granblue fantasy その手が守るもの   作:水玉模様

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エピローグ 誓い

 厳かな雰囲気の大きな広間の中……二人は向き合う。

 

 

 片や、七星剣を握るグラン。

 既に、精神は七星剣との同調を終えて開放状態。

 金色の光に彩られながら、完成された戦士の域へと達したグランは何の気負いも感じさせず、平静のまま目の前の漆黒を見据える。

 

 そしてその視線の先にいるは、七曜の騎士が一人……黒騎士のアポロ。

 ブルトガングを握り、構えという構えを取らず佇んでいた。

 ただそこにいるだけで発せられる覇気は、この世界において屈指の実力者、最強の名を欲しいままにする七曜の名にふさわしい。

 

 相対すれば誰もが委縮するであろうアポロを前にして、グランはこの状況に至った経緯を振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

 セルグとの別離と共にアガスティアでの戦いを終えたグラン達。

 

 

 事の顛末を聞いてゼタと共に泣き崩れるヴィーラ。

 何も言葉を発せぬまま空を仰ぎ見るラカムとオイゲン、そしてアレーティア。

 イオとルリアはジータに抱かれながら嗚咽を漏らし、カタリナとロゼッタは苦々しく表情を歪めながら悲しむ仲間達に声を掛けられずに沈黙する。

 

「そうか、結局あの男は最後まで……自身を省みることは無かったのだな」

 

「黒騎士……」

 

 合流したアポロ達。

 満身創痍なスツルムとドランクもこの状況に何が起きたかを察して静かに瞠目していた。

 

「小僧……いや、グラン。失意の中にあるお前達にこんなことを言うのは気が引けるが」

 

 アポロにしてはらしくない、歯切れの悪い感じにグランが訝しむ。

 正直、今の仲間達の状況を考えると少し時間をおいて落ち着く必要があった。

 アポロの言葉からも、余り自分達にとっては良い話ではない事を察して僅かばかり身構えてしまう。

 

「アガスティアでの戦いでは互いの利の為に協力したが、本来私とお前達の目的は一致しない。

 ──この戦いが終わった今、私はお前達との因縁に決着をつける必要がある」

 

「けっ……ちゃく?」

 

「いつになっても構わん──メフォラシュの王宮で、待っているぞ」

 

 それだけ告げたアポロはスツルムとドランクを引き連れて静かに去っていった。

 

 

 多少は気を遣ってくれたアポロの言葉にグランは少しだけ感謝を抱きながらそれを見送った。

 同時に、彼女の言葉を理解してたった一人この先に待つであろう戦いに想いを馳せる。

 

 アポロの目的──それは失われたオルキスを取り戻すこと。

 だがそのためにはルリアを、更には今のオルキスを犠牲にするかもしれない。

 フリーシアによって本当のオルキスを取り戻す方法が定かにはなっていない状況だが……アポロの決着とは恐らくルリアと今のオルキスを差し出せという事だろう。

 

 その為に、グラン達と雌雄を決するのだと。

 

 グラン達は七曜の騎士が一人黒騎士と、大切なヒトをかけて勝負するのだ。

 

 

 

 

 

 

 数日だが間を置いたグラン達は、すぐにメフォラシュへと向かった。

 

 到着した一行を出迎えたのは、嘗ての帝国軍大将であったアダム。

 その彼の案内の元、アポロが待つこの王宮の広間へと踏み入ったグラン達は、万全の状態で待ち構えるアポロと対峙した。

 

 

「よく来てくれたな──お前達」

 

「それは勿論……僕達にとっても、貴方にとっても、大事な事だろうからね」

 

 

 仲間達を代表するように、グランが前に出て答える。

 その姿はウェポンマスターの鎧と七星剣を携えた、今のグランにとっての最強の状態。

 アガスティアでの戦いを乗り越えた末に身につけた、天星器のチカラを最も解放しやすい姿である。

 

「確認させてもらうよ……ここで貴方は何を望む?」

 

「わかっているのだろう? 私の望みも、この戦いの意味も」

 

「なんとなくね……でも貴方の口からはっきりと聞かせて欲しい」

 

 試すようなグランの声音に、アポロは静かにその胸の内を語った。

 

 

