granblue fantasy その手が守るもの   作:水玉模様

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ちょっと開きました更新。
さぁさぁお楽しみ下さい

クライマックスに向けて少しテンションが上がりました作者の駄作をしかとみよ!


メインシナリオ 第25幕

 ルーマシーの森の中で巨大なチカラが目覚める。

 ルーマシー群島の大星晶獣ユグドラシルは、帝国宰相フリーシアによって多大な魔晶のチカラを注ぎ込まれその身を禍々しく変異させた。

 

 ユグドラシル・マリス

 

 本来であれば森の守護者である彼女は、守るべきはずの木々を従え、目の前のグラン達に牙を剥いた。絡み合う木々が龍の咢を象ったように大きな口を開け、絡み合う根はまるで槍のように先を鋭くさせて蠢いている。

 おおよそ相手を滅するためでしかないような姿へと変貌した彼女の姿は、元の優しい守護者からは程遠い。

 

「ユグドラシルに――魔晶を使うなんて」

 

 悲しげなルリアの声がグラン達の耳に静かに入り込んだ。

 星の民によって生み出された星晶獣は器となる寄り代と必要な能力を生み出すためのチカラ。この二つから生み出された既に完成された存在である。

 器となるユグドラシルのコアに負担をかけて無理矢理チカラ注ぎ込んだそれは、ユグドラシルに大きく負担を強いるものであった。

 強大な力と禍々しい気配とは裏腹に、その状態はいつ崩壊するかもわからないようなギリギリの状態であることをルリアは感じ取っていた。

 

「なんて……何てことを!! 貴方達は、静かに眠っていたあの子を起こすだけに飽き足らず、こんな惨い仕打ちまで――今すぐに魔晶を使うのをやめなさい!!」

 

 顔を蒼白にして叫ぶのはロゼッタだ。ルリア同様にユグドラシルがどれほど危険な状態なのかを理解しているのだろう。ロゼッタは腰の短剣を抜き放ち、怒りに震える切っ先をフリーシアへと向ける。

 

「フンッ! 兵器たる星晶獣がどうなろうが知ったことではありません。貴方達を片付けた後に崩壊するもよし。崩壊しなければ残りのお仲間の相手もしてもらうだけです」

 

「ッ!? 宰相さん――貴方って人は」

 

「落ち着いてくれロゼッタ。あれを相手に一人で飛び出すのは危険すぎる」

 

 フリーシアの言葉にロゼッタが飛び出そうとするのをグランが止める。

 魔晶の力によってユグドラシルは変貌しただけではなく、フリーシアの意のままに操られている。いまここで一人で飛び出すのは自殺行為に等しいだろう。ロゼッタもそれを察してなんとか踏みとどまった。

 

「あら、来ないのですか? ならばこちらから」

 

 そんなロゼッタの姿を嘲笑うように、フリーシアは魔晶を通じてユグドラシルに命令を下した。

 狙う先は――

 

「ルリア!?」

 

「えっ」

 

 ジータの叫びが木霊する。

 不意打ちで動いたマリスの双頭の一つがルリアを飲み込まんと向かっていた。

 まさかいきなり来るとは思っていなかったルリアはなんの抵抗もできずにただ茫然と目の前に巨大な口が広がるのを眺める事しかできない。

 

「ライトウォール!!」

 

 間一髪、カタリナが生み出した光の障壁がマリスを阻む。すぐさまルリアの前へと躍り出たカタリナはキツくフリーシアを睨みつけた。

 

「いきなりルリアを狙ってくるか。形振り構わずといったところだな――だが、そう簡単に思い通りにはさせんぞ! 私がこの剣を手にしている限り、ルリアには指一本触れさせん!」

 

 怒りと決意を示しながら、カタリナもロゼッタ同様フリーシアを睨みつける。彼女の狙いがルリアだとはっきりわかっている以上カタリナのすることも決まっている。

 激を上げるカタリナに呼応するようにヴィーラとリーシャが並び立ち、その前をラカムとイオが陣取った。ルリアを奪われないよう何重にも防衛線を張る仲間達が見据える先は、不敵な笑みを崩さないフリーシア。

 雌雄を決することなくいきなり目標を狙ってくるのは彼女らしい。いつでも対処できるように彼らは最大警戒でルリアを守るべく動いた。

 

