granblue fantasy その手が守るもの   作:水玉模様

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そこそこ仕上がって居たので早めに更新できました。
それではどうぞお楽しみください


メインシナリオ 第26幕

 ”あなたは――だれ?

 

 それが目覚めた彼女の第一声であった。

 

 

 エルステ王国の王宮内。大きくて豪華なベッドに横たわっていた彼女は、意識を取り戻すと、すぐさま衝撃を受ける。見れば自分に抱きついて泣きじゃくる同じ年の頃の少女の姿。しきりによかった、と呟きながら彼女に抱きつく少女が顔を見上げた時、彼女はその第一声を放ってしまった。

 

 それがどれだけ少女を傷つけるかを知らぬまま……

 

 少女は一瞬固まり、続いて青ざめ、彼女の肩に手を掛ける。

 

 ”私だよ! アポロニアだよ!!”

 

 ”アポロニア……貴方の、名前?”

 

 問いかけられた少女は訳が分からなくなりその部屋を飛び出していく。目じりに溜まっていた涙が彼女のベッドに一滴の染みを残しており、彼女は少女を傷つけてしまった事だけを漠然と理解した。

 

 ”アポロニア……”

 

 理由はわからずとも彼女は少女に謝らなければと思った。

 だが、それ以降彼女の前に少女が姿を現すことは無く、次に彼女がその子と再会したのは幾年も月日を経てから。

 

 ”人形……今日から私と行動を共にしてもらうぞ”

 

 冷たい声

 冷たい鎧

 冷たい空気

 

 どこまでも冷たくなってしまった少女。されどその瞳は、決意の炎でどこまでも熱く燃えていた。

 

 

 

 

 

 ルーマシーの大地をゆっくりと、小さな少女が歩んでいく。

 足取りは遅く、だが視線を真っ直ぐに、決意の瞳を携えて。

 

「(アポロはずっと泣いていた……)」

 

 思い出すのは先ほどまで少女の目の前に来ていた彼女の姿。

 絶望に染まり、心を壊され、現実を見ることを諦めてしまった大切なヒトの姿。

 

「(私がオルキスになってしまったから。私が……オルキスを奪ってしまったから)」

 

 抱えていたのは彼女に対して酷いことをしたという罪の意識。

 少女自身に罪は無い。目覚めた時にはそうなっていたわけだし、記憶を失った少女に何故そんな事を言ったと責めるのは酷な話。

 だがそれでも、放ってしまった言葉は飲み込めない。少女の言葉が彼女の心をどれ程深く傷付けてしまったのか……それはこれまでの彼女を見れば痛い程わかった。

 

「(だから――私が取り戻す。涙を流さず泣いていたアポロの。ずっと必死に取り戻そうとしていたアポロの、大切な過去を)」

 

 その所業は、悪魔の所業だろう。壊れる前の彼女が言う様に、過去の出来事を変えるとは現行世界へ大きな影響を及ぼす。今の少女が消えて元のオルキスがずっと健やかに生きていた世界であれば、それは彼女の人生を大きく変えるはずだ。

 帝国最高顧問にまで上り詰めた彼女の人生が変わるとはこの空域に於いてどれ程の影響が出るかわからない。

 ここまで一緒にきた彼らの旅路だって……大きく変わるに違いない。

 

「(それでも、私はオルキスの偽物で、アポロにとっては大切なヒトを奪ったヒト。私がいなくなって、オルキスが戻れば、アポロは幸せになれる)」

 

 進めてきた歩みを止めた少女の目の前には喜びに染まる青の少女。己に飛びつかんばかりに駆け寄ってきた青に、少女は静かに最後の言葉を言い放つのだった。

 

 

「ルリア――ごめんなさい」

 

 

 翻された腕は世界の崩壊への序曲となる。

 

 

 

 

 

 向かいくるオルキスに一行は動きを止めてしまう。

 オルキスを返す……フリーシアの計画にはオルキスもルリアも必要なはずであり、だからこそこれまでルリアを奪おうと躍起になっていたはずだ。先ほどまでマリスを使ってルリアを奪うために攻撃を加えて来たのがその証拠。

