granblue fantasy その手が守るもの 作:水玉模様
頑張ると決めたので完結に向けて邁進中です。
どうぞお楽しみください。
ラカム達がロキを退け、タワーの外で十天衆達がバハムートを倒した。
そんな中、未だ留まることを知らない死闘がタワー内部を揺らしていた。
「はあぁあああ!!」
「きぃええいい!!」
幾度合わせた剣であろうか。
死闘の最中そんな回数を数えているはずもないが、恐らく数えきれないと表現するのが相応しい。
高密度に打ち合わされる剣戟の嵐。止まることのない体術の応酬。
グランとポンメルンの戦いは、勢いが増すにつれ徐々にその規模を小さくしていった。
互いに無駄なチカラを込めず、最小、最速を主とする動きへと変えていく。
チカラの押し合いではない。チカラの差し合いだ。
相手の攻撃を捌く、躱す、防ぐ、そして自身の攻撃を当てる。
先鋭化された戦士による極限の戦いは、徐々に無駄を削いだこじんまりとした戦いに様変わりをしていった。
「はっ!」
眼前に突き出された七星剣。神速の領域へと達したグランの突きを、ポンメルンは剣の切っ先で逸らしそのまま踏み込む。
「させない!」
懐へと踏み込まれた瞬間にはグランの脚が動いていた。踏み込んできたポンメルンの真横から迫る蹴り。死角からの鋭利な一撃だ。
「遅いですネェ!」
側頭部に蹴りが入る前にポンメルンが踏み込んだ勢いを加速させグランの腹部へと剣の柄を叩き込む。
カウンター気味に入った一撃は、グランを大きく後方へと吹っ飛ばし広間の壁へと叩きつける。
「がっ!?」
衝撃が全身を駆け巡った。
肺から酸素が押し出され、苦しそうに呼吸を行う。ずるずると壁からずり落ち朦朧としそうな意識の中、追撃を想定してグランはすぐに顔を上げる。
「──実力の差が、わかりましたかネェ?」
そこには先の一撃から微動だにしていないポンメルンがいた。
嘗められている。それを痛烈にグランへ感じさせた。
だがそれ以上に……
「はぁ、はぁ……強い」
圧倒的ではない。隔絶した実力差があるわけではない。
幾度も剣を交えて十二分に渡り合えている。ここまでを見れば互いの能力に差はほとんどない事がわかっていた。
だが、経験の差が……戦いにおける駆け引きの差がグランとポンメルンの明確な差であった。
読まれているのだ。ここ一番の動きが。
誘われているのだ。一手一手を確実に。
それはどこかリーシャの先読みを相手にしたような感覚と言えた。全てを見透かされ、負けへの道筋を辿らされているような。
「(全く……何がリーシャのような戦い方は稀だよ。ホントセルグのいう事は信用できない)」
気持ちを和らげるように胸中で毒を吐いて、再びポンメルンへと視線を向けて立ち上がった。
「まさかここまで強いとはね……ちょっと心が折れそうだよ」
「恥じることはありませんネェ。魔晶による反動を考えれば、我輩もそろそろ危険な時間です。
そこまでの出力を持つ魔晶を使って初めて、我輩はお前と同等、というわけですネェ」
「──反動、か」
グランの脳裏に僅かな勝機が過ぎる。
長期戦となれば、反動で鈍ったポンメルンに勝てるかもしれないと。
だが、すぐに頭を振った。
「その通り、貴方に時間は残されていませんネェ。
急ぎアーカーシャの所までたどり着かねばこの戦いは貴方達の負けで終わる。故に我輩は反動を度外視して貴方と渡り合うために魔晶を使用しています」
「なんで……なんでそこまでして。フリーシアに味方するんだ」
自分の身体を犠牲にしてまで。
命令だから? それだけで戦うポンメルンに、グランは怒りを覚えた。
「貴方は軍人のはずだ! あの人の計画が成れば、帝国のヒトだって皆消えてしまうんだぞ! それで良いのか!」
「勘違いしないで欲しいですネェ! アーカーシャによって消えるのは星の民の痕跡のみ。星の民によって奪われたものが取り戻せることはあっても、今あるものが消えることにはなりません!」
「それは詭弁だ! 世界が巻き戻るなら……星の民が消えた世界に変わるのなら、今の世界に生きる人達は今を生きる人で無くなる! 今ある世界を犠牲にしてまで取り戻したものに何の意味があるんだ!」
