granblue fantasy その手が守るもの 作:水玉模様
周年でやること増えて執筆止まってしまいましたが、また再開致します。
どうぞお楽しみください。
「はぁあ!!」
禍々しく彩られた魔晶の光を打ち消し、ブルトガングが閃いた。
砕けていくフリーシアの身体。正確には魔晶によって構成された、巨大な蜘蛛を模した肉体ではあるが、それが次々と打ち砕かれていく。
八本あった脚は二本に。支えきれなくなった身体が無様に転げまわるが、そこは魔晶がベースとなった肉体だ。
未来を捨てた捨て身のフリーシアは瞬く間に魔晶の肉体を再生していく。
「ちっ、キリがない」
「お判りでショウ? アナタと言えど、この変異したカラだを全て砕くコトは不可能。魔晶の貯蔵も潤沢なこの躰ハ、世界の改変がハジマルまで十二分にもつ──まだ、アラガイますか?」
勝ち誇った様子が、巨大な蜘蛛の中に埋まっているフリーシアから感じられアポロの神経を逆撫でる。
確かに、アーカーシャが起動し、自身もここで足を止められている。このまま世界が創りかえられれば、彼女の勝利だろう。
だが、アポロの胸中に焦りは無い。
既に賽は投げられた。足を止められているのはフリーシアも同じであり、フリーシアにとってはアーカーシャ、アポロにとってはグランとジータが切り札である。
既にこの戦いの行く故はこの場に残る彼女達ではなく、この先に待ち、この先に行った者達に委ねられているのだ。
ならば、アポロが今するべきことは一つ。
「何度も言わせるなフリーシア。私がやることは変わらん……今ここで貴様を滅ぼし、私は貴様との因縁にケリをつけよう」
「余裕デスネ。あの小僧共がアーカーシャをトメられると? 何を根拠にソンナ世迷い事──」
「この私が信ずるに値すると託した。それで根拠としては十分だろう?
スツルム、ドランク! いつまで梃子摺っているつもりだ。さっさと片付けろ!」
叱咤するようなアポロの罵倒に、ドランクが肩をすくめ、スツルムは苦虫を噛み潰したように表情を歪めているのが見えた。
あちこちに受けた傷と肩で息をする姿が、二人の今の状態を表していた。
ポンメルンとの激戦。更に、ユグドラシルと同様に、魔晶によってマリスとなったリヴァイアサンとミスラを二人で相手にしていたのだ。戦いの激しさは推して知るべしといえる。
だが、余裕がないことはわかっていても、自分と腹心の部下の二人が、目の前の女が用意した相手に苦戦するのは許せない心境であった。
「ハハっ、簡単に言ってくれちゃうんだからもう!」
「良いだろう、やってやるさ!」
そんな満身創痍の身体に鞭を打って、呼ばれた二人は並び立つ。
主の声に奮い立つ心のままに、最後のチカラを振り絞った。
「援護は任せてよ──スツルム殿」
「容赦はしない──これで決めるぞ、ドランク」
普段がどうであれ、長きにわたって連れ添った相棒だからこそわかることがある。
勝負所のここで何をするのか、どんな手段に出るのか。それは言葉にせずとも伝わり、故に口から出たのは決意の言葉だけ。
手に持つ宝玉を放り投げたドランクは、大舞台で劇でも演じるように両手を広げて俯いた。その両手に宝玉が落下してくると手に収まる前にふわふわと浮遊していた。
俯いていたドランクが顔を挙げると、そこには軽薄な笑みから不敵な笑みへと──普段より少しだけ真面目なドランクの姿があった。
「さぁ、ちくっと本気の僕を見せてあげよう」
浮遊した宝玉が光を纏う。それは薄い膜のようになって円周上に広がっていき、光の円板を形取った。
「いくよ、スツルム殿」
小さな呟きが聞こえる前に、隣にいたはずのスツルムは駆けだしていた。
スツルムが両手に持ったショートソードに炎が灯る。駆けだしたスツルムの速さはすさまじく、炎の軌跡が尾となって後を引いていた。
迎撃に入るミスラとリヴァイアサン。ミスラは歯車を飛ばし、リヴァイアサンは水流を放つ準備に入る。
迎撃に放たれた歯車の一団がスツルムの正面から迫る。だが、彼女には回避も防御の気配もなかった。
