granblue fantasy その手が守るもの   作:水玉模様

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最終幕とエピローグ。
これで本当に終わりとなりますが、どうぞお楽しみください。


最終幕 別離

 

 

 

 

――世界の震えが止まった。

 

 

止まらない揺れに、空の世界に住む人々は何も知らずとも世界の終焉を察していた。

 

 

それが――止まった。

 

 

 

 

 

「揺れが――収まった?」

 

「この感じ……やってくれたようだな」

 

治療に専念していたラカム達もそれに気づいて空を見上げた。

イオが呟き、ラカムが答えると、それを皮切りにオイゲン、ロゼッタ、ヴィーラにアレーティアも。

張りつめていた気配を緩め、彼等の勝利を喜んだ。

 

「よしっ! 治療もある程度済んだところだし、グラン達の所まで行くとしようぜ」

 

「うむ、賛成じゃ。紛うことなき死闘であったじゃろう……急ぎ治療が必要な事態である可能性も高い」

 

「確かに心配ね……先に行ってるのは無茶する子ばかりですもの」

 

世界の危機は去った。

それはここにいる全員が感覚的に理解していた。

どうしようもなく不安を抱かせる世界の揺れも、空を照らす戦いの気配も、一切が消え去り静かになったのだ。

で、あるからこそ……彼らの不安はまだ拭い去れない。

 

楽な戦いであるはずがない。

この場でロキ達と戦った彼らよりも、更に強大な敵と戦ったはずなのだ。

負傷はおろか、最悪の場合は誰かが欠けている可能性すらあり得る。

急ぎ、グラン達の元へと向かう必要があった。

 

「それじゃ、急ぎましょう! ホラ、早く立ってよおじんラカム!」

 

「はいはい、わかってるよ……ったく、急に元気になりやがって。こちとらまだ傷が治り切ってねえんだぞ」

 

「動ければ問題は無いでしょう? 私も早く彼らの安否を確かめたいですし、急いで下さい――それとも、ここで置いていかれますか?」

 

妖しく微笑むヴィーラにまで急かされ、僅かに血の気を引かせながらラカムは慌てて立ち上がる。

折角少しではあるものの治療をしてもらったのだ。ここで新たな傷を増やしたくはない。

 

「まっ、待て待て早まるな。大丈夫、動けるから……だからその笑いはやめてくれ――薄ら寒くなる」

 

「フフ、さすがに冗談ですよ。問題なさそうで何よりです。さぁ、行きますよ」

 

そうして歩き出すヴィーラを先頭に、皆が続いていく。

世界を守れた安堵と、グラン達の無事を想っての不安の両方を抱きながら。

 

 

「(どうかご無事でいてください……死んでたりしたら許しません)」

 

 

拭いきれない悪い予感に、ヴィーラの足は自然と早まるのだった……

 

 

 

 

 

 

地上でもまた、震えていた世界の変化に声が挙がっていた。

 

 

「モニカさん、グランさん達がやってくれたみたいです!!」

 

喜色を隠し切れないリーシャは、フュンフの治療を受けているモニカに抱き着かんばかりに喜んだ。

世界を守れた――その大業に感動も一入と言ったところなのだろう。

父親の影に霞むことなく彼女自身が成した今回の一件は、彼女にとって胸を張って誇れる事に違いない。

はしゃぐのも無理のない事であった。

 

「あ、あぁ……そのようだな。何はともあれこれでようやく落ち着けそうだ」

 

「おいリーシャ、はしゃぐのは構わねえが怪我人に飛び付くような真似はすんじゃねえぞ。傷が開いたらどうする気だ」

 

珍しくはしゃぐ彼女が危うく本当に飛び込みかけて近くにいたガンダルヴァに抑えられる。

 

「し、失礼ですね。いくら嬉しくてもそこまで分別のないことはしません……ほっ、本当ですよ! 何ですかその目はっ!?」

 

