granblue fantasy その手が守るもの   作:水玉模様

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オリジナル独奏会

今後はオリジナルな展開が多々増えてきますのでご了承ください。
でも原作崩壊にはなりませんので悪しからず。

それでは、お楽しみください


幕間 示されたのは疑心の結果

「そこに眠る男を殺すので、手伝っていただけますか?」

 

 唐突に。先程までの皆の雰囲気を断ち切るように、冷たい空気を纏ってヴィーラが言い放つ。

 いつもなら見る者を見惚れさせる麗しい微笑みが今は、同じ微笑みでありながらこうまで変わるのかと言うほど冷たい。

 そしてその視線は、まだ目を覚まさないセルグへと向けられていた。

 

「言い難いでしょうからわたくしが言いましょう。その男は危険です。今ここで殺すべきだと進言致します」

 

「なっ!?」

 

 仲間の全員が驚愕に目を剥いた。

 突然のセルグに対する抹殺宣言。誰もが予想だにしない言葉に動けない中、いち早く我に返ったカタリナがヴィーラへと詰め寄る。

 

「ヴィーラ! こんな時に何を言っているっ!! 今はロゼッタを救うために団結しなければいけないという時に、仲間であるセルグを殺すだと? いくらキミでも言っていい冗談と悪い冗談があるだろう!」

 

「お姉さま、私は言ったはずです。言い難いでしょうから……と。皆さんもお気づきになっているはずです。彼は危険すぎる。

 ルーマシーで彼は、ルリアちゃんに切りかかりました。更には止めようとした我々も敵として認識し、攻撃してきました。

 彼の人柄は理解しております。私からみても、彼は優しいという言葉が似合うお人です」

 

「だ、だったら何故……セルグが優しいとわかっていながら、殺す必要があるとでもいうのか!?」

 

「彼の人柄の問題ではないのです。彼の意識とは無関係かもしれませんが、彼には何らかの意思が備わっている。そして彼のチカラは私達では手に負えないかもしれない程危険です――残念ながら本来の彼ではあり得ない、ルリアちゃんや皆さんに切りかかったという事実は、彼の暴走を否定できない可能性に押し上げてしまいました。

 アマルティアでザカ大公の言葉を聞いたはずです。彼の意思の強さは異端だと。もし、彼にルリアちゃんを殺そうとする意思があった場合、それは躊躇なく実行されるかもしれない。邪魔するのであれば我々も――危険な芽は摘み取らなければなりません」

 

 最後の一言と共にヴィーラが剣を構える。一切の優しさを消した冷めた瞳をセルグへと向けるヴィーラの雰囲気は、冗談でも悪ふざけでもないことを物語っていた。

 

 突如もたらされた事態。

 イオやルリアの子供組はその雰囲気と仲間同士の諍いに何も言えずに怯え、ラカムやオイゲンは急展開についていけず思考が回らない。

 ルーマシーでセルグと全力で相対したリーシャは、その脅威度を理解していたのだろう。ヴィーラの言葉に反論ができなかった。

 秩序の騎空団の団員としては止めなければならない。だがその考えとは裏腹に、ヴィーラの懸念が酷く現実的に思えて仕方なかったのだ。セルグの仲間を思う気持ちの強さは知っているが故に、今のリーシャにはセルグへの懸念が払拭しきれなかった。

 

 皆が何も言えずに固まる中、その場で動いたのはグランとゼタの二人。

 どう考えてもおかしい……突然の事態とヴィーラの様子に異常を感じていたグランが横合いからヴィーラを止めるべく声を掛ける。

 

「ヴィーラ! 僕達は、彼と約束した。暴走するのならそれは僕らが止める。そう言って彼を仲間に迎え入れたはずだ! 今更そんな事を言って……それも追い出すどころか抹殺なんて、許されるわけがない!」

 

「そうだよヴィーラ! どうしたの……? ちょっと今のヴィーラおかしいよ」

 

 ゼタも合わせてヴィーラを止める為に言葉を掛ける。ゼタとは違う意味で怒らせると怖い彼女ではあるが、根は優しい女性であることをゼタは知っている。

 ザンクティンゼルで己の傷心を察して優しく抱きしめてくれた事が記憶に新しいゼタは、困惑した様にヴィーラを見つめていた。

 

