granblue fantasy その手が守るもの   作:水玉模様

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今回長め。
オリ設定。重たい話。ゼタ姫若干キャラ崩壊があると思います。お気をつけください。


フェイトエピソード 2

フェイトエピソード 「裂光の剣士」

 

 

 

 

ザンクティンゼル 祠前

 

 

 一行は戸惑っていた。先程まで周りを破壊して大暴れしていたセルグが唐突に倒れ動かなくなったからだ。動き出す気配もなく意識を完全に失っているようである。ゼタがセルグを倒した後、応援に駆けつけてきた仲間達も含め状況がつかめずにいた。

 

「何が起きたかはわからないけど、とりあえずは収まったのかな……」

 

 グランがつぶやき、駆けつけてくれた仲間たちにも安堵の顔が見える。

 

「全くなんだってんだ。いきなり爆発が起きたんできてみたらやっこさん大暴れしてやがって。おいグラン、ジータ説明してくれ!」

 

 オイゲンが心底驚いた様子で二人に尋ねる。オイゲンの問いに二人は戦闘の緊張感を残したまま答えていく。

 

「私たちにもわからないんです。動物たちがこの場所から逃げ出すのをみて何かがあると思い、急いできてみたら既にセルグさんはあの状態でした」

 

「あんなのを相手に二人で挑むとは、また無茶をしたもんだな。二人共怪我はないか」

 

 ラカムも周囲の惨状をみて心配混じりに二人の安否を気遣う。

 

「うん、大丈夫。ジータがホーリーセイバーだったからね。なんとか無事に切り抜けられた」

 

 二人が無事な様子に皆が安心して気を緩めている中で、一人ゼタだけは瞳に憎しみの炎を宿し倒れているセルグを見ていた。

 セルグが弾き出したヴェリウスも力を使い果たし動く気配はない。仇を討つには絶好の機会であった。槍を握る手に力が入り震える。

 いまなら誰にも邪魔はされない…そんな思考がゼタの頭をよぎった瞬間に様子を見てたグランが声をかける。

 

「ゼタ、ダメだ。まだ僕達は彼から何も聞いて――」

 

「わかってる、わかってるんだ!! 二人の言うことは! もしかしたらコイツは恨まれるようなことをしていないのかもしれない……その可能性があるってことは!」

 

 ゼタはグランの言葉を遮り叫ぶ。

 ゼタの心に僅かにあった葛藤。昨日のグランとジータの言葉、昨日の出会ったばかりの時のセルグの雰囲気。組織の人間である自分が怒りに任せて攻撃したのをあしらい、窘めてあっさりと艇に返したこと。そのどれもがこれまでにゼタが抱いていたセルグの人物像から食い違っていた。

 だが、それだけで気持ちが変わるほど彼女の想いは弱いものではなかった。

 

「でも、それでも。コイツがあの子を殺したのは事実なんだ! あの事件以来ずっと追い続けていた仇が目の前にいるんだよ……簡単に、抑えられるわけがないじゃないか!」

 

 ゼタの悲痛な感情の吐露が仲間を打つ。大事な親友の仇を探していた彼女の目の前に、その仇がいるのだ。その感情を押し殺して我慢することなど、どんな言葉を並べられようと簡単ではなかった。

 ゼタの溢れる感情を慰める言葉をグランは持ち合わせていなかった。

 

「ゼタさん……」

 

 ジータも同様に、掛ける言葉が見つからないまま遠目からゼタの表情を伺う。

 言葉を失った仲間達の沈黙を破るように意を決したゼタが槍を持つ手を振り被る。泣きそうな表情のままその手はセルグ目掛けて振り下ろされようとした。

 だが、振り下ろされたアルべスの槍はゼタ以外の手によって阻まれる。

 

「ダメだ、ゼタちゃん。どんなことがあろうとヒトを殺すのは良くない」

 

 手を止めたのは駆けつけるのが少し遅れたローアインだった。

 普段からおちゃらけた態度のローアインが止めるとは思わず一瞬あっけにとられたゼタだったが、すぐに怒りをあらわにしローアインを睨みつけた。

 

「何も知らないアンタに何がわかんのよ!! ふざけたこといってると……」

 

「こっちは大真面目だバカヤロウ!! ウチのばっちゃんが言ってたんだよ! どんな時でも亡くなった人が願うのは残された人の幸せだけだってな! だから残された人はその願いを背負って精一杯幸せになる義務があるんだってよ! ゼタちゃん、この男殺して幸せになれんのか? そんな悲しそうな顔で仇を討って幸せになれんのかよ……」

 

 突如、声を荒らげたローアイン。彼に似つかわしくない真摯に相手を想う言葉が飛び出しゼタの心を打つ。気迫と共に放たれた言葉はゼタの気持ちを大きく揺さぶった。親友はゼタが幸せになることを願っているのだと。親友は仇を討つことなど望んではいないのだと。生きていた親友の笑顔を思い出しローアインの言葉に納得してしまうゼタ。

 

「でも、それじゃあ……私のこの怒りはどうすればいいのよ……」

 

 ゼタの声は、もはや消え入るような声だった。親友が仇を討つことを望んでいなくともゼタ自信に募る怒りはどうしようもない。奪われた悲しさは、失った辛さは言葉だけでは納得できるはずもなかった。俯き涙を流すゼタに今度はカタリナが声をかける。

 

「ならば、それをぶつければいい。すべてを聞き、彼が犯した罪が聞いたとおりであるなら、その時は気が済むまでぶつけてやればいいさ。そのときは我々も止めはしない。恐らくだが彼も甘んじて受けると思う。だが今ここで胸にわだかまりを残したまま仇を討っても、君が得られるものはないんじゃないか?」

 

 優しく諭すカタリナの言葉はストンとゼタの心にハマっていく。昨日のセルグの姿はどこか罪を悔いているようにも見えた。ゼタにはカタリナが言うようにセルグが恨みを全て受け止めてくれるようにも思えたのだった。

 

「ゼタ、僕達はまだ彼から話を聞いていない。真実を知るまでその想いは取っておいて欲しい。全てを聞き、それで彼が許せないときは僕たちも協力をするから」

 

「そうです、ここで物言わぬセルグさんを殺しても、ローアインさんの言う通りきっとゼタさんは幸せになれない。ちゃんと全てを聞いて決着をつけましょう」

 

 グランとジータもゼタを諭す。二人の言葉を聞きゼタは力を込めた腕を下ろす。

 静寂がその場を包んだ。表情の読み取れないゼタの心は二つの選択肢の間で揺れ動く。恨みを晴らすか、止まるか……

 しばらく考え込んだゼタは葛藤の末後者を選ぶ。力強く握っていた槍を下ろすと、殺気立った雰囲気が消える。ゼタの瞳にはもう殺意はなかった。

 

