granblue fantasy その手が守るもの 作:水玉模様
のっけからオリジナル色強く進んでいきます。
でも描いててすごくキャラが生きてる気がしてました。少しずつ作者がレベルアップしてるといいのですがね・・・
それでは、お楽しみ下さい。
空域 ファータ・グランデ
空を翔ぶグランサイファーの船室で、グラン達騎空団一行は沈んだ表情を浮かべていた。
「セルグ……大丈夫かな」
呟かれたグランの声に覇気はなく、その心情がありありと表れている。他の仲間達も同様に、暗く気落ちした表情を浮かべており、事態の深刻さが伺えた。
ガロンゾ島を出立した騎空団一行の中には、仲間であるはずのセルグの姿はなかった。
「だ、大丈夫よグラン。あの人達、ひどい人じゃなさそうだったし、ちゃんとセルグさんが本当の事を言えばわかってもらえるよ」
「いや、それは難しいだろう。どんな事情があったにしろ、彼がやってしまったことは事実だ。当事者である彼の証言が聞き入れられる可能性も高くはないかもしれない。
ましてや相手はあの秩序の騎空団。全空の秩序を守るべく、七曜の騎士が一人、碧の騎士に率いられている治安維持組織だ。情に訴える事が効果があるとも思えない……」
ジータが考えた希望的観測はカタリナに論破される。そのカタリナの言葉で一同にさらに重苦しい雰囲気が漂っていった。
何故にこんなにも、一行が暗い雰囲気になってしまったのか。
事は数日前……秩序の騎空団の二人がグラン達に接触してきたことに端を発する。
―――――――――――
空域 ファータ・グランデ ガロンゾ島
「そこの男は大罪人だ。なぁ……セルグ・レスティア殿」
「セルグ・レスティア!? あのS級警戒人物で手配書に載ってる人ですか!?」
揃いの制服の二人。秩序の騎空団のモニカが告げる言葉にリーシャが驚きの表情を見せる。
「そうだ……とある事件で36人もの仲間の命を奪って今尚、逃げおおせている男だ」
記憶にあるセルグの罪状を思い出し、リーシャに伝えるモニカは油断なくセルグを見据えており、その視線に習う様にリーシャも警戒を強めていった。
モニカとリーシャ。二人の反応を見ればS級警戒人物というものが大きな意味を持つことはグラン達も理解できた。セルグの過去の事も考えると、言葉通りであるなら非常に危険な人物といった所だろう。
だが、二人の視線を集めるセルグには動じた様子はなく、その姿は逆にグラン達の不安を掻き立てる。
「ま、待ってください! セルグは確かにその事件の犯人とされていますが、本当は」
「やめろ、グラン。余計なことは言わなくていい」
慌てて弁明をしようとするグランを遮り、セルグは声を上げる。
「随分有名になってしまったな……さすがに奴らも面子を捨てて秩序の騎空団に情報を渡していたか――誤算だったな。」
セルグは少しだけ残念そうな素振りを見せるも、なんともなさそうに二人の前に出る。その表情には諦めが見えていた。
「セルグ! ダメだそんなの!」
「セルグさん! 待ってください!」
グランとジータがセルグの前に出て止めようと動き出すが、それは他ならぬセルグ自身に阻まれた。
「落ち着くんだ二人共! 罪状自体は事実だ。どんな事情が在ろうとな……そこにお前達が口を挟む余地はないよ。オレのことを庇ってお前たちまで罪に問われては洒落にならん……ほら、さっさと連れて行けよ。抵抗も何もしない」
観念したように両手をあげて促すセルグに、モニカとリーシャは戸惑いながらも自分達の艇へと連行するために引き攣れていた部下に指示を出す。そんな秩序の騎空団に、セルグは一切の抵抗を見せず連れていかれていくのだった。
「抵抗することもなく随分あっさりと捕まるんですね……とてもS級の手配人物とは思えないです。聞いていた人物像ともだいぶ違うようですし」
リーシャはあまりにもあっけなく拘束され、連行されたセルグに戸惑いを隠せないようだった。
そんなリーシャに抗議をしようとグラン達は再び口を開こうとするが、それをモニカが手で制止する。
