granblue fantasy その手が守るもの   作:水玉模様

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意外と早くに書けました。
落ち着いて執筆できる環境になった気がします

それではどうぞお楽しみください


第二幕 奔走

 

 

 

 ヴァーチャーズが各地に現れる少し前────

 

 ポートブリーズ群島、エインガナ島。

 グランサイファーを駆り、この島に調査に赴いたラカムは現在、調査そっちのけで街中を疾走していた。

 

「はぁ、はぁ……ったく一億ルピってなんだよ!!」

 

 頭をよぎる疑念。

 一億ルピ……それは彼に掛けられた賞金首の金額である。

 島に降り立って数日。あちこちの図書館や島にまつわる昔話などを中心に調査を進めていたところで突如、チンピラ共に因縁をつけられ追い掛け回される事態へと発展した。

 

「いたぞ、賞金首だ!! 逃がすなよ、回り込め!」

「この、ちょこまかと……! 面倒くせぇ、オラオラオラ!!」

 

 訳も分からず逃げること一時間。本当なら昼食でも取ってる時間だがそんなことはお構いなしに追い回されていた。

 裏路地へと入り込んだところで追手に見つかると、仲間であろう連中がこぞって集まってくる。

 その内の一人が逸ってその手の銃を撃ち放った。

 寸前、射撃の気配を察知して物陰に飛び込んだラカムは、遮蔽物を背にしながら叫んだ。

 

「一体誰と間違えてやがる!!」

「間違い? アンタで間違いないさ、クサレ操舵士のラカムさんよぉ!」

「おかえりなさーいってか? 大金ぶら下げて大物になったもんだぜ!!」

 

 まるで心当たりのない賞金首の話に反論するが、チンピラ共は全く持って聞く耳を持ってなかった。

 だが、チンピラの言葉から察するにどうやら賞金首の件について間違いはなさそうである。

 操舵士……程度のくくりであれば間違いもあるだろうが、彼らはラカムを名指しで挙げているのだ。

 

「どんな馬鹿な話かは知らねえが、そんなもんデマに決まってんだろ、デマに!!」

「はっ、それこそ知るかよ。そんなもん賞金を懸けたやつに言うんだな」

 

 突っぱねる様に返された言葉に、思わずラカムは押し黙った。だめだ、金に目が眩んで思考を放棄していて話にならない──こうなってはもう仕方ない。

 観念したようにラカムは物陰よりチンピラ共の前に姿を現した。

 仲間が仲間を呼び、連中の数は10は下らないだろう。

 島が落ちる災厄──そんなこの世界の一大事の最中に、デマに踊らされてよくもまぁこんな無駄な事に集まるものだ。

 っと、ラカムは胸中で悪態をついた。

 

「ったく、とんだ帰省になっちまったもんだ──仕方ねえ」

「潔いじゃねえか、年貢の納め時だなぁ……三年前に酒場で殴られた痛み、今ここで晴らさせてもらうぜ──ッガ!?」

 

 両手を上げて出てきたラカムの姿に油断して、不用意に近づく一人。

 その振りかぶった拳を最小限で躱し、ここまで追い回された恨みを載せて全力の拳をぶち込む。

 ──まずは一人。ラカムからすれば児戯に等しい粗末な攻防を終わらせる。

 騎空団、蒼の翼(そらのつばさ)の名は伊達ではない。

 団長であるグランやジータ。その武勇で名を馳せたゼタやアレーティア達と比べれば確かに劣るかもしれないが、それでもアーカーシャ事変を戦い抜いたラカムが弱いわけがない。

 たかがチンピラ。何人徒党を組もうが負ける道理などないのだ。

 

「全員まとめてかかってきな。ちっとばかし痛い目に遭って貰うぜ!!」

 

 愛銃ベネディーアに魔力を込めると、ラカムは不敵な笑みと共に宣言した。

 

 

「て、てめぇ……かかれ──ー!!」

 

 

