granblue fantasy その手が守るもの 作:水玉模様
今回は前半少しふざけています。場合によっては会わない人がいるかも。
後半はひどいです。こっちは批判が多そう。
少しだけご注意下さいと前置きしておきます。
あと少し書き方に手を加えています。読みやすく伝わり安くなっていると良いけど
それでは、お楽しみ下さい。
ラビ島を離れ、グラン達はルーマシー群島へと向かった。
目的は帝国宰相フリーシアが連れているはずのエルステ王国王女、オルキスの奪還。
新たな仲間、リーシャを迎えて士気が高まる一行を乗せ、夜を迎えた空の世界をグランサイファーが走る。
そんなグランサイファーの艇内では現在、新団員リーシャの歓迎会の真っ只中…だったはずなのだが。
「ウェーイ! ようこそリーシャちゃん、って激カワッ!?ちょっおいおい~まじかよ。グランダンチョ、また女の子引っ掛けてきたんスか…一体どうやってんのかそのテク、後学の為に教えて下さ」
待機組だったローアインはリーシャを見た瞬間に何かを悟る。
そう、 これは恋する乙女の雰囲気だと(※ただの勘違い)。恐らく原因は他ならぬ我らが団長のグラン、と当たりを付けたローアインは、キャタリナさんとの恋の成功を求めてグランに詰め寄る。
「へぇ…それで、そのテクとやらで一体何をするおつもりなのですか?」
しかしそれを阻む。というよりは、ローアインの恋を許さない修羅が出現する。
「はぅあ!? ヴィ、ヴィーラちゃん…やだなぁ、俺はキャタリナさんには何もしな…」
「なるほど…つまり貴方はお姉さまから別のヒトに乗り換えたと? フ、フフフフフ…一生を捧げる覚悟も無く、その程度の想いでお姉さまに求愛しいたとは…やはりアナタは害虫だったようですね。 そこになおりなさい、今すぐその首落としてあげます!」
狂気の笑みを浮かべ、ヴィーラは腰に差した剣を抜き放つ。
再度述べておくが、今はリーシャの歓迎目的と謳った親睦会の最中である。
「お、落ち着けヴィーラ! 私は何も気にならない、というか君はなぜこの場で剣を持っている!?」
カタリナから当然の疑問が上がった。食事と親睦を目的としたこの一室でなぜ帯剣しているのか。物騒にも程があるだろう。
そんなカタリナの疑問を聞いた瞬間にヴィーラは剣を収め、身をひるがえし、瞬時にカタリナの目の前に移動して手を取った。
「あら、愚問ですわお姉さま。貴方を守るのは不肖、このヴィーラの役目です。いかなる事態にも対処できるよう帯剣しておくのは常でございます。」
「そ、そうなのか? だがな、前から言っているが私は君が言うような立派な人間ではない…。それに、ローアインも大切な仲間だ。君の気持ちは分かってあげたいところだがもうすこし彼に対して優しくだな…」
「お、お、お姉さま!? 何故そのようなお言葉を…まさか、既にあの害虫の毒牙に? こうしてはいられません。すぐに私が、イタッ!?」
ローアインに対して優しさを見せるカタリナの言葉で、ヴィーラの脳裏に最悪(※彼女にとって)の光景がよぎった。 もはやそれを事実と思い込む程に動揺したヴィーラが必死の形相で悪を滅するべく、再び剣を取ろうとする。
勘違いで暴走しようとするヴィーラに、カタリナは怒りを表すため、拳骨という古典的かつ効果の高いお仕置きの手法を取った。
「ヴィーラ! いい加減にしないか。」
「あぅう、でもお姉さまぁ…」
涙目になりながらもヴィーラは引き下がろうとしない。当然だろう…彼女にとって最も大切なヒトが穢された(※事になっている)のだから。
引き下がらないヴィーラの様子に拳骨だけでは足りない様だと、カタリナは思案して一つの決断を下した。
「わかった、もういい…君がそう言うのなら決めた。今度のお茶会は私とローアインでやろう。 君は一人で楽しむといい。」
