granblue fantasy その手が守るもの   作:水玉模様

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とりあえず急ぎフェイト進めていきます。

フェイトエピソードは仲間に至るまでの話です。
それに伴い独自の設定が強く出てくるのでご注意ください。


フェイトエピソード 1

フェイトエピソード 「裂光の剣士」

 

 

 

 森の奥にある小さな祠。静かな空気に柔らかな木漏れ日が差し込むその場所にいたのは、巨大な黒い鳥だった。体長は3m程度あるだろうか。猛禽類のように力強さを感じさせる体躯、鋭さを見せる嘴。黒い体の中に赤い瞳が爛々と輝いていた。その黒鳥の傍らには青年が仰向けに倒れている。

 黒い鳥と青年しかいないこの空間に、新たな来訪者が飛び込んでくる。

 

「ああ! 男の人が襲われてます!!」

 

 視界に入る黒鳥と倒れている青年をみて思わずルリアが声を上げた。

 

「やろう……させるかぁ!!」

 

 ルリアの声を聞いたゼタが気合一閃。手に持つアルベスの槍が炎を上げ黒鳥へと攻撃を仕掛ける。炎を纏う槍が黒鳥へと振り下ろされる刹那。

 

 “クェエエエ!!”

 

 黒鳥が咆哮と共に翼をはためかせる。巻き起こる突風に成すすべなくゼタは後退した。

 あっさりとゼタを退けた黒鳥にグランたちは気を引き締め飛び出す機を伺う。そのグラン達の様子をみた黒鳥も足を踏みならし、黒いオーラを纏いながら臨戦体勢に入る。星晶獣としての強大な存在感、威圧感がその場を支配し始める。

 

「闇属性かな……こっちに居る光メンバーは、ヴィーラのシュヴァリエ位か。苦戦しそうだ」

 

 グランが彼我の戦力を分析する。手こずるかもしれないが無理だとは思えない。これまでの旅でそれだけの場数をこなしてきているが故の自信であった。

 グラン達が剣へと手を掛ける。既に全員が戦闘態勢へと入っており、その視線は油断なく黒鳥を捉えている。僅かなきっかけで戦闘に入りそうな緊張感がその場に広がる中で

 

 

「やめろ、ヴェリウス」

 

 

 張り詰めた空気にはそぐわない、穏やかな声が響く。

 声の方へ視線を向ければ、黒鳥の傍らに倒れていた青年が体を起こしていた。

 年齢は20台半ばといったところか。褐色の肌に輝く銀糸の髪、落ち着いた雰囲気も相まってどこか神秘さを感じさせる出で立ちの男であった。

 黒を基調とした全身を覆う服は装飾がなく、人を引きつけそうな容姿とは逆に目立たない印象を与える。

 

「ああ、ありがとう。私を守ってくれていたのだろう……わかっているさ」

 

 穏やかな雰囲気で黒鳥に寄り添い、嘴を撫でながら語りかける青年。声音は優しさに満ちており、そのまま歌でも歌えばあっという間に眠りにつけそうな柔らかな声だった。

 

 “クェェ”

 

 先程までの威圧感など微塵も見せずに、黒鳥は気持ちよさそうに青年に寄り添っていた。その姿は体は大きいものの撫でられて喜ぶペットのようで、グラン達の警戒心を薄めていく。

 

「皆さんも剣を収めてくれないか。見ての通りこの子は害意のない星晶獣だ」

 

 強大な存在感の露散にグランたちは警戒しながらももう戦闘の気配はないと判断し剣を収める。戦闘態勢が解除されたのを見て青年は満足そうに笑みを浮かべると口を開いた。

 

「うん、ありがとう。恐らくは勘違いから始まったことだと思うが、この子は私の連れだ。名は『ヴェリウス』、闇の力を持つ鳥型の星晶獣だ。普段はこんなに大きい姿で過ごしてはいないんだがね。今日は私を付近の魔物から守ろうと周囲を威圧していたようだ。誤解させてしまってすまない。ヴェリウス、もう戻っていいぞ」

 

 青年の説明と共に、黒鳥ヴェリウスは姿を変える。そこにはサイズダウンし、青年の肩にのるヴェリウスの姿があった。

 

「これがあの星晶獣の姿? 星晶獣の気配がまるでしな……」

 

「ルリア!!」

 

 ルリアが感じた星晶獣の気配の感想を述べるのをカタリナが制止する。ルリアの特異性を知られてはマズイと、そう判断してのことだったが既に遅かった。

 

「気配? 面白いことをいうね。ルリアちゃんだったか。君は星晶獣がどこにいるのか察知できるのかい?」

 

 ルリアに疑惑の眼差しを向けながら青年が近づく。

 ルリアの特異性。それはこの『星晶獣』にまつわる能力。

 星晶獣とはこの空の世界とは別の世界からきた『星の民』と呼ばれる存在がもたらした生きた兵器である。かつて星の民来訪をきっかけに起こった全空域を巻き込んだ大戦。後に『覇空戦争』とよばれる戦いにおいて、この星晶獣達は空の民に猛威を振るった。災害級の風を、水を、大地を、炎を操る星晶獣は空の民にとっては脅威であり、その凄惨さは現代まで語られている。

 そしてその星晶獣をルリアは従え、使役することができた。この能力のせいでルリアは帝国に長く囚われており、一度知られれば帝国に限らず、様々な組織から狙われてもおかしくない能力であった。

 ルリアへと近づいてくる青年の前にカタリナが毅然とした表情で立ちふさがる。

 

「確かにルリアは星晶獣の気配が感じられる。ここに来たのもそのヴェリウスの気配を察知したからだ。だが、だからなんだと言うんだ。君も帝国と同じく……」

 