「フフ、ゼタさん。私は何もおかしくはなっていません。ただ、これが必要だと。そう判断したまでです。彼の強さを考えればこれは必要な事なのです。

 まぁ、皆さんがお優しいことは百も承知でしたから、こうなるのもわかっておりました……ですので、私が一人でやりましょう」

 

 セルグに向かいヴィーラが歩き出す。淡々と、今からどこかに散歩にでも出かけるような足取りは、これから彼女が行おうとしている事とはあまりにも不釣り合いな軽やかさ。

 だが、剣を抜き放って歩むヴィーラの表情にそれが嘘だとは思わせない冷たい殺意に彩られる。

 

 これから行われるかもしれない凶行の前に仲間の誰もが息を呑んだが、ゼタはヴィーラの前に立ちはだかった。

 

「させないよ、ヴィーラ……セルグが殺されるのも、ヴィーラが仲間を殺すのも、私は許せない。やるっていうなら、私が相手になるよ」

 

 アルべスの槍を携え、キッとヴィーラを睨み付けるゼタは既に臨戦態勢。

 例え仲間であろうと……いや、仲間だからこそ、この凶行は防がねばならない。

 そんな立ちふさがるゼタの決意の雰囲気をヴィーラは嘲笑う。

 

「フフ、随分と彼にご執心の様ですね。ザンクティンゼルでの怒りが嘘のようです。――それは彼が仲間だからですか? それとも……彼を恨み続けた罪滅ぼしですか?」

 

「ッ!?」

 

 ヴィーラの言葉で、小さくゼタの表情が揺らいだ。

 ゼタ自身、意識はしていなかった。そんなつもりでセルグを護ろうとしたわけではなかった。だが、指摘されたことはどこかでゼタの心に乗っかっていた重石。

 恨み続けていた……憎しみをぶつけてしまった。その事実がヴィーラの言葉によって、ゼタの心に罪の意識としてのしかかる。

 

「ちがっ……そんなつもりじゃっ」

 

 強いはずの決意が揺らぎ、狼狽えたように後ずさるゼタに先ほどの勇ましさはなくなっていた。

 

 

「ヴィーラ!! 流石に今の言葉は看過できないぞ! 訂正しろッ!!」

 

 狼狽えるゼタを相手に勝ち誇るように歩みを再開したヴィーラにカタリナがすぐさま詰め寄った。余りにも心の琴線に触れる物言いに、さしものカタリナも怒りを見せる。

 だが、敬愛するカタリナの言葉を受けても今のヴィーラは止まることは無い。既にその視線はカタリナに向くことなく、殺意と共にゼタの後ろにいるはずのセルグへと向けられている。

 

「何にせよゼタさん。貴方の意思は関係ありません。ご本人がその気になっているようですから……ねぇ、セルグさん?」

 

 カタリナの糾弾を遮り、ヴィーラがゼタの後ろにいる人物へと声を掛ける。

 

「どけ……ゼタ」

 

「え? うわっ!?」

 

 乱暴にゼタを押しのけ、目覚めていたセルグはヴィーラと相対する。話を聞いていたのか、その視線は怒りに染まりヴィーラを睨み付けていた。

 

「随分な言い様だな、ヴィーラ。とても仲間に向ける言葉とは思えないが?」

 

「あら? 私にとって、貴方は既に仲間ではありませんが」

 

「オレに向けての言葉じゃない。ゼタに対しての言葉だ。訂正しろ……アイリスを想って憎しみを抱えていたゼタの気持ちを罪だと言うのは許さん」

 

「へぇ……許さないからなんですか? 私を斬りますか? 貴方が殺めた嘗ての仲間達の様に」

 

 セルグに対して、ヴィーラの辛辣な物言いが続く。まるでわざと煽るような言葉に、逡巡してからセルグの心が固まった。

 

 

「――いい度胸だ。お望みなら切り捨ててやるよ!」

 

 変わらぬヴィーラの態度に、セルグは天ノ羽斬を抜刀。牽制の一閃を見舞ってヴィーラを退けさせる。

 すぐに退いて躱したヴィーラは抜刀したセルグを見据えた。決して本気の剣閃ではない。明らかに手加減をした牽制の一撃に、ヴィーラは妙に苛立ちが募った。

 

「セルグさん!? 待って下さい……ヴィーラさんも一度落ち着いて話を」

 

「そうです! ヴィーラさん、私は全然気にしていないですからセルグさんとちゃんとお話を」

 