 ラカムの言葉がチンピラ共の薄っぺらい自尊心に傷をつける。

 怒り心頭になって襲い掛かろうとする、十数名ばかりのならずもの集団。

 

 

「まったく、なにを──しているのですか?」

 

 

 しかし、それはラカムによって痛い目に遭わされる前に、空から降り注ぐ光によって全員昏倒させられるのだった。

 路地裏に建てられた家屋の一つ。その屋根の上からラカムへと声がかかる。

 呆れたような、そんな声音であった。

 

「おいおい、来てたんならもう少し早く助けてくれよ──」

「お生憎様ですが、たった今駆け付けた次第です」

「へいへい、そりゃあどうも……っていうかこいつら、動かねえけどまさか殺ってないだろうな?」

「どうでしょう? 特に加減はしていませんので当たり所が悪ければもしかしたら──まぁこの非常時にこのような愚かな振る舞い、殺されても文句は言えないでしょう?」

 

 ふわりと言った感じで軽やかに下りてくる彼女に、少し罰が悪そうに出迎えた。

 追い回される事態になり助けられた……その事自体には感謝するが目の前の彼女と一緒にいる方が、ラカムは余程肝が冷える気がした。

 彼女の言を額縁通りに受け止めるつもりはないが、恐らく殺されても文句は言えないと言った部分は本心だろう。

 彼女は必要ならそれを迷うことなくする。その確信があった。

 

「有象無象についてはどうでも良いです。それよりラカムさん、成果の程は? まさかあんな連中と遊んでて何もないなんてことは――ありませんよね?」

 

 そんな彼女の冷ややかな視線がチンピラ連中からラカムへと向けられた。

 その視線には、成果無しであれば痛い目を見ることを予見させる冷たさがあり、やはり肝が冷えた。

 

「あ、あぁ。もちろん──」

 

 慌てて思考を巡らし、これまでの調査の成果を脳裏に浮かべた──ところで目の前の彼女の雰囲気が柔らかなものに変化する。

 冷たい視線が鳴りを潜め、僅かな微笑み。元が見目麗しい彼女だ。不覚にもラカムの鼓動は跳ねた。

 

「ふふ」

「ったく、年上をからかうんじゃねえよ」

 

 あぁ、これはしてやられた……所謂手玉に取られたというやつだ。

 慌てて狼狽えるラカムを見て楽しんでいたのだろう。

 

「相変わらずだな──ヴィーラ」

 

 

 嘗て共に戦った仲間の姿が、そこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

「それで、調査の結果は如何なのですか?」

 

 先程の裏路地から場所を移し、人気のない倉庫に身を隠したところでヴィーラはすぐさま問いかけた。

 

 数日前、アルビオンにて政務に追われていたヴィーラに届いた一通の手紙。

 そこにはアルビオンでも噂となっていた災厄の情報とその調査を彼らが請け負う事が記されており、更にヴィーラ宛のお願いとしてラカムの護衛に付いて欲しいという事だった。

 

 グランサイファーの所有者で操舵士であるラカムに何かあれば身動きが取れなくなる。

 バルツに向かったイオには保護者としてのザカ大公がいるし、アウギュステに向かったオイゲンは元々自警団の頭領で仲間がいる。ルーマシーへと向かったロゼッタは言わずもがな。彼女を害することができる存在などそうはいない。

 各島へ調査に向かうに当たって一人となるラカムの身を案じて、団長二人の命により護衛として呼ばれたのがヴィーラであった。

 

 政務に追われていたヴィーラであったが、災厄の実態とかつてアガスティアで敵であるロキが発した“特異点”という言葉を思い出しすぐさまアルビオンを発った。

 グラン達が調査に乗り出したのであれば、今回の事態もまた、彼らが大きく関わる……そんな確信を得ていた。

 そうして、ポートブリーズへと赴いてみれば先程の大捕り物を演じているラカムを発見したというわけである。

 

