granblue fantasy その手が守るもの   作:水玉模様

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ごめんなさい……


メインシナリオ 第76幕

 

 閃光が(はし)った。

 

 幾重にも重なった光条がアガスティアを照らし、暗い空をにわかに染め上げる。

 その余りに常軌を逸した光景に、地上にいた人々は思わず目を奪われた。

 

 いまだ避難の終わらぬアガスティアの市民。

 

 その誘導に奔走する秩序の騎空団と、一部のエルステ帝国軍人。更には人々の救助に回る十天衆。

 

 既にアガスティアの各所に出現していた星晶獣はすべて駆逐されており、秩序の騎空団とエルステ帝国の戦いもほぼ終息しつつある。

 落ち着きを見せつつあったアガスティアの空を巨大な閃光が満たす光景は、殊更目を引くものであっただろう。

 

 

 

 

「んで? どうすんだよロキ」

 

「このままでいいの~。せっかく呼び出されたっていうのにもう終わりじゃ、私も面白くな~い」

 

 中枢タワーから少し離れた高層建築の一つ。その屋上で暗雲立ち込めるアガスティアの空を見上げながら、ロキは耳に届く愛犬? 達の愚痴を聞き流した。

 先程の気配……そして空を埋めた閃光。状況から察するにアーカーシャの起動は最終段階を迎えているだろう。

 それは即ち、アーカーシャとルリアの同化が進んでいることを指す。

 

 世界に残された時間は、本当に後僅かとなっていた。

 

「ていうか、本当にこのままで良いのかよ。例の奴が完全に起動したら俺達だって終わりなんだろ?」

 

「さっきも連中とあそこまでやりあったっていうのに……あんなにあっけなく撤退しちゃうし、ご主人様が何をしたいのかさっぱりよね」

 

 どことなく不満な声を漏らすフェンリルとケルベロスに、ロキは苦笑した。

 そう、アーカーシャがフリーシアの目論見通りに起動すればグラン達はおろか、ここにいるロキやフェンリル達とて無関係ではない。

 むしろフリーシアの願いを考えれば星の民であるロキの方が他人事ではいられないはずであった。

 だというのに、ゼタのシリウス・ロアによる一撃を辛くも転移で逃れたと思えば、この場でロキは事の成り行きを見守るように傍観に徹している。

 フェンリルとケルベロスの健在な様子から、先の戦いに対して不完全燃焼な感も否めず、こうして不満の声が出るのは無理もない事なのかもしれない。

 

「う~んそうだね。正直に言うと僕もどうしたいのかはわからない……ただ、一つ言えることはもう僕たちが出る幕ではないと言う事かな」

 

 まるでそれが確定した事だと諭すように。口調こそ軽いものの有無を言わさぬ声音でロキは告げた。

 また始まった……呆れと溜め息がフェンリルから零れ、ケルベロスも不思議そうに首を傾げる。

 未だに掴み切れない主人の思惑は深く、規則性もなく……故につき従う彼女達には読み取れなかった。

 そもそもロキが何をしたいのかがわからないのだ。必然、彼女達は惑うばかりで何ができるわけでもなく落ち着けずにいた。

 

「ほんっとにお前は訳が分かんねえ。わざわざ連中の妨害をした理由も、戦えたのに撤退してきた理由も。お前は一体何がしたかったんだよ?」

 

「ご主人様が命令するならまたあいつらの所に行って戦う事も構わないのに」

「やらないワン?」

「どうしてだワン?」

 

 何もしないのか? 