「ああ、なるほど。帝国の被害者だったのか。全くどこに行ってもあいつらはふんぞり返って人様に迷惑をかけているんだな。 大丈夫だ女騎士殿。私は別にその子が何をできようが知ったことではないし、利用する気もないさ。ただ珍しい……というよりは空の民ではありえない能力だからな。興味がわいただけだ」

 

 カタリナがルリアを気にかけると青年はどうでもいいと言いたげに言葉を遮った。本当に大した興味が無いのか青年にルリアを狙うような気配はみられない。カタリナは静かに警戒態勢を解く。

 そこに今度はジータが口を挟む。

 

「あの、あなたはここで何をしていたのですか? みたところこの祠に用があったように思えるのですが……」

 

 ジータがおずおずと問いかける。こんな田舎の島の森。目の前にあるのは地元の人間ですら詳しく知らない祠の存在。この場に何か目的があって訪れたことは確かだとジータは推測した。

 

「ふむ、そうだね。教えてあげたいところではあるが私とヴェリウスに深く関わることだ。出会ったばかりの君たちにおいそれと話すことはできないかな。代わりに自己紹介をさせてもらおう。私の名は『セルグ』。こちらが先も言ったがヴェリウスだ。一人と一匹、でいいのか? まぁ一緒に静かな旅をしているところだ」

 

「あ、ああ。失礼しました。私はジータ。こっちに居るのがグラン。二人で騎空団を結成し団長をしております。こちらは団員のカタリナ、ヴィーラさん、ゼタさん。それからルリアと竜のビィです」

 

「おい、なんだかオイラおまけというかペットみたいな紹介っぽいぞ!!」

 

 ジータがセルグにあわせて慌てて団員の紹介をしていく。ビィが何か文句を言っているがひとまずは落ち着いたかと思った矢先に後ろに控えていたゼタが前にでて静かに声を上げた。その目には彼女の性格を表すように激情が垣間見えていた

 

「セルグ……か。あなた旅をしている風体だけど戦えるの? 武器は刀だったりする?」

 

「ッ!?」

 

 ゼタの発言に驚くとともに、セルグの纏う雰囲気が変わる。先ほどのヴェリウスのような大きな存在感ではなく、圧迫する威圧感でもない。肌を刺すピリピリとした殺気のようであった。

 

「へぇ、痛いくらいの殺気。間違いなさそうだね」

 

 己の推測が当たっていそうな気配にゼタが嗤う。その嗤いは見る者を気持ちよくさせるような笑みではなかった…暗く、深い闇を連想させるような、不安を覚える笑みであった。

 

「私を知っている? 君は何者だ……確かに私の得物は刀だ。少し特別な、とは付くがな」

 

 ゼタが求める答えを察しているのだろうか。やや意味深な回答をするセルグであったがそれと同時に雰囲気はさらに鋭さを増す。対するゼタも纏う雰囲気は平時のそれから戦闘時のものへと。もっというなら強大な星晶獣を相手に全力の戦闘をする時のような雰囲気へと変貌していた。俯くゼタの表情は読み取れない。その最中ゼタの存在感だけが徐々に大きくなっていく。

 

「みつけた……やっとだ。 この時を待っていた」

 

 仲間たちはゼタの尋常ではない雰囲気に無意識のうちに一歩後ずさる。いまゼタとセルグの間に立ってはいけないとその場の空気が警鐘が鳴らしていた。

 

「やっとみつけた……。黒い星晶獣ヴェリウスと共に『組織』を去った裏切り者。多くの仲間を裏切りその手にかけた、組織内で最大級の警戒人物。『裂光の剣士』とはアンタのことだね!!!」

 

 激情の発露。ゼタが炎と共に声を上げた。そこにあるのは強い怒り。その感情に呼応するようにアルベスの槍は炎を纏う。

 

「ゼタ! どうしたんだ。まずは落ち着いて。一体彼との間になにが……」

 

「まさかこんな辺鄙な場所まで追っ手が来るとは予想していなかったな……なるほど、アルベスの槍か。真紅の穿光ゼタだったな、おもしろい。あいつら以外で組織の戦士と戦うのは久しぶりだ。相手になろう」

 

 グランがとにかく落ち着いて話をしようとゼタを制止するが、その声を阻んでセルグが声を返す。みればセルグも細長い布袋に包まれた何かを手にしている。 布が取り払われ、セルグの手には鞘も柄も白いひと振りの刀が握られていた。鍔はなく反りがやや深い。鞘と柄には幾何学的な紋様が装飾されていた。

 

「その刀、やっぱりそうか! アルベスの槍よ、我らが信条示し、貫くための牙となれ!!」

 

 刀を目にしたゼタは己の推測を確信する。同時に言霊を詠唱しアルベスの槍の力を解放する。

 対するセルグは落ち着いた様子で刀を抜いて構える。

 

「抜刀するのは久しぶりだ。やりすぎてしまうかもしれん。私がする心配ではないだろうが、簡単に死んでくれるなと忠告しておこう」

 

 そう言い放つセルグは目を閉じ言霊を呟く。ゼタのアルべスの槍と同様に、その手に持った刀の力を解放させる言霊を。

 

「絶刀天ノ羽斬(アメノハバキリ)よ、我が意に応えその力を示せ。立ちはだかる災厄の全てを払い、全てを断て」

 

 言霊と共に輝く刀。輝きは徐々に刀を覆い、構えられた刀はその刀身に強大な力の鼓動を感じさせて光を放つ。

 天ノ羽斬を構えたセルグは、巻き起こる力の奔流とは裏腹に落ち着いた雰囲気で口を開く。

 

「行くぞ」

 

