granblue fantasy その手が守るもの   作:水玉模様

43 / 121
2週間逃亡すると言ったな、、、あれは嘘だ。
というわけで書いていました、最新話。

一応原作通りのお話。原作では省かれていた部分になります。
当然本作では相違点が多少なりとも有りますが、どうぞお楽しみください

追記
本作オリジナル設定が含まれます。ご注意下さい


幕間 アマルティア最前線

 時は少し遡る――――

 

 ラビ島にてグラン達を見送ったモニカは、アマルティアへと戻り、久方ぶりの休息を満喫していた。

 帝国の要請によりアポロを捕縛。グラン達への出頭要請のためガロンゾに向かえば、セルグと出会いこれを確保。アマルティアに戻れば組織からの襲撃と帝国の侵攻。騒ぎに乗じて組織の戦士クロードには逃げられ、逃げたクロードをラビ島まで追走。さらにそこにいたグラン達へ、アポロとセルグの返還要請……

 

 二転三転とする事態が怒涛のように押し寄せ、リーシャも含め彼女たちはなかなか心休まることがなかった。

 思い返した出来事にモニカはため息を一つ吐く。

 

「ふぅ……今も彼らと共に動いているリーシャには悪いが、休息を取らせてもらっても罰は当たらないだろう」

 

 呟くと同時に脳裏にかわいい後輩の苦言が聞こえてきた気がしたのを振り払い、モニカは自室でのんびり過ごすことを決め込む。

 自室の扉には鍵をかけ、万が一にも突然人が入ってくる可能性を潰すと、彼女は履いていた制服のブーツを脱ぎ、コートを捨て去り、帽子を投げ出しベッドイン。女性らしさのかけらもない乱雑な変身を果たし彼女は柔らかくはない秩序の騎空団のベッドに体を横たえる。

 

「くぅ~はぁ~、疲れていたのは間違いないようだな」

 

 重力から解放された足をピンと伸ばし、つま先から頭上に伸ばした腕まで全身を引き延ばすように伸びをしてから身体の緊張を緩める。力の抜けとともに疲れも抜けるような気がして、途端にモニカの意識はオフモードへと切り替わった。

 

「ふふっ、こんな姿団員どころかリーシャにも見せられないな」

 

 ポツリと自嘲気味に呟くとモニカは一人の時間を満喫する。

 秩序の騎空団として、船団長として、女性として……そんな対外的な仮面をすべて取り払い、誰にも見せることのないモニカと言う一人のヒトとなれるこの時間がモニカはたまらなく好きであった。

 もちろん普段であればいくら休息中であろうと、こんな姿は晒さない。緊急事態もあるかもしれないし団員が報告に来るかもしれない。船団長というイメージは軽くはないのだ。

 あくまで時々ではあるが今回のように溜りに溜まった疲れがある時だけ、モニカは自室に引きこもりしがらみから解放されるように休息を取る。

 大した時間は必要ない。少しの時間一人になるだけでモニカの心は大きく休まり、きっと1時間もしないうちに散らばった制服をちゃんと片付け、モニカは”休息をとる船団長モード”に戻るだろう。

 それでも今は一人だ……ただのモニカでいられる時は決して長くない以上、しっかりと心も体も疲れを取らなくてはならない。ベッドの上をゴロゴロとしながら、かわいい後輩に次はどんな意地悪訓練をさせようかなどと妄想をして、隠していたお菓子を食べてはニヤニヤ笑う。彼女はしばしの休息を堪能するのだった。

 

 妄想に耽るモニカの脳裏には、かわいい後輩の叱責がずっと聞こえていた様な気がして何とも言えない窮屈な気分も味わったのはまた別のお話……

 

 

 

 

 

 事はそれから数時間後。

 モニカが通常モードとなり、執務室で休息しながら団員の報告を聞いていた時に起きた。

 

「――以上が、街の警備状況となります。幸いにも警備隊で怪我を負った者も深刻ではないものがほとんどで、巡視体制は通常の形で回っております。家屋などへの被害もなかったのは不幸中の幸いでした」

 

「そうか、ご苦労だった。施設や家屋に被害がなかったのは僥倖だな。帝国の狙いが黒騎士だけだったとはいえ嬉しい誤算だ」

 