「フフ、ホント。この騎空団の人たちには敵わないな。私が暴れるのをこんな簡単に止めちゃって……うん、もう大丈夫。みんな、ありがとう」

 

 憑き物が落ちたようなせいせいとした顔でゼタは笑う。昨日セルグと出会ってから一日しか経っていないがその間、心から笑えていなかったゼタは、もう何年も笑っていなかったような気分になった。その場を包んでいたピリピリした殺気は消えて穏やかな森の空気が戻ってくる。

 

「あの~ところで、このヒトやばくないっすか……さっきから顔色マジっべぇんですけど」

 

 だが、落ち着いたのもつかの間、ローアインが恐る恐る口を開く。口を挟めない雰囲気に遠慮していたが、彼が直面していた事実はとんでもないものだった。

 

「なんだって!?」

 

 ローアインの言葉に皆が急いでセルグに駆け寄る。見ればセルグは青白い顔色で呼吸が弱く、もはや死にかけと行っても過言ではない状態であった。

 一体何が起きた? 皆に疑問が駆け巡るもいち早くカタリナが対応に動く。

 

「ラカム、オイゲン! 彼を艇に。ローアイン、先に戻って手当ができるように部屋とベッドの準備を。それからイオを呼んでおいてくれ」

 

「おうよ!」

「おう!」

「うっす!」

 

 指示を受けた三人が動き出す。ラカムとオイゲンは彼を抱え急ぎ艇へと運び始める。ローアインは既に艇へと向かい見えなくなっていた。

 

「ジータ、僕達は村にいって医者を呼んでこよう。急ぐぞ!」

 

「はい!」

 

 グランとジータも後に続きその場を去っていく。あっという間に動き出した仲間はその場を離れ、残ったのはゼタとヴィーラだった。

 

 

「カタリナはすごいなぁ……。パパっとみんなに指示を出して対処しちゃってさ。ヴィーラからみるとああいうところが慕うポイントなの? 私ももう少し冷静に行動できるようにならないとだね」

 

 普段のゼタに戻ったように明るく話し始めるゼタにヴィーラは訝しげな視線で声をかけた。

 

「やせ我慢もそこまでにしたらどうです。ゼタさん?」

 

「ん、何が? 我慢なんて……」

 

 我慢などしていない。いつも通りだとアピールするゼタにヴィーラは手を伸ばす。表情を隠す前髪を払えばそこには目に溜まる涙が見えた。

 

「好意であれ悪意であれ、今まで強い想いを抱いていた相手が目の前に居るというのに、それを抑えて我慢できるほどヒトは単純ではありません。その想いが強ければ強いほど……。皆さんの手前槍を引いてしまったのでしょう?」

 

 ヴィーラの見透かした発言にゼタの体が強張る。核心をつく言葉は、皆に隠していたゼタの本心を見透かしていた。

 

「お姉さまの言葉や団長さん達の言葉に心揺り動かされたことは間違いないでしょうが、それだけで割り切れるほど、貴方の想いは弱くはなかった。 そしてあの愚か者には、自身が抱いていた友人の後悔と無念の想いを否定されてしまった。苦しくないはずがありません」

 

 ゼタの心の内を読み切るヴィーラの言葉にゼタは観念したように苦笑いをみせた。

 

「あ、アハハ……ホントみんなには敵わないや」

 

 カシャンと無機質な音を立てて、ゼタが手に持っていた槍が落ちる。

 ヴィーラに己の内を見抜かれたゼタは苦笑いもできなくなり、遂には肩を震わせて涙を流し始めた。

 

「くっ、うぅ、うあああああああああ!!」

 

 自身の肩を抱き震えながら声を上げるゼタ。そのあまりにも弱々しく、消えてしまいそうなゼタの姿にヴィーラは思わずゼタを優しく抱きしめる。頭を撫でて安心させようとするヴィーラにゼタは恥も外聞もかなぐり捨てて己の感情を吐き出した。

 

「仇を取ってあげたかった! 恨みを晴らしてやりたかった! あの子の為にって、ずっと……ずっとそう想い続けていたのに! 結局できなかった!! 皆の言葉に、納得してしまったんだ!!」

 

 絞り出されるようなゼタの慟哭が森に響き渡る。まるで大きな過ちを犯したように、自分を責めている姿は、ヴィーラには酷く痛々しく、儚くみえてしまい思わずゼタを優しく抱きしめた。

 

「今は思いっきり泣いて下さい。きっとその涙の分だけ、貴方のご友人は報われるのですから。」

 

 静かな森にゼタの泣き声が響く。いつしかザンクティンゼルには雨が降り始めていた。ゼタの涙も、咽び泣く声も。全てをかき消して洗い流すように……

 

 

 

 

 

 グランサイファーの一室にて真剣な面持ちでセルグの様子を見るのは、グラン達が連れてきたザンクティンゼルの集落にいる医者であった。

 

「ふむ、もう命に別状もないだろう。驚異的な回復力だ。あとは目覚めたらしっかりと栄養を取らせるように。ああ、急な食事は厳禁だ。ゆっくりと体を慣らして養生させてあげなさい」

 

「はい、ありがとうございました」

 

「うん、グラン君にジータちゃん、久しぶりだね。まさか帰ってきて早々に急患を見てくれとウチに来るとは思わなかったよ。しかし応急処置も適切だったのだろう。手遅れにならなくて良かった良かった」

 

 医者も安堵の表情をみせる。グランサイファーに運び込まれたセルグはイオの魔法で応急処置を受けたあとグラン達が呼んできた医者に診てもらい驚異的な回復を見せていた。

 運び込まれた時には恐ろしい程衰弱していたセルグはなんとか一命を取り留めたようである。

 医者が村に戻り、部屋にはグランとジータだけが残る。セルグの様子を見れば死んだように青白かった顔が少し赤みを帯び、生きている証を見せ始めていた。なぜあんな暴走状態だったのか疑問は尽きない二人だったが今はセルグが目覚めるまで待つしかない。

 夕暮れの光が窓から差し込む部屋で二人は交代しながらセルグの様子を見るのだった。

 

 

 日が落ちてから幾らかの時が過ぎ、夜も深くなってきた頃、セルグは目を覚ます。

 

「つ、うう…ここ、は?」

 

 見知らぬ部屋でいつのまにかベッドに寝ていた己の状況にセルグの頭を疑問が駆け巡る。一先ず体を起こし周囲を見回すと、傍らにはヴェリウスが羽をたたんで寝ている(休んでいる)のが見えた。恐らく力を使い果たして休眠状態なのだろう。そう考えヴェリウスに心の中で謝ると扉からジータが入ってくる。

 セルグが起きていることを確認したジータはすぐベッドに駆け寄ってきた。

 

「気がつきましたか、セルグさん! よかった~」

 

 ちょうどジータがグランと交代して部屋に様子を見にきたところだった。セルグの症状が良くなっていることに笑顔を浮かべて安堵するジータ。

 だが、相対するセルグは状況も経緯もわからず困惑していた。説明を求めてジータへと言葉をかける。

 