 とうとう刀を抜き放ち斬り払ったセルグと、尚も変わらない様子のヴィーラに危険を感じ取りジータとルリアが間に入る。仲間内での争いなどして欲しくは無い。家族同然の仲間同士が争う光景は、優しい少女達の心に大きな恐怖を呼び起こすものだった。

 

「フフフ、本当に単純な男。一途で直情的で……本当に……」

 

 だが二人の介入すら意に介さずにヴィーラはセルグと向き合う。呟かれた声が小さくなり、ヴィーラの表情が僅かに陰る。だがそれも束の間、嘲る笑みを戻したヴィーラはセルグを見据えながら改めて口を開いた。

 

「さて……貴方を相手にしてはさすがに私一人では難しいですね」

 

 既に敵を見るような目で睨み付けてくるセルグに対し、ヴィーラはやれやれと言う様に手を上げる。

 

「今更怖気づいたか、もう遅い……少しお灸を据えてやるよ」

 

 降参した様なヴィーラの様子を見たセルグも、もはや止まることは無い……ゼタを傷つけたヴィーラに対し、セルグの怒りが真っ直ぐ向けられた。

 

 だが……それはヴィーラにとっても同じこと。セルグと相対した瞬間から。否、セルグの危険性を皆に話し始めた時からもう後戻りはできないと考えていた。揺るぎない意志を以て彼女は、強い視線でセルグを射抜く。

 

「――勝手に勝った気にならないで下さい。ここはアルビオン……そして私にはシュヴァリエがいる。お見せしましょう、貴方が連れる些末な星晶獣とは違う。大星晶獣の本当のチカラを」

 

 いつもならセルグが見せる不敵な笑みがヴィーラに浮かぶ。思い通りにいくとは思えなくなるような自信に満ちた笑みは、相対するセルグに一抹の不安をよぎらせた。

 同時に、セルグの感じる不安が具現化するように、ヴィーラはシュヴァリエを呼び出して高らかに告げる。

 

「シュヴァリエ! 今こそ全ての記憶と共に、そのチカラを顕現せよ。主の纏う鎧と成り、主の掲げる剣と成りて、我が道阻むもの、その悉くを斬り払え!」

 

 ヴィーラの声と共に地鳴りがしそうなほど強大な力が彼女より迸る。

 絶大なる星晶の共鳴。悠久の時を生きた大星晶獣シュヴァリエは今、その戦いの記憶全てをもって存在の昇華を果たす。

 

 ”シュヴァリエ・マグナ”

 

 精霊のような優しい姿から一変し大星晶獣に相応しい巨躯と、騎士の形を得たシュヴァリエはヴィーラの背後に顕現すると、その力全てをヴィーラに預ける。シュヴァリエのチカラを身に纏うヴィーラの上位戦闘形態。それを今、ヴィーラは大きく昇華させる。

 闇属性を得意とするヴィーラにヒトでは得る事の適わない程の大きな光の力が宿る。光が収まり、変化を終えたヴィーラはまるで神の使いのように神々しく光る白い鎧を纏い、右手にはヴィーラの愛剣、左手にはシュヴァリエの力を宿した銃”シュヴァリエボルト・マグナ”を携えていた。

 

「これが私と、シュヴァリエの最終形態です。さぁ、貴方と同じ星晶の力を従えました……もう簡単に倒せるとは思わないでくださいね」

 

 変化を終えたヴィーラの顔に浮かぶ冷たい微笑は変わらない。だが、その力はもはやセルグと同等かそれ以上。大星晶獣たるシュヴァリエのチカラはヴェリウスとは比較にならないだろう。ましてやヴェリウスは所詮分身体。備わるチカラは雲泥の差だ。

 

「なるほど……上等だ。全力で相手をしてやる! ヴェリウス!!」

 

 対するセルグもヴェリウスと融合。深度2まで潜り翼を顕現させると、セルグは皆を巻きこまない様に空へと飛翔した。

 

「空中戦がお好みですか……それではお付き合い致しましょう」

 

 飛び立ったセルグを一瞥するとヴィーラは瞳を閉じた。次の瞬間には微細な魔力の流れが彼女を包んでフワリと浮かぶとヴィーラもその場を飛び立つ。

 ”飛翔魔法”――それは術式も魔力制御も非常に複雑で元来特別な才能や、際立った素養がなければ習得不可能とされる高度な魔法だ。しかし、悠久の時を生きる星晶獣ならば容易いのか、シュヴァリエの力はヴィーラに空を飛ぶ能力すら与えていた。