 それが自らこちらの目標であるオルキスを手放すと言うのだ。マリスに追い詰められていることも忘れグラン達が戸惑うのは無理のない事だった。

 

「一体……何を考えているんだ」

 

「罠……にしちゃあからさますぎる」

 

 カタリナとラカムが困惑を言葉とするが他の仲間達も同様。周囲に別の気配は無いか、マリスに動く気配は無いか。罠を警戒しながらグラン達は動きが起きるのを待った。

 その中で只一人、セルグだけは目の前の光景に戸惑いではなく恐怖を覚える。

 

「(なんだ……この感覚。マリスの威圧感じゃない。具体的ではなくもっと漠然とした危機感)」

 

 胸の中に鉛でも詰め込まれたようにズシリと重たい不安がセルグを襲う。

 何が? と考えてもわかる事の無い言い表すことのできない不安は誰かから感じるものでもなく、強いて言うならこの世界から感じると言うべきか。

 

「グラン、罠かもしれない。ルリアを下がらせるんだ……」

 

 言い知れぬ不安を確かなものだと断じ、罠の可能性も含めてセルグは前に居たグランに指示を出した。

 

「え、あ、わかった――ルリア!」

 

 だが、グランがルリアを呼ぶも既にルリアはオルキスの目の前に。一足遅かった対処は世界を揺るがす強大な存在の目覚めを、許してしまう事となる……

 

 

 オルキスがルリアへと手を翳す。オルキスが放つ気配は星晶獣を扱う時の様に超常的な雰囲気となり、それはルリアや、セルグ達が相対したロキ等と同様。星の民のチカラを持つ者の証。

 

「我、アルクスの名において。星晶獣アーカーシャの起動を執り行う」

 

 小さな少女の小さな口から、鍵となる言葉が紡がれる。感情を現さないオルキスは淡々と、ただ必要な手順を進めていく。

 

「管理者の認証を完了。星晶獣アーカーシャの起動要請を受諾」

 

 オルキスの言葉を聞いた瞬間、ルリアの気配もオルキス同様に空の民とは違う異質なものへ変わった。

 無機質な瞳は人形と呼ばれたオルキスより機械染みており、ルリアの明るい声は成りを顰め、オルキス同様にただ必要となる言葉を紡ぐだけとなる。

 

「管理者権限を”ビューレイスト・アルクス”から移譲――掌握。星晶獣アーカーシャを起動します」

 

 ルリアの言葉と共にグラン達は絶対的な存在が目覚めた事を感じ取った。

 体中が恐怖に震えて、呼吸をすることを忘れる。その場を支配する空気が全身を圧迫するように彼らの動きを止める。

 余りにも規格外な存在感に誰もが恐怖する中、それは目覚めた。

 

 ”星晶獣アーカーシャ”

 

 その能力は世界の理の外。

 過去現在未来の全てに干渉し世界を創りかえる事の出来る神と等しき存在。

 星晶獣でありながら凡そ生物としての外観を持っていないそれは、白や青を基調とした何かで構成されているとしか言えない姿を見せて、ルーマシーの遺跡の奥より目覚めた。

 

 

 アーカーシャが起動した瞬間。皆がその存在感に気圧されて動けない中、セルグは己の異変を感じる。

 目の前の光景をどこか遠くの出来事の様に感じ、意識がふわふわとしていく……それはまるでもうすぐ眠りにつく様な危うい精神状態であった。

 

「(何をしている……早く……動かないと)」

 

 身体にいくら命令しようと動く気配は無く、セルグの意識はまるで身体から抜け出ていく様に上昇していく。

 

 ”我が子ながらさすがだな……ここまで抵抗するとは”

 

「(何だ……声?)」

 

 頭に響いてきた声はいつかどこかで聞いた覚えがあるも今の精神状態のセルグにはそれがいつだったか、どこだったかは思い出せない。

 

