granblue fantasy その手が守るもの   作:水玉模様

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いつもながら、大変お待たせしておりました。
コロナと仕事と病気と。色々と執筆していられない事情がありましたが9月よりようやく落ち着いてきまして執筆再開です。
一先ずは空蒼の第一弾。その後半端で止まってるフェイトエピを締めて、空蒼第二弾の予定です。
予定通りには執筆できないことに実績のある作者ですが、今一度温かく見守っていただけたらと思います。
それではどうぞ、お楽しみください。


第一幕 開幕

 

 

「それでは、今回の事で君は空の世界の危機を察知して顕現したと?」

 

 

 厳かな神殿に響く声。

 

「概ねはその通りだ。今述べたように、オレは空の世界の安寧の為に存在する。故に、その危機を漠然とだが知りえる事が出来る──オレの顕現はつまり、空の世界に危機が迫っていることと同義だ」

 

 落ち着いた声でまとめるルシフェルに対するセルグもまた、落ち着いた様子で返した。

 

 彼方、カナンの地にて相対する二人は静かな雰囲気のまま会談を続けていた。

 ヒトが辿り着けない未開の地。二人以外には誰も存在することの無い神殿には、ただ二人の声だけが響き渡り、互いの言葉をより理解させる助力となる。

 聞き逃すはずもない言葉は滞りなく互いの情報を伝えあっていた。

 

「概ね、とは?」

「あぁ、確かに空の世界の危機を感じ取ってはいる……だが、それは恐らく今回の『災厄』と呼ばれる事象に関してではない。曖昧な感覚ではあるが、今回の騒動を発端にしたその先にある未来での事だと、オレは感じ取っている」

「この先の未来? 島々の落下は空の世界において十分な危機だと考えるが……更なる危機があると?」

「具体的な確証も傍証もない。あくまで、調停者としての感覚でしかないものだ」

「不確定だ。君の言葉には不思議な説得力があるが、論理的には何も証明するものがない」

「そうだろうな……残念ながらお前を納得させる弁を、オレは持ち合わせてはいない」

「では、私の前に顕現した理由は?」

「今お前が言っただろう。島々の落下は、少なくともそこに生きる人達にとっては十分な危機だ。だから、力を貸してほしい。お前であれば、被害を食い止める事もできるはずだ?」

 

 何? と小さな吐息と共にルシフェルは疑問符を浮かべる。

 空の世界の危機を察知して、それに対するために彼は顕現したと言った。そしてまた、今回の災厄が危機に成り得ないとも……であれば、セルグは今回の災厄ではなくその先にある危機に応ずるために顕現したのだと捉えられた。

 だが、今の言葉を理解するなら彼は今回の災厄の為にルシフェルに助力を求めてきている。となれば、彼自身もまた動くつもりなのだろう。

 微妙にルシフェルの理解とセルグの言葉に噛み合わない部分が生まれ、僅かに惑う。

 

「何を呆けた顔をしているんだ? まさか、今回の災厄を前に守護者であるオレが何もしないとでも思っていたのか」

「今回の件に危機を感じていないと、君は言ったはずだ」

「それはそうだが……そんな冷たいことを言うなよ天司長殿。危機にさらされるヒトがいるなら助けたいと思うのがヒトの性だろう」

「君は、ヒトではない」

「元はヒトさ。それで、どうなんだ? 島々の落下、阻止はできないのか?」

 

 口調と態度が僅かばかり崩れているのを、ルシフェルは感じ取っていた。

 先程とは違う。まるで、調停の翼である彼とは別の……彼の言葉から察するに、ヒトであった彼に移り変わったような変化である。

 表情が乏しいが故に、ルシフェルの惑いが表に出る事はなかった。だが、内心の惑いを取り繕う様にルシフェルはセルグの問いに首を振って返す。

 

「無理だ。私の司る力では、島々の落下を防ぐことはできない」

「では、お前はこの災厄を前に一体何を?」

 

