granblue fantasy その手が守るもの   作:水玉模様

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THE・戦闘回
シナリオ?残念ながら進みません。ごめんなさい

色々とテイストが変わっているのではないかと思われます。
地の文が多くなり描写を細かくしている(はずです)のでどうぞ情景を思い浮かべて読んでいただきたいです。

それでは、お楽しみください


メインシナリオ 第23幕

 ルーマシー群島

 本来であれば自然がもたらす静かなざわめきしかないこのルーマシー群島の森では、木々の下は大抵の場合薄暗い。鬱蒼とした木々の葉が日の光を遮り地面まで届かないからだ。

 だが、そんな森の一角で少しだけ明るさを醸し出す場所があった。

 

 炎の力が、光の力が、大地の力が飛び交うそこは正に戦場。ざわめきを吹き飛ばし、轟音に塗れた。ヒトと星晶獣が織りなす激しい戦場であった。

 

 

 

「うぉおおらぁあああ!!」

 

 獣の咆哮の如く。ゼタの気合いの声と共にアルべスの槍が唸る。

 ガツンと盛大に、音と衝撃をまき散らしながらぶつかり合うのは槍と大剣。それを握るはゼタとギルガメッシュだ。

 膂力の違いも重さの差も、ものともせずにぶつかり合えるのは、その差を補って余りある程にアルべスの槍の力が高まっているからなのだろう。

 ギルガメッシュの大剣を受け止めきったゼタは後方を気にして声を張り上げた。

 

「オイゲンっ! セルグは!?」

 

「バカ野郎っ!! よそ見すんじゃねえ!!」

 

 沈黙の一途を辿っているセルグを気にした問いかけに対し怒声を返されてゼタは慌てて振り返った。視界に入るのはギルガメッシュの背後より飛来した光を帯びた矢。己に向かい飛んできたそれにゼタは寸でのところで回避を選択。大きな跳躍でギルガメッシュの頭上を取り回避行動からそのまま攻撃に移る。

 

「オイゲン! 撃ち落として!」

 

「おうよっ!」

 

 ゼタの声にオイゲンはすぐさま反応した。具体的な内容は無くてもこの場に於いてゼタの言葉に疑問を抱くほど彼の培ってきた経験は浅くは無い。

 宙に跳んだゼタを追撃するヘクトルの矢を、オイゲンは悉く撃ち落とした。

 

「お見事!! 行くわよ……プロミネンスダイヴ!!」

 

 空中からの吶喊。炎を纏いしゼタの奥義がギルガメッシュに落ちる。

 当たれば甚大な被害を受けるであろうそれに対し、ギルガメッシュは僅か一歩の動きでゼタの視界から消え失せて回避をした。

 

「はやっ!?」

 

 ゼタが驚愕に目を剥く。僅か一歩の動作だがその速度は恐ろしいまでに早く、恐ろしいまでに滑らかだった。

 判断に戸惑いが無い事が分かるその動きは、身体に染みついた経験から導かれる、思考ではなく反射に近い動きである。

 今度はゼタが窮地に追い込まれた。成すすべなく地上に降り立つだけとなったゼタの目の前には数を多大に増やした光の矢。オイゲンに撃ち落とされたことでヘクトルも攻撃方法を変え、狙い澄ました一矢から防ぎきれない面制圧へと変えてくる。

 

「ゼタ!!」

 

 オイゲンの切迫した声が挙がるが窮地の最中にいるはずのゼタはまだ落ち着いた思考の中にいた。

 面制圧なら自分にだってある。不発になった奥義の分も乗せてきっちり返してやろうと……

 そんなゼタの思考をくみ取るようにアルべスの槍が火柱を上げた。大きな炎の弧を描きながら振るわれた槍が放つのは彼女のもう一つの技。

 

「サウザンドフレイム!!」

 

 高まったチカラは迫りくる全ての脅威を灰燼と帰す灼炎の壁となった。

 

 

「くっそぅ……防いでるだけで手一杯って感じね。セルグがお荷物になるとは思わなかったわ」

 

