウルフの群れを相手に全力で走り出した。

 攻撃に対する対応は防御か回避……これまでは防御からの反撃であった思考が、より早く倒すため、回避と反撃へと変わる。避けられるか避けられないかのギリギリの判断であれば防御を選択していた思考が、薄皮一枚を犠牲にしての回避へと変わる。僅かな隙間を見つけその身をもぐりこませ、最小限の動きで躱していくと……

 

「ハッ」

 

 小さな息と共に剣が降りぬかれる。

 攻撃は最小限に……最も効率的で早く相手の戦力を減らすには――その思考が回ると、グランはウルフの首を撥ね、四肢を落とし、奥義の一振りで複数のウルフを薙ぎ払う。次々とウルフの群れの戦力をそぎ落としていくその攻撃は、今まではどこか抵抗のあった急所を狙う攻撃だ。魔物を追い返す場合もあったから決してこれまでが間違いではないが、それ故に倒すまでに時間がかかるケースは多々あった。それが一振りで得られる効果に重きを置くようになりグランの戦いは劇的な変化を及ぼす。

 

「す、すげぇ……」

 

 唖然としたようにビィは声を漏らす。目の前に10体以上はいたウルフ族の魔物。それをグランは数分と待たずすべて刈り取ったのだ。襲い掛かれば全て躱され、躱されればその隙に命を刈り取られる。

 グランにとびかかるウルフの攻撃は自ら死ににいくようにしかビィには見えず、一人であることなど何の懸念にもならなかった。

 

「グラン……なんだかすげえじゃねえか……オイラ何が起きているか全然わかんなかったぜ」

 

 剣を収め戻ってきた相棒へ、驚きのままビィは声をかける。

 

「ギリギリでの回避。一閃で屠る剣技……少しは見えてきた。僕はきっと、まだ強くなれる」

 

 紙一重を見極め、最適解を選ぶそれは戦いにおける極意だ。

 確かな手ごたえを感じながら、グランはその場を後にする。どこか高揚した様子のグランにビィも思わず嬉しそうにはしゃぎながら着いていった。

 

 気づけばもうすぐ日が暮れそうであった……

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

「あ、ヴィーラ!」

 

 宿の受付のところで待っていたゼタは、階段を下りてきたヴィーラを見つけた。

 

「ゼタ……さん。どうしてこちらに?」

 

「皆は艇で待ってるからね。どこに停泊しているかわからないだろうし、私が待ってて案内役ってわけ」

 

「そうでしたか……お手数をおかけしました。案内をお願いしますね」

 

「うん。それじゃ、いきましょ」

 

 疲れてる様子などはないヴィーラに安心したのか少しだけ声に明るさが増したゼタは、そのままヴィーラを連れて宿を後にする。そのまま港へと足を進めるゼタに並んで歩きながら、道のりも半ば程まで来た所でヴィーラは足を止めた。

 

「ヴィーラ? どうしたの」

 

「ゼタさん……艇につく前に先にゼタさんには」

 

 謝らなければいけない。彼女を傷つけたことは事実だ。どんな理由があろうと、己の心ない言葉にゼタが体を震わせていた記憶がヴィーラを突き動かした。

 

「待って、ヴィーラ。言いたいことは何となくわかる。でも、あなたが伝えるべきことも、私が伝えるべきことも。きっと今は、二人だけのものにしてはいけないと思うの……それはきっと、皆と共にしなくちゃいけないこと……だからごめん。今は何も聞いてあげられない」

 

 ヴィーラの言わんとしたことを察して、ゼタはヴィーラを止める。先程までの明るい声は消え、ヴィーラを見つめる視線は真剣そのもの。嫌がらせでも何でもなく、それが必要で正しい事だとゼタの瞳が訴えていた。

 

「そう……ですね。失礼しました」

 

「そんな顔しないでよ……いつも通りに、落ち着いて澄ました顔でさらっと話してくれればいいのよ」

 

 簡単に言ってくれるゼタの言葉に少しだけヴィーラの心がささくれ立つ。ゼタが思うほど、自分は余裕があるわけではない。しでかしたことの重さを誰より理解しているのは自分なのだから……むっとした顔でヴィーラはゼタに言葉を返す。

 

「そんな簡単にできたら苦労はしません」

 