 必ずオルキスを取り戻す……そう誓ったというのに、今のアポロは迷ってしまっていた。

 犠牲にする事を厭わないはずだった。だが気づかされてしまった……彼女が取り戻したいオルキスも、グラン達と共にいるオルキスも。

 どちらも等しくオルキスであり、どちらも等しく彼女にとって大切な存在になってしまったことを。

 メフォラシュに存在する星晶獣、デウス・エクス・マキナによって失われたオルキスを取り戻そうとすれば、人形と呼ぶオルキスを失う。

 逆に人形のオルキスを取れば、オルキスを蘇らせることはできない。

 アポロにとって選ぶことのできない選択となった。

 

 だから、アポロはグラン達との決着にその選択を委ねようとした。

 

 黒鎧の源泉たる彼女の覚悟と、グラン達のオルキスを守る想い。

 そのどちらが上か、この場で決するというのだ。

 

 それがどのような結果になったとしても、彼女は必ず後悔をするだろう。

 だがその先で初めて、彼女は未来に向けてようやく歩みだせるのだと。

 

 それは、必ずどちらかを手にしどちらかを失うことが決まっている……生半可な覚悟ではないと思えた。

 

 

 

「──なんだよそれ」

 

 

 だが、彼女の覚悟にグランは否定の声を挙げた。

 

 何故、最初からどちらかしかないと決めつけるのか。

 何故、最初から諦めているのか。

 何故、まだ手が届くかもしれないのに手を伸ばそうとしないのか。

 

 

「貴方が手に入れたいものは、まだこの世界にあるじゃないか!!」

 

 

 大切な仲間を失ったばかりのグランからすれば、アポロの覚悟は何の覚悟でもないと思えた。

 

 まだ、できることがあるだろう。

 まだ、可能性があるだろう。

 まだ、決めつけるには早い筈だ。

 

 

「良いよ、決着をつけてやる。

 貴方が勝てばルリアも含めて好きにすると良い────だが、僕が勝った時には決して諦めないことを誓ってもらう!」

 

 

 思わずカタリナが声を挙げようするのを制し、グランは大きく声を挙げた。

 それはこれ以上誰かが悲しむ未来を見たくなかった……そんな子供らしい願望からきた言葉である。

 だが、最初から諦めていたアポロにとっては最も必要な言葉であった。

 

 

 静かに七星剣を抜いたグランは、アポロを見据えて構える。

 

 

「行くぞ、黒騎士!!」

 

 

 それは、失ったばかりの少年がみせた小さな小さな反抗の声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ビィ、そろそろいくぞー」

 

「あっ、まってくれよぉ。おばちゃん、リンゴありがとな」

 

 商店の並ぶ雑踏の賑やかしさに負けないような声が響く。

 恐らくは買い出しの途中なのだろう、いくつもの買い物袋を持ったグランは一つの露店でいつまでも店主と話し込んでいるビィを呼んだ。

 

「早く戻らないとまたジータとイオにどやされるぞー。さっさと帰らないと」

 

「そんなに焦んなくたって良いだろう。第一、急いで帰ってもラカムの奴だって一旦家に帰ってるし、艇だって整備中。出発するわけでもねぇじゃねえか」

 

「ルリアが腹を空かせて待ってるんだ……これだけで二人が騒ぐには十分だろ」

 

「それは……確かにあり得るけど」

 

 歩きながら会話する二人は、待っているだろう仲間達の顔を思い浮かべ、足を早めて自分達の艇へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 あれから……アガスティアの戦いから、グラン達は幾月の時を経ていた。

 

 

 

 アポロやフリーシア、フュリアスにロキといった、国の中枢を担うはずの人物が居なくなったことでエルステ帝国は事実上の崩壊。

 戦いの爪痕を大きく残したアガスティアの復興には秩序の騎空団と、星晶獣デウス・エクス・マキナによって再び肉体を取り戻したエルステ王国現女王“オルキス”によって着実に進んでおり、元通りとはいかないまでもアガスティアに暮らしていた人々は嘗ての生活を取り戻し始めていた。

 

 エルステ帝国の解体によって、各国間のバランスが崩れ一時的に争乱の気配が増えたものの、秩序の騎空団とエルステ王国の新生によってそれも収まりつつある。

 

 ファータ・グランデ空域は、少しばかりの平穏の時代を迎えていた。

 

 

 

「ただいまー。皆、帰ったぞー」

 

 どこか投げやりな感じを拭いきれないまま、グランは騎空挺へと帰還する。

 

