granblue fantasy その手が守るもの 作:水玉模様
空域 ファータ・グランデ アマルティア島
夜の帳深い深夜のアマルティア島。
深い闇が森を染める音のない世界に、小型艇が降り立つ。
静かにアマルティアへと降り立つその小型艇は、まるで暗闇の如く黒く塗られており、夜に溶け込む。その中からは6人の人影が出てきた。
「一先ずは潜入できたか・・・“クロード”。お主が指揮を執る事になっているがどうするのだ?」
低くしわがれた声が小さく響く。黒い特徴的な兜をかぶったドラフの大男の声は、小さくとも音の無い静かな森では否応なく響く。
「“バザラガ”、“ユーステス”。お前たちはあの化け物とは知り合いだったんだろ?ならばオレがヤツの下へ向かおう。お前たちは一人ずつ連れて2か所で陽動を行え。
いくらオレ達でも正面切って秩序の騎空団とやり合えば全滅は必至だ。上手くでかいのを釣り上げて足止めをしておけ。」
クロードと呼ばれた男が、命令を下す。その表情には喜色満面といった感じの喜びの笑みが浮かび、これから行われることに期待を馳せているようであった。
「目的はあくまでアイツの回収だ。逸って余計なことはするな・・・」
そんなクロードに釘を刺すのはユーステスと呼ばれたエルーンの男だった。
「あ?そうだな・・・いちおう回収は考えておこう。だがヤツとて素直に回収される奴じゃねぇんだろ?そうなったら仕方ないから殺すしかないさ。」
「・・・まぁいい。おい、お前。オレと一緒だ。ついてこい。」
「はい。」
クロードの言葉に表情を変えず、ユーステスは部下を一人連れて行動を開始する。
「オレも行くぞ。一人ついてこい。クロード・・・甘く見ていてはしくじるぞ。用心しろ・・」
そう言葉を残し、バザラガも暗闇へと消えていく。
「へ、何をビビッてやがる・・・こちとら対人最強の武器持ちだ。どんな奴だろうと殺せるんだよ・・・おい、いくぞ。」
クロードもまた襲撃の為に移動を始める。
アマルティア島に降り立つ悪意が音もなく動き出した・・・
ケインとの邂逅から2日。
鳥がさえずる声・・・ではなく、ヴェリウスが傍らで突くことでセルグは深夜に目を覚ます。
「どうした、ヴェリウス・・・?」
周囲には変な気配はない。何故起こしたと怪訝な表情を見せるセルグに、ヴェリウスからの思念が叩きつけられる。
「アマルティアに密航した小型艇あり・・・か。良く見つけてくれた。ありがとう、ヴェリウス。」
感謝の声と共に起き上がるセルグ。すぐに牢屋の外にいるであろうモニカかリーシャを呼ぼうと動き出す。
「おーい!今いるのは・・・リーシャか。」
セルグの声を聞きつけ牢屋の前へと顔を出したのはリーシャだった。どうやら今の時間はリーシャの担当らしい。
「なんですか?そのがっかりとした顔は。すいませんでしたね、モニカさんじゃなくて。どうせ私は頼りないですよ・・・」
セルグの反応に拗ねた様子を見せるリーシャ。船団長で責任ある立場の彼女が、妙に子供っぽい仕草をしていることに、思わず笑うセルグだったが気を引き締めて口を開く。
「拗ねてないで真面目に話を聞いてくれ・・・ヴェリウスがアマルティアに侵入した小型艇を見つけてくれた。」
「べ、別に拗ねてません!!って小型艇!?それって侵入者じゃ・・・もう、早く言ってくださいよ!!」
慌てて動き出すリーシャに、盛大に不安を感じるセルグだったが、そんなセルグを尻目にリーシャは牢屋を離れ近くの団員達と連携を取るべく動いていく。
「総員、警戒態勢を取ってください!不確定ではありますが、侵入者有りの情報です!モニカさんに伝令を!情報の真偽の確認とこちらに増援を要請してください!急いで!!」
慌てていようが、セオリー通りの対応をするリーシャに思わずセルグは舌を巻く。頼りなさのあった彼女の優秀な一面を見たセルグは、リーシャの評価を幾らか上げるのであった。
秩序の騎空団の隊舎でモニカは休息をとるところであった。
セルグの警護をリーシャと代わり、ある程度の事務をこなしたところで今日の疲れを癒そうと就寝しようとした矢先・・・
「モニカ船団長補佐!リーシャ船団長より伝令!アマルティアに侵入者有りとの事!情報の真偽の確認、及び警護の増援を願う旨を言伝されました!」
モニカの下に団員より報告が飛び込んでくる。報告を聞いたモニカは休む直前だったこともあり苦い顔をしつつもすぐに対処する。
「そうか・・・すぐに島周辺の哨戒をしろ!お主はそのまま伝令だ。各部署に連絡し警戒態勢を取らせろ!敵の正体と目的が割れるまで気を抜くなと伝えておくのだ。事が起これば現場の判断に任せる!
