granblue fantasy その手が守るもの 作:水玉模様
ルーマシー編のクライマックスに差し掛かる一歩手前といったところです。
それではお楽しみください
フリーシアを追い続ける一行は、薄暗い森の中を足早に進む。足早と言っても、先に待つのはフリーシアとの決戦、と考えるとその足取りはあくまで疲れない範囲での、という制限が付くだろう。
多少は余裕のある状態で黙々と皆が進む中、一人周囲を眺めながら歩くのは、未だ経歴や正体まで不明なロゼッタだ。
「ねぇ、イオちゃん……」
沈黙を破り、ロゼッタは隣を歩くイオにポツリと声を掛けた。
「ん? なぁに、ロゼッタ」
「手を……繋いでもいいかしら?」
にこやかに、普段であればこの瞬間にからかわれるのではないかと警戒する事間違いなしなロゼッタの笑顔がイオに向けられる。だが、今この時においては、何故かその笑顔が儚く見えてイオは戸惑いながらも応対した。
「い、良いけど……変なことしないでよ」
「あら、イオちゃんの中でのお姉さんの評価がどうなってるか気になる発言ね。警戒しないで、ちょっと人恋しくなっちゃったのよ」
「人恋しいって……もしかして恋人でもここにいたの?」
「フフ、当たらずとも遠からずってとこかしらね……」
「え~ホント?」
やはりイオも女の子と言ったところか。まさかロゼッタから色恋話が出てくるとは思わず興味津々な様子で問いかける。
「まぁ私の事は置いておいて……イオちゃん。貴方は素敵なレディの条件って知ってる?」
対するロゼッタはいつもの飄々とした雰囲気を崩さない。サラリと質問を受け流し話題をすり替える姿にはやはり年季を感じさせる……気がする。
質問を流されたイオも、それが当然と言う様に返された質問に頭を捻った。
「素敵なレディの条件? う~ん、強くてカッコよくて綺麗で、身長とかも高くて……ヴィーラなんて正にそんな感じじゃない?」
「あ~そうね。見た目だけなら確かにあの子もそうね……」
僅かな動揺がロゼッタに走った。確かにイオの言うとおりヴィーラは傍目から見れば相当スペックの高い女性だろう。
容姿はもちろん言うまでもなく(たまにヤバい顔有り)、言葉づかい(やや危険な時有り)、物腰(稀にだが剣を振り回す時有り)、更には纏う雰囲気(一部狂気)まで、彼女ほど素敵なレディと言う言葉が似合う女性は珍しい(少し目を瞑れば)。まだ幼く純粋な少女から見ればヴィーラは憧れの対象といっても過言ではない。
だが、ロゼッタはそんなことを言いたいわけではない(もちろん目指してもらいたくもない)。
「でもね、イオちゃん。そんなことより、もっと大事な条件があるの」
「大事な条件……?」
「えぇ。それはね、大切なヒトたちを支えてあげられると言う事」
「支えて、あげられる?」
オウム返しのようにポンポンとイオが言葉を繰り返す。その光景はまるで母親に尋ねる娘の様だ。
ロゼッタは何を伝えたいのか……答えが見えてこないイオがロゼッタの次の言葉を待った。
「イオちゃん。貴方には大切なヒト達を支えられる素敵なレディになって欲しいと、お姉さんは思っているのよ」
「なんで私なのよ……私なんかが支えなくても皆ならきっと」
否定の言葉がイオから挙がった。グランもジータも団長として優秀だし、他の仲間達だって皆芯の通った強さをそれぞれ持っている。皆誰しもがいろんな事情を抱えて生きてきて、この旅で更に色々と経験をした。そんな彼らが支えを必要とするほど弱くは無いだろう。
子供ながらに感覚的にソレを理解していたイオは当然の疑問を投げかけるが、ロゼッタは首を横に振る。
「ううん……彼らはきっと、これから大きな困難に立ち向かうことになる。強大な壁、大いなる宿命。彼らの前には数々の苦難が約束されてしまっている。特にグランとジータ。ルリアちゃんとビィは――そんな時、皆を支えてあげられるのはイオちゃんだけなのよ」
「何でよ? そこまでわかってるならロゼッタが支えてあげればいいじゃない? 子供の私が何かいったところで」