 再び戻る気配。

 空の世界を守る者として、空の安寧を見守る者へ少しばかり鋭い視線が向けられる。

 その視線が物語る……手をこまねいているわけではないだろう、と。

 まるで、この災厄の発端も原因も。更に言うなら結末ですらも。全てを見透かしているかのような眼差しであった。

 そんな視線に一拍。大きく息を吐いてルシフェルは胸の内を吐露するように小さく口を開く。

 

 

「────私が、できることを」

 

 

 ──そうか。

 それだけセルグが返すと、二人の間には沈黙の帳が下りた。

 

 変わらずの静寂が神殿内を覆い、空の世界の安寧を願う者達は新たな言葉を交わすことのないまま、遠い空の世界の行く末を見据えた。

 

 

「────そうだな。オレが、できることを」

 

 呟かれた声は、静寂の神殿ですら響かぬ小さなものだった。

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 アーカーシャ事変。

 

 それはエルステ帝国宰相フリーシアが画策した世界改変計画によってファータ・グランデ空域を巻き込んだ戦い。

 その最中、事態の解決に一役買った騎空団があった。

 

 騎空団“蒼の翼(そらのつばさ)”──まだ年若い双子の団長が率いる、小さな騎空団である。

 

 人伝てに広がった彼らの活躍。

 団長であるグランとジータの名前は勿論、団員であるカタリナやラカム、オイゲンにロゼッタ。直後に艇を降りたゼタ達も含めて、その勇名は空域中に広まった。

 ルリアやビィに至るまで有名となった今、自分達を象徴する名前が必要であるとシェロカルテから提案されてグラン達が決めた団の名前が“蒼の翼”である。

 その名に込められた想い。それは彼等のみぞ知ると言った所だろう。

 

 そんな騎空団、蒼の翼を評すると、

 

 曰く、少数ながらその実力はかの十天衆にも匹敵する。

 曰く、空域中のあちこちに知り合いがいてその人脈は留まることを知らない。

 曰く、依頼成功率100%。トラブル遭遇率100%。問題解決率100%。

 

 ──らしい。

 

 そんな彼等ともなると、災厄についての調査依頼が舞い込んでくることなど自明の理であろう。

 

『島が──落ちた?』

『それって一体どういうことなんですか、シェロさん?』

『はい~、実は現在空域のあちこちで島々が落下している現象が起きていまして。皆さんにはその調査を────』

 

 至急の依頼として、シェロカルテから頼まれた調査の依頼にグラン達は快く了承。

 空域どころか全空中にひろまっている災厄の手掛かりを得るため、騎空団蒼の翼の団員はファータ・グランデの各地に散らばり、災厄の実態を調査していた。

 

 

 ラカムはポートブリーズへ。

 イオはバルツ公国、フレイメル島へ。

 オイゲンはアウギュステ列島。

 ロゼッタはルーマシー群島へと。

 

 そして団長であるグランとジータは、残るカタリナ達と一緒にスフィリアにある大図書館────全空中の書物を保管することを目的に作られた“叡智の殿堂”で関連資料の捜索にあたっていた。

 

 

「う~ん……浮力とは島に含まれる物質と待機中の物質による生成物で……」

「えっと~? 星晶獣とは兵器でありつつも、議論の余地を残す機能もあり……」

「グラン、こっちの本には浮力について詳しい記述が……」

「ん? どれどれ……成程、つまり島の浮力は元々……」

 

 ビィ、ルリア、ジータ、グランと。難しい書物を時間をかけながらもじっくり読み進めていく。

 

 現状で手に入った情報は高が知れている。

 否応なく焦り逸る心を押さえつけて必死に頭を回すが、いかんせん内容が内容だ。

 専門家でもなければ理解できないような話がほとんどであるし、彼らは学術を主とする生き方をしてきてはいない。

 必然、調べられることには限界があった。

 