「あぁ、だがその前に改めて……駆け付けてくれてありがとな、ヴィーラ。グラン達から言われたときは馬鹿にするなとも思ったもんだが、実際問題あんな事態になっている以上、俺一人ではどうにもならなくなっただろうし」

「そのようですね……この島についてすぐの事だったのでまだ完全には把握できておりませんが、どうやら蒼の翼の面々には多額の賞金がかけられているようです」

「その内容は?」

「災厄──それが蒼の翼によるものだと言われているようです。恐らくは、ルリアさんの星晶獣を使役する能力に尾ひれがついたのではないかと」

 

 そんな馬鹿な、と呻く一方でラカムは納得できる気もした。

 帝国に追われていた時こそ、ルリアの能力はできるだけ隠し通していたがアガスティアの戦いではそれも大っぴらに使っていた。

 隠し通すことはもはや不可能と判断した彼らは、有名となったことをきっかけにこれを公表。

 規格外なレベルとなった彼らの実力と合わせて、ルリアの星晶獣を使役する能力の話は蒼の翼に更なる箔をつけることになった。

 

 だが、星晶獣を使役できる……それは一般人からすれば荒唐無稽で未知の能力だ。

 必然、前代未聞な今回の災厄に際しては疑いの目が向けられるのも無理のない話であった。

 

「なるほど……なぁ。確かに調査の結果からすると、恐らく今回の災厄は星晶獣に関連したものである可能性は高い」

「ということは、何か関連する話が?」

「あぁ……ポートブリーズには風の守護者であるティアマトが祀られているが、実は郊外の方にティアマトとは別の何かを祀ってる祠があるらしい」

「祠、ですか?」

「おう。んでもってそこに祀られてるのが……風の“天司”様なんだと」

「天司? 聞き覚えのない名前ですね」

 

 聞きなれない言葉を耳にしてヴィーラは脳内で反芻した。

 記憶の中に覚えはないか……自身の記憶を辿るが該当する言葉は出てこなかった。

 

「その、天司とは一体どんな存在なのですか?」

「残念だがそこまでは分かってねえ。だが、相当古い祠らしい。ティアマトがこの地で守護者と呼ばれるよりも、もしかしたらずっと……」

「ですが、そのような星晶獣がいるのなら以前にここを訪れた時にルリアさんが気づいていてもおかしくないのでは?」

「調査に入る前にルリアが言ってたんだ。漠然と、空域全体を包むような星晶獣の気配がするってな。ってことはこうは考えられねえか。『あまりに当たり前に存在していて気が付かなかった気配に変化が起きたから気が付いた』ってな」

 

 そう、その気配を気配と認識する前から感じていたのなら……それが当たり前の感覚でいたのなら。変化があるまで気が付けないのも理解できる。

 空に空気があることが当たり前だと思うように。空が蒼く見えることに違和感を抱かないように。

 それが当然であれば、疑念をはさむ余地はない。初めから異常であり、異常に変化がないのなら、それは正常へとなり得るのだ。

 

「つまり……この空全体に影響を及ぼすような何らかのチカラをもつ星晶獣がいて、その能力が不調をきたしている……と?」

「その可能性があるとみている」

「であるのなら、シュヴァリエが感じている気配もそういうことなのかもしれませんね」

「ん? シュヴァリエが……なんだって?」

「この島についてから……貴方の言う郊外の祠の方からだとは思いますが、微弱な星晶獣の顕現を察知しているそうです」

「なんだって!? ってことはまさか本当に」

「はい、ラカムさんが言う可能性は現実味を帯びてきています」

 

 意図せず、二人の心拍は上がり表情が強張り始めた。

 状況確認と情報共有のつもりが、思わぬ形で核心に繋がってきた。

 この推測が本当であるなら、この災厄の真相がすぐ近くに転がっているかもしれないのだ。

 静かに、二人は互いの視線を交わすと頷き合う。

 

 もはや推測は不要であった────すぐに件の祠へと向かうべきだ。

 