それは、当たらないことを知っているから──
「待ってましたぁ!」
スツルムへと襲い掛かる歯車が甲高い音と共に弾かれる。
ドランクが持っていた宝玉の一つが光の円を纏い、回転しながら歯車を弾いていた。続く歯車をもう一つの宝玉が。さらに次の歯車を先の宝玉が……二つの宝玉がスツルムに迫る脅威を打ち破っていく。
トリッキーな魔法で翻弄するドランクの、最大の奥義“ナインス・アワー”。それは宝玉を光の刃で強化してぶつける、魔法使いらしくない技。
多彩な魔法で戦う彼らしくないからこそ、彼らしい。物理的な攻撃に寄った意表を突く奥義である。
だが、その威力は十分。彼の魔導の才によって強化された宝玉は、刃としての役割を十二分に全うする。
ましてやそれが彼の意志により縦横無尽に飛び交うのだ。下手な魔法よりよほど脅威である。
その証拠に、ミスラの歯車は見事に弾かれ、砕かれている。
ドランクの援護を受けながら、スツルムはミスラとリヴァイアサンへと接近していく。
だが、ミスラがダメでもリヴァイアサンが居る。準備を完了したリヴァイアサンが、大量の水を纏って待ち構えていた。
螺旋を描き大量の水が加速していくと、リヴァイアサンの咆哮と共にスツルム目掛けて放たれた。
このまま行けば津波の如く押し寄せる水流が、スツルムを圧殺するだろう。
──それでも、スツルムに止まる気配は見当たらない。
「そのままだよー、あれも僕にお任せってね!」
光の円板を巨大化。ドランクの指示に従い宝玉はスツルムの前方へと展開していく。
同時、リヴァイアサンより放たれた水の壁がスツルムの行く手を阻んだ。
彼女が小柄なドラフであるが故に、尚の事水の壁は大きく見えるだろう。が、臆さずにスツルムは飛び込んでいく。
水飛沫と轟音が上がった。
そのまま飲み込まれたか……そう思われる刹那、水飛沫を上げる事なく激流の中からスツルムが飛び出してきた。
ドランクのナインス・アワーが、スツルムの前方に展開し巨大な水の壁を切り開いていたのだ。
故にスツルムはそのまま距離を詰めていき飛び出すことができた。
烈火の二刀と炎を纏い、リヴァイアサンとミスラの間へと。
「流石だドランク……後は、私の仕事だ!」
種族故の膂力、そこに女性らしいしなやかな動きが加わる。振るわれるショートソードが二閃。
炎の軌跡を残しながら斬撃を放ち、ミスラとリヴァイアサンへと叩き込まれる。斬りつけ、焼く……彼女の攻撃は二つの顔を持った攻撃だ。
だがこれで終わりであるわけがない。飛び出した中空で、舞のように振るわれるスツルムの斬撃は、最初の二閃からすぐに加速度的に増えていく。
斬る、斬る、斬る。噴出した炎が彼女の剣速を引き上げ、取り回しの良いショートソード故にその勢いはとどまることを知らない。
無数の斬撃を以て相手を刻む、スツルムの奥義“フロム・ヘル”が無防備であったリヴァイアサンとミスラを一息で切り刻んだ。
再生の暇すら与えず、高密度の斬撃がコアを容易に斬り砕く。このスツルムの一撃で、リヴァイアサンとミスラはコアを砕かれ魔晶の塵へと還った。
だが──これで終わりではない。
轟音と主に、別の場所から水飛沫が上がる。出所はリヴァイアサンの水流の余波が及んだアポロの下。
降りぬかれたブルトガングが水の壁を断ち切っており、黒鎧の兜の奥で鋭い眼光が煌めいていた。
「上々だ──その傷ついた体でよくやってくれた。これで私はこの女に集中できる。
喜べ、この戦いが終わった暁にはお前達には十分な報酬を約束してやろう」
珍しく。本当に珍しく素直な賞賛の言葉であった。
チカラを使い果たしてへたり込むスツルムとドランクの二人が呆けて目を見合わせる程に。
そして二人の活躍に対抗するように、アポロの気配が膨れ上がった。
威風堂々と大蜘蛛になったフリーシアを見据え、ゆっくりと歩みを進めていく。
ブルトガングに光が灯り、予感させるは絶大なチカラを乗せた彼女の最強の一撃。
「これ以上無様は晒さん──この一撃で終わらせよう、フリーシア」
全身から漏れ出る強者の気配。留まることを知らないチカラの胎動。
