granblue fantasy その手が守るもの   作:水玉模様

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いよいよって気がしてくる73幕

どうぞお楽しみください。


メインシナリオ 第73幕

 

 

 ──静寂。

 

 薄暗く静かな通路を、警戒しながら歩みを進めていく。

 アポロ達を置き去りにし、ルリア、オルキス、ビィの三人はタワーの最上層へと向かってゆっくり進んでいた。

 

 状況は切迫していると嫌でも理解している。

 だが仲間たちを全て置いてきた今、全うに戦うことができる者はこの中にいない。

 星晶獣を召喚できるので切り札こそあるものの、狭い通路で召喚を行えばこちらの身動きも取りにくくなるだろう。

 故に今、彼らは警戒に警戒を重ね静かに通路を進むのであった。

 

「ルリア、何か感じられるか?」

 

「いえ……今のところは何もなさそうです、ビィさん」

 

「私も。何も感じない」

 

 小声で互いに周囲を確認しながら通路を進んでいく。

 これまでが嘘のようにヒト一人見当たらない、物音一つ聞こえない。

 三人は知る由もないが、外で破壊の限りを尽くしていたバハムートは屠られ、タワー内の激闘も一つ、また一つと終幕を迎えている。

 アガスティアの街にひしめき合っていた星晶獣もどき達も、ユーステスやイルザ達によって駆除されている今、アガスティア全体が静寂に包まれていたのだ。

 

「随分高くまで登ってきたからもう外の音も届かなくなってきたんかなぁ」

 

「とにかく、先に進みましょう。行きますよ二人とも」

 

 いつでも召喚できるように身構えながらルリアが先導していく。

 彼女とて、こうして前に立ち先導することは初めての事であり、緊張も不安も一入であったが、それでも今この場では最も対応力に優れるだろう。

 感情の機微が薄く、落ち着いているが動きも遅いオルキスや、特別なチカラこそあるものの一度抑えられてしまえば何もできなくなるビィでは万が一の危険が高い。

 

 不安を押し殺しながら、ルリアは勇気を振り絞って前を歩いた。

 

 

 

 

 どれだけの時を進み続けただろうか。

 ルリアにとってはとてつもなく長く感じられた時間と通路が終わりを見せていた。

 僅かばかり差し込んでくる暗い光。恐らくはアガスティアを覆う暗雲の空だ。

 つまり、上り続けた先でタワーの最上部、屋上への出口へとたどり着いたのである。

 

「ルリア……この先」

 

「はい、間違いなくあります。アーカーシャが……きっとリアクターと星晶獣デウス・エクス・マキナも」

 

「いこうぜ……オイラ達で早く、この戦いを終わらせねえと」

 

「はい、行きましょう!」

 

 出口が見えたことで意気が上がった三人は駆けだした。

 暗雲の光が漏れる、タワーの屋上に向かって。

 

 

 

 

「これ……は……」

 

 

 

 出口をくぐった先、開けた視界に飛び込んでくる光景にルリアは固唾を呑んだ。

 

 そこはもぬけの殻であった。

 何もない。リアクターも、デウス・エクス・マキナも、アーカーシャでさえも。

 拍子抜けになり、ルリアが呆ける中、オルキスがこの空虚な光景の中に何かを見つけた。

 

「ルリア……あれ」

 

 オルキスが指さす先。そこにはボロボロとまで言わないまでも、ひどくくたびれたような印象を受ける真っ白の大きな布が捨てられていた。大きい──テントを張るような布でもこれほど大きくはないだろう。

 薄汚れているのに……なのにその白さは何故か“死”を連想させるような、奇妙な忌避感のある色だった。

 

「白い布が落ちてるだけ……オイラ達、どっか道を間違えたんかな?」

 

「ううん……アポロ達と別れてからはずっと、分かれ道は全部小さな部屋があるだけの行き止まりだった。ここ以外に道はなかった」

 

 惑うビィとオルキス。

 周囲を見回し、見落としがないかと探すが現実は変わらず、やはりここには白い布以外に何もなかった。

 じりじりと焦燥感だけが募ってくる。世界が終わるかどうかの瀬戸際、仲間達から未来を託された現実が、目の前の空虚のせいで殊更重くのしかかってくる。

 

「──仕方ねえな、とにかく一旦引き返してここまでの道のりをもう一回探してみようぜ!」

 