やや冷ややかな視線がガンダルヴァはおろかモニカからも突き刺さり、リーシャの目が泳ぎ始める。

慌てて弁解を見せるも、そこに説得力は欠片もない。

 

「さっき俺様に啖呵切った時とは大違いだな――やっぱりお前に賢しい姿は似合わねえよ」

 

「なっ!?」

 

大概失礼な事をのたまいながら、ガンダルヴァが盛大に笑った。

対してリーシャは怒り心頭と言った様子を見せるが、ここでムキになってはガンダルヴァの言葉を体現してしまうと怒るに怒れず……怒りに静かに体を震わせることしかできなかった。

 

「おいおい、あまりリーシャをからかわないでくれるか。仮にもこれからお前の上司になるんだからな。今の内に良い関係を築いておかないと困るのはお前だぞ」

 

「はっ! 今更俺様がそんなことを気にするとでも?」

 

「だろうな……まぁそこは上手くこちらでも折り合いをつけさせてもらうさ」

 

小さくため息を吐いて、モニカは再び治療の心地よさに目を閉じる。

流石は魔導の申し子と言った所か……フュンフの治癒魔法は瀕死の淵にいたモニカの身体を確実に治療してくれていた。

もうしばらくすれば動くことすら可能だろう。そうすれば、今回の一件の事後処理にリーシャと共に奔走しなくてはならない。

 

「(忙しくなるだろうな……アイツと再び会えるようになるのも、少し先になりそうだ)」

 

ならば今だけは、この心地の良さに身を委ねても許されるだろう。

そんな風に思いながら、モニカは静かに眠りについた。

 

どこか腑に落ちないような不安を、胸に抱きながら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「ルリアぁ!」

 

 

開口一番――飛び付いてくる赤いチビ竜を受け止めながら、ルリアは微笑みと共にその小さな体を抱きしめ返した。

 

「このぉ! 心配かけやがってぇ!!」

 

「ビィさん、もぅくすぐったいですよ」

 

胸の中でぽかぽかと自身を叩くビィをやんわりと窘めながら、ルリアはその温もりを感じ取ってほっと息を吐く。

 

助かったという安堵。

大切な人達を誰も失っていない事への安堵。

世界が終わらなかった事への安堵。

 

様々な安堵に、ルリアは胸を撫でおろした。

 

「――ルリア」

 

控えめにかけられた声に振り向けば、そこにはビィと同じように目を覚ましたであろうオルキスの姿。

多少なりとも擦り傷が見受けられるが、特に問題もなさそうで、ルリアは顔を輝かせる。

 

「オルキスちゃん! よかった、無事だったんですね!」

 

「それは、私のセリフ……アーカーシャに捕まって、もう取り戻せないって心配……してた」

 

「うぅ、そうでした。ごめんなさい。たくさん……いっぱい心配をかけてしまいました」

 

「――でも、ちゃんと帰ってきてくれた。だから、いい」

 

静かな……でも確かな感情の起伏。

人形と呼ばれる彼女が見せた、喜色の声音を感じ取り、思わずルリアも綻んだ。

 

「ありがとうございます……オルキスちゃん」

 

「ルリア……本当に、よくぞ無事で帰ってきてくれた!」

 

「カタリナ!」

 

本当は一番最初にルリアに駆け寄り抱きしめたかったのだろう。

勢い良くルリアを抱き寄せると、カタリナはその存在を確かめるようにルリアの身体を抱きしめた。

守れた――その事を嚙みしめる様に。

 

「怪我はないか? どこか異常は……」

 

「うん、大丈夫だよカタリナ。グランとジータのお陰でどこにも怪我なんか無いよ」

 

「あぁ、良かった……本当にすまなかったな。私が居ながら、君を何度も危険な目に合わせてしまった」

 

罰が悪そうに俯くカタリナ。

ルリアの騎士として、守ると誓ったのに……自身の至らなさを痛烈に感じとってカタリナの表情が歪む。

 