 報告内容に思わずモニカは安堵の笑みを浮かべる。

 先だって行われた帝国侵攻戦。アマルティアに上陸してきた兵士の数はとても把握できるものではなかった。モニカのいうように、狙いがアポロの抹殺だったとはいえ、拠点の設備や団員の家族が住まう家屋に被害がなかったのは奇跡と言って良いだろう。

 

「それから、別件での報告事項ですが、船団長がおられない間にとある事件の参考人として一人、アマルティアに留置しております。準警戒態勢でしたので調書などはまだ取れていませんが対応のほうは如何なさいますか?」

 

「参考人? どういうことだ」

 

「報告によると壊滅したある組織の拠点に一人いたと。関係者である可能性も踏まえて任意同行してもらった次第です。一応は客室に滞在してもらっています」

 

「そうか、わかった。そっちは後で話を聞きに行こう。それから、一先ずは準警戒態勢を解除。巡視体制を緩めてもいいだろう。このまま帝国に動きがないようであれば短いが各員に休日をあてがおうと思うので皆に伝えておいてくれ」

 

「わかりました。それでは失礼いたします」

 

 報告を終え、指示を受けた団員が退出するとモニカは一息つく。

 報告にあった参考人の事を考えながらもまずはアマルティアが落ち着いている現状に少し表情が綻んだ。

 アポロが島を離れた以上帝国にアマルティアを責める大義名分もない。突然の侵攻で後手に回ってはいたが秩序の騎空団とは空域を跨ぐ超巨大組織だ。

 リーシャが言うように、各島々に団員は常駐しているし、ここアマルティアにいる保有戦力とて少なくはない。仮に再度の侵攻があろうと己がいるこのアマルティアの拠点が落とされることはそうそうあり得ることではないだろう。

 

「これで今日の夜は安心して眠れそうだ――」

 

 呟かれたモニカの声には本心からの安堵が込められる。団員達とて疲労が溜まっているだろう。今日からは彼らを休ませられると考えたモニカは、執務室の窓から望むアマルティアの景色を眺めた。

 

「――あれは、なんだ?」

 

 ふと目についたのは空に見える黒い点。遠すぎてよくわからない黒い点は綺麗な蒼穹の空の中でやたらと目立ちモニカの目を引いた。

 机の引き出しから望遠鏡を取り出しそれを除いた瞬間、モニカは絶句する。

 

「――バカな……ありえない。奴らは本気で我々を潰す気なのか……」

 

 現実味のない光景にモニカは小さく呟く。その視線の先にあるのは黒い点。

 望遠鏡でのぞいた先に見えたのは、黒塗りで揃えられたエルステが誇る戦艦だった……

 

 

「報告!! エルステ帝国の戦艦がアマルティア目指して侵攻中!!」

 

 モニカが気づいたのと時を同じくして、団員もすぐに伝令として駆け込んでくる。

 茫然自失とした時間は僅か、モニカはすぐに我に帰った。

 戦力差は大したことはないかもしれないが、今ここにはリーシャがいない。指揮官としては、すでに己より高みにいるであろうかわいい後輩がいないのは状況としては大いに厳しいとモニカは感じていた。

 

「緊急事態宣言だ!! 警備隊に住民の避難をさせろ!騎空艇部隊は緊急発進。地上部隊には警備部隊と住民の防衛を最優先にさせるんだ! 急げ!!」

 

「は、はい!!」

 

 即座に指示を聞いて出ていく団員を見ながらモニカは戦闘服を着込む。滞りなくそれが終わると次いで愛用の長刀を携えモニカは執務室を後にした。

 脳内ではすでに彼我の戦力差の分析と戦況予測が行われている。数はおそらく大差ないが、こちらは疲弊している。再度の侵攻まで少しの時間があったのは恐らく十分な戦力を編成するためであり、彼我の戦力差は間違いなく不利に傾いているだろう。

 いくら帝国と呼ばれるエルステでも戦艦などそう簡単に派遣できるわけがない。彼らもまたこの空域の広範囲に勢力を広げているのだ。

 にも関わらずの再度の侵攻。それは全力でこのアマルティアの拠点を潰すために他ならない。何のために……そんな疑問に思考を回す余裕は無かった。

 