 アルビオンの空に二つの光が上がった……

 

 

 

 

「おおお!」

 

「はぁあ!」

 

 互いに扱うのは光と闇の力。ヴェリウスの力を纏う黒のセルグと、シュヴァリエの力を纏う白のヴィーラ。本来の自分とは真逆の色を使役し、二人がぶつかり合う。

 空中戦となれば、重要なのは飛翔能力。地に足がついてる地上と違い、攻撃防御回避と、全てはどれだけ自由に空中で動けるかに委ねられる。

 初めて飛翔するヴィーラはその点で不利だが、彼女には大きな強みがあった。

 

「シュヴァリエ! いきましょう、”アサルトマージ”!」

 

 距離を取ったヴィーラがまるで指揮者の様に剣を掲げ翻す。彼女が呼ぶ声に合わせ、槍、剣、斧が顕現し、セルグに向けて放たれた。

 

「クッ!? 面倒な……撃ち落とす!」

 

 飛び交うそれらは強烈な光の力を纏ってセルグに向かってくる。凶悪な武器達に対し、セルグはヴェリウスの力も織り交ぜ斬撃を飛ばして迎撃。見えない剣閃によって放たれる斬撃はヴィーラが放った攻撃を相殺しようとするが

 

「バカな!?」

 

 飛び交う武器は勢いを無くさずセルグを強襲した。辛うじて天ノ羽斬で防ぎ切ったもののバランスを崩してセルグは高度を落としていく。

 何とか体勢を立て直したセルグは、笑みを絶やさないヴィーラを見上げた。

 

「所詮はそこらの些末な星晶獣。大星晶獣たるシュヴァリエの力と比べてもらっては困ります。そして貴方お得意の接近戦は、地に足がつかない空中に於いてはその利点が大きく削がれる。純粋な力の勝負に於いて私に勝てるとは思わないでください。」

 

 セルグとヴィーラの差。それは星晶獣が持つ力の差だ。

 ヴィーラの言う通り、空中では地に足がつかない分踏ん張りが利かず、剣での攻撃は飛翔の勢いを乗せるか、腕だけで振るうかになってしまう。セルグの持ち味である動きながらの接近戦は利点を大きく潰される。

 遠距離戦となれば放てる力の強い方が勝つのだ。それはすなわちヴィーラの強みとなる。

 

 ”状況は良くないぞ、若造。大星晶獣の力ともなれば我の力だけでは対抗することは不可能だ。”

 

「ならば、接近して局地戦で勝負するだけだ!」

 

 ヴェリウスの声に遠距離では不利だと悟ったセルグは全速を以てヴィーラに接近する。いくら、攻撃力が高くても当たらなければ意味は無い。懐に入れば、剣閃の早さで押し切れる自分が有利だと考え、緩急をつけて攻撃を避けながら接近。ゼロ距離まで接近したところで全力の攻撃を敢行。

 

「堕ちろ! 多刃!!」

 

「見込みが甘いです。”イージスマージ”!」

 

 セルグの声を遮りヴィーラが叫ぶと、ヴィーラの目の前には飛び交っていた槍、剣、斧が集結し、振り抜かれる前に天ノ羽斬を防いでいた。

 

「なっ!?」

 

「攻防一体のシュヴァリエの力。如何でしょうか?これらは正に主の剣となり盾となるのです――隙だらけですね、喰らいなさい!」

 

 ヴィーラが左手に持つ銃にチカラが収束する。形を成したそれは大きな咆哮を上げ空へと打ち上げられた。

 

「断罪の証よ……降り注げ、”光の剣”!」

 

 絶大な威力を孕んだ光の剣がセルグに降り注ぐ。グラン達が良く使うアローレインと同種の技。だがそれは数は同じ程度でも、威力は比べるべくもない技であった。

 脅威を察知した瞬間にセルグは深度3に移行。その身を翼で包み込み防御の体勢を整えるも

 

「ぐ、がぁ……」

 

 光の剣はあっさりと防御を貫いた。ボロボロになりながらもセルグは何とか地面へと不時着するが、そのダメージは計り知れない。

 

 ”若造! しっかりせぬか! 何を押されておる、いつもの余裕はどこへ行った!”