「違うわイオちゃん。貴方が子供だからこそできる事なの。大人になり、成長した彼らでは見えるはずの可能性が見えない。限界を知ってしまっているからこそ、彼らでは絶望的な状況に諦めが先に来てしまう。だからその時は貴方が無鉄砲な位に引っ張ってあげて欲しいの」
「むぅ、何か馬鹿にされてる気がする。まぁ、よくわかんないけど、私が皆を支えてあげればいいんでしょ。わかったわよ。でもロゼッタ……どうして今そんな事を?」
イオの疑問は尽きなかった。ロゼッタの様子はまるでイオに何かを託すような口ぶりである。
普段の飄々としているロゼッタのいつにもまして不自然な真面目っぷりにイオは疑問符を浮かべ続けていた。
「多分私が一緒に居られるのはここまでだから……私にできることは後を託すだけなの。だから、あとはお願いね」
「え? ちょっとロゼッタ、どういう事!?」
「なーいしょ。さ、行きましょう。はぐれちゃうわよ」
「ちょっと、ロゼッタぁ~」
前を行くロゼッタから嫌な気配を感じるも、通常運転に戻った彼女からイオが真意を聞き出せるわけも無く、二人はそのまま静かに仲間達と合流した。
「さぁて、お次は……」
相も変わらずの不思議な……いや、もはや不審な行動をとり続けるロゼッタ。次なるターゲットは……
「ねぇ、グラン、ジータ」
「ん? なんだよ、ロゼッタ」
「どうしたんですか?」
我らが団長の二人の様である。声を掛けられたグランとジータは双子故か、見事に揃った動きでロゼッタへと振り返った。
「ちょ~っとお話があるんだけど…・…」
怪しい。あからさまにご機嫌そうなロゼッタの声はグランに警戒態勢を取らせる。少し前に、己の淡い恋心を暴かれた事を彼は忘れていはいない(半分自滅とも言えそうだが)。
「な、なんだよロゼッタ。この後フリーシアと対峙するんだから気の抜けた事は言わないでくれよ」
警戒態勢のままグランは先手を打つように牽制の言葉で応対した。
「ロゼッタさん、グランとリーシャさんに付いてロゼッタさんの見解を教えてください!」
「おぃ、ジータ!! こんな時に何を言っているんだ!」
哀れグラン。双子の妹に絶賛触れてほしくない部分を掘り返されロゼッタへの牽制は無駄に終わった。
流石は女の子と言ったところか。双子の兄の恋患い等、大好物なネタに違いない。興味津々にキラキラとした瞳を向けるジータは心なしかこれまでで一番楽しそうな顔をしているとグランは感じた。
「フフフ、最近はジータがドンドン手強くなってるようね、お姉さんちょっと楽しみだわっと、そんな話をしたいんじゃなくて……」
いつもの彼女らしからぬ態度。面白おかしくからかい始める事請け合いな流れを断ち切り、ロゼッタは落ち着いた表情で口を開いた。
「私ね、今まで隠していたんだけど貴方達のお父さんを知っているの」
「えぇ!?」
突然の告白に双子の声が重なる。これまで全く素性を明かさなかったロゼッタが、彼らの旅のきっかけともいえるグラン達の父親を知っているというのだから驚かないわけがない。
「フフ、隠していてごめんなさいね。なかなか言い出せなくて……それでね、お父さんから伝言を預かっているのよ。といってもずっと昔の話なんだけどね」
「一体何を?」
「早く教えてください!」
ずいっと顔を近づけ、ロゼッタへと詰め寄る二人。あまりの食いつきに思わずロゼッタは苦笑した。
「ハイハイ、落ち着きなさいな」
二人を窘めると、ロゼッタは深呼吸をしてから二人を見据えた。これから話すことはとても重要な事だと。見つめられた二人は言葉ではなく雰囲気でそれを理解しロゼッタの言葉を待つ。
「貴方達はきっと、これから空と星の狭間で揺れ動くことになる。
多くの壁にぶつかり、多くの危機を迎えることになると思うわ……」
語られるのは二人の今後。
可能性でしかなくともそれが必ず訪れるであろうと思わせる声音でそれは綴られる。