「全く、こんなことであれば彼らにリーシャをやるんじゃなかった……失策だな、愚か者め」

 

 反省の色を浮かべながら、この窮地をごまかすようにモニカは小さく笑う。三度目はないだろうとタカをくくり、リーシャを手放してしまった己の迂闊さを笑わなければ、モニカは立ち向かえる気がしなかった。

 

「相手のボスが倒せれば……そうすれば相手の士気を挫き、こちらの士気を上げられる。皆リーシャのおかげで自らの判断で動ける。ならば戦える私ができることは一つだ」

 

 急成長を遂げたかわいい後輩は見事に団員達へ集団戦闘のイロハを叩き込んでくれた。

 ちょっとした出来心から与えた無理難題な訓練目標。無理だと泣きついてくることを楽しみにしていたその訓練目標を達成した後輩は団員達の戦術眼を大いに引き上げてくれ、ある程度の指示はなくても彼らは動けるようになってくれた。であるならば……

 

「指揮するものを潰し相手の戦力を落とす!」

 

 瞳に宿った光と共に、彼女は前線に出るときの空気を纏う。それは戦場を駆ける覚悟ができた証。

 手塩にかけた直属の部隊は帝国兵士程度であれば難なく倒せるだけの実力を各々持っている。彼らと共に戦線を維持し増援が来るまでの時間を稼ぐ。

 彼らが待機している隊舎にたどり着いたモニカは、部下たちに激を飛ばした。

 

「状況は分かっているな? リーシャほどではないが、少しだけやる気を出させてやろう。全員! 死ぬな! 生きて守り抜け!!」

 

「イェス・マム!!」

 

 言葉短く部下を鼓舞するとモニカは地上部隊と合流するため走り出す。

 向かう先は久方ぶりの命を懸けた戦場。嘗ての己を思い出し昂る心を抑え、モニカはその刃を戦場に閃かせる。

 

 

 

 

 

 

「はぁ~まったくつまんねぇ」

 

 帝国戦艦の艦橋。そこにいた司令官と思われる男はつまらなそうにため息を吐いていた。

 

「おい、戦況はどうなってる?」

 

 詰まらなそうというより気だるそうな声で近くの兵士に問いかける男はガロンゾでセルグによって重傷を負わされていたガンダルヴァである。

 その体に異常は見当たらず傷が感知していることが伺え、今はつまらなそうにアマルティアの戦場を見下ろしている。

 

「現在地上戦力との戦闘に突入し膠着状態になってるとのことです」

 

「中将閣下、増援を投入いたしますか?」

 

 別の兵士からの提案にガンダルヴァは少しだけ首を傾げる。

 

「そうだな……どうせ最後には砲撃で終わっちまうんだし折角だ、アドヴェルサと魔晶兵士を投下しろ。秩序の奴らに絶望を見せてやれ。それから、奴らの中に突出して前線を押し上げてくる奴が出てきたらすぐに報告しろ。大至急だ。いいな?」

 

 増援の許可とついでの指示。この任務を受けた時からひそかに願っていた楽しみを逃さないため、ガンダルヴァは兵士に念を押した。この状況であれば自分が知っている奴なら間違いなく前線に出てくる。相手の頭を潰すのは奴の十八番だったはずだ。

 

「そ、それでしたら、先程出てきた部隊が次々と兵士たちをなぎ倒し前線を押し上げて……」

 

「何っ!? バカが、なんでそれを早く言わねえんだ。どこだ?」

 

「はい、民家が並ぶ広場の交戦ポイントです」

 

「そうか……でてきたかモニカぁ。俺が出る。上陸準備だ」

 

「し、しかし中将閣下自らお出にならなくても」

 

 指揮官であるガンダルヴァが前線に出ては指揮をとれる人間がいなくなる。そう懸念して兵士が待ったをかけるがその瞬間、ガンダルヴァの纏う空気が刺々しいものに変わる。

 

「あぁ? だまれよ一般兵。お前たちじゃどうせ奴には勝てねえから俺が出張ってるんだろうが。詰まらねえこと言って俺様の邪魔をすんじゃねえよ。どうせあいつがつぶれれば秩序の騎空団は崩れ落ちる。俺様がさっさと終わらせてやろうって言ってんだよ」