私はリーシャの元に行かねばならない。あやつの言うとおりなら狙いはセルグだ・・・各地点には陽動として襲撃が考えられる。直ちに行動しろ、急げ!」
モニカは伝令を走らせ自らは武器を手に取り、急いでリーシャの元へ向かう。未だ地に足つかない大切な後輩の下へと。
「リーシャ、決して無理をするでないぞ!!」
アマルティアを包む夜の闇はモニカの心を表すかのように重く暗い雰囲気を醸し出していた・・・
「あの・・・バザラガさん?」
暗い闇の中で宿舎を前にバザラガと部下の一人が待機していた。
「む、なんだ?任務中に私語は慎め。」
「すいません、でも気になりまして。今回の任務のターゲット。一体どんな人物なのでしょうか?我々は星晶獣との戦闘を主とする組織です。その我々がなぜ人をターゲットとしているのか・・・」
バザラガは思案する。話すべきか・・・話さないべきか。気になって任務に集中できなくても困るとバザラガは前者を選ぶ。
「奴は星晶獣を従える男だ。だからターゲットとなった。回収なのはその力をうまく使える可能性があるからだ。・・・、かつては組織の戦士でもあった男だ・・・」
「え!?それはどういう・・・」
思わず聞き返す部下にバザラガは口を閉ざす。
「しゃべりすぎたな・・・いくぞ、襲撃をかけ少しだけ騒がせればよい。」
バザラガと部下は宿舎へと襲撃をかける。わずかながら騒ぎになるもモニカより指示を出されていた秩序の騎空団は見事に体勢を立て直し、すぐに二人を追い返すのであった・・・
「ここは騎空艇の停泊所か?あそこでいいか・・・」
ユーステスがついた場所は騎空艇がひしめく停泊所。秩序の騎空団ともなれば専有する艇も多い。いくつもの艇が停泊しているのが見えた。
「あの、ユーステス殿。」
「なんだ?」
「クロード殿とはあまり気が合わないのですか?なにやら険悪な雰囲気でいましたが・・・?」
部下の質問にユーステスは小さく口を開く。
「アイツは騒がしい・・・任務中も常にアイツの周りはうるさい。それにすぐ騒ぐ。平穏と静寂を望む俺とは相容れぬ存在だ・・・おしゃべりは終わりだ、行くぞ。」
そう言って停泊所に銃口を向けるユーステス。静かな狙撃主は騎空艇を狙い撃つ。
牢屋の中でセルグは焦っていた・・・どうにか腕の拘束を解かなくてはいざというとき何もできないと。
「リーシャ。拘束を外してもらえないか?正直モニカならともかく、お前が護衛なのは些か不安というか・・・」
セルグはリーシャに頼み込む。鍵のついた手錠は簡単に外せるものではない。無理に壊すのも難しく外してもらうのが一番であった。だが
「ダメです!貴方は我々が保護しています。貴方を守ることは我々の責務です!その貴方を戦闘に加えるなど、できるわけがありません!!」
リーシャは断固として拒否をする。己に対する評価への反発ではない。あくまで秩序の騎空団として、その責務を果たすと言う。
「だが、リーシャ。お前ではヤツラに太刀打ち」
「ほう、小娘の割になかなかの気概を持ってるようだな。秩序の騎空団などふんぞり返って偉そうにしている奴らばかりだと思っていたが・・・」
そんなリーシャの気迫に応えるのは先ほどまで其処にはいなかった男の声だった。
「くそっ・・・お早い到着なことで・・・どちらさんだ?」
「おお、化け物もいたか!小娘の気概に目を奪われて視界に入っていなかったよ。申し遅れた。私はクロード。そこの化け物の処理をしに来た者ですよ。」
芝居がかった感じでクロードと名乗る男がリーシャの目の前に立つ。その腕には鋭利な爪を備えた小手が装備されていた。
リーシャがすぐに牢屋にいるセルグの前に立ち、男と対峙する。
「ここはアマルティア島、秩序の騎空団の拠点です。正式な手続きもなく侵入することは大きな問題行為になります。来訪の手続きを確認させてもらい」
「何を的外れな事を言ってるんだ小娘。そんなどうでもいい手続きなんか関係ねえんだよ。こちらで出してしまった犯罪者をこちらで処理しに来たってだけだ。だからよぉ・・・素直にこっちに引き渡してくれねえか?」