 一先ずの膠着状態に入りゼタは一人毒吐く。

 不意打ちの一撃に腹部を貫かれ木に張りつけられたセルグは、オイゲンの応急措置も有り止血はしてあるものの、現在意識を失っていた。

 背後で眠る彼を護るため、ゼタとオイゲンは必然的に防戦を強いられることになったのだが相手は強大な星晶獣。

 ギルガメッシュは俊敏な癖に力も桁違いの完璧な戦士。背後のヘクトルはきっちりと隙を狙ってくる丁寧な狙撃主と言えよう。

 間断なく攻める事の出来る二体の星晶獣を相手に、ゼタとオイゲンはギリギリの防戦をしていた。

 

 

「それで、オイゲン。 セルグは?」

 

 不機嫌さを隠そうともしないでゼタはオイゲンに問いかける。あからさまに不機嫌な態度を見せるゼタの胸中は大荒れだった。

 不意打ちとは言え強気な発言の直後に攻撃をもらって気絶してしまったセルグ。三人ともその不意打ちに対処できなかったのだからこの状況は致し方ないと言えば致し方ないが、それでも彼が起きていたならこの状況は覆せるだろうとゼタは思っていた。だが同時にそれは今の自分ではどうしようもないのだと認める事にもなるのだ。

 現実として防戦一方となっている現状にゼタは歯噛みする。

 

「止血は済んだ。衝撃で気絶しちゃいるが、応急用のキュアポーションも飲ませた。とりあえずは大丈夫だと思うが……」

 

「さっさと起きてくれないと厳しいわね。このままじゃいずれ追い詰められる。お荷物背負って撤退なんて不可能だろうし、あの星晶獣達を倒し切るのもキツイ…・・となるとセルグに起きてもらうしかないんだけど」

 

 ゼタが視線を向けた先には瞳を閉じたまま静かに横たわるセルグの姿。

 何故だろうか? その姿に妙に苛立ちが募った。散々煽っておいてあっさりとやられた事も、やられたセルグを庇って不利な防戦を強いられていることもやたらと癇に障った。

 仕方のないことだとは思いつつも、この応急処置を施された腹部を蹴りつけたら痛みで飛び上がらないかなどと、危険な思考がゼタの脳の大半を占めて来る。湧き上がる危険思想をなんとか振り払いゼタは再度、星晶獣達を見据えた。

 

「仕方ないからこのまま防戦かな。オイゲン、一発だけ気付けに殴ってみてよ」

 

「お、おいゼタ。気持ちはわからんでもないが怪我をしているセルグにそりゃあ……」

 

「大丈夫よ。殺しても死なないような奴代表だし……さっさと起きてもらってこの窮地を切り抜けなきゃいけないんだから。多少の無茶は、ね」

 

 冗談か本気か分かりにくい笑い方で笑いながらゼタは槍を握りなおす。見ればギルガメッシュもヘクトルも新たに動き出す気配は無かった。

 召喚した男によって行動を掌握されているのか……ゼタとオイゲンには定かではない事だがこちらの様子を伺ってくれていたのは正直助かったとゼタは思う。

 ギリギリの攻防は神経をすり減らす。一息つけるとは大きな休息を意味するのだ。

 彼らの実力を計ろうとする謎の男の目論見通りだとしても、この休息は大きい。

 

「さぁて、いつでもいいわよ。かかってきなさい!!」

 

 高らかに吠えるゼタの声に応えるように、再び目の前の星晶獣達が動き出した。

 

 

 沈黙を保っていたギルガメッシュが駆け出す。圧倒的な早さで巨体が迫りくるのはヒトとして嫌が応にも恐怖を湧き起こす光景ではあるが、それを抑え込んでゼタも応じる様に接近。踏み込みから横なぎに来た大剣を膝をまげて前に踏み出しながらも回避すると、そのままギルガメッシュの股下を通り抜け、彼女はアルべスの槍に炎を灯す。

 

「倒れとけぇええ!!」

 

 振り向きながらの横なぎの一閃はアルべスの槍の先端でギルガメッシュの膝裏を深く切り裂いた。

 身体を支える両足の関節部を薙ぎ払われたギルガメッシュが両の膝を折り地面に付けた瞬間。

 

「ディアルテ・カノーネ!!」

 

 ギルガメッシュの視界が弾ける。撃たれたのはオイゲンの渾身の一撃。直撃したのはギルガメッシュの頭部。

 粉砕とはいかないまでも、多大なダメージを与え、爆煙で視界を奪った。

 