 

「――こいつはキツイなヴェリウス。内包する力が桁違いだ……」

 

 自嘲するように笑うセルグの様子は余裕など微塵も無い追い詰められた様子である。空にいるヴィーラを見つめたセルグは幾つもの対抗策を考えるが有効な手立ては思い浮かばなかった。

 ルーマシーでの傷も癒えきってはいない。反動も残っていたところに重ねた融合は、セルグの状態を一気に苦境へと至らせていた。

 

「諦めましたか? それではどうぞ、遠慮なく逝ってください。」

 

 堕ちた地上にいるセルグをヴィーラは変わらぬ微笑で見下ろすと止めの一撃を与えんとその手に握る剣にチカラを集束させていく。

 光と闇の力を纏い、解き放たれるのを今か今かとせがむように鳴動する剣を前にセルグは進退窮まったかに見えた。

 

 ダメージの有無と扱う力の差は歴然。手の出せない闘いにグラン達が割り込めないまま、それでも追い詰められているはずのセルグが小さく笑う。

 

「ふぅ……甘く見るなよヴィーラ。この程度の窮地なら今までにも散々味わってきたさ。――どうやら忘れているみたいだから教えてやるよ」

 

「へぇ、一体何を教えてくれるんですか?」

 

 この状況に対抗できる手だてでもあるのかと、セルグの言葉にヴィーラは興味深そうに問いかける。

 

「オレが今まで相手にしてきたのはそのシュヴァリエに勝るとも劣らない星晶獣達だってことだよ」

 

 セルグの言葉にヴィーラの動きが止まる。告げられた言葉の意味を理解しようと僅かにもたらされた沈黙。次いでヴィーラはその意味を理解し肩を震わせた。

 

「――フッ……フフフ……アッハッハッハ!! 何言ってるんですかぁ? かつての貴方はヴェリウスを使役しないで戦っていた。今の貴方はヴェリウスと融合をして戦っている。それでこの様だと言うのに、今更過去の栄光ですか? 幻滅ですね。ここまできて過去の栄光に縋るような人だとは思いませんでした。興ざめです……さっさと逝って下さい!」

 

 まるで今までの功績に縋るようなセルグの言葉。己に言い聞かせるように吐き出された何の当てもない言葉に、ヴィーラの興味は消えうせる。

 すぐに終わらせてやると言いたげにセルグに向けられた銃が、チカラの咆哮を上げんと光り出すのを見ながら、セルグは落ち着いて集中力を高めていた。

 

「ヴェリウス……喰らったら終わりだ。」

 

 ”お主は攻撃と防御に意識を向けろ、飛翔魔法程度なら我の記録にもある。我の翼と魔法でお主の動きを手助けしてやろう。”

 

「頼りになる……任せた!」

 

 ズキリと痛む身体を無視して二人は飛翔。その速度を上げ、ヴィーラに対して早さを活かした多方向からの攻撃にシフトしていく。

 

「へぇ……まだそれだけ動けますか。イイですねぇ~どんどん足掻いてください。ウフフフ……そうですそうです、イイですぅ~もっと! もっとぉお!!」

 

 だが、抗い続けるセルグの姿を楽しそうに眺めながらもヴィーラの防御は破られることがない。聞こえてくるヴィーラの声が……言葉が、セルグの耳をくすぐった。

 まるで無邪気に遊ぶ子供の様な声は徐々に本来の彼女の気配を消していき、代わりに膨れ上がるのは狂気を孕んだ危険な予兆。

 

「(くっ、あの防御は簡単に破れないし、あの攻撃は厄介な事この上ない……マズイな。それになんだかわからんが、アイツ様子がおかしくなってきてやがる)」

 

「考え事ですか? ほぅら、イきますよ!!」

 

 セルグの動きに集中しきれていないと感じたヴィーラは剣を振り抜く。飛ばされるのはセルグと同様に光を帯びた斬撃。シュヴァリエに因って規格外の威力に跳ね上げられたそれは直撃すれば一撃で落とされるだろう。寸でのところで躱したセルグは即座に攻撃に移る

 

「(ここだ!)」

 

 タイミングを計ってセルグがヴィーラの懐に入った。不意打ち気味に狙うのは、セルグの最大攻撃である極光の斬撃。解き放たれた光はヴェリウスの闇を混ぜてヴィーラの光の剣同様に絶大な威力を誇る。

 直撃して巻き起こる爆発にセルグは手ごたえを感じて距離を取った。

 だが、巻き起こった煙が晴れるとそこには変わらずに無傷のヴィーラの姿が見えてくる。

 