最強を冠する七曜の騎士。その名に恥じぬ、絶対的強者の姿であった。
「小娘ガ……デキルとおもうなぁ!!」
気圧されたフリーシアがアポロへと数本、脚を伸ばして貫こうとする。
だが、一瞬。わずかに視界に走った閃光が過ぎると全ての脚は砕かれた。
なんてことはない、彼女が得意とする詠唱破棄の魔法クアッドスペルが、最速を以てフリーシアの脚を撃ち貫いたのだ。
「な、なんダト……」
狼狽えるフリーシアだが、すぐさま再生は進んでいく。再生が終わると同時に再び繰り出される脚が幾度もアポロを貫こうとするが、それが当たることは無い。
仕方ないだろう。元々戦闘力においてアポロとフリーシアの間には隔絶された差がある。攻撃事態は単調であり、牽制も何もない数だけの攻撃など、アポロにしてみれば取るに足らないのだ。
最初の奇襲こそ成功しアポロに手傷を負わせたもののそれだけ。魔晶の耐久力のせいで膠着状態にはなっていたが、耐久力だけで御せる程、七曜の座は軽くないのである。
「先程問うたな、まだ抗うのかと……これがその答えだ」
ブルトガングの光が強まっていく。
しかし、アポロの心はそれに反して穏やかであった。
抗うのか──先程のフリーシアの言葉に世界の終わりを意識する。だがその際に脳裏に過ぎったのは、取り戻すと誓った大切なヒトと、健気に自身へと心配を寄せる忌まわしきヒト。
同一でありながら違う、二人のヒトであった。
瞬間、アポロは一つの真実を悟る。
アポロは嘗て大切なものを失ってしまった。だが、失ってしまったと同時に得たものがあった。
いつの間にか守るべき大切なものは、一つではなくなってしまったのだと。
まだ、取り戻せていない。
まだ、失うわけにもいかない。
二つになった大切なものを守るためにこんなところで負けられるわけがないと。
誓いと覚悟で雁字搦めだったはずの彼女の心は、更なる枷をかけながらも素直に自身の心の変化を受け入れた。
素直にその先の言葉を紡いだ。
二人のオルキスが生きるこの世界を守って見せる、と。
彼女の想いに呼応するかのようにブルトガングは鳴動する。
七曜の剣の一振り。そのチカラが今、彼女の真なる覚悟に触れて解き放たれていく。
闇のチカラが膨れ、黒い光が集う。
その気配はこれまでの彼女の奥義を凌駕する一撃を、確かに予感させるものだった。
戦士ではないフリーシアでも容易にわかるその気配に、彼女は慌てて脚を伸ばした。だが、それが届くより先にアポロが告げる。
──確信と共に放たれる勝利宣言を。
「受けろ。これが、私の覚悟の証だ──“無明剣”」
決意の言葉と共にブルトガングが閃く。
三度──振るわれたアポロの剣は、迫りくるフリーシアの攻撃を切り裂き、無へと還す。
即座に再生を施し、追撃に入ろうとするフリーシア。だが、再生は起きなかった。
惑うフリーシアを尻目にアポロはブルトガングに秘められたチカラを全て開放。グランの七星剣同様に、強大なチカラで肥大化した剣を振り上げた。
大きな、黒い光の一閃がフリーシアを断ち切る。
差し向けられた脚の全てを砕き、巨大な蜘蛛となったフリーシアを真っ二つへと。アポロの一撃は芸術とすら思えるほど綺麗な一太刀となってフリーシアを切り裂いた。
無明剣──それは一点の明かりすら存在しない、即ち“無”へと還す究極奥義。
星晶や魔晶のチカラを打ち消せる七曜の剣であっても、創り出された肉体は消せない。魔晶によって瞬く間に再生が施されるフリーシアは本来ブルトガングのチカラでは消せないはずであった。
だが、アポロの想いに応え全てのチカラを開放したブルトガング。そしてそのチカラをアポロが昇華。
その結果編み出されたのが切り裂いた全てを無に帰す究極の剣閃、無明剣である。
「がっ、ば、ばかな!?」
外装であった魔晶の肉体が滅び、転がり落ちるフリーシアの本体。幸運にも無明剣に本体が切りつけられてはいなかったようだが、その肉体は負担度外視の魔晶の行使により死の間際である。
放っておいてもすぐに崩壊するであろう彼女を見下ろして、アポロは静かに口を開いた。