 ”そろそろいけるか。悪いがそなたの使命を果たしてもらう”

 

 その言葉が終わった時、セルグの意識はプツンと途絶えた――

 

 

 

 

「素晴らしい」

 

 身体の震えは恐怖からか。それとも歓喜からか。どちらにしてもフリーシアの表情は変わらない。狂気と狂喜に塗れた表情のままフリーシアはアーカーシャを見上げて嘆息する。

 これで悲願は叶う。うるさい小娘を絶望の淵に叩き落とし、望みのものを手に入れたフリーシアの気分は絶頂の最中だった。

 

「さぁ――命じなさい、オルキス。星の歴史をこの世界から抹消し、あるべき正しき姿へと戻すのです!」

 

「――わかった」

 

「ま、待つんだオルキス。アーカーシャを起動しては……っ!?」

 

「ダメだよ、オルキスちゃん。だめぇええ!!」

 

 止めようとしたグランとジータをマリスが動いて妨害する。一斉に地面より生え出てきた木の根に妨害されて他の仲間達も二人の元へとたどり着けずにいた。

 フリーシアの声に、答えたオルキスは再度ルリアへと手を翳す。ルリアを介してアーカーシャへと命令するため。オルキスが告げるのはこの世界が終わりを告げる最後の言葉。

 

 

 だが、フリーシアもオルキスも。ヒトの意志を甘く見ていた。

 儚く弱くとも、時に大きな力となるヒトの強き意志を……

 

 

「我、アルクスの名に於いて命ずる。この世界の」

 

 ”――オルキスちゃん”

 

 ハッとした様にオルキスの言葉が途中で止まる。脳裏によぎったのは目の前の少女の声。思い出されるのは、以前にグラン達がルーマシーを訪れた際に共に行動した時の記憶。

 

 ”これからよろしくね! オルキスちゃん!”

 

 まだ友達と言う者を知らなかったオルキスが、その言葉の意味を教えれらた初めての友達と呼べる存在。それがルリアであり、グラン達であった。

 

 ”よろしく……よろしくって何?”

 ”これから仲良くしましょうって事よ。私はイオ。よろしくね、オルキス!”

 ”そうですね、折角だから私も。私はジータだよ”

 ”僕はグランだ。よろしく、オルキス”

 ”よろしく……? みんな、友達?”

 

 ”あぁ、みんな友達だ”

 

 彼等はこんな人形みたいな自分を友達と呼んでくれた。

 自分がこの先の言葉を紡げば彼等はもしかしたらもう出会えないかもしれない。この先の言葉を言ってしまえば彼等とはもう会えない。

 瞬く間に見えてきた未来はオルキスのなかで葛藤となって膨れ上がる。

 アポロの幸せの為にアーカーシャを使う自分と、彼等の絆を無かったことにして良いのかと自問する自分。

 人形のように生きてきた少女にとってこの選択を決めることは容易ではなかった。

 

「この世界の……この世界を……」

 

 翳した手が震える。目の前にいるのは自分を大切な友達だと言って危険を顧みずここまで助けに来てくれた人達。オルキスにとってアポロと同様に彼らは大切なヒトになっていた。

 次第にオルキスの視界は滲んでいき震える手はゆっくりと降りていく。

 

「ごめんなさい――ごめんなさい。アポロ」

 

 アポロの為に、フリーシアを騙してアーカーシャを使おうと決めたのに。彼女を助けるためにオルキスに宿った意志が、皮肉にもグラン達を切り捨てる事を良しとせずにオルキスの願いを邪魔する枷となる。

 決意を秘めていたはずの瞳は涙を流し、その視線は壊れてしまったアポロへと向けられ、その口は望みを叶えられない事への謝罪を紡いだ。

 

「――あ、あれ……私、一体どうしたのでしょう?」

 

 オルキスの干渉が消え、ルリアは元に戻りアーカーシャも停止する。

 圧迫するような存在感は露散し、その場に静寂が戻った。

 