クロードがリーシャの言葉に口調を荒くしながらも、要求を述べる。
「彼については正式にそちらの組織より依頼を受け、捕縛し、裁判をする事になっております。そちらの組織より干渉を受ける謂れはありません。秩序の騎空団は断固として彼の引き渡しの要求を受け入れることはありません。」
リーシャはどこまでも冷静にクロードの言い分を論破する。そんなリーシャの言葉にクロードも苛立ちを隠すことができずにいた。
「よぅし、わかった。つまりお前はオレの任務を邪魔するってわけだな。ならよ・・まずはお前から処理してやるよ・・・」
クロードは右手に付けた爪を頭上に掲げる。
「滅爪イビルレギオン。我が眼前に仇なす愚者に、絶望の痛みを与えたまえ!」
言霊の詠唱。それに伴いクロードの爪には禍々しく力が宿る。赤黒く鳴動する力は観る者に恐怖を抱かせるオーラを放つ。
「くっくっく・・折角だ・・・いい声で鳴いてくれ。化け物の鳴き声も楽しみだったが女子供の鳴き声を聞くのは格別だからなぁ!!」
嫌悪感を抱く事この上ない愉悦の笑みだった。リーシャの目の前にいる男は正しく狂気を纏って爪を構える。
「くっなんて醜悪な・・・秩序の騎空団として貴方を捕縛します!!」
「落ち着けリーシャ!逃げろ!!適う相手じゃない!オレは大丈夫だからそんなやつにやられはしない、だから!逃げろ!」
セルグの言葉も空しく、リーシャは恐れることなく戦闘態勢を取る。セルグはそんなリーシャの姿に言い知れぬ不安を感じていた。
「いい度胸だ!いくぜぇええ!」
接近するクロード。狂気の爪は躊躇なくリーシャへと振り下ろされる。リーシャは防御は危険と判断し、すんでのところで回避。同時に抜き放った剣を閃かせるもクロードは難なく躱しカウンターの蹴りを放つ。
「くっキャアッ!?」
あえなく蹴り飛ばされたリーシャが吹っ飛ぶもそこで終わるわけもない。クロードはすぐさま追撃をする。起き上がろうとしたリーシャに容赦なく爪を振り下ろした。
「くっ!?」
リーシャは反射的に転がって躱すも、わずかに遅かったのかクロードの爪がリーシャの肩を切り裂く。
「うあぁああああ!?」
その瞬間にリーシャは絶叫を上げる。わずかに裂かれた肩を押さえ痛みに狂い咽ぶ。
「リーシャ!?どうした、大したキズじゃ・・・」
セルグが牢屋の中から声を上げる。戦闘を観察してたセルグから見てリーシャが受けた攻撃は悲鳴を上げるようなものではなかった。
「いいねぇ~いい声じゃねえか!!どうだ、痛いか?この滅爪イビルレギオンは傷つけた瞬間毒のようにその個所に魔力を残す。それは強烈な痛みとなって、相手を蝕むのさ。毒ではないから体に問題はない。つまり、殺すこともなくこの武器はひたすらに苦痛を与えることができるってわけだぁ!!」
リーシャの悲鳴に興奮さえ感じているようにクロードは語る。そんなクロードの声に痛みに悲鳴を上げていたリーシャは毅然とした表情を持ち直し、立ち上がる。
「ぐっぅう・・最低!!セルグさんとどっちが犯罪者かわからないわね。相手をただ痛めつけることに快感を感じるなんて・・・狂人もいいとこだ!!貴方なんかに絶対負けない!!」
声高く吠えるリーシャ。その姿はさらにクロードを喜ばせた。
「ほう・・一度あの爪を受けてもそんな表情で立てるとはな。思いのほか気丈だな・・・どれ、もう一度聴かせてくれるか!!」
クロードが再度接近する。リーシャは痛みに堪えながらも、何とか攻撃を受けない様に躱し、防御をしていく。必死に動くリーシャを見る事すら楽しむようにクロードは愉悦の笑みを浮かべながら、徐々にその攻撃速度を上げていった。そして・・・
「ッッ!?」
二度目の攻撃がリーシャに届いてしまう。
もはや声にならない叫びだった。痛みを必死に耐え、涙を流すまいと歯を食いしばるリーシャ。いつまでも続く痛みはまるで腕のなかに何本も針を詰め込まれたようだった。