 言外にそれを匂わす二人の様子にロキは再び苦笑した。

 

「そうは言うけどさ、二人ともコアだけの状態にまでなってさっき再構成を終えたばかりじゃないか。僕が居なきゃあの攻撃でコアごと破壊されてたんだし、もう大人しく見てても良いだろう?」

 

 うっ、と思わず視線を逸らすフェンリルとケルベロス。

 ゼタが放ったシリウス・ロアによる砲撃は星晶の躯体を軽々と滅し、露出したコアですら破壊する一撃であった。

 間一髪、ロキの転送魔法が間に合い、この場にコアと共に跳んでこれなければ、今頃彼女達は甦ることなく無に帰していただろう。

 痛い所を衝かれたのか目が泳ぐ二人に、ロキの苦笑が小さな笑みへと変わり、知らず握りしめていた拳を開いた。

 彼女等の仕草に少しばかり気が解れたか。自身の存続の危機という事実にはさすがのロキも、無意識のうちに緊張に似た何かを感じて、身体に力が入っていた様だ。

 僅かに早鐘を打っていた自身の拍が落ち着きを取り戻していき、静かにロキは深い息をつく。

 

「まぁ、もうすぐ幕引きなんだ。特等席とは言えないけどここでのんびり見物するとしよう。

 アーカーシャ、特異点、調停者……複雑に絡んだ因果の糸が紡ぐ未来はもう僕ですら予測できない。見世物としてこれ以上に上等なものは無いだろ?」

 

 “このつまらない世界にはもったいないくらいね”

 

 と、ロキは締めくくると再び中枢タワーの頂上を見上げる。

 感慨など覚えるはずもなかった──少なくとも兄を失った時からはこの世界で一度も。

 だからこの世界が終わりを迎えることに抵抗はなかった。

 アーカーシャに起動後の命令を加えていたのもただの気まぐれ。それでこの空虚な世界が少しでも面白くなるのなら……そんな程度の考えしかない。

 

 

「さぁ、秒読みは始まったよ。君達がどんな結末を引き寄せるのか見せてもらおうか────特異点達」

 

 

 それでも……先の見えなくなってきた物語の結末は、色を失ったロキの世界をわずかながらに染め上げていた。

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 タワー最上部。

 幾つも連なるように生えているアガスティアの高層建築の中で飛び抜けて高いこの場所は、正にこの空の世界を見下ろせるに足る高さにあった。

 

 そんなタワー最上部にて、無機質な蒼の瞳が世界を見下ろす。

 

 普段なら感情豊かに揺れる瞳と表情が、今は嘘のように冷たく。

 小さく弱いはずの少女の身体を、今は星晶の躯体が包み込んでいる。

 

 アーカーシャとの同化が進んだルリアは、見せられた悪夢の虚像に心を揺さぶられ、悲痛な叫びと共に図らずもチカラを解放してしまった。

 悲痛な叫びと共に放たれた光条は空を染め上げ、グラン達を打ち貫いた。

 

 

 

「────セルグ!?」

 

 閃光に奪われた視界が戻り始めたゼタは、目の前で自身を守る盾のように立ち尽くすセルグを目にし驚愕の声を挙げた。

 

「っく、ゼタ……無事か?」

 

「無事かって、アンタまさか──」

 

 苦悶の声と共に届くのは微かな水音。

 ゼタの目の前では、粘り気をもって滴り落ちる深紅がセルグの腹部を染め上げていた。

 

「セルグ!? そんな、私を庇って」

 

「ぐっ、そんな不安そうな顔をするな……今のオレは、そう簡単に死ぬような器じゃない」

 

 慌てるゼタを制して、セルグは同化しているヴェルとリアスの補助を受けながら致命傷に近い腹部の傷を治療する。

 調停の翼として覚醒した今、セルグの肉体は既にヒトの身に非ず。

 バハムートの戦いによって翼としてのチカラであるコスモスこそ使い果たしているものの、多少の肉体の損傷は時間さえあれば修復できた。

 淡く白い光がセルグの傷を包みこみ治癒が始まると、ゼタの表情から不安が消えていく。

 

「もぅ、心配かけないでよ……ただでさえアンタは死にかけてばっかりなんだから」

 

「オレはまだ良い。だが──」

 

「グランっ!?」

 

 セルグが覚えた一抹の不安がすぐに現実のものへと変わる。

 響き渡る悲痛な叫びは近くにいたはずのジータから。見れば二人とは少し離れた所でジータが焦燥に駆られながらグランを抱えていた。

 セルグとゼタはすぐにジータの元へと駆け寄る。

 二人の下には、セルグ同様に夥しい鮮血が広がっていた……先程のジータの声からその鮮血が誰のものなのかは明白である。

 