「終わりだ、フリーシア……貴様の野望はここで潰える」
「ふっ、既にアーカーシャの起動は成っているのです。私の勝ちは揺るぎませんよ」
虫の息を体現するかのようにか細い声でありながら、アポロに返すフリーシアの顔は勝利を確信していた。
いまここでアポロに倒されることも、自身の命が尽きる事ですら彼女にとっては想定の範囲内。全てはアーカーシャによる歴史改変によって無意味になる。
今のこの状況に……死を目の前にしたこの現状ですら、彼女には一分の後悔も無かった。
だが、勝利を確信しているという意味であればアポロも変わらない。
グランとジータ。自身が信頼し、未来を託した二人が仕損じるとは思えない。ロキの言葉が本当であれば、彼らはいわゆる世界の庇護者だ。特異点などと曖昧な言葉に踊らされるつもりはなかったが、確かに彼らのこれまでを振り返れば運命的という他ない旅路を歩んできている。
事実として、彼らの旅は特異点という存在を思わせるだけの何かがあることはアポロ自身も感じ取っていた。
ならば、彼らに負けは無い。
アポロもまた、その未来を確信していた。
「そうか────なら、最後の勝負だな。互いに信じた未来のどちらに転ぶか」
横たわったフリーシアの隣に腰を下ろし、アポロは兜を取り外した。
露わになった彼女の顔には血の気が無い。最初の奇襲からこれまで、多量の出血を感じさせずに戦ってはいたものの、やはり肉体は正直であった。
失われた血は確実に彼女の身体から力を奪い、死への道を歩ませていたのだ。
「随分、酷い顔をしていますね」
「おかげさまでな」
互いに相容れなかった二人は戦いが終わった静寂の中、奇妙な心地で言葉を交わす。
世界の行く末は既に彼女達の手が届く所にあらず。後は座して待つだけの状況だからであろうか。
戦いに決着がついた今、敵同士であった二人の胸中はどこか穏やかであった。
「一足先に逝ってますよ。私の望みが叶おうと叶うまいと、今ここに居る私の結末は変わりません」
穏やかな心のままフリーシアの感覚が消えていく。
自身の全てを犠牲にしたチカラの行使。その反動がこの僅かな合間にフリーシアの肉体の崩壊を加速させていた。
崩れていく体。薄れゆく意識。もう残された時間は幾らもないだろう。
そんなフリーシアを一瞥しアポロは口を開いた。
「眠れフリーシア。小僧共が勝った時には墓くらいは建ててやる」
「ふっ、本当に最後まで……気に食わない……小娘……です……ね……」
最後に憎まれ口を叩いて、エルステ帝国宰相フリーシアは塵となって消えた。
どこかやるせない寂しさを、アポロの胸に残しながら。
「全く、最後までこの私を小娘扱いとは恐れ入る。まぁあいつから見ればそれも……間違いでは……なかった……か……」
空虚となったそこを見つめて、アポロもまたその意識をゆっくりと暗闇へと沈めていく。
遠巻きに見守っていた傭兵二人がその様子に慌てふためく中、エルステ帝国との戦いは今ここに決着するのだった。
──────────
「ここ、は?」
暗闇に溶けていくような虚ろな意識から、ルリアは覚醒した。
周囲に人の気配は無い。それどころか、覚醒したルリアが視界に収めたのは全てを無に還した様な暗闇だけであった。
直前の出来事を思い起こし、足元がなくなる様な恐怖がルリアを襲う。
アーカーシャに取り込まれた事。そこから推測できる世界の崩壊。もしやこの空間は世界が創り直される前の無だけが残る空間なのではないかと。
だが、その考えを否定するように。ルリアの視界は暗闇以外の何かを捉えた。
──待っていたよ、ルリア
ぞわりと全身が悪寒に震える。
呼び起こされるは直前の記憶──アーカーシャに取り込まれる前に感じ取った、ヒトの根源を揺さぶる様な恐怖の気配。
全身を凍り付かせるような仄暗い声と共にルリアの前に現れたのは、一人の少女であった。
背格好はルリアと同じくらいだろうか。いや、よく見れば髪型も、衣装も、顔ですらまるでルリアを模したようにそっくりである。