「う~、もう頭が爆発しそうです~」

「オイラもだぜ……こんなのわかんない事だらけでちっとも進まねえ」

「──確かになぁ。僕もジータもさすがに門外漢だし……カタリナ、そっちは?」

「私もだ。わかるのは一般的な話までで、災厄の原因など皆目見当がつかない」

「だよねぇ……司書のアルシャさんが親切に色んな本を持ってきてくれてるけど、ちょっと私達では限界な気がする」

「とりあえず、現状で分かってることをまとめてみようか」

 

 グランの声に、それぞれ調べていた本を手にしながら一度集まった。

 図書館に設置された机にいくつもの本を広げ、各々の調べた結果から調査の進展をまとめていく。

 

「まずは私から。そもそもの島が浮いている要因なんだけど、これは四大元素が競合と調和を為すことで均衡を保っているから浮いていられるって話なんだって。

 要するに、空には火水土風の四つの元素が満ちていてピンっと張った網のように均衡した力場を形成している。だからその上に島を乗せていられるって解釈かな」

「ジータが言った元素っていうのは、世界の存在する物質の最小位になるものね。つまり世界のどんな物質も紐解いていけば元素がいくつも集まった集合体って言う事になるんだ」

「と言う事は、二人の言う事から推測すると島々の落下現象はその四大元素に何らかの異常が発生して浮力が消えた……と言う事か?」

「成程なぁ……張られた網がどこか緩めば、上に乗ってたものも落ちちまうもんな」

「でしたら、私が感じた星晶獣の気配はもしかして……四大元素を操る星晶獣のものなのかもしれません」

 

 口元に手を当て、深く思考にふけるルリア。

 この災厄が起こった……恐らくはその瞬間から、ルリアが感じ取っていた異様な気配。

 普段感じ取る星晶獣の気配とは違う。朧気で不明瞭で、形もチカラの質も読めない、奇妙な感覚。

 それがルリアに付きまとっていた。

 

「改めて聞くけどルリア、今でもその感じは……」

「はい、ジータ。今でも変わらず、続いています」

「とすると、やっぱり四大元素と関連のある星晶獣の存在が見え隠れしてくるか……よし、星晶獣関連でもう一度調査を再開しよう」

 

 仲間達とも別れてから早数日。依然として変わらず続いている災厄による落下現象の話はこの数日の間にも幾つも耳にした。

 早くしなければ──いつ故郷であるザンクティンゼルが落ちるかもわからない状況に、焦燥に駆られながら調査を再開すべく動き出すグラン達。

 だが、そんなグラン達をカタリナが引き留めた。

 

「まぁ待てグラン。ここ数日、ずっとこの図書館に詰めて調査を続けている。多少の成果も出た事だし一度休憩を挟むべきだろう。ルリアとビィ君だって顔にはかなり疲れが見えている。何より二人共、睡眠時間も削って調査をしている事……気づかないと思ってたか?」

 

 ハッとした様にカタリナから顔を背ける二人の目元には隈。そんなわかりやすい反応にカタリナの追求の視線がさらに向けられていく。

 

「真剣になるのは良いが、やりすぎは効率の低下も招く。一先ず宿に戻って今日は休憩に──ッ!?」

 

 瞬間、カタリナは何かを感じ取る。

 

 それは顕現の予兆。何らかのチカラの気配と共に、周囲に幾つもの何かが顕現を始めた。

 黄色の球体を囲う赤い結晶。紫の羽根を以て浮かぶそれはアウギュステでゼタ達が遭遇した物体、謎の男が使役した“ヴァーチャーズ”と呼ばれるものであった。

 

「これって……」

「なんだ、こいつらは……」

「呆けるなグラン、ジータ!!」

 

 疲れて気が緩んでいたのか。

 顕現と共にチカラを行使する気配を見せるヴァーチャーズを前に、グランとジータの対応が遅れた。

 放たれる──命を刈り取ること容易な閃光を、間一髪のところでカタリナが飛び込んで四人を押し倒す。

 