だが、それでもリーシャは倒れなかった。どれだけ苦痛に顔を歪ませても立ち上がりクロードを見据える。
そんなリーシャの姿は、今度はクロードを苛立たせた。
「てめえ・・・面白くねえんだよ!なんだその眼は?勝てるわけでもない。その化け物がお前のオトコってわけでもねえだろ?なんでそんな必死に守ってる?」
クロードはリーシャに怒り混じりに問いかける。イビルレギオンの痛みは想像を絶する。普通の人間であれば、一度で泣いて許しを請う痛みのはずだった。
「貴方なんかに絶対屈さない!私は、秩序の騎空団だ!どれだけ苦痛を与えられようとも、その信念は曲げない!かならず彼を守り通す!!」
偉大な父の後を追う・・・小さなころから少女が自らに課した使命はまだ未成熟な心に大きな重石となっていた。碧の騎士の娘だから。その言葉はどこまでも彼女を縛り付けていた。だからこそリーシャは退かない。父の名に恥じぬように。秩序の騎空団を貫き通す。
「ああ、そうかい・・・それじゃその目がどこまで続くか・・・試してやるよぉおおお!」
そんな折れないリーシャの姿に凶悪な笑みを深め、更に醜悪な顔でクロードは爪を振るう。それはリーシャをさらに2度斬りつけ彼女の固い決意を揺さぶるような痛みを与える。
「――――!!」
リーシャからはもう声が出なかった・・・叫ぶ力すらない程痛みは凄絶だった。
身体に力が入らず何も抵抗できないままに倒れ込むリーシャは意識が朦朧とする中でも己を責める痛みに必死に耐える。
「(あれ・・・なんで私倒れて・・・?いや、違う!立たなきゃ!負けられない!こんな痛みに・・・あれ・・・痛くない?)」
リーシャは自分が死んでしまったのかと思った。唐突に耐えがたい痛みが消えたことに戸惑う。痛みが感じられぬほど自分はやられてしまったのか・・・また次の痛みが来るのではないかと恐る恐る閉じていた目を開けていく・・・
「モニカ・・・さん?」
痛みに涙を浮かべていたリーシャは霞んだ視界で前をみた。
そこには秩序の騎空団の制服。はためく黒のコートがリーシャの視界に入る。
斬られた腕には淡い光。状態異常を治すクリアの魔法がかけられておりそこには秩序の騎空団の団員が手を翳していた。
「こんなになるまで、よくぞ堪えた、よくぞ戦ったリーシャ!・・・あとは任せろ!!」
其処にいたのは怒りの形相でクロードを睨みつけるリーシャの憧れの存在。第四騎空艇団、元船団長のモニカその人であった。
「よくもかわいい後輩を痛めつけてくれたなこの下種が・・・決して許さんぞ・・・泣いて許しを請おうと!地べたを這いつくばって謝ろうとも許さん!!リーシャが受けた痛みを百倍にして返すまで何度でも貴様を叩きのめしてくれる!!」
怒りは声となり爆ぜる。秩序の騎空団、第四騎空艇団で長い間船団長を務めてきた歴戦の戦士の怒りが、クロードに牙を剥く。
セルグは必死に周りを見渡す・・・何とか拘束を解く方法は無いか?ヴェリウスと融合したところで流石に拘束を力任せにちぎるのは無理だろう。ましてや腕が後ろ手にされていては力も入らない・・・
組織の襲撃が一人で行われるはずがない。すぐに増援が来るだろうと予測された。手をこまねいている時間は無かった。モニカが来たことでリーシャはなんとか助かっただろうが、事態は刻一刻と変化する。
「ああ、くそ!!どうすれば・・・!?これは・・・この気配・・・ハハッ、そうかよ・・・クソッタレ!」
小さくセルグは悪態をついた。近づいてくる気配、感じられる力は彼が良く知る人物であることが容易にわかった。悲しさと共にセルグは諦めにも似た表情で決意をする・・・その瞳に映るは新たな怒りの炎だった・・・
「行くぞ!」
モニカが疾走する。手にはやや小さ目な彼女の身長には不釣り合いな、長めの刀。だが、それが振るわれる速さはセルグの目を見開かせる程の速さであった。
振るわれた刀はギリギリでクロードに回避されるも、その切っ先はクロードの腹部を捉えており、わずかに傷がついていた。
「てめぇ・・・上等じゃねえか!ガキが!!てめえも一緒に処理してやるよ!!」