「なん……だと。確かに手ごたえが」

 

「シュヴァリエが顕現できるものがアレだけだとでも。”イージス”マージと言うからにはあって然るべきものが脳裏に浮かびませんか?」

 

 煙が完全に晴れて見えてきたのは小さな盾。だが、それは光の剣同様に強大な力を纏って障壁を創り出していた。

 

「なるほど……確かにイージスと言うからには盾がなくちゃおかしいよな。本当に厄介だなおい」

 

 思わず冷や汗を流しながら苦笑するセルグの脳裏に敗北がよぎる。

 あっさりと自信の最強の技を受け止められた……それも無傷で。底の見えない強さを感じ取ったセルグは本格的に命の危機を感じ始めていた。

 

「あぁ! セルグさん、イイです! その表情! 仕留めたと思ってからの小さな絶望。無理だとわかっていながら挑もうとする苦し紛れな強がりの表情……是非最後まで抗って、もっと楽しませて下さい、そして最後には華々しく散ってください! かつての、脆弱な空の民のようにィイ!!」

 

 ヴィーラの声は高揚感……いや、まるで嬌声のように快感を得ているような際立った声で響き渡る。

 

 ”マズイぞ、若造。先程よりもあの娘から感じるシュヴァリエの力が増してきている”

 

「(あのバカ……おかしいのはシュヴァリエの記憶にでも呑まれたか? こっちは反動を考えるともう限界だっていうのに……打つ手は、あるが)」

 

 胸中での葛藤。やれば戦況は変わる。だが、同時にやってしまえばもう取り返しがつかないかもしれない選択がセルグの脳裏によぎる。

 だが、思い悩んでいる間もヴィーラの変化は刻一刻と激しいものに変わっていた。狂気に彩られた笑みで、セルグを堕とさんと放たれる攻撃は、さらに威力を高め苛烈を極めている。

 

「――ヴェリウス、往けるか?」

 

 またしても放たれた光の剣を掠りながら回避して、セルグは決断した。

 

 ”それを聞くのは我だ若造。良いのか……?”

 

「ここで手をこまねくわけにはいかない。どの道オレにはもう先の道は無いさ、せめてアイツは救ってやらないとな。」

 

 ”……心得た”

 

 二人だけにわかる短い会話が交わされ、互いの意思を確認し合った二人は、決意と共に一度地上に降り立った。

 見上げるセルグに諦めの表情は無い。代わりにあるのは覚悟の瞳。

 

「ヴィーラ、オレとお前では決定的に違うことがある。」

 

 セルグは声を張り上げヴィーラに呼びかける。声を聞きとったヴィーラは僅かに視線をセルグに向けるも、恍惚とした表情を浮かべたまま返事を返すことは無かった。そこには既に、本来のヴィーラは感じられない。

 何も返さぬヴィーラにセルグは構わず言葉を続ける。

 

「お前のは使役だ。あくまでシュヴァリエの力を借りてるに過ぎない。だがオレ達の融合は違う……オレとヴェリウスの融合は互いの力を合わせ高め合うものだ。シュヴァリエに呑まれかけてるお前に……仮初の力に、オレは負けない。見せてやるよ――深度4の融合を」

 

 言葉と共にセルグより闇が渦巻く。それは禍々しさの無い、煌めくような闇。星空を包むような漆黒の闇。

 解き放たれたそれはセルグを包みながら、大きな力の覚醒を告げた。

 ヒトとは比べ物にならない力を宿す星晶獣ヴェリウスの力。身体への負担を考慮し制限を掛けていた融合深度を、セルグは今ここで負担度外視の深度へと進める。こrまでセルグが合わせていたヴェリウスのチカラは深度3でも精々半分しか合わせられなかった。それを今。このくらいまでなら…そんな思想を取っ払って潜った融合深度は、これまでの段階的なものとは違う大きな一歩。深度4と言う名の最深融合。

 セルグの力とヴェリウスの力を均衡させた最大深度の融合はシュヴァリエ・マグナ以上にヒトの器には余る絶対的な力をもたらす。

 

「ぐぅ、くっ……さすがにヤバそうだな。やるなら一瞬だ」

 

 瞬く間に訪れた反動で、視界がチカチカとして暗転しそうになるのを気力で繋ぎ止め、セルグはヴィーラを見据える。シュヴァリエから解放するには少なくとも気絶させる必要があるだろう。