「ウェーイ、グランダンチョのお帰りだ~野郎共、お荷物お持ちしちゃって頂戴なぁっと」

 

「アイサ―」

 

「アイアイサー!」

 

「あ、あぁ……ありがとう」

 

 早速出迎えてくれたグラサイ料理長ローアインと、エルセム、トモイに買ってきた食材を渡して、グランは押され気味になりながらもローアインに昼食の準備を頼んでグランサイファーの甲板へと向かう。

 

「あぁ、グランダンチョ。ジータダンチョならルリピッピと“オーキス”ちゃん連れて甲板に出てましたよ。なんでも、手紙を書くとか何とか」

 

「手紙? 誰にだぁ?」

 

「さぁ……とにかくわかった。ありがとう、行ってみるよ」

 

 手紙と聞いて、思い当たる事のないグランとビィは首を傾げた。

 

「三人の所に行くなら昼食はもうちょい待って下さいって、ルリピッピにおねがいしゃっす」

 

「了解ー。それじゃ、また後で」

 

「うぃーっす」

 

 ローアインと別れた二人は改めて、ジータ達の元へ向かおうと甲板を歩き出す。

 中型騎空挺のグランサイファーの甲板となればそれなりに広い。端から端まで歩けば数分掛かる程である。

 甲板に出て周囲を見回すグランとビィは、目当ての人物達が船首の方で固まっているのを見つけた。

 

 

「えーっと私達は、もうすぐ次の目的地に向けて旅立つ予定です、っと。ジータ、これで大丈夫ですか?」

 

「うん、ありがとうルリア。オーキス、そっちも大丈夫?」

 

「うん……同じ文章で、ちゃんと書けた」

 

 和気藹々と言った様子で手紙を窘めるのはジータとルリア。

 そして、嘗て人形と呼ばれていた少女……オーキスの姿があった。

 

 アガスティアにて、アポロとの戦いにグランは勝利した。

 それにより、二人のオルキスを助ける手立てを必ず見つけ出すと、アポロと共に動き出そうとした矢先の事であった。

 人形と呼ばれたオルキスは、星の民としての管理権限を行使。ルリアにデウス・エクス・マキナの起動を要請し、自身の身を犠牲にして元のオルキスを復活させようとした。

 嘗てデウス・エクス・マキナの暴走によって、肉体から乖離していた本当のオルキスの魂を、自身の肉体に定着させ彼女の目論見は見事に成功した。

 呆気なく、アポロが追い求めていたオルキスは復活を果たしたのだ。

 

 代わりに、肉体を追い出されたオルキスの方はそのまま魂だけの存在となっていずれ無に還るはずだった。

 だが、まるで奇跡の様にそんな結果を覆す手段が用意されていた。

 本物のオルキスと、王宮にてずっと魂だけであったオルキスの話し相手となっていたアダム。二人の機転によって、彼女には魂を定着させる依り代……エルステの技術の粋を集めて作られたオルキスそっくりのゴーレムの躯体が用意されていたのだ。

 画して、星晶獣デウス・エクス・マキナの能力により、ゴーレムの躯体へと定着されたオルキスは、オーキスと名を改めグラン達の騎空団の一員となったのである。

 

 

 

「おーい、三人共こんなところで何の手紙書いてるんだぁ?」

 

「あ、ビィさん。それにグランも。おかえりなさい」

 

「ただいまルリア。それで手紙を書いてるって聞いたけど一体誰に?」

 

 グランとビィが合流し、三人が書いてたという手紙へと視線を移した。

 可愛らしい便箋に封入された手紙。既に書き終わっているようである。

 グランとビィの視線を受けて、ジータが答えた。

 

「色々ともう落ち着いてきて、私達もそろそろ旅を再開するって話だったでしょ? 一度艇を離れちゃったゼタさんやヴィーラさん達に近況を報告しておこうと思ってね」

 

「あぁ、そういう事か。確かに、シェロさんを通して手紙のやり取りはできるし、連絡は取っておいた方が良いね」

 

 

 そう、ジータが言うように、今のグランサイファーには嘗ての仲間達が居ない。

 メフォラシュでの事を終えたところで、一度落ち着いて気持ちの整理をつけようという話になり、一行はグランサイファーをポートブリーズに向けた。

 そこで一度解散となり、しばらくの休養となったのである。

 それに合わせて何人かの団員はグランサイファーを離れ、各々の目的の為に島を離れた。

 