「ジータ……だったな。ここはどこだ? 私は一体なんでここで寝ていた」

 

「順に説明します。でもちょっとだけ待っててくださいね。いまグランも呼んできますから!」

 

 セルグの問いにそう答えるとすぐに部屋の外へと駆け出しグランを呼びに行くジータ。

 ジータが戻るまで手持ち無沙汰になったセルグは思考を巡らす。自分は一体何をしていたのか。一番新しい記憶を呼び起こす。

 

「ッ!?」

 

 瞬間、怖気が走った。生まれてこの方経験をしたことのない恐怖と苦痛を思い出す。思わず肩を抱き、体を震わせた。隣で休むヴェリウスをみやりながらセルグは冷めた声で呟く。

 

「あれが……ヒトのすることかよ」

 

 落ち着いたセルグの胸中にはドス黒い闇が渦巻いた。表には出てこなくてもいつまでも燻り続けるような根の深い闇が……

 

 

 

「セルグさん。具合はどうですか? ジータから目覚めたと聞きましたが」

 

 グランとジータが部屋に戻ってくる。起き上がったセルグを見てグランは開口一番に具合を尋ねてきた。

 

「ああ、もう大丈夫だ。体中の力が抜けたようでひどく疲れているが、意識ははっきりとしている。どうやら、迷惑をかけたみたいだな……すまなかった」

 

「無理はしないでくださいね。お医者さんが診に来た時には衰弱して死んだような顔をしていたんですか……」

 

 ジータの心配そうな言葉と表情に居心地の悪さを感じるセルグ。記憶違いでなければ二人には命を奪いかねない攻撃を繰り出していたのだ。思わず顔を逸らしながらセルグは尋ねる。

 

「そちらこそ怪我はないか? 私の記憶によると君たちにはかなり激しい攻撃を繰り出していたと思うのだが……」

 

 我慢できずに問いかけたセルグは自分の行いで二人が怪我をしていないか気が気ではなかった。

 

「大丈夫です。幸いにもまともに攻撃は受けていなかったし、ジータがホーリーセイバーだったからね。怪我なんてどこにもないよ」

 

 グランが自分たちは無事だと告げる。その言葉にセルグは一安心はするも、やはり表情は曇ったままだった。

 

「本当にすまなかった。一歩間違えれば、二人を殺していたかもしれない。あの事態を予想はできなかったが、招いたのは私だ。それも私の弱さが原因だ。心より謝罪する」

 

 セルグは改めて謝罪の言葉を口にした。どんな言葉を尽くそうともきっとセルグは自分を許さないのだろうと。そう思わせるほど追い詰められた表情だった。

 

「と、とにかく目が覚めてよかったです。そうだ、軽い食事を持ってきますね。グランちょっとセルグさんを看ててあげて」

 

 そう告げるとまた慌ただしく出て行くジータ。残されたグランは少しだけおかしなジータに疑問を抱きつつもセルグのいるベッドに近づいていき話しかけた。

 

「それで、一体何があったのですか。貴方のような人が一体何をしたらあんな状態になるのか……」

 

 グランの表情からは心配が伺えた。セルグも聞かれることは予想していたので答えようと口を開くも思いとどまったように口を噤む。しばらく考える素振りを見せて、セルグは言葉を選ぶように結論を告げる。

 

「そう……だな。迷惑をかけた事もある。君たちには原因も含め全てを話しておきたい所だ。ゼタに関わることも含めてな。君たち以外の団員にも聞いて欲しいとは思う。だがそれでもこの話は非常に話しづらい。一つ間違えれば君たちには組織による危害が及ぶ可能性もある」

 

 やはり話しては貰えないかと、少し落胆の色を見せるグランにセルグは言葉を続けた。

 

「だから、条件を提示しよう。聞いた話がどのような内容であろうと他言することは許さない。知ることがそのまま危険に繋がる可能性がある以上。この条件は譲れない。これが約束できるなら全てを話そう。どうする? 団長殿」

 

「なら聞かせてもらいます。皆でね。仲間たちがゼタのことを大切に思っているんです。ゼタがあんなに苦しんでる姿も悲しんでる姿も初めてだった。彼女の苦しみを共有することができるなら、聞かないという選択肢はありえない」

 

 淀みなく答えるグランにセルグは目を丸くする。

 

「――ハハ、すごい絆だ。一人一人がお互いを大切に想う。こんな絵に書いたように信頼関係を築いている騎空団など私は見たことがない。それを成しているのは君たち双子の力かな。わかった……全てを話そう。今日は疲労が抜けていないし考えを整理したいから、語るのは明日だ」

 

 そう言うセルグの瞳には一つの決意と小さな安心が宿っていた。

 その後軽食としてお粥を用意してきたジータが、変に世話をやこうとするも失敗してお粥をセルグにぶちまけてしまい、うめくセルグに笑うグランとその部屋は少しだけ夜の帳を明るく染めていた。

 

 

 

 

 

 翌日。既にお昼を回っており食堂では昼食を済ます一行の姿があった。昼になるまでセルグは部屋を出てくることはなかったが、グランとジータはセルグを信じて待っていたのだった。

 その想いに応えるように、ようやく昼食をとっている一行の前にセルグが姿を現す。

 何人かは表情を固め、何人かは睨みつけ、グランとジータだけがセルグを迎え入れるように声を掛けた。

 

「セルグさん、昼食を一緒にどうですか? 今日もローアインさんの自慢のパンが美味しいですよ」

 

「昨夜はジータのせいでまともに食べられなかったでしょうし、遠慮なくどうぞ」

 

「そう……だな。折角だから戴こうか。ローアインさんだったか。自慢のパンを一つ戴けないか」

 

 声を掛けられたローアインはやや釣り目になりながらどぞ、と短く言葉を発してパンをセルグに手渡す。それを齧るセルグに、部屋にいる仲間たちの視線が集中する。

 

「うん、確かにおいしいな。自慢のパンなだけはある。おいしいよ、ありがとう」

 

 素直な感謝の言葉に面食らうローアインは先ほどと同様に「どもっす」と短く返し静かになった。

 部屋には沈黙が訪れる。セルグを睨むのはロゼッタとイオとゼタ。昨日のような危険性はないかと伺うのは、カタリナ、オイゲン、ラカムにヴィーラ。居心地が悪い空気にだんまりなローアインと、この状況にヒヤヒヤと肝を冷やすのはルリアとビィ。

 沈黙を嫌ったジータが声を上げようとしたところをセルグが手で制する。

 

「気になって仕方ない……といった感じか。グラン、君の裁量に委ねるが昨晩の回答に変更はないか?」

 

 セルグの最終確認としてもう一度グランに問いかける。既に仲間へと話を通してあったグランは迷わずにそれに答えた。

 