「ぐっ!?」

「カタリナっ!? くそっ!」

 

 くぐもった声がカタリナから漏れ、己の失態を理解したグランとジータは押し倒された状態から即座に反転。

 その手に集う金色の粒子と共に得物である天星器を呼び寄せる。

 

「二王弓!」

「十狼雷!」

 

 グランの手には黄金に輝く弓が。ジータの手には黄金に輝く銃が握られ、数瞬の内にヴァーチャーズを全て撃ち抜いて見せた。

 不意を突かれはしたものの流石は蒼の翼の団長といったところか。その手並みは鮮やかの一言に尽きるが、如何せんそんなことに喜べる状況ではない。

 この場に顕現したヴァーチャーズは全て撃ち落としこの場は落ち着いたが、先の顕現の瞬間から叡智の殿堂だけでなく恐らくスフィリアの街全体が喧騒に包まれているのを

 二人は感じ取っていた。

 

「おい、(あね)さん……ケガしてるじゃねえか!?」

「そんな!? カタリナ、大丈夫ですか?」

「心配ない二人共──かすり傷だ」

「ごめん、カタリナ。油断してた……」

 

 ヴァーチャーズへの警戒を解いて駆け寄ったグランは、少しだけその表情を歪めてカタリナの怪我を診た。

 飛び込んだ時に僅かに閃光が掠ったのだろう。幸いにも足首から出血はしていたが然程大きい負傷ではなく、一先ずグランは安心する。

 

「ジータ、カタリナの治療をお願い。僕は──」

「任せて。グランは街の方を」

「あぁ」

 

 双子故の短いやりとりで互いのやるべきことを確認すると、グランは二王弓を携えて駆け出した。

 外の喧騒には悲鳴が混じり始めている。恐らく既に犠牲者すら出ているだろうことが容易に想像ついた。

 アガスティアの戦い以後も研鑽を続けているグランは間違いなく、この世界で最上位に分類される強者だ。グラン自身にその自覚はなくそれ故に驕りも存在しないが、そんなグランがこの緊急事態に際してできることは大きい。

 ましてやそれが、“守る”ことであるのなら、グランの気概はさらに高まるというもの。

 

 天星器の強大なチカラをまといながら、街の守護に駆け出したグランを見送りジータもすぐさまカタリナへと駆け寄って回復魔法の行使を始める。

 

「カタリナ、ごめんなさい。私もグランも、呆けちゃって……」

「ふっ、そう悲嘆するな。幸い大した怪我じゃないし、その後の対応は二人とも惚れ惚れするほど見事だったぞ……また、腕を上げたな」

 

 気にするなとでも言うように柔らかく笑むカタリナ。腑抜けた姿を見せて叱責の一つでも受けようかという中で賛辞まで送られジータの頬に僅かに照れの赤みが差す。

 こういうところは全く適わない。自責の念に駆られるであろう自身を先読みする見事なまでのフォローだ。

 

 グランと共に有名となってしまい、正式に騎空団の名前を決めてからというもの、カタリナは妙に母親臭くなった。

 団長としての舵取りを二人に任せる一方で、二人が気が付かない点などに細かなフォローを入れるといった感じに……なんというか、保護対象がルリアだけだったのがそこにグランとジータも加えられたという感じか。

 ルリアへの甲斐甲斐しい感じとは違うが、向けられる視線は同種のものであった。

 

「──これでよしっと。痛みはどう?」

「あぁ、流石の技量だな。完璧なヒールだよ」

「ふふ、ありがと。それじゃ……」

「外へ急ごうぜ! 多分グランが一人で戦ってる!」

「はい、急ぎましょう! カタリナ、ジータ!」

 