「前衛は私が……最悪はシュヴァリエがいますので貴方だけでも逃がすことはできます」

「そんな最悪な予想すんじゃねえっての。お前さんだけ残して逃げるなんてしたら、カタリナに顔向けもできねえしよ……何かあったときは俺が先導して一緒に逃げるぞ」

「ふふ、その物言い。まるで誰かさんの様ですね」

「あいつと一緒にしてくれんな。俺に守るだけのチカラはねえよ」

「まぁ、守るのは私の役目ですから」

 

 言葉を交わすうちに少しだけ柔らかくなる雰囲気の中、件の祠へ向かって走り出す。

 二人に星晶の気配を感じる力などないが、それでもこの先に待つ物が事態を大きく変える……そんな予感をヒシヒシと感じていた。

 

 

 疾走する二人の背中を押すように、ひ弱な風が吹いていた……

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

「うわぁああ、西門にもバケモンがでたぞぉ」

「馬鹿野郎、こっちに逃げてくるんじゃねえ。お前が持ち場を離れたら──っぐあ!?」

 

 別方向からの侵攻に隊列が乱れ、また兵士の一人が落ちた。

 スフィリアが誇る警備隊は必死に街の防衛に努めているが如何せん数が数だ。

 徐々に警備隊への被害も大きくなってきており、兵士達も浮足立っていた。

 

「慌てるな! 小隊でまとまって各個撃破に努めろ!」

 

 次々と放たれる光条をライトウォール・ディバイドで防ぎながら、戦線を維持するべくカタリナは指示を飛ばしていく。

 先程指揮官である男がやられ、統率の取れなくなった部隊を引き継いだカタリナは、エルステ時代の経験を武器に彼らをまとめ上げていた。

 

「ヤツ等の攻撃パターンは難しくない! 射線さえ読めれば恐れる敵じゃないぞ!」

「りょ、了解!!」

 

 カタリナの檄に乱れた隊列を持ち直した兵士達が奮戦する中、状況の推移を見てカタリナの表情が険しくなる。

 

「状況は良くない……この先は避難所で引くこともできず、少しずつだが兵士達は数を減らしている。私が前線を押し上げられれば良いが、この状態では身動きが──」

「いやぁあああ!!」

 

 騒がしい戦場を切り裂く悲鳴。

 真に迫った、正にそれは断末魔に等しい。その出所へと振り返った瞬間、カタリナは慄いた。

 そこにいたのはまだ幼い少女。逃げ遅れたのだろう、どこかに隠れていたのが見つかって出てきたのか……防衛に戦っていた戦場からは少し離れた場所であった。

 その背後に迫る、ヴァーチャーズ。そのコアが光り輝き今にも死の光が少女を貫こうとしていた。

 

「させるかぁああああ!!!」

 

 限界を超えんばかりに足を動かし、ギリギリ射程圏内へと入ったカタリナが氷の刃を放つ。

 ライトウォールを展開する余裕はなかった。がむしゃらに放ったアイシクルネイルの刃が奇跡的に光条を迎撃し、綺麗な魔力の欠片となって散る。

 だがその一瞬があれば十分である。少女の元へと駆け付けると、すぐに抱きかかえて避難所へと──

 

「くっ!?」

 

 反射的に展開したライトウォールが、数多の光条を弾いた。

 兵士達を抜いて幾つものヴァーチャーズがカタリナへと殺到してきているのだ。

 次々と飛んでくる光条をカタリナは弾いていくが、防げど防げど死角を狙って次の攻撃が飛んでくる。

 防いだ隙に反撃して倒せればなんてことはないが、そんなことをすれば抱えている少女が再び狙われる。

 

「うっ、うぅ……」

 

 胸の内で恐怖に呻く少女の声がカタリナを焦燥へと駆り立てる。

 こうしている間にも指揮官を失った部隊は崩れていくはずだ。カタリナがいても一杯一杯だった以上、そのカタリナが抜けた今瓦解は免れない。

 再び、カタリナを囲うようにヴァーチャーズが攻撃に転じた。

 