「フフ、らしくないよ、ヴィーラ。いつものヴィーラならもっと余裕に満ち溢れてるもの。別に身構える必要ないんだよ――私達はヴィーラの想いを全て受け止める気でいるんだから」

 

 小さな笑みと共に紡がれる言葉。その意味を理解すると同時になんだかその言葉が心地よくてヴィーラのささくれ立った心はすぐに収まった。

 

「――わかりました」

 

 ゼタと同じように小さく笑みを浮かべるとヴィーラはまた歩みを再開する。

 向かう先は少し遠めにもう見えてきているグランサイファーの艇内。

 

「さて、それじゃいきますか」

 

 歩みを再開した二人は、滞りなくグランサイファーへとたどり着き、彼らの長い夜が始まる。

 

 

 ――――――――――

 

 

 

「お待たせ、皆」

 

「お帰り、ゼタ。ヴィーラ」

 

「お帰りなさい」

 

 ゼタの声にグランとジータが答える。そのあとに続く仲間達の声にはゼタだけでなくヴィーラも迎え入れる声があり、ヴィーラは少しだけ胸が熱くなるのを感じた。

 

 

「皆さん、今回は私のせいで大変ご迷惑を」

 

「待ってくれ、ヴィーラ。僕達は君に謝らせるつもりはないよ」

 

「私達はただ、ヴィーラさんが持っていた懸念を……抱いていた想いをちゃんと知りたいんです」

 

 さっそく切り出そうとしたヴィーラの手鼻を挫く二人の言葉。呆気にとられながら、その場に集っていた仲間達へと視線を向ける。

 

「お前さんみたいに思慮深い人間が、短絡的にあんなことをするとは思えねえ。ルーマシーの件だけじゃなく、他にもあの結論に至るまでに色んな兆しがあったはずだ」

 

「私は難しいことは分からないですけど……でもヴィーラさんが私やオルキスちゃんの事を考えて、言ってくれていたのは分かりました。だから、もっとちゃんと。ヴィーラさんの気持ちを知りたいんです」

 

「ヴィーラは、私とルリアを守るために、すぐに動いてくれた。私は、感謝してる」

 

 ラカムが、ルリアが、そしてルーマシーより連れ出してきたオルキスが。それぞれにヴィーラに言葉を投げた。

 

「ヴィーラ、先も言ったな。誰も君を責める気はないと。だから全てを教えてほしい。君がセルグを殺す決意をした理由を……君が抱いた懸念を。それはルリアと旅をする私達にとって、知らなければならない重要なことだ」

 

 最後にカタリナが前に出てくると、ヴィーラに席に座るように促した。

 今さら迷うことはない……席に着いたヴィーラは静かに目を閉じる。謝罪は拒否されたが、それも昼のカタリナの態度から想定はできていた。後は己の想いを語るだけ。

 ヴィーラはゆっくりと口を開いて語り始める。

 

 

 

「懸念は……最初からありました。ザンクティンゼルでの彼との決闘。私達は辛くも勝利を収めましたが、グランさんやジータさんも含め、六人を相手に互角の戦い……いえ、実際には勝ちはしたものの私達のほうが明らかに劣勢でした」

 

 ヴィーラの言葉にグランやジータが静かに頷く。確かに勝利はしたものの、セルグにはまだその先があった。後に本人から語られた通り、あの時点でセルグは本調子ではなく、結論から言えば、勝利こそしたものの実力では彼らのほうが下回ってる。というのが皆の見解である。

 

「星晶獣との融合……彼が私との戦いで言ったように、力を借りるのではなく、ヴェリウスと力を高め合うあの能力は、シュヴァリエを従える私だからわかった事ではありますが、異端中の異端なのです」

 

 仲間達の頭に疑問符が浮かんだ。何がどうおかしいのか、彼らでは皆目見当がつかない。カタリナが代表としてその疑問を問いかける。

 

「どういうことなんだ? 正直なところ君とセルグのチカラの違いが私達にはわからない……」

 

「う~ん私は、セルグさんとヴィーラさんの違いが何となく判りますけど……説明は難しいです」

 

 唯一感覚的に理解していたのは星晶獣の気配を感じ取れるルリアだけだったが、つたない彼女の語彙力では説明するのは難しいようだ。

 少し申し訳なさそうなルリアの頭をなでて、大丈夫ですよ。と言うとヴィーラは唐突に席を立ちコップやら水差しやらをテーブルに置いた。

 

