granblue fantasy その手が守るもの 作:水玉模様
──星晶獣アーカーシャ。
その名を知る者は決して多く無いだろう。
何故なら、彼の星晶獣が歴史上に登場したことは一度たりとも無いのだから。
現存する文献など存在しない。出所の不明な、噂話や御伽噺の類の中にのみその存在は語られ、何故か脈々と潰えることなく空の世界に語り継がれてきた。正に架空の星晶獣である。
そう、架空の星晶獣のはずであった……
星晶獣アーカーシャは実在をしていた。
数百年と遡り、数百年と続いていた覇空戦争末期。
空の民との戦いの最中、星の民が最後の切り札として創り出した、究極の星晶獣。
過去、現在、未来の全ての歴史を管理し、書き換える事ができるという、神の所業……いや、神をも超える能力を与えられて生み出されたもの。それが星晶獣アーカーシャであった。
だがそれならば。
何故、覇空戦争で星の民は負けたのか。
神を超える星晶獣は、何故一度も歴史に名を残すことなく、その存在を闇へと葬られたのか。
アーカーシャの名前を知る、極僅かな者はこう語る。
曰く、余りの埒外な能力に星の民ですら使う事を恐れたのだろうと。
曰く、空の民にとっても逆転の切り札となりえる性能故に、鹵獲されてしまう前に廃棄をしたと。
当時の星の民がこれを聞いたなら鼻で笑っただろう。
バハムートすら手中に収めんとした星の民が恐れるもの等あるものかと。
脆弱な空の民に奪われる事など、あるわけがないだろうと。
その通りだ。良くも悪くも空の民を圧倒的に見下し、自分達を神と同列に語れるような星の民が、そんな理由でアーカーシャの使用を躊躇うなどあり得ない。
アーカーシャの能力を考えれば使用を躊躇う事など、どんな理由があっても存在しないだろう。
では、何故……答えは至極簡単であった。
星晶獣アーカーシャは完成していなかった。
いや、これには少し語弊がある。正確に述べるのであれば恐らくこうだ。
完成した星晶獣アーカーシャを使用するには、星の民が未完成だった。
アーカーシャの使用。それは未来までも含めた世界の記憶、アカシックレコードを覗き見る事と同義である。
世界の起こりから始まり、世界の終わりに至るまでの、全ての事象を脳に叩きつけられるようなものだ。
膨大な時、膨大な世界、そこに刻まれたありとあらゆる事象。その情報量だけで、ヒトの脳は簡単にパンクする。
それが進化途上の空の民であろうと、完成されたと言われる星の民であろうと、関係は無い。
ヒトの枠に収まっていては、使用と同時にその能力を生かす暇無く死へと至るのだ。
扱えるのは。ヒトではない何か。それこそ、ヒトを超えた神に等しい存在でしか扱えない。
完成された埒外の能力を持っているが為に、アーカーシャは使用者に神と同等の存在を要求する未完成な星晶獣であった。
故に、星の民はこれを封印。
その能力をついぞ生かす事できないまま、彼らは歴史をなぞっていく。
覇空戦争に敗れ、星の民の存在は空の世界から消え……そして数百年の歳月が流れた。
だが、忘れてはならない。
彼のモノは星晶獣……生きた兵器なのだという事を。
封印されて僅かしか残らなかった自我が、数百年の歳月を以て覚醒へと至る。
だが自我があろうと、世界を変えるに足る判断基準が何もないアーカーシャには結局のところ何もできはしなかった。
アーカーシャ自身には、変えたい歴史などないのだ。
故に求めるのは自身の能力を求める使用者と……自身を使用するに値する“鍵”となる存在。
振りまかれた、
因果の鎖は絡まり解け、数百年の時を超えてアーカーシャは覚醒へと向けて歩みだしたのだ。
「ついに、動き出してしまったのか────このままでは、世界が」
空の果て。空の彼方。
騎空挺が飛べる高度限界を優に超える、空の世界を一望できるような彼方にて、世界の守護者たる少女は未来を視ていた。
視ていたといっても、未来の光景が見えるわけではない。彼女が推し量れるのはあくまで世界の脅威。それを感じ取れるだけである。
「既に世界は終幕に向かって歩き出してしまった……」
脳裏に描かれる終幕までの道筋。それに対抗しうる手を幾つも考えるが──難しい。
その存在の大きさ故に。そのチカラの強大さ故に。アーカーシャを破壊するために空の世界に顕現してしまえば、世界に大きな負担をかける。それは彼女が望むところではない。
「止める……しかないのだろうな」
だがどうやって?