「はい、ここにいる全員が話を聞きます。約束についても了承してもらっています。全てを……話してください」

 

 真っ直ぐにセルグを見つめるグランにセルグも決意を込めて答える。

 

「そうか、わかった。全てを話そう。ただしグランからも聞いてると思うが他言は無用だ。巻き込まれるのは君たちだ。仲間を傷つけたくないのであれば、話は聞いても組織には深く関わらないこと。いいな」

 

 セルグの警告に部屋から拒否の反応は見られない。それを確認してセルグが口を開き語り始めた。己が知る真実を…

 

 

 

「事は三年前。私がまだ組織にいたころの話だ。いつも通りに指令を受けて任務の準備をしている時に上司から声が掛かった。訓練を終えた新人を見てくれ、とな。上司の後ろに控えていたのは少し年下の女の子だった。私の元で経験を積ませて欲しいと言われてな。 それまで一人で戦い続けていたから最初は面倒だと断ったのだが、命令と言われれば仕方ない。私はその子を連れて任務に赴くようになった。

 そいつは戦いに向かない性格でな。虫も殺せないような性格と小柄な体。ホントに戦えるのかと心配で仕方なかったよ」

 

 ゼタは何かを言おうとして口を噤んだ。話は始まったばかり。まずは落ち着いて全てを聞こうと心を落ち着かせる。

 

「少女の名はアイリス。私が唯一……殺しそこねた女の子だ」

 

 セルグの発言と共にゼタの気配が膨れ上がるも、グランが制止した。立ち上がりかけたゼタは静かに座り直す。

 

「続けてください」

 

 ゼタが座り直すのを見てグランが促すとセルグの語りは再開する。

 

「私はそれ以降、アイリスといくつかの任務をこなしていった。アイリスは銃を使うやつで、立ち回りは壊滅的だったが眼だけは良くてな。上手く狙撃をするもんだった。私が前衛をやっていたこともあって、場数を踏んでいく毎に彼女はみるみる上達していったよ。数ヶ月もする頃には一人で星晶獣を相手に立ち回れるくらいにはなっていた。倒せはしなかったがな。

 実力が付いたと判断した私は上司に進言し独り立ちをさせようと提案したんだが……」

 

 少しだけ懐かしそうな。嬉しそうな表情を見せたセルグ。その表情に皆が訝しく思い視線が集中する。

 

「ああ、すまない。少し思い出してしまってな。そう、提案した私にアイツはこう言ってきたんだ」

 

 “貴方の傍で共に戦いたい。貴方の傍にもう少し居させてくれませんか”

 

「それがきっかけだった。いつの間にかひたむきに努力をするアイリスに惹かれていたのだろう。私とアイリスが男女の仲になるのにそう時間は掛からなかったよ」

 

 男女の仲と聞いてゼタが驚きの表情を浮かべる。そんな話を聞いたことがなかったゼタは思わずセルグを睨みつける。ロゼッタがやや笑みを見せて興味深そうに。ローアインは若干面白くなさそうな顔をみせており、妙な反応を示す面々を不思議に思いながらもセルグは続けた。

 

「幼い頃より組織の戦士としてずっと戦い続けて生きてきた私にとって、アイツと過ごす時間は幸せ以外の何物でもなかった。組織の中でも強者として恐れられることは多々あったが、アイツは一度も私を忌避の目で見ることはなかった。二人で任務をこなし、時折二人だけの時間を楽しむこともあり充実していた……

 だが幸せは長くは続かなかった。組織よりある任務が通達された。討伐対象は星晶獣ヴェリウス。強大な力を持つとのことで私たち二人と、後詰に35名の精鋭を差し向けるという通達だった。余りにも多い増援部隊に必要ないと突っぱねたが、適切な処置だと言われて断られた。今思うとこの時点でおかしい話だったな。だが、いつも通りにやるだけだと軽い気持ちで、任務地であるノースヴァストの山腹の洞窟へと向かったんだ。 それが、運命の日だった」

 

 部屋にいる騎空士達は核心へと迫る話に重苦しい空気に包まれていた。最初は落ち着かなかったゼタも、今は聞き逃さないように耳を澄ませて、そして語るセルグの表情を観察する。

 

「洞窟に着いて早速任務を開始しようと奥に進んでいったがおかしいことに気づいた。自然のものとは思えない人の手が加わった痕跡のある洞窟だった。星晶獣がいるとされている洞窟になぜ人の手が加えられているのか。その答えは奥にあったよ。――ゼタ、私たちの武器は対星晶獣用に作られているのは知っているな?」

 

「え? あ、うん。そう聞いているけどなんで?」

 

 急に話を振られるゼタは、驚きながらもセルグの問いに早口になり答える。

 

「そう、対星晶獣戦を考え特別な武器が私たちには与えられていた。そしてその武器たちは全て、その洞窟で作られていたものだった…………ヴェリウスを使った実験によって」

 

 部屋に居た全員が息を呑む。武器作りに利用する実験。それが意味することはそれほど多くはない。

 

「人体実験と同じだ。作られた武器はどれほど有効なのか。どうすればより効果的な武器が出来上がるか。それを組織はヴェリウスに試すことで武器制作に役立てていたのだ。洞窟にあったのはいくつもの檻。星晶獣であるヴェリウスだけではなかった。魔物も数多く捕らえられていた。対星晶獣だけでなく通常の武器としての性能も試していたのだろう」

 

 組織にまつわる恐るべき真実にゼタは驚きを隠せなかった。信じられないと思いたいがセルグは当事者であり嘘をついてるように見えない。信憑性は疑うべくもなかったのだ。

 

「もっとも、重要な話はここからだ。現場にたどり着き呆気にとられている私たちには35人の精鋭から武器を突きつけられていた。なぜだと思う? 任務達成率100%。任務達成における犠牲者0。この圧倒的な成果を出していた者に武器が突きつけられる理由は?」

 

 セルグの問いに部屋の皆が逡巡し答えを求める。答えがなかなか出てこない中ひっそりと誰かが呟いた。

 

「まさか……畏怖か?」

 

 セルグの問いかけに沈黙を破り答えたのはオイゲンだった。

 

「その通りだ。端的に言えば星晶獣よりも私のほうが恐ろしくなってきたということさ。星晶獣を一人で屠る強さは、奴らから見れば驚異以外の何物でもない。反旗を翻された時に抑えることが困難だとでも思っていたのだろう。過大評価もいいところだったがな。 だからこその35名の精鋭という増援だった。逃げ場のない洞窟で総勢35名の精鋭が一人に向かい牙を剥くんだ」

 

 徐々にピースが組みあがっていく。セルグが語る事実は騎空士一向が推測する最悪をなぞりはじめていった。

 