「そうですね……例えるなら、水を注いだコップ。これが私です。器となるヒトの形と内包するチカラ。この見方であればどのようなヒトでも基本は同じはずですね」

 

「そうだな……大なり小なりの違いはあるだろうが、その見方ならそうだろう」

 

「はい、そしてシュヴァエリエのチカラを使う私はこうです」

 

 そういうとヴィーラはコップではなく食事を盛り付ける大きめの器に水を注ぎ、その中に水を満たされたコップを置く。

 

「ヒトという小さな器。それを覆う、大きな器とチカラ。これが私とシュヴァリエのチカラの使い方です」

 

 あくまでヴィーラのチカラは使役であり、その身に纏うことでシュヴァリエのチカラを使う。ヴィーラとシュヴァリエ。別々のチカラを使い分けているに過ぎない。

 

「それじゃあセルグは……?」

 

 グランの問いにヴィーラはまたも動いた。水差しではなく用意したのは暗所の戸棚から取り出したミルク。

 それをヴィーラは水が注がれているコップに注いだ。水とミルクは溢れながらもコップの中で混ざり合いその色彩は透明と白が混在する状態となる。

 

「これが……セルグさんの融合です。器を変えず、自らに内包されたチカラをヴェリウスと混ぜ合わせる。これが彼の言う融合です」

 

 仲間達はコップから目が離せなかった。混ざり合う液体と液体、この場合の例えでいうなら、セルグとヴェリウスの融合とは正に真の意味での融合である。

 

「このような異能……ヒトではありえない。それが私が最初に抱いた懸念でした。融合を解除して元に戻れることも含めて、彼の融合という工程は不可思議で仕方ありませんでした……次に抱いたのは、ザカ大公との話です」

 

 驚きに固まる仲間をよそにヴィーラの話は続く。

 

「彼の精神性は異端であると……過去の事件で36人。仮にそれが無我夢中で覚えていないとしても、その後の18人は明確に己の意思で殺している。それでも彼の精神は穢されていない。これがどれほど異常か、お姉さまやリーシャさんならばわかるはずです」

 

 途端にカタリナとリーシャは表情を歪めた。軍人であったカタリナ。秩序の騎空団として、任務地が戦場であったこともあるリーシャにとって、殺人というのは大きな意味を持つことをよく知っている。ザカのいう事に思うところが無かったわけではない。

 

「罪の意識はあった。彼はそういう部分では自らの罪から目をそらせない人です。ましてや快楽殺人者でない事は皆さんもわかるはず。それでも彼は、あまりにも殺人と言うものを感じさせなかった……皆さんと笑い普通に過ごす彼は私の中で、人の姿をした何かとなりました」

 

 徐々に、仲間達の表情は驚きから、恐怖へと変わっていく。次々と語られるヴィーラの言葉はセルグの異常性をみるみる紐解いていった。

 

「そして引き金となった、ルーマシーの一件。冷静に言葉を話していたことから間違いなく彼は明確な意思をもってルリアちゃんとオルキスさんを狙っていました。明確な殺意ももって……」

 

「待ってください、ヴィーラさん。ヴィーラさんも言ってたじゃないですか! セルグさんの意思ではないかもしれないって」

 

 ジータが割って入る。事が起きる前にヴィーラは確かに言っていた。彼以外の別の意思が備わっているかもしれないと。それならばルーマシーでの一件がセルグの意思ではない可能性もあるはずだと。

 

「ジータさん……それが最後の決め手です」

 

「えっ……?」

 

 だが、ヴィーラの懸念はそこではなかった。おもむろにリーシャへと視線を向けてヴィーラは口を開く。

 

「リーシャさん。貴方はラビ島を出た日の夜にセルグさんと甲板で話をしていましたね」

 

「えっ、そうですがなんでそれを? 確かにあの日の夜、私はセルグさんと話を……その彼にとっては少し重要な話をしました」

 

 唐突な話の振りに驚きながらもリーシャは事実を答える。

 

「すいません。私は間が悪く近くに居合わせてしまい話を聞いてしまいました。盗み聞きしたことについてはこの場で謝罪いたします。申し訳ありませんでした」

 

「あ、いえ……別にそう改まって謝罪を受けるほどでは」

 

 丁寧な謝罪にリーシャが慌てる。少しだけ柔らかくなってしまった空気を取り戻すように、ヴィーラは努めて落ち着いた声音にして語りを再開した。

 