クロードが傷をつけられたことに激昂する。軽い身のこなしでモニカに接近し爪を振るおうとするも・・・
モニカもそれに合わせようと刀を振るう。爪と刀は甲高い音を立て弾かれあう。
お返しとばかりに振るわれた刀はクロードに防御されたが。
「ゴハッ!?」
モニカは鞘を使い全力でクロードの顔を打ち据えた。
「この程度で終わると思うな!リーシャの痛みは・・・こんなものではないぞ!!」
モニカの怒りは収まらずさらに攻勢を強める。
次々と傷をつけられ、明らかに不利が見えてきたクロード。
「くそ!まさかここまで早く動いてくるとは・・・」
クロードが想定外の事態に呻く。こんな事態は想定していなかった。本来であれば部下たちが他の場所に奇襲をかけモニカが出てくる前にセルグを処理するつもりだった。
モニカが駆けつけるのが想定より早すぎたのだ。この事態の原因ともいえる、使えない部下を胸中で罵倒するも現状は好転しない。仕方なく撤退をしようにもとても逃がしてもらえるとは思えなかった。
だが、そんなクロードに救いの手が差し伸べられた。
「苦戦しているようだな・・・クロード。」
「貸したくはないが任務だ・・・手を貸そう。」
現れたのは黒い鎌を持った大男と、銃を担いだエルーンの男。
「バザラガ!ユーステス!どこに行っていた!?はやく手をかせ!!さっさとあの化け物を殺すぞ!!」」
先ほどまでの苦戦していた表情から一転、強気を取り戻し二人と並ぶクロード。
「・・・あくまで回収が任務だ、命令を忘れるな。余計な戦闘は慎め。」
「だまれバザラガ!お前たちがしっかりと陽動を行っていればこんな苦戦することは無かったのだ!お前たち二人はこいつらの相手をしていろ!オレが化け物を殺す!」
クロードの言葉にモニカが戦慄する。組織の手練れが3人。いくらモニカと言えど一人で抑えられるわけがない。ましてや分散されては手の出しようもなかった。
「くそ、増援か!?総員、戦闘態勢をとれ!!牢屋に近づけさせるな!!リーシャ、動けるか?さすがに2対1は荷が重い。援護を・・・」
”ゴキリ”
突如、何かが折れるような音が響いた。
余りにも生々しく響いた音はその場にいた全員の動きを止め、そちらに視線を向けさせる。
そこにいたのは、拘束されたままのセルグ・・・右肩の骨を外し痛みに顔を歪めながら後ろ手に拘束されていた腕を体の前へと回していた。
「セルグ・・・お主、何をしておる!?」
己の体を痛めつけるような異常な事態にモニカが声を震わせながらセルグに問う。
「おう、ちょっと待ってろ。すぐ終わる。っとこれで腕は振るえるな。ヴェリウス、頼む。」
肩を戻したセルグの下にはヴェリウスが現れ、セルグと融合していく。
黒いオーラを纏い、拘束されてる手には黒翼の剣を出現させるセルグ。腕を拘束されているにも関わらず体を使い、器用に剣を振り抜いたセルグは牢屋を破壊して自由の身となった。
「落ち着けモニカ・・・あんな状態のリーシャを戦わせるな。言っただろう?お前の要請なら手を貸すと。お前の一言があればオレは全てを賭して戦おう。なによりオレはもう、そいつ等のせいで我慢の限界だ。」
牢屋を破壊し、外へと躍り出たセルグは、その手に黒翼の剣を持ち。相対するクロード達3人を睨みつける。
「セルグ・・・すまない、力を貸してくれないか?リーシャをこんな目に合わせたアイツを私は許せん!なんとしてもアイツを捕らえたい・・・」
モニカがセルグに懇願する。そんなモニカにセルグは優しく笑みを浮かべて返す。
「信頼を示してくれたお前の言葉を無下にするものか・・・任せろ。きっちり捕らえてやる・・・」
セルグの答えを聞くや否や、モニカはセルグの両腕の拘束を解く。
セルグがモニカに応え前に出た。その瞳には怒りが・・・リーシャの悲鳴を聞いていた時から我慢していた怒りが燃え上がる。
モニカの言葉に従い出来る限り我慢をした。牢屋を破壊して戦闘をしようものなら己の立場を悪くすることがわかっていた。