 

 

 

「ふざけるなぁ!!」

 

 アーカーシャの停止を見て狂乱したフリーシアの声が轟く。なんという誤算か――言われるがままに動くはずの人形がまさか命令を拒否する等と、フリーシアは露ほども思っていなかった。

 事実、これまでの受け答えでもオルキスは声に感情は見られず命令を聞いたはずだった。

 だが、それもそのはず。オルキスに明確に意思が芽生えたのは他ならぬこの場。目の前で壊れたアポロを見た瞬間なのだから……

 

「できないだと!? 人形如きが何をふざけた事を言っている。早くアーカーシャを起動しろ!!」

 

 血走った目でオルキスへと向かうフリーシアの前にグランが立ちはだかろうとするも

 

「えぇい! 邪魔をするな、マリス!!」

 

 それはマリスの攻撃であえなく吹き飛ばされた。

 

「みんな! オルキスは奪取した。撤退するぞ、急げ!!」

 

 吹き飛ばされながらもグランは皆に指示を出す。一先ずの危機は去った。

 アーカーシャは停止しこちらにはルリアとオルキスがいる。ならば長居は無用でありマリスとわざわざ戦い続ける必要も無いのだ。

 グランの声に仲間達はすぐさま応え、一斉に動き出そうとする。

 だが、彼らにとっての脅威とはアーカーシャだけではなかった。

 

 

「セルグ、殿を頼むわよ……って、セルグ?」

 

 動き出そうとしたゼタはセルグの様子がおかしい事に気付く。

 俯いたままのセルグの表情は読み取れず、まだ落ち込んでいるのかとゼタが覗き込もうとしたとき、セルグは突如天ノ羽斬を構えた。

 

「これは僥倖だ――アーカーシャの一時的な停止を確認。最優先事項――アーカーシャ起動キーの抹消。二次目標として管理者の抹消も必要だと判断する」

 

 ルリアやオルキスとは違い機械的な感じではないものの、淡々と必要な事だけを口にするセルグは明らかに異常であった。

 

「ちょ、ちょっとセルグ。こんな時に笑えない冗談は」

 

「すまないが退いてもらおう。後顧の憂いを断つ為にも、あれは抹消しておいた方が良い」

 

 ゼタが止めるのを遮りセルグは構えを取ったまま動き出す。その先には、オルキスの手を取り、走り出そうとしたルリアがいた。

 

「ルリアちゃん、逃げて!!」

 

 危険を感じたゼタの叫びが響く中、セルグは躊躇なく天ノ羽斬をルリアへと振り下ろす。

 

 

 撤退しようと動き出す中、響き渡る金属音。その出所はルリアへ振り下ろされた天ノ羽斬を防いだカタリナの剣だった。

 

「セ……ルグ。一体何のつもりだ!!」

 

 ギリギリと鍔競り合う二人。膂力の差で徐々にカタリナが押される中セルグは口を開く。

 

「――邪魔をしないでくれ、ここで起動キーを消さなくてはこの世界は」

 

「はぁ!!」

 

 セルグの言葉が終わる前にヴィーラが全力で後ろから斬りかかった。遠慮も何も無い攻撃を加えたのはそうしなければセルグを退けさせることができないと判断したためだ。

 

「お姉さま、御下がりください! 私が食い止めます、すぐにルリアちゃんを――っ!?」

 

「邪魔だ」

 

 一瞬。カタリナへと声を掛るためヴィーラが意識を向けたその瞬間にはセルグはヴィーラの懐に入り込んでいた。

 瞠目したヴィーラが切り捨てられそうなところでリーシャが割って入る。

 

「貴方は……貴方は一体何をしているんですか!!」

 

 あれ程までに守れなかったことを後悔し、仲間を守る事に固執するセルグが今仲間を傷つけようとしている。怒りの乗った声に合わせるようにリーシャはセルグを押し返して、すぐさま魔法で風の刃を放って追撃。襲いくるセルグと距離を取れるよう次々と攻撃を繰り出していく。