「貴殿等が何を言いたいかは理解している。仲間が犯罪者として連行されるのが許せない気持ちは良くわかる。しかし、奴に関しては正式に罪状が挙げられ重要警戒人物として手配されてしまっているのだ……彼を見つけた以上、我々は早急に拘束して連行しなければならない。
彼の罪状と手配ランクはそれほどに重いのだ……ひとまずこの対応についてはどうか理解してほしい」
連行を命じたモニカにもセルグの態度に思うところがあったのか、グラン達に対し理解をして欲しいと請う。
「……セルグに弁明の機会は与えられるのか? いくら罪状が重いからってまさか本人からの弁明もさせずに裁かれるってわけじゃねえんだろ?」
オイゲンがモニカに問いかける。仲間の誰もがセルグの扱いに不満をもっていた。セルグの人と成りを知った仲間たちにとって、セルグが不当に裁かれることを許容できるわけがない。その瞳には秩序の騎空団の二人に対する敵意が見て取れる。
「安心して欲しい。どのような犯罪者であろうと正式な手続きに則って裁きを行う。事実確認もしっかりと行われる。これは我らの矜持だ。
もしかすると貴殿らには黒騎士だけでなく彼についても事情聴取を行うかもしれないが、そのときは協力をしてもらいたい。な、リーシャ?」
「あっ!? はい、そうですね……正式な手続きにおいて話は進めますのでそこはご安心ください。ひとまず皆さんは艇の修理等もあるようですから、準備が出来次第アマルティア島に向かっていただけますか? 我々はそれまでに出来ることをしておきますので」
話を振られたリーシャは焦りながらも事務的な対応を見せる。リーシャの姿は妙に不慣れな感が否めないがグラン達もとりあえずは納得したのかそれ以上二人に追求をすることはなかった。
「わかりました……修理が出来次第直ぐに向かいます」
こうして騎空団一行はグランサイファーの修理が終わるまで、落ち着かない休息をとることになる……
整備士を急かして何とか四日で整備を終えてもらったグラン達は、急いでアマルティア島に向けて出発した。
憎らしいほどに、空は蒼く晴れやかであった……
――――――――――
「それにしても……甘く見ていたな。我々はセルグがどんな人物か理解している。回りくどいが皆に優しく気遣いができるし、子供を大切に思う慈愛の心も持っている。傍から見れば、彼はかなり良い人という分類に入るだろう。だがこうして罪状というものを挙げられると、それが事実である以上、なかなか無罪放免とはいかないだろうな。難しい問題だ……」
カタリナが冷静になって思うことを述べる。なんとかセルグを救い出せないか……そうは考えても妙案など浮かばず、ただ現状の把握にとどまってしまう。それは他の皆も同様で、カタリナの言葉に頷くことしかできない。
「俺たちに出来ることなんてたかが知れてるってことかよ。精々、あいつが罪状なんかとは本来無縁な優しいやつだって訴えるくらいしかできないだろう。クソッ、自分の無力さに腹が立つ!」
ラカムが何もできない自分に憤慨する。ガロンゾで助けられたラカムにとって、この状況は何とかしてやりたいと、思いが募るだけの最も落ち着かない状態だ。
セルグに対しての感謝もある分、ラカムの焦燥感は大きいのだろう。
「ねぇゼタ? さっきからどうしたの? ずっと思いつめたような顔をしてるけど……」
部屋の片隅で、会話に参加せずに険しい表情をしているゼタにイオが声をかける。
「あ、えっとね……ちょっと心配することがあって」
「そりゃあ心配だろうよ。だからこうしてみんなで話し合って」
「ああ、ちがうの。そっちも確かに大問題なんだけど――」
歯切れの悪いゼタの返答に要領を得ない仲間たち。ゼタは気づいた事実が相当まずいのか冷や汗混じりの表情を浮かべており、それは仲間の不安を更に加速させていく。
「それじゃあ、彼の罪状の他にも何か問題があるっていうの?」
ロゼッタがゼタに問いかけると、ゼタは逡巡して話し始める。