 やるべきことを理解したところでセルグは天ノ羽斬を持つ腕だけに意識を集中し、あとは全てをヴェリウスに委ねた。

 深めた融合深度は互いの意思を完璧に伝達する。既にセルグとヴェリウスの間に言葉は無い。

 セルグの意思を読み取り、ヴェリウスはその力を解放。鳥の星晶獣としての飛翔能力と強大になった魔力でブーストした飛翔魔法により気づけばセルグは、ヴィーラの目の前にいた。

 トンっと小さな衝撃。

 ヴィーラの目の前から消えたかのような動きでセルグはそこから背後に回り込み、天ノ羽斬の峰で首筋を軽く一閃。

 敗北の認識すらさせない早さでヴィーラの意識を沈めその腕に抱える。

 

「ヴェリウス……すぐに降りて解除だ……じゃないと死ぬ」

 

 ほんの数瞬で全てを片付けたが、ヴィーラを気絶させたセルグはもはや虫の息の様子であった。ヴェリウスに飛翔制御を任せ地上に降り立つとすぐさま融合解除。アルビオンの街に体を投げる。

 

「大人しく眠っててくれよ……お姫様。これ以上は対処できないからな。」

 

 静かに眠るヴィーラをみて、心配そうな表情をうかべるセルグ。力の加減を間違えてなければ問題ないだろうが、コントロールできているかは不安の一言に尽きた。だが、心配するセルグを見れば誰もが思う程に傍から見れば命の危機に瀕していそうなのはセルグのほうだろう。

 

「セルグ!! ヴィーラは……?」

 

 横たわるセルグとヴィーラに、グランとゼタが駆け寄ってくる。

 意識を失ったヴィーラを見て、グランはまさか殺したのかと嫌な推測が頭をよぎるが、それを察してセルグはすぐに口を開く。

 

「気絶しているだけだ。シュヴァリエの力に入り込み過ぎていた……人格の変貌。目の前の現実との乖離。恐らくは半分夢の中の様な状態になっていたと思う。あのまま深みに入っていては壊れていただろうな。すぐにどっかで休ませてやれ」

 

 嘗て自分の身にも起きた経験からセルグは休息が必要だと、グランにヴィーラを任せた。

 

「セルグ! そんなことよりアンタ……一体どうしたのよ? まるでもうすぐ死にそうな顔をしている……」

 

 蒼白くなった顔、弱々しくなった呼吸。ザンクティンゼルで暴走して倒れた時のような死にかけの姿にみえるセルグにゼタが心配そうに声を掛ける。

 

「死にそうな顔か……間違っちゃいないかもしれないな。下手すりゃ死んでいた。深度3では適わなくてな。負担度外視の融合をしたもんで体がボロボロだ。――だが」

 

 言うことを聞かない躰に鞭を打ち、セルグは起き上がる。そのまま立ち上がろうとするセルグをゼタが慌てて抑えた。

 

「ちょっと! 寝てなさい! 今ジータがキュアポーションを持ってきてくれてるから。」

 

「ダメだ……オレは行かなければいけない。ヴィーラが起きる前にな」

 

「はぁ!? 何意味わかんないこと言ってんのよ。いいから」

 

「ゼタ、聞いてくれ。ヴィーラの言うことは間違っていない。ルーマシーでルリアに切りかかった時、朧げながらオレには一応の意識があった。そしてその時のオレは間違いなくルリアを殺さなくてはいけないと考えていたんだ……間違いなく、今のオレがルリアと一緒に居ることは危険でしかない。

 お前たちが一緒に居れば大丈夫とか、暴走を止めてくれるとか。そんな希望的観測で見逃してはまずい状況だ。ルリアが一人の時にそうならないとも限らない。お前たちが何と言おうと、オレはここでお前達と一緒に居るわけにはいかないんだよ」

 

 ルーマシーでの一幕――あの時、セルグは別人のようでありながらその時の意識を記憶していた。ルリアへと振り下ろされる天ノ羽斬には確かにセルグの意思が通っていたのだと言う。

 

「そんな……だってセルグの意思じゃないはずでしょ!? アンタは、いつもルリアちゃんやイオちゃんを護って、仲間の誰より前で戦って、そうして皆を守り続けてきたじゃない! なんでそんなアンタが出ていかなきゃいけないのよ!」

 