 組織の任務も滞ってきた為、一度戻るとゼタが。

 エルステ帝国の崩壊によって空域内の情勢が変わった今、アルビオンの領主が不在のままでは大変だろうと、空けていた領主の席に戻ったヴィーラ。

 自身の抱える問題にケリをつける。その決心をして、艇を降りて行ったアレーティア。

 少し寂しくなったグランサイファーの甲板を見て、グラン達は今ここにはいない三人に思いを馳せる。

 

「ん? でもそれにしちゃ手紙が多くねえか? ゼタにヴィーラにアレーティア……今艇を離れてるのって三人だよなぁ? 

 手紙……四通あるじゃねえか」

 

 ビィが視線を向けた先には、ルリアが二通、オーキスが一通の手紙を持っていた。

 そしてジータの手には、少しだけ装飾のしっかりしたやや大きい便箋が握られていたのだ。

 

「あー、えっとその……これはまたちょっと違うというか」

 

「ん? どうしたんだよジータ。珍しく歯切れが悪いというか」

 

 どことなく罰が悪いような……ビィの言葉に件の便箋を後ろ手に隠したジータの様子に、グランもビィも訝しんだ。

 特別な感じのする便箋。そして彼女の態度が様々な憶測を脳裏によぎらせていく。

 

「もーお二人ともダメですよ。これは乙女の秘密なんですから」

 

「デリカシー……無い」

 

 少しばかり冷ややかな視線と声でルリアとオーキスに窘められ思わずグランとビィが慌てて首を振った。

 

「うぇ!? オイラ達はそんなつもりじゃ」

 

「そうだよ。僕はただ……」

 

「……言っておくけど、別に変な手紙じゃないよ。ただ、ちょっと女々しいというか」

 

「女々しい?」

 

 やはり歯切れの悪いジータ。

 普段ならはっきりと物事を言うタイプであることは良く知っているだけに、彼女の様子は奇妙に思えてグランの視線がジータを追求していく。

 

「──その……この手紙は、セルグさんに向けた手紙なの」

 

「セルグに……」

 

 思わず言葉を失くすグランとビィ。

 セルグへの手紙……彼の名前が出てきた事で押し黙ってしまった二人は、手紙を書いていたジータの真意を図り兼ねていた。

 

「ジータ、それは──」

 

「わかってる。届かない手紙を綴って、帰ってくるはずのない人に思いを馳せるのが愚かだってことは私もわかってるよ。

 でもこうして私達の近況を綴って、届くわけじゃないけどあの人に向けた手紙を書くことで……セルグさんと、これからも一緒に旅をしていきたいって思ったの」

 

 もうこの世界には居ない。

 もう会えることのない人であっても、いつまでも一緒に旅をしていく仲間であることを忘れないように、ジータは届くはずのない手紙を窘めていた。

 未練がましいと言える。彼女自身が言うように女々しいと言えるだろう。

 だが、忘れたくなかった。世界を守るために一人で消えていった……大切な仲間の事を。

 団員は家族──そう思ってるジータにとって、セルグの消失はやはり大きかったのだ。

 塞ぎ込んだゼタやヴィーラと同様、ジータもまたしばらく塞ぎ込んでいた。

 ようやっと、こうして彼の事を話題にしても暗くなるようなことはなくなったが、それでもまだジータにとっては簡単に忘れることはできない出来事となっていた。

 

 

「そっか……良いんじゃないか。ジータの気持ち、僕も良く分かるし」

 

「そうだなぁ。オイラも良いと思うぜ……これからもセルグは、オイラ達の仲間だもんな」

 

「そうですね。ね、オーキスちゃん」

 

「うん……私も、そう思う」

 

 

 ジータの想いを汲み取り、四人は優しい声音で同意を示した。

 

 

「ちなみにジータ。その手紙、見せてもらうわけには……」

 

「ダーメ。乙女の秘密、軽々しく覗こうなんてエッチだよ」

 

「え、エッチって。そんな内容なのか!?」

 

 思わぬ返答に、グランの表情が驚愕と僅かな嫌らしい笑みに代わる。

 見ればわかる。思春期特有の色ぼけた思考がグランの脳内を駆け巡っているのが。

 そんな気は更々ない。無論手紙の内容も至極真面目なものであるのにグランの言葉に思考がそっちへ向いたか、思わずジータの顔に熱が集まった。

 