 

 

 

「グラン、ジータ。お願い――あの子を助けるためにも、チカラを貸してちょうだい」

 

「ロゼッタ……」

 

「ロゼッタさん……」

 

 一番前でフリーシアと対峙していた二人にロゼッタが懇願する。彼女にとってユグドラシルは特別な存在なのだろうか。その表情には彼女にしては珍しい焦りと不安に満ちている。珍しいロゼッタの姿に呆けるグランとジータをアポロは叱咤する。

 

「何を呆けている小僧ども」

 

「黒騎士……」

 

「いいか、よく聞け。私達だけじゃない。この世界にとって今この時が歴史の分水嶺だと覚えおけ。奴の狙いがアーカーシャだとわかった以上、奴の目的が達成されればこの世界は終わる――ここであの化物を退け、人形を取り戻し、アーカーシャの起動を阻止しなければこの世界に未来はない」

 

 グランとジータに語るアポロの目は真剣そのもの。アポロの言葉通りに世界の行く末を決める分岐点と呼べる戦いになることを認識して、まだ若い二人の団長はその肩に背負う世界の重さを感じた

 グッと力の入り具合を確かめるように二人は自らの武器を握る。手に持つ金色の武器が二人の意志に応えるように少しだけ光ったような気がしてグランとジータはすっと目を閉じた。

 

「いいな小僧共、出し惜しみはなしだ。――全力でいくぞ!」

 

「――あぁ!」

 

「――はい!」

 

 目を見開き、アポロの声に応えた二人は即座に天星器を開放。光の柱を上げながら、その身に強大なチカラを纏う。

 同時に仲間達も全力の戦闘態勢を取った。各々武器を手にし、ヴィーラはシュヴァリエのチカラを身に纏う。

 未だかつてないほどに強大な相手を前にして彼らはその手に持つチカラの全てをぶつけるべく構えた。

 

「カタリナ、ロゼッタ! ルリアを奪われたら終わりだ。二人は後ろで絶対にルリアを守り抜いてくれ!」

 

「ラカムさん、イオちゃん! 相手の手数は多いです。前衛が隙を作らないよう、援護をお願いします!」

 

 ルリアを守るためにカタリナとロゼッタを配置。蠢く木の根や蔦を見てラカムとイオは援護に回るようグランとジータから指示が飛ぶ。

 

「わかった!」

 

「任せて頂戴!」

 

「おうよ!」

 

「任せて!」

 

 言葉は違えど意志は同じ。それぞれに了承を見せて四人が動く。今更指示に疑問を持つこともない。グランとジータの戦況を見る目は確かであることを仲間たちは知っている。そしてこの場ではもう一人確かな実力をもって指示を出せる人間がいる。

 

「妥当だな……グラン、貴様は秩序の娘と一緒に適宜攻防の援護に回れ。ジータ、ヴィーラ。お前達二人は、援護を受けながら巨大な口を持つ二つを対処しろ」

 

 かつて帝国の軍を指揮していた七曜の騎士たるアポロからもグラン達に指示が飛んだ。

 

「分かった――でも、それなら黒騎士はどうするんだ?」

 

「お前達が凌ぐ間に本体を落とす。援護はいらん、お前たちはお前たちでなんとしてもルリアを守りきれ」

 

「そんな!? 援護無しだなんて、あれだけの数の木々の攻撃をどうする気ですか!?」

 

「誰の心配をしている? まさかこの私の心配などしているわけではないだろうな。鎧も愛剣もないが、それでも七曜の名は伊達ではないぞ」

 

 心配そうなジータの言葉にアポロは僅かな怒りを交えて答える。その目はジータの懸念が要らぬ心配だと語り、同時に彼女からは溢れんばかりに魔力が漏れ出す。漏れ出た魔力は色を変え彼女が持つ剣へと収束。四つの色を纏う剣を振り抜きアポロは荒れ狂う魔力を解放した。

 

 轟音

 

 炎が蠢く根を焼き払い、氷がマリスの動きを止める。風が蔦を切り裂き、隆起した大地が木々を圧殺した。

 クアッドスペル――セルグをして変態的だと言わしめた彼女の魔法。兵士達を圧倒していた溜めの無い小さな魔法とは違い順序を辿り確実に練り上げられた魔法はその威力をまざまざと見せつける。