「──貴方が、アーカーシャ?」
唯一違うのはその色合い。蒼い髪をなびかせるルリアとは違い、髪に限らず全身が灰色を纏ったような色合いをしていた。
──ずっと待っていた。鍵である貴方が私の下へ来るのをずっと
「──鍵、ですか? 私があなたの?」
震える声を押さえつけ、ルリアは何とか言葉を交わした。
模しているルリアと同じ声でありながら、無機質で平坦な声はやはり生き物の気配を感じさせず。
得体のしれない者への恐怖がルリアの身体を強張らせる。
──私が創られたのは貴方が生まれるずっとずっと後の話だけれど。私が十全に機能するためには貴方が必要だった。
「機能する? 一体どういう……っ!?」
瞬間、ルリアの脳裏に膨大な量の光景が過ぎった。
規則性も何も無い。例えていうなら世界中に己の分身が存在してそれらが見ている映像を一度に見せられているような、理解する余裕もない圧倒的な情報量を湛えた光景だった。
「今の、は?」
──世界の記憶。幾千幾万と続いてきたこの世界の歴史。世界の始まりから今に至り、更には未来すらも網羅した、この世界の記録……アカシックレコード。
思わずルリアは息をのんだ。
過去から今に至るまでの記録であれば、星晶獣ヴェリウスでも見せられるだろう。記録を司る星晶獣ヴェリウスという例がある以上、その程度では驚きはしない。
だが、未来すらも網羅しているとなれば別だ。まだ確定していない未来、それすらも網羅しているのであれば、それを見せられるのは人知を超えた何か──神の所業だ。
──何を驚いているの? 世界の記憶を見せたのは何も私の機能を教えるためではない、貴方の機能を確かめる為。
「どういう事ですか?」
──星晶獣アーカーシャの機能は世界に関わる全ての事象の統括、及び管理。故にその機能の使用者は世界の記憶への接続を必要とする。星の民でも、空の民でも、ヒトの身ではその情報量に耐え切れず扱えない。
相変わらず淡々と紡がれる言葉ではあったが、どこかそこには熱が混じってきていた。
生きた兵器。意思を持つ星晶獣故の、決して無くすことのできない感情の波。それが先程ルリアに世界の記憶を見せた時から垣間見えていた。
──でも貴方は違う。短い時間ではあったけど、貴方は世界の記憶に触れて平然としている。これがどういう事かわかるでしょう。
「私は……ヒトじゃない」
──その通り。世界の記憶に触れて耐えることができる人知を超えた存在。数多の星晶獣を生み出した星の民。その星の民を生み出した星の世界、その生みの親……星の神の
「星の神の……別身」
惑うルリアを尻目に、ルリアを模したアーカーシャが動き出す。
静かにゆっくりと、だが決してその視線は目の前のルリアから離さないまま、歩みを進めていく。
その気配を察知しルリアが後ずさろうとするが、この不可思議な空間はアーカーシャが支配しているのか、ルリアは指一本動かせないまま待つことしかできなかった。
──さぁルリア。一つになりましょう……そうすれば私は完全なる覚醒を迎え世界を創り直せる。
「なんで……そんなことができるのに。フリーシアさんの言う事を聞き入れるんですか。それをやってしまえば、貴方だって生まれなくなっちゃうんですよ!」
焦ったように叫ぶルリアの言葉に喜色が浮かんできていたアーカーシャの表情が元に戻る。
歩みを止めたアーカーシャはまた元の平坦な声音となって答えた。
──例え世界を創りかえられる機能を持っていようと、星晶獣は星晶獣。造物主たる星の民が下した命令には逆らえない。
「造物主って……まさか」
──星の民の生き残り。最後の管理者は覚醒していない私へ先んじて機能の要請を予約している。覚醒と同時に行使されるのは過去の改ざん。空の世界に星の民が来なかった世界を創ることが確約されている。
「だったら猶更、覚醒なんてしちゃ──」
──ルリア、分かっている筈。仮に今それを回避したとしても、空の世界が終わることは変わらない。
ルリアがまたも息をのんだ。
アーカーシャの言葉に何かを察したように視線が揺れ、必死に後ずさろうとしていた体は完全に動きを止めた。