だが、リーシャがやられる姿を見て我慢などできるはずもなかった。己を狙ってきた人間が無関係なはずの者を手にかける。そんな光景を見せられてセルグが我慢等できるわけが無かった。。
さらに、旧友である二人が目の前に出てきたことで彼は行動に移る。自らの身すら省みず拘束を取り払い牢を抜け出す。どれだけモニカが強くても分が悪いことがわかってしまったから・・・なにより、旧友がこの場に出てきたことが許せなかったから・・・
「化け物が・・・バザラガ!ユーステス!全力で行け!アイツの強さは知ってるはずだ。なんとしても奴を殺す!さもないとこっちがやられるぞ!!」
クロードの怒声に、新たに現れた二人も戦闘態勢をとる。だがセルグは躊躇なく歩み寄る、緊迫した空気などお構いなしに口を開いた。
「久しぶりだな、二人とも。まさか処理部隊にお前たちが来るとは思わなかったぞ・・・
つまりオレにはもう、友と呼べるものが組織にはいないってことか・・・悲しいが仕方ないな。オレはそれだけの事をした。」
声音は悲しそうな、表情は嬉しそうな。感情が読み取れないような雰囲気でセルグは語りかける。
「・・・言いたいことはそれだけか?」
ユーステスがセルグに銃を向ける。短く発せられた言葉は何とも思っていないと言いつつも、その表情には現状を悔いていることがわかる苦々しい顔だった。
「セルグ、我々の任務はお主の回収だ。こうなってしまっては難しいことだが、お主が全てを話してくれれば我らも」
バザラガは声音に悔しさを滲ませながら、前に出てきたセルグを説き伏せようとする。
「やめろよそういう話は。今更襲撃してきたお前らからそんなことを話されても何も嬉しくないんだよ。むしろ苛立ちが募るだけだ・・・。これ以上口を開くな。」
セルグはそんなバザラガを一蹴する。
「やってくれたな全く・・・ケインのおかげで折角抑える事が出来たオレの怒りに、そこのバカがまた火を付けてくれやがって・・・いい趣味をしてるぜ。悲鳴を聞くのが楽しいだってよ・・・大したご趣味だ。
覚悟しろクズ共。ケインと約束したからオレから組織を狙うことはない。だがな、オレを狙ってくる組織の人間には、もはや一切容赦はしない。例えかつての友であろうと、仲間であろうとな。生きて帰れるとは思わない事だ!」
バザラガの言葉を遮り、怒りを言葉に変えて徐々にその殺気を膨らませていくセルグ。喋り終えたセルグはその手に持つ黒翼の剣を構える。
「ほら、行くぞ。」
何気なく発せられた声は、余りにも力の抜けた声でその場にいた者は呆気にとられる。しかしその一瞬で並んでいた組織の戦士のうちの一人、クロードがその場から消えていた。
グシャリといった音のする方をみれば、そこにはクロードの顔面を掴み壁へと叩きつけているセルグ。
「何呆けているんだ・・・?お前たちが知るオレはそんな隙を見逃す男だったか?」
セルグは笑みを浮かべながらクロードの顔を握る。苦痛にあがくクロードは声を発せぬまま、ただ力なく抵抗する。
「む、悪いな。つい力が入ってしまった。まぁ、リーシャが受けた痛みに比べれば大したことないだろう・・・それにしてもお前、随分好き勝手な事言ってたな。人様の事を化け物呼ばわりしやがるわ、言うに事欠いて処理と来たもんだ。オレはな、生き物を生き物と思わない人間が心底嫌いなんだよ・・・モニカが捕らえたいなんて言わなかったら、この顔を潰してるぜ。」
手を離しクロードを開放するセルグ。圧倒的な力の差を見せつけるセルグに、組織の戦士である二人は冷や汗を流すも思考は冷静に回す。
「バザラガ・・・どの程度ならヤツの攻撃に耐えられる?」
「わからんな、天ノ羽斬は持っていないがあの剣とて弱くはなかろう。ましてや奴の実力はとてつもなく上がっている。耐えることができてもまともに戦えるかは疑問だ・・・」
ユーステスとバザラガがセルグとの戦闘の算段をするも、状況はどう転んでも勝ち目がなかった。セルグだけでも厳しいが、今ここには秩序の騎空団の精鋭もいた。