だが……それはルリアにとっても同じ事であった。

 

「――それを言うなら私も」

 

「ルリア?」

 

「私のせいで、皆がたくさんたくさん危険な目にあってしまって……私の方こそ、ごめんなさい」

 

ロキに捕われ、アーカーシャに取り込まれ。

自分はどれほどの危険を仲間達になすりつけたのだろうか。

自分が居なければ……こんな危険な戦いが起こることすらなかっただろう。

 

「ルリア……」

 

ルリアの御しきれない想いを感じ取り、カタリナも口を噤む。

否定はできなかった……軽々しく否定できる程、ルリアの自責の念は軽くはない。

掛ける言葉を探してカタリナが顔を顰めるが、その心配は杞憂に終わる。

 

「こーら!」

 

「いひゃっ!? ジ、ジータ!?」

 

「全く……僕からもだ!」

 

「ふみゅっ!? グランまで!?」

 

少しだけ責める声音と共に、ルリアの頭に優しく拳が落とされる。

ジータ、そしてグランが不満を宿した表情でルリアを見つめていた。

 

「私達が言った事、聞こえてたでしょ?」

 

「僕達はルリアと一緒に旅がしたいんだって……ルリアが笑ってくれるから、僕達はこうして戦えるんだって」

 

「でも……私のせいで……」

 

「危険な目に遭うのなんて関係ないんだよ……そんな事よりルリアと一緒に居られることの方がずっと重要だもん。大体、悪いのはルリアを狙う奴らの方」

 

「そうそう、そんな事言ってたら、狙われる方が悪いって話になるだろう。そんなのおかしいじゃないか」

 

二人の言うことは極論ではあるが自責の念に駆られるルリアの胸にすとんとはまっていく。

何より、二人は本心からルリアと一緒に居たいと言ってくれている。それがたまらなく、ルリアは嬉しかった。

 

 

「だからさ――」

 

俯いていたルリアが顔を上げると、グランはその頭に手を置き、ジータは背中よりそっとルリアを抱きしめる。

 

「そんな顔しないで……笑って欲しいな」

 

囁かれた言葉が、ルリアの罪悪感を拭い去っていく。

二人の声が……伝わる温もりが……自分はここに居て良いのだと言っているようで、曇っていたルリアの表情に光が差した。

 

「グラン、ジーターーーー本当に、ありがとうございます!!」

 

「ふふ、やっぱりルリアは笑顔じゃないとだね。ねっグラン?」

 

「うん。無事で本当に良かった……」

 

 

こうして、彼らは互いの無事を噛みしめるのだった……

 

 

 

 

 

「はぁ~~とりあえず、ルリアちゃんも無事みたいだし、ギリギリだったけど何とかなったわね……全く、この島だけで一年分は戦った気がするわ」

 

だぁーっと力尽きた様に……いや、本当にもうどこにも余力が残っていないのだろう。

少し離れたところでグラン達の様子を伺っていたゼタは、ぐったりとした様子でその場に座り込んだ。

 

「今回ばかりは俺も同様だな――しばらくは任務を控えたい」

 

こちらも同様……仏頂面こそ変わらないものの、全身から疲労の気配がうかがえるユーステスもその場に座り込んだ。

長い戦いであったことは間違いない。休む間もないままの連戦は、歴戦の戦士である彼であっても限界ギリギリの戦いであった。

 

「へぇ、珍しいわねユーステス……普段なら絶対そんな事言わないくせに」

 

「任務には身体はもちろん精神面での安定も重要不可欠だ……今の俺は間違いなく心身共に疲弊している」

 

からかう様子のゼタにいつもの皮肉も言えない。正直に疲弊していることを告げるユーステスに、ゼタは面食らった。

いつもなら絶対に弱ってる気配を隠すはずだ。それができないということは本当にもう余裕がないのだろうと、ゼタも察する。

 