目の前の星晶獣が放った言葉の意味を、理解していた。
──さっき垣間見たでしょう。ここで私を止めても、遠からず空の世界は終わりを迎える。
「そんな……事」
否定しようとするもその言葉は続かなかった。
世界の記憶に触れた時、膨大な光景の中から確かに、ルリアはある光景を見て取っていた。
それは空の世界が赤く染まり、虚無へと崩れ消えていく悪夢のような光景。
アーカーシャが言うように世界の終わりと呼ぶに相応しい。全てが消えていく、世界の終わりの記憶であった。
──仔細を知る必要はない。でも世界の記憶にある以上、空の世界はそれを迎える。
「違う、違います! まだあんな風になると決まったわけじゃありません!」
振り払うようにルリアはアーカーシャの言葉を否定した。
確定していない、まだ見ぬ未来。そこに世界の終わりが予見されていようと、世界の記憶等という不確かな光景の全てを信じるわけにはいかなかった。
──ルリア。私と貴方が一つになれば、終わりが約束されたこの世界を変えられる。今の世界は無くなるけれど、代わりに終わりのない世界が創れる。どちらが良いかなんてわかる筈。
「いやっ! そんなの、絶対にいやっ!!」
半ば涙を流しそうになりながら、ルリアは頭を振ってアーカーシャを拒絶する。
カタリナが、グランとジータが……大切な人達が生きるこの世界が終わる等と。そんなこと認めたくない。
まだ見ぬ未来を恐れてアーカーシャを受け入れる等、できるわけがない。
恐怖を押し殺し、ルリアはアーカーシャを睨みつけた。
──そう。どうあっても、終わりの未来を受け入れるというの。
吐き出された言葉は、熱のない無機質な声音だった筈が、妙に冷たく感じられた。
これもまたアーカーシャの少なく小さな感情の揺れなのだろう。ルリアに拒絶されたアーカーシャの気配は間違いなく冷たいものへと変わっていた。
──創造主の願いを叶えるためには、完全なる覚醒が必要だった。そしてそれにはどうしても鍵となる貴方と、使用者となる貴方の意志が必要だった。でも、代案なんて腐るほどある。
「創造……主。願い?」
恐怖こそ呼び起こすものの害意は感じられなかったアーカーシャの変化に、ルリアの表情が引き攣っていく。
何か取り返しのつかない失敗をしてしまったような……胸を揺さぶる不安に首を振ることしかできなかった。
──管理者が要請を予約するよりも遥か先。まだ原型しかできていなかった私に創造主は組み込んだ。いつか私の機能が完全なる覚醒を迎えた時、神が創造した世界をリセットするように。ルリア、私の目的は創造主の願いを叶える事。その為であれば貴方が持つ機能の一部を壊す事も厭わない。
平坦な声でありながら力の籠った、そんな不思議な決意の声と共にアーカーシャが手を翻した。
何もない暗闇の空間。翳された手に合わせて、そこに何かが映りだす。
それを見た瞬間、ルリアは目を見開いて慄いた。
「あぁ……そん……な……いやぁ……」
見ることを拒否するように震えた声が絞り出されるが、その声に反してルリアの視線はそこから外れない。
外せるわけがない。そこには先程思い浮かべた大切な人達が映っている。
──ゆっくり眺めるといい。貴方のその意思が壊れるまで。
「いやぁあああ!!」
絶命するまで痛めつけられた大切な人達の姿を見て、ルリアの悲痛な叫びが木霊した。
──────────―
「ヴェル、援護しろ。突っ込む」
“心得た”
剣翼を展開。制御を黒翼担うヴェルに任せて剣の雨を降らせると、セルグはそのまま天ノ尾羽張と共に吶喊。
炎と風を纏った火尖鎗で上空からアーカーシャを打ち砕きにかかった。
「ゼタ!!」
呼びつけられたゼタもアルベスのチカラを一挙に解放。プロミネンスダイブによるセルグとの同時攻撃を敢行する。
だが──
「ダメかっ!?」
「これでもっ!?」
叩き込まれた攻撃はどちらも届かずにチカラが霧散していく。
事象の改変。攻撃に付加されたチカラを無かったことにされ全力の一撃をかき消されたセルグとゼタの攻撃は不発に終わった。