「それは失った事がないガキがほざく戯言だ。貴方のお仲間にもいるでしょう……時を戻して、世界を変えてでも取り戻したい過去がある人間が何人も!」
「違う! 等価ではないかもしれない。それでも……失ったから得られるものがある! 変えられない過去を乗り越えたから、変わった今があるんだ! そのを奪う権利なんて、誰にもあるものか!」
戦いをやめ、互いに言葉を交わす二人。
だが、互いの主張は相手を説き伏せるには至らない。もとよりこの場において、こんな問答など無意味であった。
グランは必ずフリーシアの計画を阻止すると決めてここまで来た。ポンメルンもまた、必ずフリーシアの計画を遂行させるつもりでこの場に待ち構えていたのだ。
「能書きはたくさんですネェ……いくら叫ぼうがお前の言葉が私に届くことはありません。
届かせたたければ、その剣で届かせて見せなさいですネェ」
挑発的な言葉がグランの耳を震わせる。
ここまでの戦いの流れがポンメルンに余裕を与え、対するグランには焦燥が募っていた。
「──わかった。次で、勝負を決めてやる」
「ほぅ、大きく出ましたネェ。ここまで防戦一方であったお前が、我輩に次で打ち勝てると?」
静かに、グランは呟いた。
覚悟を決める……次の一撃に全てを掛け、目の前の相手を倒すと。
出来なければ、世界は終わるのだと。
世界が終わる────そんなこと、グランが許せるわけがない。
頭は冷静でありながら、グランの心は枷を外したように荒れていく。
感情の波が渦巻くようにうねり始めた。
想いが、戦う力の原動力だとセルグは言った。
世界を守る、世界を背負うなどと大それたことを考えるつもりはない。
頭にあるのは大切な仲間達。その仲間達とすごすことのできる空の世界。
──失う事など認められない。
思い描いたとき、自然とグランの頭はその思考一色に染まった。
七星剣にチカラが集う。
先程までの差し合いをするようなような気配ではない。
全力。チカラの押し合いで勝負を決めるべく、グランはその気配で以てポンメルンへと果たし状を叩きつけた。
「(相変わらず驚異的な没入ですね。すでに周囲の音すら聞こえていない。何よりこの気配──これはもしか、本当に決めてくるかも知れない……ですネェ)」
変容したグランの気配を冷静にポンメルンは分析する。
これまで幾度となく彼らの底力は見せられてきている。今更どんな変化があろうと驚くべきではないと、努めて冷静になり目の前のグランを見据えた。
「──行くぞ」
静かな呟き。ゆらりと揺れ動くように踏み出すとグランは一足でポンメルンの間合いへと踏み込んだ。
七星剣に光が集う。七つの光点、それを集めた極光の斬撃を振るう奥義──北斗大極閃。
「(この感じは光点を収束して威力を増した、七つ斬撃の小僧の奥義────既に見切ってますネェ。防御と回避で十分に対処っ!?」
一閃。振るわれた一撃目はポンメルンの首元へと向けられ、かろうじてポンメルンは防御した。
「(早い!? 何より、重い!?)」
これまでを……否、想定したその先の威力ですらを超えるグランの一撃。
想定外の技の威力に、ポンメルンの体幹が崩される。
隙が──生まれた。
「おぉおおおお!!」
二閃、三閃。
ギリギリで踏みとどまり、逸らし、防いでいく。既に回避の余裕等ポンメルンには無かった。
北斗大極閃は全力を込めた七閃。まだ、終わらない……
四閃、五閃、六閃。
逸らす事も既にできなくなった。
防いでいた剣が悲鳴を上げている。体は完全にグランの勢いに押され流されていた。
「(馬鹿な、こんな突然技の威力が数段も増すなどと、集中力だけの問題では────)」
「づぇああああ!!」
七閃。
煌めく極光の一閃がついにポンメルンの剣を断ち切りその身を捉えた。
尋常ではない威力の連撃にさらされ最後の一太刀を受けたポンメルンは、意識がギリギリ保てた最後の数舜。
目の前の光景にどこか呆けていた。
「──蒼い、チカラ?」