「くっ……この程度で。嘗めるな!!」

 

 瞬間的にカタリナは射線の把握。ライトウォール・ディバイドを適する角度で当てて弾き、同士討ちを引き起こすことで周囲のヴァーチャーズを一気に減らす。

 数が減れば如何様にも対処できる。少女を守りながら即座にヴァーチャーズを切り捨て危機を脱した。

 

「ふぅ……さぁはやく、避難所まで走るんだ!」

 

 安全を確保したところで少女を降ろすと、涙をこぼしながらも少女は確かな足取りで駆け出していく。

 恐らくは母親である女性が避難所から少女を迎えに走ってきており、それを見届けてカタリナは戦場へと視線を戻した。

 

 僅かに、カタリナから安堵の息が零れていた。

 あの瞬間、少女の死を幻視していた。間に合わない、その確信があった。

 だが、その未来を許せない自分がいた。結果、限界を振り絞った彼女はこれまでの限界をほんの僅かだけ超えてその手を届かせることができた。

 

「私もまだ……捨てたもんじゃないな」

 

 視線を戻した戦線では徐々に押し込まれる様相が見て取れた。

 背後には避難所。先程の少女も含め、力無き者達が死の恐怖に慄き怯えている。

 再び、カタリナの胸中にそれを許すことができない怒りが沸いた。

 守るべき者達をそんな恐怖に晒させて────なるものか。

 

「戦線を押し上げるぞ!! 全員ここが踏ん張りどころだ、死力を尽くして敵を討て!!」

 

「「了解!!」」

 

 ライトウォールを展開し、更には中距離からの氷の刃を撃ち放つ。

 攻守両面で一気呵成に全力を振るうカタリナの檄が、兵士たちの士気を奮い立たせる。

 

 

 その奮戦の甲斐あってか、数時間後に事態は収束。

 警備隊には少なくない犠牲が出たものの、非戦闘員の中から負傷者こそ出たものの死傷者は出なかったとのことで、カタリナの勇名はスフィリア中に轟くことになった

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 祠があると思われる、郊外の森へと向かっていたラカムとヴィーラ。

 足を踏み入れた当初は何らおかしいところのない、木々が生い茂る普通の森であったが、その雰囲気は徐々に異質なものへと変わっていき、二人の足取りもそれに合わせて重くなっていた。

 

「っ!? またこの……奇妙な風」

「強かったり弱かったり、暖かかったり冷たかったり……まるで空域中から色んな風が集まってるようだぜ」

「それも吹く先は決まって、私たちが向かう祠の方へ──やはり」

「風の、天司様か」

 

 風が……それも普通ではありえない。統一性のない様々な風が一点に向かって吹いている。

 推測は確信に。この先にはやはり、風にまつわる何かがいると二人に知らしめていた。

 

 ──だが。

 

「はっ、この感じ!?」

「伏せろ、ヴィーラ!!」

 

 そんな二人の行く手を阻むように、ヴァーチャーズが顕現する。

 ラカムの声に疑う余地もなく、何かを察知していたヴィーラは迷うことなくその場に伏せた。

 伏せたその頭上を幾本もの光条が奔り、脅威の到来を認識すると二人は即座に臨戦態勢に。

 

「貫通力は低そうです、木々を遮蔽物に!」

「一射毎のタイムラグがあるようだ。一度躱せば接近は簡単だろう!」

 

 互いに戦術をフォローしながら一息に散開。

 ラカムは木々を遮蔽物にヴァーチャーズの射線を阻みながら先の先を取って迎撃。

 ヴィーラは光条を掻い潜りながら確実に接近して次々とヴァーチャーズを仕留めていく。

 囲まれるほどではない。この程度では数の内に入らないだろう。

 大した脅威ではない……だというのに、二人の表情に焦りが浮かんでいた。

 