ユーステスは表情を変えないまま思案し、口を開く。
「そうか・・・バザラガ、撤退だ。もはや任務は不可能だろう。奴の戦闘力は想像を超えている。」
「クロードはどうする?秩序の騎空団に捕らえられては組織の方にも影響がでるぞ。」
「致し方あるまい・・・まずはオレ達だけでも逃げなくてはならない。奴についても組織についてもこの場合は自業自得だ。」
冷ややかにクロードを見るユーステスは何も感慨のない目をしていた。
「逃がすと思ってるのか?容赦はしないと言っただろう?かつての友であろうとな!」
怒りの視線と共にセルグは剣を向ける。すぐさま飛び出そうとしたセルグだったが先にユーステスが動き出す。
「そんなことは百も承知だ。バザラガ、頼むぞ・・・」
ユーステスが呟くと同時に銃を床に向ける。意図を理解したセルグが叫ぶ。
「っ!?目を閉じろ!!」
瞬間、閃光が爆ぜる。眩い光の正体はユーステスが放った閃光弾。視界を奪われたセルグと秩序の騎空団一行は大きな音を聞く。
目を開けるとそこには天井の崩れた部屋が残っていた。バザラガが閃光弾が爆ぜた直後、天井を崩落させ追跡の道を塞いだのだ。
「さすがに撤退だけなら上手くやるか・・・一本取られたな・・・次があったら最初から全力で行くか・・・」
苦々しげにつぶやくセルグ。その表情にはどこか楽しんでる様子も垣間見えた。
二人の撤退に事態の収束を見たモニカがリーシャの傍へと歩み寄る。その表情は心配を隠しきれず、不安そうな顔だった。
「リーシャ、大丈夫か?すまなかった、遅れてしまって・・・」
しかし、声を掛けられたリーシャは顔を上げず、俯いたまま泣きそうな声を上げる。
「・・・申し訳ありませんでした。成す術なく敗北し、モニカさんの手を煩わせてしまった・・・やっぱり、私じゃ船団長なんて無理だったんです。結局モニカさんがいなければ私は何もできず命を奪われるところでした・・・」
涙混じりに己の不甲斐なさを悔いるリーシャ。だがモニカはそんなリーシャを一喝する。
「何をいっておる!顔を上げよ、リーシャ。」
モニカの強い口調で放たれる言葉に顔を上げたリーシャは、笑顔でリーシャを見る団員達に囲まれていた。
「お主がいたから、私は間に合った。お主がいたから皆の被害が軽微で済んだ。お主がいたから、今回の襲撃に対処ができた・・・誇れリーシャ!今回の立役者はお主だぞ!お主の迅速な判断がこの結果を生んだのだ。
戦闘で負けた?良いではないか!お主はまだまだ強くなれる。なにせここには、こんなにもお主を頼りにしている仲間がおるのだからな。お主の事だ、皆の想いを背負ってどこまでも強くなれるだろう。今ここで起きた結果に焦るでない!」
モニカの言葉に皆が頷く。そんな団員達の様子に呆気にとられるリーシャは徐々に今、自分が置かれてる環境を理解した。
誰もリーシャが船団長にふさわしくない等とは思っていないと。団員達はリーシャが己の力不足に悩んでいることを知っていた。団員達はそれでも、リーシャに付いていくという意思を今ここで見せていたのだ。
「リーシャ船団長!おかげさまで、迅速にモニカ船団長補佐に、伝令をすることができました!貴方のおかげです!」
「貴方が戦ってくれたおかげで、私はあの男に襲われずに済みました。守っていただきありがとうございました!」
「リーシャ船団長のおかげで、皆に危機を知らせて共に戦うことができました!拠点の損害は軽微であります!」
口々にリーシャに感謝を告げる団員達。
「皆さん・・・そっか。 私、なんで焦ってたんだろう・・・。こんなにも私を見てくれてる仲間がいたのに・・・ありがとうございますモニカさん。私はもう、本当の意味で迷わない。嘆かない・・・もう一度、私にご指導をお願いします!碧の騎士の娘ではない、リーシャとしてもう一度・・・私は皆を守るために強くなりたいんです!!」
リーシャは決意と共にモニカに頼み込む。晴れ晴れとしたその表情は、見る者に希望を与える英雄の顔が垣間見えた。秩序の騎空団の仲間達が円満な雰囲気で笑い合う。だが・・・