無情で無慈悲で強力無比の威力を誇るカタリナの言葉にヴィーラの表情が変わる。まるで世界が崩壊する様を目にしたような、信じられないものを見る目でカタリナを凝視したが、当の本人は涼しげに視線を受け流し、ヴィーラに背を向けて歩き出した。
「そんな!? お待ちください、お姉さま~~!!あ~ん待ってくださいお姉さま。ヴィーラを見捨てないで下さあぁい!」
目の前で行われた出来事。渦中であったはずのローアインが一人取り残される。
呆然としながら命の危機が去ったことに安堵するも、彼は一連の流れの中に信じられない言葉を聞いた気がした。
「あ、あれ…。これって…」
「良かったな、ローアイン。なし崩し的にチャンス到来だ。」
肩に手をおかれ、振り返った先には笑顔で親指を立てるセルグの姿。
瞬間、ローアインは意図せず素晴らしいチャンスを得たことを理解する。二人きりのお茶会…しかも恋焦がれる相手との逢瀬ともなればその期待値はリヴァイアサン登りに高まると言うもの。
「マジデぇ?セルグさんマジでぇ? ウェーイ!!テンションあがってきたぁ! エルっち、トモちゃん! 作戦会議だ。何としてもチャンモノしてやんぜ!」
「だっははは! 何言ってんだお前ぇ、あんなのヴィーラちゃんを抑えようとした出まかせに決まってんだろっつーの。」
「え~そうかぁ? キャタリナさん、騎士だし一度言った事は曲げないとおもっけど…」
親愛なる友人の否定と同意を受けながら、ローアインは彼らと自室に戻った。きっとこれから夜を徹しての作戦会議が行われるのだろう。
…再三述べるが、現在はリーシャの歓迎会の真っ最中である。
「あの~グランさん。この騎空団はその…随分、賑やかですね。というかあの人、あんな子供っぽい顔もするんですね…ちょっと意外。」
目の前で行われた、騒がしい出来事にリーシャは開いた口が塞がらずグランへと問いかけた。
ローアイン達だけではない。 ゼタとイオはロゼッタと女の子談義。ラカムとオイゲンはジータをからかいながら酒を飲ませようとしていた。思わず止めに行こうとするのを抑えさらに視線を巡らせると先ほどローアインに希望の言葉を告げたセルグはアポロとしんみり酒を酌み交わし、ルリアがその場を和ませていた。
おかしい…決して不満があるわけではないが、これは私との親睦会を謳ったものではなかったかと。リーシャは目の前の光景に胸中で己へ問いかける。
「ん? 僕らは普段からこんな感じだよ。セルグが来た時もこんな感じだったし。ローアインとカタリナとヴィーラの関係は正にいつも通り。」
「いつも通りに、かなり歪な三角関係なのですか…。」
自らの知らない世界が目の前に繰り広げられていることにリーシャが少しだけ慄いていた。
「あとは最近だと、セルグのせいでうるさいかな…ゼタやジータに追い詰められてる姿を良く見かける。今までジータはあんなに騒がしい奴じゃなかったはずなんだけど、最近は凄く…楽しそうだよ。」
双子の妹が元気で快活に、時折怒りを見せて過ごす姿にグランは穏やかな笑みを見せる。
「グランさんは、余り騒がないのですか?」
「僕は、いつも貧乏くじ…かな。 間に入って仲裁して、何故かわからないけど、どちらにも叩かれたり…。」
「あ~その。大変そうですね。」
リーシャは何故かグランに妙な親近感を感じて苦笑する。グランの表情に、色んな苦労が見えた気がした。
貧乏くじを引かされるあたりは、モニカに振り回される自分と似ているかもしれない…
「察してもらえてなによりかな。リーシャさんは向こうの団ではどうだったの?」
グランの問いにリーシャは幾ばくかの思案をする。
「――そうですね。 私は団長である人が父親なので、幼いころから秩序の騎空団の面々とは一緒におりました。訓練も生活も全部秩序の騎空団の中で、必然的に団員達とは家族のような付き合いでした。