「うん。ルリア……行こう」

 

 慌てた様子で引き返そうとする二人。だが、ルリアはその場から動かずに、ある一点を見つめていた。

 

「ルリア?」

 

 ルリアの様子に首を傾げるオルキス。必然、視線はルリアの後を追う。

 未だ何もない、空虚の屋上しかそこにはない。なのに、ルリアは固まったようにそこを見つめ続けている。

 

「ルリア、急──」

 

「違う……違うの、オルキスちゃん」

 

 否、ルリアは見つめて等いない。その目は何も見ていなかった。

 ルリアの声には恐怖が刻み込まれていた。

 未だ嘗てない程に。心の芯まで刻み込まれたような恐怖が彼女の口から漏れ出していた。

 いつの間にか、彼女の吐息だけが白く凍り付いている。いつの間にか彼女の身体だけが、凍えるように震えている。

 それは正に彼のモノのチカラが漏れている証なのかもしれない。

 

「二人とも……私を置いて逃げて下さい……」

 

「何言ってんだよ! そんなに震えてんのにこんなところに置いて行けるかってんだ」

 

 尋常じゃない様子なルリアの言葉に、思わずビィが声を荒げる。

 だが、近くに寄ってきたビィの言葉すら意に介さず、ルリアは最後の力を振り絞ってビィを掴むと、オルキスに向けて思い切り投げつけた。

 

「ふぎゃっ!?」

 

「オルキスちゃん、お願い……行って!!」

 

 投げつけられたオルキスが何とかビィを受け止める。ルリアに視線を戻したオルキスはそこにあった光景に目を見開いた。

 

 

 “マチワビタヨ──ルリア”

 

 

 

 まるで釣り針に引っ掛けられて吊り上がったように浮かび上がった白い布の奥。

 そこから伸びた躯の手のような何かが、ルリアを捉えて引きずりこもうとしていた。

 

「お願い! 逃げ──」

 

 最後まで言葉を届けられぬまま、ルリアは白い布へと飲み込まれていく。

 オルキスもビィも瞬間的にそれが何なのかを理解した。

 

 否、理解させられた。

 

 ルリアを取り込んだ瞬間に、彼のモノの気配が胎動する。

 脈打つ気配。それは余りにも大きくて世界が悲鳴を挙げたような気がした。

 

「ルリア!!」

 

 オルキスとビィの声が重なって響き渡る。

 その嘆きを背景にして、ついにそれは長き眠りより覚醒した。

 

 

 

 

 星晶獣“アーカーシャ”──起動。

 

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 フリーシア。そして二体のマリスと戦闘中であったアポロはそれを悟った。

 

「っ!? この気配……まさか、起動したのか!?」

 

 明らかに感じられる異質。世界の空気が変わったような感覚だった。

 その違和感に彼女だけでなくスツルムもドランクも、フリーシアとマリスも動きを止める。

 

「──ナッタ、キドウは成った。セカイは直にかわる! 星の民のイナイ、タダシキ空の世界へ!」

 

 狂ったようにくぐもった声でフリーシアが嗤う。

 彼女の悲願は達成された。世界はアーカーシャによって創りかえられる。

 その現実を噛みしめるようにフリーシアは嗤った。

 

「だから──どうした!!」

 

 一蹴。強力無比な一撃、黒鳳刃・月影がフリーシアの躯体を大きく破壊する。

 

「アァ? イマサラまだ抗うカ?」

 

「言ったはずだ、やることは変わらんと。貴様を滅ぼし、“私達”はアーカーシャを止めるだけだ!」

 

 アポロは吼えた。それが虚勢であっても、無為であろうとも。

 止まらぬと決めた。諦めぬと決めた。全てが無に帰し、自分が消えゆくその時まで、彼女は己が目的の為に進み続けると決めたのだ。

 

「秒読み開始ってわけだね。こりゃあ大変だ」

 

「まだ起動しただけなんだろう? だったらまだ間に合うさ」

 

 主人に倣うように、ドランクもスツルムも再び闘志をむき出しにする。

 まだ世界は消えていない、変わっていない──ならばまだ、可能性はゼロじゃない。

 

「そうだ────だから行け、グラン! ジータ! 