 不安そうに様子を見てたルリアとビィがカタリナの完治に安堵すると即座に声を上げた。その声にカタリナとジータは表情を戦うときのそれへと変える。

 外の喧騒は更に増してきている。

 人々の混乱の声に紛れて恐らくは警備隊であろう者達の戦闘音。物が壊れる音や、魔法による炸裂音なども……緊急事態であることは火を見るより明らかであった。

 

 四人は、警戒を露わにしながら外へと向かい駆け出した。

 

 

 

 

 ────────―

 

 

 

 

 弦に魔力矢を番えると即座に放つ。

 既に打ち出した矢の数は100を超えるが、それでも依然として状況は変わらずグランは歯噛みをした。

 二王弓を呼び出したものの、今のグランは戦闘に向けた衣装ではなく動きやすい軽装の私服。

 その身に纏う衣装に合わせて戦闘スタイルを千変させるグランとジータにとって、服装とは戦闘に没入するための一つのトリガーだ。必然、戦闘を想定していない今の姿では二王弓のチカラはもちろんのこと自身の能力ですら十全に発揮できるとはいえない。

 その腕前故にいくつものヴァーチャーズを撃ち落してはいるが、その戦果は本来の実力からすれば比べるべくもなかった。

 

「ちっ、数が多すぎる!!」

 

 逃げ惑う人々。応戦する警備隊。

 行き交う人とヴァーチャーズに視界を埋められ、アローレインによる殲滅も難しい。弓を番えて撃つ──このサイクルを最短で回し続けて数を減らしていくことしか今のグランにはできなかった。これがサイドワインダーでもあったならヴァーチャーズだけを狙ってアローレインで殲滅することも可能だっただろう。

 できたかもしれない可能性を思い浮かべて、再びグランは歯噛みする。

 

 

 ────違う。

 

 

 瞬間的に、グランは自身の思考を否定する。

 服装がなんだ。できたかもしれないとはどういうことだ。

 そんな理由で、目の前で窮地に陥っている人々を見過ごせるというのか? 

 

 彼ならば、自身への無茶は喜んで押し通すだろう。

 彼に代わりに……守ると決めたのだ。ならば守り抜け! 

 

「全員伏せろ!!」

 

 叱咤した心のままにあらん限りの声を広場に轟かせる。

 誤射の可能性をできる限り減らすためであったが、それを起こす気は毛頭無い。

 強大な魔力を二王弓へと番えると、視界に入る光景を俯瞰し、敵となる物だけを意識に留めて……グランは暴威の弓を解き放った。

 

「二王双極雷洪!!」

 

 雷を纏い、数多の魔力矢が撃ち放たれる。それらは人々を避け、兵士達を避け、寸分違わずヴァーチャーズだけを撃ち抜いた。

 

「落ちろ、雷洪!」

 

 グランの声をトリガーに、突き刺さった矢へと空から閃光が叩き落される。

 避雷針替わりの魔力矢に合わせた、雷の追撃。二王弓から放たれた奥義が広場一体のヴァーチャーズを殲滅した。

 

 この場での被害は──ない。

 

 

「ふぅ……よしっ!」

 

 満足いく戦果に思わず拳を握るグラン。

 きっと以前までのグランであればできなかったであろう。

 これ程に敵味方の入り乱れた状況で安易に殲滅攻撃などすれば、味方まで巻き込んでしまうのは至極当然。以前のグランであればそんな危ない橋は渡らず確実に敵を減らす手段をとったことだろう。

 だが今は、違う。

 背負うと決めた……彼の代わりに強くなって守ると決めたのだ。

 その覚悟が、グランの潜在能力を引き上げた。

 

「っと、落ち着いている場合じゃない。すぐに次の場所にも回らないと──」

「おーい、グラン──!」

 

 次なる行動に移そうとしたグランを呼び止める聞きなれた声に、グランは振り返った。

 見れば叡智の殿堂から出てきた四人の姿。特におかしな様子もなく一緒に向かってくるカタリナを見て怪我の影響はないことを汲み取りながら、グランも歩み寄っていく。

 