七星剣の光の後ろで、わずかに蒼い光が揺らめいていたのを。
「はぁああああ!!!」
グランは全身全霊をもって七星剣を薙いだ。
弾け飛ぶポンメルンが、先程と対照的にポンメルンを壁に叩きつける。
ずり落ちたポンメルンに意識は、ない。
「僕の、勝ちだ」
静寂に響く勝者の声は、少しだけ愉悦が混じる、くぐもった声であった。
ポンメルンを打ち破ったグラン。
少しだけ目の前の現実に呆けたものの、その事実を認識したとたんに大きな虚脱感が彼を襲った。
「は、はは────ありがとう、七星剣」
全ては己の想いに応えてくれた七星剣のおかげだと思えた。
これまでに無い程の没入感と、そこから引き出された、恐らくはより深い領域での七星剣のチカラ。
嘗て、ザンクティンゼルで初めて天星器を開放した時とは、次元の違う領域のチカラであった。
「見事な一撃。いや、七連撃でしたネェ」
「ポンメルン……」
さほど時間を置かずに意識を取り戻したポンメルンから声がかかる。
深々と切りつけられた腹部からは出血もそこそこではあるが、まだ余裕を感じられる気配であった。
「まさかお前みたいな小僧に負けるとは。本当に我輩もヤキが回ったというものですよ」
自嘲を浮かべてポンメルンは清々しい表情を浮かべていた。
負けるとは思っていなかったのだろう。経験の差と魔晶による底上げを考えれば負けるはずはない。負けるとしても、時間稼ぎは十分にできると踏んでいた。
「ポンメルン、貴方がこれまでに失ってきたものは僕には想像も──」
「シャーラップ!!
勝者が敗者にかける言葉などないのですネェ。お前はさっさと目的の為に邁進してればいいんですよぉ。
今ならまだ……アーカーシャの起動も止められるかも知れませんからネェ」
先の問答を続けようとするグランを制し、ポンメルンは先を促した。
その声には少しだけ達観したような、そんな気配をグランは感じた。
「────わかった」
何か、思い至ることがあったのかもしれないと結論付けて、グランはポンメルンに背を向けて走り出す。
向かう先は、タワー最上層。
先に進んでいるであろうルリア達の下へと。
──────────
彼らの誰もが目の前の光景に慄いていた。
苦戦ぐらいはするだろう。人間であるのだから。
手こずるくらいはあるだろう。相手もまた強いのだから。
だが、それでも。目の前の彼女がこうも簡単に敗北するとは思っていなかった。
絶対的、圧倒的、理不尽。それらを体現できるだけの実力を持つ者にだけ許される称号、“七曜”の座を掲げているのだから。
「アポロ!!」
人形らしからぬ声音でオルキスが叫ぶ。
即座にスツルムとドランクは戦闘態勢に。黒く長い八本の脚に宙づりにされたアポロを救うべく動き出そうとした。
「──まさか、これで終わりな筈がありませんよね?」
宙づりにされたアポロの足先から、血のしずくが流れ落ちていく。傍から見れば十分に大量出血と言えよう。
重傷と判断できるその様を見て──それでもフリーシアは警戒を解くことなく目の前の黒騎士を見つめる。
「黒騎士、今助け──」
「下がれ」
飛び込もうとしたスツルムを、彼女だけに向けられた声と重圧が制する。
おもむろに動き出した黒鎧の腕がフリーシアから伸びている脚の一本を掴むと、何の抵抗もなく握りつぶした。
「っ!? さすがは化け物の代名詞。この程度ではかすり傷にもなりませんか」
フリーシアが脚を戻す。解放されたアポロは何の苦も無くその場に降り立ち、兜の奥から衰えることのない眼光をもってフリーシアを睨みつけた。
「見事な奇襲だった。さすがは宰相閣下と言った所か。小僧どもの内の誰かであれば今ので決まっていただろう」
「お褒めに預かり光栄……とでも言っておきます」
「だが甘い。追撃も何もせず黙ってみているなど、愚の骨頂だ。そのツケは貴様の命で贖うことになるぞ」
「怖い声ですね。それでは、今一度……お相手願いましょう!」
再び虚をつくタイミングでフリーシアは八本の脚を伸ばす。
上下左右、さらには前後まで囲うように、鋭い先端を持つ脚がアポロを襲うもそれらを捌き、躱し、そして切り捨てていく。