 主役は貴様等に譲ってやる。何としても、アーカーシャを止めてこい!」

 

 アポロの背後より駆け抜ける二つの人影。

 ガンダルヴァを倒し、ポンメルンを制してきた双子の兄妹が広間のど真ん中を突っ切っていく。

 

「約束するよ!」

 

「任せてください!」

 

 動き出したリヴァイアサンもミスラもなんのその。

 勢いを全く衰えさせる事なく二体の攻撃を躱して、先の通路へと突っ込んでいく。

 

「あらら、グラン君が来たってことは、ポンメルン大尉に一人で勝っちゃったわけね……ちょっと複雑ぅ~」

 

「だまれ、この非常時に……今は目の前の事に集中しろ」

 

「お前達はもう限界に近いだろう。無理せず下がっていいんだぞ」

 

「冗談。最後まで付き合うと言ったはずだ」

 

「そうか──いくぞ、一気に片付ける!」

 

 

 ────戦い続ける。

 その先の未来が消えてなくなるとしても、今を生きる己の為に。

 

 

 決戦は遂に最終局面へと突入していく。

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 青い閃光が全てを打ち砕き、ゼタはロキとの激闘に幕を下ろした。

 大きな穴があいた壁の先には何もなく、間違いなく勝利したことを確信させる。

 幾分か警戒を解かずにいたが、転移魔法の気配も外から攻撃が来る気配も未だ無い。仲間達も警戒を解かずにまだいたが、これ以上は無意味であろう。

 そっと胸を撫でおろすように、ゼタは大きく息を吐いてその場に座り込んだ。

 

「っはぁ~キツかった。ホント皆が居てくれて良かったわ」

 

「お疲れ様です、ゼタ。最後の一撃、セルグさんにも勝る見事なものでしたよ」

 

 未だ疲労の表情と至るところについた傷の痕が痛々しいが、微笑みを浮かべながらヴィーラが手を差し出す。

 労いは彼女にこそ向けられるべきだろう。体に負担を掛けながらも、最後まで死力を尽くして仲間を守ってくれたヴィーラに比べれば、ゼタは全力を振り絞って一撃くれてやったものの、まだ動ける余裕があると言える。

 思わず、差し出された手を無視してゼタは己の力で立ち上がった。

 ゼタの行動に、予想外だったのか呆気にとられるヴィーラだったが、さらなるゼタの行動に今度こそ驚愕に顔を染める。

 

 虚を突いてヴィーラの足元へと潜り込む。次いで膝裏へと腕を回しこみ足払いの要領でヴィーラを膝からかっさらう。

 無論後ろへ倒れこむようなことはさせない。背中に回されたもう一方の腕でしっかりとキャッチをし、ゼタはゆっくりと立ち上がった。

 

「全く、無茶ばっかりして……一人で何でもこなそうとしないでよ。私が惨めでしょう」

 

「ゼ、ゼタ!? 何をしているのですかっ、早く降ろしてください!」

 

 お姫様だっこ。二人の様を簡潔に記すのであればこれだ。

 無論抱えているのがゼタであり、抱えられているのがヴィーラだ。

 慌てふためくヴィーラがにわかに顔を朱くする。それは気恥ずかしさからであろうが、常に冷静で達観したような彼女の表情を染め上げたことに、ゼタは満足そうに笑みを浮かべた。

 

「ふふん、振り払う余力もない癖に強がるからよ。大人しくこのまま抱えられてなさい。ロゼッタの所に連れて行ってあげるから」

 

「──全く、対抗意識の表れにしても男らしすぎます。貴女らしいといえば貴方らしいですが」

 

 聡いヴィーラは抵抗しても無意味だと悟ったのだろう。無駄に騒いでも気恥ずかしさが増すだけだと判断し、されるがままで落ち着きを取り戻す。

 お返しに皮肉を返すのは忘れない。

 

「ちょっ、それって暗に私の事を男らしいって言ってない?」

 

「ご推察の通りですが?」

 

「こんの……全く疲れていても口が達者なのは変わらずね」

 

「このやり取りが心地よいですから」

 

 これまで幾度となく見てきた微笑ではなく、心の底からの笑み。

 やはりアルビオンで全てを語ってから、ヴィーラは微笑みではなく、よく笑うようになった。

 特に、こういったやり取りを自然にゼタとは取るようになっている。対等の、正に友と呼ぶにふさわしい間柄を感じられる時であった。

 