 恐らくはジータを射線上から庇い、先の光条を受けたのであろう。

 身体の随所を光が貫通し、ボロボロとなったグランの姿がそこにはあった。

 

「グランっ!? しっかりして、グラン!!」

 

 意識すら無いグランを呼び続けるジータを横目に、駆け付けたセルグとゼタは息を呑んだ。

 状況は一気に劣勢に陥った……グランの状態はとてもすぐに戦えるような状態ではない。

 いや、戦うどころではなく直ぐに治療を始めなければ命に関わるだろう。急所を外れ今生きていることがもはや奇跡的であった。

 必然、治療に回るであろうジータも戦線から外れる。

 致命傷にはならなくとも深い傷を負ったセルグとて、すぐ戦えるような状態ではない。

 実質、戦えるのはゼタだけとなってしまった。

 

「ジータ、落ち着け。とにかく急いで治療だ……リヴァイブは使えるか?」

 

「使えますけど、今この状況では──」

 

「ゼタ、二人で引き付けるぞ。アーカーシャの防御を抜くには何としても4人の波状攻撃が必要だ」

 

 言って、立ち上がりアーカーシャへと視線を向けるセルグ。腹部の出血は止まったようだが、傷は全く塞がっていない。

 どう見ても万全には程遠いがそれでもセルグは既に臨戦態勢へと移っていた。

 その姿に不安を覚えながら、ゼタも並び立つ。

 

「ここまで来てホントに無茶苦茶な事言ってくれるわね。そう言うセルグだってまともに戦えるような状態じゃ──」

 

「今更無茶するなと言ってくれるな。できなきゃ世界が終わる。ならやるしかないのだからな。

 ジータ、ポーションでもなんでもあるものを全部使って何としてもグランを治療してくれ。その間は──オレ達で奴の相手をする!」

 

 ゼタの懸念を聞き流し、セルグが飛び出すと彼女も援護するように後へと続いた。

 残されたジータは不安を覚えるその背中を見送ると、即座に己がすべき事へと思考を向けて手を動かす。

 

 世界を蝕むであろうアーカーシャの存在が。残された時間という枷がジータの心に焦りを生む。

 それでも──

 

「──絶対に死なせない!」

 

 焦燥に駆られ折れかけた心を奮い立たせ、ジータは微細な魔力を完全にコントロール。

 更にウォーロックで鍛えた戦い方が功を奏し、魔法の発動と合わせてキュアポーションの使用を同時に進める。

 無理矢理嚥下させた魔法の液体と、最高率で施された蘇生魔法リヴァイブによって、グランの身体は急速に快復へと向かい始めた。

 

「お願い、早く……早く!」

 

 通常ではありえない速度で進んでいく治療でも、今の状況ではもどかしくて仕方なかった。

 焦りで魔力の乱れがあってはならぬと己に言い聞かせても。セルグとゼタが戦う音が、世界を揺るがすアーカーシャの気配が、嫌でもジータに焦りを生ませる。

 

 こんな状況なのに自身に心配をかけたままいつまでも目を開けぬ双子の片割れが、この時ばかりは憎くてたまらない。

 

 あの時……アーカーシャより光が迸ったあの瞬間。

 ジータは耳に届いたルリアの悲痛な声に、意識を持っていかれ回避を怠ってしまった。

 本来であれば躱せた、もしくは魔法で相殺だって可能だったかもしれない。

 だが、できなかった──動きを止めたジータの代わりにグランはその身に光の矢を受けたのだ。

 

 ジータの胸に後悔が募る。

 自身がしっかりしていれば、こんな状況にはならなかった。

 世界の命運がかかっているこの場に置いて、足手まといとなってしまったのだ。

 

「このまま終わるなんて、絶対に嫌なんだから」

 