「でも絶対に諦めないで欲しい。貴方達は必ず、より良い未来へたどり着ける。貴方達が諦めない限り、きっとみんなが幸せになれる未来にたどり着ける。これを忘れないで」
締めくくられた言葉は只の根性論とも言える。何が何でも諦めない。言葉にすることは容易く、だがそれを成すとなれば非常に難しい事この上ないだろう。
急に何を言い出すのかとも思うが、ロゼッタが真剣な表情で語った言葉はグランとジータの心に何の抵抗も無く染みていく。まるでそんなことは言われなくてもわかっていると言いたげな自信にあふれる表情でグランとジータはロゼッタを見つめ返した。
「うん、わかった。しっかり心に留めておくよ」
「何を今更と言う感じですが、忘れないように覚えておきます」
「フフ、ホント頼もしいわね。貴方達は彼とそっくりだわ。どこまでも深く、どこまでも大きい空の様に。貴方達の可能性は底が知れない。どうやら大丈夫そうね。さ、行きましょう」
最後に懐かしそうな表情を見せたロゼッタは振り返ることなく先へと歩み始めた。グランとジータにはその背中が少しだけ寂しそうに見えた。
「グラン、私たちは負けられないよ」
「あぁ、ルリアの為にも、オルキスの為にも。そして、黒騎士の為にも……ね」
「うん。まずはオルキスちゃんの奪取。気合い入れて行こう」
「あぁ!」
父親からの大切な言葉をもらった……
元より諦める気など毛頭なかったが、あんな言葉を聞かされては燃えざるを得ない。
より良い未来へたどり着くため。自分達もルリアも、オルキスも黒騎士も皆が笑い合う。そんな未来を手に入れて見せる。
漠然とした願い。だが、確かな衝動に突き動かされて二人は森の奥へ足を踏み出していった。
鬱蒼とした森。それはすなわち足元が薄暗く、足場が悪い上、目の前を植物が遮る。走り抜けるには非常に面倒な道である。
そんな中を一陣の風が通り抜けていく。
立ちふさがる?植物を何の苦も無く切り拓き先頭を走るセルグ。
アルべスの槍に炎を灯して松明代わりに真ん中を走るゼタ。
老兵には少し堪えて来たか、やや息を切らせつつあるオイゲン。
三人共後れを取り戻さんと、正に可能な限りの速さと手法を用いて森を走っていた。
「セルグ、怪我は?」
口を開くことなく淡々と走っていたゼタが前を走るセルグに問いかける。
勢いを落とすことなく、天ノ羽斬を振るいつづけながら走るセルグはいつも通りの頼もしさを見せているが、ゼタの心配は消えなかった。
セルグが受けた傷は相応に大きい。特攻じみた攻撃で受けた傷もそうだがヘクトルの不意打ちによって腹部を貫かれたのだ。普通であれば致命傷に近いだろう傷をポーションによって無理矢理もたせたに過ぎない。
「余計な心配だ。この状況で痛いなんて言ってられるか」
ゼタの心配を切って捨てる様にセルグは即答で答える。表情には出ていないが実際彼自身も快調に走っているとは言い切れなかった。
ゼタの懸念であるヘクトルから受けた傷は別段問題は無い。問題なのは……
「(融合の反動がマズイな。応急用のキュアポーションでは矢の傷は完治しても反動の分は消せなかったか)」
融合の反動。星晶獣達との戦いで深度3まで深めた融合は本来であれば戦闘後に動けなくなる程、強く体に負担を掛けるものだ。彼の不可思議な治癒力が相まってかキュアポーションで快復の兆しは見せたものの、身体に残る反動の鈍痛は消えずにいた。
「余り無理はすんなよ。決して軽傷とは言えない傷だ。いくら薬を飲んだからって」
「そんなことは言ってられないだろう。アイツラは既にフリーシアと対峙しているかもしれないんだ。奴が無策にオレ達をおびき寄せるわけもない……諦めずに森の奥を目指していたと言うことはそこに何か状況を覆せる手があるからだ。とすれば、今度はグラン達が危ない。オレが少し無茶をして間に合うならいくらでも無茶をしてやる」
拳を握り、力の入り具合を確かめるセルグは決然と言い放つ。セルグの決意は固いようで走るペースを落とす気配は無い。