 ひっそりと呟かれたその声は、戦いが起こる前の荒々しい気配の中で妙に綺麗に響く。

 呟きが聞こえた瞬間にゼタは先手を打って吶喊。自身の最強の技『プロミネンスダイブ』で勝負に出る。紅蓮の炎を槍に纏い、その身を炎で守りながらセルグへと接近する。突き出される槍がセルグを捉えると思われた次の瞬間

 

「巻き上がる炎を槍の先端に集中、一足で間合いに入り全体重を乗せた刺突。凝縮した炎はその先端部で連鎖的に爆ぜるといった感じか。炎の使い方、力と体重の乗せ方を見ても腕がいいのは十二分にわかる」

 

 ゼタの目の前には涼しげな顔で槍を躱し懐に入ったセルグの姿があった。

 

「くっ、このおお! キャッ!?」

 

 ゼタはすぐさま槍の石突で反撃を試みるがそれよりも早くセルグに足を払われる。倒れ、尻餅を着いたゼタの目の前には光を帯びた刀が向けられる。

 

「星晶獣が相手ならば今の技でも十分だろう。攻撃力の押し合いで片付く世界だからな。だが、対人戦闘では悪手だ。力を込めた技は大振りで隙も大きい。躱されればリカバリーは難しく、相手に致命的な隙を晒すことになる。星晶獣狩りの組織の人間であることが仇なしたな……。それはそうと、激情家の割には随分可愛らしい声で鳴くんだな。顔もどこかのお姫様っぽくて可愛いし」

 

「ッ!? こんの、ふざけんなあああ!!」

 

 あしらわれたと思ったら自分の戦いを酷評され、さらには唐突に自分の悲鳴と容姿のことをからかわれ顔を赤くしつつゼタは槍を横薙ぎに払う。

 鳴り響く金属の衝突音。今度は槍の芯を刀で受け止められていた。力の入りにくい体勢ではあったが重たい槍をあっさりと受け止めるセルグにゼタは強者の気配を感じる。セルグは槍を払いのけ距離をとった。

 

「ホントに激情家だな。照れるのはいいがこんな揺さぶりでいちいち反応していては対人戦闘などできないぞ」

 

 冗談なのか本気なのかわからないセルグの発言はゼタにクリティカルな効果を見せる。

 

「この! 馬鹿にして!!」

 

 ゼタは怒りに任せて炎の槍をなぎ払う。ゼタの怒りに呼応するように吹き上がる炎は勢いを増してゼタが放つ技の威力を高めた。

 

「まてゼタ! ここは森の中だぞ!!」

 

 グランの忠告も間に合わず広範囲に炎を撒くゼタの技『サウザンドフレイム』が放たれる。槍から放たれた炎が扇状に広がりながらセルグへと向かう。

 しかし放たれた炎はセルグには届かず途中で露散する。炎を相殺するようにセルグが刀を一閃。放たれた光の斬撃が炎を打ち消した。

 

「激情家が過ぎるな。場所を弁えずに大技を放ちやがって。森が燃えたらこの島に住む全ての生き物が困るだろう!」

 

 セルグから発せられる怒りの言葉に、呆然と自らの過ち理解するゼタ。その姿を見るもセルグの言葉は止まらない。

 

「私に怒りを向けるのは構わない。それだけの罪を犯した。恐らく組織の挙げた情報もひどいものだろうから恨まれていることは覚悟している。だがそれでも、その感情に任せて周りに危害を加えるのは許さん」

 

 口調には穏やかな雰囲気が消えて怒りが見える。セルグは呆然としたゼタを一瞥すると、刀を鞘にしまいグランへと向き直った。

 

「はぁ、グラン……だったな。団長さんなんだろう? さっさと連れて行きな。今のそいつじゃ逆立ちしたって私には勝てないしこのまま続けようものなら、今度は私がやりすぎるだろう」

 

 グランに向けて進言するセルグの言葉に蚊帳の外だった騎空団一行は我に返り、ゼタをグランサイファーに連れて行こうと動き出す。

 

「ちょっと!まってみんな!! アイツは私の……」

 

 抵抗し、戦いを続けようとするゼタだったがそれを仲間達は良しとしない。

 

「ダメですよ、ゼタさん。実力の差は明らか。そして、ああも正論で窘められては今のゼタさんが彼と戦うことを仲間として許すわけには行きません」

 

「ヴィーラの言うとおりだゼタ。何があったか私たちも聞きたいし今日は一度艇に戻ろう」

 

 ヴィーラとカタリナがゼタを諭して連れて行く。ルリアとビィもそれに続いていく中でグランとジータはその場に残っていた。

 

「なんだ? 今度は君たちが戦うつもりか?」

 

 セルグが二人をみて疑わしげな視線を向ける。決して戦闘をする雰囲気には見えない二人ではあったがセルグの警戒心はまだ解かれていなかった。

 

「いや、その。過去にゼタの組織と何があったかはわからないし、セルグさんがどんな人かもわからないけど。とにかく森が燃えずに済んだのはあなたのおかげです。まずはありがとうございました。ここは僕らの故郷なので、ほんとうに感謝しています」

 

「団長としてゼタさんを止められなくてごめんなさい。セルグさんがいなければどうなっていたことか……」

 

 団長として仲間の暴走を止められなかった事と結果的に森を守ってくれたこと。二つのことで律儀に謝罪と礼をしてくる二人であったが、セルグは二人の言葉に難色を示す。

 

「そもそも今日ここに私がいなければ起きなかったことだ。私は降りかかる火の粉を払ったに過ぎないよ。君たちの謝罪と礼は見当違いもいいところだ」

 

 一連の出来事にはセルグに非は無いであろうはずが、己のせいだと二人の謝罪と礼を切って捨てる。そんなセルグの反応に思わずグランとジータは顔を見合わせる。こんな感じの照れ隠しをする男を二人は知っていた。

 