「流石の私も成すすべなく地に伏せたよ。今でも覚えている……私を呼ぶアイリスの悲痛な叫びが。倒れ伏す私の首を落とそうと剣が振り上げられた。その時だった。精鋭たちの拘束を振りほどきアイリスは私の前で身代わりに剣で切り伏せられた。体を上下に断たれたアイリスが目の前に崩れ落ちる姿に私は全てを忘れ彼女を呼んだ。 抱き抱えたアイリスは既に虫の息だった……その時アイリスは私の子供を身ごもっていてな。力無い声で囁くんだ。赤ん坊を守れなくてごめんなさいって。自分だって苦しいはずなのに。涙を流しながら彼女は私に謝ってくるのだ。最後には私の手で息を引き取りたいと懇願する彼女を、私は最後まで手にかけることができなかった。痛みに苦しむアイリスは涙を流しながら息を引き取っていったよ」

 

 かつてみた光景を思い出し、悲哀に満ちた声でセルグが語った真実に誰もが言葉を発せなかった。部屋にいる皆が押し黙っている中でセルグは結末を語る。

 

「私の中には憎悪が渦巻いた。許せるわけがない。 耐えられるわけがない。 最愛の人と生まれ来るのを心待ちにしていた我が子。その両方を同時に失ったのだ。その時私の中に宿った憎悪はなんの因果かその洞窟内で、ある存在と共鳴した……ヴェリウスだ。

 檻の中にいたヴェリウスからの思念を感じ取った私は奴らを振り切り檻を破壊した。自由になったヴェリウスは傷つき弱っていたが共鳴した私に全ての力を与えんと私の体内へと入り込んだのだ。ヴェリウスも奴らから受けた苦痛に憎悪を溜め込んでいた。私とヴェリウスの憎悪は混ざり合い、圧倒的な闇の力でそこにあるすべてを破壊した。文字通り全てだ。精鋭たち35名の体を八つ裂きに破壊し、施設を完膚なきまでに破壊し崩落させた。私は全ての力を使い果たすまで破壊の限りを尽くした」

 

 気づけばルリアとイオ。ローアインまでも涙を流していた。告げられた真実は。聞かされたセルグの過去は凄絶に過ぎた。

 

「すべてを破壊した私は、組織の追っ手から逃げるように姿をくらました。各地を転々とすることを余儀なくされた私に残されたものは共通の敵をもつヴェリウスという友と組織への強い憎しみだけだった。これが……あの事件の真相だ。組織は真実を隠し、精鋭36名の死。私とヴェリウスの逃亡という事実を元に事件を捏造。真相を知る人間は私だけとなり、真実は闇に葬られた」

 

 もたされた真実はグラン達の口を閉ざす。余りにも残酷な真実。この事件においては首謀者と言われていたセルグこそが一番の被害者だった。一見穏やかそうな印象を抱かせるセルグがその実、恐ろしいまでの憎しみをその身に宿していたのだ。

 

「ひどい……ひどすぎます」

 

「どんな組織にも腐った輩はいるもんだがこれは」

 

 ルリアの涙は止まらない。自分のことのようにセルグに共感するルリアをロゼッタが優しく抱きしめていた。

 部屋にいるほとんどの面々が沈痛な面持ちで言葉を出せずにいた。

 

「――なん……で」

 

 静かな部屋に響くのはゼタのか細い声。呟くように発せられた声は徐々に聞き取れるくらいに音を上げていく。

 

「なんで? どうして……あの子は死ななくちゃならなかったの……」

 

 涙を流し、力無い声でセルグをみやりながら呟くゼタ。声は震え、視界は霞み、自分が何を言っているのか理解できていない様であった。

 

「あの子は……あんたについていただけなのに。どうして」

 

 立ち上がりフラフラとセルグに近づいていく。

 

「ねぇなんで? なんであの子を守ってあげられなかったの? アンタなら助けられたんじゃないの? ねぇ……アンタがあの子を愛したりしなければあの子は死ななかったんじゃないの? ねぇ」

 

 震える声で言葉を紡ぐゼタの悲哀がとめどなく溢れる。親友が死なずに済む可能性はいくらでもあった。セルグがいなければ親友は死なないで済んだのではないかと。幾つもの“もしも”がゼタの中で浮かんでは消えていく。

 

「ゼタ、セルグさんを責めても……」

 

「返してよ! 私の大事な人を! 大切な友達を返してよ!!」

 

 グランの制止の声を遮ってゼタが感情を爆発させる。受け止めきれない真実。向ける場所のない悲しみにゼタの心が悲鳴を上げていた。

 セルグに縋るように叫ぶゼタの悲哀の声が部屋に響き渡る。その声が意味することがセルグにも届く。

 

「そうか、お前……君が。アイリスの家族だったんだな」

 

「え?」

 

 セルグは今全てを理解した。なぜ自分があれほどまでに憎しみを向けられていたのか。可能性は見えていたが確信はなかった疑問。それが今全て繋がった。

 

「いつもアイリスが言っていた。私はもう家族がいないけど、家族と呼べる親友がいるんだって。その子は私なんかよりずっとずっと強いからいつかセルグを超えるかも知れないよ、っていつも嬉しそうに語っていた。君がそうだったんだな…すまない。君の言うとおりだ。私といなければ彼女は巻き込まれなかった。私が彼女を迎え入れなければ彼女は今でもきっと君の隣にいただろう。 君にとって私は親友を奪った犯人そのものだ。君にだけは私を殺す権利がある。恨みが募るならやるといい。君の憎しみだけは甘んじて受けよう」

 

「ッ!?」

 

 奇しくもカタリナが言うとおりセルグは己の罪だと断じ、恨みを晴らすことを受け入れると言う。 だが己の罪だと告げあっさり仇を討てと命を投げ出したセルグのその潔さは、真実を知ったゼタの心に再び怒りの炎を灯した。

 

「ふっ、ふざけるなああ!!」

 

 セルグの顔を力の限りに殴りつける。倒れたセルグにそのまま馬乗りになり何度も何度も殴りつけた。グランたちはその光景に慌てて止めに入るも激昂したゼタはなかなか取り押さ得ることができず、ゼタの暴力は止まらない。

 

「アンタは!! あの子に命を救ってもらったんだろう! それを簡単に投げ出して! あの子の命をそんなに軽く見やがって!!」

 

 許せなかったのだ。昨日までは殺したいと願っていた相手だったが真実を知り、親友が命を投げ出して彼を守ったことを知った。だからこそ彼が命をあっさり投げ出したことは、到底許せることではなかった。悲哀は消えゼタの心は憎しみではなく強烈な怒りに染まった。

 

「簡単に許されるとおもうな!! あの子の代わりに生きながらえてるお前が! 簡単に死ねるとおもうなあああ!!」

 

 怒りの咆哮と共に最後の一撃をいれ、息の上がったゼタをグランたちはやっとの思いで取り押さえた。

 

「セルグさん……大丈夫ですか?」

 