 

「(まさかこんな形でこの人と戦うなんて……くっ、早すぎる)」

 

 セルグとはいつか立ち会ってみたいと思っていたリーシャ。モニカに対して抱いていた思いに近い、小さな憧れと対抗心からだったが、いざ立ち会ってみると改めてその強さに恐れを抱いた。

 接近させないように、自由に動かせないように牽制の攻撃を放ち続けるが、少しでも隙を作れば即座に剣閃が飛んでくるだろう。攻撃し続けることでリーシャはセルグの驚異的な攻撃から防御することしかできない。

 だが、元より武闘派ではないリーシャではいくら上手く立ち回ろうとすぐに限界がやってくる。狙いの逸れた攻撃を見切られ一足で接近を許してしまうリーシャにセルグが一閃を見舞う。

 

「ライトウォール・ディバイド!」

 

 カタリナの障壁が間に割り込みなんとか危機を免れたリーシャは後退しながらもそのまま攻撃と言う名の防御を続ける。

 突然のセルグの行動に動揺を隠せない一行はルリアとオルキスからセルグを引き離すように動くが、対するセルグは彼らの防衛網を躱してとうとう二人へと接近。

 

「しまった、ルリア!!」

 

 カタリナが叫ぶ中再度振り下ろされた天ノ羽斬。間違いなくルリアの首を落とそうと振るわれたそれを今度は別のものが邪魔をした。

 

「――荊?」

 

 セルグが天ノ羽斬を握る左手が地面より生えてきた荊に絡め取られていた。

 すぐさまセルグは天ノ羽斬を手放し、右手に持ち直す。だが今度は踏み込みながらの一閃を振るおうとしたセルグの足が絡め取られる。

 

「――クッ!? この程度で!」

 

「イオちゃん! なんでも良いから魔法で気絶させて!」

 

「わ、わかったぁ!」

 

 目の前で行われる攻防に見とれていたのか、どこか呆然としていたイオはロゼッタの声に応え、慌てて杖を振るう。身動きの取れないセルグの後頭部にイオの氷魔法アイスによる氷塊が当てられセルグは意識を飛ばす。

 横たわるセルグを見た瞬間にロゼッタは荊でセルグを拘束。カタリナが投げ出された天ノ羽斬を回収した。

 

「一体何が……」

 

「貴様らぁあああぁあ!」

 

 未だ状況が掴めないグラン達を今度はフリーシアの操るマリスが襲う。

 

「逃がすものか! 絶対に、絶対に絶対にぃいいい!」

 

 狂気に満ちた瞳は衰える事無くルリア達を狙う。グラン達はセルグを回収してすぐさま撤退を始めた。

 

「お、おい!まってくれ! アポロはどうするんだ」

 

 オイゲンが見据える先。既に追いすがってくるマリスの後方へと置き去りにされていたアポロに仲間達は表情を歪めた。

 セルグの突然の異変によってアポロを置いたまま随分と移動してきていたのだ。

 

「オイゲン、申し訳ないけど今は撤退が最優先だ。マリスに対抗できない僕達が今戻ってもむざむざやられに行くだけになる」

 

「苦しいかもしれませんが、ここは耐えて下さい。私たちは絶対に諦めず助けに来ますから!」

 

 グランとジータの必死の言葉にオイゲンは言葉を詰まらせる。

 できるなら戻りたい。大切な娘を助けに行きたい。だがそれは彼等とて同じ。己の半分も生きていないような少年少女がこの場で苦渋の決断をしたと言うのにここで我を通すことなどオイゲンにはできなかった。

 

「――ありがとよ二人とも……殿は任せろ」

 

 二人の決定に従ったオイゲンにできる事と言えば、置き去りにしてしまう娘を殿になって最後まで目に焼き付けるぐらい。

 遠くに消えていく娘を脳裏に焼き付けながらオイゲンは手に持った銃を固く握りしめ続けるのであった。

 

 

 

 

 