「フフフ、なんだかその素直にお礼を受け取らない感じ、ゼタさんの相棒の『バザラガ』さんにそっくりですね。元組織の方ならバザラガさんもご存知なんですか?」

 

 ジータはセルグの受け答えにかつてゼタと出会ったとき一緒にいたゼタの相棒、バザラガのことを思い出していた。

 

「ああ、ほんとだな。バザラガそっくりだ」

 

 グランも同意すると、二人の言葉にセルグは驚きの顔をみせる。

 

「バザラガを知っているのか? だから組織のことも知ってる感じなんだな。あの人、余計なことすぐ喋るから……はは、懐かしいなぁ」

 

 セルグはどことなく懐かしさと寂しさを感じさせる笑みで笑う。グランとジータの様子に警戒心を解いていたセルグは少しだけ雰囲気を柔らかくし、二人からの質問に応対する。

 穏やかな空気に包まれながら少しの間、3人は会話を楽しむのであった。

 

 しばらくセルグと談笑をしていたグランとジータはセルグに改めて疑問を投げかける。

 

「それで、セルグさんはここで一体何を? 祠に用があったんですよね」

 

 気になって仕方が無いのか。一度は断られた質問をもう一度投げかけてみるグラン。だがセルグの答えは変わらず

 

「先も言ったが私とヴェリウスに深く関わることだ、ついでに言うなら組織にもな。おいそれと話すことはできない。さぁ、随分時間もたった。仲間が心配するだろうし今日のところは帰るんだ」

 

 急にあしらうセルグに明確な拒絶の意思を感じた二人は、ひとまず艇に戻る事にした。

 だが、帰ろうと背を向ける二人に今度はセルグから声がかかる。

 

「もう二、三日はここにいるつもりだ。彼女から話を聞くんだろう? その上でまだ聞きたいことがあるのなら来るといい。全部を話すことはないが善処はしよう」

 

 拒絶から一点、不器用ではあるが許容の言葉を告げるセルグに二人は気持ちの良い返事をしてその場を去っていく。二人が去ったあとを自嘲気味な笑みを浮かべてセルグは呟いた。

 

「あの人の癖が伝染ったかな……ぶっきらぼうなくせに妙に優しい人だったし」

 

 久方ぶりに関わった他者から、懐かしい知人の話を聞き、記憶にある自分とは違う行動を起こした原因を、かつての恩師へと丸投げするセルグ。呟きのあとはせっせと野宿の準備を始めるのであった。

 

 

 

 

 停泊させていたグランサイファーの一室に騎空団の仲間達が集まっていた。その中で怒りを抑える気の無いゼタの声が響き渡る。

 

「クソ! 完璧に負けた……あんな奴許しちゃおけないのに!!」

 

 グランとジータが艇にもどり皆が集まっている部屋に入ると怒りに震えるゼタの姿を目にする。

 

「それでも森を燃やしちゃうところを防いでくれたことには感謝しなくちゃいけないわ」

 

 部屋の中に幼い少女の声が響く。声の出所はソファーに座っていた薄い色の金髪の少女。騎空団の団員『イオ』である。まだ幼い身でありながらすでに三種の属性を扱い、様々な魔法で戦える天才少女だ。

 

「その通りだわ、森を燃やしてしまった。なんていったら、あなたがキライな悪者達の仲間入りよ。過去に何があったかは知らないけどそこには感謝しなくちゃ」

 

 続いて聞こえるのは大人の女性の声。バラの髪飾りを付けたやや茶色がかった髪の女性。名前は『ロゼッタ』。見た目は美しく若々しいが、発言や纏う雰囲気にはどこか年季を感じさせる不思議な女性である。年齢は不明。女性に年齢を尋ねるとは無粋もいいところらしい。

 

「みんな、ただいま。ちょっと遅くなっちゃった」

 

 ジータが戻った事を告げると、二人に気づいたゼタが慌てた様子で近づいてくる。

 

「団長さん達! 遅かったけど大丈夫だった? あいつにひどいことされてない? なかなか帰ってこないから心配してたんだよ!!」

 

 ゼタが駆け寄り怒涛の質問攻めをする。それにたじろぐジータに代わり後ろに居たグランが答える。

 

「心配してくれてありがとう、ゼタ。でも大丈夫だったよ。森を守ってくれたことへのお礼と、少し話してただけだから。残念ながらあそこで何をしていたかは聞けなかったけど……」

 

「うん、それでねゼタさん。話して欲しいんだ。セルグさんが何をしたのか。ゼタさんがそこまで怒る。ううん、憎しみともとれるほどの怒りを抱いているのは何故なのか」

 

 ジータの発言にゼタが押し黙る。グランもカタリナもヴィーラも、ゼタの怒りの激しさを目の当たりにしており、気になっていた。現場に居合わせ無かったイオやロゼッタ、ラカムにオイゲンも、戻るなりずっと怒りを抑えることのないゼタの様子に疑問が尽きることはなかった。

 押し黙ったゼタへと視線が集中し部屋には沈黙が訪れる。

 

「ゼタ、少なくとも僕たちが話した限りでは、セルグさんが悪い人には……ゼタが憎しみを抱くようなことをする人とは思えない。何があったか話してくれないか。君をとめられなかった僕らにはそれを聴く責任がある」

 

 グランの言葉に、怒りの余り仲間に迷惑をかけた自覚もあったゼタは、いくらか戸惑いながらどこから話すか逡巡した後、ポツリポツリと話し始めるのであった。

 

「そうだね……まずは組織のことから話そうか。知ってると思うけど私たちは特殊な力を持つ武器を与えられて、お偉いさんから指令を受けて星晶獣を討伐することを主として活動している。あ、この話は他言無用でお願い。本来なら話しちゃいけないことなんだ。