先程足元に血溜まりを作っていながら、その動きに微塵も負傷は感じられなかった。
「全く、人騒がせな奴だ。無事なら無事と早く──」
「いや、無事じゃないよスツルム殿」
安心したように息を吐いたスツルムに反してドランクの声は固かった。
怪訝な表情を浮かべて振り替えるスツルムは、ドランクの険しい表情を目にする。
「──ドランク?」
「見て、スツルム殿。あの出血量……少なく見積もってもコップ2杯じゃ足りない量は出ている。
いくら七曜の騎士と言われる彼女であっても、体内に流れる血液の量は常人とさほど変わらない」
人体を動かすのは筋肉。そしてその筋肉を動かすのに必要なのが血液だ。
その血液を大量に失ったとあれば、体の動きは必然精細さを欠いていく。力を失っていく。
即座に治療ができるのでもなければ、怪我による出血はアポロといえど止められるものではなく、戦いながら血を流し続けることになるだろう。
「つまり?」
「すでに彼女は時間制限付きの戦いに足を踏み入れてしまっているって事だよ。これは──手をこまねいているわけにはいかなくなったね」
自身の武器である宝珠を取り出すドランクはスツルムへと目配せした。
全うにやれば、アポロの勝利は揺るがないだろう。だが、時間制限そしてフリーシアが時間稼ぎに徹したのなら話は別だ。
この広間は彼女が待ち構えていた場所。次の手が、次の次の手がいくらでも用意されているはずだ。
アポロを仕留めるための策略が……
「わかった、何を言われようと加勢するぞドランク」
「流石スツルム殿、話が早い──それじゃ行きま、おわっと!?」
参戦しようとしたドランクの足元を魔法が打ち抜く。
出所は彼らに背を向けたままでいるアポロ。フリーシアの攻撃を捌きながら、彼らの会話を聞いていたのか機先を制するようにその動きを止めた。
「勝手なことをするなドランク。この程度で苦戦していると思われるのは甚だ心外だ。
お前たち二人はルリアとオルキスを連れてリアクターへと向かえ。ここは、私一人で良い」
「だ、だがその出血で」
「嘗めるなと言っている。従え、命令だ!」
衰えぬ気配、垣間見える自信。それらがアポロから伺える。
確かに絶対的強者だ。先程の危惧もフリーシアとの戦いが長引けばという予想の先の話でしかない。
逡巡したドランクは肩をすくめながら、呆れるようにため息をついた。
「はぁ──全く、無茶な命令ばかり言ってくれるね。行くよスツルム殿」
「あ、おいドランク、まて!?」
ドランクは走りながらルリアとオルキスを一編に肩に担ぎ、広間の奥へと疾走。
相棒の有無を言わさぬ動きに流されるようにスツルムも追従した。
ちなみにビィはルリアの腕の中である。
結論。触らぬ神に祟りなしといった所か。
意思の固そうなアポロの言に従い、ドランクは先を目指すことを選択した。
だが、それを彼女が良しとするはずもない。
「行かせると思いますか!」
「え? あぁ、そんなもうっ……」
「ひゃぁあああ!!」
何かの気配を感じて担いでいた二人をドランクはぶん投げる。広間の先のドアの向こうへ。
次の瞬間、スツルムとドランクは水の刃の壁に阻まれバックステップを取った。
「くそ、まだ戦力があったのか」
思わず毒づくスツルムの目の前には魔晶で呼び出されたリヴァイアサンの姿が。
それも普通ではない。恐らく顕現後にさらに魔晶による付加を続けた、いうなればリヴァイアサンマリスと言った状態である。
「スツルムさん、ドランクさん!!」
「二人とも大丈夫かよぉ!」
「あ~とりあえずね。ただ、これはちょっと……厳しいんじゃないかな。
ルリアちゃんにオルキスちゃん、それにトカゲ君も。三人で先に進んでくれるかい? 僕たちもこれを片付けたらすぐに追いかけるからさ」
目の前のリヴァイアサン倒すべく構える二人。
それは即ち、ここから先ルリアとオルキス。そしてビィの三人だけで進むことを意味していた。
「そんな私達だけで──」
「いくぞルリア! ここまできて、皆の思いを無下にできねえ!」
「ルリア、私達なら星晶獣も呼べるから大丈夫。先に行く」