「クソッ!! 森全体がオレ達を狙ってきやがる――急げ!!」

 

 先導して走っていたラカムが一度振り返ると迫りくるマリスの攻撃を迎撃する。走りながら溜め込んでいたチカラを解放し、放たれたデモリッシュピアースがオイゲンを狙っていた創世樹の咢を迎撃した。

 

「イオちゃん、アタシと一緒に先導して。邪魔するのは全部焼き払うよ!!」

 

「オッケー! 任せて!!」

 

 ゼタとイオが先頭を走った。

 炎を扱える二人は前に出て、蠢く森がもたらす妨害の全てを焼き払っていく。

 

「グラン。セルグさんを落とさないようにね……黒騎士さんはどうにもできなかったけど。私、誰かを置いていくなんてイヤだから」

 

 セルグを背負って走るグランに、ジータから心配の声が挙がった。対するグランは気合いの入った顔で答える。

 

「わかっている。そのかわり援護は任せたからちゃんと護ってくれよ」

 

「うん! 任せて」

 

 答えるや否や表情を鋭いものに変えてジータは反転。殿を務めていたオイゲンの元へ。

 迫りくるマリスの攻撃に対して銃撃で対応していたオイゲンを援護しに向かう。

 七星剣の奥義が放たれ、七つの光点が縦横無尽にマリスの攻撃を迎撃していった。

 

「ジータさん! 気合いを入れるのはいいですがおひとりで何でもやる必要はありませんからね。私だって戦えるんですから」

 

「――いいえ、リーシャさんはさっきのセルグさんとの攻防だけでもかなり消耗してるんじゃないですか? 防御は任せてリーシャさんは走り続けて下さい」

 

「うっ、さすがに良く見ていますね――それでは全体の状況判断は私がします。艇の出航準備を考えればオイゲンさんとラカムさんには前を走ってもらいジータさんが足止めをすることになります。大丈夫ですか?」

 

「大丈夫……必ず守り抜きますから」

 

 それはグランに言った言葉を実現するためにみせるジータの決意の表情。誰も残すことなくこの島を脱出する。その為であればなんであろうとやり遂げると。

 ジータの気迫あふれる顔を見てリーシャも頷いた。

 

「わかりました。それではジータさん、2分だけマリスの足止めを――」

 

「大丈夫よリーシャちゃん。足止めは私の方で何とかするから。今はとにかく急ぎましょう」

 

「ロ、ロゼッタさん? 一体何を言って」

 

「この森は私の故郷だもの。奥の手の一つや二つ隠し持ってるわよ。だから信じて」

 

 突如割り込んだロゼッタの言葉に不審に思うも、リーシャの言葉が終わらぬうちにロゼッタは安心させるようにウインクを交えながら答えた。

 

「――わかりました。ジータさん。さっきのは無しです。まずは全力で逃げ切りましょう!」

 

「はい!」

 

 幸いにもマリスの動き自体はそれほど速くない。走り続ければある程度引き離せる。そうなればあとは森の妨害くらいだがそれはゼタとイオのおかげで大丈夫そうだ。

 最悪の予想を幾つも想定しながら、リーシャは二人と殿を走り続けるのだった。

 

 

 

 

「急ぐぞオッサン!!」

 

「ヘマすんなよ若造!!」

 

 走り続けた一行はグランサイファーの停泊している場所へとたどり着く。後は脱出するだけ……

 すぐさまラカムとオイゲンが乗り込み出航準備を始め、ゼタ、ヴィーラ、グランとその手伝いに走った。

 後方の警戒にまだ艇に乗り込まないのはロゼッタ、リーシャ、ジータ イオ。そしてビィがいた。

 マリスの気配は徐々に強まってきている。追い付かれるのも時間の問題。

 三人と一匹が緊張に包まれる中

 

「さて、ここまでくればあとはどうにでもなるわ。皆、艇に乗り込んで」

 

 静かにロゼッタは皆にグランサイファーに乗り込むように促す。

 