 駆け寄り心配の声を上げるジータに声を返すことのないセルグ。唇は切れ、鼻血を流し意識も朦朧としているようだった。

 

「外傷だったら……イオちゃんヒールをお願いできる?」

 

「え? あ、うん。わかった」

 

 ジータに促されイオが杖を持ち出しセルグに翳した。淡い光がセルグに降り注ぎみるみる傷を癒していく。

 

「う、くぅ……つぅ」

 

 すぐにセルグは意識を取り戻す。置かれた状況を理解したセルグはなぜか笑みを浮かべた。

 

「は、ははは。ホント、アイリスとは大違いだな。間違ったことをするとちゃんと怒ってくれるだって? あの大嘘つきめ…これのどこがちゃんとだ。まさか叱責が拳で行われるとは思わなかったよ。口より先に手が出る性格とは聞いていたがこれほどとはな」

 

「え?」

 

 急に笑いながら話し出すセルグ。同時にくだされたゼタの評価にゼタは驚きの声を上げる。

 

「せ、セルグさん? 大丈夫ですか。殴られすぎておかしくなったんじゃ……」

 

 殴られて笑顔になったセルグを心配し始めるグランだったが、セルグははっきりと言葉を返した。

 

「安心しろ。意識ははっきりしている。すまなかった、ゼタ。感傷的になって罪の意識から……アイリスに救われた命を軽んじてしまった。今の怒りの鉄拳は罰として受け取っておこう。お前の言うとおりだな。死んで許されるわけがなかった」

 

 自分が今生きていられる理由。己の命の重さを再認識したセルグには先程までの悲痛な表情はなく、最初に出会った頃の穏やかな顔へともどっていた。我を忘れ激昂したゼタも悲哀を吹き飛ばして怒りのままに殴った為か表情に陰りはなくなっていた。

 お互いに見合いながらセルグが口を開く。

 

「すまなかったな。アイリスを守れなくて。アイリスを犠牲にしてしまって。許してくれ」

 

 セルグの謝罪。真摯な態度でゼタに頭を下げて言葉を述べるセルグ。先ほどあれほど殴られたというのに、清々しいまでにゼタへと頭を下げたセルグの姿にゼタは毒気を抜かれた。

 

「う、あ、その……私の方こそごめんなさい。貴方も愛する人を失った被害者だったのに。あの子を殺した犯人扱いして。さっきの言葉はなし……あの子が死んだのは、貴方のせいじゃないわ。きっと……どうしようもなかった」

 

 冷静になってゼタは、己のしたことを振り返り謝罪する。 感情に任せて思いっきり殴ってしまった。セルグに非はないとわかっていても、語られた現実を受け止めきれなくぶつけてしまった。 考えてみれば相当にゼタもまずいことをしたと認識していた。

 お互いに謝罪し合った二人の間には気まずい雰囲気が漂っていた。片や相手を激昂させる言葉を言ってしまい、片や思いっきり殴りまくってしまったのだ。言葉だけの謝罪で許しが出たとしても簡単に己を許せるほど二人は単純ではなかった。

 

「そ、その、ありがとうな。おかげで目が覚めた。アイリスに怒られた時よりよっぽど効いたよ」

 

「あ、い、い、いやそんなお礼なんていいわよ。むしろ思いっきり殴っちゃったアタシのほうが申し訳ないというか……」

 

 二人してたどたどしく謝罪と礼の押収をしていると

 

「プップ、ハッハッハ。何だお前らそのやり取り。まるで付き合い始めたばかりの恋人みたいじゃねえか!」

 

 空気の読めないトカゲが雰囲気をぶち壊した。

 

「んな!? 違う! なんでいきなりそんな話になる!!」

 

「ビィ! 何を言ってるの! コイツはアイリスの旦那だよ!!」

 

 慌てて否定する二人であったがさっきまでの暗い部屋の空気を追い出すように口々に皆がからかい始めた。

 

「あらあら、セルグさん。出逢ったばかりのゼタにもう浮気?そんなんじゃ天国のアイリスさんに申し訳がたたないわよ」

 

「ふふふ、紳士然としている方だと思っていましたのにこんなに節操の無い方だとは思いませんでしたわ」

 

「ま、まて。別に俺はアイリスと結婚していたわけではないんだからこれは浮気とはいわな」

 

「あら、ひどいわぁ。赤ちゃんまで作っておいて遊びだったって言うの? ちょっと女としては許せないわね」

 

「それはつまりゼタさんとお付き合いすることが浮気にはならないから良いと? ちょっと私も今の発言は捨て置けません。セルグさんはどうやら女性の敵になりそうです。一度調教して差し上げましょうか?」

 

「まてまてまて! 違うっ! そういうことじゃ、どうしてそうなる」

 

 ロゼッタとヴィーラが先ほどまでの暗い空気を吹き飛ばすようにセルグを喜々としてからかうと。

 

「それにしてもお前さん、親友からの評価が口より先に手が出るって……一体どんな付き合い方してたんだよ」

 

「ハッハッハ、男勝りなネエチャンのくせに顔なんか赤くしちまって。こういった話には存外初心なんだな」

 

 ラカムとオイゲンが顔を赤くしているゼタをからかう。照れているゼタの顔が更に赤く紅潮する。

 

「はぁ! ちょっと二人共何バカなこと言ってんのよ」

 

「はわぁ、こういうのが恋の始まりなんですね! ね、カタリナ?」

 

「フっ、そうか……もしかしたらそうかもしれんな」

 

「っ!? ふ、ふん。恋なんて全くしてなさそうなカタリナとルリアちゃんが何を知ったようなことを……」

 

 ルリアとカタリナのつぶやきに思わず反撃するゼタ。ボソリとつぶやかれた反撃の言葉は薄れることなくカタリナの耳に届く。

 

「ほぅ……つまり自分はそれなりの経験があるということかゼタ殿。それはぜひお聞かせ願いたいものだな」

 

「うっ、やば! 地雷踏んだ」

 

 カタリナの琴線にふれたその反撃に恐ろしい笑みを浮かべてカタリナはゼタへとにじり寄る。

 

 

 

 いつの間にか部屋には和気藹々とした空気が溢れていた。

 グランもジータもその光景に思わず溜息をつく。一安心といったところだろうか。ゼタが激昂したときはヒヤヒヤしたがいつの間にか丸く収まっていた。

 

「よかったね、グラン。ゼタさんもセルグさんも、さっきまであんなに辛そうな顔してたのに、笑ってる。これなら二人はもう大丈夫だよね」

 

「そうだな。真実を知り、お互いに気づいたことがあったんだろうな。二人の間にあったわだかまりはなくなり、引きずり続けてきた想いから解放されたんだと思う」

 

 ゼタとセルグを中心に巻き込まれた今回の騒動はなんとか収まりそうだった。二人への口撃はしばらく止みそうにないが……

 

 