 

 本来、アポロの得意とする属性は闇である。彼女の愛剣も鎧も、闇属性を扱うために仕立て上げられたものであったし、彼女自身も闇属性が一番扱いやすい。

 だが、闇とは別にアポロは四大属性に適性を持つ天才中の天才であった。魔法と言う別の媒介によって武器に縛られることなく四つの属性を扱える彼女の才能は異端もいいところ。属性を扱う規格外の才能、これが彼女が七曜の騎士たる所以だ。

 

 目の前で暴力的なまでの魔法を見せつけてアポロはジータを見返した。

 

「わかったか小娘。私の心配など十年早い。援護は不要だ。いくぞ!!」

 

「は、はい!!」

 

 アポロの声を皮切りにグラン達は一斉に動き出した。それに応じる様に魔法で動きを止めていたマリスも攻撃を受けた部分を瞬く間に再生し、打って出るように動き出す。

 

 今、世界の命運を決める戦いが幕を開けた。

 

 

「レイジ!!」

 

 ジータの声と同時に仲間達の動きが変わる。血液の流れすら知覚できそうな程、鋭敏になった感覚は彼らの技をより高威力、高効率に昇華する。

 

「アローレイン!」

 

「スピットファイヤ!」

 

「フラワリーセブン!」

 

 グラン、ラカム、イオの攻撃が前衛の侵攻を妨げる木の根と蔦を薙ぎ払う。マリスまでの道のりを切り拓きそこをジータとヴィーラが駆ける。

 すぐさまマリスは残った木の根と蔦で迎撃。しかし襲いくるそれらは後方から放たれた風の刃で切り落とされる。

 

「援護します、お二人とも駆け抜けて下さい!」

 

 リーシャが剣を一振りすると風が渦巻き仲間達を覆った。リーシャの防御魔法”ウィンドシャール”。耐久性は決して高くないが弱い攻撃であればその防御力は存分に効果を見せる魔法だ。

 風に守られたジータとヴィーラは狙い通りに攻撃を受けることなく、目標へとたどり着いた。

 

「(さっきの再生能力……あれがどこまで高いものかわからない以上、まずは一度全力を込めて確かめる必要がある)」

 

 アポロの魔法によって薙ぎ払われた木々が、ほとんど時間をおかず再生した姿をみていたジータ。その再生能力の程度を図るために初手から全身全霊で奥義を敢行。

 ウェポンバーストで高めた集中力が奥義を放つために魔力を練り上げると、出現する七つの光点を七星剣へと集結させる。極光で刀身を肥大化させたジータは光の剣を振り下ろした。

 

「北斗大極閃!!」

 

 押し潰さんばかりに肥大化させた光の剣が大口を開ける創世樹の咢に振り下ろされる。渾身の力を込めたジータの奥義は強化魔法をかけたウェポンマスターという、現状でグラン達が出せる最大火力。

 初手でこの攻撃は、通じれば一気に優勢になり、通じなければ途端に打つ手が無くなるかもしれない賭けの一手。

 

「(手ごたえはあった。間違いなく叩き潰したはず……これでだめなら)」

 

 ジータは半ば祈るような面持ちで押し潰された創世樹の咢を見た。

 その視線の先には再生をほぼ終えて音の無い咆哮を上げる様に口を開ける創世樹の咢が鎮座していた。

 

「そん……な」

 

 ジータの紛う事無き全身全霊。天星器を使い強化魔法も加えたそれは彼等にとって最強の一撃であった。

 そしてその威力を、マリスの再生力が上回ったのだ。この時点でグラン達だけではマリスの討伐難度は大きく上がる。

 

 余りのショックに呆然としたジータはマリスを目の前にして動きを止めてしまう。隙だらけな姿にグランが声を張り上げた。

 

「ジータ!!」

 

「ハッ、しまっ!? っくぅ……」

 

 恐らくフリーシアによるものではないだろう。敵対する者に自動で対処するのか、間髪入れずに動いた蔦がジータを縛り上げるように拘束した。

 

「ぐぅ……っあ」

 

 ギリギリと締め上げてくる蔦にジータが苦悶の声を上げるもマリスの本命はこれではない。これはあくまで拘束手段であり本命は――

 

「逃げろジータ!!」

 