「う、うん……今回セルグが捕らえられたこと。セルグの罪状の出処を考えると間違いなく組織からのリークだと思うんだ。そうなるとセルグの所在が組織にもバレるんじゃないかと思って」
ゼタが告げた言葉に仲間たちの息を呑む音が重なる。
「まずいですね……ゼタさんの組織にとっては彼は唯一真実を知る人間。当事者の証言と言うことで信憑性が低くなるとはいえ、すべての事実が露見する可能性も想定はするでしょう。証拠隠滅を図る可能性も大いにあり得る」
冷静に思考を回したヴィーラが表情は変えずとも焦った声音で考え得る可能性を示唆した。
「有り得るどころか、間違いなく動いてくると思うんだ……皆もわかってると思うけど組織はかなりの秘密主義よ。基本的には組織にかかわる情報というのは掟で話してはいけないと禁止されている。反逆者であるセルグの始末なんて、しない方がおかしいもの。
グランサイファーの修理で4日も出遅れてる私達はいま確実に後手にまわってる……状況はかなりマズイと思う」
「そんな!? それじゃいまセルグさんは命を狙われてるっていうことですか!?」
ジータはゼタがもたらした可能性に慄く。仲間となったセルグが現在命の危機にあるかもしれない。そのことがジータの心に重く不安を乗せていく。
「ラカム、少しでも早くアマルティアに着けるようにしてくれないか。ちょっとでも出来ることをしよう……」
「あ、ああ。任せろ。着くまで不眠不休で飛ばしてやる!」
だが焦るジータとは逆にグランは落ち着いた声でラカムに頼みこんでいた。何か出来ることはないかと焦っていたラカムは直ぐさま動いていく。
「グラン!? なんでそんなに落ち着いてるの!? セルグさんが命を狙われているんだよ!グランにとってセルグさんってそんなにどうでもいい人なの!?」
ジータがグランの落ち着いた態度に不満を爆発させる。心配症な彼女の不安は、グランの静かな態度に怒りを覚え、怒りとなってぶつけられた。
「落ち着くんだ、ジータ! 焦ったって出来ることは少ない。セルグを信じてアマルティアに着くのを待とう。幸いにもセルグにはヴェリウスが付いていってるはずだ。彼の強さは知っているだろう。焦って騒いだところで何も変わらない。今できることはラカムの手伝いをしながら信じて待つだけだ」
グランはジータの怒りに怯まず冷静に諭す。秩序の騎空団、星晶獣ヴェリウス、更にセルグ自身の戦闘力を鑑みれば状況は絶望的と言うほどではないのだとグランは考えた。
「グラン……うん、ごめん。ちょっと不安が強くて八つ当たりしちゃって。部屋で休んでるね……ごめん」
ジータを諭すグランの言葉に、項垂れながらも納得したジータは、不安を振り払って部屋に戻っていく。そんな様子を心配そうな目でルリアが見つめていた。
「ジータ、今にも泣きそうでしたね……グラン」
「アイツは優しいから……不安で仕方ないんだよ。子供の頃から村の人が亡くなって葬式とかすると、人一倍泣きじゃくってたからなぁ。全く、あっさりやられてたら恨んでやるからな……セルグ」
グランが憎まれ口を叩く。仲間たちがそれに同調するように笑みをこぼした。不安な心を無理やり持ち直すように。
一行の気持ちは晴れぬままグランサイファーは最大艇速で空を突き進んでいった。
―――――――――――
秩序の騎空団 第四騎空艇団 旗艦グランツヴァイス
「はぁ……」
甲板で風に吹かれながらため息を吐くのはこの秩序の騎空団、第四騎空艇団の船団長リーシャである。
憂いを帯びた表情は見るものを不安にさせるような儚さを醸し出しており、船団長としてはどこか頼り無さそうな気配が伺えた。
「どうしたリーシャ? そんな表情でため息などついてたら、団員たちに不安が広がるぞ」
そんなリーシャに横から声をかけるのはモニカ。肩書きは船団長補佐である。
モニカの声に思わず居住まいを正したリーシャは慌てたように敬礼をしながら応えた。
「っ!? モニカ船長! も、申し訳ありません!!」