自問自答が彼女の頭を過ぎっていく。
複雑に絡んだ空の世界の組織関係。幾多の国と組織が存在する世界で、彼女が頼れるのは世界の脅威となる存在の気配を感じ取れる事だけ。
どこにアーカーシャ起動に関わる存在がいるのか。皆目見当がつかなかった。
空の世界に降り、より近いところでその気配を感じ取る必要があった。
「────む、あれは」
ふと一望している空世界の片隅に、嫌な気配を感じた。
死の気配……もう間もなく死を迎えるであろう小さな気配である。
別段珍しくは無い。生物である以上抗えない定め。殊更それに同情を挟むような思考は持ち合わせていない。
幼子が一人、寒空の下の森の中。薄手の毛布に包まれ捨てられている。
もうさほど時を置かずにその命は途絶えるだろう。明瞭になって行く死の気配が、少女の想像を確信に変えていく。
「──それが定めであると言うのならば。私が手を出すべきことではない……だが」
目に付いた。普段なら取るに足らないその事象が。
ならばこの決断も、世界が予定した定めなのかもしれない。
己の存在を極限まで小さくして、少女は幼子の下へと顕現を果たした。
木々の根本に捨てられた幼子。そのすぐ傍に降り立った少女は、慈しむように幼子を抱く。
吐く息など既に感じられず、死の間際であることを察する。事情など知る由もないが、惨い仕打ちだと思うくらいは少女にもできた。
必然、安心させるように火のチカラを少し纏い、温かい手で撫でつけてやった。
「──すまないな。私は今から、そなたにもっと惨い事をする」
撫でつける合間に、彼女は準備を済ませて行く。
撫でている手とは逆の手を翳した。極限まで小さくした己の存在の一部を、光と共に幼子へと与えていく。
同時に、幼子の未来が見えてくるようであった。
これから先、決して平穏に生きる事敵わない。戦いと苦難の日々を……彼女は幻視した。
「許されないとはわかっている。だがそれでも──そなたを生み出す母として、そなたが幸せに生きる事を願わせて欲しい」
分け与えられた彼女の一部によって、幼子が息が吹き返す。
規則正しい寝息と、少しだけ成長が進んだ身体が、彼女の罪悪感を重くさせた。
彼女は今、守るべきであるヒトの子を殺し、己が使命の為にその存在を奪ったのだと。
目の前の幼子だった子供に、もう面影は残っていなかった。
「いつか、きっといつか。そなたが必要となる時が来る────だからそれまで」
再び木の根本へと寝かしつけ、その周囲に結界を展開。これで一晩の間は安全を確保できるだろう。
周囲に誰もいないことを確認して、少女は光の粒子となって還り始めた。
「強く生きてくれ────我が子よ」
零れた言葉には、多分に後悔が乗せられていた……
──────────
「ルリア!!」
オルキスとビィの声が重なると同時に、ルリアの姿が完全に彼らの前から消え去った。
まるで巨大な生物に丸呑みされるかのように、タワー屋上に捨てられていた白い布に、ルリアは取り込まれていったのだ。
瞬間、ソレは覚醒した。
脈打つ気配。目まぐるしく変化をしていく様相。
星晶獣らしい生物の印象は、まるで感じられない。
巨大な外套のように全身を覆っている白い布。その内側へ徐々に肉体と呼んでいいのかわからないナニカが形成されていく。
人間でいえば顔に位置するところには奇妙な仮面のようなものが。ルリアを浚っていった躯の手は2本しかないが、それとは対照的に、筋肉を高密度に圧縮したような腕が幾本も布の奥から伸び出ている。
足はない……代わりに巨大な海洋生物の面影をみせるような、ゆらゆらとヒレの様なものが後ろへと流れていた。
声は無い。音も無い。
それでもオルキスとビィはアーカーシャの声を聞いた。
甲高く高らかに鳴く鳥の声だろうか。世界を揺るがすような咆哮であろうか。
違う、それはどこか足元が覚束なくなるような、狂喜を示した笑い声の様な気がした。
「やべぇ……間違いねぇ。こいつが……」