 再生を終えた木の咢がジータの目の前で口を開けていた。

 目の前に現れた死を呼ぶ光景にジータの血の気が失せる。身動きはできず、防御も回避も不可能。大きく開けられた口の先、暗い暗い死が浮かびジータは慄いた。

 

「させません! アフェクションオース!!」

 

 ヴィーラの声と共に黒い影が走り抜ける。

 疾走するヴィーラの影はジータを縛り上げる蔦を切り裂き、拘束を解ききれていないジータをヴィーラが抱えて跳躍。

 

「イオさん、ラカムさん!!」

 

 追撃しようとする木の咢を前に、ヴィーラはイオとラカムへと呼びかける。

 

「任せろ! デモリッシュピアース!!」

 

「エレメンタルカスケード!!」

 

 ラカムが放つ炎を纏う銃弾が木の咢を打ち上げ、追撃の炎の魔法が木の咢を焦がす。アポロ程ではなくともイオの魔法とて十二分に威力を誇る。咢が再生しきるまでの僅かな時間を稼ぐことに成功した。

 

「ごめんなさい、ヴィーラさん。たすかりました」

 

「お気になさらずに。私も呆気にとられたのは確かです……ジータさんの全力を以てしても倒し切れないとは思いませんでした」

 

 戦慄の眼差しでマリスを見つめるヴィーラ。視線の先ではもう一方の咢を、後衛の元に行かせないようグランとイオが抑えていた。

 

「ヴィーラさん、あっちをお願いします。こっちは私とラカムさんとリーシャさんで抑えます。こうなってしまっては黒騎士さんに頼るしかない……私たちは足止めに専念しましょう」

 

「承りましたわ。ジータさん、くれぐれもお気をつけて」

 

「わかっています。ヴィーラさんも気を付けてください」

 

 そう言ってジータは再度木の咢を見据える。ヴィーラもグラン達と共に戦うべく走り出し、戦いは防ぎ防がれの壮絶な膠着戦へと突入していく。

 

 

 

 

「ルリア、私から離れるなよ!!」

 

「は、はい!」

 

 ルリアを狙う様に木の根や蔦が迫りくる。

 ポートブリーズのティアマトが風を支配するように。アウギュステのリヴァイアサンが大海を支配するように。ここルーマシーでは植物たちがユグドラシルの支配下に置かれその猛威を振るう。

 地面のそこかしこから現れ木々のあちらこちらから手が伸びてくる様は、森全体が敵となった様である。迫りくる木々の猛威をカタリナは次々と斬り払うがその終わりがくる気配はない。

 

「(くっ、数が多すぎる!?)」

 

 絶え間なく剣を振るい続けるカタリナの防御をかいくぐり、幾つかの木の蔦がルリアをからめ捕った。

 

「あっ、カタリナぁああ!!」

 

「ルリア!! くそっやらせるか!!」

 

 捉えられ宙へと運ばれるルリアを視認しカタリナは剣を一振り。同時に彼女が持つ剣のように鋭い氷の刃が幾つも生成される。

 

「グラキエスネイル!!」

 

 放たれた刃はルリアを捉える全てを斬り払った。

 解放され、宙から落ちるルリアをロゼッタが抱き留めるも木々の猛威は終わらない。すぐさま次の脅威がロゼッタに向かうがロゼッタの表情に驚きや焦りは無かった。

 

「全く、あの子ったら――少し悪戯が過ぎるわよ!」

 

 ゾクリとするような強いロゼッタの声に迫りくる植物達の動きが止まる。いくら凄もうが植物が恐怖心で動きを止める事など無いだろう。急に動きを止めた植物達に抱き留められているルリアが困惑するもロゼッタは一人思考に入り込んだ。

 

「(やっぱりこの程度なら支配下における……でも、あっちの大きいのはまず無理。今の状態だと小さいのを防ぐので一杯一杯ね。それでも、私とカタリナがいればルリアちゃんの安全は確保できる、か――前線は膠着状態。となると状況を変えられるのは黒騎士だけ)」

 

「ロゼッタ、これは一体……?」

 

 駆け寄ってきたカタリナがロゼッタに襲い掛からない植物を見て不思議そうに問いかける。

 

「このくらいなら私も支配下におけると言ったところね。一応植物を扱う身ですもの……ただあっちは団長さん達に任せるしかないわ。精々がここでルリアちゃんを守るくらいしか、今の私にはできないわ」