 

「と、とりあえずだ! まだオレの話は終わっちゃいないんだ。話を続けるぞ!」

 

 セルグは大きな声で皆に言い聞かせる。ロゼッタとヴィーラに詰め寄られていたセルグは疲れた顔を見せていたが、もう一度みんなを見回すと改めて話し始めた。

 

「昨日のことについてだ。まずは皆に謝罪をしたい。今回は迷惑をかけた。すまなかった。なぜあんなことになったのか説明しよう。 まずはあの事件以来オレとヴェリウスは一緒に過ごしてきた。同じように組織に恨みを持つ者同士、いつか力をつけ復讐を果たすと……」

 

 グラン達の空気が変わる。予想はしていたがセルグの目的は復讐だった。

 グランもジータもセルグの目的に顔を顰めるものの非難する気もなかった。そうするには十分すぎるほどの辛い悲しみを彼は味わっているのだ。

 

「あの事件でオレはヴェリウスと共鳴し融合を果たした。だがあの日以来その力を使うことはなく、そして“使える”こともなかった。あの融合ができたのは一時的に感情が振り切れていたからなのか……原因は定かではなかった。どうすればヴェリウスの力を使いこなせるか。悩んでいたオレにヴェリウスはとんでもないことを告げてきたんだ」

 

 

 星晶獣ヴェリウスがもつ性質。それは『記録』。 歴史を記憶し、人々を記憶し、戦いを記憶し。そうしてヴェリウスは、見るもの全てを己へと記録していく星晶獣だった。故にヴェリウスは己の分身体を世界に放った。世界の隅々まで飛び回り自由に世界を記録する。星晶獣ヴェリウスの分身端末がいまセルグの傍らにいる黒い鳥のヴェリウスだったのだ。

 

 

 「ヴェリウスは告げた。融合ができないのは既にその分身体に力が無いからだと。己の力を真につかいたければ、本体のあるところに来いとのことだった。 そうして分身端末のヴェリウスに導かれてたどり着いたのはこの島のあの祠だ」

 

 セルグの語りがグラン達の疑問を解き明かしていく。

 

「祠にたどり着いたオレは中でヴェリウスの洗礼を受けた。それ自体は何の問題もなかった。これがちょうど一昨日みんなと出会った日だ。そして昨日、ヴェリウスとの融合を試してみたんだ。ヴェリウスと一体になっていく感覚。久しぶりのこの身に宿った力を感じると共に、ある光景が見えてきた。それは分身体のヴェリウスがこれまでに記録してきたものだった……融合の深度が深く、ヴェリウスの記録の一部を共有したのだ。

 様々な景色が通り過ぎ、人々が流れ、そしてあの光景にたどり着いた……あの忌まわしい研究所にな」

 

 部屋にいる皆が息を呑む。セルグの告げようとしていることがグラン達の脳裏に浮かんできた。

 

 「知識として知っているのと体験するのでは大分違うものでな……奴らがしてきたことは星晶獣であるから耐えられてきたんだってことを思い知らされた。ほんの一部の共有だけでオレの心はズタズタにされたよ。耐え難い苦痛と恐怖を体感させられた。死ですら生ぬるい、正に生き地獄だ。二度とあんな思いはしたくないと思うよ……」

 

 思い出してしまったのだろう、セルグは憔悴しきった顔で語る。彼は決して弱い人間ではない事がグラン達にもわかっていた。その彼が正気を失うほどの経験だと言うのだ。グラン達は想像すらできない程ひどい光景なのだろうと悟る。

 

「それであんなに怯えた表情を……私たちのことを悪魔でも見ているかのようでした」

 

「すまなかったな、あの時はそう…あいつらがオレに苦痛を与えに来る光景しか見えてなくてな。確かに悪魔ってのは間違いじゃないかもしれん。あんなの、ヒトのすることじゃない……」

 

 セルグの声にはまた怒りが篭る。昨日セルグが見た光景は彼の復讐心をさらに刺激するものであった。

 だがセルグは怒りを一瞬だけ見せるもすぐに表情を変える。

 

「まぁそういうわけで今回オレは暴走してしまったということだ。以上。説明終了だ。何か質問は?」

 

 話は終わったと、明るく振舞い皆に問いかけるセルグ。一番最初に声を上げたのはゼタだった。

 

「なんかアンタさっきから喋り方変わってない? 最初のときと一人称まで違うし」

 

 違和感があったのはセルグの話し方。というよりも雰囲気や性格といった部分から違うようにグラン達は感じていた。

 

「ん? そりゃあ今まで猫かぶってたからな。というかあの日以来深く他人と関わることもなくなった。親しい間柄の人間なんていないから対外的な仮面をつけていたって感じだ。いつの間にか、それが当たり前になっていたが、こっちが本来のオレだ。皆には迷惑もかけたし、誰にも話すことのなかった事情も話した。この口調は少なくとも皆が誰にも他言はしないと信用している証だと思ってくれ」

 

 思わぬセルグから寄せられる信用という言葉に皆が驚いた。グラン達からすればただ話を聞いただけなのにと考えたがそれを否定するようにセルグは己の内を語る。

 

「少なくともオレが35人の人間の命を奪ったことは事実だ。どんな事情、どんな悪人であってもな。それでも皆は腫物を扱う目でも狂人を見る目でもなく。普通のヒトとしてオレの話を聞いてくれている。事実だけでオレという人間を評価していないみんなの態度は、そちらが信用してくれていると取れるさ。オレは信用に信用で返してるに過ぎない」

 

 さも当然のようにセルグは話す。グラン達からすればただ話を聞いただけ。それでもセルグが悪逆非道とは無縁な人間であることがわかったから普通に接しているに過ぎなかった。どうにもむず痒い居心地の悪さを感じるグランが口を開こうとするがそれを遮るように先にジータが声を上げる。

 

「そ、それなら! セルグさん。私たちの騎空団に入りませんか? そこまで信じてもらえたなら、私たちと一緒に旅をしませんか。ね、グラン。どう思う?」

 

「そうだな、折角信じてもらえる程の仲になれたのだし……“セルグ”さえ良かったら、一緒に騎空団で旅をしないか?」

 

 やや緊張気味なジータに不思議な顔をしつつ、グランも同調する。

 グランのセルグに対する口調が仲間に向けるそれへと変わった。グランとジータから期待の視線を向けられたセルグは困ったような顔をしてしばらく熟考した後、答えをだす。

 

「条件を提示しよう。まずは了承だ。オレと共に旅をする。それはつまり組織の追っ手に狙われる可能性を秘めている。オレとしては巻き込みたくないのが本音なのだが皆と旅をするというのも魅力的にすぎる。皆に聞きたい。組織の追っ手に狙われることが皆にとって問題になるのなら……」

 

「そのときは僕たちが戦うさ。仲間のためなら全員で。仲間となったセルグをそんなことで邪魔者にはしない」

 