 

 傍若無人とも取れるガンダルヴァの態度と空気に兵士たちが固まると、それを尻目にガンダルヴァは甲板に向かう。去り際に降下させろと一言だけ残したガンダルヴァの指示に兵士たちは大人しく従うことしかできなかった。

 逆らえば味方であろうと殺される。そんな予感をひしひしと感じた兵士たちは戦艦をアマルティアの地表近くまで降下させる。

 甲板に出て地上を見下ろすガンダルヴァは徐々に近づいてくる戦場の気配に、見る見るうちに心が昂っているのを感じその口元を歪める。ニヤリ、ニタリといった感じに笑うその姿は狂気に彩られていた。

 

「久しぶりの手合せだ、モニカ。ちゃんと楽しませてくれよ」

 

 愉悦に笑う戦闘狂は、その牙をアマルティアに突き立てるべく甲板から足を踏み出すのだった……

 

 

 

 

 

 

 長刀が閃くとまた二人兵士が崩れ落ちる。モニカが握る刀が振るわれるたび、アマルティアの大地に一人、また一人と帝国兵士たちが崩れ落ちていく。

 隊舎を出たモニカは地上部隊と合流した後、住民の安全確保を地上部隊に任せ部下と共に降下してくる兵士たちを迎撃していた。

 

「紫電……一閃!!」

 

 モニカの刀に紫電が灯る。同時に駆けだすモニカは瞬く間に居並ぶ兵士たちを一刀の元に切り伏せ、次なる標的へと向かった。

 姿勢を低くし、駆ける様はまるで餓狼のよう……その小さい体躯のどこにそんな力があるのかと帝国兵士たちが動揺する中、目一杯に身体を使って長い刀を振るう様は、美しさすら覚えるほど躍動感に満ちており、仲間たちを鼓舞する。

 

「広場を取ったか……ここを死守するぞ! お前たち、何としても守り抜け!!」

 

 戦いやすい広場を確保し、そこに人員を終結。攻め込ませないように守りに入る。

 一騎当千のモニカと獅子奮迅の働きを見せるその部下たちの参戦により、戦況は少しばかり秩序の騎空団に傾いていた。

 

「はぁああ!!」

 

 裂帛の気合いの声と共に、再び剣閃の花が咲いたとき、モニカは大きな覇気をもった何かを感じ取る。

 次の瞬間にはモニカが地上をかけ、舞い踊る戦場にズシンと音を立ててそれは降り立った。

 

「ハーッハッハッハ!! 久しぶりだなぁ手前等!! この俺がわざわざ出てきてやったんだ、しっかり楽しませてくれよ!!」

 

 右手に愛剣を握りしめ、戦いに狂う帝国の切り札が、快進撃を続けるモニカの行く手を遮り咆哮を上げる。

 

 

 

「貴様は……まさか」

 

 大きな声と共に戦場に現れたドラフの大男。帝国軍中将ガンダルヴァを見て、モニカの表情が驚きに染まる。

 

「久しぶりだなぁ、モニカ。腕は錆びついてないか? 折角俺様がここまで来たんだ。楽しませてくれないと殺しちまうからな」

 

「ガンダルヴァっ! 貴様、何故帝国軍に!?」

 

「ふん、何を今さら……当然の帰結だろう。団を追われ、戦う場を奪われた俺が行く場所なんか一つしかねえだろうに。帝国とはまさに俺にとって最高の場所だった」

 

 モニカとガンダルヴァ。初対面ではない会話からわかるように旧知の仲である。なぜならガンダルヴァは元秩序の騎空団の団員であった。秩序の騎空団の中でもその実力は折り紙つきで、モニカとはいい勝負のできる根っからの武闘派。強さをひたすらに求め、戦いをひたすらに求めるが故に、素行に問題があり、団長である青の騎士により秩序の騎空団を追い出された過去を持つ。

 

「ガンダルヴァ……貴様、何故今さらアマルティアの襲撃など」

 