「おいおい、全く……いい加減”船長”はやめてくれと何度も言っているだろう。このファータ・グランデ空域を担当する第四騎空艇団の船長はもう、お前なんだぞリーシャ」
慌てて以前の呼び名を呼ぶリーシャをモニカが呆れたように窘めた。つい最近引き継いだとはいえ、いつまでもそれに慣れずに自分を船長扱いする後輩の姿にモニカは苦笑する。
「は、はい……申しわけありません!」
「そう畏まるな。彼らへの告知に、そのあとの予期せぬ大物との遭遇。どちらにも柔軟に対処できたであろう。しっかりとこなせたじゃないか。元船長の私から見ても、立派に船長を務めていると思うぞ、リーシャ」
モニカの気遣いの言葉がリーシャに届くも、彼女の表情は変わらず憂いを帯びたままであった。
言うべきか言わぬべきか。そんな迷いの気配を見せた後、リーシャは静かに口を開く。
「モニカさん……私迷っているんです。本当に私がやってることは正しいのか……」
「うん? それがため息の理由か?」
「はい。私たちが捕縛した黒騎士には一緒にいた女の子が居ましたよね?」
「そうだな。あの女の子はエルステ帝国から誘拐されてたと聞いていたが……」
「黒騎士を捕まえたとき、あの子すごく驚いて、それから悲しそうな顔をして……故郷に帰れるっていうのに全然嬉しそうじゃなくて。黒騎士のことをずっと気にしてて。私達が黒騎士とあの子を引き離したのは、本当に正しかったのでしょうか?」
リーシャは黒騎士を捕縛したときのことを思い出し言葉を並べる。
先日リーシャとモニカ、更には手練れの騎空士数百人規模の捕縛隊を編成し、帝国の要請通りに七曜の騎士である黒騎士を捕えた。だと言うのに、囚われの身だと聞いていた少女は、保護されたと同時に、困惑と悲哀を見せ、そのままエルステ本国へと連れて行かれたのだった。
「黒騎士の捕縛。そしてもう一人……セルグ・レスティア。
S級犯罪者だと聞いていたから捕まえるには相当な犠牲が出る事は覚悟しました。それこそ黒騎士の捕縛と同じくらい難しい事ではないかと……でも、言動には仲間を想う気持ちが感じられたし、抵抗して暴れることもなかった。彼らの反応を見ても罪状が本当なのか疑問に思ってしまうのは確かです」
捕縛したセルグとグラン達の様子にも迷いの種があるとリーシャは胸の内を明かした。
少しの間をおいてモニカが口を開こうとした時、俯いていたリーシャは吹っ切るように顔をあげ、わざとらしく明るい声を吐き出す。
「だ、ダメですよね、こんなことで悩んでちゃ! 船長である私が迷っていればみんなにも迷いが生まれる……父の名に恥じないように頑張らなきゃ。――迷ってる暇なんてない!」
ため息の理由を自己完結して元気に振舞おうとするリーシャにモニカは幾ばくか思案して答える。
「そうだな……エルステ帝国からの要請にあったように、黒騎士が行ってきた非道は許されざるものだ。そしてセルグ・レスティアに関しても、36人もの命を奪っている。軍務でも何でもなく行われた惨劇は、一人の人間が起こす事件としては類を見ない程凶悪な事件だ。
しかし……しかしだな、リーシャ。お前は一片の救いもない純粋な悪が居ると思うか?」
モニカは迷うリーシャへと逆に問いかける。
モニカの問いに、リーシャはすぐに答えを出せなかった。これまで散々に治安維持組織として、一般的に、悪人と呼ばれる者達を捕えてきたリーシャであったが、それは任務であったから……当たり前に他者をを踏み躙るような者達であったからだ。
答えの返せないリーシャにモニカは続けていく。
「私はな……純粋な悪などいないと思う。しかし、我々ではその悪の中に残る一欠片の良心を救ってやることは出来ない。
いかに騎空団というしがらみの少ない形を取ろうとも、行える正義には限界があるんだ。我々とて人間だ。全てを救うことも正すことも出来ない」
「そう……ですね」
どれだけ悪人であろうと初めからそうであったわけではない。どれだけ悪事に染まろうとも、どこかにヒトが持つ良心が残っているはずだと……そう信じてモニカはこれまで秩序の騎空団として働いてきた。