 それで奴のことだね。アイツは絶刀天ノ羽斬の所有者で、組織の戦士……いや、たった一人でいくつもの星晶獣を討伐していた凄腕の戦士だったんだ。多分、対星晶獣であれば最強といってもいいんじゃないかな」

 

「だったってことは……」

 

 過去形で終わった言葉にイオから疑問の声が上がった。

 

「そう、今は組織の人間ではない。アイツは最後の任務で……討伐対象だった星晶獣ヴェリウスと共に、一緒に討伐に向かった仲間たちを皆殺しにして行方をくらましたんだ。 総勢36名の討伐隊を一人残らずね」

 

 全員の顔から血の気が失せる。何気なくといった感じで告げられた恐ろしい事実に仲間達の表情が固まる。36名…その数は多いとか少ないとかそんなレベルではない。ヒト一人が背負うには重すぎる罪であった。

 だが、ゼタの話はまだ続いていく。

 

「その中にね……当時新人だった私には心の支えとも言える親友がいたの。『アイリス』って名前でね。その名のとおり花が咲いてるような笑顔を見せる優しい子だった。訓練時代からずっと一緒で、やっと任務を請け負うようになった私たちはお互いに切磋琢磨していこうって笑い合っていたんだ。一緒に頑張っていこうって……

 その日連絡を受けて現場に行った私は、その凄惨さに思わず目を背けてしまった。全ての死体が、体をちぎられ、裂かれていた。そして、その中で見つけてしまったんだ。体が半分に引き裂かれ死んでいる親友の姿を。 信じられなかった。ちょっと前まで一緒に頑張ろうって笑い合ってた人間がこんなにも無残な姿を晒していることに。そしてどうしようもなく殺意が沸いた。こんな光景を作った存在に!」

 

 語っていたゼタの声に怒りが込められる。かつて見た光景に怒りと憎しみが溢れ、体が震えていた。

 それに気づいたゼタはひと呼吸置いて、また落ち着いて語りだす。

 

「組織から打ち出された発表は、犯人がセルグという戦士だってことと、武器が天ノ羽斬ってこと。そしてヴェリウスの力を我がものとするためにあの惨劇を引き起こしたってことだった。ヴィーラのシュヴァリエと同じでヴェリウスはヒトと契約するんだって。その条件はたくさんの人を殺すこと。流した血の量が契約につながるとか。 アイツは己の欲望のために、力を手に入れるために! 多くの同胞を殺して私から親友を奪ったんだ!」

 

 最後には涙を流しながらゼタは己が知る全てを語った。涙に震えるゼタを見たロゼッタが優しく抱きしめ頭を撫でてやるのだった。

 

「ごめんなさいね、聞かなければいけないとはいえ、そんなに辛い過去を思い出させてしまって」

 

「あの野郎、とんでもねえな。なんてひでぇやつなんだ。ちょっとでも森を助けてくれてありがとうなんて思っちまったオイラを殴ってやりたいぜ!」

 

 聞かされた話にビィも怒りをあらわにする。

 

「36人か……それも私欲のためとはな。常人であれば耐えられない所業だ。例えば、星晶獣ヴェリウスに操られていたという可能性はないのか? 正直、あの穏やかな雰囲気の青年が、といわれるととても信じられない話だ」

 

「お姉さま、お気持ちは分かりますがその可能性は低いです。彼はあの星晶獣と少なくとも主従の関係でありました。 それも彼が従える方向でです。人を操ることが出来る星晶獣がいないとは限りませんが、その能力で自分が服従する星晶獣はまずありえないでしょう」

 

 カタリナの希望的な観測にヴィーラが可能性は低いと否定する。

 

「オレもたくさんの人間を見たり聴いたりしているが…そこまで罪を重ねた人間の話は初めてだぜ。カタリナが言うように正気の沙汰とは思えねえが」

 

「だが現実に事件はおき、犠牲者は出ているんだろう。正気だろうが正気じゃなかろうが許せるもんじゃねえよ!」

 

 オイゲンは信じられないという風に、ラカムは苦々しげな表情で。それぞれ想うことを語る。

 

「――私、いまからそいつのところ行ってぶっ飛ばしてくる! そんなやつ私の魔法でけちょんけちょんにしてやるんだから!!」

 

 静かだったイオはヒトをヒトと思わない所業に怒り、息巻いてセルグのところへ向かおうと立ち上がった。まだ幼い少女であるイオにとって仲間が悲しみに暮れる原因ともいえる存在に怒りを抱かないわけが無かった。

 だが、息巻いたイオをラカムが止める。

 

「ば、バカ! お前、今の話聞いてただろう。今日だってゼタがあっさりとやられて帰ってきたばかりだろうが。いくらお前が魔法の天才だからって返り討ちに遭うのがオチだぞ」

 

「そうね、今の話を聞くだけでも彼は星晶獣を討伐する為の戦士36名を相手に、一人で屠ることのできる実力者よ。私たちが全員でかかっても相手になるか……」

 

 ロゼッタも苦虫を噛み潰したような顔でイオを嗜める。ラカムとロゼッタの言葉はイオを踏みとどまらせるがイオの怒りが収まるわけではない。抑えられぬ怒りは言葉となって飛び出す。

 

「でも!! そんなやつ許せるわけないじゃない! そんなヤツがのうのうと生きているなんて許されていいわけがないわ!」

 

 団員の皆がセルグへの怒りを次々にあらわにする中で、しかしグランとジータは妙に落ち着いていた。

 怒りに騒がしくなっていた部屋でジータがポツリと呟く。

 

「本当に……ヴェリウスと契約するためだったのかな?」

 

「そもそも星晶獣との契約ってなにか条件が必要なのか。前例がなさすぎて見当がつかない」

 

 あわせてグランも皆に問いかける。仲間たちは呟かれた言葉を耳にし、怒りに染まっていた心を落ち着かせ二人の言葉を聞く。

 