ビィとオルキスの言葉でルリアの脳裏に過ぎる仲間達の姿。
皆、この戦いで自分を先に行かせるために残っていった。彼らの言葉と思いが、逡巡するルリアをすぐに前に向かせた。
「わかりました、私達は先にリアクターに向かって……この戦いを終わらせます!」
「頼んだよ~、こっちもすぐ終わらせるからさ、痛って!?」
「緩みすぎなんだよお前は! 来るぞ!」
「ハイハイ、わかってるよ。一旦黒騎士のとこまで下がろうか」
走りゆくルリア達を見送り、リヴァイアサンの攻撃を躱すと、スツルムとドランクはアポロの下まで後退。
走り去ったと思えばわずかな間にとんぼ返りしてきた二人を見て、アポロも戦いを止めフリーシアと距離を取った。
集結するや否や、兜越しに嫌でもわかるアポロの剣呑な視線がドランクを突き刺す。
「お早いお帰りだなドランク。私は先程何と言った?」
「いやぁ~ごめんねって、さすがにあそこで立ちはだかられちゃ僕たちでもどうにもさ……とりあえず送り出してきたからまずは一緒にこっちを片付けるって事で」
「すまない黒騎士。すぐに片づけて後を追う」
「──まぁいい。あいつがここに居る以上、これ以上の障害はないはずだ」
そう言って、アポロは目の前に佇むフリーシアを睨んだ。
傍らにリヴァイアサンマリスを。そしていつの間にかもう一体、魔晶によって顕現させリヴァイアサン同様に魔晶の更なる付加を行った、ミスラマリスと呼べるものを生み出していた。
戦力は十分。そう言わんばかりの表情であったが、アポロからすればこの程度まだ脅威にはなりえない。
「出し抜かれてしまいましたか……少々侮っていましたね」
「随分余裕だな。ルリアが先に進んだんだ、貴様の計画はもうすぐ終わるぞ」
僅かに、アポロは違和感を感じた。フリーシアはこの状況をまるで意に介していない。
胸中に湧き出てくる言い知れぬ不安を拭い去るようにアポロは焦りのないフリーシアを睨みつける。
「ふっ、相変わらず笑わせてくれますね小娘」
「何?」
返答は嘲笑であった。
思い返される光景。それは先日のルーマシーでの出来事と同じ。
ルリアのチカラを使う事でオルキスを取り戻せる。そう思わされて掌で踊らされていた事を知ったあの時と同じであった。
記憶をなぞる様に、再びフリーシアの肩が何かを堪えるように揺れる。
「くっ、くくく……アーハッハッハ! ルーマシーの時から何も変わらない!
貴方たちは掌で踊らされていることに最後まで気づかず、再びルリアを私の計画の為に差し出した!」
高らかに上がる声。勝ち誇った笑み。
想起される、嫌な記憶がアポロの心を縊り殺すように締め付けた。
「貴様! 一体何を──」
「全て……全て、想定通りなのですよ。
アダム大将の裏切りも、それによって貴方達がどう動くのかも────この戦いの全てがね!」
何だと?
と、傍らでスツルムが零すのを聞きながら、アポロは思考を巡らせた。
予定通り──アダムの裏切りが、アダムからの情報がもたらされることも予定通りであり、尚且つルリアを先に行かせたというのか。
点と点が繋がっていく心地よいはずの感覚が、今この時は恐怖を呼び起こす。
謀られたのか? 仕組まれていたのか? ここまでの戦いが全て?
ルリアをこの先へ行かせることが目的なのだとしたらつまりそれは……
「あぁ、やっと……やっとです陛下。後はただ待つだけ……それで、全ては変わる」
そう、アーカーシャの起動。
それが現実のものとなることを示している。
「くっ、させん!! どんなことがあろうとそれだけは」
「世界が変わるまで、後僅か。それまでは────リヴァイアサン、ミスラ!」
気勢を上げるアポロの勢いを挫くように、フリーシアは魔晶を用いてマリスとなった二体を使役する。
それだけに留まらない。フリーシアは最後の切り札を、勝利を確信したこの瞬間に切った。
懐に持っていた魔晶を取り出す。これまでにガンダルヴァもポンメルンもフュリアスも使用していた、己を絶対的に強化する最高レベルの魔晶を。
「たとえこの身が朽ちようと! たとえ全てを失おうと!