「あっそ……とりあえずロゼッタ、ヴィーラの治療もお願い。一人で凌いでたからかなり傷をもらっちゃってる」

 

「あらゼタ。随分と男らしいのね。そんなんじゃ女の子達が放っておかないわよ」

 

「ちょおっ!? ロゼッタまでなんてこと言うのよ! この私のどこがそんなに男らしいって!!」

 

 ヴィーラに続きロゼッタまで投げかけてきた言葉に思わず頬が引くついた。

 やや膨れてきた怒りのはけ口を求めて、声に感情が乗せられていく。

 

「な、何よ急に。そんなに怒らなくても……冗談に決まってるでしょう」

 

「立て続けに言われたら冗談じゃなくなってくるっての!!」

 

 ヴィーラを抱えているためできないが、ゼタは思わず頭を抱えたくなった。

 セルグとのやり取りもあり、自身が女性の魅力に溢れているはずだと認識していた。だが、確かに男勝りな面、勝気な面というのは自分でもよくわかっていて、彼女たちの言葉が一概に否定はできない事実だとも思える。

 こんな決戦の地で一体何を馬鹿な事をと思うが彼女にとってはそれなりに重要な問題であった。

 

 だが、それはそれ。ここは決戦の地なのだ。戦いの場所なのだ。

 今考えるべきことではないと努めて冷静になったゼタは静かにヴィーラをその場に寝かせる。

 

「はぁ……疲れる。とにかく、急いで治療して先に行きましょう。ここがどこかわかんないけどタワーのどっかであることは間違いなさそうだし」

 

「そうね。苦戦もしたし、グラン達からは相当遅れを取っていると思うわ。恐らくジータ達もケリをつけて後を追っているでしょう。急がないとまず──」

 

 ロゼッタの声が止まる。

 いや、この場にいた全員がその瞬間動きを止めた。

 

「何、この感じ……凄く気持ちが悪い」

 

「イオちゃん、落ち着いて。大丈夫だから私が傍にいるわ」

 

 胸の奥につっかえるような不快感。そして全身を圧し潰すような威圧感。

 自然と震えてしまっていたイオの手をとってロゼッタが傍に身を寄せる。

 

「おいおい、今の感じもしかして……」

 

「間違いねぇ。ルーマシーの時と同じ感覚だ。幸いまだ遠いようだからあの時程きつくはないがそれでも……」

 

「禍々しい、のぅ。まるで心臓を握られた感覚じゃわい」

 

 オイゲンもラカムもアレーティアも、その感覚を確かに感じ取った。

 世界が色を変えるような感触とそれに伴ってやって来る、自分が異物と思ってしまうような不快感。

 まるで世界が全て敵となり、敵意を向けてきてるような……そんな感覚だ。

 

「ヴィーラ、この感じはやっぱり?」

 

「えぇ、シュヴァリエが感じ取っています。間違いなくこれは星晶獣アーカーシャによるもの」

 

「なら急いで向かわなきゃ──」

 

 ヴィーラの言葉にゼタは焦燥を浮かべながら振り返ろうとして動きを止める。

 ゼタが見つめる先、どうしようもない現実が、そこにはあった。

 

「(無理よ、皆もう満身創痍……怪我の治療だって必要だし消耗だって──)」

 

 そう、既に皆戦える状況ではない。

 反動と疲労に塗れたヴィーラが万全になるには間違いなく休息が必要だ。

 無理を圧して戦ったオイゲンとラカムも間違いなく万全とは言えない。

 イオは魔力切れ寸前であるし、アレーティアも体力の消耗が著しい。

 唯一動けそうなのはロゼッタだが、彼女もまた星晶獣としてのチカラを開放した結果、消耗としては著しいだろう──動けるであろうだけだ。

 

 無理だ。ここにもう戦えそうな仲間はいなかった。

 自分を除いて──

 

「ゼタ、貴方だけでも行きなさい」

 

「私達のことを気にかけてやるべきことを見失ってはなりません」

 

「行くのじゃ、恐らくは先に行ったグラン達が戦っているはずじゃろうて」

 

「俺達も動けるようになったらすぐに向かう。今行かなきゃ全空の危機だってんなら、迷う必要はないだろう」

 