「アー……カーシャ……」
呟く声は震えていた。
今ならわかる。あれ程までに震えていたルリアの様子の意味が。
聞こえた瞬間にわかる。これはどこまでも格の違う、次元の違う存在なのだと。
「──ルリアを、返して!」
震える身体を叱咤して、オルキスは手を翳した。
召喚、リヴァイアサン。呼び寄せた圧壊の水流がアーカーシャへと襲い掛かった。
が、水流はアーカーシャの手前で見えない何かに阻まれたかのように弾けた。
「だったら……」
再び翻す手。淡い光に包まれ、何かの共鳴を誘うように明滅を始める。
それはルーマシーの時と同じ、ルリアに対しての権限の行使だ。
「我、アルクスの名において……管理権限、星晶獣アーカーシャの停止を要請」
「オルキス、あぶねぇ!!」
返されたのは無機質なルリアの声ではなく、アーカーシャの巨大な腕であった。ハンマーのように振り下ろされた腕が、オルキスの目の前の地面を粉砕する。
「あぅ!?」
「ふんぎゃ!?」
オルキスを体当たりで押し飛ばしたビィと二人そろって、その衝撃に大きく吹き飛ばされてしまう。
屋上を転がるオルキスは、すぐに立とうとして僅かに眩暈を覚える。
当然だろう、彼女にとってこのように大きく吹き飛ばされて地面に転がるなど初めての経験だ。
直接戦闘をしたことのない彼女では、衝撃への耐性など無きに等しい。
「くっ、ミス──」
手を翳して呼び出そうとしたがもう遅かった。
目の前にはアーカーシャが迫ってきている。ルリア同様に、死を匂わせる躯の手が二本、オルキスを捉えようと伸びてきていた。
「オルキス、逃げろ!!」
ビィの叫びも虚しく、躯の手がオルキスの脚と腕をそれぞれ掴んだ。
躯の手がその見た目に合わぬ恐るべき力で、いとも簡単にオルキスを持ち上げた。
「ダメ、ビィこそ逃げ──」
まるで焼き増しの様な光景。ルリア同様に、アーカーシャの下へとオルキスが浚われていきそのまま……
「北斗大極閃!!」
次の瞬間、閃光が奔った。
ビィの背後より飛来する七つの光点が躯の腕を破壊する。
解放されたオルキスがアーカーシャから投げ出されるも、局所的に起こされた風魔法ウィンドによって、オルキスは床に投げ出されることもなく受け止められ、事なきを得た。
屋上へと至る入口。そこには七星剣と四天刃の二つを開放して構える、グランとジータの姿があった。
「ごめん、待たせたね」
「後は私達に任せて」
「グラン、ジータ!! 二人ともナイスタイミングだぜ!」
二人の登場に、思わずビィが顔を輝かせる。
先程まで完全に諦めの状況であったが、二人がいるならもう心配ない。そう思わせるだけの実力を、今の二人は持ち合わせているだろう。
「ありがとう……二人とも。あれが多分……アーカーシャ」
「うん、なんとなくわかる」
「ルリアが居ないのは、やっぱり……」
周囲にルリアの姿がないこと……オルキスが告げた言葉に二人が疑問を挟む余地は無かった。
ポンメルンより聞かされた情報はグランを通してジータにも伝わっている。
そして先程階下にいたときに感じ取ったアーカーシャ起動の気配────嫌でもその予測は付いた。
「よく分かんねえんだけど、あいつに取り込まれちまったんだ」
「でもこの感じ……どういう事なんだろう。なんだかあやふやな感じ」
ジータは怪訝な表情を浮かべながらアーカーシャを見やった。
確かに、鍵となるルリアを取り込み起動したのであればすぐに世界に何らかの変化があってもおかしくはなかった。
だがその兆候は見られず、未だアーカーシャは強大な気配を振りまいているだけで終わっている。
ジータの疑問にオルキスが口を開いた。
「多分……まだルリアを取り込んだことで起きた変化に追いついてない。扱いきれてなくて暴走に近い感じだと思う……」
「オルキス、それは本当なのか?」
「似てる……感じられる気配が」
グランの問いに頷くオルキスを見て、二人に光明が差した。