「やった!!」

 

 ゼタは思わず感嘆の声を上げる。脚を断ったからには機動力は下がり脅威ではなくなる。あとはギルガメッシュにも気を配りながらヘクトルと対峙していればまだ戦える。にわかに希望が見えてきたゼタはその瞬間、確かに隙を見せてしまう。

 

「ゼタ!! 避けろ!!」

 

 オイゲンの声と共にゾクリと身の毛がよだつ殺気をゼタは感じ取る。だが感じ取った瞬間にはもう遅かった。ゼタはギルガメッシュの巨大な腕に捕らえられてしまう。

 ゼタが挙げた感嘆の声に反応しギルガメッシュはゼタの居場所を察知。すぐ近くにいたゼタを握りつぶさんとその腕で捕らえたのだ。

 

「くっそ!! このっ、離しなさい!!」

 

 幸いにも自由な腕でアルべスの槍を突きたてるが力の入らない動きでは大した傷など付かない。ましてや痛覚の無い星晶獣は痛みに驚くことも無い。ゼタが逃れられる術は皆無であった。

 

 ギルガメッシュの力で徐々に締め付けられていく感覚にゼタはその表情を苦悶に歪めていく。

 

「あ、かっ……ぐっ、うぅ」

 

 見る見るうちにゼタは槍を手放した。それはもう槍を握っている事すらできない程にその身の自由を奪われた証。圧迫されていく身体はその力を失いつつあった。

 

「(あ、これ……本当に死んじゃうかも)」

 

 内臓が押し上げられ、肺が圧迫され骨が軋んでいく。

 口が回らず呼吸すら出来ない程に締め付けられたゼタは徐々に視界がぼやけていくのを感じた。

 

「(ハハ、割とあっけないものね……このアタシがこんなところで逝っちゃうなんて。アイリスになんて言おうかしら)」

 

 現実味の無い気の抜けた思考が回り、視界が徐々に暗くなっていた。意識が途切れかけ、虚ろとなった瞳は最後に大切な仲間達へ向けられた。

 オイゲンが必死にゼタを救おうと腕を撃ち抜いているのが見える。だが老練たる戦士のオイゲンではいくら振り絞ろうともその火力はギルガメッシュの脅威にはならずにゼタを救うことができない。

 その視界の先……横たわっているはずの彼が立ち上がっているのを目にする。

 

「(あれ? なんだ起きてるじゃない……全く、ラビ島でもそうだったけど遅いのよ……バカ…セ……ルグ)」

 

 閉じてく視界の中で、ゼタが最後に見たのは眩い光に覆われた世界だった……

 

 

 

 目が覚めた瞬間、セルグは状況を即座に理解する。

 剛腕に握りしめられて虚ろな瞳を向けるゼタ。

 それを視界に入れた瞬間、他の全ての思考を置き去りにしてセルグは最速で動き出す。

 握りしめていた天ノ羽斬にチカラを伝達。極光纏いしその刀は瞬く間にその範囲を広げギルガメッシュの無防備な腕を断ち切るべく巨大な斬撃を放った。

 

「うあぁああああ!!」

 

 恐怖に塗れた彼の怒りの声と共に。

 

 巨大な斬撃は見事にギルガメッシュの腕を断ち切る。腕を失いゼタを手放したギルガメッシュには目もくれず、セルグは空中でゼタを抱えオイゲンの元へと降り立った。

 

「ゼタ!? しっかりしろっ! 頼む、目を開けてくれ!!」

 

 焦燥に駆られた表情と声は、普段の彼からは想像できない。必死にゼタを揺するセルグにオイゲンは慌てて待ったを掛ける。

 

「おい、どうしたんだセルグ。落ち着け!! お前らしくもねぇ――――おし、脈もあるし正常に呼吸もしている。一先ずは無事だ」

 

「そうか……よかった……」

 

 無事の報を聞き安堵した様に俯くセルグだが、その表情は険しい。仲間の危機に怒りを見せるのはいつもの彼らしいが、今のセルグはどうにも不安が拭えない危険な雰囲気を纏っている。

 