「確かヴィーラさんのシュヴァリエは帝国の兵器アドヴェルサとも融合していたり、無条件な感じでしたよね。ヴィーラさん。シュヴァリエとの契約になにか特別な制約ってあるんですか?」

 

 空の世界でもかなり稀有な、星晶獣を従える存在であるヴィーラにジータは問いかけた。共通点を持つヴィーラならば何かわかるかもしれないと期待の視線を向けるジータに応えるようヴィーラも思案した後、口を開く。

 

「特には…ありません。あの時みなさんに告げた騎士の盟約も真っ赤な嘘ですし、少なくともシュヴァリエに契約の義というものは存在しませんわ。 そもそもあの子は私を認め付き従っているにすぎません」

 

「二人共何が言いたいの? まさか実はあいつがやったことじゃないとでも言いたいわけ!!」

 

 ゼタがセルグを庇うような言葉を投げかける二人に剣呑な視線と共に問いかけた。

 

「ゼタさん、落ち着いて。そういうことじゃないの。セルグさんも自分でそれだけのことはしたって言ってたからきっとやったことは事実なんだと思うの」

 

「でもだからといって、星晶獣を手に入れるためとか、力のためとか。私欲でセルグさんがそんなことする人とは思えない。ゼタが知っているのはあくまで組織から挙がってきた情報だろ。それだけじゃ本当にそこで何があったかわからないじゃないか」

 

「何があったところでアイツがあそこで36人の同胞を殺し、私の親友を奪ったのは事実だ! アイツはなんとしてもこの手で殺してやる。絶対に邪魔はさせない!」

 

 冷え切った瞳と強烈なまでの意志。なんとしても仇を討つとその憎しみをあらわにするゼタとは対照的に、グランとジータは落ち着いていた。二人から見ればセルグは不器用だけど優しい青年の域を出なかった。どう考えてもゼタが言う悪逆非道を行う人間とは思えなかったのだ。

 

 

 ”私に怒りを向けるのは構わない。それだけの罪を犯した。恐らく組織の挙げた情報もひどいものだろうから恨まれていることは覚悟している。”

 

 

 グランの脳裏にセルグの言葉が思い起こされる。あの発言だけでも、情報操作の可能性はでてくるだろう。彼は明確に組織の挙げた()()()ひどいものだと言った。それはつまり、ゼタの言うことは事実でもありながら真実とは言えないのではないか。

 やったことは間違いない。だがそこに深い事情というものがあると思うのは希望的観測なのだろうか、とグランは考えていた。

 

「とりあえずゼタ、落ち着いて怒りたい気持ちはわかるけどそれを仲間にまで向けるのは許されないよ」

 

「私も話を聞いて思うところがないわけじゃないんです。それでもゼタさんのそれは私怨ですから、私たち騎空団の仲間に向けていいものじゃないです」

 

 ジータは優しく諭すように告げる。見ればゼタの殺気に当てられルリアとイオは顔を強ばらせぐったりとしている。歴戦の戦士たるゼタが放つ殺気は幼い少女たちには酷であった。

 部屋に広がる沈黙は長くは続かず、ジータの言葉に一度落ち着いたゼタは静かな声で言葉を発した。

 

「――うん、その……ごめん。思い出しちゃったのもあって感情的になりすぎちゃって。二人共八つ当たりしちゃってごめんね」

 

 ゼタの素直な謝罪に周りは一安心といったように安堵する。先程までのゼタの殺気は今すぐにでもセルグを殺しに行くと飛び出しそうな程強烈なものだった。

 

「ルリアちゃん、イオちゃん、ごめんね。キッツイ殺気ばら撒いちゃって。団長、今日は外で野宿するね。頭冷やしたいし、一人で考えたい」

 

 ルリアやイオを気遣いながら今夜は野宿をすることを告げるゼタ。

 

「わかった、この辺の魔物はみんなたいしたことないけど気をつけて」

 

「寒かったら帰ってきてもいいですよ」

 

 グランとジータは二つの意味で許可の言葉を伝えゼタを見送る。

 

「ハハハ、寒くて帰ってきたはカッコ悪くていえないかな。それじゃみんな……おやすみなさい」

 

 そういうとゼタは艇を降りてセルグが居た方向とは逆の方へ歩いて行った。

 

 

 部屋に残された一行は大きく息を吐く。イオやルリアだけではなく、グラン達も含め皆ゼタの殺気に肝を冷やしたのは間違いなかった。

 

「ふぅ、凄まじい怒りだったな。無理もないことだが。聞いた話が事実であれば我等とて同じ気持ちになるだろう」

 

「そうですね。彼女の怒りはまさしく炎のように猛々しい。あの性格が彼女の強さなのかもしれませんね」

 

 カタリナとヴィーラがゼタの怒りを思い出し嘆息する。騎士である二人がここまで言う彼女の怒りが、どれ程猛々しいかが、グラン達にも伝わってくる。

 

「ひとまず今日はみんな疲れてるしもう寝ようか。明日もう一度僕とジータでセルグさんのところに行こうと思うんだ。ゼタには内緒でいくから、みんなには留守番をお願い。戻ってくるようだったらゼタを引き止めておいてくれ」

 

「わかった。できる限りのことをしよう。ヴィーラ、彼女と一緒に明日は戦闘訓練をしないか。今日の敗北を重く受け止めていることだろうし、私たちも協力しよう」

 

「はい、お姉さま! セルグさんは刀の使い手。私たちのように細く疾い剣をあつかうものは仮想敵にふさわしいと思います」

 

 ヴィーラはカタリナの意見に同意し明日の訓練を思い馳せて楽しみな表情を浮かべる。

 