感じられるチカラの気配は未だ変化を続けている。確かにオルキスの言う通り、まだ変化の途上でありその能力を十全に発揮できないのだとしたら、まだこの世界に時間は残されているという事だ。
「つまり、まだ猶予はあるってことだな」
「そうだね。まだ世界は変えられない……今の内に」
獰猛な笑みと共に、二人は振り切った怒りをチカラへと変えていく。
感情は戦うチカラを生み、怒りは肉体の限界を押し上げる。
その手が握る得物に、今日何度目かわからない問いを再びかける。
“まだ行けるか? ”
胸中でかけられた問いに黄金の武器達が答える。
鋭く研ぎ澄まされていく集中の境地の中、互いの天星器は空高く光の咆哮を挙げた。
「「ルリアを返してもらう!!」」
グランとジータの声が、決戦の開幕を告げる合図となった。
「グラン、行って!」
思考加速。詠唱破棄。
ジータが最速で組み上げた魔法、エレメンタルフォースがグランのチカラを底上げする。
術式が効果を及ぼす頃には既に、グランも最速の踏み込みを以てアーカーシャの懐へと飛び込んでいた。
「うぉおお!!!」
極光纏う剣で一振り。技でもなんでもない、横なぎに振るったただの一閃。だがその威力は推して知るべし。
この戦いで死闘を潜り抜けきたグランのそれは、既に一撃が必殺。絶大なチカラを込めた不可避の速攻は、確実にアーカーシャを捉えていた。
「なにっ!?」
しかし、結果はグランの予想とは違う形で終わる。
何もない……ないはずの空間に、グランの七星剣は阻まれて動けずにいた。
「なんだ……この感触……」
「グラン! 離れて!」
一瞬、防がれた事と腕から伝わる感触に眉をしかめていたがジータの声に反応して後退。
即座に四色の閃光がアーカーシャを襲った。
しかし、それもまたアーカーシャに届く前に弾かれたように霧散する。
「なっ、一体なにが──っ!?」」
敵性存在を検知したアーカーシャは、すかさず二人へと強靭な腕を何本も伸ばして叩き潰そうとしてきた。
グランとジータはそれをきっちり対処。切り払い、打ち抜いて、迎撃をしてみせる。
「グラン、ジータ……多分、アーカーシャには攻撃が通用しない」
「何?」
「どういう事オルキスちゃん?」
割り込んできたオルキスの声を聞きながら二人は次々と迫りくる脅威を危なげなく回避していく。
起動時の気配こそ規格外の脅威を感じたアーカーシャであったが、既に百戦錬磨である人相手では分が悪いのか、なかなか有効打が見いだせないようである。
「リヴァイアサンの水流も、当たる前に弾かれた……アーカーシャに攻撃するにはあれを突破しないと」
「──特殊な能力であるという事か。ジータ、どう見る?」
「まだまだ皆目見当もつかない」
「ならまずは攻撃あるのみ。奴の秘密を暴くぞ」
「時間は掛けられないよ。アーカーシャがまともに機能し始めるまでどれだけ時間が残されてるのかはわからないんだから」
「上等!」
考える事を放棄するように、グランとジータは再び攻めに転じる。
「ジータ、チェイサーを!」
「了解!」
先程同様に、ジータの援護魔法を受けてグランは吶喊。
だが懐に飛び込む前に、その剣を振るう────七つの光点を収束した七連撃の北斗大極閃だ。
ジータによって増やした七連撃は倍の十四連撃の斬撃となってアーカーシャに放たれる。
だがこの攻撃もまた、アーカーシャの前に弾けて消えた。
「まだまだ!」
間髪入れずにジータが動いた。
四天刃に魔力を収束。それをアーカーシャの頭上に打ち放つと、弾けてアーカーシャへと降り注いだ。
「アローレイン!!」
降り注いだ魔力は矢となってアーカーシャを襲う。
その範囲はアーカーシャの全身を覆いつくすように。その数は数えきれないという陳腐な表現では足りない程に。
これまでの旅で成長してきたジータのアローレインは、空間を埋めつくすような超高密度の魔力矢を降らしていく。
だが、それでも────
「あれでも一本も刺さってないのかっ!?」
「そんな!」
驚愕から少しだけ二人の表情が焦燥に染まる。