「なっ!? 何言ってるの!! そんな変な内容なわけないでしょ!!」

 

「ちょっ、ま、待って、剣を抜くな、振りかぶるな!? こっちは丸腰なんだぞ!」

 

「う、うるさーい! グランのバカぁーー!!」

 

「お、おわぁあああ、失礼しましたーー!」

 

 大きく振りかぶられた剣に両断されそうになったグランが必死の形相で逃げていく。

 逃げるグラン、追うジータ。些細な事で始まった命を懸けた鬼ごっこを見送り、残された三人は呆気にとられながらため息を吐いた。

 

「今のは、グランが悪いです……」

 

「流石に今のはなぁ……グランの奴、偶にやっちゃいけないタイプのからかいをしちゃうんだよなぁ」

 

「でも、少しだけジータ……元気になってた」

 

 セルグの事を話したジータはやはり、どこか暗かった。

 グランのからかいはもしかすると、そんなジータを元気づけるためだったのかもしれない。

 あくまで、かもしれないだが、そんなグランの気遣いも垣間見えた気がして、三人静かに微笑んだ。

 

「そうですね、やっぱりそこは双子だから……っていうことなんでしょうか」

 

「おーい、ダンチョさん達。昼飯、できたっすよぉ~」

 

「あ、ローアインさん。はーい、わかりましたー! それじゃ、オーキスちゃん。行きましょうか」

 

「うん。ビィも、おいで」

 

「ふみゅ!? お、おいオーキス。オイラは自分で飛べるって!」

 

 穏やかな空気のまま三人はローアインの声に呼ばれてグランサイファーの食堂へと向かっていった。

 

 

 

 そのすぐ後に、グランとの鬼ごっこを終えて戻ってきたジータは、まだ書き終わっていなかった手紙を仕上げる為に便箋より取り出して書き始める。

 

「――全く、グランったら……本当に失礼なんだから」

 

 先程のやり取りを思い出しながら、ジータは愚痴を吐きつつ手紙を書き進めた。

 

 時折云々と唸りながら、胸の内にある想いをつらつらと綴っていく。

 

 

 

 

 

 

 拝啓 セルグさんへ

 

 

 

 あれから数か月。世界はようやく落ち着きを取り戻しました。

 

 

 セルグさんがアーカーシャを消した後、私たちは王都メフォラシュへと向かい、そこで黒騎士さんとグランが戦って……その後、本物のオルキスちゃんを目覚めさせる儀式を行いました。

 私たちはそこで本物のオルキスちゃんと、人形と呼ばれていたオーキスちゃんという新たな友達に出会う事が出来ました。ルリアの喜びようときたら、まるでリンゴに囲まれたビィみたいでしたよ。

 

 セルグさんがいなくなってから……グランはかなり無茶苦茶な特訓を重ねるようになりました。

 もう二度と仲間を失いたくない! って、セルグさんみたいな最強の戦士となるために必死に強くなろうとしています。ちょっと頑張りすぎて心配ですけど……私も一緒に強くなっていくので、どうか空で見守っててください。

 

 カタリナとルリアは相変わらず。姉妹みたいに仲良くしています。でも最近ルリアが反抗期みたいでカタリナを困らせる事もしばしば……なんでも、言う事を聞くばかりでは強くなれない! と、言っているみたいです。ビィと一緒に“強くなるには? ”談義もしているようで、カタリナも困った様でありながら、成長するルリアが嬉しくて仕方なさそうでした。

 

 ヴィーラさんとゼタさんは一度グランサイファーを降り、今はそれぞれの道を歩み始めています。

 居なくなったセルグさんの分も星晶獣と戦うために組織の任務に向かったゼタさん。エルステ帝国の崩壊に伴い、士官学校の輩出先を失ったアルビオンを立て直すべく、不在となった領主の席に戻ったヴィーラさん。二人とも、セルグさんが消えてしまったことでしばらくの間ずっと塞ぎ込んでいましたが、今では以前にも増して強く生きているみたいです。

 ついでに、最近お二人はすっごく仲良しになっているみたいで、ゼタさんはセルグさんに誇れるいい女になりたいってヴィーラさんに女の子らしさを学んでいるみたいですよ。この間送られてきた手紙にはゼタさんが綺麗な衣装に身を包んだ写真が入ってましたけど、まるで別人みたいに可愛くなってますよ! 本当にお姫様みたいでした!! 