わが悲願の成就まで、貴方にはこの場で付き合ってもらいましょう────あぁああああああ!!」
それは正に、今この世界にある全てを失うことを厭わない覚悟の証であった。
過剰なまでに汚染されたフリーシアの身体は恐らくすぐに力尽きるであろう。反動による肉体の崩壊はガンダルヴァより早く、そして強く出てくるはずだ。
後僅か……少しの時を稼げれば良い。その先に自身の命がなくともだ。
フリーシアは今、この世界での未来を全て捨てた。
長く伸びていた鋭利な八本の脚を地に付け、彼女の変異が進んでいく。
おとぎ話に出てくる女郎蜘蛛のように、妖しく、禍々しく、ヒトと蜘蛛が混ざり合った奇怪な化け物へと。魔晶は彼女を変貌させていった。
金切声のような咆哮が始まりの合図……いや、終わりの合図かもしれない。
「さァ、セカイのオワリマデ、私とオドリなさい!!」
悲願の成就を目の前にして、狂気と狂喜を孕みながら彼女の戦いが幕を開ける。
「──それがどうした。いくら出し抜かれようと、私がやることは変わらん」
衰えぬ気配。
茫然自失となることも、うろたえる事もなくアポロは言った。
「こうなっては私だけで貴様の計画を止めることは不可能だろう。だがそれでも……貴様を滅ぼすのだけは変わらん」
「上等。最後まで突き合わせてもらうぞ、黒騎士」
「もちろん僕もね。時間は稼がれるだろうけど、後はきっと……彼らが何とかしてくれるさ」
「ふっ、癪ではあるがな。あの男の言う通りであれば小僧と小娘は世界の行く末を決める特異点とやらなのだろう。
お膳立てにはちょうどいい配役だ」
今この場で彼女達が先へ行くことは叶わない。だが、戦っているのは彼女達だけではない。
託そう────この世界の行く末を。
「行くぞフリーシア。我が刃、止められると思うなよ」
己が成すべき事を見定め、彼女もまた死闘の火蓋をきった。
──────────
「はぁ……ホント、まさかこれ程までに完敗するとは思いもしませんでしたネェ。
さすがは“御子”、といった所ですか」
一人残されたポンメルンは深々と切られて痛むであろう腹部を押さえながら、軽い口調で呟いた。
誰に向けたわけでもない。それは本来ただの独り言であったのだが、何故かこの時、その独り言には返事が返ってくる。
「はっはっは、それはそうだろう。彼も、そして彼女も……あの人の御子です。
その可能性は簡単に測り切れるものではないと、私は思いますよ」
大らかで朗らか。そんなイメージを抱く落ち着いた声であった。
「おやおや、こんな鉄火場まで如何用でありますか────緋色と黄金が揃って。お二人とも暇ではないでしょうに」
緋色と黄金。それは正にその表現の通り。
色鮮やかで燃えるような緋色の鎧を着こんだ大柄な男。体格から恐らくはドラフだろう。
黄金は対照的に細身の女性だ。耳があることからエルーンと思われるがどちらも、兜によって顔を隠しており表情まではうかがえない。
アポロと同じ、色を冠する騎士──七曜の騎士の内の二人、緋色の騎士と黄金の騎士の二人がそこにいた。
「当たり前だ。私は万が一に備えて仕方なく……主に貴様らが問題を起こさないかの監視役だ」
「これは手厳しい。我々は随分と信用されてない様子」
黄金の物言いに肩を竦める緋色は同意を求めるようにポンメルンへ視線を投げた。
そんな緋色の視線を受けて、ポンメルンはわざとらしくため息を一つ吐く。
「“バラゴナ”様は仕方ありませんネェ。今回の指示と言い真に無茶ばかりおっしゃるし、無茶ばかりしなさる」
声音にこれでもかとたっぷり悲哀が乗せられてポンメルンは答えると、緋色の騎士バラゴナを半ば涙目で恨みがましく見返した。
「確かにな。御子の可能性を確かめるために貴様を鍛え上げ、事実御子の成長を促せるまでになったのだ。貴様の言う通り無茶としか言えんな」
「そうですネェ、もっと言って欲しいです“アリア”様。我輩のような下っ端には過分な役目……遂行の為にこんなにも我が身を犠牲にして魔晶に染まってしまったのですからネェ」
体中が痛いですネェ、と悲鳴を上げながらポンメルンは恨み節を吐き続けた。
「はっはっは! 良いではないですか。強くなればまた任務にも幅が出るというもの────さて、無駄話はここまでにしておきましょうか。状況は如何ですか?」
軽い空気を一転。緋色の騎士バラゴナの声音が真剣なものへと変わる。
それは正しく上司と部下の関係を明確に示す態度でポンメルンへと、仔細を問うものであった。
問われたポンメルンは、血が止まった腹部から手を離しながら、少しの間瞠目すると意を決したように口を開く。
「──残念ながら我輩は監視役。計画を阻止する事はできませんでしたネェ。
既にフリーシア宰相の計画は佳境です。今頃はアーカーシャとルリアが御対面していることでしょう」
瞬間、黄金の騎士アリアの空気が変わった。
「なっ!? 貴様、そこまで読めていながら何故何もしなかったのですか!