「先程、一際大きな音がしたが……無事のようだな?」

「あ、まぁうん。多分ちょっと大技使ったからきっとそれ。カタリナも、怪我は大丈夫?」

「はい、ジータがちゃんと直してくれましたから!」

「そっか、それじゃ急いで街を守ろう。ここの広場は片付けたけど、街にはまだまだ──」

「そのことなんだがグラン……ちょっと待ってくれないか」

 

 え? っと疑問符を浮かべながらグランは制止をかけるカタリナを見やる。

 こうしている間にも街のそこかしこで戦闘が起き誰かがぎせいになってるやもしれない。焦るグランであったが、カタリナの……ひいては他の三人にも真剣な表情が見て取れる。

 無為な制止でないことは確かであった。

 訝しんだグランがその意図を察して話を聞く雰囲気となると、言葉を選ぶように逡巡しながらルリアが口を開く。

 

「さっきの羽根宝石……あれが出てきてから、ずっと感じていた妙な気配が変わったんです。なんというか少し大きく、強くなった様な。それの代わりに、一つ何かが欠けたような……」

「ルリアが感じ取っているのは恐らく星晶だ。だとすれば……この状況は災厄における一つの進捗ではないかと、私とジータは考えた」

「災厄を画策する何者かがいて、その計画は一つ段階を進めたんじゃないかってね」

「何者か……段階って……それじゃ」

「今回の一連の騒動は現象ではなく事件性のあるものではないかということだ。そして今、ルリアは先程大きくなった気配が動いているのを感じ取っている」

「はい、移動しています。少なくともはっきりと姿形のあるものです」

 

 ルリアの言葉に、グランも含めて改めて一行は戦慄した。

 島々の落下。そして先程のヴァーチャーズによる襲撃……全空域で起きている災厄だ。その被害など、とても把握しきれないほど大きく、そして多岐に渡るだろう。

 それが誰かの……何者かによる意思で引き起こされているのだとしたら。

 それはなんと表現して良いか分からない程、悪意の所業である。

 許す許されざる。そんな次元では到底収まらない。

 

 アーカーシャ事変……あの災厄に勝るとも劣らない。

 今この世界で起きているのは、そんな次元の話なのだ。

 

「そんな……ようやくこの空域も落ち着いてきたっていうのに、どうして」

「嘆くのは後だ。何としてもこの災厄を止めねばならない……だからグラン」

「街の防衛はカタリナに任せて私達は災厄の元凶へと向かうよ」

 

 驚愕を隠せないグランに追い打ちをかけるようなジータの言葉に、再びグランは目を見開いた。

 街の各所でいまだ戦闘音が鳴り続けている。

 戦える自分が今この場を離れていくことなど許されるものかと、憤りを露わにする。

 

「なっ!? 事の重大さは理解したけど、だからってこの状況でこの街を放っておくなんてできるわけないだろ!」

「私が残ると言っている! スフィリアは大きな国だ。幸いにもこの街にいる警備隊はかなりの数がいる。無限に湧き出てくるなら死線にもなるだろうが、有限であるのなら私だけでも十分に対処は可能だ」

「だ、だからといって……」

「ルリアが気配をつかめている今がチャンスなの。仮にその気配が犯人だとしたら、遠く離れたところからも察知されて追いかけられるとは露とも思ってないはず。その犯人の計画が更に進む前にどうにかできるかもしれない」

「逆に、もし私の感知が悟られて気配を消されたら、もう追いかけるのは絶望的になるかもしれません……私も、この状況の街を見過ごすなんてしたくないですけど」

 

 見るからに陰を作るルリアの表情に、彼女達がいかな思いでこの提案をしているのかを理解して、グランは口を閉ざし押し黙った。

 正しい、ではない。これは必要なことであるのだと。

 数日、叡智の殿堂で調査してもさしたる情報が掴めなかったのだ。その状況でこうも変化のある事態に、その元凶と思われる者の所在が分かるのであれば逃す手はない。

 先程守る為に覚悟を決めて奮起したグランにとって、大きく迷いの出る問題ではあったが迷ってばかりもいられない。

 決して猶予がある状況ではないのも事実だ。

 