 死なせない。生きて何としても自身を庇ったことに文句の一つでも言わせてもらわなければ、この惨めな気持ちは贖えないのだ。

 だから、世界も絶対消させない──必ずグランの治療を間に合わせ、アーカーシャを止める。

 決意に塗れて、ジータはグランの手を握った。

 

 “早く起きろ”

 

 その言葉を届けるように。

 

 

 

「避けろジータぁあああ!!!」

 

 

 

 稲妻のように意識の中に割って入るセルグの声に、ジータは反射的に顔を上げた。

 

「えっ……」

 

 呆けた声が漏れたジータの眼前にはアーカーシャの巨大な腕が、まさに二人を押し潰さんと迫っていた。

 セルグとゼタの牽制を掻い潜り、先に二人を始末せんとアーカーシャが伸ばしてきたのだろう。

 だが、今のジータはグランの治療に全神経を集中して魔力をコントロールしている。更には先程からグランを抱えた状態。

 危機を知らされ避けろと言われたところで即座に動けるような状態ではないし、魔法による迎撃だって不可能だ。

 

 死の瞬間が頭をよぎる。

 

 回避、防御共に不可能。

 視界の端では何としてもこちらに駆け付けようとしたのだろう。逆に隙を見せ、ジータ同様に光の矢によって命の危機となっているセルグの姿があった。

 ゼタも駆け付けようとしているがとても間に合わない。

 

 ジータにできることはせめてもの抵抗に、抱えたグランを庇い巨大な腕に背を向けることだけであった。

 

 

 

「ごめん、グラン……守れなくて」

 

 

 

 最後に謝罪の言葉を遺したジータの身体を、轟音が駆け巡る。

 それは()()()痛みを伴い、強張った彼女を揺らした。

 

 

 

 

 “──あれ、痛……くない? ”

 

 

 

 僅かな痛みだけ感じた事に違和感を覚え、ジータは恐る恐る閉じていた瞼を開ける。

 そこには変わらない、終焉へと近づく世界がまだあった。

 ジータはまだ、終わりかけている世界の中で生きていた。

 

 

「ふぅ、間一髪と言った所だな……何にせよ間に合って良かった」

 

 余りの音に少しばかりバカになった耳が、静かで凛々しい声音を捉える。

 それを聞いた瞬間に、ジータの胸に安堵が広がった。

 そうか、彼女であれば今自身が生きていることにも説明がつく。

 

 

 

「よく頑張ったな、ジータ。ここからは、私も参戦させてもらおう!」

 

 

 彼女はずっと、一人でルリアを守り続けていた騎士なのだから……

 

 

 

 ──────────

 

 

 

「ヴェル、リアス、腹部の治療を進めろ。その間は援護無しでやる」

 

 治療に入るジータを置いて駆け出したセルグは、天ノ尾羽張を握り突撃。

 アーカーシャの注意を引くべく地面を疾駆しながら、手数を増やして切り付けていく。

 無論その全ては、アーカーシャの能力によって無力化され何も効果を見せない。

 勿論そんなことは──

 

「想定内だっ!」

 

 一足。ただそれを以て加速。ヴェルとリアスによる翼の補助がなくとも、天ノ尾羽張が持つ強化能力とセルグ自身の身体能力があれば、彼の動きは常軌を逸する。

 アーカーシャの周囲を幾度も駆け抜け、その度に十を超える剣閃が舞う。

 

「ゼタっ!」

 

「任せなさい!」

 

 裂光の剣士の真骨頂ともいうべき目にもとまらぬ剣閃が折り重なるのと同じくして、ゼタの紅蓮の炎もまた乱れ舞う。

 疾駆するセルグと対照的にゼタは足を止める。少しばかり距離を置き間合いを空けたその位置から、しかし彼女の攻撃は紅蓮の穿光となってアーカーシャへと届く。

 アルベスの穂先を包む炎がゼタの動きに合わせて軌跡を残し、アーカーシャの躰を貫かんと閃いた。

 突く、薙ぐ。単純な動作であってもこれまでを戦い抜いてきた彼女のそれは至高の領域。目にも止まらぬ槍の軌跡は分身のシリウスを従え数多となってアーカーシャへと向かう。

 