「お、おいヴィーラ!」

「わかっています。この先にあった気配が……萎んでいく!」

 

 奇妙な、あの風がいつの間にやら吹かなくなっていた。

 そして何か……そう、大きさの読み切れない奇妙な気配が新たに出現していた。

 

「くそっ、ここまで来て空振りはゴメンだぜ!」

「はい、急ぎましょう!!」

 

 事態の急変を察知して二人は一気にヴァーチャーズ達を撃破。

 慎重に進んでいた森を一気に駆け抜ける。

 

 その先には──

 

 

「くっ、まさか……このような事態に陥るとは」

 

 

 苦悶に表情を歪める、ヒトの姿をした何かが居た。

 

「あんたが……風の天司様、か?」

「この感じ、少なくともヒトではありませんね」

「──汝等、ヒトの子か」

 

 声から察するに男性、ではあるのだろう。性別という区別が天司にあるのかはわからないが少なくとも低くくぐもった声だった。

 ヒトに似た姿形をしているが、頭部の左右から羽を生やしており、水鏡のような膜を張る奇妙な武器らしきものを携えている。

 何より、微弱な風のチカラが彼より感じられた。弱弱しくはあるものの綺麗な風が二人の頬をなでる……ティアマトの風を力強い活力の風と評するなら、彼が吹かせるのはまるで母に抱かれるような優しい風。命の息吹を感じさせる風である。

 

「間違い、無いようですね」

「なんか苦しそうだが……大丈夫か、天司様よ?」

「──何故にそんなことを問う? ヒトの子に出来ることなど皆無だ」

 

 突き放すような言葉に、怪訝な表情を浮かべるラカム。

 対してヴィーラは気にする様子を見せずに質問を投げかけた。

 

「何をできるかはこれから考えます。まずは今この空で起こっていることを聞かせてもらえませんか?」

「今この世界では、島が浮力を失って落ちていってんだ……俺達の見立てじゃ風の天司様。あんたに関係していると踏んでる」

 

 投げかけられた言葉に、風の天司は逡巡した。

 思考するようでありながら、同時にヴィーラとラカムを値踏みするように視線が動いた。

 

「成程、汝等は星の獣の加護を受けし者達か。故にここまで導かれたのやもしれん」

「星の獣の──」

「加護だって?」

 

 質問の答えになっていない言葉に二人は顔を見合わせた。

 星の獣の加護……ヴィーラのシュヴァリエと、ラカムの場合はグランサイファーを作った星晶獣、ノアの事だろう。

 だが、それが一体何の関係があるのだろうか。二人は疑問符を浮かべた。

 

「四大天司はヒトとの関わりを持たない。我等の影響はあまりに大きい為、ヒトが近づくことができぬようになっている。

 故にこの地に今までヒトが訪れることはなかった」

 

 恐らくはここに来るまでに吹いていたあの風の事だろう。

 様々な風が近づく人々を遠ざけ、風の天司がいたこの地を隠し通していた。

 だが、二人は星晶獣との繋がりを持つ非常に稀有な存在であった為にそれが効かなかった。

 或いは、その風の機能自体が消えていた……

 

「そ、それで……一体全体何が起きてるんだ。天司様よ」

「島々が落ちる原因。教えてはもらえませんか?」

「──天司の間隙を縫えるのは天司のみ。だが、四大が均衡を崩すことはありえない。我等の均衡を崩す第五の天司が……」

 

 語る途中で何かに気づくように、風の天司は口を閉ざした。

 その表情は変化に乏しくわかりにくいが、口が過ぎたことを自戒するようであった。

 

「ヒト子等よ……今のは忘れよ。これは汝等には関係の無い話」

 

 そう言い切った風の天司を、翠緑の光が包み込む。

 同時に、弱かった風が力を取り戻したかのように強風へと変わり吹き荒んだ。

 

「お、おい……ちょっと待ってくれよ!」

「まだこちらの質問は終わっていません!」

「……事は急を要する」

 