「オイゲン……ゼタを任せたぞ」

 

 ユラリと立ち上がるとセルグは星晶獣達へと歩みを進める。

 みればギルガメッシュが脚を立たせており、この一時を経てわずかながら回復を施したことが伺える。

 だが、再び二体の星晶獣が戦いの姿勢を取るのを目にしても、セルグは変わらぬ速度で歩み続けた。

 射程圏内に捉えたのか、動き出したヘクトルが瞬時にセルグを捉える。立て続けに放たれたのは三本の矢。

 光の力を纏いし矢が迫るも、それをセルグは危なげなく斬り払った。

 

「何をしているんだオレは……」

 

 小さく呟かれるのは冷たい声音に乗せられた、後悔の声。

 

 不意を突かれた? 暗くて相手の姿が見えなかった? 

 どんな言い訳を並べようと今の彼は自戒しかできなかった。

 相手が一体だと思い込んだ……無様にも意識を飛ばし仲間を窮地に立たせていた……嫌でも募るのは己の無力感のみ。

 震える喉が震える声を絞り出し、彼は己への怨差の声を吐き出す。

 

「何度繰り返すつもりだ……」

 

 ガロンゾでも、アマルティアでも、ラビ島でも。仲間の窮地に自分はその場に立っていなかった。

 チカラを持ちながら肝心な時に無力な自分は一体何の為に仲間でいるのだと。

 

 ”君を守ると誓おう”

 

 嘗ての己の言葉を思い出す。軽々しく誓い等とよくも言えたもんだ。

 生気を失ったゼタの表情が嘗ての彼女(アイリス)の顔と重なった……

 

 ”護ってくれるって言ったのに……どうして護ってくれないの”

 

 幻聴の言葉は二人の声が重なって聞こえ、セルグの心を締め付ける。

 

「失うものか……二度と、奪われてたまるか」

 

 後悔から決意へ……いや、もはやこれは呪縛と言っていい。

 一度失い、今また失いかけたセルグの心に宿るは護らなければならないという呪い。

 

「だから……チカラを貸せ!! ヴェリウス!!」

 

 呼びつけるのは、グランサイファーの甲板で語って以来、姿を見せずにいたヴェリウス。

 ザンクティンゼルより戻ったヴェリウスとすぐさま融合し、セルグは深度3まで移行する。

 翼を生やし準備を終えたセルグは、その場から飛び出した。

 

 地面を踏み抜き、翔び出した彼はギルガメッシュとの距離を瞬時に詰め、そのまま首を落とす。

 反応ができなかったわけではない。ギルガメッシュとて歴戦の戦士である以上セルグの動きが早すぎるなんてことは無かった。まともに戦えば本来、時間のかかる相手のはずである。

 だが、地面を踏み抜いたと思えば真っ直ぐ眼前まで翔んでくるのは想定外であったのだろう。

 ゼタ達との戦いを経て足元へと意識を向け続けていたギルガメッシュは、地面を走るのではなく宙を翔ぶヒト非ざる動きに不意を突かれてあっけなく絶命した。

 ギルガメッシュが事切れるのを認識してすぐさまヘクトルが応戦に入る。接近を許すまいと放たれたのはゼタの時を超える量の、正に光矢の弾幕。

 避ければ後方の仲間にも被害が及ぶそれを目にした瞬間にセルグは次なる行動に入る。

 

「絶刀招来……」

 

 地面に降り立ったセルグは抜き放っていた天ノ羽斬を納刀。極限まで高められた光の力を鞘へと納める。解放される場を求めるように高まる力が鞘のなかで鳴動し、セルグは光矢の弾幕を見据えた。

 

「天ノ羽斬!!」

 

 抜刀と共に放たれるのはギルガメッシュの腕を断ち切った時よりも大きな斬撃。範囲を広げ拡散するように放たれた光は光矢の全てを呑みこんだ。

 

 相殺して生まれた光が消え入る前にセルグは再度飛翔。仲間達を背後に置かないようヘクトルの頭上を取るとそのまま急降下して接近していく。

 対するヘクトルは狙い澄ました矢を立てつづけに放ってセルグの接近を食い止めるべく動いた。

 狙い澄ましているにも関わらず、セルグの目の前に展開されるのは恐ろしい早さで次々と放たれる光矢の群。先程の弾幕とは比べるべくもないが、それでもこれは弾幕と言っていい攻撃の数である。

 だが、セルグはそこに臆せず飛び込んだ。翼の微妙な動きで姿勢を制御し、身体の末端まで神経を張り巡らせ僅かな動きで矢を回避していく。

 頬を掠る。翼が撃ち抜かれる。肩に矢が突き刺さる。いくら見切ろうと避けきれない矢がある中で、セルグは徐々にその勢いを落としていった。

 

 

 

 ”護ってもらう必要なんかないわよ!?”