「話を戻しますね。貴方が部屋に戻った後、彼とヴェリウスとの会話を私は聞いてしまったんです。彼は……」

 

 話を再開したヴィーラがわずかに言い淀む。言いづらそうなその表情から、恐らくこの話の核心部分であるだろうと仲間達は予感した。

 

 

「最愛のヒトに……アイリスさんに殺される夢を見続けていると」

 

 

 部屋に沈黙が訪れる。皆が一様にヴィーラが言った言葉の意味を測りかねていた。

 そんな気配を察してヴィーラは言葉を続ける。

 

「グランさん、想像してみてください。もし、ジータさんに殺され続ける夢を見たら貴方はどうなりますか? オイゲンさん、最愛の娘である黒騎士さんに殺される夢を見続けたらどうなりますか? お姉さま、ルリアちゃんに殺される夢を見続けたらどうなりますか?」

 

 問われた三人だけではない。皆自分に置き換え想像した瞬間、顔を青ざめて体を震わせる。

 それは心を壊すための拷問。体は傷つかず死ぬことを許されず心だけをすり減らしていく、死より重い罰。

 

「彼の声だけで怖気が走りました。感情も何もない、まっさらな声。あれはもはやヒトが出すものではないただの音でした……何も読み取れない、何も感じられない。――彼はもう、壊れてしまっているんです」

 

 誰も言葉を発せない雰囲気の中ヴィーラは続ける。ここから続く、自らの想いの丈を。

 

「彼には彼以外の別の意思が備わっている。そうだとしたら、彼がそれに抗えずここにいる仲間を手に掛けてしまった時、彼の絶望は計り知れない。彼が執拗なまでに仲間を大切にしようとするのは、きっとこれ以上壊れないための最後の一線だからだと思うのです。守りきれなかった時、ここにいる誰かを失った時、きっと彼の心のタガは外れてしまう」

 

 ヴィーラは語り続ける。吐き出すように全てを。感じたこと、思ったことを包み隠さず。

 

「彼にとって皆さんは大切になりすぎてしまった。ヒトではありえない異能、壊れた精神、暴走の可能性。これらがある限り、彼がここにいるのは大きなリスクでしかない。皆さんにとっても、他ならぬ彼にとっても」

 

「だから……セルグを殺そうと?」

 

「お姉さま、何様と思うかもしれませんが、私はそれが彼にとっては救いではないかと思いました。私達と一緒にいる限り、彼は失う恐怖から逃れられない……私達といる限り、彼は自らの暴走に怯え続けなければならない。生きている限り、彼はアイリスさんに殺され続けなければならない。それならばいっそ……と」

 

「嘘だろ……だって、そんな様子全然」

 

 グランが小さく呟いた。普段、共に過ごすセルグにそんな予兆は見られなかった。彼の笑顔は心からの笑顔であったし、彼の怒りはその身全てで表したような怒りであった。とても心を壊してしまったヒトの出せるものではないと。

 

「グランさん、それも最後の一線なのだと思います。皆さんと一緒にいられる、皆さんと笑いあえることがきっと、守り切れていると実感できる壊れない為の最後の防衛線。だから、ここに留まろうとも、ここからいなくなろうともきっと彼の結末は変わらない」

 

 留まればいずれ仲間を手に掛ける。ここを離れれば一人、孤独のまま壊れていく。どちらも可能性でしかないが、それはどちらも可能性としては高い。そうヴィーラは感じていた。

 一息吐いて、ヴィーラは結論を述べる。

 

「どうあっても壊れてしまうのであれば、いっそ死んだほうが彼のためだと……私はそう考えて彼を殺そうとしたのです」

 

 

 長いヴィーラの独白が終わった。

 

 




如何でしたでしょうか。

終わりまで行かないまさかの二部構成。彼らの夜はもう一話分続きます。

シュヴァリエマージとの違い。作者独自の解釈であります。
大分オリジナル要素が増えて来たのではと思う今日この頃。アルビオンからの流れは随分前から構成を練っておりまして作者としては重きを置いている部分であったりします。
今後益々そういう流れが増えるかも知れません。

ですが大筋は原作通りですよ!!オリジナルは要素であってメインじゃ無いですよー!

それでは。お楽しみ頂けたら幸いです。

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