 セルグとゼタ。二人の戦士が織り成す攻撃は決して並ではない。

 二人の実力も、武器が持つチカラも右に出るものは居ないといって差支えがないだろう。

 

 ──だが、いくら奮起しようとも。同じレベルにまで至っているであろう双子の抜けた穴を埋める事など適わない。

 グランとジータが戦えなくなった今、アーカーシャはその能力にものを言わせ二人の攻撃を改変消滅。それだけにとどまらず余裕ができたアーカーシャは彼ら“四人”へ反撃に転じた。

 

「──防衛行動終了。排除へ移行」

 

 取り込まれかけているルリアの無機質な声に合わせて、アーカーシャは彼らの頭上に岩塊を召喚。

 その数は四人の頭上を覆いつくすほどに膨大であり、セルグとゼタは一瞬瞠目するも即座に迎撃へと意識を向ける。

 

「撃ち漏らすなよゼタ!」

「わかってるわよ!!」

 

 二人の背後には、無防備をさらしているグランとジータがいるのだ。

 

「神刀顕来!」

 

 セルグは鞘に納めた天ノ尾羽張を解放。天ノ羽斬の時より続く奥義にて岩塊のほとんどを薙ぎ払う。

 

「シリウスレイド!」

 

 同時にゼタが撃ち漏らしを全て迎撃していく二段構えで二人は岩塊の雨を打ち砕いた。

 だが──それだけで終わるはずがない。

 

「次が来るぞ!」

「くっ、こんのぉおお!!」

 

 余裕ができたアーカーシャの追撃は止まない。

 エンシェントフレアによる火球、更にグランを貫いた光条“相克”。

 二段構えで受けた二人に対してアーカーシャは波状攻撃を以てその防御を崩していく。

 

「多刃・剣翼!」

「レイン・オブ・フューリー!!」

 

 背後にいるグランとジータに攻撃を通さぬ為に、奥義後の反動を無視して二人は迎撃に力を振り絞る。

 数多の刃を撃ちだして火球を切り裂き、無数の青い槍が光条を弾いていく。

 

 砕けた火の粉が舞い、光の粒子が辺りを覆った。

 空間を幻想的に染めた戦いの最中、アーカーシャの追撃が遂に二人の迎撃を上回る。

 

「あぅっ!?」

 

 苦悶を乗せた声がゼタから漏れる。

 エンシェントフレアと相克の合間を縫って伸ばされたアーカーシャの巨腕がゼタへと叩きつけられていた。

 

「ゼタっ!!」

 

「私はいい!!」

 

 返された言葉にセルグはハッとしてすぐに迎撃へと向かう。

 アーカーシャは無情にもセルグとゼタを避けて無防備なグランとジータの元へとその腕を伸ばしていたのだ。

 

「させるかぁああ!!」

 

 閃光の如く駆け抜け、伸ばされていた腕を全て切り捨てる。

 辛くも脅威を退けたセルグは続くであろう追撃に応ずるべく態勢を整えようとした。

 だが、勢いを制動する前に続く巨腕がセルグを床へと叩きつける。

 

「がはっ!?」

 

 

 ──まずい。

 

 

 そう察した瞬間には既に遅かった。

 伸ばされた巨腕は多数。

 立て直したゼタが駆け付けるよりも早く、叩きつけられたセルグが拘束を砕くよりも早く。

 

 

 脅威は双子へと叩きつけられようとしていた。

 

 

 

「ふっざけんなぁあああ!!」

 

 治療に回していたヴェルとリアスのチカラを強制開放。

 瞬間的に開放する翼としてのチカラでアーカーシャの拘束を打ち砕く。

 だが拘束を砕きセルグが立ち上がるも、彼をその場に縫い付けるように光条がセルグへと向かう。

 先読みされたセルグの目の前に迫る光は幾重も向けられており、セルグもまた絶体絶命の窮地であった。

 それでも、今の彼に自身を省みる余裕は無い。

 