でも、大人になって、モニカさんの下に付いてからは…私は皆と壁を造るようになりましたね。偉大な父の娘として、馴れ合いをやめ団員達を律していかなくてはならないと。誰よりも強くあらねばならないと。 そんな強迫観念の中でとにかく必死に過ごしていました。 そのせいできっと…モニカさんには誰よりも心配をかけたのではと思います。」
神妙な顔で語られた少し長いリーシャの独白にグランは共感する部分があった。
グランの父もいろいろと凄い人だったらしい。 らしいと言うのは、そのほとんどがザンクティンゼルで集落の人たちから聞いただけでしかないからだが、双子のグランとジータでも息子であるグランには、どうしても父親の影が付きまとった。
”やっぱりあの人の息子だねぇ”
この言葉を何度聞いたか。 聞く度にグランの心には小さな劣等感が生まれた。隣には身内贔屓を抜きにしても才色兼備、文武両道を地でいけるジータ。
父親とも、妹とも、比べられる度に必死になっていたグランは、リーシャが他人には思えなかった。
「――あの」
「でも、もう大丈夫です。 私は、大事なものを見つけましたから…セルグさんとモニカさんが教えてくれました。 私には私をちゃんと見てくれる大切な人達がいる。偉大な父の娘ではなく、リーシャ個人として大切にしてくれる仲間がいる。だからもう、父の背中を追うのはやめたんです。」
「へぇ…強いんですね。リーシャさん。」
少しだけ…グランは心に暗いものが落ちた気がした。
彼女は既に大切な事を見つけている。迷わずに先を見据えている。誰かと比べることを辞め、自分を見つめることができているのだと…彼女の強さに心を打たれた。
それに比べて自分はどうだろうか…剣の腕はセルグに適わない、魔法の実力もイオやジータに比べたら足りないし、先を見通す力ならカタリナやロゼッタの方がずっと上だろう。
自分はこの中で、一体どんな役割を持てるのだろう…と、グランは思考の渦に陥っていく。
そんなグランの耳にリーシャの明るい声が届いた。
「フフ、私から見たら貴方の方がずっとすごいですよ。 グランさんはまだ若いのに、こんなに立派に団長としてやってる。 それに戦闘においても相当な実力だと知っていますから。ホント、尊敬しちゃいます。」
裏のないリーシャの素直な称賛にグランの頬が熱くなった。
比較されての称賛ではない。父親も妹も関係無しに向けられた称賛の言葉は否応にも気分が高揚してしまう。
「あ、ハハハ…そんな大した事無いと思うんだけどね。 戦いならセルグの方がずっと上だし、社交性とかでいえばヴィーラなんか凄いよ。ロゼッタは怪しさもあって智謀に長けてそうだし、そもそも操舵できるのはウチではラカムとオイゲンだけ。 僕は多分、切っ掛けに過ぎない。皆が集まる目印になっただけ。凄いのは皆だよ。」
ここにいる皆が凄いだけ。たまたま最初に騎空団として立ち上げたから団長になっただけだと、グランはリーシャの称賛を照れ隠しで否定した。
すると、グランの謙虚な姿勢と言葉にリーシャは一度ポカンと呆けて、後に納得したような顔を見せる。
「なるほど…。モニカさんはきっとこんな気持ちだったんですね。」
ウンウンと一人頷いて、ブツブツとひとしきり呟いたのち、納得したリーシャは人差し指を立て、グランに迫った。
「グランさん! ヒトを繋げると言うのは立派な才能です。貴方やジータさんの人柄があったからこそ、今ここに皆さんがいるのだと私は思います。ヒトを惹きつけるというのは凄いことなんですよ。 全く、貴方が羨ましい…私にはないんだから。」
最後に少しだけ拗ねた様に言い放ったリーシャに不覚にもグランの胸が高鳴る。照れ隠しの頬が更に赤く染まっていた。
「フンっ、つまらん話をしているかと思ったら。 全くもってつまらん悩みを抱えているようだな。」
「黒騎士…」
聞いていたのか、つまらなそうにアポロとセルグが顔を出す。
少しだけ驚いた様子を見せながらグランは、聞かれたくはなかったと少しだけ表情が陰る。