「ごめんなさいね。私はここに残らなければいけないの。崩壊の手前まで言ってしまったあの子を助ける為に……」

 

「あの子って……」

 

 ロゼッタの言葉に戸惑いと疑問が浮かぶ中、ジータがロゼッタに詰め寄った。

 

「ロゼッタさん!! 何を言っているんですか!? 貴方を置いていくなんてできるわけ」

 

「ごめんなさいね、ジータ。貴方の気持ちは痛い程わかる。それでも貴方が私を置いていけないように、私はあの子を置いていく事は出来ないのよ。ユグドラシルは島に眠るコアに魔晶によって過剰なチカラが注ぎ込まれている。純粋な星晶のチカラではなく、粗悪な模造品のチカラをね――そのせいであの子はもう崩壊寸前まで追い込まれてしまっている。誰かが傍にいてあげなければいけないの」

 

「そんな――」

 

「だからお願い、必ず助けに来て」

 

「えっ……」

 

 この島に残る。どれ程危険なのか理解しているジータはこれが今生の別れになるのではと恐れていた。

 だが、ロゼッタの想いは違う。先を見据え、なにかに希望を見出している。

 

「貴方達にはあの子を救うチカラがある。貴方達にはより良い未来へたどり着くチカラがある。それで、私達を救ってほしいの。――ビィ君、貴方は思い出したくないでしょうけどね」

 

「お、オイラ……?」

 

 ロゼッタの言葉にビィが戸惑いを見せた時、ロゼッタの背後からマリスが現れる。マリスを確認したロゼッタはすぐに真剣な面持ちとなって皆を促した。

 

「さぁ、行きなさい!」

 

「わかりました――ロゼッタさん、必ず戻ります。必ず!!」

 

「ジータ、待って!? そんな、ロゼッタぁ!!」

 

 離れたくないようにロゼッタに縋ろうとするイオをジータが抱えて艇に向かう。リーシャもビィもすぐにそれに続きグランサイファーは動き出した。

 

「イオちゃん、約束――忘れないでね」

 

 見上げるロゼッタは小さく呟くと後ろへと振り返った。

 

 

「貴様、よくも――よくも逃がしてくれたな!!」

 

 悲願を目前にしてまんまと取り逃がしたフリーシアの怒りは凄まじい。マリスを使い今にもロゼッタを甚振り殺しそうである。

 だが、それはロゼッタとて同じこと。

 

「よくも?――それはこちらのセリフよ!!」

 

 ロゼッタへと向かった創世樹の咢がロゼッタの周囲から生えてきた荊に絡め取られ身動きを封じられる。

 

「何……」

 

 驚いたのも束の間、フリーシアは巨大な気配を感じた。

 それはヒトが出せる者ではない尋常ならざる気配。いま己が操る星晶の獣と同じ絶対なる気配。

 

「私がここに残った理由。それは二つあるわ。一つはその子の傍にいてあげるため。もう一つは――怒りに震える私を、あの子達に見てほしくなかったからよ!!」

 

 次の瞬間。巨大な気配はその大きさのまま具現化し、目の前には荊を纏う星晶獣が顕現する。

 それはこの島のもう一つの守護者。ユグドラシルと共にこの森を見守ってきたもう一つの森の化身。

 そして彼女の怒りは、静かに眠っていたユグドラシルを崩壊寸前まで追い詰めた目の前の愚者へと向けられる。

 

「覚悟しなさい、帝国の愚か者たちよ――我こそは荊の女王……深緑と幻惑を統べる者! 貴方達の罪……その身にしかと刻んであげるわ!!」

 

 

 揺り籠を犯した愚者に、守護者は今、怒りの声を挙げた。

 




如何でしたでしょうか。

うん、色々と見えてくる回になったかと思います。(余計なことは喋りません
大筋は原作ままなはずなのに先行きがものすごく不安な気がしてます
ちゃんとまとめられるのか、、、
次回はイオちゃんヒロイン回です。
お楽しみに!

それでは。楽しんで頂けたら幸いです。

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