 数瞬の彼女の惑いを、彼らは見逃さなかった。

 ロゼッタが、ヴィーラが、アレーティアが、ラカムが。畳みかけるように掛けられた仲間達の声に、ゼタはアルベスの槍を握りしめる。

 彼らも自覚はしていたのだろう。動けるゼタと動けない自分たちの状況を。

 そして今この時が世界の分水嶺だと察している。

 

 ゼタが惑うのには理由があった。

 警戒を解いたが、ロキが転移魔法で戻ってきて再度戦いになる可能性は大いにあり得る。

 ゼタのシリウス・ロアは確実なタイミングでロキを捉えたはずだが、そもそも空の民の常識など通用しない相手だ。

 あの攻撃を躱していて再び戻ってきても不思議ではない。

 そうなれば今の彼らに戦う術はないだろう。

 その先には確実に彼らの死が待つ。

 

「皆──わかった、先に行ってる!」

 

 だが、事は一刻を争う状況だ。

 手をこまねいていることはできない。

 惑う先でゼタは決心して、一人先行くことを選んだ。

 

「絶対に追いついてきなさいよ。早くしないと片付けちゃうからね!」

 

 

 

 走り去っていく背中を見つめ、思わず全員ため息を吐いた。

 理解している。ゼタの惑いの理由も、今自分たちが置かれている状況も。

 

「つっても、そうすぐに動けるようには成りそうにねえよな……」

 

 ラカムが氷柱で抉られた足を見た。

 

「そうね。怪我の状況や疲労から考えても戦線復帰は現実的じゃないわ」

 

 自身の手を握りしめてはチカラの感覚を確かめるロゼッタ。

 

「ってぇことはつまり」

 

「ゼタと……そして先に向かったであろうグラン達に後は託すしかないという事か」

 

 オイゲンとアレーティアは顔を見合わせ、その顔に刻まれた皺を深いものにする。

 

「信じて待つしかないわよ。少なくとも動けるようになるまでは」

 

 イオは逸る気持ちを抑えるように杖を握りしめ、自身の治療を始めた。

 ここに居る誰もが、戦えない情けなさで胸中を穏やかにできなかった。

 

 いや、一人だけ違う。

 皆が落ち着かぬ中、一人だけ心穏やかにゼタの背を見つめるヴィーラがいた。

 不安も心配も彼女の胸にはなかった。世界の危機──その真っただ中に世界は今あると言うのにだ。

 

「(大丈夫。シュヴァリエが感じ取ったのは何も、アーカーシャだけではありません)」

 

 そう、彼女だけが唯一知っている事実。

 世界は何も危機に脅かされてはいないと、彼女に思わせる事実だ。

 

 

「貴方がいるのでしたら、大丈夫でしょう。ねぇ……セルグさん」

 

 

 再び立ち上がった彼の健在という事実を、彼女は穏やかな心で噛みしめていた……

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

「十天衆の皆……ありがとう。おかげで何とかバハムートを還すことができた」

 

 

 バハムートを倒した十天衆とセルグ。

 まだ戦いは終わったわけではないが、地上に降り、張りつめていた緊張を緩めていた。

 既にコスモスを宿した武器はヴェルとリアスへと還元され、彼らの手元から消えている。

 バハムートを倒した事実を認識してか、どっと押し寄せてくる疲労感が彼らを襲った。

 

「いやいや、俺達がもう少し早ければあのトカゲ野郎を呼ばれることもなかったかもしれないしね。もっと言うなら君だって、そのせいで一回死んでる身なんだよ。

 俺達としては遅れてしまった事に申し訳ない気持ちで一杯さ」

 

 お茶らけて返すシエテの言葉に思わずセルグは苦笑した。

 確かに、一度死んでしまったセルグ。フュンフのおかげで何とか生きて却ってくることはできたが、彼らがもっと早くに到着していれば……と、たらればを考えれば、シエテからこんな言葉が出てくるのも仕方のないことかもしれない。

 

「そう言ってもらえるのはありがたいが……とにかく本当に色々と助かったよ。

 吹っ飛んだ仲間達は大丈夫なのか?」

 

 バハムートとの戦いの最中、瓦礫の中に沈んでいったシス、カトル、サラーサの安否を気にするセルグ。

 いかに強いとはいえ、人体の耐久力についてはヒトのそれと変わらないはずだ。重傷だろうと想像するに難くなかった。

 