 

 歯がゆそうに唇を噛みしめるロゼッタにカタリナは小さく笑う。

 

「十二分に助かる。それなら私はっ!?」」

 

「これは!?」

 

 次の瞬間、三人の周囲の地面から数本の木の根が噴出する。ロゼッタの支配下に置かれない程度にユグドラシルの支配を受けた木の根がその鎌首をもたげ三人に襲い掛かった。

 

「ロゼッタ、任せろ! ”ライトウォール・ディバイド”!」

 

 カタリナの声に合わせ四つの光の障壁が現れる。それはロゼッタとルリアの四方を囲み難攻不落の要塞と化した。

 ライトウォール・ディバイド――普段のライトウォールよりも小さく取り回しの利く四つの障壁を自由に展開し防御するライトウォールの派生魔法だ。一つ一つの防御は劣るが多方向からの攻撃に対処できる利点がある。

 障壁で防ぎ切ったところで即座にカタリナは木の根を全て斬り払った。

 

「私の支配にあっさりと対処してきたわね」

 

「このままではいずれルリアを奪われかねん……マズイな」

 

 ロゼッタとカタリナの声が強張り始める。ロゼッタの支配にも難なく対処してきたユグドラシルによって、既にルリアを守る防衛線も綱渡りに近い様相を呈してきていた。

 いつ奪われるかもわからない張りつめた緊張感の中、この後も二人は神経をすり減らす防戦を強いられる事になる。

 

 

 

 

 

 襲い掛かる木の根を斬り払う。

 迫りくる蔦を焼き尽くす。

 

 ユグドラシル・マリスへと向かう足はルーマシーの大地を踏みしめ、アポロは一歩ずつ確実に前進を続けていた。

 

「邪魔をするな」

 

 再び襲いくる木々の猛威を払い除ける。その動作は無造作でありながら、堅実で無駄が無く効果的だ。焼き、斬り、防ぐ。全ては確実に前進するため。

 確証は無くとも道筋は見えていた。焦りはあれど確実に計画を進めてきた。

 目の前で猛威を振るうマリスがフリーシアの切り札であるなら、これを排除した時、己の悲願は手の届くところになる。

 であるなら今すべきことは確実に進み確実にアレを倒すことだけ。

 

「あいつ等もまだやられていない。ならばあとは私が成すべきことだ……」

 

 彼女の前進は止まらない。排除できないアポロを前にして、マリスは動き出す。

 現れるは三頭目の創世樹の咢。驚異的な再生力を持ち、グラン達では倒すことが不可能に近かった生命力の化け物。

 

「足掻くか――愛剣は無いが、我が歩み……止められると思うな!」

 

 アポロの瞳に光が宿る。何が立ちふさがろうと打ち砕く。その決意を宿し、彼女は剣にチカラを込めた。

 本来であれば彼女の得意な闇が付与される剣が今は四色の光に彩られる。凝縮した魔力を付与したままアポロはそれを一振りで全て叩きつけた。

 

「黒鳳刃・月影!!」

 

 剣戟に乗せられた魔力の爆発。空間ごと葬るようなその驚異的な威力に創世樹の咢は跡形も無く砕け散った。それはもう再生が追い付かない程に。

 

 さらに前進を続けたアポロは全てを排し、ついに辿り着いた。

 

「人形を返してもらうぞ、フリーシア」

 

 ユグドラシル・マリスの足元――フリーシアの目の前へと。

 

 

 

 

 

「人形を返してもらうぞ、フリーシア」

 

 ギラリと睨み付けるアポロの視線を受けフリーシアは感嘆の表情を浮かべた。

 

「まさかここまで抗えるとは思いませんでした……さすがは七曜の騎士と言ったところですか。よくもまぁここまで戦えますね。貴方を突き動かすのは一体何なのですか? まさか世界を救いたい等と高尚な事を言うはずもないのでしょう。こんな人形が、貴方にとってどれほどの価値があると?」

 

「――もうすぐなんだ。人形を取り戻せば、彼女が還ってくる」

 

「彼女……?」

 

「ルリアと人形を使って私は本当のオルキスを取り戻す。その為に帝国を使い、傭兵共を使い、準備をしてきたんだ! 貴様に取り戻したい過去があるように、私も取り戻したいヒトがいる。邪魔はさせんぞ、フリーシアぁ!!」