「わかった……急いで元凶に向かおう」

 

 苦渋押し殺し、決意の表情でグランは答えた。

 

「ふっ、安心してくれ。こちらを片付ければラカム達とも合流してすぐに後を追いかける。それにグラン、この規模の戦いにおいては私の方が適任というものだろう」

「適任?」

「街の防衛ともなれば重要なのは個人ではなく統率された集団行動だ。確かにグランやジータの実力は高いが、組織された指揮系統に組み込まれて戦うことはしたことがないだろう? 私は昔取った杵柄とは言え元軍人。組織的軍事行動には慣れている」

「確かに……私たちは所謂訓練された戦闘行動っていうのはしたことがなかったよね」

「そう……か。確かに、適材適所だね」

 

 カタリナの言葉を理解して、少しだけグランの表情が柔らかくなる。

 確かにそうだ。グランもジータも個人の実力では超一流に分類されるが組織、指揮系統、なんてものとは無縁でこれまで来ている。

 精々が騎空団として小集団での戦闘行為くらいだ。街を守るような、大規模な戦闘経験など、ない。

 アガスティアでの戦いは規模こそ大きかっただろうが、中身は結局騎空団としての戦闘でしかなかった。大軍を相手にすることは幾度かあったが、大軍と組み込まれることはなかったのだ。

 カタリナの言うことは的を射ている。

 

「よし、僕達は避難用の騎空挺に乗って元凶を叩きに行こう」

「うん、なんとしてもこの災厄を止めないとね!」

「私も! 精一杯力になります!」

「オイラもな! これ以上、島を落下なんてさせねえぜ!」

 

 決断したグラン。応じるように意気を上げた三人。

 

「カタリナ、ここはお願い!」

「できるだけ、被害が出ないように……」

「わかっている、大船に乗ったつもりでいてくれ」

 

 決めたのならすぐだ。

 グランとジータは万全の準備をするべく宿へと戻って荷物を取りに行き、ルリアとビィは元凶に向かうため避難用騎空挺を探す。

 後顧の憂い……というものを頭の片隅に追いやり、己がなすべきことに向けて全力を向ける。

 

 数分後には、目の前で飛び去って行く騎空挺に乗った四人の姿を見送るカタリナであった。

 

 

 

「さて、大口を叩いたのだからな。情けない結果は残せないぞ……カタリナ!」

 

 自身の名を口にして己を鼓舞する……この名はもう、小さくない意味を持っているのだ。

 自身が無様を晒せば、有名となった騎空団の名にも傷がついてしまうだろう。

 苦渋の決断をグランにさせたのだ。無様を晒せば顔向けができないのもある。

 

「ライトウォール・ディバイド展開」

 

 小さな蒼い盾。サイズとしては所謂小盾(バックラー)といった類の大きさだが、その数なんと十。

 その小さな盾を引き連れ、カタリナは“守る”為に駆け出した。

 

 アーカーシャ事変によって、彼女にはとある二つ名がついていた。

 騎士然としたその戦い方、振る舞い。そして仲間を守る蒼い魔力の盾。

 

 

 蒼天の守護騎士カタリナ────それが、今の彼女が背負う名前である。

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか。

話の展開は概ね一緒ではありますが、一部キャラについては出演させないこととなりました。
やはり本作で全く縁のなかったキャラ達を突然原作通りの関係性で出演させるには無理がありましたので。

執筆できなかった期間も、ずっと頭の中では物語の展開を考え続けていたので然程時間はかからないと思いますが、次回は一応10月中にはと宣言しておきます。

改めてまた本作をお楽しみいただければ幸いです。

感想、お待ちしております

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