「――本当に珍しい。まぁせっかくセルグとも仲直りしたんだし、しばらくのんびりしても良いんじゃない? ね、セルグ」

 

このアガスティアの戦いで帝国との因縁も終わり、一件落着。

暫くは落ち着くこともできるだろう。

 

セルグとユーステスは昔のように、友人としての関係に戻る事もできるはずだ。

そんなことを考えてセルグに呼びかけたゼタだが近くに気配がせず、周囲を見回した。

見れば二人から少し離れたところで空を見上げて佇んでいるセルグの姿があった。

 

まだ何かを警戒しているのか?

周囲に星晶獣の気配はもう感じられないし、戦いは完全に終わったように思える。

だというのに、セルグの気配は未だ警戒を解いてはいなかった。

 

「セルグ? 何してんのよ……もうアーカーシャは完全に消えて」

 

安心させる様に声をかけていくゼタに気付き、セルグが振り返った。

 

「セルグ?」

 

 

言いようのない……妙に胸騒ぎを掻き立てるような、そんな寂しそうな表情を、セルグはしていた

 

 

「――ごめんな、ゼタ」

 

「えっ? ちょっと何よいきなり」

 

謝られる意図が分からず惑うゼタを尻目に、セルグは再び視線を戻すと天ノ尾羽張を顕現させる。

 

「――ヴェル、リアス。最後の仕上げだ」

 

“もう……良いのだな?”

 

“準備はできてるよ”

 

傍らに黒の鳥ヴェルが現れ、それに合わせてゼタの元にいたリアスもセルグに付き従うように傍へと寄る。

 

瞬間的に、ゼタは嫌な予感を感じた。

 

「――行くぞ」

 

ヴェルとリアスを伴い、歩き出すセルグ。

 

「ちょ、ちょっとセルグ!?」

 

「セルグ、何をしている!」

 

同じ様に嫌な予感を感じていたのだろう。

ゼタと同じくユーステスも思わず声を挙げてセルグと止める。

 

穏やかな雰囲気の中に走った不穏な声を聞きつけ、グラン達も彼らの元へと駆け寄ってきた。

 

 

 

「どうしたんだゼタ?」

 

「一体どうしたんですか?」

 

「グラン、ジータ! セルグを止めて! よくわかんないけど、絶対なにか良くない事をしようとしてる!」

 

これまでの旅路から、セルグが何をするかはわからなくても、それが決して良い事ではないと察してゼタは余力のない身体に鞭を打ち駆け寄ろうとする。

だが、一歩遅かった。

 

 

「――プリズムヘイロー」

 

 

セルグとゼタ達の間に張られる、極彩色の結界。

空間を断絶し、バハムートの攻撃すら通すことのない絶対不可侵領域が展開された。

 

 

「これは!? セルグ、一体何のつもりだ!!」

 

「何をしてるんですか! 何をする気なんですか!?」

 

もはや、予感は的中したと言って良い。

不穏な気配と共に彼らを突き放すようなセルグの所業に、グランんとジータも捲し立てていく。

 

そんな彼らを一瞥して、セルグは静かに口を開いた。

 

 

「今ここで、アーカーシャのコアを完全に消滅させる」

 

 

告げられた言葉に、一行は息を呑んだ。

既に戦いは終わったはずである……周囲にはどこにも星晶獣の気配がないはずなのだ。

 

間違いなく――星晶獣アーカーシャは倒したはずである。

 

「アーカーシャのコアだって? さっきの戦いで破壊したんじゃ――」

 

「アーカーシャはルリアを取り込み、ほぼ完全な状態の覚醒を迎えた――事象の改変にまで至れた以上、空の世界の理の中では完全に破壊することは不可能なんだ。

どれだけ破壊しようとも、改変能力を限定する事で最低限の自己保持をし続ける」

 