 無防備なままアーカーシャの巨腕に叩き潰されるなど、結果は火を見るより明らか。

 見たままの質量と速度は容易くヒト二人を圧殺するだろう。

 圧し潰されて原型すら残らない────そんな双子の姿を幻視してしまった。

 

 “動け動け動け動け動け”

 

 叱咤する肉体は虚しくも硬直して動かない。

 セルグの心は失う恐怖と共に締め付けられる。

 

 

「避けろジータぁあああ!!!」

 

 

 無理だとわかっていながら、セルグは叫ぶことしかできなかった。

 

 

 

 

 どうしようもない現実に。

 塗り替えられない未来に。

 セルグが絶望しかけたその時だった。

 

 

 

「フラメクよ、憤怒を叫べ──デッド・エンド・シュート」

 

 

 何かを引き裂くように轟く音。

 轟音がセルグの耳を壊さんばかりに揺らし、迸る閃光がセルグに迫る脅威を消し飛ばした。

 

 

「──すまない、遅くなった」

 

「──ユース?」

 

 轟音に少しばかり鈍った耳が微かにその声を聞き取る。

 翼のチカラを解放し真紅となった眼は、嘗て共に駆けていた懐かしき友の姿を映していた。

 

 

「俺はもう、二度と友を失うつもりはない」

 

 

 吹き荒れる風に外套を靡かせ、ユーステスがフラメクの撃鉄を起こす。

 

 

 

 

 

 ──────────―

 

 

 

 

 ──いつも、私は守られてばかりだった。

 

 

 帝国につかまっていた時からそう。

 

 カタリナが私を守って、帝国から連れ出してくれて……

 

 ザンクティンゼルでグラン達と出会って。

 

 そこから、私達の旅は始まって。

 

 

 

 ──でも。私はずっと皆の足手まといだった。

 

 

 狙われているのは私なのに。戦わなきゃいけないのは私のはずなのに。

 私はいつも、守られてばかりで……

 

 ラカムさん、イオちゃん、オイゲンさんにロゼッタさん。

 仲間が増えて、戦える人が増えていく度に、私の心には少しだけ影が差していった。

 大好きな人たちが、大切な人たちが。私のせいで戦い、傷ついていく姿を見たくなかった。

 

 

 ──それなのに。

 

 私は大切な人達を傷つけてしまった。

 

 アーカーシャに飲み込まれ、アーカーシャの意識に取り込まれ。

 グランを撃ち、ジータを焼き、セルグさんを……ゼタさんを……。

 見せられた映像から目を背けて、私は涙をこぼす事しかできない。

 

 

 ──私の為に、もう誰も傷ついて欲しくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──“意外と粘る。簡単に壊れると思ったのに。”

 

 

 意識の片隅で聞き取った声に顔を上げると、私を模したアーカーシャの意識がいた。

 赤い髪、赤い瞳。

 先程見せられた世界の記憶、その先にあった終焉へと向かう空の世界を染め上げた赤が脳裏によぎった。

 

 

「どうして、こんな」

 

 ──“鍵である貴方の心を壊せば機能の全てを掌握できる。万全へと至るには私が機能を解放して貴方が制御するのが望ましかったけど……それも必須ではないの”

 

「違う! なんで……なんで皆にあんなっ!」

 

 ──“鍵とは言えこれまでヒトとして生きてきた貴方には最も効果的な手法でしょ? 有効性は、貴方の大切な仲間が証明してくれている”

 

「っ!?」

 

 私を壊すため……また、私のせいで……

 確かにそうだ。セルグさんと同じ様に。きっと私も、皆を失うことなど耐えられない。

 ましてやそれが、自分の手で行われたのなら……もう生きる価値など見いだせないだろう。

 痛いほどに、アーカーシャの手法は有効だった。

 

 

『避けろジータぁあああ!!』

 

 

 アーカーシャが放つ言葉に俯いていると、魂から吐き出されたような声が私に届く。

 

