granblue fantasy その手が守るもの 作:水玉模様
ですが非常に重要な話となってきます。
今回はあとがきに解説も少々作者の想いを書き連ねました。
それでは、是非最後まで読んでお楽しみいただければと思います。
空域 ファータ・グランデ アマルティア島
アマルティア島。
島自体が秩序の騎空団、第四騎空艇団のものであり、構成される住人はほぼ秩序の騎空団の団員である島だ。
拘束されたままアマルティア島に降り立つセルグは、厳かな遺跡の様な巨大拠点に感嘆の声を上げる。
「これは……随分立派な拠点じゃないか。リーシャ殿、モニカ殿。秩序の騎空団の拠点はみんなこんな感じなのか?」
「生憎と私たちも他の空域で任務に就くことはないのでな他の拠点がどうなのかは全くわからない。わかるのは全空域を又にかけて動いている碧の騎士ぐらいなものだ」
「それもそうか……そうやすやすと瘴流域は超えられないよな」
モニカが疑問に答えるとセルグは納得したようで再び拠点に目を移した。その瞳の映る先では多くの団員が日夜その職務に就く姿が映っていた。
「さぁ! 貴方は一応S級警戒人物なんですから。騒ぎになる前に早く行ってください。案内はモニカさんにお任せしていますので……モニカさん、よろしくお願いします」
「うむ、きっちり牢屋にブチ込んで来よう。道中何が来ようと守り切って見せるさ!」
拠点を眺めたままいつまでも進む気配のないセルグにしびれを切らしたようにリーシャが急かす。リーシャの声に応えたモニカも自信満々な様子でセルグの前を歩いて先導をはじめ、セルグも急かすリーシャに一瞥だけしてモニカの後ろに付いていく。
どうやらもう少し拠点を見ておきたかったようでその瞳には若干の名残惜しさが見えているのだった。
セルグを乗せた秩序の騎空団、第四騎空艇団旗艦。”グランツヴァイス”は、無事にアマルティア島へとたどり着いた。
連絡によるとグラン達騎空団一行はおよそ三日後に来るとの事で、それまではセルグを牢屋に放り込み、警戒態勢を敷く手筈になっている。
モニカに先導されながら進むセルグは道すがらにアマルティアの様子を眺めながらも前を進むモニカへと声をかけた。
「なぁモニカ殿。牢屋にいる間は拘束を解いてもらえないか? さすがに拘束されたままじゃ奴らが来たとき抵抗できない。艇の中でも言ったが正直あの怯えようじゃオレの中では秩序の騎空団は宛にできない以上、身を守る術としては自分で自分の身を守るしかないのだが……」
「む、なかなか痛いところを突いてくるな……しかしお主は、S級警戒人物。お主の拘束を解くことは皆にとっては、ほぼ自由なのと変わらないのだよ。残念だが諦めてくれ」
モニカも仕方ないのだと残念そうに答えるが、セルグにとっては正に死活問題。最終手段としてはヴェリウスとの融合を使う手もあるが、そうなれば尋問で聞かされていたヴェリウスとの契約という目的の信憑性が増す。
「まてまてまて、少なくともグラン達が来るまではオレが逃げることもないし、それより先に組織からの刺客が来る確率の方が高い。オレは自分の身を守るためにもここで拘束を解くことを諦めるわけにはいかないんだよ。頼む! モニカ殿の権限でどうにかならないか?」
必死に頼み込んでくるセルグにモニカも困った顔を浮かべ思案する。
「ううむ、そうは言われてもな……艇での彼らの視線を見たであろう。腕を拘束されてるお主ですら、彼らはあれほどに怯えていたのだ。そんなことになれば警護の人間が、まともに――」
「そんなやつらに警護させんな!! 絶対何かあった時動けねえじゃねえか!!」
あまりにもあんまりな対応にセルグは憤慨する。だが視線の先で歩いていたモニカは振り返ると笑顔を浮かべて答えた。
「ふん、安心しろ。ちゃんと私が守ってやるさ。だからつべこべ言ってないでおとなしく待っておれ……ほら行くぞ」
「このチビ助。オレが困ってる姿を見て楽しんでるだろ……」
「ふむ、お主も存外普通に困った顔をみせるのだとわかるとな。S級警戒人物が困って縋る姿は妙に気持ちがいい」