焦ったように走り続けるセルグにゼタは呆れたように待ったを掛けた。
「だからさぁ、なんでアンタはそんなに皆の事を信じてあげないの? グラン達だって強いのはわかってるでしょ。アンタが無茶して護ったところで誰も喜びはしないのに」
「アイツ等が強いのはわかってるさ。オレが無茶するのを望まないのも理解しているつもりだ。でも、それで納得できるほど今のオレは強くなれないんだよ。その場に居られず後悔だけはしたくないんだ」
焦燥を隠しきれないセルグの表情が彼の心情を物語る。何もできないまま失うことを恐れる彼の気持ちは、ゼタとしても理解できないわけではない。だが、それにしてもこうまで弱々しい姿を見せるセルグにゼタは胸中でため息を吐いた。
「(はぁ、重症ね……いや、この場合心の傷って意味で重傷かしら。私が弱かったからって考えると少し罪悪感があるけど、それにしたってちょっと怯えすぎよ。融合の反動だってあるはずなのに平気な顔して無理しちゃって……無理した状態でまともに戦える訳ないのに)」
仲間の心配が先に来て己を省みないのは彼の悪い癖だ。三人で戦った自分達と比べれば、向こうには倍以上の仲間がいる。更には七曜の騎士であるアポロもいることを考えれば、セルグの心配は杞憂だと言わざるを得ない。
「とにかく、少しペースを落として。おじいちゃんなオイゲンにあまり無理をさせるんじゃないわよ。私だって疲労が残ってる。このままいけば私達が足手まといになるわ」
ゼタは焦るセルグを止めるべく、休憩を提案した。このまま進めば疲労をため込んだまま戦闘に入る可能性もある。激戦と言って差し支えない闘いを制した彼らは万全な状態とは程遠いのだ。セルグの焦りを抜きにしても休息は必要なのかもしれない。
「お、ありがてぇな。ちょいとキツくなってきたところだ。悪いが少し落としてくれ」
ゼタの意図を呼んでオイゲンはわざとらしそうにこれ幸いと口にする。少しだけニヤリと笑ったように見えたのはゼタの気のせいではないだろう。
「――すまない。逸ってそこまで気が回らなかった」
「気にしなさんなって。誰も責めちゃいねえよ」
相変わらずの後悔に塗れたような顔をするセルグに気にするなとオイゲンが気休めの言葉をかけるがその効果は薄い。それでも一先ずは落ち着いて休息を取ろうと足を止めるのだった。
「そういえば、こっちで方向は合ってるの? なんも考えずに走っていたけど……」
気を紛らせようと話題を変えるゼタの言葉に先頭を走っていたセルグは沈黙で返す。改めて思案する顔はゼタの脳裏に嫌な予感をよぎらせた。
「――ちょっとセルグ、まさかあてずっぽうで」
「いや、こっちであることは間違いない。この森に入ってからずっと、森の奥に嫌な気配を感じていた。フリーシアが逃げていた方向とも合致するからこれは確かだ」
慌てたように問い詰めるゼタを遮りながらセルグは森の奥へと視線をやる。その表情は先ほどまでの焦りに塗れたものではなく、警戒に警戒を重ねた表情。まるでこの先に何がいるのかが見えているかのようだった。
「感じるって……何アンタ、ルリアちゃんみたいに星晶獣の気配でもわかるようになったの?」
「星晶獣というよりは大きな力を察知できると言った感じだ。魔晶の発動の時も嫌なものを感じた。度合いは全然違うが、この先に同じものを感じている」
「それってつまり……この先にヤバいのがいるってこと?」
「この感覚が正しいならな」
セルグの言葉にゼタもオイゲンも思案する。
感覚……いうなればただの勘でしかないような憶測の域をでない情報だ。だが、フリーシアの奥の手があるはずだと考えればセルグの懸念は現実味を帯びてくる。
森の奥に強大な何かがあってもおかしくないということは容易に想像がついた。
「――わかった。オイゲン、ゴメン。すぐに追いつこう。疲れてるかもしれないけどもう少し走って」
「あいよ。まぁ問題はねえさ。若い連中に心配されるほどまだ老いちゃいねえ」
「頼もしいな。すまんが少し無理をさせる」