 

 同様に、アレーティアさんも今は艇を離れています。セルグさんの姿に何やら思うことがあったみたいで、自身が抱える問題に決着をつけてくると、早々に降りていきました。すぐ戻ってくるとは聞いていますが、しばらく連絡も取れてなくてちょっと心配しています。

 

 オイゲンさんとラカムさん。最近は良く甲板で空を眺めてることが多いです。寂しそうな表情もしてたりするのですが、時々ローアインさん達とバカみたいに騒ぐようになりました。アイツにこの声を届かせてやる! って、良く言ってます。(聞こえてたりしますか?)

 

 そのローアインさんは最近、よく料理の修行といってなぜかショッピングに出かけます。食材の目利きの為とか……私にはまだわからないですが、いろんなものを見にいくらしいです。あと、この前カタリナに料理の手ほどきをしていました。どうやら仲良し度はアップしているみたいです! ついでに命の危険度もアップしているみたいですが……たまに切り傷を付けられたローアインさんが倒れてたりします。(もうヴィーラさん……艇に居ないはずなんですけどね。ちょっと本格的に心配です)

 

 ロゼッタさんは今まで通り。相変わらず何を考えてるか良くわからないし、すぐに人の事をからかってきます!! でもイオちゃんとおしゃべりしているのをよく見かけるようになりました。この前なんかイオちゃんが夜遅くにロゼッタさんの部屋に入っていくのを見かけてしまって、ちょっと問い詰めてみたのですが秘密の大人のレディ講座とかなんとか。(イオちゃん、大丈夫かな……)

 

 イオちゃんは最近素直になった気がします。大人のレディ講座の成果かもしれませんがあまり意地を張らなくなりました。素直にお礼を言うようになったし、素直にごめんなさいもするようになりました。成長を感じます! 

 

 それから、ちょっと話は逸れますけどリーシャさんとモニカさん。セルグさんの最後を聞いて泣き崩れていました。

 モニカさんはともかくリーシャさんも……二人ともセルグさんの事大好きだったみたいです。それでも、さすがは秩序の騎空団のお二人と言った所か早々に立ち直って空の世界の為にまた奔走してるみたいです。何度か依頼を受けましたが、以前と変わらない様子で安心したのを覚えています。(ご心配なさらずとも大丈夫そうですね)

 

 

 ここまで書いてきた通り、私たちは前を向いて今を生きています。きっとセルグさんは嫌がるでしょうけど、貴方を忘れずにこれからも生きていきます。

 

 だから、空の彼方で見ていて下さい。私達の旅を……私達のこれからを。

 

 

 貴方と共に、空で生きています。

 

 

 

 敬具

 

 

 

 

 

 

「うん、これで良いかな」

 

 

 確認を終えたジータは、丁寧に手紙を折りたたみ綺麗な便箋へと入れると、大切そうにそれを胸に抱えた。

 

 手紙を書き終えたおかげか、少しだけ気持ちは晴れやかに……ジータの心はどことなくこれからの旅に向けて期待を膨らませていた。

 

 

「見ていてください……貴方が守ってくれた世界で、私達はずっと生きていきますから」

 

 

 明るい声で空に向けて呟いたジータは、軽い足取りとなってグランサイファーの食堂へと向かい始める。

 

 そんな彼女の背中を、ポートブリーズ特有の優しく温かな風が後押ししていく。

 

 

 

「それじゃ、いってきます」

 

 

 いってらっしゃい──そう返す様に、一際強い風が吹いた

 

 

 

 

 彼の者は語り継がれる

 

 数多の敵を屠り 数多の人を救い 全てを捨てて世界を守った。

 

 

 彼の者の名はセルグ

 

 その手が守るものは 果てしなく広がる、空の世界

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 アフターエピソード 『誓い』

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……んじゃ、また明日」

「あぁ、しっかり休んでおけ」

「あんたもね、バザラガ」

 

 とある島にて。声に多分に疲労を載せたゼタは、今夜宿泊する宿屋を前にしてバザラガと別れた。

 グランサイファーを離れて早数か月。

 次々と舞い込んでくる星晶獣討伐任務の為に奔走し、今日もまた命を懸けた戦いを繰り広げてきている。

 相棒であるバザラガも一緒の為、まだ苦戦という苦戦は見られないが疲労の蓄積は自身でも感じ取れるくらい大きなものとなってきていた。

 