そんなグランを見て、アポロはニヤリと笑うと口を開いた。
「グランだったな、年長者として一ついい言葉を贈ってやる。」
「黒騎士! グランさんはまだ、大人ではないのですからあまり厳しいことは」
絶対に優しい言葉は出てこない。そんな確信をもってリーシャはアポロを止めようとしたが、それはグランに止められる。
「いや、良いよリーシャさん。 黒騎士、是非聞かせてほしい。」
「どうでもいいけど年長者としてって聞くとやたら歳とった様にきこえるのはオレだけだろうかッヘブ!?」
「死んでおけ…」
アポロの背後から何か聞こえたような気がしたが思い違いであろう。 アポロの後ろに何か転がっている気がするが幻覚だろうと、グランはアポロから視線を外さずに言葉を待った。
対するアポロは肩越しに放った拳を戻すとグランの頭に乗せる。
「さて、お前に送る言葉だが。 思い上がるなよ、小僧。」
頭の上に乗せられた手にまさか、撫でてくれるのか? などとそんなバカな考えをもった事をグランは後に後悔する。
<バヂン>
そう、バチンではなくバヂン。表現するならこれほど鈍い音がグランの頭から発せられた。
「いだあああああ!!」
「グランさん!? 大丈夫ですか!? 黒騎士、なんてことを!!」
痛みに絶叫を上げるグランを余所にアポロは聞こえていないかもしれないグランに言葉を紡ぐ。
「お前は一人で何でもできるようになりたいのか? フン、そんなことできるような奴はどの空域を探したって一人もいない。多かれ少なかれ、ヒトはできる事できない事がそれぞれある。 この私ですら、様々なものを利用して最高顧問なんて地位に就いたんだ。お前みたいなガキがなんでもできるようになりたいなどと思うんじゃない。
お前に必要なことは強くなることではない、出来るようになることではない。何でも使いこなせるようになることだ。 まず自己分析をして己ができることを見極めろ。次に仲間の分析をして仲間のできることを見極めろ…それができれば後は使い方次第だ。 どうだ、簡単だろ? 何も全てをお前ができる必要はない。」
アポロの言葉に思わずリーシャもグランも動きを止めた。 理にかなった言葉。リーシャにとっては似たような言葉を最近言われた覚えがある。
何も自分ができる必要は無い…。必要なのは手元にある物を全て使いこなせる力だと、アポロは語った。
真剣にグランの悩みに答えをくれるとは思っていなかった二人は言葉を返せないまま呆けていた。
「流石年長者…亀の功より年の功ッダヴぁ!?」
「死ね…」
又も余計な事をいった愚か者が散る。 アポロより激烈な拳の歓迎を受けた彼は珍しく酔っているのだろうか…どうにも普段よりバカな空気が見える。
拳を受けたセルグが余りの衝撃にフラフラとしたのをみてリーシャが思わず受け止めようと動いた。
鼻を抑えて涙を流すセルグは恐らく前が見えていなかったのだろう…
「セルグさん!?ちょっと黒騎士、いくらなんでもやりすぎです! 大丈夫ですかって、アッ、イヤ!! ちょっとセルグさん、倒れながら私の服を掴まないで、イヤッン!? 貴方って人はぁああああ!!」
受け止めようとしたリーシャにセルグが倒れ込んだ時、様々な偶然が重なった。
色を帯びたかすかな悲鳴がリーシャから漏れ、羞恥に顔が赤く染まり、次いで怒りの形相となったリーシャがセルグを床に叩きつける。
今この場で何が起きたか、ちょっと今のグランには語れなかった。 リーシャによって目の前で行われる凄惨な制裁から目を逸らし、必死に平静を装って記憶に刻まれた素晴らしい光景を振り払いながら、グランはアポロへと向き直る。
「あ、あの。 ありがとう、黒騎士。あとなんだか悪いね、セルグが酷いことを言って…」
「気にするな、そこで折檻されている光景をみればいっそ哀れに見える。 むしろお前が大丈夫か? そんな顔をしてはとばっちりを食うだろう。援軍も来たようだしな…」