「なぁに生意気言ってんだ、小娘。」
「フニャ!?せ、セルグさん!?何をするんですか!!」
それをぶち壊すものが現れる。言葉と共にリーシャの頭に振り下ろされるのはセルグの手刀。セルグはリーシャの背後に不機嫌さを隠そうともせず佇んでいた。
衝撃に随分と可愛らしい悲鳴を上げたリーシャが顔を赤くし抗議する。(今の悲鳴で密かにリーシャファンクラブができたとかできないとか)
「全く、さっさとオレの拘束を解いて差し出せばいいものを・・なぜ無為に戦った?ヤツラの狙いはオレだ・・・あの時お前が取るべき最善の選択はオレを利用し襲撃者に対応させることだった。相手との実力差は明白だっただろう。お前も気づいていたはずだ。
お前が生き残れたのはたまたま運良く相手が油断をしてくれていて、たまたまモニカが駆けつけるのが間に合っただけだ。
リーシャ、お前の境遇も信念もオレは知らない。強さに焦り、成果に焦る姿をみると応援してやりたいとも思う。だがな、強くなりたいなら何よりもまず、自分が生き残らなければいけないと自覚しろ。
お前が無茶をして死んでしまったら、今ここでお前を慕う仲間たちはどうすればいい?仲間の事を想うのであれば必要な選択を迷うな。仮にそれが犠牲を強いる選択であろうともだ。
全てを自分でやろうとするな。周りをみろ。己に係る全てを使いこなせ。仲間に囲まれているお前ならできることが沢山あるはずだ。選択の先を見通せ。その力はお前だけでなく仲間を助ける力となるはずだ。」
セルグはまっすぐにリーシャを見つめて話をする。その視線はグラン達に相対するときと同じで、相手を真に想い言葉を紡ぐ。
「セルグ・・さん?フフ、何ででしょうか・・・父に怒られてるような気分になってしまいました。ありがとうございます・・・その言葉、肝に銘じておきますね。」
「ふん、私では言えない事をこれでもかという位言ってくれおって・・・感謝しろリーシャ。今のセルグの言葉は掛け値なしにお前にとって金言だ。」
セルグの言葉にリーシャとモニカが笑う。それにつられて秩序の騎空団の団員達も笑みを浮かべていった。
これまでセルグに怯えていた者達がセルグのリーシャへの言葉を聞き警戒を解いていく。
彼女を想って放たれた言葉は、リーシャを想う団員達を納得させるものであった。だが・・・
「それはそうと・・・いつまでフラフラ出歩いてるんですか、早く牢屋に戻ってください!」
そんな穏やかな空気から一変して、剣呑な雰囲気でリーシャが放つ言葉はまさかのセルグに対する叱責だった。
「んな!?このタイミングで言うことがそれか!!この、いい度胸だ小娘・・・いっそのことお前に戦闘のイロハでも叩」
「ほれ、リーシャの言うとおりだ!いつまでもそうやってては周りにも示しがつかん。それにお主の罪状を覆すのが難しくなるだろう。早くもどれ・・・皆の者!こやつはS級警戒人物なんて肩書が付いて居るがこの通りなんてことはない普通の男だ。ちょっと戦闘力は異常かもしれんがな・・・一先ずは怯えず、この牢屋の警護を頼む。どうせ何もしないから安心して警護してくれ。」
モニカもリーシャに同調しセルグを牢屋へと押し込む。別段抵抗する気もなかったセルグだったが余りにも雑な扱いに思わずぼやく・・・
「はぁ・・お前ら・・・後で覚えてろよ・・・」
リーシャとモニカの言葉に不満たらたらな様子でありながらセルグは大人しく牢に戻された。
こうしてグラン達が到着する前日。アマルティア島の長い夜が終わった。
空は徐々に明るさを見せ始め夜明けの訪れを告げる。騎空士達は各々当てられた仕事に戻るために休息に入っていく・・・
如何でしたでしょうか。
大筋は変えておりませんが、必要だなと考えていろんな描写を増やしました。
リーシャの変化。モニモニ大活躍がこの作品で原作よりも描けたらいいなと思っております。
それでは読者の皆様。お騒がせいたしました。
その分もお楽しみ頂ければ幸いです。