 

 脳裏に誓いをした日の言葉がよぎる

 

「そうだな……護ってもらったのはオレだった」

 

 ”彼女を護ってあげてね”

 

 約束の言葉を思い出す。

 

「あぁ、今度こそ必ず。だから……」

 

 既にヘクトルは目の前。だが、ヘクトルの勢いは止まらない。更に増えた矢がセルグを一気に押し返そう飛来する。

 腕に、脚に、身体に、徐々に矢の数を増やしながらセルグは前だけを見続けた。呪いという名の決意を胸に抱き、その手に握る天ノ羽斬りにチカラを注ぐ。

 そして……

 

「負けられるかぁああああ!!」

 

 矢の奔流を凌ぎ切り、セルグは肩から足まで、ヘクトルの身体を大きく断ち切った。

 

 

 

「ハァ……ハァ……」

 

 息も絶え絶えなセルグがズブリと身体のあちこちに刺さった矢を抜き、ポーチから応急用のポーションを取り出して飲み干した。

 以前は入手が割と困難だったこの素晴らしき妙薬も、今ではそれなりに手に入りやすい。多少値は張るが、少量ずつ小分けして常に携帯しておいて良い位、騎空士にとっては必需品に近いだろう。

 身体の傷を癒しながら、セルグはもう動けないヘクトルの首を断ち切り、沈黙を保っていた元凶の男へと向き直った。

 

「片付けたぞ、クソ野郎。次はお前だ」

 

 後悔に塗れながらも、セルグは男に怒りの視線を向ける。隠れてヘクトルを呼んでいた事。それによりゼタが生死の境をさまよった事。

 無力な己だけでなく、目の前の男に対しても怒りを抱くには十分であった。

 

「ふぅ~ん。凄いね君たち。まさかこんな簡単に倒されるとは思ってなかったよ。誰か一人は死ぬと思ったんだけどな~」

 

 対する男は、相変わらず軽い口調で挑発じみた言葉を投げかけてくる。言葉からは予想外に目論見を崩された感があるが、それでも平静な様子はどこかこの状況を楽しんでいるようにも見えた。

 

「なんだと……この」

 

「ギルガメッシュとヘクトルを相手にキミを護り切った彼らも。そして二体の星晶獣を一人で葬るキミも、正直異常だね。彼女が手に負えないわけだ……キミたちはあれかな? 全空征服でもするつもりなのかな?」

 

 男の口調は冗談交じりに問いかける風だが、その目は笑っていない。言い知れぬ不安を呼び起こすその表情にセルグが小さな脅威を感じて男を切り捨てようかと思考を回した。天ノ羽斬を握る手に力が込められ、踏み出そうとした瞬間。

 

「あぁ、無駄無駄。僕を殺すのは不可能だよ。なんせ優秀な番犬が付いてるから……ねぇ、フェンリル」

 

 言葉の終わりと同時にどこからかセルグへ向けて氷の飛礫が放たれる。速さもサイズも明らかに殺す気で放たれたであろう氷塊の群をセルグはあらかじめ察知していたのか、難なく斬り払う。

 攻撃が止み、セルグが視線を向けた先に居たのは一人の少女?の姿だった。

 青よりも紺に近い髪色。なぜか腕を鎖で拘束されているが獣の耳が生えていることからエルーンかとも思われる。見ようによっては可愛らしくも見えるのだが、如何せんその目つきは鋭いの一言に尽きる。セルグを視線だけで殺さんばかりに睨み付けるその姿は確かに主を脅かす者に噛みつく番犬のそれかもしれない。

 

「殺気が見え見えだ。優秀と言う割にはあまり抑えが利かない様だな」

 