グランの北斗大極閃は既に比類なき威力を持つであろう最強レベルの一撃だ。チェイサーを乗せたその攻撃はそう防ぎきれるものではない。
そしてジータのアローレインもまた、空間を埋めつくすレベルまで密度を上げた超魔法。一つ一つの威力は低くとも、その範囲は間違いなくアーカーシャの身体全てを覆っていた。
そのどちらもが、まったくダメージを与えられなかったのだ。
アーカーシャの防御能力は威力に対しても範囲に対しても、一分の隙もないのである。
「くっ、ジータ。もう一回行く!」
「わかった、今度はチョークも上乗せするよ!」
再び突撃するグランに、今度は完全詠唱でジータの援護魔法が入る。
攻撃範囲を広げるチョーク、追撃を乗せるチェイサー。そしてチカラを底上げするエレメンタルフォース。
完全詠唱でありながら、その三つをグランがアーカーシャに肉薄するまでにこなすジータの魔導は恐るべき練度であろう。
そしてそれだけの援護を受けたグランの一撃もまた、先程までの攻撃を大きく上回る。
「うぉおおお!!」
ウェポンバーストによるチカラの強制開放。グランは溢れんばかりのチカラで七星剣を覆い肥大化。アーカーシャを大上段から叩き潰すように、七星剣を振り下ろした。
「これでも──だめかっ!?」
鍔迫り合いのように振り下ろそうとしたまま動かずにいる七星剣に、グランは歯噛みした。
正真正銘、これ以上はもう上げられない最大級の奥義だ。
それでも尚、アーカーシャの防御を崩せない。
七星剣に乗せられたチカラが霧散していき、アーカーシャの腕が虚を突いてグランを捉えた。
「がはっ!?」
蹴り上げられたボールの様に飛んでいくグラン。その先は屋上から外れ、地上へ──
「まずっ、ちょっと痛いけど我慢してねグラン!」
詠唱破棄から放たれるエーテルブラストが緩く弧を描いて、落ちていきそうなグランの背中を撃った。
エーテルブラストによる小さな爆発を起こして、その勢いで無事に帰還を果たすグラン。手荒な方法で助けてくれた妹に、一言申したいところであったが、既に事態は動いていた。
「ジータっ!!」
「ふぇっ?」
呆けているジータの頭上。巨大な火球が落ちてくるのをグランは目にしていた。
アーカーシャが創り出した“エンシェントフレア”。その規模はイオのエレメンタルカスケードを軽く凌駕するであろうサイズだ。
「やばっ……ビィ、オルキスちゃん、私から離れないで! フラップ展開!」
間髪入れずに対処に動くジータはエーテルフラップを前面に展開。真っ向勝負で打ち破ることを選択する。
「四方より交じりて、チカラを成せ……エーテルフラップ・ブラスト!」
火球が落ちてくるまでの僅か数秒で練り上げられる極大魔力を、四つの魔法陣を介して照射。火球の手前で炸裂させ誘爆させる。
空に大きな火花が上がる。
「ふぅ……ギリギリ間に合ったっ!?」
息を吐くのも束の間、すぐに追撃の腕がジータに迫る。慌ててジータがオルキスを抱えながらその場を飛びのいていく。
回避すると同時に戻ってきたグランが腕を切り飛ばし、再びアーカーシャへと向かい合った。
「──ちょっと痛かったけど助かったよ。吹っ飛ばしてくれてありがとう」
「ちょっと皮肉利いてない? 助かっただけ感謝してよね」
軽口と共に二人は小さく笑うが、ここまでの攻防で状況が劣勢であることは明らかになった。
都度三度。連携しながらの攻撃は全てアーカーシャの手前で防がれた。
それがどんな能力なのか、どうすれば抜けるのか、未だ不明。ただ無為に消耗しただけで終わった攻防が、二人をより劣勢だと自覚させる。
「二人とも……どうするの?」
「何か、わかんねぇのかよぉ…………」
見ていたオルキスとビィもお手上げなのだろう。
自信なさげに二人へと問う姿にはどこか縋る様な思いが見え隠れしていた。
「グラン、何か考えは?」
「悪いけど浮かんでない。ジータは?」
「──気になることは一つだけ」
「気になること?」