 バザラガと別れ宛がわれた部屋へと辿り着いたゼタは、まずはというように備え付けられたベッドへと体を横たわらせる。

 

「はぁ~つっかれたぁ~流石に今日はきつかったわね。

 っていうかアルベスの全開解放で強くなったせいか、最近回されてくる任務多すぎじゃない?」

 

 思わず口から愚痴が漏れた。

 アガスティアで全開解放に至って以降、ある程度自由にその能力を行使できるようになったせいか彼女とバザラガに課せられる任務は数も危険度もどんどん上がってきていた。

 

「明日もまた、別の島に飛んで討伐……かぁ。忙しいのは仕方ない事とは言え、団長達とも全然会えなくなっちゃったし……きっついわね」

 

 全身の疲労を洗い流す様に、バスルームで温かいシャワーを浴びてゼタは早々にベッドへと潜り込んだ。

 暫くグラン達とも連絡を取れていない。僅か数か月の時が、忙しかったせいかもう何年もたったかのように長く感じられ、騒がしかった彼らとの生活に思いを馳せてみた。

 

「とは言え、文句ばっかり言ってられないか────アイツの分も、戦うって決めたんだし」

 

 ふと、己の言葉に思いを馳せて想い出してしまう。

 自身の決意の原因となった、彼の事を。

 消えてしまった彼の分も星晶獣と戦い、この世界に生きるヒト達を守ろうと決めたのだ。

 泣き言等……言ってる暇はなかった。

 

 ──それでも。

 

「なんで……いつまでも帰ってこないのよ」

 

 想い出してしまい、想い返してしまう。

 最愛となった彼の事を。

 記憶に残っている声を、記憶に残っている匂いを、記憶に残っている温もりを。

 想い返しては、ゼタの心に空虚が押し寄せた。

 帰ってくるわけがないとわかっている。帰ってこないと理解をしている。

 でも、求める声は止まなかった。

 

「帰って……きなさいよぉ……」

 

 いつものように何食わぬ顔で。

 いつものようにボロボロになりながら。

 どれだけ絶望的な状況でも……彼はいつも戻ってきてくれたのだ。

 

「うっ……くぅ……セルグぅ……」

 

 ぽろぽろと零れていく涙を拭うこともせず、追い求める様にゼタの手は空虚を掴む。

 記憶を頼りに彼の感触を想い出し、記憶を頼りに彼の声を頭によぎらせる。

 

「必ず、未来(あす)を共にしようって……約束したじゃない」

 

 恨みがましく、ゼタは彼との約束を想い返した。

 最後の戦いの前、モニカとヴィーラと四人で過ごした最後の日常……そこで彼は誓ってくれたはずなのに。

 

 

「約……束……」

 

 

 約束したのに、帰ってこない。そんなセルグの声を想い出しながら、ゼタは何か御しきれない引っかかりを覚えた。

 

 

 

 

「──約束」

 

 

 

 

 

 

「約束!!」

 

 

 

 

 まるで暗闇の中に急に太陽が現れたような面持ちであった。

 

 

 

 

 忘れてしまっていた……大切な約束を。

 

 

 

 

 ベッドから飛び起きたゼタは、脱いでいた鎧を再び着込んで、宿屋を飛び出した。

 ──向かう先は乗り合いの騎空挺が発着する港。

 

 

 疾走して港へとついたゼタは急いで定期便の予定を確認する。

 

「────あった、“ガロンゾ”行!」

 

 僥倖……目的の定期便はもうすぐ出発するところであった。

 急いでお金を払い乗船券を買うと、騎空挺へと乗り込む。

 既に夜の帳は降りており、目的地に着くにはちょうど一晩かかるだろう。

 

 だが、今のゼタはとても眠れる状態になれず、甲板で一晩を明かす。

 視線はひたすらに、艇が走る先を見つめていた。

 

 

 翌朝、目的地のガロンゾへと辿り着いたゼタは、ごった返す他の乗客を出来得る限り避けて擦り抜けていき目的地へと急いだ。

 向かう先はそう──あの日約束したあの場所へと。

 

 

 焦燥と期待を抱きながら、ゼタはガロンゾで一番広い噴水のある大きな広場へと辿り着いた。

 

 

 