「あ~悪いね。そこらへんは逆に抑えを利かせない方がいいと思って」

 

「おい、ロキ!! 危ねぇ真似してんじゃねえぞ。オレがいなきゃ斬られてたかもしれないんだぞ」

 

「も~うるさいな。何のためにフェンリルがいるのさ。僕を守るのが役目だろう」

 

「注意しとかなきゃいけないこっちの身になれよ! それで、こいつ殺っていいのか?」

 

 ギラリと、ロキと呼ばれた件の男の横に並び立ちながら、鎖でつながれた少女はセルグを睨みつける。殺意も殺気も満々な視線は彼女の心を代弁するかのようだ。

 

「氷を放つ……星晶獣か? エルーンじゃないな」

 

「流石にわかるようだね。ご明察……この子は氷の星晶獣フェンリル。僕の大事な番犬だ」

 

 紹介するように手振りを加えて、ロキは傍らのフェンリルを見せつけた。ガルルと正に犬が唸るような声を漏らしながら佇むフェンリルを見てセルグは僅かに笑う。

 

「飼い犬の躾がなっていないな。主にも噛みつきそうじゃないか」

 

「お、痛いところ突いてくるねぇ。僕を想う余り、少々噛みつかれることがあるんだ。まぁそれもフェンリルの愛と思って受け取っているよ」

 

「そ、そんなんじゃねぇ!! オレの役目はお前を守る事だからだ。 んで、殺っていいのか悪いのかどっちなんだよ」

 

 急かすようにフェンリルはロキへと答えを求める。そろそろ噛みついてきそうな雰囲気を見せ始めるフェンリルをみてロキは少しだけため息を吐くと。

 

「今はダメ。多分無理だろうしね。彼だけじゃなく彼らもそれなりに脅威みたいだ……少し対策を練ろうかな。 というわけで、僕を殺したいキミには悪いがここは撤退させてもらうよ。キミ達の実力は良くわかったし……」

 

「ロキ、あぶねぇ!!」

 

 次の瞬間には、セルグの刀を鎖で受け止めるフェンリルの姿があった。

 

「逃がすと思うのか? 星晶獣を操るチカラ。フリーシアと話していたことからも帝国の関係者とわかる。悪いがここで始末させてもらうぞ!!」

 

 セルグの意思に呼応するように天ノ羽斬が光を増す。鎖を断ち切るべく力を込めた瞬間、ロキは冷めた声でセルグに問いかけた。

 

「目の前の事に熱くなるのはよろしくないねぇ。お仲間は良いのかい?」

 

 ロキの言葉でハッとした様に振り返ったセルグが目にしたのは、フェンリルによってオイゲンとゼタのいる場所に氷の雨が降り注ぐ光景。

 

「させるかぁあああ!!」

 

 目の色を変えてセルグはすぐさま反転。光の斬撃を飛ばし氷の雨を迎撃した。

 

「ハァ……ハァ……クソ野郎が」

 

 オイゲンもいた為何とか事なきを得たが、ロキとフェンリルはその隙に姿をくらます。

 

「覚えていろよ……」

 

 図星を突かれた己の弱点から視線を逸らしながら、セルグは吐き捨てる様に悪態をつくのだった。

 

 

 

 

「セルグ……お前さん、無事か?」

 

 セルグが二人の元へと戻ると、オイゲンが心配そうにセルグに問いかけて来る。

 ヘクトルとの戦闘。矢を受けながらもヘクトルを倒したセルグの安否をオイゲンが気遣うが、当のセルグはキュアポーションの効果で傷は消えかけており問題は無さそうであった。

 

「あぁ、ポーションも飲んだしとりあえず大丈夫だ。そんな事よりゼタは……?」

 

 逆にセルグはゼタの安否を気遣う。

 脅威の排除を優先しオイゲンにゼタを任せたが、彼女の容体がどうなのかは、はっきりとしていなかったのだ。

 一抹の不安がセルグの脳裏によぎる中、オイゲンは静かに笑みを浮かべる。

 

「心配しなさんな。圧迫されたことで酸欠状態になって意識を失ってはいるが骨に異常は見られない。恐らく問題は無いだろう」

 