「今ソーンとニオが目と耳で探してるよ。まぁ見つかりさえすればフュンフがいるからそこら辺は大丈夫さ」

 

「そう、か……確かに彼女がいるなら安心だな」

 

 シエテの言葉にセルグの声音が少し上擦った。

 駆け付けてくれた彼らから死者が出たとあっては、余りに申し訳が立たない。気がかりの一つが解消され、セルグは胸中で安堵のため息を吐く。

 

 

 

 バハムートの脅威は退けたものの、アガスティアの街は散々な被害であった。

 元々フリーシアによって呼び出された星晶獣もどきのせいで軽微な被害が多数出ていただろうが、バハムートによる被害規模はその比較にならない。

 圧倒的な破壊のチカラは煌びやかで光溢れる大都市を、面影を感じさせない程に破壊しつくしていた。

 彼らができたのは島を落とさせなかった──これだけである。

 大都市の半分は瓦礫となって崩れている。高層建築の数々は東海による二次被害も多いだろう。

 帝国軍と秩序の騎空団が連携して人民の避難を進めていたものの、短時間で全てを避難させられるわけもない。

 バハムートの攻撃の余波は周囲の島にまで及んでいるため、避難した先で被害を被った人もいる。

 

 最強と呼ばれる者達でもどうにもできなかった現実がそこにはあった。

 

「──すまないがもう少しだけ協力して欲しい。動けるようになったらこの街の人々をできる限り助けてくれ。君達なら疲れてはいてもまだ動けるだろう。

 オレにはまだ、やらなければならないことがある」

 

 自責の念が見え隠れする表情でセルグはシエテへと零した。

 まだ、戦いは終わりではない。調停の翼として覚醒した今、世界において更なる脅威が残っていることをセルグは如実に感じ取っていた。

 だが、これ以上は彼らに頼れなかった。

 

 バハムートとの戦いは心身共に彼らを疲弊の極致へと至らせただろう。

 体力や魔力の消耗はもちろんの事、極度の疲労に武器の損耗と、戦うには余りに厳しい状況だ。

 先に言ったようにアガスティアの人々を助けなければならないのもまた事実。治療役のフュンフはこの場を離れられないだろうし、彼らの能力があれば要救助者を助けられる確率は格段に上がる。

 

「良いのかな? 君がまだやるべき事……それはまだ戦いが終わっていないことを暗に示していると思うが」

 

 セルグの決意の言葉に、ウーノが疑惑の目を向けて返した。

 戦いの気配こそ、既に感じられないがこの状況でまだやるべき事など、聡明でなくとも察しはつく。

 依然として、アガスティアでの戦いは続いているのだと。

 

「後はオレの役目だからな、ちゃんと果たすさ。だから、できるだけ……この世界に生きるヒトを守って欲しいんだ」

 

「──そうか、了解した。後は君に託そう。

 シエテ、急ぎ動くとしようか」

 

 セルグの言葉に幾分か思考の時間を設けたウーノは、逡巡の末要請を快諾。シエテと視線を合わせて頷き合うと、近くにいるであろうシェロカルテを探した。恐らくは治療薬の手配等に奔走するのだろう。

 

「よぅし──フュンフ、これから何十人も治療してもらう事になるけど余力はあるかい?」

 

「あちしなら大丈夫だよ。まだまだ、元気モリモリだもの!」

 

 幼い声が元気よく答えると、少しだけ空気が明るくなった。

 後悔する暇はない。今できることを全力でやるだけだと……彼女の声を聴くとそんな言葉がよぎるような気がした。

 ふわふわと目の前で浮いているフュンフに、思わずセルグは笑みを零し彼女の頭を撫でつける。

 

「ありがとう、フュンフ。君のおかげでオレもまた却ってこれた。

 大変だろうが、もうしばらく皆を助けてほしい」

 

「オッケー。それじゃ、あっちこっち飛び回っちゃうからお兄ちゃんも頑張ってね」

 

 静かにフュンフの言葉にセルグは頷く。

 満足したように満面の笑みを浮かべた後、フュンフがふわりと飛翔魔法を起動。早速治療に飛び回ろうとしたが、寸前に低い声がそれを遮る。

 

「そこのちびっ子は治療ができるようだな。丁度いい、こっちを先に見てくれ」

 