アーカーシャの警戒をしながらジータへと視線をやるグラン。少しだけ思考の渦に入っている妹の様子に僅かな期待を膨らませる。
「さっきやったグランの最後の攻撃────あれ、やられる前に七星剣のチカラが消えていったよね?」
「やられる前? そういえば確かに、僕が吹っ飛ばされる前に七星剣は光を失っていたけど……別に攻撃の無力化なんてあってもおかしくないだろう?」
「うん。そうだけどね……問題は私達が相手をしているのはアーカーシャだっていう事。
あれはもしかしたら攻撃が無力化されてるんじゃなくて、“無かったことにされてる”んじゃないかって思ったの」
「無かったことに……確かにアーカーシャが聞いた通りの能力を持つならあり得ないことは無いかもしれない」
事象の改変。アーカーシャであれば……いや、アーカーシャであるからこそ、ジータの推測は現実味を帯びてくる。
世界の全てを変えることができるのなら、二人の攻撃が完全に無効化される事にも納得がいく。
だがそうだとしたらどうするのか。
「ジータ。アーカーシャの防御の絡繰りがわかってきたところで、じゃあどうするんだ」
「それは──」
ジータが口を開こうとしたところで、彼らを大きな衝撃が襲う。
「ふぎゃ!?」
「くっ……うぅ、あ!?」
その勢いに負け、吹き飛ばされたビィとオルキスは、強かに入口の壁へと打ち付けられて気を失った。
だが、それを気にする余裕はグランとジータに残されていない。
衝撃だけではない、今まで感じていた重圧が一段と重さを増し、感じられる気配がよりはっきりと明確になった。
外套の様な白い布の中にあった肉体がより人間に近い形に変化していく。
二本の躯の手。足の代わりになるのは先程までグラン達に襲い掛かっていた強靭な腕の様なものが纏わりつくように足元を固める。背中には作り物の様でとても飛べそうにはない不格好な羽が三対。
ふわふわと浮き上がっていた形状から一転し、地に足をつけたアーカーシャは世界を侵食するようにその気配を露わにしていく。
気を抜けば吹き飛ばされそうな衝撃に抗いながら、グランとジータはその変化に慄いた。
「──第二形態って事か」
「つまり、時間切れも近いってことだよね」
焦燥感が募る。
二人が有効な手立てを模索するその間に、刻一刻と終末は近づいてくる。
「──グラン、あれ」
焦燥の中、目に付いた光景にジータの瞳が揺れた。
ジータが見つめる先、変化したアーカーシャの顔に当たる部分。目を凝らして見つめる先で、グランは見た。
仮面の額というべき部分から、何かが出ている。否、埋め込まれているというべきか……
それが何かを理解した瞬間、二人の心が赤く染まった。先程までの焦燥は怒りに変わり、怒りはチカラに変換されていく。
思考にあるのはただ一つ──奪還のみである。
「ルリアぁああ!!!」
磔にされた蒼の少女目掛けて、グランとジータは駆けだした。
足元にまとわりついていたアーカーシャの腕が解かれ、二人へと向かっていく。
寄せ付けないための迎撃行動を、二人は速度を緩めないまま躱していく。
切り払い、焼き払い、そしてアーカーシャの目の前へとたどり着いた。
「返してもらうぞ!!」
「返しなさい!!」
磔にされたルリアを救うべく、アーカーシャの仮面へと二人は刃を突き立てようとした。
しかし──
「くぁ!?」
「きゃあっ!?」
依然として変わらぬ無力化。そこに加えられる腕による追撃にたやすく吹き飛ばされる。
振り出しに戻ると言わんばかりに、駆けだした位置へと飛ばされた二人は怒りの形相でアーカーシャを睨みつけた。
「ふざけるな……ふざけるなよ!」
「絶対に、許さないんだから!!」
普段の二人らしからぬ勢いで、二人は声を挙げる。
容易く振り払われたからではない。世界の終末が迫ってきていることに焦っているわけではない。
もっと単純で、明快な理由が二人の怒りの根源であった。
「────敵性勢力残存。排除、継続」