「そうか……良かった。すまなかった、オレのせいで二人が危険な目に」

 

「セルグ、気にすんじゃねえよ。俺もゼタの嬢ちゃんも完全に不意を突かれていた。たまたまお前さんが狙われただけで俺達だって同じ目に会っていたさ。それによ、むしろ俺は嬉しいんだぜ。やられたお前さんを護るなんてことができたんだからな!」

 

 普段は皆を護るために何かと無茶をするセルグ。そんなセルグを護れたとオイゲンは誇らしげであった。

 ガハハと言った感じで愉快豪快に笑うオイゲンは、本心からそう思っていると分かる程快活な笑顔と声をみせ、セルグは呆気にとられる。

 

「オ、オイゲンはそうかもしれないが、ゼタは」

 

「ゼタの嬢ちゃんも一発気付けに殴っとけなんて、笑って言ってたからな。大丈夫だ、誰もお前さんを責めやしねえよ」

 

「し、しかし……」

 

 オイゲンの言葉は在れど、それで納得できるほどセルグの胸中は軽くは無かった。

 無様にも不意を突かれ二人を窮地へと追いやった自分には罵声でもなんでも怒りの声を向けて欲しかった。そうでなければ自分は失敗を繰り返すだろうと。だが、聞こえてくるのは別の怒りの声

 

「あぁ、もう! うっさいセルグ!! 仲間なんだから護るのも護られるのも当たり前でしょう。そんなことでいちいち気にしてるんじゃないわよ!」

 

 なかなか納得の見せないセルグに予想外なところから声が挙がった。みれば目を覚まし体を起こしたゼタがセルグとオイゲンの方へと視線を向けている。

 特に躰に問題は無いのか淀みなく立ち上がったゼタは、セルグを見つめながら歩み寄ってくる。

 

「ゼタ、オレは……」

 

 真剣な表情で歩み寄るゼタに緊張しながらセルグは対峙したが……

 

「――プッ……アッハッハッハ! なによその顔~そんな子供が悪戯したのがバレて叱られてるみたいな顔しちゃってさ」

 

「おい、オレはお前達を」

 

 ふざけたように笑うゼタにセルグの表情が歪むが、ゼタは真剣な表情に戻し再度、言葉を重ねる。

 

「気にするなって言ってるでしょ。これまでだって散々セルグが戦ってきた場面はあるじゃない。ガロンゾでも、アマルティアでも……ラビ島でも私の窮地に駆けつけてくれた。セルグが戦闘中に手を抜かない事は知ってる。今回のは私達だって不意を突かれたんだから仕方のない事よ。むしろ本当に油断して捕まった私の方が申し訳ない位だわ……だから、そんな顔しないでよ」

 

「その通りだぜ、いつまでもウジウジすんな。男らしくねえ」

 

 ゼタの言葉に追従するようにオイゲンもセルグを窘める。二人が己を責めない事は不服でありながら、セルグはどこか救われてもいた。だが、それでも……彼の心は晴れやかにはならなかった。

 暫しの黙考を経て、俯いていたセルグはゆっくりと口を開く。

 

「――あぁ……わかったよ。ありがとう二人とも」

 

 恐らくはまだ納得していないのだろう……その表情に笑みや明るさは無いが一先ずは振り切った様である。

 そんなセルグの胸中を察してゼタはひときわ明るく振舞うのだった。

 

「よし! それじゃ片付いたことだし、ちゃっちゃと追いかけますか!」

 

「あぁ、行くぞセルグ!!」

 

「あぁ、大分時間を食ったな。急ごう」

 

 

 予想外なヘクトルの出現もあり、大いに時間を取られた三人は全速力で森を掛けていく。

 

 その先では既に一つの終わりが始まっていた……

 




如何でしたでしょうか。

以前のアンケにお答えいただきまして過去の文を見返しながら練ってみました。

全体的に描写を増やし読んでて思い浮かべやすい文を書き上げたつもりです。
やりすぎると読み進めるのが億劫になって来そうな気もして微妙なので、どんな塩梅かぜひ感想をお聞かせいただきたいm(_ _)m

それでは。お楽しみ頂けたら幸いです。

四象イベントとケルフェン討滅が来るから次回は開くかもしれません。

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