「私はルリアと一緒に村の方に顔を出してみようかなぁ。ねぇルリア一緒にいきましょう?」

 

「いいですね、イオちゃん。村で美味しいものを見つけて食べたいです!」

 

「俺たちは艇に留守番でいいかな。なぁラカム」

 

「お? ああ、そうだな。別段やることもないしな」

 

「うわぁ、ラカムおじんくさ。やることがないなんて、もう元気がないってことかしら」

 

「んだとガキンちょ!」

 

 イオの軽口にラカムがげんこつを落とす。各々が明日の予定を立てながら少しだけ談笑して笑い合う。先ほど聞いた話に落ち込んだ心を慰めるように。そうしてそれぞれ就寝していった。

 騎空士達のなんだか妙に長い一日が終わった。

 

 

 

 

 

 

 次の日の早朝。森の中に何かが空気を裂く音が響いていた。

 

 大きく槍を振るっていたのはゼタ。大きく薙ぐような動きには力の躍動を感じる。しかしそこから一転して落ち着くと、息を吐いてアルベスの槍を構える。小さなモーションからの素早い突き。そこから石突をつかって連撃。ステップで距離をとってさらに早く細かい突きを繰り出す。敵を想定して槍の間合いでの戦い。接近しての戦いとゼタはアルベスの槍を振るい特訓をしていた。

 

「(今まで星晶獣との戦いしかまともにしてこなかった。それで勝てないのなら勝てる戦いを身に付ける!!)」

 

 想定するは刀を振るうセルグ。槍で刀の間合いの外から牽制を繰り返し、隙ができた瞬間に渾身の一撃を入れる。懐にはいられることも想定し対セルグの戦術を練っていた。

 

「朝から特訓っすか~精が溢れ出てるっすね~」

 

「は?」

 

 真剣な面持ちで修練を行うゼタが唐突に聞こえる声に振り向くと、そこには朝食にパンを焼いたのか焼きたてのパンをカゴに入れて持ってるローアインがいた。

 

「ゼタちゃんが何も食べてないだろうってダンチョさん達にいわれて飯つくっちゃした。どうです、このパン。最近のオレのトレンドっつぅかハマってる料理的な。せっかくだからたべてみてくださいよぉ。色んなバリエーションあるから。焼いたのも蒸したのも具沢山のも。んじゃ!またあとでもってきますわ~」

 

 嵐のようにパンだけを置いて帰っていったローアインに呆気にとられるゼタ。しかし体は正直で昨日の夜から考え事と修練で何も口にしていないことを思い出したゼタは女の子にあるまじき腹の虫を盛大に鳴らした。

 

「う、うわぁ!?」

 

 思わず音の漏れた空腹のお腹を押さえるが、音は抑えられずゼタはローアインに聞かれなかったかと周囲を見回す。気配がないことに安堵し、溜息とともにカゴの中のパンを一つとって齧る。お腹がすいていたゼタが意識せずとも手にとったのは具とチーズを乗っけて焼いたなんとも食欲をそそるようなパンであった。

 

「これ……おいしいわね」

 

 疲労している体にパンのエネルギーが駆け巡るような気がしたゼタだった。

 

 

 

 

 グランサイファーの甲板で準備を終えたグランとジータが艇に残る二人に声を掛ける。

 

「それじゃ、ラカム、オイゲン。留守の間よろしく頼む」

 

「お願いしますね。ラカムさん、オイゲンさん」

 

「おう、気ぃつけてな。お前さんらの話を聞くと大丈夫だとは思うが、万が一ってこともある。ヤツが本性を出してくるようなら迷わず救援を呼べ。いいな」

 

 オイゲンの言葉に頷いて、二人は森に向かって歩き出す。

 昨夜ゼタが語った話の真実を確かめに、セルグの元へと向かうのだった。

 

 

 

 セルグの元へと向かう道中の森で、二入は違和感を覚えた。なんとなく森が騒がしいのを感じる。

 鳥達が騒ぎ、動物たちが走り回っているようだった。皆一様にこれから向かう場所、セルグがいた場所から遠ざかるように逃げていた。

 

「なんだろう……嫌な予感がする」

 

「動物たちが怯える何かがこの先に?」

 

 双子の二人は同様になにか危険なものを感じ取った。警戒しながら目的地へと慎重に足を進める。

 昨日の祠の前の開けた場所まででるとそこには驚くべき光景がひろがっていた。

 一人の青年が闇を纏って立っていた。言うまでもなくセルグであったがどこか様子がおかしい。虚ろな瞳、恐怖を浮かべた表情。まるでひどい拷問でも受けて心を壊されたような生気の宿らない姿だった。

 セルグの様子に何があったかわからなくとも、何かあったのは瞬間的に理解し二人は駆け寄ろうとするが、近寄ると同時にセルグが悲痛な声を上げた。

 

「くぅるううなああああああ!!」

 

 瞬間、セルグの背中には翼が生える。黒い翼。そう、ヴェリウスのように黒い翼だ。翼を羽ばたかせると羽がエネルギー体となって二人に殺到した。

 突如放たれた攻撃であったがグランとジータは落ち着いて対処する。

 

「ジータ!!」

 

「うん、ファランクス!!」

 

 グランの前に出たジータの声と共に光の障壁が出来上がる。今のジータは昨日着ていたホーリーセイバーの鎧を身にまとっており、防御技の『ファランクス』でセルグの攻撃を受け止め切ったのだ。受け止め切った二人は改めてセルグを見やる。セルグは怯えた表情で翼を動かし続けていて、何者を寄せ付けない様な雰囲気を醸し出している。

 

「あの翼は……ヴェリウスのものだろうか。ヴィーラさんがシュヴァリエの力をかりてる時と同じ状態?」

 