 

 慟哭にも近いアポロの激情の声が響き渡る。壊れかけた心を希望で繋ぎ止めてきた。彼女が放つ鬼気迫る声は聞くものの心を揺さぶる程強い願いの声。

 

「――そうですか」

 

 だがその願いは

 

「――クックック」

 

 フリーシアの嗤いと共に……

 

「クフ……フフフ……ハァハッハッハ!!」

 

 脆くも崩れ去る事になる

 

「何が……何がおかしい!?」

 

「これが笑わずにいられましょうか? まさかそんな無意味な事に必死になっていたとは……」

 

「無意味だと……ふざけるな!? ルリアのチカラを使えば失ったオルキスを補完できる。貴様から人形を取り戻せば」

 

「そのルリアのチカラとは、一体何のことです?」

 

「何……?」

 

 アポロの言葉を遮り問いかけるフリーシアの嗤いは、アポロの希望を踏みにじる喜びに満ち溢れていた。

 

「ルリアのチカラ。それは貴方の言う様に都合よく適合して埋めるような便利な能力ではありませんよ。器として存在するルリアは所詮受け皿でしかない。この空の世界に於いて、必要なものを取り込む能力。それがルリアのチカラです。星晶獣自体も星晶を操る能力も、全てはルリアが必要だと取り込んだものに過ぎない」

 

「そんなバカな……貴様は確かにルリアのチカラは適合するものだと!!」

 

「それをバカみたいに信じたのですか? まぁそれも仕方ありませんか――そうしなければ己を保てなかったのでしょう? 絶望から目を逸らし希望を抱き続けるにはもうそれしかなかった。情報の真偽を確かめもせずに叶わぬ願いを追い続けていたとは本当に滑稽だわ。断言してあげましょう。仮にルリアと人形を適合したのなら、人形を取り込んだルリアが出来上がるだけ。そこに貴方が求める者は存在せず、ただただオルキスであった人形を失うだけに終わるでしょう」

 

 フリーシアの言葉にアポロの身体が震える。目の前に見えてきたはずの希望が消えうせ、目を逸らし続けていた絶望が背後に忍び寄る。カタカタと震えるアポロはそれでも折れず声を絞り出した。

 

「ふ、ふざけるな……認めん、絶対に認めん!! ルリアを使えばオルキスが還ってくる。彼女ともう一度笑い合え」

 

「諦めなさい。貴方の願いは、叶わぬ夢でしかない」

 

 ピシャリとフリーシアは止めの言葉を言い放った。無情に、無遠慮に、無慈悲に。

 

「あっ……あぁ……」

 

 その瞬間にアポロの瞳から光が消えた。

 剣を手放し、崩れ落ちる身体。ルーマシーの大地にその身を横たえ、彼女は現実を見ることを放棄する。

 

「余りの絶望に壊れましたか……目障りですね。マリス!」

 

 感慨のない目でフリーシアがアポロを見据え、マリスに命令を下す。

 地面が躍動しまたも現れたのは創世樹の咢。サイズはグラン達が戦っているのより多少小さいもののヒト一人であれば丸呑みできるサイズだ。

 その瞳に何も写さないアポロを前にして木の咢が口を開いた。

 

「オル……キス……」

 

 最後まで呟かれるのは彼女の最愛の存在。全てを捨ててでも取り戻そうとした彼女の世界そのものの少女の名前。

 暗くなっていく世界の中、アポロはオルキスの名を呟き続けた。

 

「ふっざけてんじゃねぇぇえぞ!!」

 

 次の瞬間、光の斬撃がアポロを呑みこもうとした咢を食い破る。再生力は高いものの一度形を崩された咢はアポロを手放した。

 

 早足で駆けてきた足音の主。この場にやっとたどり着いたセルグは状況を見るやアポロを抱えすぐさま後退。次の瞬間には後方から巨大な炎の壁が迫りマリスの追撃を焼き払う。

 

「ゼタ、更に追撃が来るぞ。焼き払え!!」

 

「りょーかい!!」

 

 セルグの声に応えゼタは再度サウザンドフレイムで迎撃。アルべスの槍から噴き出した炎はマリスの追撃を全て灰燼に帰す。

 