「急ぐわよ」
結果、彼らは一度取ろうとした休息を断念。仲間達に大きな危機が迫っているかもしれないと歩みを再開する。
湧き上がる不安に押し潰されないように、彼らは懸命に走り続けるのであった。
彼女にとってそれは最後の希望だった。
失ってしまった過去。消えてしまった未来。
過ぎ去った時間を取り戻す唯一にして最後の希望。
「あぁ、やっと見つけた……」
森の奥。自然の中でひときわ目立つ人工物に囲まれた場所。長い時を感じさせる風化した遺跡の中で、フリーシアの目の前にあるのは異形のモノだった。
生物としての外観をおよそ持っていないソレは生きた兵器とされる星晶獣としては異質の雰囲気を醸し出し、起動していないが故に不気味さを際立たせる。
「人形、貴方の役目は理解していますね? 足止めはマリスを使います。貴方は器の覚醒を促し、起動を行う様に」
「わかった……」
傍らにいる心を失った少女、オルキスを見やるフリーシアの目は先ほどの異形のモノを見るときと真逆に悪意と侮蔑に満ちていた。
「もう少し。もう少しです陛下。この偽りの歴史に歪められた世界を正しき姿へと戻し、貴方様をお救いするまであと……」
オルキスの応答に満足するとフリーシアは再び異形のモノへと視線を戻した。愉悦が混じり始めた彼女の表情は正に狂気に染まっている。これから成すこと。世界に起きる事に想いを馳せる彼女の狂気の姿を、オルキスは何の感慨も無く光を失った瞳で見つめていた。
「フリーシア宰相閣下。例の騎空団の者共が間もなくここにたどり着くと」
傍らに現れた兵士の声にフリーシアは表情を戻す。望みが叶う一歩手前までたどり着いたとしても、それに惑わされることなく彼女は思考を切り替え指示を出すべく口を開いた。
「そうですか、ではマリスの用意を」
「で、ですが、此処にも森にもまだ大勢の仲間が!」
フリーシアの指示に兵士は切羽詰まったように現状を知らせる。仲間の多くがまだ戦っている中、フリーシアの言うマリスが使用されれば仲間達は巻き添えを食うのだろう。
何とか踏みとどまってもらえないかと訴える兵士の声音にフリーシアは苛立ちを募らせた。
「はぁ……だからなんですか?」
「なっ!?」
この後に及んで、今更何を言っているのだと。既に彼女の視線に慈悲や容赦はなく、兵士を見据える目は冷たい怒りに満ちている。
「役目を果たせない、足止めもできない。それで奴らがここにたどり着くと言うのに、使えない者に配慮する必要がありますか? それとも貴方が今から奴らを食い止めるとでも? 役目を全うできないゴミがどうなろうが知ったことではありません」
「宰相閣下!? 我々は!!」
「黙りなさい!! 申し開きなど何も意味を持たないわ! 結果で示せない者に慈悲など在るわけがない。不服なら、結果で示せ!!」
兵士の抗議の声を遮りフリーシアは怒りを爆発させる。多くの兵士を用意し多くの魔晶を用意した。全ては只の一騎空団にすぎない彼らの実力を見誤らずに用意した戦力のはずだった。彼らの妨害を防ぎ己が目的を滞りなく進める為に用意したはずだった。
だが現実は想定を覆し、彼らは難なく兵士達を退けもうすぐここにやってくる。
余裕を無くした状況をつくったのは目の前にいる凡愚共に他ならないとフリーシアは断じた。
「クッ……仰せのままに」
「フンッ、もう遅いのよ……何もかも」
兵士へと向けていた視線をその背後へと向けたフリーシアはつまらなそうな声で吐き捨てる。それは失望に染まった声でありながら狂喜に満ちた表情で絞り出された心の声。
向けられた視線の先には……
「フリーシア!! 人形を返してもらうぞ!!」
とうとうたどり着いたグラン達の姿があった。
その瞳に決意の光を宿し、フリーシアを見据える彼らは既に臨戦態勢。
いつでも動き出せそうな気配を見せて彼らはオルキス奪還の為にフリーシアと対峙した。
「全く……待ちくたびれましたよ」