「え?」
瞬間的に感じ取った殺気は誰のものか、グランにはすぐに分かった。
振り返った先には、鬼の形相の親愛なる妹ジータと、炎の様に怒り狂うゼタ。
「セ~ル~グさぁ~ん!!」
「セルグ~!ア、アンタ、リーシャになんて事してんのよ!!しかもグランの目の前で! 見なさいグランの顔、今にも鼻血を吹き出しそうじゃない!!」
そう、あの光景を見てしまった、健全な青少年たるグランは顔を真っ赤にしている。
矛先が自分に向いてしまう気配を察知したグランは無我夢中で否定をしようと口を開いた。
「ぜ、ゼタ!? 何を言っているの。大丈夫だ、僕は何も見ていない。いや、見ちゃったけど全然見えてなかったから!」
「なッ!?グラン! 今すぐ忘れなさい! 貴方に、そういうのはまだ早いです…あ~もう! こうなったらオーガになって力尽くで」
「ジータ!? 何言っちゃってるの!? 殴っても簡単に記憶なんて飛ばないよ、落ち着いてくれ! だから僕は見てないって! だぁあ、もうセルグのバカヤロー!!」
本格的に籠手の武器を取りに戻ろうとしたジータと必死に抑えるべく走り出したグランが消えていく。
ゼタは既に倒れ伏してるセルグを捕まえてお仕置きタイムに入ったようだ。 その場に残ったのは顔を真っ赤にして俯くリーシャと、平常通りのアポロ。
「……見られた。うぅ……グランさんに…、恥ずかしい。」
「まぁ…大した胸でもないだろう? 気にするな小娘。」
「なっ!? なんてこと言うんですか! そもそも貴方のせいでしょう!! あぁ、もう! これからどんな顔して会えばいいんですかぁ…」
涙すら流しそうな顔で文句を言い続けるリーシャの姿にいたたまれなくなり、さしものアポロも最後には謝罪の言葉を口にするのだった…
騒がしい歓迎会を終え、夜の帳深い時間に、セルグはグランサイファーの甲板に出ていた。
ヒヤリとした夜風が、腫れに腫れた顔をそっと撫でてくれるのが心地良く、セルグはそのまま甲板に寝そべった。
「お~イテェ…なぁヴェリウス…何故オレはあんな目に会った?」
”…知りたければ教えてやろう。全てはお主の口が悪い。”
「いや、まて。問答無用で殴ってきた黒騎士のせいだとは思わないか? というかアイツ自分が筋肉バカの七曜の騎士だって忘れてるだろう…ゼタやジータのよりも痛みが残ってるぞ。 クソッあとでお父さんに言いつけてやる。」
”…それはむしろ更なる災いを呼ぶと思うが…まぁ、勝手にするがよい。 む? お客さんだぞ。”
ヴェリウスの言葉に、セルグが体を起こして立ち上がった。 少ない星明りではあまり先まで見えず目を凝らしてヴェリウスが言う来訪者を確認する。
「こんな夜更けまで外で何をしているんですか? セルグさん。」
暗闇から顔を出してきたのはリーシャだった。
「…あ~何故ここに? オレとしてはあんなこともあって非常に今、顔を合わせにくいんだが…」
「ッ!? 思い出させないで下さい!! いや、思い出さないで下さい! 全く、貴方のせいで初日から散々です!」
激怒したリーシャが秩序の騎空団の制服の、帽子を全力で投げつけた。 ベシっと音を立ててセルグの顔に当たった帽子は、腫れた顔には大ダメージ。
思わずセルグは呻くことになる。
「す、すまない…不可抗力とはいえ、反省している。」
「不可抗力なものですか。あんなことを言われれば黒騎士だろうと女性、 怒るに決まってるじゃないですか。」
「だから悪かったって。 で、何をしに来たんだ?」
謝りながらも、セルグは要件を聞いた。こんな時間にわざわざ自分の所に来たのだ。何か用があるのは明白だった。
「…一言、お礼を。」
「ん? なんでまた。」
「今日の黒騎士のグランさんへの言葉…アマルティアで貴方に言われた事と非常に似通っていました。 改めて、私は価値のある言葉をもらったと思って…」