「セルグ、ゼタ、オイゲンも! 無事だったんだな!」

 

 後退してきたセルグとゼタの元にグラン達が一度集う。無事であったことを喜ぶのと同時に彼らが加わればマリスを倒すことも可能かもしれない。

 膠着状態に光がさした瞬間でもあった。

 

「遅くなってごめんねぇ。ちょっと予想外に苦戦しちゃって」

 

「半分はオレのせいだ。悪いな、遅れて」

 

「もぅ――セルグ! だから違うって言ってるでしょ!!」

 

 未だ自戒の念が消えないセルグの表情にゼタが怒りを露わにしながら窘める。

 そんな姿にグラン達は目を丸くした。

 

「セルグ、またなにか」

 

「セルグ! アポロは無事か!?」

 

 グランが何があったのかと問いかけようとしたところでオイゲンが駆け込んでくる。

 セルグとゼタは追い付いてすぐさま前線に吶喊し、オイゲンはカタリナとロゼッタの援護に回っていた。前線から戻ってきたセルグがぐったりとしたアポロを抱えているのを見て慌てて駆け寄ってきたのだ。

 

「外傷はない。問題は……」

 

「すまない……オルキス……」

 

 セルグがアポロへと視線をやると、そこにはうわ言のようにオルキスの名前と謝罪を繰り返すアポロの姿。

 

「アポロ……一体」

 

「何があったかはわからんが、精神的に壊れてしまっている」

 

「おい、アポロ!! しっかりしろ!! どうしたってんだ!?」

 

「オルキス……オル……キ……」

 

 強く呼びかけるオイゲンの言葉にも反応せず、アポロは小さく呟き続けるだけであった。

 

 

「グラン、状況は?」

 

 アポロの事は一先ず置いておきセルグはグランに状況の確認をする。

 

「かなり厳しい状態だ。魔晶のチカラに侵されたユグドラシルは再生力が桁違い。森を支配下に置いているからルリアを守るのも一苦労だし倒すのなんて二の次で後手に回りっぱなしだ」

 

「黒騎士さんの攻撃で打ち砕いているのは見ましたから倒せない事は無いはずですが、私達では再生力を上回る攻撃が出せませんでした。セルグさん、ヴィリウスと融合して何とか倒せませんか?」

 

 答えるグランとジータを含め、仲間達はかなり消耗が伺える。前線に出ていたジータとヴィーラには傷が幾つもあったし援護に 回っていた面子も同様。己でなんとか逃げ回っていたルリアでさえ泥だらけで息を切らしている。

 ジータに問いかけられたセルグは僅かに表情を歪めた。それは言わずとも難しいのだと分かる表情。普段なら任せろと自信満々にいってきそうなセルグの微妙な顔にグラン達が疑問符を浮かべた。

 

「悪いが難しい。既に一度融合を使った反動で体がまともに言うことを聞かない。融合するには厳しい状態であるし、しても戦えないだろう。ゼタ、いけるか?」

 

「私も厳しいわね……さっきも大技連発でただでさえ疲れていたのが余計にキツイわ」

 

「まずいな、黒騎士まであんな感じじゃ打つ手が」

 

「作戦会議は終わりですか」

 

 会話を遮り、フリーシアが割って入る。

 既に一行はマリスの本体と木のアギトによって囲まれており、襲いかかるのを今か今かとと待つような状態。

 マリスの本体の後方で、フリーシアはお袈裟な身振りをしながら口を開いた。

 

「ここまでよく頑張りました、あなた方の功労を讃え人形をお返ししますよ」

 

「何……だと」

 

 フリーシアの言葉に臨戦態勢だったグランたちは怪訝な表情を浮かべる。周囲を囲むマリスの奥に目を凝らすと小さな人影を見つけた。

 

 

 そこにいたのはグランたちへと歩みを進めるオルキスが居た。

 

 




如何でしたでしょうか。

今回の見どころ

フリーシアさんが悪役っぽく描けてるかなぁってとこですね。
もう絶望に叩き落とすって感じに描けてたらいいんですけどもう少し言葉とか多分に使いこなしたかった。
ついでに嘲笑うような嗤いを声に出させるの難しい、、、

次回も大荒れになること間違いなしのルーマシー編をご期待ください。

それでは。お楽しみ頂けたら幸いです。

ご感想お待ちしております

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