「あ、こいつダメなやつだ」
冗談ではあるのだろうが活き活きとしてるモニカの姿にセルグは諦める。ヴェリウスさえいればなんとかなるかと諦め、素直に牢屋に向かうことにした。
しばらく進むと、アマルティア拠点の本部となる第四庁舎を過ぎた先。小高い丘のようになった場所に建てられた拘留所へたどり着いた二人は、警護中の団員達の出迎えを受けながら建物の奥へと進んだ。
既にセルグを拘留する連絡は通っていたのだろう。恐怖に塗れた視線と強張った表情を見せられながらセルグはモニカについていった。
「さぁここだ。ほれ、さっさと入れ!」
「はいはい、じゃあちゃんと警護を頼むぞホント。悪いが来ることは確定的だと思っていい……グラン達が来るまで気の休まる日は無いと思え」
セルグは不満な顔を隠すことなく牢屋に入っていくが、真剣な表情で再度モニカに警告をした。
ここに来るまでに見せつけられた団員達の表情で、セルグは警護の団員が宛にならないことを再確認。宛にできるのは今目の前にいるモニカぐらいだと悟った。
「わかったわかった。ちゃんと手練れも配置してるさ。私とリーシャが交代で警護に回る手筈にもなっている。安心しろ」
「正直リーシャ殿もあまり宛にならないんだよなぁ……まぁいざとなったら自分でもなんとかするさ」
「あまり面倒は起こさないでくれよ。お主の罪を軽くするのに響くからな」
セルグが付け足した言葉を聞いて、モニカも真剣な表情を見せてセルグを諭した。
逆にセルグはモニカの言葉に驚きの表情を浮かべる。
「――なんだ、まさかオレの事信用しているのか? 少なくとも罪状事態は確かな事実だぞ……35人を殺したのは間違いない。それも、オレの意思でな……こんなこといっちゃなんだがどこにもオレの証言の信憑性なんて――」
「私を甘く見るな。どんな人物かなんて、見ればそれなりにわかるさ。お主は根っからの悪人じゃないだろう。組織に対する警告もしてくれたしな。リーシャの事も気にかけてくれてたようだし……全面的に信用しているわけではないが一応の信用はしている」
己の人を見る目には自信があるのか、モニカは疑いのない眼差しをセルグに向ける。
まさかの信用という言葉にセルグは呆けるも、向けられる眼差しからセルグはモニカのその言葉が嘘偽りなく発せられた言葉だと感じた。
「そう、か――――どうやら素晴らしい人格者のようで。ありがとう、グラン達に続いてそう信用してもらえるのはどうにも嬉しいもんだ。組織の襲撃に対応するのに戦力が足りないようなら言え。お前の要請になら応えてやる。奴らを撃退した後なら牢屋にもおとなしく戻るから」
セルグは笑って告げる。
秩序の騎空団に捕らえられた事。それにより先の事への不安や緊張感の拭えなかったセルグだったが、モニカの言葉にそれが解かれていった。
決して悪いようにはしない……モニカの言葉を聞いてそう感じられたのだ。
「そんな事態にならない様にするのが私の役目だが……いざというときは任せよう。S級警戒人物の強さを見せてもらうぞ」
まるで昔からの友人の様な小気味の良い会話をする二人。なんとなく気が合った……そんな感じであろうか。捕らえられた先で現れた思わぬ仲間の出現にセルグの心は少しだけ浮かれた。
「ほう、お前がそんな顔をしているとは…………逢いに来た甲斐があったな、セルグ」
二人以外の静かな声が突如聞こえる。
柔らかな空気と会話に気を抜いていた二人は、瞬間的に緊張感と共に声の出所へと視線を向けた。
其処に立っているのは少し年を召した男性。年齢は40過ぎから50手前と言ったところだろうか。
隙の無い立ち姿にモニカはすぐに警戒を見せた。
「何者だ!? 気配もなくここに来るとは只者ではないな!」
問いかけると同時の戦闘態勢。携える刀に手をかけその瞳は油断なく男を射抜く。対する男は両手を上げて戦闘の意思がないことを示した。
「落ち着いてもらいたい。私は少なくとも敵ではない。そこにいるセルグの元上司だ」
「モニカ、大丈夫だ。そいつ自身はそこまで強くない。従えてる部下がいまどれほどかは知らないが……なぁ、ケイン?」