「元々ルリアのことでも既に帝国には追われる身です。そんなことを恐れていたら私たちに仲間なんてできないよ」

 

 セルグが全てを述べる前にグランとジータがセルグの懸念を一蹴する。

 周りの皆も同様だと頷く姿をセルグは確認した。最終確認としてゼタにも視線をやるが

 

「アイリスが命を賭して守ったアンタがどことも知れぬ場所で組織に殺されるなんて御免よ。私の目の届く所にいてもらわないとね」

 

 と、あっさりゼタは受け入れた。どうやら無用な心配だと気づいたセルグは仕方なく最後の条件を告げるため外に向かった。

 

「もう一つ条件がある。一旦外に出よう。ここでは動きづらい。戦闘の用意をして降りてきてくれ」

 

 そう告げると艇を降りていくセルグ。部屋に居た皆が彼の意図に気が付く。セルグはグラン達の力を試したいのだと。

 しばしの静寂の後、グランが口を開く。決意は声音に現れていた。

 

「着替えてくる。僕は“ヴァルキュリア”。前衛にはヴィーラとカタリナ。後衛にはイオとラカム」

 

「私は援護に回るね“ビショップ”でいくよ」

 

 グランとジータが宣言すると皆一様に瞳をギラつかせ、自らの得物を持って降りていく。

 

「え、ちょ、ちょっと。私は?」

 

 名前を呼ばれなかったゼタが問いかけるも皆が口を揃えて告げる。

 

「突っ走りそうだからゼタは今回待機」

 

 そう告げられ絶望の表情を浮かべるゼタ。セルグと再戦したかったとかブツブツ文句を吐きながらも槍を持たずに出て行くのは先の仲間の発言が否定できないからであろう。

 

「さぁて、誰に喧嘩を売ったのかこのアタシの魔法で思い知らせてやるんだから!」

 

「おうおう、言うねぇ。終わった時にピーピー泣いてなきゃいいけどな」

 

 イオが俄然やる気といった所にラカムが茶々を入れる。二人共全く気負いが無いようだ。

 ラカムの言葉に反応して後ろでギャーギャー言い合う二人を尻目に先に降りたカタリナは隣に控えるヴィーラに話しかける。

 

「ヴィーラ。君はあの話を聞いてどう思った?」

 

「思い上がるな……というのが素直な感想です。なまじ強いが故に一人で何もかも背負いすぎるタイプかと思われます。アイリスさんを守れなかったと彼は言いますが巨大な組織を前にヒト一人の力など無力です。彼がどれだけ強くても結末は変わらなかったと思います。彼のアイリスさんへの罪の意識は私に言わせれば分不相応にもほどがありますわ」

 

「ふ、手厳しいな。だが其の通りだ。私もルリアを一人で守ることは不可能だった。だからこうして皆と一緒にいる。ヴィーラ、私たちの剣で、彼の懸念を払拭してやろう。我々は守られる存在ではないということを。そして思い知らせてやろう、一人の力の限界を」

 

 騎士としての決意を胸にカタリナとヴィーラはセルグの元へと向かう。

 

 

「ジータ。急にセルグを誘ってどうしたんだ。僕もその考えはあったけど、なんだかジータが焦っているように見えた……」

 

 着替えを終えたグランがジータに問いかける。既にビショップの衣装に着替え終えたジータも普段とは違う口調になって答える。

 

 「話を聞いているうちに、セルグさんはとても強いのに妙に小さく見えたのです。一人孤独のまま、ずっと罪の意識と組織の追っ手の影に怯えていたのではないかと、そう感じました。私は彼をこの騎空団に入れて安心してもらいたかった。孤独から救ってあげたかった。だからこそ、この戦い。全力で挑みます。彼に、私たちは心配されるほど弱くないことを知ってもらわねばなりません。 やや私情もありますが概ねこんなところです」

 

 明かされたジータの想いにグランが気を引き締める。やや私情の部分が気になったが、ジータの言う事を聞いては、グランのやる気も滾る。優しき双子の兄妹は、これからの戦闘に向け意識を切り替えていった。

 

 

 

 艇を降りたセルグの前にはグラン、ジータ、カタリナ、ヴィーラ、イオ、ラカムの6人が並ぶ。戦闘メンバーに入らなかった者たちは後方で戦闘の行く末を見守るようだ。

 

「こちらの意図は伝わったようだな」

 

 振り返りグラン達を見やるセルグは既に臨戦態勢。傍らにはヴェリウスが控え手には天ノ羽斬を携えていた。

 

「見せてもらいたいのは力だ。一つは組織の追手が来ても大丈夫か。オレやゼタを見ればわかるだろうが奴らは強い。そんな奴らを相手に生き残ることができるかということ。もう一つはオレの暴走の可能性。ヴェリウスが対処してくれたから今後、暴走の可能性は低いとは思うがゼロとは言えない。オレの暴走で皆が死んでしまうことを考えたらオレには耐えられない。だからオレの暴走を止める力があるかということだ」

 

 己の暴走への懸念。これがセルグの心配の種であった。またいつ暴走するかわからない力。それにより仲間に危害を及ぼすならばと、そう考えていた。

 

「ヴェリウスとの融合深度は覚えた。ある程度の深さまでは問題なく扱える。昨日と同じとは思わないことだ。意識のない状態とは違う。冷静に、思考をもって戦う星晶獣を従えたヒトの力。打ち破って見せてくれ」

 

 そう告げると、ヴェリウスが飛び上がりセルグの中へと入っていく。ヴェリウスを受け入れたセルグの体は闇のオーラが覆い始める。更に言霊の詠唱と共に抜刀。光を纏う天ノ羽斬と闇のオーラを纏うセルグ。その力の波動はグラン達を威圧する。

 

「これが融合深度1ってとこだ。この程度ならまだまだ余裕だな。まずは慣らしもかねてここからだ。さて……始めようか」

 

 落ち着いたセルグが構える。その様子をみるにもう暴走の可能性はほとんどないのだろう。その姿には己が強者であるという自信と余裕が感じられた。

 静かに息を吐きグランが目を閉じる。昨日のセルグの姿をイメージし戦闘思考を回す。次に目を開いたグランの瞳には決意が宿り視線でセルグを射抜いた。

 

 

 思い知らせてやろう。それは自信ではなく慢心だと。

 思い知らせてやろう。それは余裕ではなく油断だと。

 思い知らせてやろう。一人が持つ力の限界を。

 

 グランが決意のもと、手にある槍“雷神矛”を構える。

 

 いざ、勝負!!

 

 激闘が幕を上げる

 




いかがだったでしょうか。
ゼタ姫ちょっと情緒不安定感が強い気がしていますが、オリ主との設定も踏まえ本作中の境遇を考えるとギリギリセーフぐらいかと思って書きました。
お楽しみいただけたら幸いです。

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