だが、その良心の一欠片は必ずしも救い出せるわけではないのだという事も理解していた。
モニカの言葉に、少しだけ納得の表情を見せながらも、秩序の騎空団の限界という言葉にリーシャの表情がまた曇る。
「そうしょげた顔をするな。先ほどの彼ら。特に前に出た団長の二人は良い目をしていた。
あれは何かを成し遂げる者の目だ。彼らが見定めた男。セルグについてはまだ、救いきれる余地があるのではないかと考えている。少しは期待してもいいのではないか?」
「本当ですか……? ひとまずは直接話をしてみましょうか。アマルティアにつくまでに調書もとっておきたいですし……」
「お、やる気満々だな。ならばいこうか、直接の尋問だ!」
そう言うと二人は騎空艇の船室へと歩みを向ける。向かうはセルグが拘束されている拘留室だ。
薄暗い船室の一室で、セルグは両手を後ろに拘束され拘留されていた。
「はぁ……やったことがやったことだからな。このくらいで拘束が済んでるのはむしろ優しい方なのかもしれないが、顔を突き合わせるたびに怯えられるのはへこむな。そんなに怖い顔はしていないと思うんだが」
セルグは不満げに独り言を呟く。この部屋に拘束されてからも、食事を運ばれた時などに秩序の騎空団の団員と顔を合わせていたが、その悉くに恐怖の表情を見せられていた。セルグにとって、拘束されて閉じ込められてる事よりも堪える光景である。
そんなこんなで落ち込むようにうなだれていたセルグの耳に、セルグ以外の声が届いた。
「それは、仕方あるまい。S級の警戒人物と言えば基本的には何をするかわからないような異常者という認識だ。見つけた場合には周りに被害を出されぬよう、迅速に対処できる人間を用意し、拘束することになっておる。お主が後ろ手に両腕を拘束されているだけでは皆が不安に思うのも無理はない」
部屋の扉を開けてセルグを見ていたのはモニカ。その後ろにはリーシャもいた。二人の来訪にセルグは僅かに喜色を浮かべる。
「おお、来てくれたか。まともに話せそうな数少ない人物であるお前たちが来るのを、少しだけ心待ちにしていたぞ……というかもう少し教育とかしないのか? あれじゃいざというとき動けない気がするんだが? あとついでに言わせてもらうがそんな化け物みたいな認識を持たれるのは心外だな。地味に傷つくからよぉく皆に言い聞かせておいてもらいたいもんだ」
セルグは率直に感じたことを投げる。顔を合わせただけであれでは、実際に対峙して戦うなんてなった場合には何もできないのが目に見えていた。
そんなことで治安維持組織として大丈夫なのか甚だ疑問である。
「無茶を言わんでくれ。S級警戒人物は船団長が相対することが前提の犯罪者だ。彼ら一般の団員にそれを求めるのは酷というものだぞ」
「モニカさん、そんなことより早く始めましょう。セルグ・レスティアさん。これよりあなたへの尋問を始めます。別室へ移動願います」
セルグとモニカの会話に割って入るように、リーシャがセルグを促す。尋問と言われても特に嫌な顔をせず受けるつもりであったセルグだが、しかしセルグはそれを拒否する。
「ここではダメか? わざわざ部屋の外に出て怯えられるのは地味に傷つくんだが……どうせどこでやっても君たち二人がやるんだろう? ならここでやってくれ」
「え? し、しかし、決まり事ですしそういう訳にも……あ、でも団員達の事を考えるのならそのほうが……いや、でも……」
切り替えされたセルグの発言に慌てて思考を回すリーシャ。独り言を呟きながらいつのまにかループに陥ってる思考をモニカが止める。
「これ、リーシャ。シャキッとしろ! まんまとのせられおって」
「はい!? モニカさん、すいません! まんまとのせられてしまいました!」
「いや、オレは何もしてないと思うんだが……」
「と、とにかく。尋問は要望に応えここで行いましょう。準備をしてきますので少しお待ちください」