セルグが突如現れた男、“ケイン”に問いかける。ケインと呼ばれた男はセルグに名前を呼ばれた瞬間に笑みをこぼした。
「私の名前を憶えていてくれて嬉しいぞ、セルグ」
嬉しそうに言葉を放つのはケイン。だがケインのその姿に未だに警戒心を解けない二人は、周囲に他の気配がないかを伺う。
ケインの出現はタイミングが早すぎる。組織がそれほどまでに早く動くとも思えなかったセルグはケインに疑問を投げつけた。
「何をしに来た? オレが捕まったと聞いて消しにきたか? 部下を一人も連れずに来たということは何か別の企みがあると推測するが……」
「奴らが来る前にお前に接触したかった。お前が捕らえられたと聞いた私は全てを後回しにしてここに駆けつけたのだ」
ケインは柔らかな雰囲気を消し、真剣な面持ちで話を始める。未だ油断なく警戒態勢を崩さないモニカを蚊帳の外へと追いやるようにその視線はセルグだけを捉えていた。
「――――セルグ、組織に戻る気はないか? あの事件……私にですら真実は伏せられていた。お前がそんなことをするはずがないと疑わなかった私は何年もお前を探していた。だがいくら探そうとお前は見つからず。結局真相はいまだに闇に葬られたままだ。お前があの事件の真実を公表して出るべきところへ出ればきっと――」
「やめろ」
ケインの言葉を遮るセルグの言葉。ただ一言、だが底冷えするような声音だった。
セルグが発した声はそこにいたケインに向けられたものであるにも関わらず、その場にいたモニカをも凍りつかせる程に殺気に満ちた声。
「今更出てきたと思ったらそんな事を言いに来たのか……何を公表しようが事実は変わらない。オレは彼女を失い、35人のクズ共を殺した。そして全てを壊すと誓った。今回だって態々おとなしく捕まったのは、ヤツラをおびき寄せるためだ。オレを消すために喜んで懐刀を差し向けるだろうと思っての事だ。
帰れ、ケイン。もう組織に未来はない。オレが必ずぶち壊す。アイリスを奪った組織をオレは許しはしない」
怒りに震える瞳と体が、セルグの想いを如実に物語る。
何を言われようが。どんなことがあろうと。もう引き返す気は無い……組織への復讐は、セルグとヴェリウスの悲願だ。
「――だがオレはアンタまで殺したくはない……オレにとっては一応の親代わりだしな。だから早いところ組織を離れてどこかで静かに暮らしてくれないか」
怒りに震える一方で、セルグはそれを振り払うようにケインにだけはその怒りを向けないように努める。ケインに対しては心を開いているのか心配の表情を見せていた……そこには、己が復讐に巻きこまれて欲しくいないと願っていることが見て取れる。
だが、ケインもここで引き下がるつもりはない。すぐさまセルグへと言葉を返していく。
「セルグ、お前の気持ちはわかる。お前が言うように彼女を組織に奪われたのだとしたら、私とて同じ想いを抱くだろう……だが、かつての創始者はもう組織にいない。お前が最も憎むべき相手はもう組織にいないのだ。
今回も恐らく刺客を送り込もうと企てている奴らがいるが、それは真実を公表されることを恐れてではない。お前が復讐に来るのを恐れているのだ。今がチャンスなのだ。やられる前に日の当たるところに出て全てを白日の元へと晒す。そうすることで英雄であるお前が組織に戻り、ヤツラは手を出せなくなる。今なら――」
「やめろと言っている!! この復讐はオレだけのものではない!! ヴェリウスとの誓いだ! なんとしても復讐を果たす。その為に契約を済ませてきた…………もうオレは後戻りはしないと決めたんだ!」
牢屋にセルグの怒声が響く。ケインの誘いになど到底乗れるわけがないと拒絶の意思を示すセルグはその激情をぶつけるように声を荒らげた。
「ヴェリウスが受けていた実験については私も聞き及んでいる。確かに人道の欠片もない非道な行いだが、今ともにいるお前が説き伏せればなんとかなるのではないか?」
「なぜオレとヴェリウスが我慢しなければならない!! 組織の勝手で苦しめられたヴェリウスと、組織の都合で全てを失い殺されかけたオレが!!