そう言って、セルグは静かに頭上の一点を指さす。

そこには、赤い光が小さく渦巻く奇妙な空間が発生していた。

 

「アーカーシャのコアの残滓だ……時を於けば、いずれ転生という形で再び世界に現れることに成るだろう」

 

躯体全てを覆うことはできなくても小さなコアの状態であれば……いかに破壊しようと極小範囲に限定することで最低限の改変能力を発動し復元。

アーカーシャには不滅と呼べる転生機能が備わっていた。

 

「いくらコアを破壊しようとも、あれは滅する事ができない――この世界に存在する力ではな」

 

「そんなっ!? それじゃあ、どうやって……」

 

「調停の翼として完全に覚醒し、その力をもって理の外に封印する」

 

「それってつまり……?」

 

“セルグはヒトの器を完全に捨て、その存在を昇華する……要するにお母様と同じ存在に至るの”

 

理解が追い付かないグラン達へ、セルグに代わりリアスが詳しく説明を加える。

 

空の世界の理の中では、アーカーシャを完全に消し去ることはできない。

消し去るには、セルグの調停の翼としての力……“コスモス”の力が必要であった。

 

だが、バハムートとの戦いで力を使い果たした今、セルグは翼としての力を失っている。

再び使うには、ヒトの器を捨て完全に覚醒を果たす必要があった。

 

「それじゃまさか」

 

“うん……世界に存在できる万象の量は決まっている。

存在を昇華すれば、セルグは世界という器に大きな負担を掛ける存在となってしまう”

 

「無論、それはオレが存在し続ければの話だ……そうなる前に顕現を終え、オレは世界から消える」

 

 

リアスとセルグの言葉を理解して、グラン達の表情が驚愕に染まった。

アーカーシャを完全に消し去るために、この世界から消える……それは今この時に置いて、考え得る最悪と言えよう。

 

「何を……何を簡単に言ってんのよ! あんた、自分が消えるってわかってて」

 

“わかってるよ……ゼタ。セルグはちゃんと……それを理解してる”

 

声を荒げるゼタをリアスが悲し気な声音で制した。

だが、そんな事ではゼタの気持ちはおさまりがつかない。

睨みつけていたセルグからリアスへと視線を移し、再びゼタは声を荒げる。

 

「だったら!! 何でそんな――」

 

“それでもこれが()()の使命なの……”

 

「私達って……」

 

“バハムートによって一度命を失ったセルグは、内に取り込んでいた数多の星晶獣の魂と画一を果たし転生した。

その中に私も、ヴェリウスも含まれている……今のセルグは“嘗てセルグだった者”であり、厳密にはもうセルグではないの”

 

そう――今のセルグは、内なる世界で画一を果たした存在。

主人格こそセルグであるもののその本質は全ての魂を統合した全く別の存在であり、肉体もその魂に合わせてフュンフが生み出してくれたもの。既にセルグとしての肉体とは大きくかけ離れたものになる。

 

“そして私達はセルグである前に、覚醒を迎えた調停の翼――その使命は世界の脅威となる存在を取り除くこと。

今の私達は、それを最優先にしなくてはならない”

 

「だからって……セルグが消えてまで、アーカーシャを封印する必要ないだろう!!」

 

押し黙るゼタに代わりグランが声を挙げる。

団長として……何よりグラン個人として。こんな事、認められなかった。

 

「そうだ! ルリアがアーカーシャを取り込んで僕達で管理すれば……」

 

「グラン、母上が言っていたはずだ。

一度歴史に出てきてしまったアーカーシャの存在は、この世界を常に終焉の危機と隣り合わせにしてしまう。存在が知られた今、狙うのはフリーシアだけではない。だから、何としてもこの世界から消し去らなければならないんだ」

 

「そんな――本当に、本当にそれしか方法がないんですか? アーカーシャを消すのなら私がバハムートを呼んで」

 