 やや不遜な感じを抱く、男の声──そこには帝国軍中将ガンダルヴァの姿があった。

 体中、あちこちから出血の痕がみられるが今は止まっているようだ。だがその見た目は死闘を潜り抜けてきたことを如実に感じさせる。

 

「ガンダルヴァ!? 貴様、何しに──」

 

「あぁ? セルグじゃねえか。早速再戦と行きてえところだが今は任務中でな。てめえの相手は後回しだ」

 

「──何を」

 

 予想外な敵の出現にセルグは即座に戦闘態勢に入るも、邪険に扱われ呆気にとられた。

 だが、すぐに気づく。ガンダルヴァの巨体のせいで目立たないが、彼の腕には小柄な女性が抱えられている。

 

「まさか──モニカ!」

 

 見覚えのある見た目に、セルグの鼓動が逸った。

 もはやガンダルヴァの事は完全に思考の外に追いやり、セルグはガンダルヴァに抱えられた小柄な女性モニカの下へと駆け付ける。

 ぐったりとした体。まるで生気を感じない顔色に、セルグの頭は最悪を思い描いていた。

 

「モニカ! おい……返事をしろ、モニカ!」

 

「あぁ、ったく。うるせえんだよ!」

 

「ガッ!?」

 

 無防備だったセルグを蹴り飛ばし、ガンダルヴァが一喝する。

 数メートルを吹っ飛ばされながら、立ち上がったセルグにガンダルヴァは不服そうに睨みを利かせるのだった。

 

「邪魔すんじゃねえよ、こいつを死なせちまったら面倒な事になんだよ。

 つーわけでちびっ子、この女を先に治療してくれ。出血は多いし、あちこち骨がイっちまってる」

 

 浮いているフュンフの前へとガンダルヴァがモニカを差し出すと、セルグの時と同様にモニカの身体をフュンフが持つ杖の光が照らし、彼女の容態を診始めた。

 

「うわぁ……もうあっちこっちめっちゃくちゃだよ。すぐに治すからそこに寝かせて! ゆっくり、そっとだよ」

 

 フュンフの言葉に従い、地面へとモニカを寝かせるとガンダルヴァはその場を退いてフュンフに空ける。

 即座に緑の魔法陣が展開し、フュンフが持つ杖先から柔らかな光がモニカへと降り注いだ。

 

「っぅ……うぅ……」

 

 治療の感触に僅かにモニカが身じろぎをし、セルグの視線が険しいものへと変わっていく。

 痛みを堪える姿。ボロボロとなった体に残る切り傷の痕。未だ止まっていない出血がアガスティアの石畳を染めていき、セルグの心を締め付ける。

 自分がその場にいれば付かなかった傷だ。自分が弱くなければ感じるはずのない痛みだ。

 セルグにとって目の前の光景は、未だ容易に乗り越えられないものであった。

 

「フュンフ……モニカは大丈夫なのか?」

 

「──大丈夫、お兄ちゃんの状態に比べたらまだすぐ治せるから!」

 

「そうか……良かった」

 

 迷いのない答えに心底ホッとしたような声音でセルグは息をついた。確かに一度死んだ己と比較すれば、どのような状態であろうと生きている限り軽い方だろう。すぐ治せるとの言に、安堵が漏れる。

 だが、すぐに緩んだ気配を引き締めるとガンダルヴァへと視線を向けた。

 先程までのモニカの扱いを見れば敵意は感じられない。だがそれだけで油断できるほど、セルグとガンダルヴァのこれまでは穏やかな関係ではないのだ。

 

「教えてもらおうか。なんでお前がモニカを連れて?」

 

「そう睨むなよ。こちとら多少回復したといったも万全には程遠いんだ。それに、お前が考えているようなことは無いから安心しろ」

 

「そんな言葉を信じる程、オレは甘くない。アマルティアと違い今のオレは万全だ。返答次第じゃここで斬り──」

 

「──セル、グ、待て」

 

 今にも切りかかりそうなセルグをか細い声が止めた。

 治療により意識を取り戻したのだろう。幾分か苦悶の表情を和らげたモニカが顔を上げていた。

 

「モニカ! 大丈夫なのか……痛みはどうだ?」

 

「ハハッ……安心しろ、死にはしないよ。この子の魔法のおかげでみるみる楽になって行く。

 驚かせてしまってすまない。ガンダルヴァは私達との戦いに敗れ、今や秩序の騎空団の一員として抱えることが決まった」

 