フリーシアがニタリと嗤う。冷静に、昂る感情を出さないよう努めて。できる限り落ち着いた声をひねり出す。
「随分遅かったですね。こちらは当に準備を終えていましたが」
その言葉は恐らく、吠えるアポロに向けた言葉ではないだろう。
永らく望んでいたピースがこの場に揃い、後は仕上げをするだけ。それで彼女の願いは叶う。
「フン、這う這うの体で逃げた奴が良く言う」
「戦略的撤退というのを最高顧問様はご存じないようですね。まぁ賢しい小娘には恐らく理解できないでしょうが」
「戦略的撤退だと? 何を企んでいるかは知らんがここまで追い詰めた以上貴様に勝ち目はない。大人しく人形を……」
アポロの言葉が止まる。怪訝そうに見つめる視線の先には俯き、肩を震わすフリーシアの姿。何かを堪える様に、小刻みに震えるその姿は不気味の一言に尽きた。
「――クッフフ……フフフ……ハハハ……アッハッハ!!」
「貴様……何がおかしい!?」
「追い詰めたですか……誰が? 誰に?」
我慢できず、心底楽しそうにフリーシアは嗤う。相手をだまし、良い様に動かすことは至上の喜びと言ったところか。目の前の小娘が勝ち誇ったような言葉を吐き、己の思惑通りに動いてくれたことは愉悦を浮かべるに十分なほど滑稽であった。
「勘違いも甚だしい! 貴方達はまんまとここにおびき寄せられたのですよ。この人形を餌にね!!」
「何? 一体何をいって」
「わからない様ですから教えて差し上げましょう。私の目的はここに、この場所に人形とルリア。その両方が揃う事。全ての準備は整いました……あとは起動するだけです。 星晶獣”アーカーシャ”をね」
勝ち誇った笑みを隠すことなくフリーシアは声高々に告げる。これから彼女が手に入れる恐るべきモノの名前を。
「アーカーシャ……だと」
アポロの顔が驚愕に染まる。余りにも突然の事態に思考が追い付かず言葉を発せないでいた。
「黒騎士、何か知っているのか?」
「もはや噂やおとぎ話レベルの話だ。星晶獣アーカーシャ。覇空戦争末期につくられた星の民の最終兵器。大戦での敗北を恐れた星の民が作った最後の砦だ」
「一体それが何だってんだよ。そいつが一体どんな能力を持ってるってんだ?」
「アーカーシャの能力は……歴史への介入。過去、現在、未来の歴史を塗り替える正に究極の兵器だ」
星晶獣アーカーシャ。アポロの言う様に覇空戦争に於いて大戦の敗北を恐れた星の民が最後につくり出した究極兵器である。時間すらも超越した世界への干渉能力。それはこれまで辿られた歴史の全てを無に帰すことのできる、正に最後の切り札。
実際に使われた形跡はなく覇空戦争は空の民の勝利に終わっている以上、アーカーシャの存在はおとぎ話、作り話の域を出なかった。
余りにも現実味のない能力にグラン達は驚くことしかできない。
「バカな!? そんなのはもはや世界を創りかえる事と同義ではないか。創世神の所業だぞ!!」
「私も眉唾だと思っていた。そんな存在はあり得ないと。だが……」
アポロが見据えるフリーシアの表情は嘘を言っているようには見えない。己の勝利を確信しグラン達を見下すように見るフリーシアの表情はそれが事実なのだと物語っていた。
「その通り。忌々しくも星の民の技術はそれをつくり出していたのです。世界を創りかえる事の出来る存在をね。この世界に於いて唯一の汚点である星の民の、唯一の贈り物ですよ。私はアーカーシャを使い、この空の世界に残された穢れた星の歴史を消し去るのです!!」
天を仰ぎ拳を握るフリーシアの姿はまるでおとぎ話の舞台を演じる役者の様だ。そう、彼女が主役で世界をその手に収める様に……
「そんな……黒騎士さん。アーカーシャが起動したらどうなっちゃうんですか?」
「私にだってわからん。だが、今ある世界が消えてなくなるのは間違いない。過去を変えるとはすなわち、それによって生まれた世界が消える事を意味する。星の民の襲来が無い、別の歴史をたどった世界が生まれ、今ある世界は無くなるのだろう……」