「勘違いするな、それはただ命令されたから来ただけだ。お偉いさんからのご要望じゃ聞かざるを得ないだろ。だが、楽しみで仕方なかったぜ……久しぶりにお前とやりあえると思ったらな」

 

 言葉と共にガンダルヴァの気配が膨れ上がる。

 臨戦態勢となったガンダルヴァはその気配だけでもってその場にいた秩序の騎空団の団員たちを固まらせる。

 圧倒的強者の気配。自らの実力との差を感じ取ってしまい恐怖に動けなくなる団員たちの中で、モニカは衰えることのない光をその瞳に宿らせたままガンダルヴァと対峙した。

 

「随分と凄むじゃないか? そんなに脅さなくてもかわいい部下達をお前と戦わせやしないよ」

 

「ほぅ、それならお前ひとりで相手にするって事か? 今の俺と戦ってまともに戦えるとでも思ってるのかよ」

 

「少なくとも負ける気はないさ。ここでお前を倒さなければ我々の負けだからな」

 

 軽い口調で話しているがモニカの頬には冷や汗が伝う。目の前で発せられた気配だけで目の前の男がどれだけ強くなっているかが理解できた。そしてそれに対して己は弱くなっている事を理解していた。

 最前線を走っていたのは何年前だったか……後進の育成のためと第一線を退いてから、モニカは既に多くの時を過ごしている。

 後進の育成と言えば聞こえはいいが、モニカだけを見るならそれは停滞ですらない衰退。

 全盛期は青の騎士と肩を並べて立てるほどの強者であったモニカも、その強さの多くをそぎ落とされているのだ。

 強さを求めて走り続けた者と、後ろを振り返った者。その差は言わずもがな、走り続けた者に軍配が上がる。

 だが、それでもモニカは引かない。否、引けない。

 

「いくら前線を退こうが私は秩序の騎空団、第四騎空艇団船団長のモニカだ。力だけを振りかざす貴様に負ける気はないぞ!!」

 

 湧いてくる恐怖を気迫で抑え込み、押しつぶされそうな自信を奮い立たせる。ここで自分が折れれば仲間は総崩れになるだろう。ガンダルヴァを相手取れるものなど彼女以外にはいない。その先に待つのはアマルティアの陥落だ。

 ガンダルヴァ同様にモニカの気配もまた全力を振るうために研ぎ澄まされていく。

 

「ほぅ……いい気迫だ。やっぱりお前は最高だぜ。しっかり楽しませてもらうぞ!!」

 

「言ってろ。すぐに艇まで追い返してやる」

 

 覚悟を決めたモニカが刀を鞘に収めた時、睨み合う両者はどちらからともなく動き、絶戦が幕を開けた。

 

 

 

「うぉらああ!!」

 

「はぁあああ!!」

 

 

 地面が爆ぜる様な踏み込みから互いに得物を抜き放つ。剣と刀のぶつかり合いがその場に大きな音を響かせ、周囲の団員や兵士たちが動きを止める。

 兵士や一般的な騎空士とはかけ離れた、強大な力を持つ者同士のぶつかり合い。

 技の一つが放たれればその余波で吹き散らされるかもしれない。無防備に受けてしまえば死をも覚悟しなくてはならない。そんな二人の戦いはその結果がそのまま二つの勢力の行く末を決める程に、立ち入ることの許されない次元の違う戦いであった。下手に動き、邪魔をすれば戦犯にもなり得る状況が周囲の戦いの足を止める。

 互いの勢力が見守る中、二人の戦いは瞬く間にその密度を増していく。

 

 

「旋風雷閃!」

 

 重なる剣戟のわずかな隙間を縫ってモニカの声と同時に刀に雷が迸る。自らの強化が済んだところでモニカは小さな身をさらに低くして、地面を這う様に接近。走り込んだ勢いを乗せて迅雷の刃を振りぬく。

 

「喰らえっ!!」

 

「あめぇよ!!」

 

 対するガンダルヴァも”フルスロットル”で己の動きを強化。威力の上がったモニカの刀に対し、速さをもって防ぎ、躱す。

 モニカの攻撃が空を切り、今度はガンダルヴァがその隙を狙う。背後へと回り込んで狙う一撃はしかし、モニカにとっては織り込み積みの流れ。

 