 セルグの言葉であろうとゼタは信じられなかった。ルーマシーでセルグが己を責める様子は紛れもなく本物であった。何がどうなろうと彼が仲間を大切に思う気持ちに偽りはないはずなのだ。

 

「それでもだ! ヴィーラの言うとおり、意図せずとも暴走する可能性を引き上げてしまったんだ。別にもう会えないという訳じゃない……今は一緒に居られないと言うだけだ。今は少し、オレの出生を探る必要があるんだ。今まで気にしていなかったが、オレは組織に拾われる前の記憶が無い。失われた記憶が……オレも知らないオレの過去に何かがあると思うんだ。ありきたりだが自分探しの旅にいってくるだけだ」

 

「セルグ! ジータがキュアポーションを用意してくれた! とにかくこれを飲んでセルグも」

 

「ありがとう助かるよ、グラン」

 

 大急ぎで戻ってきたグランの手にあるキュアポーションを受け取るとセルグはそれを一気に飲み干した。

 決して飲みやすくは無い良薬が、身体の中を駆け巡り、傷ついた体を癒していくのを感じながらセルグはグランに向き直る。

 

「それじゃあ、グラン、オレは団を離れる……」

 

「なっ!? 何を言ってるんだ! セルグだって明らかにヤバそうじゃないか! はやく艇に戻って休ま」

 

「ヴェリウス! 行くぞ!」

 

 グランの心配の声を遮りヴェリウスを呼んだセルグは大きくなったヴェリウスの背に乗る。

 

「せ、セルグ!」

 

 訳もわからずいきなり脱退を言い渡してきた事に納得のいかないグランの声が響くが、それを受けたセルグに迷いは無かった。

 

「ゼタ! 説明は任せた。あとヴィーラに伝言を頼む。謝罪と感謝を……それから楽しそうなのはいいが、程々にしろと伝えてくれ。」

 

「――――わかった。気を付けて」

 

 長い逡巡の後、神妙な面持ちで答えるゼタの言葉に小さく頷くと、セルグはヴェリウスと共に空の彼方へと飛び立つ。

 瞬く間に見えなくなってしまったセルグを呼びとめることも叶わず、グランは呆然と見送る事しかできなかった。

 

「クソっ、また一人であんなっ!! ゼタ、何がどうなってるんだ!」

 

「ゴメン、グラン……少しだけ時間を頂戴。皆にちゃんと伝えるから」

 

 グランの言葉にゼタは弱々しく返す。彼女の中でも今回の出来事は急展開過ぎて御しきれない感情があるのだろう。

 思いつめたようなゼタの表情に落ち着きを取り戻したグランは努めて冷静になって再度問いかけた。

 

「ゼタ……一つだけ教えてくれ。団を離れるってことはセルグは戻る気はないのか?」

 

「――ううん、それは多分大丈夫だと思う。ただ、今は一緒には居られないって」

 

「そうか、わかった。とにかく僕達にもやらなきゃいけない事がある。グランサイファーに戻ろう」

 

「うん……」

 

 ヴィーラの様子も気がかりだし、何よりも今はルーマシーに残ったロゼッタを救うためにやらなければいけない事があるのだ。いくら衝撃的な事が起きたところで立ち止まっては居られない。

 グランはすぐさま気持ちを切り替えて動き出した。

 グラン同様に艇へと戻ろうとしたところで、ゼタは一度空の彼方へ振り返った。

 すでにそこには影も形も存在しない、蒼いばかりの空へ。

 

「必ず……戻ってきなさいよ。勝手に死んだら承知しないんだからね!」

 

 心配も、寂しさも、怒りも……ごちゃまぜにされて呟かれた言葉は誰に聞かれることもなく、空に溶けていく。

 胸に残る不安を抑えて、ゼタはグランサイファーに戻るために足早に駆け出すのだった……

 

 




如何でしたでしょうか。

マグナについては本当に勝手に用意した独自設定です。鍵となるのは記憶でした。
ついでに深度4はもう出ません。今回限りの背水の陣です。あんなもん使いまくったらセルグ死んじゃいます。
今回に向けて伏線をちらほらとはっておりました。うまく回収できたか微妙ですが、これが作者の精一杯です。ご勘弁を。

さて、調子よく投稿しておりましたが、リアル多忙につき2週間程度逃亡いたします。
楽しみにしている読者さまには申し訳有りませんが期待に胸を膨らませて(もらえたらうれしいですが)しばらくお待ちください。

それをでは。お楽しみ頂けたら幸いです。


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