しんみりとした声音でリーシャは要件を告げる。 しかし話を聞いたセルグは、あからさまにつまらないといった表情を浮かべながら言葉を返した。
「…下らねえ…そんなどうでもいいことでお礼なんていらねえよ。」
「なっ!? どうでもいいとはなんですか。私は」
「やめとけやめとけ、同じことで何度も礼なんていってたらドンドン卑屈になっていくぞ。 終いにはそいつに逆らえなくなる。言って変わるのは言った奴の気持ちだけだ。言われた側はどうでもいいって思ってるさ。」
まるで追い払う様に手を振ったセルグの様子に、リーシャも少しだけカチンときた。 折角お礼を言いに来たと言うのにまるで聞く気が無いどころか、追い払う仕草まで見せられてはリーシャとしてもそんな気は起きない。
「むぅ…わかりました。確かに卑屈になりそうだし、やめておきます。」
「殊勝な心がけだなっと。それだけか? だったらオレはもう」
「いいえ、まだです。 貴方には聞きたいことがあります。」
先程までとは違う、張りつめた雰囲気を醸し出し、リーシャは再度話を持ち出す。
「…なんだ? まだ何かあるのか。」
リーシャの雰囲気の変化に真剣なものを感じ取ったセルグは、だらけていた空気を消してリーシャに向き直る。
セルグが真面目な空気を纏ったのをみて、リーシャはゆっくりと言葉を選びながら話を切り出した。
「少々今更な気もするのですが…貴方が連れている、そのヴェリウスについてです。 貴方は以前調書を取るときにこう言いました。 ”契約なんてそんな設定に無理があるとは思わないか?”と。 だとしたらそのヴェリウスと貴方の関係は一体なんですか? あの時はきっとまだ信用されていなかったのでしょう。当然と言えば当然です。だから、あの時の言葉が真実ではないとわかります。 …ですが仲間となった今なら、貴方とヴェリウス。そして貴方が関わった事件。その全てをお聞かせ頂けませんか。」
沈黙が二人を覆う。
リーシャの問いかけに、セルグはあからさまに迷いを見せた。 はっきりと断る様子を見せないそれは、セルグの中で巻き起こった迷い。
信頼はしている。 言いふらすようなことはしないだろうし、立場上最も力になってくれるだろうとも。 だが、リーシャだけにと言うのは気が引けた。セルグは幾ばくかの間をおいて、結論を下す。
「――お前だけに、っていうのは不公平だな。 あとでモニカにだけはお前から伝えておいてくれ。」
「それじゃあ――」
セルグの言葉に僅かにリーシャの声音が上がる。 要望を受け入れてもらえたことを信頼の証と取ったのだろう。
そんなリーシャを窘める様にセルグは、声音を真剣なものに変えて語り出す。
「あぁ、全てを語ろう。決して面白い話じゃないからな。 少し…長くなるぞ。」
セルグは語った。 かつての自分のしていたことを。
セルグは語った。 最愛の人がいたことを。
セルグは語った。 全てが終わり、始まった日の事を。
「これが…オレがお前達の言うS級警戒人物となった経緯だ。 聞いての通り、まぎれも無くオレは35人の命を奪った。己の怒りだけにまかせて…更にいえば追手を18人殺している。だが、ザカが言っていたが、それでもオレ自身悪いことをしたと言う意識は低い。 アイツの言う様に恨みつらみの怨差の声をたくさん聴いた。沢山の血を浴びたオレの手には血の匂いが染みついている。それでもオレは、お前達と何の気兼ねも無く仲間で居られている。 今ならばハッキリとわかる。オレは異常だって。」
自嘲と共に締めくくられたセルグの話にリーシャは驚きを隠せなかった。
「そんな事が…でも、貴方の怒りは当然のものだし、それは正直に打ち明けていいものではないのですか!? なぜ無為に罪をかぶるような」
「リーシャ…やめてくれ。今は亡き彼女に、人殺しの理由を押し付ける気はない。 どこまでもオレはオレの意思で殺した。 オレの憎しみのままに殺したんだ。」