ルリアも必至に思考を巡らし代案を出して見せるが、それもセルグの首を縦に振らせることは適わない。

 

「バハムートと言えど空の世界の神であり理の内にある存在だ。アーカーシャを消し去る事はできないだろう」

 

「そんな……」

 

答えの見つからない一行が徐々に視線を落としていく。

何かないか……彼を失う事無くこの状況を打破する何かが……

 

だが、そんなものが都合よく思い浮かぶはずもない。

倒したと言っても、未だアーカーシャは彼らにとって未知の存在。

どうすれば完全に消し去れるか等、ヒトである彼らが知るはずもないのだ。

 

焦燥に駆られたゼタは小さく体を震わせながら、何とか引き留めようと震える声を絞り出した。

 

「あんたは……セルグはそれで良いわけ!! そんな自分を犠牲にして空の世界を救う事が正しいわけ」

 

「アイリスが言ったはずだ。今のオレにとって最も重要なのは、世界の脅威の排斥……オレの意思は関係ない」

 

「っ!? セルグ!!」

 

余りにも自身を顧みない物言いに、責める様に声を荒げるゼタ。

どうしてわかってくれないのか……一体何度言えば理解してくれるのか。

いくら叫んでも彼に届かない想いがもどかしくて仕方ない。

 

 

 

「――本当に、ごめんな」

 

 

 

ゼタの目の前にあったプリズムヘイローの結界が解かれる。

部分的に解かれた結界をくぐり、ゼタだけが唯一セルグの元へと駆け寄った。

 

「セルグっ!」

 

「オレの力不足で、またお前を悲しませる……本当にオレはいつまでも弱いままだ」

 

嘗てアイリスを守れず彼女を悲しませ、今もまた己の力不足で彼女を悲しませる。

二度に渡り……セルグはゼタから“大切なヒト”を奪うのだ。

 

「だったら……やめれば良いじゃない。誰も文句なんて言わない。私が、文句なんて言わせない!!」

 

「それではほかの誰でもない、オレが自身を赦せなくなる――それくらいわかっているはずだ」

 

「そんなのわかりたくない! お願いだから……こんなの、やめてよ」

 

縋りつくようにセルグの背中に顔を埋め、萎れた声でゼタは懇願する。

突然の別れを突き付けられ、ただ懇願する事しかできない――ただ、涙を流し引き留めることしか、今のゼタにはできなかった。

 

「本当にお前は……最後の最後まで、オレの意思をかき乱してくれるな」

 

「そんな言い方っ――!?」

 

こんな時まで憎まれ口かと、顔を挙げようとしたゼタの身体を不意に小さな衝撃が襲う。

 

小さな震えと共に伝わる温もり。僅かに息苦しさを覚えて、ゼタは振り返ったセルグに抱きしめられていることを感じ取った。

 

「辛いに決まってる……悲しいに決まってるだろう」

 

先程までの平坦な声とは違う。

ひどく弱弱しくて、とてもしおらしい……か細い声であった。

 

「お前を、グラン達を、大切な仲間達を置いて……誰が消えたいと願うものか」

 

その声には彼の想いの全てが表れていた。

望んでなどいない。でも、それを望まざるを得ないのだと……

 

「――だったら」

 

「それでも、これがオレの使命なんだ……オレが生まれてきた意味なんだよ」

 

か細い声は続く。

己の内に溜まり込んだ毒を吐き出す様に……余すことなく全てを伝える為に、セルグは胸の内を吐露していく。

 

「この空を守る……それが母上がオレに宿した命題であり、これがオレの存在する理由なんだ。

果たさなければ……生きている意味がないんだよ」

 

セルグの言葉が、声音が、ゼタにそれを理解させた。

 

もうこれは、避けることのできない決まった未来なのだと。

今自身を抱きしめてくれている温もりは、もうすぐこの世界から消えてしまうのだと。

 

「うぅ……セルグ……」

 