「させん!!」

 

 逆手に持った鞘で視線を向けないままのカウンター。虚を突くように突き出された鞘が迫るガンダルヴァを捉え、ガンダルヴァが苦痛に顔を歪める。思わず後退したガンダルヴァにモニカは追撃。隙を作ったのであればそこは徹底的に攻め入るチャンス。刀が纏う雷が火花を散らし、その威力を瞬時に高めると、モニカは全力を持ってそれをぶつけた。

 

「春花春雷!!」

 

 春に咲く短き花のように、瞬く間に咲き散る雷の花。モニカが振るう瞬速連斬がガンダルヴァを打ち据え、ガンダルヴァは弾かれた様に吹き飛ばされていく。

 大きな音を立てて、ガンダルヴァは一つの家屋を破壊しながらその瓦礫に埋もれた。周囲にいた団員たちからは歓声が上がり、帝国兵士たちからは驚きの声が上がる。

 だが、声が上げる周囲とは裏腹にモニカの心は静まり返っていた。

 

「(つまらないあやつのいつもの癖か……あぁやって攻撃を受けて相手の実力を測る。先程ので仕留められるわけもなし。恐らく奴はまだ……)」

 

 胸中で膨れてくる予感が現実になるように、瓦礫が爆ぜると、その中からは健在の様子でガンダルヴァが立ち上がる。

 その様子をモニカは努めて冷静に見据えた。全力でぶつけた攻撃はほぼノーダメージ。もちろん人間である以上、先のモニカの攻撃が当たっていれば大きなダメージは受けるはずであり、それがないという事は理由は一つ。

 

「やってくれるじゃねえか……カウンターからの大技。隙を逃さない良い連携だったぜ」

 

「よく言ってくれる。あっさりと防いだ癖に」

 

 ガンダルヴァを見ればその服装には先程吹き飛ばされたことで汚れなどはあるが、斬りつけられているはずの胸部は無傷であった。

 モニカが放つ全力を、ガンダルヴァはフルスロットルで強化したその動きですべて防ぎ切っていたのだ。

 

「残念だぜ、モニカ。昔のお前なら今ので俺様をボロボロにしてもおかしくなかった。防いだところで防ぎきれないほどの強力無比な攻撃。それがお前の持ち味だったからな……それが腕に衝撃が残るくらいで今のお前の攻撃は防ぎきれちまった。残念だよ、こうまで弱くなっているとはな」

 

「何を勝った気になっている。私はまだ負けたわけではないぞ」

 

 不遜な態度を崩さないガンダルヴァに負けじと、モニカは再度刀を構えた。攻撃が当たらなかったなら当てればいい。無理でも無茶でも当てればダメージが入るのは自分も相手も同じだ。

 それに自分にはまだ奥の手がある。諦めるのは時期尚早だ。

 

「強くなったのが貴様だけだと思ったら大間違いだ。私が一線を退いて得た力を見せてやるよ」

 

「ほぅ……まだ何かあるのか。なら全部見せてくれよ。お前のすべてをな!!」

 

 再び走り出す両者。

 互いの間合いに入る前にモニカは足を振り上げる。ガンダルヴァが怪訝そうにそれをみた次の瞬間、モニカは振り上げた足で地面を強く蹴りぬく。はじき出された土や砂の礫がガンダルヴァに向かう。

 

「目くらましか!? 小賢しい真似を!!」

 

 つまらない手段にガンダルヴァは目を細めて、モニカの動きを観察する。地面を蹴りぬいたのと同時にモニカは急加速。ガンダルヴァの横へと回り込み、地面を削るように足で制動をかけて剣戟の嵐を叩き込んだ。

 

「まさか、さっきの詰まらねえ目くらましがお前の得た強さって言うんじゃないだろうな?」

 

「さすがにあれで強くなったとは言えんが、無くもないぞ!!」

 

「チッ、ふざけたことを!!」

 

 怒りに任せるように振るわれるガンダルヴァの剣を防がずに後退して躱すと、モニカはまたも急接近。回り込むように回り込むように、ガンダルヴァの周りを動き回り、間断なく攻撃を仕掛けた。

 