多くのヒトを殺した理由を、憎しみの原因を、 最愛の人のせいにしたくは無いと。セルグはどこまでも己の罪だと言い張る。
他者に罪を押し付けないところはヒトとして好感がもてるし、それが正しいヒトの有り方だとリーシャは考えるが、リーシャにはセルグの姿が強情を張る子供にしか見えなかった。 罰せられるべき人が他にちゃんといる。 裁かれるべき人が他にいると言うのに、自らに罪を押し付けようとするセルグの想いは秩序の騎空団の団員として見過ごせなかった。 リーシャはどこまでも反論しようと言葉を投げ続ける。
「またそうやって自分を悪くする…他人には偉そうに卑屈になるなと言っておいて、自分はどうなんですか! 一体いつになれば、貴方は自分を許せるのですか!?」
セルグを大切に想っている人達がここにはたくさんいるというのに、彼にはその想いが届かない。
一体いつまで引きずるつもりだと。もう自分を許して先を見ていいのではと、リーシャはセルグを責めた。
「わかり切ったことを聞くな…死ぬまで、オレは自分を許さない。」
「セルグさん!!」
「あの時、オレが受け入れなければ、彼女は死ななかった。あの時、オレが振り払っていればアイツは今も生きていた…あの時、違和感に気付いていた時に動いていればオレ達はこんなことにはなっていなかった…」
否定しようとするようなリーシャの叫びに、セルグはどこまでも淡々と己の中での事実を告げていく。
「オレといれば、関わっていれば不幸になると知っていたはずなのに…オレは自分の幸せを手放せなくてアイツを巻きこんでしまったんだ。」
先ほどの話では手を掛けたのはセルグではないはずだと言うのに、まるでその手で殺したかのように自らの手を見つめるセルグの姿には、後悔しか浮かんでいない。
「ッ!? 悪いのは彼らでしょう! 貴方はただ」
「やめろ、リーシャ。 こんな議論に意味は無い。オレはきっと何を言われても変わらない。何人殺したって変わらないんだからな。 疑問は解けたか? 解けたならもう寝るんだ。秩序の騎空団ともあろう者が朝寝坊はいただけない。」
とうとう、セルグは会話を放棄した。 リーシャに就寝するように促し、自らは空を眺めその場に立ちすくむ。
まるで、今からグランサイファーを降りて空の奈落に落ちていきそうな、危なげな雰囲気を纏うセルグが、リーシャにはどうしようもなく弱々しく見えた。
「…わかりました。もう寝ます。 ですが、一つだけ言っておきます。」
尊敬するモニカと並び何処か心の中で憧れていた存在だったセルグ。 そんなセルグが見せた余りにも弱々しい一面が、リーシャには許せなかった。 他者には強く優しい言葉を掛けるくせに自分には真逆の言葉を掛け続けるセルグが、歪で偽善的で許せなかった。
だから、彼女は今日この時、決心する。
「…なんだ?」
「私は、貴方が自分を許さない事を許さない! 貴方の背負う罪は、貴方のものではないはずだ! 貴方の贖罪は自分を許さない事では無いはずだ! 必ずその罪の意識を解いてみせる。 首を洗って、待っていてください…」
必ず秩序の騎空団の法の許で真実をさらけ出し、セルグを救って見せると。
強い宣言を残して、リーシャは部屋へと戻った。
その場に残されたセルグは、驚きの顔を浮かべた後、小さく笑う。
「許さない事を許さないか…首を洗って待ってろって、一体どうするつもりなんだ、アイツ。」
”随分厄介なのに目を付けられたようだな…それにしても、お主は本当に面倒な奴だ。”
「ほっとけ…」
リーシャに続き、まだ何か言われるのかと、セルグはうんざりした様にヴェリウスの言葉を聞き流した。
”なぜ本当の事をいわない。本当はもう疲れているのだろう? 我は知っておるぞ。夜な夜なお主がうなされて起きているのを…”
「ん? ああ…それか。ちがう、ヴェリウス。あれは殺した奴の恨みの声じゃない…」
”なに…?”