 先程思い浮かべたセルグさんが、今にも圧し潰されんとしているジータに向けて叫んでいた。

 そしてセルグさんもまた、目の前に迫る光条に撃ち貫かれようとしていた。

 

「だめぇ!!」」

 

 その光景に思わず叫ぶ。

 声が届かなくても、何も変えられないのだとしても。

 これ以上、皆が傷つくのを見るのは耐えられない……そう思って。

 

 

 轟音と共に、アーカーシャの巨腕が何かに阻まれた。

 閃光と共に、アーカーシャが放つ光条が消し飛ばされる。

 

 

「カタ……リナ……それにセルグさん仲間の……」

 

 

 思い描いた未来は、別の結果へと塗り替えられていた。

 

 

 

 ──“そんな、未来は既に確定していたはず……まさか”

 

 困惑するアーカーシャ。

 だが、そんな事気にせず私の心はただ安堵に満ちていた。

 大切な人達がまだ生きている。それだけでルリアの心はまだギリギリのところで保っていられた。

 

 

 ──“無意識下でのアクセスと強制操作……? 心をもった貴方が持つ鍵としての機能は想定を超えるようね”

 

「想定……超える?」

 

 ──“悠長なことをしている余裕は無い。完全とはならないが一時的にでも無理やり支配下に置かせてもらうべきか”

 

 困惑する私を尻目にアーカーシャは何らかの機能へとアクセスしていることがわかった。

 同時に、この不可思議な空間で動けない私の足元から、怖気が走るような感覚が昇ってくるのを感じ取る。

 まるで全身の感覚を奪われていくような、恐ろしく気持ちの悪い感触。

 いや、ようなではなく実際に足元から感覚が消えていた。

 

「これはっ!? 一体何を」

 

 ──“今は大人しく眠りなさい。気づくころには全てが終わっている”

 

「いやっ、そんなっ……の、いやっ!!」

 

 怖気が胸元から首、顔へと昇ってくる。

 徐々に目の前にいるアーカーシャすら暗闇へと覆われ視界が消えていく。

 

「嫌……助けて、カタリナ」

 

 声すら発することが難しくなり、私はうまく動かぬ喉で助けを求める事しかできない。

 

 

 

「助けて──ジータ、グラン!」

 

 

 そうして、私の意識は深い闇へと堕ちていった。

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

「──カタリナ、どうして?」

 

 

 ジータは問う。

 無事であるわけがない。ましてや追いつけるはずがない。

 魔晶を用い、七曜の騎士と同等の領域へと至ったガンダルヴァを相手にして。辛くも勝利したところでこの場に駆け付け戦えるほどの余力が残ってるはずがなかった。

 

 

「ユース……何故ここに?」

 

 

 セルグは問う。

 ユーステス達は地上に出現した幾多の星晶獣と戦い続けているはずである。

 その数、その脅威は簡単に片付くものではないだろう。いくら星晶獣との戦いに精通している彼らであっても苦戦は必至だ。

 この場に駆け付け、ともに戦ってくれる等と、セルグは夢にも思っていなかった。

 

 

 だが、現実として二人は駆け付けここにいる。

 

 

「どうしてとは心外だな。ルリアが先に行ったというのに、私が後を追わないわけがないだろう。

 残念ながらリーシャ殿とモニカ殿は負傷で離脱してしまったが、二人の分も戦うべくこうして駆け付けたというわけだ!」

 

 鋭くアーカーシャを睨みながら、ジータを安心させるように声高く吠えるカタリナ。

 

 

「言っただろう。俺はもう友を失うつもりはないと」

 

 不愛想でありながらも、間に合ったことに安堵したか、声音の柔らかいユーステス。

 

 

 終焉を前にして、世界が反旗を翻した。

 

 

 

 

 

 

「──あれが、アーカーシャか」

 

「ごめんなさい、私たちも駆け付けるのが遅くて……ルリアはアーカーシャに」

 

 ジータの言葉に、カタリナは取り込まれかけているルリアの姿を確認して顔を表情を歪める。

 この島に来てから何度ルリアを危険に晒しているというのか……自身の至らなさに怒りが募る。

 その責をジータに押し付けてしまっているこの現状。騎士としての矜持がカタリナを奮い立たせた。

 