「ちょこまかとうっとうしいが、それだけだ……それのどこかが新たに得た強さだっていうんだ」

 

 先程より速さは上がっているがそれも全盛期のほうが上。威力は比べるべくもない。違うところと言えば、以前よりもかく乱するように動いて戦うこの戦い方ぐらいだと、ガンダルヴァはモニカの攻撃を捌きながら分析する。脅威など感じられないし攻撃を受けるようなヘマもしない。

 一度自分が本気を出せば今の膠着状態は崩れるような戦況にガンダルヴァは徐々に苛立ちを募らせた。

 またも地面を削るように制動をかけたモニカの足が、ガンダルヴァの背後で音を鳴らす。

 察知したガンダルヴァは、振るわれる刀をタイミングよく弾きモニカの姿勢を崩した。

 

「グッ!?」

 

「いつまでもちょこまかと……目障りだ!!」

 

 体制を崩したところでモニカの襟をつかみあげ、宙に持ち上げる。地に足着かなければ身動きはできない。宙吊りになるモニカを、あとはこのまま動けなくなるまで甚振るのも、あっさりととどめを刺すのも自由だ。

 既に目の前にある勝利に何の感慨も湧かず、ガンダルヴァはモニカを地面に叩きつけた。まるでいらなくなった玩具を壊すように。

 

「ガッハッ!?」

 

 漏れ出た苦悶の声が少しだけガンダルヴァの溜飲を下げるも、それで終わりはしない。地面に横たわるモニカを見下ろすと、今度は蹴り飛ばす。ボールのように蹴り上げられたモニカが数メートルに渡り飛ばされて地面に落ちるのを見て、ガンダルヴァはもう剣を収めた。今の蹴りだけで骨は間違いなく折れている。恐らくまともに動けるような状態ではないだろう。もはや剣はいらなかった。モニカを捕えるべく歩き出そうとしたところで、しかしガンダルヴァはその足を止める。目を向ければゆっくりとだが起き上がるモニカの姿。しかもその顔は勝利を手にしたような笑みに彩られていた。

 

「なんだ? ボロボロになって頭でもおかしくなったか? 何がおかしい」

 

「ふ、ふふふ。私の勝ちだよガンダルヴァ」

 

「なに? この状況で一体何をッツ!? これはっ!!」

 

 ガンダルヴァが驚きの声を上げる。彼を中心として、地面には幾何学模様の魔法陣。立ち上る光の力がガンダルヴァをその場で動けなくしていたのだ。

 

「モニカてめぇ、何をした!?」

 

「切り札はあった、刀を持たずに使えるとっておきの切り札がな。そしてそれを悟らせないのが私が得た強さという奴だよ。単なる戦いだけではたどり着けない、戦場を見る目が培った頭の強さという奴さ」

 

 先程までの攻防。地面を蹴った目くらましも、動きの制動をかけるために地面を削っていたのも、すべては地面に魔法陣を完成させるための布石。それを悟らせないよう、剣戟の嵐を叩き込み、限界に近い動きでガンダルヴァの周囲を動き回り、魔法陣の中心に留めた。

 全てはこの瞬間のためである。

 

「良い教訓になっただろう? 力だけが強さじゃないって言うな」

 

 ニヤリと笑うとモニカは魔法陣へと近づき刀を突き立てた、それがトリガーとなって魔法陣は輝きを増し、その発動を今か今かと待ちわびる。

 

「私の勝ちだ、喰らえ。”雷槍光陣”」

 

 モニカの言葉に合わせ、魔法陣に雷が迸り、ガンダルヴァを焼いた。

 

「ぐぅあああああああ!!」

 

 槍に貫かれたような痛みと衝撃にガンダルヴァは絶叫を上げる。皮膚を焼き、血液を沸騰させるような雷撃は、耐性を持つ光属性を扱えるものでなければその威力は十二分に発揮される。

 わずか数秒でガンダルヴァはその体を地面に投げ出し、動かなくなった。

 今、ガンダルヴァとモニカ。因縁浅からぬ二人の戦いに決着がついた。

 

「ハァ……ハァ……全く。よくもまぁ上手くいったものだ」

 