次の瞬間、星晶獣であるヴェリウスは目の前にいるヒトという存在に恐怖する。
「あれはな…」
感情が消えた笑み。抑揚のない声。 それだけで余りにもヒトから外れた存在に見えた。
まだヒト型を取っているガロンゾのノアの方が、ヒトに近しい存在だと思わせる程に、今のセルグはヒトから隔絶された雰囲気を纏う。
ゆっくりと、セルグは口を開く。一言一言がまるで呪詛の様に…暗く重いチカラを纏ってそれは絞り出される。
「あれはな…オレの罪の意識が創り出した、
もたらされた言葉は、壊れたヒトの悲鳴だった…
”なん…だと…”
「嗤えるだろう。 助けたかった人が助けられなくて、罪の意識からその人に殺される夢を見ている。 早くこっちに来てくれって…だからオレはもう逃げられない。死ぬまでアイツの幻影にうなされる。つくり出しているのはオレ自身だから…」
乾いた笑いが恐怖を増長させる。壊れた声が異質な雰囲気を纏う。
”お主は…お主は、何を…いっておるのだ。 バカモノが! そんな状態になる前に何故言わなかった! そんな素振り見せなかったではないか! ええい、すぐにあの小娘に”
今のセルグを一人にしてはいけないと、ヴェリウスは動こうとするが、セルグはそれを力尽くで抑える。
「やめろって、 言ったところで何も変わらない。それにしんどいのは起きるまでだ。起きてからはオレの身体はなんの影響も無く動いてくれる…つくづく、薄情なカラダさ。アイツが生き返りでもしない限り…誰に相談したところで無駄だ。」
”ッ!? セルグ…決めたぞ、我も許さぬ。”
「何?」
”我とお主は既に唯一無二の友であるはずだ。お主がそうして己を殺そうとするのを我も許さぬ。記録の星晶獣のチカラを以て、必ずお主を救って見せようぞ。”
「ハハ……期待しているよ。」
セルグの姿を見てヴェリウスは己のチカラを呪う。
乾いた笑みが、壊れた声がヴェリウスの記憶にはっきりと記録された。それは嫌でも思い起こされるほどに痛烈なイメージとなって残ってしまう。
誓う相棒を残し、セルグはその場を去って行く。
自室に戻ったリーシャはすぐに手紙を書いた。
送り先は秩序の騎空団の拠点にいるモニカに向けて。
自室へと戻ったセルグを見送ったヴェリウスは、すぐさま空を駆けた。
ザンクティンゼルにいる本体の元へ。
二つの決意が、夜の空に消えていった…
如何でしたでしょうか?
少し感じていた人もいたのではと思うセルグの仲間を守る意識の強さは根底には夢に出てくるアイリスの恐怖があります。
失えばまたその恐怖にかられる、だから必死に守ろうとする。
守れてしまうと沸き上がる怒りはアッサリと身を潜めて報復があっけなく終わってしまいます。彼にとっては守れた事への安堵のほうが強いからですね。
復讐をやめた理由にも少し関わるところになります。
と、こんな感じで補足致しました。
それでは。お楽しみいただけれは幸いです。
感想、お待ちしております。