ふざけるな!! もはや組織は星晶獣を狩るという大義名分を掲げるだけの害悪だ! だから全て壊すと決めた!!」
セルグの声はどこまでも感情を乗せてモニカとケインに届く。
何を言っても止まらない。止められない。それほどまでにセルグの憎しみは深い。
ザンクティンゼルで見せられたヴェリウスの記憶……心が壊されそうになるほどの拷問の光景は、セルグが抱いていた憎しみをより深めていた。
ヒトあらざる所業を行う組織を放置する事など、許せるわけがなかったのだ。
「セルグ、それでも組織はもう、この空域に必要な組織となってしまっている……星晶獣の脅威は未だ消えない。いまこの瞬間ですら星晶獣の脅威に晒されている人たちがいる。お前はその人達になんと言う? お前がその復讐の矛を収めなければ、組織を失ったこの空域ではさらに星晶獣の脅威に晒される人が増えるのだぞ!」
星晶獣を狩る組織。セルグが所属していたこの組織の価値は高い。
星晶獣は本来普通に倒せるものではない。どれだけ倒そうともいずれはコアを元に再生する。普通であれば弱らせて封印。痛めつけて鎮めるといった対処しかできないのが星晶獣である。
ゼタやセルグの武器のように星晶獣を正に”殺せる”武器を持つ組織の存在は、星晶獣の脅威にさらされているこの空の世界において非常に希少な存在なのだ。
「またれよ、ケイン殿! そのいい方は余りにもセルグの気持ちをないがしろにしすぎではないか!! セルグは――」
「それでも、セルグの復讐を止めなければならない。さもないとこやつは復讐の後に自分で自分を殺すだろう……復讐を果たした時、星晶獣の脅威に晒される世界をみたらこやつは絶対に己を責める。死ぬまでひたすらに命を投げ出すような星晶獣狩りを続けることになるやもしれん。
私は、そんな事になるかもしれないこやつを放っておくことなどできんのだ!!」
ケインの言葉もまた感情に訴えかけるものだった。どんな言葉を並べてもケインの想いは一つ。
ただセルグを救いたい……かつて何も知らされず失ってしまった我が子の様な部下を助けてやりたい。そう、願っていまこの場に来ている。
「セルグ……頼む。私の願いを聞き届けてくれ……私も偉くなった。できることは何でもしよう。だからこれ以上、己を殺すような道に進むのはやめてくれ。
我が子のように思っているお前がこれ以上、犯罪者の烙印を押されているのも、いつまでも辛い復讐に囚われているのも、見ていたくはないのだ」
もはや懇願に近いケインの言葉がセルグの激情を僅かに解いた。
「ケイ……ン。なんでそこまで?」
「今言ったであろう。我が子のように思っていると。お前が幼いころから面倒を見てきたのは私だぞ……」
穏やかな笑みでそう返すケインに毒気を抜かれるセルグ。溢れる感情を抑え理性的になったセルグは、己を思って涙を流さんばかりのケインに驚愕を隠せなかった。
「父親か……そういえばお前は昔からやたらとオレの世話を焼いてきたな。――――己を殺す道……か。
そんな風に考えたことはなかった。何としても成し遂げる。ただそれだけを考えて生きてきた。その先を考えることも無かった。
だがケイン。それでもオレにはもう復讐しかのこっていないんだよ。それを成さねばここまで一緒にいてくれたヴェリウスにも顔向けできない。誓ってしまったんだ。アイツとヴェリウスに……オレは何としても復讐を果たしあいつらの――ッてぇ!?」
突如言葉が途切れ、変な声を発するセルグ。みればセルグの頭にはどこからかきたヴェリウスが乗っていた。
”若造よ、我が主からの伝言だ。”
「ヴェリウス…………」
”ヒトの子よ、汝の些細な復讐の為にチカラを貸すことを我は良しとせぬ。我が分身体の憎しみなど本体である我には些末なこと……よって汝の復讐の理由を我に押し付けることは許さぬ”
「ヴェリウス、お前何を言って……分身体であるお前だって意識があるだろう。なんでそんな本体の言いなりに――」
”悪いが本体によって余計な感情はこの前のお主との契約の時に消去されている。記憶としては残っているが、それをどう思うかは、記憶を回収した本体のみぞ知る話だ。そして今聞いたように本体は復讐にチカラを貸す気は無い。悪いがそなたの手伝いはできぬぞ”