「二人共離れて!」
惑いは一瞬。即座に反撃に移ってきたアーカーシャの巨大な腕による攻撃を回避して離れると、入れ替わるようにグランが飛び込んでくる。
「おぉおおお!!」
光を纏う七星剣が一閃。伸ばされた腕を幾本も切り落としそのまま本体へと振り下ろした。
焼き増しのように消えていく光。グランの七星剣に宿ったチカラもアーカーシャの能力によって打ち消され無力化されていく。
だがそんなことはグランとて百も承知だ。
「まだだぁああ!!」
ウェポンバーストの発動で即座に取り戻すチカラ。
再び宿る金色の輝きを、グランはアーカーシャへと振り下ろした。
「グラン、だめっ!!」
「なにっ──ぐぁ!?」
ジータの声に反応するが僅かに遅かった。攻撃に傾注していた意識の外から、巨大な火球がグランの身体を殴りつけるように打つ。
爆裂と同時に吹き飛ばされるグラン。着こんでいる鎧は半ば砕けて熱を持ち、肌を焼きながら痛苦となってグランを襲う。
「ちっ……リアス、離れてグランの治療に回れ!」
“うん、任せて”
セルグの背にあった白の翼が消え、代わりに鳥となって飛び出す。白の鳥リアスがグランへと寄り添い翼で包みこむと、淡い光がグランの身体を癒していく。と同時に、今度はジータが前線へと躍り出た。
「援護します。二人でダメなら三人です!!」
アーカーシャに向けて四つの魔法陣を展開。並行して強化魔法チェイサーをセルグとゼタに付与。これまでの戦いで練度を増してきたジータの魔法はこれらを瞬時に終える。
チェイサーの付与でセルグとゼタもジータの意図を読み取り攻撃態勢へ移行。
「エーテルブラスト・ディバイド!!」
「多刃!!」
「シリウスレイド!」
三位一体。三方向からの一斉攻撃がアーカーシャを襲う。
機銃の掃射の如く放たれる四色の魔法。一瞬の内に放たれた都度十を超える剣閃。そして青く煌めく槍の乱舞。
どれもがマリスとなった星晶獣すら倒せそうな、規格外の威力を持つ攻撃であろう。
ジータが。セルグが。ゼタが。
アーカーシャの能力を上回るべく、全てを掛けて攻撃を続ける。
「ちぃ、まだ届かないか!」
それでも尚、アーカーシャには届かない。
無力化によって爆炎すら巻き起こらない静かな攻防は、やはりアーカーシャに軍配が上がっていた。
「ここだぁあああ!!」
静かな空間を切り裂くようにグランの咆哮が響き渡る。
無力化に次ぐ無力化。三方向からの三人の攻撃を全て受け切ったアーカーシャの直上より、回復したグランが七星剣を振り下ろす。
金色に光る剣に、アーカーシャは巨大な火球エンシェントフレアで“防御”にでた。
その瞬間、何かを悟った三人が即座に動く。
「リアス!!」
「アルベス!!」
セルグの声に再び飛翔した白の鳥がグランの前に躍り出て踏み台となると、その先でアルベスの槍の分身体がエンシェントフレアの盾となり爆散させる。
「行って、グラン!!」
ジータは瞬時に組み上げたエレメンタルフォースでグランのチカラを底上げ。
アルベスによって誘爆したエンシェントフレアの爆炎を切り裂き、グランはアーカーシャの懐へと飛び込んだ。
「北斗──大極閃!!」
肥大化した光の剣を一閃。ルリアが囚われている仮面のような部分を避け、アーカーシャを上から下まで大きく切りつけた。
アーカーシャに引かれる一筋の光の線──グランの攻撃が遂にアーカーシャへと届いたのだ。
「届いた!!」
思わず挙がったグランの声に、残りの三人もアーカーシャを見やりながら頷いた。
これまで一つとして有効とならなかった攻撃であったが、今ようやく一撃を叩き込むことができた。
そしてアーカーシャの攻略法についても概ね理解ができたと言える。
“小娘の読み通りであったようだな”
「あぁ、頭の中で魔法を構築し行使するのと同様。能力を使い攻撃を無力化するのなら、その分だけ能力の行使にリソースを割かなければならない」
「だったら無力化には限界がある。同時攻撃や無力化の直後には必ず攻撃が通る筈……だったわね」