「馬鹿な。こいつが今までにしてきたことを考えれば、そんな事まかり通るわけ」

 

「無論、罪は罪としてちゃんと負わせる。だが贖罪の仕方は今後の働き次第というわけさ」

 

 それはどこか既視感のある話であった。

 秩序の騎空団の要請に従い働く。そうすることで贖罪を果たす、というのは前例がないわけではない。

 

「──オレと、同じ……ってわけか」

 

 正に、セルグが秩序の騎空団と交わした契約と同義のものであった。

 

「そうだな。お前ともそういう取り決めだっただろう」

 

「そう、だったのか。すまない、早とちりして……」

 

「気にするな。お前のその気持ちを、私は心より嬉しく思う」

 

 痛みが引いて楽になったモニカは、そう言って屈託なく笑みを零す。

 やや熱を持った肌が、彼女の顔をやや朱く染める。思わず照れ臭そうにセルグは顔を逸らしてガンダルヴァへと向き直った。

 

「ガンダルヴァ、すまなかった。今回のことはいずれ詫び──ッ!?」

 

 

 言い終わらぬ内に、セルグは何かを感じ取った。

 それは途轍もなく嫌な感触をした、悲鳴のような何か。

 誰の……何の悲鳴なのかはわからないが、胸中にこびりつく様にべっとりと残る、冷めやらぬ感触であった。

 

 

「この気配────起動したのか」

 

 

 きっとこれはそう言う事なのだろう。

 恐れていた事が現実になり、世界は終わりへと向かい最後の加速を開始した。

 

「おい、セルグ。この感じはなんだ? もしかしてこれが例の」

 

「悪いガンダルヴァ。ちょっと急ぐんでな」

 

 世界の不快な変化をガンダルヴァも感じ取っていたのだろう。帝国の中将だったガンダルヴァはその気配に当たりがついた。

 確かめるように問うてくるガンダルヴァであったがそれを手で制して、セルグは再びモニカの傍にしゃがみこむ。

 

「モニカ」

 

「セルグ? どうし──んむ!?」

 

 治療の感覚に心地良さを覚えて閉じていたモニカが目を開くと、モニカの目には視界一杯に広がるセルグの顔があった。

 数秒──多分それくらいだったであろう。モニカの体感時間では混乱のせいか一瞬にまで縮まったしまったが数秒の間、セルグは優しく触れるような口づけをモニカに落とした。ちなみにこの時、天星剣王の剣拓がフュンフの視界を神速の領域で塞いでいたことを記述しておく。

 

 唇を離し、今度は額を合わせて互いの熱を感じながら、セルグは感極まったように言葉を紡いだ。

 

「生きていてくれて良かった──本当にありがとう」

 

「きゅ、急にどうした? さすがの私も皆の前でこれは──」

 

「ヴェル、リアス、行くぞ!」

 

 モニカの困惑を聞き届けないまま、セルグは立ち上がると黒と白の相棒を呼び寄せる。

 

 “もう、良いのだな”

 

 “この感じ、まだなんとか間に合いそう”

 

「あぁ、オレの使命を果たそう────行くぞ!」

 

 黒鳥ヴェルの背に飛び乗ると、セルグは飛び立っていった。

 向かう先は最後の戦いの場所。中枢タワー最上層へ……

 

 

 

 

 

「──セルグ」

 

 

 

 

 どこか違和感を感じた彼女の呟きを、耳に入れることのないままに……

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

少しだけホラー感があるアーカーシャ。

さて、これまでに何度かお伝えしておりますが、本作のルリアやビィの設定と言うのはこれまでに公式から明かされた設定を活かしてはおりません。
執筆開始当初の時点で明かされていた情報から作者が多分に独自解釈をした設定となっております。
これだけは執筆開始の時点で大筋と設定が定まっていたのでご理解いただきたく思います。

それでは。お楽しみいただけたなら幸いです。

感想お待ちしております。

本編完結間近という事で今後の参考に。完結後読みたいと思うのは

  • 色んなキャラとのフェイトエピソード
  • 劇場版。どうして空は蒼いのか連載
  • イベント。四騎士シリーズ連載
  • 次なる舞台。ナルグランデへ、、、
  • その他(要望に応える感じ)

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