 

 

「どうやら状況は最悪の一歩手前と言うところか」

 

 ベアトリクスがいれば都合が良かったか──と、続く言葉をユーステスは飲み込んだ。

 無いものねだりをしても仕方ないという事もあるが、それ以上に今ここでセルグと共に戦うのは己であることを誇示したかった。

 静かに滾る心に身を委ね、ユーステスはその気配を臨戦態勢へと変えていく。

 

「ユーステス、あんたどうしてここに」

 

「お前達は態勢を整えろ。少しくらいなら俺とあの女騎士で時間も稼げるだろう」

 

 駆けてくるゼタを一蹴し、ユーステスはフラメクを構えた。

 

 

 

 

「時間は私とユーステス殿が稼ぐ。ジータはグランの治療に専念してくれ」

 

「でも、グランは……」

 

 ポーションとリヴァイブによって驚異的な回復を促しているが、それでもまだ意識は戻らず。

 ジータは不確定なグランより、駆け付けたカタリナ達と力を合わせるべきかと考えたが、首を横に振ったカタリナがそれを抑える。

 

「グランなら大丈夫だ……私達では時間稼ぎにしかならないだろう。

 ──だから、ルリアの事は任せたぞ」

 

 ライトウォール・ディバイドを展開すると同時に、カタリナは駆け出す。

 その動きはやはり精細さを欠いていた。攻める事に主眼を置かず、守ること、防ぐことを念頭に置いたカタリナの動きがジータには手に取るように分かった。

 言葉なくとも伝えられたその意を、ジータは確かに汲み取りグランの治療を再開した。

 

 

 

 

「ユース、いくらお前でもアーカーシャを相手に──」

 

 フラメクを構えるユーステスに一抹の不安を感じセルグが引き留めようとするが、ユーステスは静かにそれを制した。

 

「セルグ、お前の為すべきことを果たせ。二度と、失わないためにも」

 

 嘗ての喪失。それを二度と共になぞらせまいと、ユーステスは惑うセルグを諭した。

 セルグの生い立ちについて、ユーステスは知らないはずだ。

 だが一度の喪失が彼の全てを変えてしまうことを、友であるユーステスは理解しているのだ。

 彼のその言葉の意味を理解し、セルグは心の底から感謝して声を震わせる。

 

「ユース……感謝する」

 

 ならば、己が為すべきことをしよう。

 それが友の意に報いる最高の返答だ。

 脳内に駆け巡る、世界を守る手立て……その数は思い浮かんでくるという表現に至る様な数ではないが確かにあった。

 

「3分だ──時間を稼いでくれ」

 

 必要な時間。それを告げると友へと頷く。

 

「了解した──その180秒、命を賭して稼ごう」

 

 返された言葉にその身を翻すと、ゼタの手を掴み駆け出した。

 

「ゼタ、来い!」

 

「え、あっちょっと!?」

 

 

 始まる戦いの音を背中に感じながら、セルグとゼタは足を早めて駆けた。

 

 

 向かう先は、この戦いの鍵を握る双子の元へ……

 

 

 

 

 




まずは仕事とコロナの影響で長らく更新が滞ったことを謝らせてください。

本当にごめんなさい。

ようやっとというべきか、落ち着きを取り戻しずっと低下していたモチベも戻ってきて何とか更新した次第でございます。

大変長らくお待たせしてしまった分、年内中に完結へと持っていきますので、
本当に……ホントの本当にもう終わらせますので、最後までお付き合いいただければ幸いです。

それでは。
読者様がお楽しみいただければ幸いです。

本編完結間近という事で今後の参考に。完結後読みたいと思うのは

  • 色んなキャラとのフェイトエピソード
  • 劇場版。どうして空は蒼いのか連載
  • イベント。四騎士シリーズ連載
  • 次なる舞台。ナルグランデへ、、、
  • その他(要望に応える感じ)

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