 光に包まれ薄れていく風の天司にラカムとヴィーラが慌てた。

 まだ肝心な情報が全然聞き出せていないのだ。

 

 この世界に何が起きて、どうすれば良いのか。

 だが無情にも、そんな二人の目の前で風の天司の姿は掻き消えていく。

 

「消えて……しまいましたね」

「らしいな。まったくわけがわからねえぜ」

 

 まともな問答にならなかった事にラカムが憤慨する。

 数日の調査に賞金首の話、これらを経てようやくたどり着いた手掛かりだったというのに。事態は何も進展していない。

 具体的な話は何も聞けず、こうしている間にも島々は落ちていっているのだ。

 

 焦燥感に苛まれるラカムであったが、対するヴィーラは思考に耽っていた。

 必死に先程のやり取りを思い出した。冷静に、一言一句を思い出しながら情報の整理をしていく。

 

 祀られていたのは、風の天司で間違いがないだろう。

 会話の中で節々に出ていた単語。四大、均衡、そして均衡を崩す第五の天司……ヴィーラの脳内で推測と共にパズルが組みあがっていく。

 全容は掴めない。だが、事態の端は掴めた気がした。

 

「我等の影響力はあまりに大きい……この言葉と今回の事態から察するに、恐らく島の浮力に関わってる能力を持っているのでしょう。

 その“我等”の括りに入る単語として“四大天司”。そしてその均衡を崩す別の“第五の天司”」

「我等……あの風の天司と同じような存在が四大天司として島の浮力に関わっているって事か」

「はい、そしてあの口ぶりから何らかの力の均衡を保つことで島に浮力を持たせていた彼等の均衡が崩れたのが、島が落ちた原因」

「ってことはその第五の天司が島を浮かせていた四大天司に何かをした……ってことか」

 

 神妙な面持ちで二人は紐解いていく。

 穴あきだらけの情報の中から、考えられる道筋。

 先の風の天司同様に島の浮力に関わる四大天司の存在が大きく関わることは見えてきた。

 

「なるほどなぁ……無駄足にはならなかったってわけだ」

「推論ではありますが、話の流れとしては筋が通っているかと」

 

 当たらずとも遠からず。

 そう思えるくらいには、筋道は通っている。

 少なくとも彼等、天司と呼ばれる存在が関わってることは確かだ。これだけでも情報としては大きいだろう。

 

「よし、一先ず調査の成果も出たことだしグランサイファーを飛ばして皆と合流だ」

「そうですね。風の天司が消えてしまった以上、ここに留まっていても得られる情報はもう無いでしょうし」

「急いで街に戻るぞヴィーラ。さっさとグランサイファーに乗って──ッ!?」

 

 ハッとするように、ラカムもヴィーラも街の方角へと振り返った。

 風の天司が消え去った今、森は静寂に包まれていた。この場所は他の生物が寄り付かない、そういう場所なのだ。

 故に届く……街から聞こえる異音。低く響く轟音に乾いた破裂音。そして俄かに立ち上る……煙。

 

「お、おいおいおい。まさか街で何か」

「先程の羽根が生えた宝石ような物……まさか街にも」

「こうしちゃいられねえ! 走るぞヴィーラ!」

「はい!」

 

 やはり、事態は急変していた。

 先程の風の天司の様子。あれは何かが“起きた”直後の様相だった。

 つまり、あの場には少し前まで風の天司が言う“第五の天司”がいたはずだ。

 二人を阻んだヴァーチャーズはその手先。そして今それは島の各地にまで顕現している。

 

 再びの焦燥感に駆られながら、ラカムは故郷の危機に走る。

 視界に広がる空は、憎らしいほど蒼く晴れやかであった……

 

 

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

あくまで、本作の世界で繰り広げられる“どうして空は蒼いのか”になります。
原作通りには、行かない部分も多いです。

次回もまた10月中には投稿したいと思います。

それでは、お楽しみいただければ幸いです。

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