紡がれた無機質な声はルーマシー以来であろうか。星晶獣を扱う鍵として利用されるとき、彼女の眼は生気を無くし、彼女の声は熱を失っていた。
されど、彼女はルリアのままであるのだ。
──磔にされている少女は涙を流し続けていた。
無機質な声を絞り出し、その眼から光が奪われていて尚。彼女の瞳は哀しみに涙を流している。
泣いている理由など知らない。わからない。どうでもいい。
ただ、大切な仲間が涙を流している。助けを求めて涙の叫びを見せている。
その事実だけで十分だった。
「行くぞジータ……何としても、あの仮面を破壊する!」
「グランだけには任せない。私も接近して必ずルリアを助け出すんだから!」
留まることなく解放されていく天星器のチカラが、彼らの状態を物語っていた。
前だけを向き、思考にあるのはアーカーシャからルリアを開放することだけ。
互いの援護を捨て、守りを捨て、全てを攻撃にすることだけに傾ける。
だから気が付かなかった──背後から迫る、岩塊の雨に。
アーカーシャが生み出した岩の雨。それが二人に降り注いでいた。
気づいたときにはもう遅い。振り返った二人の目の前には、大人一人分くらいはありそうな岩の雨が迫っていた。
瞬間的に悟る。走馬灯が過ぎり、死が訪れるまでの引き延ばされた時間を二人はただ、何をもできずに眺めていた。
だが、眺めていた視界を次の瞬間には光が覆った。
「レイン・オブ・フューリー!!」
覆われたのではない。よく見ればそれは、ジータのアローレインと同等に降り注いだ、光の槍の驟雨であった。
聞こえてきた声は二人がよく知る声。アルベスの槍の契約者にして、頼りになる仲間──ゼタである。
空間を埋めつくさんばかりに降り注いだ槍の雨が、二人に迫る岩塊の悉くを破壊し、砕かれた後の小石がこつこつと頭に降り注ぐ。
「待たせちゃったわね~。ここからは私も参戦するわよ!」
普段通りで変わらぬ彼女の態度に、どこかホッとしたようで二人の緊張が解ける。
「ゼタ」
「ゼタさん」
青白く光るアルベスの槍を担ぎ、健在な様子のゼタを見て喜色を浮かべる二人。だが、すぐに慌てたように口を開いた。
「ぜ、ゼタ!! 後ろ!!」
まだ岩の雨は続いていた。第二陣といった所か。迎撃されたことを認識してすぐさまこれを降らせてきたアーカーシャの対応力は確実に上がっているだろう。
「ちぃ、まだ残ってたか。シリウス・ロ──」
「展開──全てを砕け、多刃・剣翼!」
ゼタが応じようとしたところで、また別の誰かが声を挙げた。
今度の声は頭上から。黒く大きな鳥と、白の大きな鳥が居並ぶその先で、彼に翻された手に従い降り注ぐ、翼を模した剣達。
今度は剣の雨が、岩塊の全てを打ち砕いた。
瞬間、グランとジータだけでなくゼタも併せて、顔を綻ばせる。
間違うはずがない。この声も、そしてこの圧倒的な技も。彼以外にはあり得ないのだから。
「セルグ!」
「セルグさん!」
「全く、そんな所でカッコつけてんじゃないわよ」
天ノ尾羽張を携え、黒と白の翼を従え、落ちた翼は再び彼らの下へと舞い戻った。
「待たせて悪かったな────さぁ、
いざ、最後の戦いへ。
読者の皆さんに楽しんでいただければ幸いです。
本編完結間近という事で今後の参考に。完結後読みたいと思うのは
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色んなキャラとのフェイトエピソード
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劇場版。どうして空は蒼いのか連載
-
イベント。四騎士シリーズ連載
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次なる舞台。ナルグランデへ、、、
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その他(要望に応える感じ)