先程の攻撃。
ジータ、セルグ、ゼタによる同時攻撃を無力化するために能力を行使したアーカーシャは続くグランの攻撃に事象の改変による無力化ではなく、エンシェントフレアによる迎撃をとった。
それはつまり、他に手段がなかった。無力化をしなかったのではなくできなかったと取れる。
そも事象の改変ができるのであればこうして戦う必要などなく、彼らの存在を無かったものにしてしまえば良いはずなのだ。
彼らが消されずに戦っている以上、アーカーシャの覚醒は完全なものではなく、その能力も一端しか扱えていないのだろう。
「正直、当たっているかは微妙なところでしたけどね……魔法の並行発動とかやってたからなんとなくそんな気がしたっていうだけで」
「でも大きな一歩だ。攻撃が届くとわかった以上、後はこのまま──」
並び立つ四人は光明が見えて意気を上げる。
対するアーカーシャはグランに斬り付けられたのを最後に沈黙。動きを止めて微動だにしていなかった。
──それは嵐の前の、最後の静けさだったのかもしれない。
ぴくりと僅かに動いた躯の手がにわかに震えだす。震えはアーカーシャの全身に伝わり、更には空間を伝搬して彼らにまで伝わる。
意思とは無関係に震える身体を押さえつけようとして、彼らはそれが自身の震えではないことを悟った。
「なんなんだ……この揺れは」
「もしかして、これもアーカーシャのチカラ!?」
思わず慄くグランとジータ。
文字通り今、世界が震えていた。
島を跨ぎ、空域を跨ぎ、空の世界の全てが彼の者に怯えて震えていた。
「──セルグ、これって」
「恐らく、起動の段階がまた一つ進んだ。この揺れは、世界の書き換えまでいよいよ秒読みってことだろうな」
「そう、だったら……急ぐまでよ!」
事が始まる前に終わらようと、ゼタが駆けだす。グランが斬り付けた一筋の線に向けて更なる追撃を加えようと槍を振りかぶった。
瞬間、ゼタの視界は閃光で白く染まる。
アーカーシャの内側から爆発したかのようにあふれだす光。グランがつけた一筋の線からみるみるうちに亀裂が入っていき、埋めつくす閃光と共にアーカーシャの身体が砕けていく。
閃光と衝撃にゼタが弾き出され、眩い光の中から変貌を遂げたアーカーシャが姿を現した。
強靭な多腕を備えた白い体はヒトの上半身に近しいだろうか。背負う羽は増え、素早い動きすら可能になったその姿はどこか神聖さを感じさせる。
対して下に伸びる下半身は海洋生物をいくつも取ってつけたようなおぞましいものへと変わっており、相反するその印象にはやはりまともな生物の気配を感じられない。
「これが、アーカーシャの本当の……」
「呆けるなジータ!! 来るぞ!!」
頭部に当たる部分にぼんやりと灯る光が明滅すると、アーカーシャの周囲の空間が歪み始めた。
展開されるはいくつもの光を湛えた穴。まるでジータの魔法陣を模倣したようにそこから巨大な閃光が幾本も発射される。
“いやぁああああ!! ”
悲鳴となって届いた聞き慣れた声と共に、閃光は四人の身体を撃ち貫いたのだった。
いかがでしたでしょうか。
残り僅かな本作、お楽しみいただければ幸いでございます。
本編完結間近という事で今後の参考に。完結後読みたいと思うのは
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色んなキャラとのフェイトエピソード
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劇場版。どうして空は蒼いのか連載
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イベント。四騎士シリーズ連載
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次なる舞台。ナルグランデへ、、、
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その他(要望に応える感じ)