分身体のヴェリウスがもたらしたのは、ヴェリウスのあっけない復讐の幕切れだった。
余りにもお粗末な復讐の幕切れにセルグはさらに呆ける。次第に顔を俯かせ、セルグは遂に肩を震わせ始めた。
「せ、セルグ? 大丈夫か?」
「――――フッフフフ、ハッハッハッハ! なんだこれ、一人でいきり立っててバカみてぇじゃねえか!!」
吹っ切れたようにセルグは声を上げて笑い始める。
「はぁ……やめだやめ。ケイン、アンタの勝ちだ。もう組織への復讐なんていい……まだオレには、お前のようにオレのことを大切に想ってくれる人がいたってことが分かった。それだけでまた、生きていけそうだ……ありがとう、ケイン」
セルグは穏やかな笑みでそう呟いた。先ほどまでの怒りが嘘のようになりを潜め、その表情は安らかであった。
自分の憎しみも当然ながらあったが、ヴェリウスとの誓い。それがもたらしていたものはセルグにとって大きかった。
ヒトは一人の時より仲間がいた方が強く行動できる。同志がいた方が頑張れるものだ。セルグとヴェリウスの悲願であったからこそ、セルグにとってはそれを成す意味があった。それが崩れたとき、セルグに残るのはセルグ個人としての復讐心。
だがそれはケインによって溶かされつつあった。己を想って言葉を投げてくれるケインの言葉にセルグは説き伏せられつつあったのだ。
「なんだお主、自分を大切に想ってくれてる人がいないとでも思っておったのか? あの騎空団の仲間たちは違うのか? 随分とお主のことを心配そうにしていたがな……」
「ほう、セルグにそんな仲間が……昔はひたすら一人が良いと言って誰も連れなかったセルグがな。変わるものだ……どれついでだ私の事は父さんと呼んでくれてもいいのだぞ! さぁセルグ、私を父と呼んでくれ!」
「うるせえバカ、気持ち悪い死ね。勝手に父親とか名乗ってんじゃねえ」
セルグの雰囲気の変化に調子に乗ったケインへ態度を豹変させて罵るセルグ。あまりの言葉のひどさにケインは固まった。
「せ、セルグ……今のはさすがにケイン殿に対してひどすぎやしないか?」
思わずモニカは同情の視線をケインに向ける。石化したように固まったケインの再起動にはどうやら時間がかかりそうである。
動き出す気配は……ない。
「昔から無駄におせっかいだったり、クソみたいな任務押しつけてきたり、嫌いだったんだよな……復讐の意識がなくなったら余計にそのことを思い出してイラッと来たんだ。原因はそいつだ」
「そ、そうか……ケイン殿もかわいそうに。折角セルグを止めたと思えばその親心が原因で逆に嫌われるとは」
やれやれ、といったようにモニカはケインへと哀れみの視線を向けるのだった。
牢屋の中で静かにセルグは笑っていた。
復讐を糧に生きていたのはヴェリウスとの誓いでもあった。それがあっさりと裏切られた。あまつさえ些末なことだと切り捨てられた。もはや笑うしかなかった。
組織の中で自分は一人だと勝手に思い込んでいた。だが幼いころから自分の事を見てくれていた存在がいたことを知った。父親の様な存在だった。再会したそいつはどこまでも自分のことを想って言葉を投げてくれた。
仲間がいた。未熟な癖に必要な時は己を守るために戦うとのたまう、無謀な仲間達だった。だが、彼らといる時間は復讐を忘れて笑えていた時もあった。
セルグはいつしか涙を溢していた。
復讐の意識を取り払った時、脳裏に浮かぶは最愛のヒト。今になってなぜか最愛の人を思い出していた。瞳を閉じれば彼女との記憶が思い起こされ、セルグはずっと思い出に浸るということを忘れていたことを思い出す。
「セルグ……どうしたのだ? なぜ泣いている?」
モニカがセルグの涙に気づき心配の声を上げる。
「なんでだろうな。復讐の事を考えなくなったらいろんな事に気づいたんだ……色んな想いに気づいたんだ。オレは随分と色んな事を忘れていたんだなって」
涙は止めどなくこぼれていた。復讐を忘れ、己という存在に気づいた彼の心はどこまでも彼を穏やかで優しい気分にさせる。