涙を零しながら、ゼタはセルグの背に腕を回す。

最後の最後……少しでも長く、彼の存在に触れる為に。

 

時間にして数秒……その僅かな時間を噛みしめるように、互いに抱き合うと、セルグはそっと抱擁をやめた。

 

 

「悪いな――ゼタ」

 

 

目線を合わせる……淡い青の瞳が憂いを帯びながら雫を零している。

最後の最後まで泣かせてばかりの自身に自嘲しながら、せめてもの償いとしてその涙を優しく拭う。

 

 

「これで――最後だ」

 

 

髪をかき分け、露になった額に、触れるだけの口付けをした。

 

ゼタを引きはがしたセルグは、再びプリズムヘイローを展開し後ろ髪引く想いを断ち切るように振り返ると静かに口を開いた。

 

 

「来い、ヴェル……リアス」

 

“準備はできている”

 

“私も、大丈夫だよ”

 

 

呼びつけた分身体と融合。

再び二対の翼を背負い、セルグは浮かび上がっていく。

 

 

「――来たれ、調停の翼よ」

 

 

同時に膨れていく気配。

世界に溶け込むように広がっていく尋常ならざる気配。

そして増していく、蒼く輝くチカラ。

 

 

コスモスを纏い、今ここに調停の翼が顕現する。

 

収まらぬ強烈な光の中、ゼタと……そしてグラン達もまた片、時も目を離さずにその光景を見つめていた。

 

真紅となった双眸。

長く伸びた銀糸の髪がところどころ跳ね、その風貌は母親にあたる少女の姿に酷似していく。

 

 

「さらばだ、ヒトの子等よ……」

 

 

口調も、声も違う。完全に別の存在となっているであろう。

それでも……仲間も守る優しい彼の声音は、変わらないままだった。

 

覚醒と共に膨れていく気配とチカラ。それを余すことなく解放しながら、セルグはアーカーシャのコアが渦巻く場所へと向かう。

 

 

「許せ……ヒトの子が甦らせし反逆の徒よ。

その存在を深淵へと封印し、森羅万象の理の外へと消してくれる」

 

 

厳かな声と口調のまま、セルグは天ノ尾羽張を抜刀。

白と黒で彩られた刀に、青の光が纏わりついていく。

 

集うその力はコスモス。

調停の翼となった彼だけがこの世界で使える唯一無二の力。

 

そしてそれを、彼がヒトの頃から変わらぬ奥義でもって打ち放つ。

 

――それが、世界を守りし最後の技。

 

 

 

「消えよ、アーカーシャーーーー“世界が紡ぎし唄(ソングオブグランデ)”」

 

 

 

巨大な青の一閃が、空間ごと世界を切り取る。

余りの眩しさにグラン達が目を細め、その輝きが空の世界を照らし出す。

 

 

後に残されるのは――何もなくなった空間と、音もなく舞い落ちる黒と白の羽。

 

そっと......その二枚の羽を手に乗せるとゼタは何かを追い求めるように当たりを見回した。

 

そこに、彼女が望んだ世界は映されておらず、ゼタは崩れ落ちながら羽を握りしめる。

 

嗚咽を漏らして彼女は静かに泣いていた。

 

全てが、終わってしまったことを......理解した。

 

 

「うっ……あぅう……セルグぅーーーー!!!」

 

 

 

静かな空に、ゼタの慟哭だけが虚しく響き渡るのだった

 

 




いかがでしたでしょうか。

後はエピローグを残すのみです。

文章もほぼ完成しております。

後1話。長かった本作を最後までお楽しみ頂ければ本当に幸いです。

本編完結間近という事で今後の参考に。完結後読みたいと思うのは

  • 色んなキャラとのフェイトエピソード
  • 劇場版。どうして空は蒼いのか連載
  • イベント。四騎士シリーズ連載
  • 次なる舞台。ナルグランデへ、、、
  • その他(要望に応える感じ)

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