そう言ってリーシャは一度部屋を出ていく。残ったのはモニカとセルグ。二人の間には何とも言えぬ気の抜けた空気が広がっていた。
「あれ、確か船団長とかじゃなかったか? 大丈夫なのかあれ?」
「そう言ってくれるな……私から船団長を引き継いでまだ間もない。私の後ろにずっといたあやつはまだ不慣れなことだらけなのだ……大丈夫だ、彼女は優秀だよ。なにせあの碧の騎士の娘だからな」
モニカが告げたリーシャの素性にセルグも目を細めた。
碧の騎士……それは黒騎士とは別の七曜の騎士である。秩序の騎空団の創設者にして伝説の騎空士とよばれる碧の騎士は、この空の世界において最も少年の憧れを集めるような存在だろう。
「ほう……七曜の騎士の娘か。それは将来有望だな。あくまで、将来だが」
「一言多いぞ、お主。あやつには言ってやるなよ。偉大な父というのはコンプレックスの塊だからな……」
「過保護が過ぎるとしっかり育たんぞ。ウチのカタリナもルリアやイオには甘い。心配なのはいいが苦難から遠ざけるのではなく、それを乗り越えられるよう導くのが指導者の務めだと思うがな」
「――随分真っ当な事を言うのだな。なんだ、指導の経験でもあるのか?」
セルグの発言に驚きの表情を見せるモニカ。まるでヒトの上に立ち指導していた経験があるような言い草に疑問を浮かべたが、モニカの言葉を受けセルグは喋りすぎたとハッとするように口を噤んだ。
「なんだ、触れてほしくないのか……まぁよい。お、戻ってきたようだな」
そう言うとモニカの言葉に従うように、リーシャが部屋に戻ってくる。少しだけ誇らしげにしてそうなのは気のせいではないだろう。
「お待たせしました。それでは、尋問を始めましょう」
自信満々なリーシャの言葉を皮切りにセルグの尋問が始まる。
静かな雰囲気の中、リーシャの問いにセルグは時に真実を隠し、事実だけを告げていった。
「では、あなたはご自分の命を守るための正当防衛であったと?」
「その通りだ。任務地に行ってみればもぬけの殻の洞窟で、いきなり武器を突きつけられて殺されそうだった。だから自分の身を守るために戦った。余波で洞窟は崩れたが、そもそもの原因は向こうだよ。オレは死なないために抵抗したに過ぎない」
「星晶獣ヴェリウスとの契約の為という話が挙がっています。それについては?」
「オレがそれと契約しているのなら、こうしてあっさりと捕まると思うか? 星晶獣の力がいかに強大かは秩序の騎空団とてわかっているはずだ。こうしておとなしく捕まってるのが何よりの証拠だよ。そんなものと契約するためなんて、設定に無理があるとは思わないか?」
「それでは貴方はご自分には非はないとお思いですか?」
「非はあるだろうな。ヤツラにオレの情報を渡すまいと戦意を喪失していた者も含めて殺した。お前達も聞いての通り惨劇とも呼べるオレの行為は最終的に過剰防衛と言わざるを得ない。
己の身を守るためとはいえ、35人に手をかけたオレに非がないとはとても言えたことではないよ」
「35人……? 36人ではないのですか? 情報では貴方の罪状は36名の惨殺となっていますが……」
それまで饒舌に弁を振るっていたセルグの表情が固まる。わずかにリーシャを睨むようになってしまったセルグは一呼吸おいて落ち着くと、絞り出すように言葉を紡いだ。
「1名は洞窟の崩落に巻きこまれて死んだ。オレが手にかけたわけではない」
それ以上は何も聞くなと雰囲気が物語る。リーシャは気圧されながらもあまり重要な事項ではないと考え、次の質問に入る。
「貴方の騎空団の方たちは、貴方の素性を知っているのですか?」
「――知らないだろうな。何も伝えてはいない」
「そうは見えませんでしたが……」
「あいつらは優しいからな。急に犯罪者として連行されそうなオレを助けようと、必死だっただけだろう……オレはなにも伝えてはいない」
静かに、無表情で答えるセルグにリーシャは一先ずの納得をする。怪しい部分もあるが、嘘だとも言えきれない証言ではあった。