不安そうなルリアの問いにアポロは起こり得る結末を予測する。
変えられる事象は世界の歴史に大きな影響を及ぼした星の民に関する事。であるならその変化は現行世界の崩壊につながることは間違いないだろう。覇空戦争も無ければ星晶獣もいない世界。もはや全く違う世界になることは明白だ。
「歴史への反逆……セルグが言っていた話の意味はこれか。確かに反逆だな」
セルグの言葉を思い出したグランが納得した様に呟いた。
ガロンゾでセルグが聞いたフリーシアの目的、歴史への反逆とはよく言ったものだと。
世界がたどった長い歴史を改竄するなどカタリナの言う様に世界を作った創世神の所業なのだ。
彼女の目的は世界を作った神への反逆ととってもいいかもしれない。
「これまでの歴史を覆す。言いえて妙とはこの事です。ですが……」
「それを私達がさせるとでもお思いですか? 宰相さんの計画は随分と浅はかなのですね」
リーシャが、ヴィーラが前に進みでて、フリーシアへと剣を向けた。
フリーシアの狙いを聞いた以上それを易々とさせるわけにはいかない。ここに集う者達は一様に頷き各々武器を取る。
「その通りだぜ!! オイラ達がそんなこと許すとでも思ってんのかぁ!!」
「フフフ、ここに来た時点でその結末は変わりませんよ。切り札はこちらにもあるのですからね!!」
だが、フリーシアの余裕の表情は覆らない。それもそのはず。彼らが立ちはだかることはわかっていたし、絶対的な手段を持ち合わせているのだから。
グラン達に見せつける様にフリーシアは懐からある物を取り出す。
「魔晶か……その程度で今更」
「フッ、精々足掻いてください。絶望を浮かべながらその目で世界が変わる姿を眺めると良い……」
口元を笑みで歪め、フリーシアは呼び出す。アーカーシャと共に彼女の自信の元となる絶対的なチカラを」
「目覚めよ、摂理を歪められし偉大なる創世樹よ。今ここに顕現し、星の理、無情の摂理を以て、我が敵を滅ぼせ!!」
フリーシアの持つ魔晶が黒く輝くと地面が躍動した。周囲のそこかしこから木の根が現れグルグルとグラン達の目の前で収束していく。木々が混ざり合う様に形を作っていき絡み合う根はまるで龍の咢の様な形を成して口を開いた。
膨れ上がる気配と力がグラン達の肌をビリビリと刺激し、それがこれまで出くわしたどんな敵よりも強大だと悟らせる。
その中心。木々が融合した塊のような中に淡く緑に光る星晶の明かりが灯っていた。そこにいたのは嘗てここを訪れたグラン達が戦った存在。
ルーマシーに宿る大星晶獣ユグドラシルがボロボロに変わり果てて木々に捕らえられた姿だった。
「こんな……こんなひどい事……」
星晶獣の気配を感じられるが故に、ルリアには目の前の星晶獣ユグドラシルがどんな状態か理解できてしまう。
帝国兵士、ポンメルン。彼らは魔晶によって大きな力を得た代償として反動でその身に負荷がかかっていた。兵士達の中には死者も出たと言う。
ならば目の前にいる星晶獣はどうか。悲鳴を上げず、痛みを訴えない星晶獣であるユグドラシルにはヒトでは耐え切れない程大きな魔晶の力を注がれていた。
その結果生まれたのは魔晶兵士等比較にするのもおこがましい程あり得ないチカラを内包した壊れかけた星晶獣。
「行きなさい! ”ユグドラシル・マリス”!!」
音の無い悲鳴を上げながら、グラン達の目の前に魔晶に支配された大星晶獣が顕現した。
如何でしたでしょうか。
色々と必要な会話を入れようとして不自然な流れができてる気がしないでもないです、、、
ここら辺は実力不足という感じですね。
最近は地の文をしっかり入れて心理描写を加えられるように意識しております。
元々は練習のための小説だったので書いていく上で作者の成長に繋がるようにと考えております。
でも高い評価をいただいておりますのでクオリティは上げて提供したい。
と、色々と自分のために迷走することが多い作者ですがこれからもお付き合いいただきたいです。
それでは。お楽しみ頂けたら幸いです