嬉しさに涙を流す彼の心はどこまでも晴れやかだった。
ひとしきり涙を流し終えたセルグは復活したケインに問いかける。
「ケイン、これからの事だが、一先ずはグラン達との旅がひと段落するまで待ってほしい。あいつらと行くと決めたんだ。これからはオレの全てを懸けてあいつ等に協力していくつもりだ。組織からの刺客ならいくらでも片付けてやる。ヴェリウスと契約した今、オレをどうこうするなんて不可能だからな。ヴェリウスがいれば寝込みですら襲うことは無理だろう。そこは安心して良い。だからそれまではアンタの仕事だ。できる限り仲間を増やしておいてくれ……オレが組織に戻るとき、オレの元に集ってくれる仲間を……英雄の再起を願う仲間をな。もうその呼び名からも逃げる必要はないな。全てを背負ってオレは組織に違う形で復讐を果たす。協力してもらうぞケイン」
「うむ、わかった。できる限りの準備をしておく。今日はこれで帰らせてもらおう。セルグ……明日か明後日にも刺客は来るだろう。疑ってはいないが決して死ぬなよ」
ケインは最後に忠告をする。だが、セルグはそれに不敵に返すのだった。
「それはこっちのセリフだ。アンタは弱いんだからあっさりと死なない様に気を付けろよ。ここでアンタを失ったら……また復讐に走りかねない」
「それは是が非でも死ねないな。任せろ、私も死ぬ気はないさ」
その言葉を最後にケインは帰っていく。いつの間にか外は夜となっており、ケインはあっさりと見えなくなっていった。
「はぁ、全く面倒な事に巻きこまれてしまった……おかげで随分長いことなにも仕事をできなかったではないか」
モニカがセルグに嫌味を向ける。拠点についてセルグを牢屋に放り込んだらすぐに仕事を片付けるつもりだったのに、気付けば夕暮れ時過ぎ、夜にまで至っている。
文句の一つも言いたくなるものである。だがそんなモニカにセルグは笑みを浮かべて口を開いた。
「ありがとう、モニカ……」
「な、なんだ急に?」
モニカが唐突に礼を述べるセルグに照れたように返した。
「いや、なぜだろうな。そう言いたくなった……」
「ふむ、どうにもお主は変なやつだな。まぁ受け取っておこう、どういたしまして」
月明かりが二人を照らす。片や牢屋の中、片やその番人といった状態ではあったが二人には妙な絆が芽生えつつあった。
如何でしたでしょうか。
まずは読者様に謝らなくてはいけないことがあります。
この作品はセルグの復讐劇を描くものではありません。ドロドロのセルグの復讐劇を望んでいた方には申し訳ないと謝罪をさせていただきたいと思います。
さて、あっさりと復讐を捨ててしまったセルグですが実は、このあっさり感にはちゃんと理由がございます。あまりにもころっと変わりすぎじゃねって思う方。決してセルグは意思の弱い人間ではないことを覚えていて欲しいと思います。
要因としては二つ。一つはケインのこのセリフ
”お前がその復讐の矛を収めなければ、組織を失ったこの空域ではさらに星晶獣の脅威に晒される人が増えるのだぞ”。
セルグの意識にはかなり”守る”という言葉がキーになっております。ケインの言葉が深層意識強く影響を及ぼしているといった感じです。
もう一つはちょっと現段階では言えないです。
続いて「ケイン」ってポっとでのキャラなに?って話ですが、過去編で登場する予定の人物です。過去編ではそれなりに活躍してもらう予定なのでいずれはそれを読んで彼らの心情を補完して頂ければと思います。
そしてなぜこんな話を描いたかという部分ですが、シナリオ上、セルグには戦う目的の転換と集約が必要だったからです。
この作品はあくまでグラブルの物語であり組織との戦いを描くものではないということになります。(いずれは組織との話も完結に向かいますが)
そのためにはグラン達と同じ目的に向けてセルグが生きるようにする必要があったということです。
と、こんなかんじで補完をさせていただきました。(ちゃんと言いたいことが伝えられているか不安ですが)
それでは。楽しんでいただけたら幸いです。