「質問に答えていただき感謝します。あとはアマルティアであちらとの事実確認をとってからの話となりますのでこの部屋でお待ちください」
「まて、こちらからもいくつか確認したいことがある」
聞きたいことを聞き終えてリーシャが立ち上がったところでセルグが待ったをかける。
「なんでしょう? 処遇についてはまだ何もお答えできませんが」
「オレの情報の出所だ? オレの手配はどこから依頼された?」
セルグは真剣な表情で問いかける。ごまかしは許されないとリーシャは感じた。
普通であれば情報の出所など教える事は無い。報復の可能性が高まるからだ。
だが、ガロンゾで大人しく捕まった事。特に怪しい素振りを見せずに淡々と質問に答えてきた事。セルグのこれまでの様子と己の行いに迷いを持っていたリーシャは、セルグの言葉に何かを感じて素直に答えた。
「貴方が所属していた組織からの依頼です。これで満足いただけますか?」
「何か……そこに問題があるのか? 別段おかしいことは無いと思うが」
「大有りだ、ヤツラにとってオレは真実を知る重大な汚点の一つだ。オレが捕まったことは向こうにも連絡しているのだろう?」
「当然ですね。依頼された者を捕縛したのですから、迅速に連絡は行われました」
リーシャは職務をこなせたことに誇らしげに答える。
「アマルティアの警備を増やすことをお勧めする。効果があるかはわからないがな……奴らは間違いなく来るだろう。裁判なんかする前にオレを消しにな……」
「なっ!? 秩序の騎空団を正面から敵に回すというのですか!?」
リーシャが驚きセルグに詰め寄る。口を挟まず聞いていたモニカも驚きは隠せていなかった。
「正面切ってならまだやりようはあるだろうな……問題は奴らが少数精鋭だってことだ。潜入してターゲットだけを狙うことなど造作もないだろう。オレは武器もあいつ等に預けていて丸腰だ、襲われたらひとたまりもない」
「わかりました……至急拠点の方には打診をしておきます。手練れの配備と警備の増員も検討しておきましょう。これでよろしいでしょうか?」
リーシャはセルグがもたらした情報に対し対抗策を講じる。
セルグ自身は襲われても何とかできる自信があった。問題はそれに巻きこまれる秩序の騎空団の面々であろう。リーシャが返した対応に不安が尽きないセルグだが、それ以上はできないだろうと判断し引き下がる。
「それで構わない。とりあえず、気を付けておいた方がいいということだ」
「お主がそこまで言うということは、それほどに危険だと言う事か……リーシャ、私は拠点に戻り次第そちらの対策に移る。私自身が警備に回ることも考えなくてはならなそうだからな……」
モニカが事の重要性を見てリーシャに提案すると、リーシャも頷く。組織とセルグ……情報の出所は互いに互いをよく知っている二者である。どちらの情報も信憑性という点ではある程度の信頼がおけるだろう。
更にセルグが告げたのは秩序の騎空団への警告。危険が迫っている事を告げたセルグの言葉は、信憑性云々を抜きにして対策を講じておいた方が良い事態なのである。
「さて、それでは今度こそお暇しよう。心配の種は尽きないだろうが、我々が責任をもって貴殿を守ろう。アマルティアまではゆっくりしておくといい……」
モニカがそう告げてリーシャと共に部屋を出ていく。残されたセルグは、一人笑みを浮かべながら事態が動く時が来るのを待つことにした。
「誰が来るのか……楽しみだな。久方ぶりの邂逅だ……楽しませてくれよ」
歪な笑みを湛えてそう呟くセルグの独り言は誰に聞かれることもなく、船室に消えていく。
セルグ、組織、秩序の騎空団、グラン達、エルステ帝国。様々な思惑が交錯し、アマルティアを揺らすこととなる。
如何でしたでしょうか。
アマルティアはオリジナル半分くらい入りそうな感じですね。
ちょろっとだけどオリキャラも参戦してくる予定です。
乞うご期待!ということでそれでは
お楽しみいただければ幸いです。