「いや、ヴィーラはシュヴァリエの力を身に纏うだけでその精神部分にまでは干渉されていなかっただろう。いまのセルグさんの状態はヴィーラのとは違う気がする」

 

 セルグと相対しながら、状況を分析する二人。ジータはホーリーセイバー、グランは黒い鎧を着込んだ『ダークフェンサー』の姿でセルグと向かい合う。どうにも状況がつかめないながら、一先ずはセルグが攻撃してくるなら対処しなければならない。二人は戸惑いながらも戦闘態勢に入った。

 

「とりあえずなんとかしてセルグさんを落ち着かせないと。グラン、ミストとグラビティで援護して。私が隙を突いて接近するからタイミングを図ってスロウを」

 

 毅然とした口調で前衛を買って出るジータをグランが制止する。

 

「ジータ! いくらホーリーセイバーでもセルグさんを相手に接近戦は無茶だ。遠距離から地道に攻撃を加えていかないと」

 

「ううん、ダメ。そんなことをしていたらこの森がどんどん破壊されていく。それにいまセルグさんは刀を持っていない。接近できればこっちが有利になるはず」

 

 ジータの言葉にグランが周囲を見渡す。先ほどのセルグの攻撃で周りの木々や地面はことごとく砕かれて破壊されていた。ただの一度の攻撃でもたらされた光景にグランは戦慄する。

 

「――わかった。援護は任せてくれ。僕はなんとしても彼の動きをとめてみせる。合図はグラビティを撃ったらだ。行くぞ!」

 

 周りの惨状にグランが腹をくくる。ジータが危険ならば自分が完璧な援護をしてやろうと気合を入れた。

 

「了解!」

 

 作戦会議が終了し、二人が動き出す。まずはグランが魔力を剣に込め上空へと放った。魔力は形を変て、矢となってセルグに降り注ぐ。『アローレイン』。突き刺さる魔力の矢が相手の動きを阻害し、攻撃行動を鈍らせた。同時にグランは地面に手をついて詠唱。セルグの足元に魔法陣が現れ、黒い霧が吹き出す。『ミゼラブルミスト』。黒い霧が体内に入り込み毒のように相手の体を弱らせ行動を阻害していく、功防一体で相手の能力を下げる技だ。セルグはアローレインを翼で防御していたところにミゼラブルミストを受け、あっさりと動きが鈍らせることとなる。好機とみたグランが更に『グラビティ』を詠唱した。半球状の特殊な力場がセルグを押しつぶすように圧力をかけて膝を折らせる。

 

「ここ!」

 

 ジータが剣を構え駆け出す。グランも後詰としてジータとは別方向より接近していった。ジータが狙うのは黒い翼を切り落とすこと。そうすれば攻撃手段は半減し一気に優位に立てると考えた。

 上段に振りかぶった剣をジータが下ろそうとした瞬間、セルグは動きにくい翼で何とか振り払おうとするが急速に動きが鈍くなる。グランが剣から飛ばした魔力がセルグの動きを止めたのだ。短い時間ではあるが相手の動きを止める『スロウ』。完璧なタイミングで放たれたスロウによって、セルグは無防備な翼を晒す。

 

「もらった!!」

 

 声と共にジータが剣を振り下ろす。

 しかし、振り下ろされた剣は翼を切り落とすこと叶わず、突如現れた翼を象った剣に防がれた。いつのまにかセルグの手には黒い翼のような剣が握られていた。

 

「はなれろおおおおお!!」

 

 セルグの叫びとともに黒い暴風が吹き荒れジータを吹き飛ばす。幸い吹き飛ばされただけで大したダメージは受けなかったが、チャンスを逃したことも含めて状況は悪い方向に傾く。

 翼は切り落とせず、新たな武器を手にしたセルグ。刀を扱うセルグならば剣の腕も並ではないだろう。翼だけでも厄介だったセルグの戦闘力が飛躍的に上昇したのだ。

 

「大丈夫か、ジータ!」

 

「ごめんなさいグラン。しくじった。」

 

 駆け寄るグランに申し訳なさそうに返すジータ。セルグと相対しながら油断なくその姿を見据える。

 

「いや、見立てが甘かった。まさか剣を作り出すとは。

 

 アローレインとミゼラブルミストの効果はまだ続いていて、動きは鈍いままだったが、二人はセルグを倒す糸口が見えないでいた。逡巡している二人にセルグは先に行動を起こした。再度、羽を飛ばそうと翼に魔力を集中し羽ばたかせようとする。ジータはもう一度ファランクスで受けることを考えるが再使用に必要な魔力を集中するにはもう少し時間がかかる。仕方なく回避に専念しようと身構える二人だったがそこに別の声が響いた。

 

「アルベスの槍よ! 我らが信条示し、貫くために牙となれ!!」

 

 ゼタの声は空中から聞こえた。跳躍でセルグの上をとったゼタは渾身の力を込めて叫ぶ

 

「プロミネンスダイブ!!」

 

 不意を突いての全身全霊。 ゼタの出現にとっさの判断で翼で防御することを選択するセルグだったが、その防御はゼタの攻撃に脆くも崩れさり、セルグはさらに剣で受け止めた。

 

「団長さん達まで……絶対に許さない!!」

 

 炎が、爆発が勢いを増す。ゼタの激情が防御していたセルグの剣を破壊した。破壊されると同時にセルグはバックステップで距離を取る。間髪入れず追撃に入ろうとしたゼタだったが、目の前で膝をつき苦痛に顔を歪めるセルグに動きを止めた。

 纏っていた黒いオーラは消え去り同時にセルグは前に倒れていく。既に意識は無い様で、体を起こす気配は見受けられない。同時に彼の中からは小さい光が現れヴェリウスが出てくる。

 

 

 状況がわからないまま、セルグの暴走は唐突に終わりを告げたのだった

 

 




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