 息も絶え絶え、モニカは刀を支えに立ち、ガンダルヴァを見下ろす。

 限界ギリギリの攻防を続けながら魔法陣を描き、さらにはガンダルヴァをその中心に留める。成功する可能性は極めて低かったと言える。

 それでも、大口を叩き様子見させるように仕向け、限界ギリギリの動きを見せ何かがあると思わせ、ガンダルヴァがしびれを切らす前に魔法陣を描きあげる。狙いを悟られないようにしながらも、ギリギリの綱渡りな攻防の中でそれを成し遂げたモニカは流石といったところである。

 一先ずは上手くいった事に安堵しモニカは部下たちへと振り返った。

 

「これで何とかなりそうだ……お前たち、奴を拘束して牢獄へ」

 

「船団長!!」

 

 切羽詰まったように声を上げる部下の言葉にモニカは後ろを振り返ろうとしたが、その前にモニカの小さな体は横薙ぎに大きな力を受ける。ミシミシと嫌な音を立てた自らの肋骨には大きなドラフの健脚が突き刺さっていた。

 

「ぐ、っが」

 

 今度はモニカが瓦礫の中に埋もれる番であった。強力な蹴撃で蹴りぬかれたモニカはガンダルヴァ同様に一つの家屋を破壊して大きな音を立てて消える。

 

「ガッ、バカ……な」

 

 瞬く間に暗くなっていく視界の中、モニカは僅かな隙間から、仕留めたはずのガンダルヴァが立っている信じられない光景を目にする

 

(まさかあれで立ってくるとはな。リーシャ……すまない……あとは任せたぞ)

 

 脳裏に浮かぶ最後の希望は、いつも口うるさく抗議してくるかわいい後輩の笑顔であった……

 

 

 

「止めを刺さなかった。弱いくせにつまらない秩序に縛られたその甘さがお前の敗因だ」

 

 モニカを吹き飛ばしたガンダルヴァはつまらなそうに瓦礫の中を見つめる。

 自らの敗北は確かであったにも関わらず、モニカの対応が。秩序の騎空団として捕縛と言う手段を取ろうとしたがためにモニカは隙を晒し、敗北した。すぐさま己の首を取っていればこうはならなかった。止めを刺していれば、横たわっているのは己のはずであった。

 ギリギリで意識を取り戻し勝利しながらも実質的な敗北を味わったガンダルヴァは、やるせない気分で部下に指示を送る。吹き飛んだモニカに動く気配はなくとも自分まで同じ轍は踏まないと最大警戒のままモニカの拘束を命じた。

 

「中将閣下、お見事でした」

 

「詰まらねえ世辞はいい。すぐさま全部隊を降下させて拠点を落とせ。モニカがやられた以上奴らに抗う術はねえ」

 

「ハッ!! すぐに増援を回し拠点を落としてみせます」

 

 駆け寄ってきた兵士の労いを一蹴し、ガンダルヴァは指示を下す。瞬く間に伝令が出され次々と戦艦からは戦力が投下された。

 魔晶兵士、アドヴェルサ。そして数多の兵士。それらが、モニカを失い撤退する秩序の騎空団を追い回し、アマルティアを次々と占拠していく。

 

 

 この日、エースを失った秩序の騎空団、第四騎空艇団拠点。アマルティア島は帝国によって陥落した

 船団長モニカは自らの拠点であったアマルティアの牢へ投獄され、散り散りとなった団員たちは、アマルティアに潜みながら散発的なゲリラ戦を展開していくことになる。

 

 グラン達がアルビオンで休息を取ってから島を発つその四日前の出来事であった……

 




如何でしたでしょうか。

モニモニボロボロです。でも大活躍してました。(してたよね?)

可愛いモニモニとかっこいいモニモニ、上手く描けていたらいいなぁとおもいます。
何故か光属性になっているモニモニ。以前のアマルティア篇でも刀に雷付与していたのでそうなってしまいました。最後の技もオリジナル奥義です。そこら辺については御理解してくださいとしか言えません。
あとは少しきになるのがガンダルヴァの口調。なんとなく違う気もするんですが、どうにもしっくりくる感じが来なかったです。
是非感想をお聞かせ頂きたいです。

それでは。お楽しみ頂けたら幸いです。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。