ちっ、やはり貴方達に任せたのが間違いでした。私が──」
慌てた様子でタワー上層へと目を向けると今にも駆けだしそうな雰囲気になったが、それをバラゴナが手で制する。
「お待ちください。まぁそう慌てず。まだ……我々が動くにはまだ早いです」
「何? 一刻の猶予もないはずだ、落ち着いていられる状況ではあるまい?」
アリアの問にバラゴナは頭を振る。それはつまり、アリアの言葉に否を示している。
落ち着いて、まだ静観していられる状況であると言外に告げていた。
「アリア嬢。貴方は御子達を侮っておいでだ。さらに言うなら、この世界というものを」
「何を言っているバラゴナ。このままではこの世界が」
「このまま手をこまねいているほど、世界は優しくはない……という事です」
親が子供に言い聞かせるような……優しく、だが厳しい。バラゴナはそんな重たい声でアリアへと述べる。
疑問を隠し切れないアリアであったが、わずかに逡巡。バラゴナの言葉と雰囲気に何かを感じ取り、焦燥の気配を押し込めた。
代わりというように、視線をタワー上層へと続く通路へと向けてバラゴナを促す。
「──せめて動ける準備くらいはしておけ。本当に遅くなってしまっては元も子もないからな」
「ご理解いただき感謝の極みです」
アリアの答えに満足したのか、再び軽い声音へと戻ったバラゴナは仰々しい口調で、感謝を述べた。
ふざけているとすぐにわかる声音が、言い含められたアリアの琴線を撫ぜる。
「ふむ……相変わらずアリア様は少々そそっかしいご様子で」
「うるさい!」
「アッ──! ですネェ!!」
余計な一言を挟んだポンメルンの腹部に脚甲付きの蹴りが突き刺さった。
哀れ、ポンメルンはその一撃に本格的にダウン。わずかに体を痙攣させながらその場にうずくまるだけとなった。
「──さて、後は貴方達次第です。グラン様、ジータ様」
そんな二人を捨て置き、バラゴナは物思いにふける様に瞠目する。
その脳裏に過ぎるのは一体何か。その仔細は誰にもわからないが、一つだけ言えることは彼の気配は大きな憂いを抱えていることであった。
「そして……貴方もです。異物の特異点殿」
世界の行く末を決める戦いの中、渦巻く陰謀の影が静かに鎌首をもたげていた……
おまけ
「ところで、随分と熱演だったね。ああいう感じの熱意に満ちた演出が好みなのかな?」
「確かにな。随分と気合の入った熱弁だった。演技と知って尚、お前の言葉は心を動かす何かがあったように思える」
「あーそのですネェ、我輩としてはそのー小僧の熱気に当てられたと言いますかですネェ……少々恥ずかしいので忘れて頂けるとありがたいのですがネェ」
「次回の任地には人気の劇団にでも放り込んでみよう。実に愉快な事になりそうだ」
「ま、待ってくださいですネェ~~!!」
如何でしたでしょうか。
驚いたと思います。でもポンメルンが強く成っていた背景には実はこういう事があったりしました。
あと、ちょっとです。
もう終わる終わる詐欺もやめて終わらせます。焦って雑に書くつもりはありませんが、その気配を感じられたらご指摘いただければと思います。
本作をもう少しお楽しみいただければ幸いです。
感想、お待ちしております。
本編完結間近という事で今後の参考に。完結後読みたいと思うのは
-
色んなキャラとのフェイトエピソード
-
劇場版。どうして空は蒼いのか連載
-
イベント。四騎士シリーズ連載
-
次なる舞台。ナルグランデへ、、、
-
その他(要望に応える感じ)