 ここだ……あの日、彼と約束した場所は。

 

 

 

 “ミスラ”の居るこの地で約束を交わした場所なのだ。

 

 

 息を切らせながら、ゼタは周囲を見回した。

 期待と不安が入り混ざる……早鐘を打つ心臓が、ゼタの耳に妙に大きく鼓動を伝えていた。

 

「セルグ……セルグ!!」

 

 朝食の時間を少し過ぎた頃合いだ。広場にはそれなりに人の往来もあったが、人目を気にせずにゼタは彼の名を呼んだ。

 聞こえれば応えてくれるだろう。自分がここにいる事を知らしめるように、彼の名を呼ぶ。

 

 

「セルグっ!!」

 

 

 ──だが、答えは返ってこなかった。

 

 

「セル……グ……」

 

 

 まるで足元が崩れていくような心地でその場に崩れ落ちていくゼタ。

 期待が大きかった分その落胆はすさまじいものであった。

 

 やはり、彼とはもう──

 

 

「遅かったじゃないですか、ゼタ」

 

「私達は昨日の内にはガロンゾに着いていたぞ」

 

 

 背中にかけられる、聞き覚えのある声。

 振り返るとそこにはしばらく振りとなるヴィーラとモニカの姿があった。

 

「ヴィーラ、それにモニカまで……一体どうしてここに?」

 

「それを聞くのですか? 貴方と同じく、私達が今この時にこの場にいる理由なんて一つしかないでしょう?」

 

「私達も想い出したんだよ。アイツとの約束をな」

 

 

 地に落ちた期待が再び持ち上がる。

 自分も約束を思い出して、今ここに来た。そして二人も同じように、約束を想い出してこの場に来た……示し合わせたかのような自分達の行動は、まるで何かに導かれる様。

 否、これは間違いなく導かれて辿り着いた結果のはずだ。

 ならば……まだ可能性はあるのではないか。

 

「それじゃあ、もしかしてアイツも──」

 

 彼女達と同じく、ここで彼は共に約束をしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「悪い──オレだけ少し遅れてしまった様だな?」

 

 

 

 

 

 ゼタの背筋が跳ねる。

 彼女の問いの答えは、すぐに背後から返された。

 

 男性らしい太い声。

 散々待たせたというのに全く悪びれもしない感じは、記憶の通りである。

 

 

「──なかなか元通りの肉体を創るには時間がかかってしまってな。

 ようやく出来上がったと思ったら今度はチカラを行使するのに慣れなくて。ここまで飛んでくるのにまた少し時間がかかってしまった」

 

 

 

 聞こえた声にゼタは振り返る。

 

 ──そこには記憶通りの彼が居た。

 少しだけ伸びた銀糸の髪を靡かせ、傍らに黒と白の鳥を従えている。

 こちらを見つめる淡い青の瞳が彼女を映して揺れていた。

 

 

「セル……グ」

 

 

 もはやゼタの思考は回らなかった。

 聞こえた声、目に映る姿。この現実が嘘ではないのだと、ゼタは理解した。

 

「待たせてしまった様だな」

 

「全く、待たせ過ぎだ」

 

「ふふ、おかえりなさい」

 

「あぁ、ただい──おっと」

 

 和やかに交わされる三人の言葉すら耳に入らず、ゼタは彼の胸に飛びこんだ。

 

 

 触れられる。温かい熱が互いを行き交う。

 

 

 間違い無く……彼は、ここに居る。

 

 

 その事実が本当に……心を満たしていく。

 

 

「遅いのよ、バカ」

 

「だから、悪かったって」

 

「でも──帰ってきてくれた」

 

「時間はかかったがな」

 

「だから、許す────おかえり」

 

 

 こんな時まで素直になれない自分を恨めしく思いながら、ゼタは照れ臭そうにその言葉を彼に向けた。

 そんなゼタを見て静かに微笑んだ彼は、愛おしそうに胸の内にいるゼタを抱き寄せる。

 

 

「ただいま────ゼタ」

 

 

 

 

 

 

 




これにて、完結となります。

ここまで、読了して下さった読者様に深く感謝をいたします。

あとがきはもっとちゃんと書きますので、この場ではここまで。

それでは。読者様が本作品をお楽しみいただけてれば、幸いです。


追記 完結記念に是非読者様の感想を聞かせていただければと思います。

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  • ジータ
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